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573.人魚の涙の代償行動
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彼女が誘拐された。
《お金を用意して下さい。彼女と交換です。身代金ではありません、単なる預かり賃です。お金を支払って頂ければ、すぐにお返し致します。
明日、引き渡しの方法を連絡します。それまでにお金を用意して下さい。
用意できなければ殺します。勿論、警察に連絡したら殺します。》
犯人から要求され用意したお金を鞄に詰め込む。
誘拐容疑事案発生の通報を入電しなかったのは僕の勝手。先ず以てプライオリティが高いのは、断然彼女だから。こんな条件は体のいい断り文句だと言われるだろうが、凱旋がお金で済むなら安いものだ。
《では今から時間内に、指定した場所へお金を持って来て下さい。
遅れて間に合わなかった場合は、如何なる理由であろうと、交渉は不成立となります。》
指定された受け渡し場所に、用意した身代金を持って、指定された時間内に着いた。
大童で着いて間に合った筈なのに、指定場所から場所を指定されて、その指定場所に着いたらまた場所を指定される。
《黙って下さい。と言ったのが聞こえませんでしたか?それとも理解出来ませんでしたか?頭と耳、悪いのはどちらですか?むしろ両方ですか?口幅ったいのは困りますね。どの立場で物を言っているかご存じありませんか。これは取引ではなく、交換なのですよ。命令しているのはこちらです。》
瓢箪で鯰を押さえるかの如く、場所から場所へぐるぐる回されて、いつまで続くのか教えて欲しいと、せめて彼女の声を聞かせて欲しいと、言葉が通じるのに話が通じなくて、梨の礫にはぐらかされて翻弄されるばかり。
《合格です。埠頭に向かって下さい。その途中にある唯一の橋から、お金の入った鞄ごと投げて落として下さい。そして振り返らずに、そのまま埠頭へ行って下さい。上屋に彼女の居場所を書いた紙を置いておきます。早く迎えに行ってあげて下さいね。》
機が熟したかの如く何かに合格した僕は、橋から鞄を落として、言われた通り振り返ることなく、埠頭の上屋へと向かう。錆びた机の上にあった紙に書かれていた場所は、上屋と反対側にある倉庫だった。
急いで倉庫を開けたら、彼女は居た。確かに居た。想像していた光景より現実の状況に頭がついていかずに淵瀬で間に合わないけれど、確かに彼女は居た。
取引の証拠を掲げる様に、戦利品を見せ付ける様に。潜像模様を誇る様に。赤く赤く血に染まった彼女が、寂寥の空間に居た。
捧げる献花は、沈丁花と鉄線‐栄光の束縛‐。
汽笛が聞こえて瞬きをしたら、彼女の顔が目の前にあって、《おはよう。》と言ったんだ。
彼女は生きていて、ここは僕の家で、カレンダーを確認すればあの時から数日後。目を白黒させる僕に《怖い夢でも見た?》と彼女が笑って言うから、あんな出来事は夢だと思うことにした。
ある日、彼女が帰って来なくて消息不明になった。居なくなった事は分かるけれど、どこかに行ったのかどこに行ったのかまでは分からなくて、行方不明者届を出していた時に犯人から連絡がきて、不可抗力で警察に知られてしまった。
警察から無勢の捜査員が家に秘匿潜入して、報道協定も結んで、解決まで一刻を争い、かつ生存率に関わる拉致誘拐事件が、立派に謎めいて現在進行中。捜査員は《万全の体制で、全力で解決に望みます。》と気を吐いた。
犯人から要求され用意したお金を鞄に詰め込んでいると、捜査員から矢継ぎ早に事情を聞かれた。
《お金を出せと脅迫されて、命を狙われるような心当たりはありませんか?犯人は準備段階から入念な計画を立てていると思われます。前もって彼女に、もしくは貴方に接触していた可能性があります。最近何か変わったことはありませんでしたか?彼女の交遊関係はご存知ですか?
どんな些細な出来事でも何でも構いません。明確に不審な動きをしていたとか、見るからに怪しい雰囲気とか。そう悟らせてくれる犯人であれば警戒は容易なのですが、表面上は悪意無くこうやって突然不利益を運んでくる、そういう相手が一番怖いんです。
悠長なことを言っている場合でも、無駄話をしている時間がないことも分かっています。しかし、犯人と取引をする為とはいえ、闇雲に突っ込む訳にはいきません。条件が出揃えば絞り込めるのです。事前に情報の共有をお願いしたいのです。》
心当たりなんてものは全くもって無い。
簒奪者になって君臨している訳でも、お屋敷に住んでいる訳でも、大きな大きな地主でも無ければ、若獅子でも、風雲児でも、コミッショナーでも無い。
単独犯なのか複数犯なのかも分からないまま、寧ろ僕が共犯者ではないかと。犯人は消えたんじゃなくて最初から居なかったと、親しくない割には犯人はよく知っているから、僕が自作自演の一人芝居をしていただけだと。警察は居もしない亡霊もとい犯人を追い続ける羽目になるのは御免被ると。
僕が見せた反応に、偏見と勝手な解釈を加えて立てられた仮説‐カリカチュア‐が、形式的な質問と言い張る捜査員の頭の中で描かれているようで、頬を引き攣らせる。疑いが晴れないのは情報と証拠が足りないからなのか、思わず声を荒げてしまったけれど、そんなことはこの際どうでも良い。陣屋で犯歴照会センター‐123‐へ取り次がれて花瓶にさえ過敏になっている今、捜査員に誤解されているということの方が重大だ。タイムリミットが迫っている中、僕は必死に彼女への思いや自分の考えを伝える。
《もちろん全力で捜査しますし、最大限協力します。ですが、これだけは約束してください。我々には、嘘を付かずに騙したり試したり、はたまた裏で手を回したりなんかしないでください。
こんな非常事態に手段を選んでられないかもしれませんが、貴方を信用出来なくなってしまいますので。》
こんな有様の非日常だから、こんなにも喜怒哀楽が出せるのか。僕と彼女の日常に、劇的な喜怒哀楽なんて滅多に無い。彼女が何より望んでいたのは、穏やかな日常だから。悲劇より喜劇より、当たり前という日常、壊れてから知った奇跡だから。
彼女の通った経路は、人気の無い場所だったり死角になっていたりして、目撃者はまだ見付からないし目撃証言も出てこなかった。
何故なら、調べた防犯カメラに誰も映っていなかったからだ。しかしながら防犯カメラに映っていた物が動いたところは映っていたから、とあるルートを使えば防犯カメラに映らずに辿り付き、犯行は可能だという。
