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放課後には采花も落ち着きを取り戻したようだった。みんなで再びアルバム制作をしながら、話し合っていく。


「采花、絵うま!」
「麻野はある意味画伯だね」

鯉のぼりや、体育祭の種目ごとの絵などを空いたスペースに描かれている絵はどれも可愛かった。采花は絵を描くのも得意で、アルバムの表紙もほとんど采花の力で立派なものになったのだ。

対して麻野くんはかなり独特な絵を描いていて、采花の絵とは違った方向で個性が出ている。


「この調子だと完成すぐできそうだね。采花のおかげだよ」

未来ちゃんは体育祭という文字をカラフルなペンで装飾しながら、安堵していた。みんな作業が難航するのが、構成と空いているスペースに入れる絵がうまくいかないことだった。けれど、センスのある采花が率先して構成を考えて、空いているスペースに絵を描いてくれている。


「つーか、采花って不得意なことあんの?」

麻野くんの疑問に采花は少し困ったように眉を下げる。

「あるに決まってるじゃん。数学とか苦手だし」

前はよく采花と瀬川くんに数学を教えていた。ふたりが頼ってくれるから私は勉強するのが楽しいと思えて、成績も上がったんだ。今はもう教えることもなくなってしまったけれど。


「瀬川も数学苦手だよなぁ」
「俺は普通だって」

瀬川くんは不服そうな表情をして、余計なことを言うなと麻野くんを横目で睨んだ。麻野くんは慣れているのか、怖いと言いつつ笑っている。

「瀬川だって私と同じくらいの点数だったじゃん」
「お前よりはできるっつーの」
「いっつも教えてもらってたくせに」
「……うるせーな」

采花と瀬川くんの間に流れる空気がピリピリとしてきて再び不穏な流れになっていく。

「ふ、ふたりとも落ち着いて! ケンカしないで」

止めに入ったところで空気が変わるはずもなく、未来ちゃんと麻野くんも顔を見合わせて苦笑していた。


「ちょっと、なに馬鹿なことしてんのー!」

教室の中でどっと笑いが起こり、みんなの視線が教卓側の席に集まる。どうやら男子がふざけて写真をくり抜いて、他の生徒と顔を取り替える遊びをしているみたいだった。

「うわ、なにこれー!」
「やば! 見せて見せて!」

未来ちゃんと麻野くんも立ち上がって、教卓の方へと集まる。残された采花と瀬川くんは黙々と作業していた。ふたりならこういうとき、見に行くはずなのに珍しい。

采花はブレザーのポケットから携帯電話を取り出すと、時間を確認して大きな声を上げた。

「今日バイトあるんだった! 私そろそろ行くね」

ほんの一瞬見えた画面に私は目を疑った。


「おー、あとは写真だけだから、俺らで終わらせとく」
「ありがと。……じゃあ」

荷物を抱えて教室から出ていこうとする采花は一度だけ振り返って瀬川くんを見た。けれど、瀬川くんはそれに気づくことなく、写真を切り取っている。



見えた画面には、三人が写っていた。

采花と瀬川くんと私。みんな笑っていて、楽しかった時間がそこにあった。




ふと瀬川くんのペンケースからはみ出ているシャーペンが目に止まった。あれは二年生の頃の誕生日に采花があげたものだ。そして、傍に置いてある携帯電話についている青いストラップは私があげたもの。


あの頃の仲の良さはもうないけれど、それぞれが楽しかった過去を手放すことができないのかもしれない。




***


卒業式が近づき、予行練習が体育館で行われていた。

生徒たちは並べられたパイプ椅子に座り、先生たちの指示に従う。名前を呼ばれた生徒が壇上に立ち、卒業証書を受け取る。

全員が同じブレザーに袖を通し、同じ方向を見つめていた。そんな光景を眺めながら、本当に卒業なんだなと実感する。

高校生活に終わりが来る。大学に進む人や専門学校へ行く人、就職をする人だっている。中にはもう二度と会わない人だっていて、こうしてみんなが同じ場所にいるのはあとわずかなんだ。


一通り練習を終えると、学年主任の先生がマイクを持って壇上に立った。


「皆さん、練習おつかれさまです」

挨拶から始まり、残りわずかな学校生活を悔いのないように過ごしてほしいという思いが告げられる。


「それと先生たちから、皆さんへのプレゼントがあります」

静かに聞いていた生徒たちがざわつき始める。一体どんなプレゼントが贈られるのかと落ち着かない空気の中、先生たちが窓に暗幕をかけていく。

壇上から大きなスクリーンが降りてきて、先生のひとりがプロジェクタを運んできた。どうやらなにかの映像を見るらしい。

どんな映像なのだろうと胸を躍らせながら、待っていると先生が再びマイクを通して話し始める。


「少し早いですが、これは先生たちからの卒業祝いです」

その言葉を皮切りに、スクリーンに映像が映し出される。