そして高校二年生になり、采花とまた同じクラスになった私は中学から一緒だという瀬川くんと知り合った。
「瀬川とは中学三年間同じクラスだったんだけど、また高校で同じクラスになるなんてねー」
「本当腐れ縁だよな」
瀬川くんも采花と同じように明るくてクラスの中で目立つ存在だった。中学の頃は陸上部だったらしく、少し焼けた肌に切れ長の目。爽やかな雰囲気を纏った男の子だった。
初めての男友達という存在に戸惑ったけれど、瀬川くんは気さくに話しかけてくれた。そのおかげで少しずつ緊張がほぐれていった。
私と采花と瀬川くんは、得意なことも好きなものも違うけれど、不思議と一緒にいると居心地がよくて気がついたら三人でいることが当たり前になっていたのだ。
「悠理―! ここの問題教えて!」
「俺が先だっつーの。割り込むなよなぁ」
「私の方がプリント終わってないんだから譲ってよ!」
口喧嘩をするふたりを宥めながら、数学を教えていく。勉強は平均点よりも少し上くらいだけれど、ふたりの力になれるのが嬉しくて、私自身も勉強を頑張るようになった。
「悠理の字って、綺麗だよなー。見やすい」
「瀬川の字は暗号みたいに下手だよね」
「お前も上手くはないだろ!」
褒められたことが照れくさくて、でも少しだけ誇らしくて自然と笑顔になる。特に意識していなかったけれど、見やすい字でよかった。
「はぁ、悠理の笑顔癒されるわー。瀬川なんて癒しゼロだし」
「悠理、こいつやる気ないから俺を優先して教えて」
「やる気あるし!」
采花が瀬川くんの頭を下敷きで軽く叩くと、瀬川くんが采花の髪を下敷きでこすって静電気を起こさせる。
「采花も瀬川くんも、ストップ! 時間なくなっちゃうよ!」
子どもみたいなやり取りを繰り返すふたりは、場の空気をいつだって明るくて楽しいものにしてくれた。大好きな時間。大好きな人たち。それはふとしたときに消えてしまうくらい繊細で、かけがえのないものだったのだ。
***
目を閉じて、あの頃の日々を懐かしむ。胸が痛くて、堪えないと涙が出てきそうだった。
音楽室の端っこで蹲っている采花は顔が見えないので泣いているのかはわからない。
「采花、あのね」
言いかけた言葉を飲み込む。きっとひとりで考えたいからここに来たはずだ。この場に留まるのはよくない気がして立ち上がる。振り返っても采花の顔は隠れたままで、本音を聞けそうにない。
「……先に行ってるね」
一旦教室へと戻ることにして、音楽室を出る。
瀬川くんの方は大丈夫だろうか。あまり顔に出さないけれど、瀬川くんも思うことはあるはずだ。
階段を上りながら、すれ違う生徒たちを見て寂しさが胸に広がる。今更かもしれない。あの日々に戻れないことはわかっている。それでも卒業する前にせめてふたりには後悔が残らないように話をしてもらいたい。きっとこれは私のエゴだ。
だけど、このままでいいと放り出してしまったら、過ごしてきた大事な日々が消えて無くなっていく気がして怖かった。
教室に入るよりも先に瀬川くんの姿を廊下で見つけた。窓枠に肘をつきながら、麻野くんと話している。
「瀬川さー、このままでいいの?」
「なにが?」
「卒業前に采花とちゃんと話したほうがいいんじゃねーの?」
「……采花は俺と話したくないだろ」
違う。采花も本当は瀬川くんと話しがしたいはずだ。でもそれは簡単なものじゃないってお互いわかっている。話して終わり。それだけでは意味がない。
あの時の自分たちの本当の気持ちを。胸の中に残る後悔と苦しさを。共有できるのはきっとふたりだけのはずだから。
「でももう会えるのもあと数日じゃん」
「わかってる。……でもそんな簡単な問題じゃないだろ」
もうすぐお別れだ。誰にも抗えない卒業という終わりの日。采花も瀬川くんも、私も、クラスのみんなも別々の道を行く。
「つーか、俺もごめん。お前たちにとってあんまり触れられたくない話だったよな」
麻野くんの言葉は私の心に暗い影を落とした。
立聞きをして、思い出して傷つくなんて勝手すぎる。私もそろそろ自分の気持ちに決着をつけなくてはいけない。