指定された受け渡し場所に、用意した身代金を持って、指定された時間内に着いた。なのに。
《そこに警察が居ますね。正直に答えて下さい。通信機器を全て捨てて、警察を排除して下さい。排除が確認できたら、交渉を再開します。我々の計画を中止する最後のチャンスです。要求に応じ実行しなければ次はありませんよ。》
警察が介入していることを知られてしまったけれど、捜査員は《排除したことを見せ掛けるだけで大丈夫です。我々を信じて下さい。必ず彼女を取り戻しましょう。》
無事に帰って来ることの願いで頭を満たしたかった。奥歯をぎゅっと噛み締めて掌をぐっと握り締めて、目の前で動き回る捜査員の緊張と重苦しく居心地の悪い沈黙の中で祈り続ける。
《貴方を危ない場所には連れていくことは出来ません。》
《危険だと思っているんですね。》
《何かあっても我々が何とかしてみせますよ。》
《何かあると思っているんですね。》
裏技かと思っていたけれど、捜査を筋書き通りに進める第三者が必要な正攻法で、人の目を引き付けてこっそり別のことをする為だった。捜査員の成り済ましを防ぐ為に一般市民を運搬役に指名してきたから、僕の手を離れてしまったから。捜査員を信じたのに。信じることはよりによって幽玄なのか。
犯人が約束を守るなんて語釈‐エシカル‐、ある訳が無かった。
《どうしたんですか?というか、どうだったんですか?》
《申し訳ありません。》
《いや、謝って欲しいんじゃなくて、どうなっているのかって聞いているんです。》
《謝って許してもらえないことは重々承知しています。》
その面目次第も無いような芳しくない尊顔を見て、何かが起こった事を悄然と悟った。無い可能性では無くて、有る可能性を教えて欲しかったのに、八方塞がりで打つ手も無し。全ては僕の手の届かない造成地‐バショ‐で、既に具に終わってしまっているのだと。
勇み足の謝罪もお詫びも、受け取れない受け入れられない、どうしても譲れなくて許せなくて。得心が行かずに頽れる僕が狭量の未熟者だからか。
速報レベルで捜査情報が犯人側に漏れていて、血液量が少ないから犯行現場は違う場所なのだろう。覆面パトカーにバックミラーが二つ付いているなんて、乗るまで知らなかった。
カメオが似合う彼女は丁寧にバラバラ、まるで奇態なジグソーパズルにある汗顔した碧眼のピースの様だった。
捧げる献花は、十二単とマリーゴールド‐強い結びつきの悲嘆‐。
警笛が聞こえて瞬きをしたら、彼女の顔が目の前にあって、《おはよう。》と言ったんだ。
彼女は生きていて、ここは僕の家で、カレンダーを確認すればあの時から数日前。目を白黒させる僕に《怖い夢でも見た?》と彼女が言うから、あんな出来事云々は夢だと思うことにした。
いやいや、そんな平易に思える訳が無い。
訳が分からなくて、どうしたらいいか分からなくて、でも不思議そうに見ている彼女に何て言えばいいのか分からなくて、何でも無いと言って、とりあえず朝食を食べて、仕事に行く彼女を見送った。
僕は休みの日だけれど、走馬灯のように思い返せる出来事は、本当に夢だったのか?現実味が全くといっていいほど有る。タイムトラベルをしたとでも言うのか。それにしては、日時が行ったり来たり九十九折り、古時刻・十二時辰‐フロントライン‐が定まらない。
だけどとにかく、彼女は今正に生きている。
時間を巻き戻したい‐デシリアライズ‐と願っても無理なことが、今正に出来ている。巻き戻すだけじゃ犯行は止められないけれど、僕の行動を変えればもしかしたら犯行を止められるんじゃないか。とも一瞬、希望を見出だしたけれど、すぐにそれは不可能だと断じた。犯行に関わっている犯人以外には、無意味なことだったから。
彼女が殺害されることを知ったからといって、その当日がいつかは分からないし、外出しない訳にはいかないし、犯人を逮捕する為に、どのルートとかどこから狙うとか、綿密に下調べしたり打ち合わせしたりなんて、ドラマチックなことも出来ない。無闇に動いたところで無駄足になるだけで、単独犯でも仲間が見ていると言って複数犯を装われたり、報道協定をしていても犯人が警察か報道に居たならば、トランジットして無意味になる。
その他大勢か彼女1人、どちらかしか救えないとしたら、苦渋の決断をしてその他大勢を救い、救えなかった彼女1人を悔やむパフォーマンス。何故なら、その他大勢を救った方が称賛されるからとか批判が少ないからとか、そんな曖昧で単純な理由でその他大勢を救っただけ。内心、彼女1人ぐらいなら犠牲になっても仕方ないと、フォティキュラーな正義論であっさり切り捨てられる。そんな気がするから、いや確信が持てる。
けれど、夢は夢にする。
男子三日会わざれば刮目して見よと夢にさせると決意した僕を、一体何を目指して何処へ行く為に、繰り返される嵐の中へ向かわせるのか。
ずっと低空飛行‐ノーマルエンド‐でいるよりも、希望‐ハッピーエンド‐を見出だして上げられたり、絶望‐バッドエンド‐を突き付けられて落とされる方が辛く、生に希望が生まれた瞬間、死はリザーブされた恐怖へと変わる。
それでも、独は毒だ。
遅効性の毒によってブロークンハート症候群がエトーレの法則を発症させ、すぐさま即効性の毒によってハッピーハート症候群がマーフィーの法則を発症させる。
まさにA面シングルの含蓄‐アラカルト‐で、三度目の正直か、あるいは二度あることは三度あるか。
精髄の点と点が繋がらずに点のままで点だらけになったとしても、これは彼女が僕に残した真実に辿り着く為の手掛かり‐コンバットシューティング‐だと信じ込ませ、出囃子‐サイレン‐と瞬き‐アーカイブ‐でトゥルーエンドを探させる為に推挙‐チェスト‐して、推理という名の誘導をしているのは誰なのか。
鄙には稀である小股の切れ上がった彼女は、何れ劣らぬ大明神のおひいさまとして岡場所‐ストーカー‐にだって遭ってしまう。
警察に相談しても警戒してもらっても巡視してもらっても警告してもらっても、そんでもって何もかも捨てて引っ越して逃げても、僅かな安堵と引き換えに多大な不安を抱えて、見付からないように怯えて、出来すぎた偶然だと見付かっては隠れて、理不尽に不自由になっていくシステムを、戦慄の旋律を奏でながら水面下‐サプレッサー‐で構築する。
只のファンであり見守っているなんて妄想と見張っている現実の区別がつかなくなって自らの欲望を口実に野放しにされたストーカーは、手をかえ品をかえ凶行に至り、寧ろ守ろうという姿勢を見せれば見せるほど、非常警戒線はウォーク、トロット、キャンターと、同心円状を狭めつつ地下水路で潜り抜け、彼女を肝太かつ重点的に狙われてしまう呼び水‐ラブアフェア‐。
