***
采花と仲良くなったきっかけは高校一年生のときに私が教科書を忘れてしまったことからだった。
まだ周りに仲がいい人がいなくて、口下手で積極的に話しかけるのが苦手な私は頼れる人がいなかった。それに入学してすぐに仲良くなっているクラスメイトたちに気後れしていたのだ。
頭の中でぐるぐると思い悩んでいると先生が来てしまい、授業開始の号令をする。内心かなり焦りながら、教科書なしでいくかと考えていると肘になにかが当たった。
隣を見ると、肩に掛かるくらいの短めの髪の女の子がシャーペンの頭の方で私の肘を突いていた。
「教科書ないの?」
先生に聞こえないように配慮してくれたのか小さな声で話しかけてくれた。私は初めて会話をする相手に緊張しながらも、ぎこちなく頷く。すると彼女はにっこりと笑って、机をくっつけてくると教科書を広げた。
私と彼女の机に半分ずつ広げられた教科書をまじまじと見つめながら、ぽつりと「ありがとう」と呟くと、どういたしましてと笑いながら返してくれた。
「ね、これ見て。先生の似顔絵」
「……似てる」
「やっぱ? 私絵の才能あるかも」
彼女は授業中にこっそりと教科書に落書きをして笑わせてくる。声を出さないように必死に堪えながら笑いあう。無邪気で明るくて、優しい。
そんな彼女————采花が高校生活で最初にできた友達だった。
采花はクラスの中心的存在だった。人前で話すことが得意で、行事ごとでは率先してみんなを引っ張ってくれる。先生からも頼りにされて、クラスメイトたちも明るい采花に惹かれて集まっていく。
運動神経も良くて走ることが得意。バスケ部では一年生の中で次のレギュラー確実と言われるくらいの実力だったそう。次第に采花は先輩たちとも交流の幅を広げていって、上級生からよく声をかけられていた。
人と接するのが苦手で言葉数が少ない私とは対照的。眩しくて憧れる女の子だった。
それでも采花は私のところによく来てくれた。
休み時間や部活のない放課後、特に面白味もない私と一緒にいたいと言ってくれる。それが不思議だった。私だけじゃなくて周囲の人たちも私たちが一緒にいることを不思議に思っていたみたいで、昔から仲が良かったのかと聞かれたこともある。
ふたりで夕暮れに染まる道を歩いていると、自動販売機の前で采花が立ち止まった。
「そういえば私たちって誕生日過ぎちゃったよね」
私も采花も四月の初めに誕生日を迎えていたので、仲良くなった頃には過ぎてしまっていたのだ。今度一緒にお祝いしようと話していたけれど、実現しないまま初夏になっていた。
「ね、お互いのイメージに合った飲み物選んでプレゼントってのはどう?」
「それ楽しそう」
「よし、じゃー、なにがいいかなぁ」
並んでいる飲み物をじっくりと眺めながら采花に合ったものを考える。購入したものを見ないようにして、「せーの」で渡しあう。
お互いに渡されたものを見て、目を丸くした。
「え」
「うそ」
手に握られているペットボトルの中身は透明のサイダー。
正反対な私たちは何故かお互いにイメージした飲み物が同じだった。
「こんなことあるんだ! びっくりしたー!」
「采花は明るくて元気いっぱいで、しゅわしゅわした炭酸ってイメージがあったから……」
それに純粋で心が綺麗だから、透明のサイダーが似合う気がしたんだ。私にサイダーというイメージの方がつかなくて、どうして選んでくれたのかわからなかった。
「悠理は透明が似合うなぁって思ったんだよね。透明で綺麗で、清楚な感じ。でも、話してみると案外はっきりとモノをいうところが刺激的というかさ。それでサイダーが似合うなって」
私たちは違う人間で、誰がどう見ても似ている部分なんてほとんどない。それでもお互いのことをイメージすると同じものを選ぶ。不思議だけど、それが嬉しかった。
「私たちって気が合うね」
采花が笑うと私もつられて笑顔になる。遠いようで近い存在。きっと私たちだけが共感できるところがあって、だからこそ一緒にいたいと思うのかもしれない。
通学路の途中にある小さな公園に立ち寄って、ふたりで並んでブランコに乗ってオレンジ色に染まる空を眺める。ほんの少し蒸し暑い風が頬を撫でて、もう時期本格的な夏が始まるのだと感じた。
采花からもらったサイダーがしゅわしゅわと口の中で弾けていく。久しぶりに飲んだサイダーは刺激が強くて少し舌が痛いけれど、甘くて美味しかった。
「私たちって似てないけど、悠理と一緒にいると落ち着くんだよね」
私も同じだった。采花とは性格も趣味も違う。それなのに一緒にいると落ち着く。それにひとりでは退屈なことが采花といると楽しいことに変わるんだ。
「悠理はさ、私にないものたくさん持ってる」
采花の持っていないもので、私が持っているもの。考えてみても思いつかない。
逆ならいくらでも思いつく。明るいところ人を惹きつけるところ。運動ができるところ。手先が器用なところ。私にないものをたくさん持っていて、羨ましいくらいだ。
「私の話をちゃんと聞いてくれて、一緒に考えてくれるでしょ」
「それは……誰にでもできるよ」
「そうかな。私はなにかあったとき、悠理に話そう。悠理ならきっと一緒に考えてくれるって思うと安心するんだ」
悠理のこと頼りすぎかな。と采花が笑う。鼻の奥がツンとして、視界がじわりと歪む。
私が持っているものは誰の目にもわかりやすく映るものじゃないかもしれない。でも大切な人が、采花が見つけてくれている。私を頼りにしてくれている。そう考えると今の私で良かったと思えた。