《俺の付いてもいない嘘を暴くが為に、こんな大掛かりで嵌めるようなことを。俺は俺の頭の中で、俺の追い求める彼女を、思い描いて想像しただけだ。彼女には指一本触れていない。想像の自由は、誰にも奪えないし奪わせない。想像の世界には、大きな権力も細かい法律も踏み込めないし踏み込ませない。大胆に盗み出すのは駄目だと分かっているさ。だけれど、虚心坦懐の稚い笑顔をこっそり覗き見るぐらいはいいだろう。》
《俺のアリバイが成立して振り出しに戻ったなんてガッカリする前に、別の可能性を探ったらどうだい。勝手に誰かの犯罪に利用された挙げ句に、あんたらに厄介者呼ばわりされるのは、何とも腹立たしい限りだ。俺は彼女の周りをうろちょろする、それはそれは怪しい男を何度も見掛けた。きっとそいつが振られたくせに未練がましいストーカーで間違いない。奴が彼女を傷付けたんだ。この鋭い勘は経験則に基づく感覚であり、ストーカー‐この俺‐がこれだけ力説しているんだから間違いない。彼女の貞淑を守る為にも早く捕まえてくれよ。》
《警察は俺を逮捕する為の囮に、彼女を利用しようとした。彼女は大切で大事な保護するべき人だ。彼女のSNSから行動パターンを探るなんて当然だろ。最新の情報で再審を再診する為に、細心の注意を払って、最深に砕身しなければならない。ストーカーから守る為に、被害者になり得えないように、守るならずっと傍にいなければならないのだから、俺が死を偽装し匿って救おうとしていたのに。何故、邪魔をするんだ。》
《俺はお金持ちなんだよ。お金で何でも手に入る。俺という法律で手に入らないものなんて無いのさ。コース料理が苦手で甘いものには目がなくて飾りボトルに最適な彼女が手に入らない無理なものだって?そんなこと俺は、認めていないし認められる訳がない。俺の乾きは逃げ水の様で、まるで癒されてはくれない。俺の期待する真実でなければ、認めないし認められない。》
《俺らは純粋に恋愛をしていたのに、勝手に変わった彼女が悪い。計画を立てて外堀を埋めて逃がさないように捕らえるのは俺にとっては簡単なことだけれど、やっぱり愛している彼女自身に選んで欲しかったに決まっているだろう。せっかく家の近くまで来てやったのに、待たせた上に会えないし、付き合ってやってもいいと言ったのに、俺の言う通り、俺の細君‐ファーストレディ‐になっていないから。悪かったのは、俺を袖にした彼女の方だ。》
《殴られたことによる心臓震盪?それが彼女が動かなくなった原因か。何で暴力を振ったかって?俺だってしたくなかったさ。だけど、彼女が俺から逃げようとしたから。予想に反した行動を取ったのは彼女なんだから、この計算外の状況は仕方がなかっただけさ。》
《俺の知らない知ることが出来ない、ましてや人伝に知らされる彼女の空白の時間。それが存在すること自体、俺は許せなかったんだ。いといけない俺の割れ鍋に綴じ蓋‐トロフィーワイフ‐を、俺の檻の中に生涯閉じ込める為には、こうするしかなかったんだ。》
《一生離さないお前がいる彼女にとっては災難だと思った。彼女にお前がいる憎しみでも、彼女が振り向かない怒りでも無い。ただお前より僕の方が彼女のことを愛していると証明したかっただけだ。》
《彼女は写真を撮る時は、目線が合わないんだ。意思疎通がなかなか難しくて。恥ずかしがりやなんだよね。けれど、後ろからのショットも可愛く美しい。》
《見張っているんじゃないさ、見守っているだけさ。家族じゃないからって他人ってことでもないからさ。存在を気付いて欲しいとは願っていたけれどね。私よりは不釣り合いだけれど、彼女と君はお似合いだと思っているからね。》
《二度と電話しないで、か。もちろん、今度からはお言付けだって直接会いに来てあげるさ。追い掛けるより話し掛ける方が良いに決まっているからね。》
《彼女と争う訳ないだろう。彼女が出かけているうちに部屋に入ったところでなんなんだ。鍵を借りる為に管理人を口説くなんて苦労はしないさ。ちゃんと合鍵だって作って鍵を壊さないようにしているし、彼女が一生懸命作った料理だって見た目の歪さを含めても美味しい味に何ら影響を及ぼしてないから残さず完食しているし、彼女の物だってそれも不要になったゴミ箱から持ってきただけじゃないか。》
《恋人になったら終わりが来るかもしれないから、傷付くだけのリスクが生じてしまうならば、今の関係のまま溺れたくはない。けれど、月が綺麗ですよ。こんなに月が美しいことさえも、下を向いて閉じ籠っている君が知らないのは勿体ない。楽しくないなら遊びに行こうよ。僕と一緒に同じ月を見上げようよ。》
《女は偉大で、男は単純だ。彼女の笑顔は偉大で、その笑顔を見れるだけでいい僕は単純だ。彼女と僕との間に駆け引きなんてものは必要ない。笑顔を見続けられたらそれでいいんだ。》
《心を揺さぶった後掴んで離さない彼女の最後の人になれるから、必殺の秘策で彼女を殺しただけの話さ。》
上手の手から水が漏れた管轄内の警察官‐ルテナン‐だって、管轄外の非違事案の例外では無く、捜査をコントロールして殺人から事故死に出来るのは、犯罪者に罪を償わせ更正させて市民に戻せる警察関係者だけだ。
鍵を開けてしまったり背後から襲われたりしていたのなら、既に顔見知りの可能性が高くて、まだ生きていてここを出た後の続きがあると思い込んでいた。けれど生きてはここを出なかったから、決め付けの見込み捜査ではここを出た後の足取りが道理で掴めなかった。《犯罪が人助けになるのならば、警察は何の為にいるのだろうか。》と、自分なりの正義を間接的に犯罪に託しても、《殺人は許されないことだけれど、復讐したい気持ちまでは否定なんかしない。》と、世間のルールに捕らわれて縛られすぎであると寄り添う被害者家族はいない。
香具師のようなあからさまではなく、制服を着ている人はその場所に溶け込んでしまって、一人の人間として認識し辛くなる。ましてや警察官と一緒に発見すれば信憑性が高くなる。そして、万が一現場から指紋とかDNAとかが残っていたとしても、救助しようとした第一発見者として通報したりなんかすれば、確定的な証拠からは除外されたり盲点になってしまったりすることを鑑みない。警棒による割れ窓理論により忍び寄る誘惑で抑止効果は期待出来ず、議長採決をと言えばサラッと総取りでがめてしまう。
捧げる献花は、メランポジウムとスノーフレーク‐貴女は可愛く皆を惹き付ける魅力‐。
彼女を庇っていたつもりだったけれど、彼女と間違えられて色々巻き込まれたことだってある。
本日は晴天なりと匿名ソフトを使ったエコーチェンバー現象。発信者情報も発信元の位置確認も、アルミニウムの電波妨害はすり抜けても易々と手が出せない海外のサーバーを経由していて、サイトの管理人もメタ情報も逃げられて特定は不可能。
変体仮名じみた都市伝説を信じて調べているって事は他にも似たような事件‐タネビ‐があったからで、レールフェンス暗号に混じって冷やかしも含まれていたその伝説は、最初から存在しなかったけれど、伝説となっているその名を利用し騙し語る怪物の知恵を持った犯人‐アジテーション‐は、テキストマイニングにより存在が判明した。
マンホールの識別番号から導き出されたアパルトデータによって、使い勝手の良い実行者の選別と絞り込みがされているとも知らずに、接点の無い大多数の人間は最初から篩に掛けられ自動的に脱落させられる。接点があり動機になり得るものを持った人間が最終的に残り、情報が想定していた通りに世論が広がりを見せ、組んず解れつに障害が発生した場合は取り除くことも決して忘れない。
滑落死なら転落死を、水死なら溺死を、首吊り自殺をさせてしまったなら絞殺を、同じような方法にするよう示唆をしたり、思い知らせようとしてわざとやったり、責任を負わずほとぼりが冷めるのを待ち退職金を貰い引退して隠し財産を使って逃亡とか胡散臭い噂に、収益金を使途不明金として自分のポケットへと見え隠れする黒塗りをプラスして現実味を持たせたり、多くの需要に対して転売という供給は犯罪になってしまうからと、立派な窃盗をこりゃ失敬と、口では駄目だと言いながらオネシャスと手ではフリマサイトを開き、視聴回数‐タペタム‐を増やしながら懸賞公募‐レセプター‐で、ドンピシャなエスティメートをはじき出す。
生きていれば追っ付け年嵩が増して、誰にだって様々な感情が色々芽生えて、円熟してもそれを隠したり時には嘘を付いて誤魔化したりしてしまうのに、Rマークを乱立する自分‐ロートル‐のことは棚に上げ、要求や要望という名の批判‐ヘイト‐ばかりして、違反したら嫌なことがあるのではなく守ったら良いことがあるからと、違反を取り締まるのではなく違反させないようにしようと、この埋め合わせは今度必ずと言って枯山水で華麗に加齢しようとは一ミリたりとも考えない。
知りたくないですか?知りたいですよね?知りたくないはずありませんよね?知りたくないなんてことないはずですよね?語り部として無作為に煽って煽って煽りまくる。負け惜しみではなく潰しがいがあるから嬉しいと、時期をみて別の情報を投下‐リブランディング‐し、急激な変化による混乱で先が全く予測できない事態を避ける。それでも想定外が生じたならば、煙に巻いて新しい方向へ流れを収斂し向けることも可能。災いとなる有害な存在なのか利益をもたらす有益な存在なのか、古参‐オンプレ‐に弾かれる新参者‐クラウド‐はロケットペンダントに証拠を隠し入れて殴り込み、奢らせてと言われて遠慮しても支払いは済みましたから諦めてくださいなんて対極のものが混じり合い融合し、新たな価値観‐ポリティカルコレクトネス‐が生まれるのも醍醐味。
殺人は目的ではなく手段でしかない。標的の居場所や行動パターンを身上調査書よろしく調べて接触し、何かあったらご家族‐ステップファミリー‐はさぞかし悲しむでしょうねぇと、交渉を受け入れる意思が無く迫っていき恐怖で虚像を造り上げる。自分や家族も同じ目に遭っていたかもしれないと、苦しむベッドの上の人に対して自分から帰るなんて言い出せなくて会いたいのに面会時間ギリギリにしか来られなくなって、親切で優しくて正しい人が傷付く世界の方が間違っていると、自分の身は自分で守らなければならないと、気を揉むだけの他人事として任せておけないと。だって、家庭を顧みない刑事を選んだくせに、配偶者と子供を捨てて仕事に没頭したくせに、復讐の為なら忙しいと口癖のように言っていた仕事だって時間を空けて、最後は最後の砦としていた刑事からも自ら逃げたのだから。全てのことを話すまで許さないからと強く言いながら、それでいて何を言っても受け止めてくれると思える安心感などそこにはない。
自衛の為に兵器を作り厳然たる正義感の武装という、凶器集合準備罪をお膳立すれば、取り付く島も無い平和を願う暴動へ、失って初めて気付くでは遅いという心理に付け込んで、背中をそっと押す役割‐ディスパッチャー‐を担う。何故ならば、歓声を悲鳴に変える為の獲物に噛み付かせるには、猟犬は飢えさせていないといけないのだから。
法律で裁けないのだったら誰かが鉄槌を下すべきで、こんな時だからこそ強行して新しい体制にして立て直ししても良いのではないかという思惑があってもいいじゃないか。大きな悪が守られて小さな正義を踏み潰した天罰なのだから、正義の為に犯したその罪は許されるべきだ。悪に屈し受け入れた者は悪の一部となり、悪に無力なる者は悪に加担しているに等しく、悪に立ち向かった者こそ今までの全てが肥やしとなって大きな花を咲かせられる。そのような全てを天誅と均一化させるバンドワゴン効果の規則は、有象無象の声のお陰でより過激な方向へとエスカレートさせる。
手出しはされないだろうけれど、このまま探り続けるのもどうだろうか?やれることは得意分野だと、敵討ちで殺させる訳にはいかないと、殺すなら話を聞いてからだが、捕まえられないならば逃げられる前に先に殺すかしかないと、他人は自分ではなく比べた所で同じにはならないから参考にもならず、少し疲れた悪いが一人にしてくれないかと言って真っ直ぐ突き進む。たとえ兵器や凶器であっても、相手が命を軽んじたせいで犠牲となってしまった人が、唯一残した昔日の存在と記憶の一部であるから。墓標や墓碑の代わりでもあるそれを、知らない誰かや知っている誰かに、取り上げられたり壊されたり失くされたりしたらたまらないから、その存在すらを秘密にして、その罪を隠す為だけに生きていた。
逃げ出すことも這い上がることも出来なくなっても、その思いは誰かを変えられる原動力になって、敵を取ることが出来ずに敵討ちをさせてしまったって、返しても返しても返しきれない恩があるから、返せる時に返さないと恩ばかりが積み重なってしまうから、全部被るから逃げて罪ぐらい背負わせて欲しいと、この件俺に預けてくれないかと言って、功名心が恐怖心を上回って躊躇なんてしなくなり、自分がやったって言っているんだからいいでしょと、行き過ぎと力不足と見え透いた優しい嘘で罪を庇った罪。