采花と仲良くなったきっかけは高校一年生のときに私が教科書を忘れてしまったことからだった。
まだ周りに仲がいい人がいなくて、口下手で積極的に話しかけるのが苦手な私は頼れる人がいなかった。それに入学してすぐに仲良くなっているクラスメイトたちに気後れしていたのだ。
頭の中でぐるぐると思い悩んでいると先生が来てしまい、授業開始の号令をする。内心かなり焦りながら、教科書なしでいくかと考えていると肘になにかが当たった。
隣を見ると、肩に掛かるくらいの短めの髪の女の子がシャーペンの頭の方で私の肘を突いていた。
「教科書ないの?」
先生に聞こえないように配慮してくれたのか小さな声で話しかけてくれた。私は初めて会話をする相手に緊張しながらも、ぎこちなく頷く。すると彼女はにっこりと笑って、机をくっつけてくると教科書を広げた。
私と彼女の机に半分ずつ広げられた教科書をまじまじと見つめながら、ぽつりと「ありがとう」と呟くと、どういたしましてと笑いながら返してくれた。
「ね、これ見て。先生の似顔絵」
「……似てる」
「やっぱ? 私絵の才能あるかも」
彼女は授業中にこっそりと教科書に落書きをして笑わせてくる。声を出さないように必死に堪えながら笑いあう。無邪気で明るくて、優しい。
そんな彼女————采花が高校生活で最初にできた友達だった。
采花はクラスの中心的存在だった。人前で話すことが得意で、行事ごとでは率先してみんなを引っ張ってくれる。先生からも頼りにされて、クラスメイトたちも明るい采花に惹かれて集まっていく。
運動神経も良くて走ることが得意。バスケ部では一年生の中で次のレギュラー確実と言われるくらいの実力だったそう。次第に采花は先輩たちとも交流の幅を広げていって、上級生からよく声をかけられていた。
人と接するのが苦手で言葉数が少ない私とは対照的。眩しくて憧れる女の子だった。
それでも采花は私のところによく来てくれた。
休み時間や部活のない放課後、特に面白味もない私と一緒にいたいと言ってくれる。それが不思議だった。私だけじゃなくて周囲の人たちも私たちが一緒にいることを不思議に思っていたみたいで、昔から仲が良かったのかと聞かれたこともある。
ふたりで夕暮れに染まる道を歩いていると、自動販売機の前で采花が立ち止まった。
「そういえば私たちって誕生日過ぎちゃったよね」
私も采花も四月の初めに誕生日を迎えていたので、仲良くなった頃には過ぎてしまっていたのだ。今度一緒にお祝いしようと話していたけれど、実現しないまま初夏になっていた。
「ね、お互いのイメージに合った飲み物選んでプレゼントってのはどう?」
「それ楽しそう」
「よし、じゃー、なにがいいかなぁ」
並んでいる飲み物をじっくりと眺めながら采花に合ったものを考える。購入したものを見ないようにして、「せーの」で渡しあう。
お互いに渡されたものを見て、目を丸くした。
「え」
「うそ」
手に握られているペットボトルの中身は透明のサイダー。
正反対な私たちは何故かお互いにイメージした飲み物が同じだった。
「こんなことあるんだ! びっくりしたー!」
「采花は明るくて元気いっぱいで、しゅわしゅわした炭酸ってイメージがあったから……」
それに純粋で心が綺麗だから、透明のサイダーが似合う気がしたんだ。私にサイダーというイメージの方がつかなくて、どうして選んでくれたのかわからなかった。
「悠理は透明が似合うなぁって思ったんだよね。透明で綺麗で、清楚な感じ。でも、話してみると案外はっきりとモノをいうところが刺激的というかさ。それでサイダーが似合うなって」
私たちは違う人間で、誰がどう見ても似ている部分なんてほとんどない。それでもお互いのことをイメージすると同じものを選ぶ。不思議だけど、それが嬉しかった。
「私たちって気が合うね」
采花が笑うと私もつられて笑顔になる。遠いようで近い存在。きっと私たちだけが共感できるところがあって、だからこそ一緒にいたいと思うのかもしれない。
通学路の途中にある小さな公園に立ち寄って、ふたりで並んでブランコに乗ってオレンジ色に染まる空を眺める。ほんの少し蒸し暑い風が頬を撫でて、もう時期本格的な夏が始まるのだと感じた。
采花からもらったサイダーがしゅわしゅわと口の中で弾けていく。久しぶりに飲んだサイダーは刺激が強くて少し舌が痛いけれど、甘くて美味しかった。
「私たちって似てないけど、悠理と一緒にいると落ち着くんだよね」
私も同じだった。采花とは性格も趣味も違う。それなのに一緒にいると落ち着く。それにひとりでは退屈なことが采花といると楽しいことに変わるんだ。
「悠理はさ、私にないものたくさん持ってる」
采花の持っていないもので、私が持っているもの。考えてみても思いつかない。
逆ならいくらでも思いつく。明るいところ人を惹きつけるところ。運動ができるところ。手先が器用なところ。私にないものをたくさん持っていて、羨ましいくらいだ。
「私の話をちゃんと聞いてくれて、一緒に考えてくれるでしょ」
「それは……誰にでもできるよ」
「そうかな。私はなにかあったとき、悠理に話そう。悠理ならきっと一緒に考えてくれるって思うと安心するんだ」
悠理のこと頼りすぎかな。と采花が笑う。鼻の奥がツンとして、視界がじわりと歪む。
私が持っているものは誰の目にもわかりやすく映るものじゃないかもしれない。でも大切な人が、采花が見つけてくれている。私を頼りにしてくれている。そう考えると今の私で良かったと思えた。