《何でそんな大事なことを今まで黙っていたのですか。助けを呼んでいれば、もしかしたら助かったかもしれないというのに。》
《この件が終わるまでせめて黙っていようと決めたんだ。何を成し遂げ、何を残し、何を与えられる事が出来るのか。一族の仇を討つ為に考え続けたけれど、もうどうすればいいか分からないから口にも出来なくて、自分の心なのに思うようにはいかなくて。だから、示した行動を神の裁きに委ねただけに過ぎないんだ。》
《いいえ、直接手を下したのはそちらだ。こんな奴でも殺したら捕まり、法の下で裁きを受ける。人に裁きを下せるのは、そして人を裁くことが出来るのは法律だけですよ。》
《法律で裁かれるのは、悪人面した善人だけ。遠くの市民より近くの権力者。困っている人間に対して、自分で何とかしろとしか言われない。どんなに責めたって法律は罰してはくれない。極刑を免れるなど正義と民意に反する。妥当性を欠き、染まりきった黒い司法の場に、公正性も公平性も無い。》
《それでも、それでも何故一線を踏み越えてしまったのですか。それを踏み越えてしまったら戻って来られなくなってしまいます。》
《何故と問われても、戻るつもりなど特にないからだ。》
警察でさえ真実を見誤った同じ穴の狢で、当事者にとっては捻じ曲げられたせいの不条理でしかなく、いらぬ不幸と無念を生むだけで諭す資格は無いと。通ずるものがある某紙か某誌の某氏が紡糸で紡いだ帽子では防止出来ない。
どんな後ろ暗い理由で差し出された手でも、復讐できずに苦しみを抱え続けるぐらいならば、偽りの罪を受け入れても何も変わらないとしても、自分の中でカチリと填まるその手を取ることは、激烈故に秩序なんて無い。その容赦の無さは味方の時は本当に心強いけれど、絶対に敵に回してはならない。自分さえよければ、他人の苦しみはどうでもいいなんて思えなかった。単なる偶然に引き起こされた必然を、神からの指令だと思い込みたくて。ここで死んでも敵討ちで死んでも、死ぬことに変わりなどないから戦う理由を見付けたと、それは我慢して諦めてしまったシュールコーを纏う仲間達の反乱。
興味を引きたいか、利用したいか、操りたいか、陥れたいか、助けを求めているか。とある奴を消すことが出来たとしても、別のとある奴が次々と現れる。利用する為に誰よりも、声ナキ声に耳を澄ませて形無きモノを見て、知略を巡らせる。
中には、分かり易い上に愚かな奴も居て、大切な場面では駒にさえなれない。どちらかというと失敗した時に罪を擦り付けられる、そんな要員の確保も忘れずに。
駒として機能していられるように、使い捨てではなく差し替えながら、釈放未済‐コンポストリサイクル‐して何度も使えるように調整し続ける。誰かの思惑通りに進んでいるように見えていたのは、幾重にも箱の中のカブトムシの先を読んで、幾多の駒を適宜進めて、シンクタンクは静かに輪の中心に居るのだから。
捧げる献花は、桔梗と金糸梅‐誠実に悲しみを止める‐。
凶器をそのまま使った真犯人と証拠を捏造された冤罪は、証拠の見てくれは同じになって、どうにも情況証拠を見分けられずに仕組まれた結果、後塵を拝す暇も黙秘を貫く暇も無く、僕は真犯人からのご指名により最適な容疑者‐ワイルドカード‐として、見せ掛けられて嵌められてサクッと捕まってしまう。
《司法解剖で彼女の胃の内容物が未消化だったから、その料理を作った僕が犯人?そんな分かりやすくしますか?》
《それを逆手に取った自作自演の狂言なんでしょうね。解剖鑑定書に書いてある通りですよ。アリバイの確認は取れませんでしたし、入手ルートだってあるし、見方によっては殺害動機があるようにもみえるんですよね。》
《動機があるってだけじゃ殺したことにはならないでしょう。無理な結び付きに僕との関連性を見出そうとするから混乱するんですよ。他に何か見付かったのですか?》
《そう聞くことで犯人じゃないとでも言うつもりですか。通常なら考えられない事だったとしても、可能性はゼロじゃないんです。警察が調べるってことはそれなりの理由があるんですよ。そもそもですね、陥れられたと鬱々と募らせた恨みは誰の賛同も得られないんですよ。》
犯人では無いと否定したいのに、判明して浮かび上がってくる要素は、それと真逆の疑いが深まる胡乱なことばかり。真実とは感情や予断を徹底的に排除し、積み重ねられた証拠の先にのみあると、供述で得られた疑惑が裏付けられて。決定的な証拠も含めて全ての証拠が僕を指さしている、自明の理‐ガスライティング‐。
《貴方のことはよくは知らないですがね、貴方が知らないと否定する一面は知っているんですよ。濡れ衣という証拠もありませんし。ずっとやましいことを残して抱えていることって、とっても苦しくないですか?固執して見失ってはいけません。巧妙に隠されていたとしても、そこに存在しあるのだから必ず見付かります。これでもまだ言い逃れをする気ですか。このへんで認めて楽になりましょうよ。》
勾留満期まで日が無いのか、反応を探るようにニタニタ畳み掛ける。お前が弱かったのではなく、奴が強かっただけだと。高級スーツにポケットチーフを挿して、回りくどくもプロンプターをスラスラと。厳格な法律‐ルール‐を作ったところで、守る人がいなければ意味の無いこと。
《僕にはほとんど不可能なんですよ。》
《ほぼ不可能ってことは、その不可能を可能に出来る可能性はある、ということなんですよ。恥をかかさないように貴方の言動は否定しませんがね。》
《信じてください。》
《供述を信じられるような説明をしていただかないと。何の証拠も無しに追求しても、あっさりと否定されるのがオチなんですよね。嘘を付く依頼人だけは、弁護出来ないんです。貴方に出来ることは、私の質問に答えることのみなんですよ。言うつもりが無く私を信用出来ないなら、仕方がありませんね。破滅する道しか貴方にはありません。》
《脅迫ですか?》
《まさか。庇いたいけど情報が無さ過ぎるだけですよ。そこまで想像出来るのならば、お分かりいただけますよね。妙な動きや真似をしなければ、私の口や手が滑ることもありません。けれど、犯人である貴方の残党でも、模倣犯でも、他に犯人がいるというのは恐ろしいことですから、私の推理は外れて欲しいものですね。この仮説はあの結論からのその推論なのでね。因みに、推測出来るだけの証拠がなければ、いくら語ったところでただの妄想ですけどね。》
警察官は自らの決定事項の見立てに沿って確証バイアスを当然の如く行使し、《確かに任意なのですが、断らなければならなかった理由があると見做すことになります。調べられて困るようなことがあるのですか?事件と関係ないならば見せていただけますよね?疑いを晴らす為にも捜査にご協力いただきたい。》と言って任意提出書を書かせ、一般的に流通しているものだから証拠にはなり得ないのに、寄ると触ると検挙率を上げる為に、《何日の何時から何時までの間どちらにいらっしゃいましたか?いえいえ、疑っている訳で無く、皆さんに念の為お聞きしているだけなんですよ。》なんて言って善意の第三者である目撃者や証言者を利用する御為倒し。
検察官は送致した警察官の捜査を鵜呑みにして、最終的に裁くのは裁判官だからと被疑者をろくに調べもせず、《聞き間違いかな?もう一度だけ聞くから、調書にある通り正直に答えなさい。》と、副音声‐私の望む答えを言いなさい。‐を隠すことなく、容疑者が犯行を全面自供とニュースになるくらい起訴出来るものは全て起訴する。犯人像がてんでばらばらであっても、自分の主張ばかりでこっちの言い分を聞かないと、非協力的な態度を取り続けられていると捉えられ反省の意思が無いと見做されて、供述は権利ではなく許可されているだけと、既成事実の逆探知は不可能となる。
裁判官は検察官が起訴と決定したのだからと、提出された書類を疑うことなく完璧だと判断し、被告人が何を言ったとしても法服に誓い染まらず、板挟みをスルーして辿り着くのは、検察官と同じ場所でストレートに判決を下す。
弁護士は警察官が送致し検察官が起訴したのならと、チャージバックを流用した貸し剥がしで、依頼人の利益を優先し裁判官への心象を良くすることだけ考え、力添えというトドメを刺す。
三羽烏は被告人の人生を誰一人として背負う覚悟が無いばかりか、成績を上げろとは言っていないと、ただ抗告されて下げるなと言っているだけだと言わんばかりに、因果を含める誘導尋問は不必要。被害者の為ではなく社会秩序を守る為だけの、捜査と逮捕と送検と判決と弁護。バックファイア効果で毒樹の果実だったとしても、その捜査の筋読み‐イロハ‐は、何一つ疑わないし何一つ疑わせない。
卿と呼ばれ邸に住む名うての父親の権威を傘に着て、好きな時に好きなだけ好きなように、次から次へとまるでマーキングみたいに、自分らしく生きていきたいと大所高所に好き勝手に振る舞う、ポトラッチせずに払い下げたものを有効利用し、ご令弟を早くに失くして跡目争いの無い、猛者‐マエストロ‐気取りの典型的な融通無碍のドラ息子の悪行。
《家の跡取りとしてただただ長く生きて、小さな男に収まってもつまらない。生きたいように生きられないのでは意味がないだろう。それに一人で無茶をせずに、儂に助けを求めたんだ。出来ることはもう心配することぐらいだからね。上出来だろう。》
シーシャを吹かしスキットルを呷りながら、窘めつつも得手勝手を半ば容認して、視界から見えなくすればその存在自体消滅するからと、揉み消すことも厭わない歪みを孕んだ思い込み教育‐ピグマリオン‐を施して来た。
肝が小さくて気も弱いくせに、裏表を考える必要も無いくらいの、感情が透け透け瞬間湯沸し器。自分より強い相手にはびびって手を出さないけれど、自分より弱い相手には俄然やる気を出すとか、求めるものは高まる一方で無くなることは無いし、独特の癖もあるけれど教える義理は無いし、直そうとしたり隠されたりすると殊更面倒になるから、自覚する必要も無いのだけれど。自分を窮地から助けてくれたという小さな感謝と、俺様のことが理解されてたまるかと日々積もる大きな不満は別物。生活年齢が若いのに頭が凝り固まっているのか、精神年齢が幼いから長い目で見ることが出来ないのか、感情ジェットコースターは注意を促しても警戒すること無く、自分の事しか考えずに全力で真正面から突っ込んでいく。ある意味罠を張る方にとっては実に簡単で安心だけれど、ある意味大人しく罠に掛かってくれるとも限らず、例え罠に掛かったとしても力技で罠を破壊して、寧ろ何事も無かったような顔でいつの間にか事を豪儀に大きくしていそうで頭が痛い。騙したり出し抜いたり裏切ったり誤魔化したり、そうするのが当たり前の世界で、何も考えることが出来ない純真さで純粋に道を誤ってしまうから、仄めかす周りにとっては公式も法則も当てはまらないのは何よりも怖いもの。
けれど、今回はそんな単純なことでは隠しきれない前フリ無しの大ボケだったから、さすがの父親も何が一番ためになるのか分からないと頭を抱えてしまった。
《身内の恥を晒してしまったね。倅のせいで水の泡にしてしまったし、迷惑も掛けてしまったようで申し訳なかった。》
《とんでもございません。ご子息がお元気なことは、大変結構なことですよ。》
悪いのは息子なのだから父親が謝る必要は無いと言えば嘘になるけれど、あれでも手心を加えて譲歩したつもりではあるし、尻拭い‐アフターケア‐は結構楽しませて貰いましたからね。私の本年度最有力候補ですよ。
《君のお灸‐デナトニウム‐が、とても効いたようだ。》
《それはそれは何よりです。》
黙っていた現実を優しく叩きつけて、ふわふわとした憧れを、警句に乗せて粉々に壊しただけだ。ご機嫌取りに笑っているのでは無くて、嘲笑で笑われているだけ、正鵠を射た真実は、時に人をより深く傷付けることもある。いつもならば知らせないことも考えていたけれど、今回は事が事である以上、自らが置かれた状況を把握しておいた方が良いと私が判断した。おけらな放蕩息子には過ぎた玩具だ。
《お前は馬鹿なの?それとも俺が馬鹿にされてるの?大人を揶揄うもんじゃない。汚名を晴らしてやったのに、また泥を塗る気なのか?そうだ、指を付け根から切り落とそうか。それで第二関節から先を切り落としてそれを残して行方不明になれば、生きながら死を装うことが出来るぞ。科学捜査研究所なんかが指の持ち主の生死を判断する場合、切断面を検査するしかなくなるからさ。それともこれ以上の人生を知らない方が、お前の身の為かもしれないな。》
大岡裁きも真っ青の淡々とした口調で私から出てくる言葉は、目の前で腰を抜かしているドラ息子の排除‐エリミネーター‐を望んだもの。
五車の術を手玉に取って、長年に渡って味方の振りをし続け、計画的に周りを騙し続け、人聞きが悪くなるような邪魔者を駆逐してきた。どんな説得も言い訳も受け付けない明白に語る笑み、そこに潜む背筋がゾッとする明確な狂気。私の表情が変わらないのが、逆に怒りの深さを感じさせているのかもしれない。普段は暴走させないようにと言い聞かせるようにして気を付けているから、余程のことがない限り感情が振り切れることなんて無い。
責めて脅して遠回しな非難も込めて、静かだけれど逃れようのない恐怖がゆっくりと纏わりつき、捕らえられて縛られて息が詰まって足が震えて、縫い留められたように動くことが出来ない。しかしジッとしているだけでは危険な状況を脱せないし、かといって闇雲に動き回るのは体力の消耗を招くだけだと、本能で危機を察知して嗅ぎ取ったのだろうか。平常時なら大人げない大人に言われたくないだの軽口を叩くくせに、ただの動作である土下座を上がり框の下で表面だけ綺麗な三和土で意味があるものにしてしまった。あれほど嫌だと言って嫌っていたのに。額ずくとは似て非なるもの。
《お忙しいところお呼び立てして申し訳ございません。この度の私の軽率な行動で起きた騒動、私の不徳の致すところでございます。貴方のお手を煩わせることになりましたこと、ここに深くお詫び申し上げます。大変不躾なお願いで誠に恐縮ですが、私のこれからをご検討いただく余地は、まだありますでしょうか?》
なんて泣いて縋って、出羽守の頼みの綱になるのはとても心地良い。
《寛大な処分‐ココロ‐、痛み入ります。》
心を潰された人間は何をしでかすか分からない。自ら死を選ぶ清い者も居るけれど、自暴自棄になって他の者を傷付ける時もある。ただ完全に潰す前に、慙愧という逃げ道さえ用意してインプレストを与えてやれば、これから先側に居ても拒絶されはしない。
《少々言い合いになってしまったが、儂からもきつく言い聞かせておいたから。もう心配はいらない。》
《お気遣いありがとうございます。しかしながら、親子喧嘩が出来るというのは、親子である良い証拠ですよ。》
ドラ息子の為にここまでお金を掛けられるなんて、お大尽様はご商売繁盛でなによりの相当な権力者なのは間違いないけれど、まともな性格をしていないことも間違いない。しかし、私にはそんな分かりやすい些細なことは問題ではない。どれだけ信用出来るのか、どんな裏があるのか、一体何を企んでいるのか、我が身を守る為に少しでも優勢な方に付こうと駆使する処世術の生き方を、非難するつもりは毛頭無いけれど、その分信用も置くことが出来ないから、その表裏を常に考えていなければならない。こちらに付けば利があることを悟れば、自然と有象無象が集まって来てしまうから。
《突然申し訳ございません。実は折り入ってお話したいことがございます。お時間をいただけないでしょうか。》
《今日はどういったご用件で?》
《ご足労いただきありがとうございます。こちらとしては動画も音声も記録しているのです。》
《もしかしてもうご存じなのですか?さすが、お早いですね。》
《そちらが遅いだけでしょう。口止め料・・・いや、機密保持料と言った方が聞こえは良いか。お支払い頂きたくお願いに参った次第ですよ。》
《ゆする気ですか?良いんですか?こんな脅すような真似をして。》
《まさか。逆に良いんですか?正式な手続きを踏んで。それはお互いの為にならないでしょう。脅迫なんて物騒なことではなく、そちらの為を思った警告ですかな。勿論誰にも言わないつもりだが、それはそちら次第ですね。これからも良い付き合いをしていきたいと思っていますから、良いお返事を心待ちにしておりますよ。》
《お話は大体分かりました、良いでしょう。これ位でいかがですか?》
《物分かりの良い人で助かった。一生面倒を見てもらう人に実力行使はしたくはありませんからね。》
高く付いたとお思いですか?永遠に金を払い続けるか口を永遠に塞ぐか程度の含みのある言い方‐デジタル・フォレンジック‐など、奸知‐チェンジブラインドネス‐の初歩の初歩‐ネイティブスピーカー‐で、何も差し支えございません、ただの必要経費ですよ。しかしながら、私が何もせずただ言いなりになってあっさりと逃がすとでも?多少の優秀さは認めますけれど、なにせ従順さに欠けます。いつ手を噛まれるか分かったもんじゃないから、私の飼い犬には不適合です。ただ捕まえは決してしないけれど、逃がしもしませんけれどね。
謝罪で過去は変わらないから分かりやすい誠意を見せろとか、脱税した金だから盗まれても警察に言えないだろうとか。頭の回転が早い相手に神経削って心理戦やら野生の勘を発揮した疑り深い相手と体力勝負の肉弾戦やら、カランビットナイフやらプッシュダガーやらジャンビーヤやらを使ったシラットは、並行輸入品であっても玉‐ギョク‐付きのチャカと同じく御免被りたいたいからね。利用するなら操れる上の立場で、讒言を操りやすくメートルを上げる馬鹿な相手を選ぶし、当たり屋もどきなど金で解決出来るならばそれに越したことは無い。そしてそれを突き付けて存在の必要性を認めさせれば、敵なら煩わしいことこの上ないけれど、コントロール下において支配下におけば、それは兵站なる自分自身を守ってくれる権力や強力な武器になり得る影響力にも勝る力になる。命と権力を天秤にかけたくせに、そのどちらも失って逝く羽目になるなど愚の骨頂。
《こちらはまだゲラです。いかが致しますか?どのように追い詰め・・・いや、どのような形に収めたいのかお聞かせ願えますか。》
地方紙がすっぱ抜くなんて全国紙にとってはあり得ないことで認められないこと、って言っていたな。しかし、記者の名誉の為に言っておくと、このスクープは記者の能力の賜物だ。しかしこんな眠くなるような甘っちょろい理想論‐アウフタクト‐のやり方では、信義にもとるわ結束力を失うわ、いつか不調法に大惨事を生むことを理解していないようだ。
《外に出さない方法がございますが、お聞きになりますか?》
《いや、話は全て無かったことにしてくれればそれでいい。》
危害を加えられるかも知れないから、危険な目に合わせないように、嘘の情報を流して意図的に閉じ込めながら遠ざける為の、少しでいいから時間をくれなどとは言わずx日あればお釣りがくる、ほんのちょっと本打ちした小細工‐タリー‐。所詮国家権力‐キャバル‐であったとしても、頑丈な一枚岩では無いから、崩すことなどいとも容易く出来る。都合の悪い人物だったから、噂ごと造作も無く消されただけの話だ。誰にも知られることなく完璧に遂行する見敵必殺の完全犯罪は、もはや表沙汰になって懸賞金を懸けることもなく事件にすらならない。
《処理はお任せください。》
《よしんば、それが必要だと思ったら表情一つ変えずにやる人だからね、君は。》
得意か不得意かと聞かれれば得意だけれど、やりすぎる可能性は否めないが、それでも構わないと言うから存分にするつもりだ。固定観念を越えた美意識に、理由など特に無い。
《お気を煩わせるようなことも、お時間を取らるようなこともありません。》
《何も心配はしていないさ。手練れの君を信用しているからね。》
父親は私に向かって、笑いながら軽く言った。その貫禄たるやまさに権力者の顔の呼び名に相応しく、どこからどう見ても世間で言われるような有力者では無い。しかしながらスナックもパブもキャバクラも、利用されながら利用して適度に距離を置く。それが裏の歴史を見て来てこれからも見続けるであろう、海千山千の隠者のような私からのちょっとした訓示‐アドバイス‐だ。かの有名なあの方もああ言っているからさ。あの方は何と言ったかって?天は二物を与えることはないが、地獄の沙汰も金次第ってやつだ。
どこの組織‐オーガニゼイション‐にも属さず諜報員すら雇わず、現金な元気で全ては金次第。私の見せ場だ邪魔をするなと言わんばかりに入会地さえ独占してしまえば、他の者が何も出来ず手も出せない状態でお株を奪えずに、周りから肝が小さいから大きな危険を冒す度量はないと無能扱いされて、自ずとこちらに御鉢‐リファラル‐が回ってくる。オジキにも、あにさんにも、あねさんにも、エージェントにも、老板であっても、幾多の欽定された方針に振り回されて悩む必要は無いし、上納せずに着服したと疑われることも無い。確かに、後ろ盾は必要だ。だがしかし、精鋭部隊とか少数精鋭とかといえば聞こえはいいけれど、その節ただの寄せ集めともいえる。誰のことも信じなければ敵味方を考えずに済むから、生き甲斐には幾分かの金を払い、遣り甲斐には幾多の金を頂き、組織より個人の方が小回りがきくから、最小資源を最大活用すればいい。
世間一般の普通はこの世界に入った日から身分証と共に処分してしまったけれど、勝手に付けられたコードネームは意外とお気に入りだったりする。
《人生は探し物の連続だというが、隠居の身になったら余生を静かに暮らして、清遊に過ごしたいものだね。不粋は承知しているけれど、またお願いがあったら叶えてくれるかい?》
《貴方が望むなら何でも。と言いたいところですが、お手柔らかに頼みますよ。》
台風手形、お産手形、七夕手形、ましてや融通手形でもない。御抱えの冠者に、上限無しの必要経費と上乗せされる成功報酬の先日付小切手を渡しながら、御用達の折り上げ天井がお洒落な御休所で、そんな催告じみた会話が交わされ、揉み消されて明るみにはならない裏取引が、なしつけられているとも知らずに。
犯人だと決め付けられた僕が死んだ後に再び犯行があったとしても、僕が犯人じゃなかったと真犯人がいたんだと真に信じてくれる人など、誤認逮捕であり濡衣を着せられたと訴える人など、証拠隠滅の証拠を探してくれる人など、一手間も二手間も掛けて証明してくれる人など居るはずが無いだろう。今思えば、罠に嵌められたのは誰かの不都合があるって証拠であり、こんな強硬な手段に出ることが出来たのは、僕に罪を擦り付けられると思ったからだろう。
時が止まってしまったかと錯覚してしまうような永遠にも思える時間の中で、起こされるまで寝ていられる鉄格子の中で、自ら死ぬ勇気が無くなって、生きていく覚悟も無くなるなんて、夢にも思わなかったな。
捧げる献花は、カタバミとスノードロップ‐喜んで貴方の死を望みます‐。
彼女は優しい人間だ。真面目で責任感が強くて何でも完璧にしようとする反面、失敗を極端に恐れているところがある。しかし、優しい人間だ。僕に知られたくないという怯えからか下手に隠すことばかりで、ピノキオ効果ばりにヤマアラシのジレンマが目に付いて、一体何を考えているか分からなく見えてしまう。
《勝手に調べてごめん。知られたくないことだったよね。》
好きだから悩みながらも必死に信じようとしたけれど、蓋然的な思い過ごしなら良かった。センチメンタルジャーニーにはならなかったけれど、浮気‐ラマン‐の方が幾分か救われて良かったのかもしれない。
《ううん、隠すつもりは無かったの。》
そう笑った彼女が《心配で。》と奴が電話を掛けてきた。《彼女は今寝ているけれど、何か用なら僕が伝えておくよ。》と言ったのにも関わらず《また電話する。》と言って切ろうとしたから、どうしてという疑問と嘘を付かれたという分かりやすい動揺を隠し切れずに疑いを深めて、《十分な収穫だと至極冷静に涼しい顔をするなよ。潔白を証明する為にもっと必死になれよ。お前の疑いが晴れなければ、彼女はこれから先も苦しむことになるんだぞ。痛いのは全部私が我慢すればいいから、その分お前が笑ってくれたら良いじゃない。なんて言ったんだ。早く彼女を安心させてやってくれよ。》許せないのは、清貧な彼女か、あぶく銭を貪る奴か、それとも気付いてしまった僕か。
《悩んでいるなら一緒に考えたいの、彼にどんな事情があるにせよ力になれるならなりたい。利用されていてもフリであったとしても構わないわ。一人で背負って誰にも助けを求められないで、遠く離れた地で路頭に迷わすことは出来ない。よろしければ私がお手伝いをさせていただくことを許していただきたいです。》と、寧ろ彼女の方から切り出していたみたいで、優しい優しい彼女は、あっという間にヘドロの泥沼借金まみれ。
《約束を守らないのではなくて、約束をするのが下手なだけなのよ。向こうの言葉を信用するところから始めないと話にならないし、疑うより信じたいものを信じられない方が辛いじゃない。》
エモーショナルイーティングをしてしまうような、そんなやわではないのでご心配には及びませんよ。なんて戯けて笑って庇って、ダイナミックプライシングは常にアイドル状態。
《そんなことを言うなんて、貴方はとってもキザな人ね。》
《嫌だな。ロマンチックと言ってよ。》
メールの最後には必ずXXXを忘れずに、ビデオ通話で笑い合う姿を横目で見ながら思う。言って欲しい言葉をさらっと言える人は、他の人にも同じようにさらっと言えることに気付かない。俺に言われて喜んで嬉しがっているのだから、Win-Winでしょ。なんて、はにかむはHoneycomb。目を狂わすことに抵抗はなく寧ろ乗り気で、女を食い物にする為だけのキャッチーな記号‐コトバ‐。
海外からでもなりすませるディープフェイクは、お金の受け取りだけを国内で済ませる組織的犯罪‐ロマンス詐欺‐だって言っているのに、《様々な情報があるからこそ本物であっても本当かどうか、貴方が信じ切れないだけでしょ。私は信じるわ。彼は本人よ。》だなんて、家族と生き別れてしまって有名になることで見付けて欲しいんだ。と奴の口車に彼女は絆されているけれど、山師なのは確実だ。何故なら、お礼として彼女が彼から受け取ったプレゼントは全て、贋物、偽物、模造品と言われる物。パープルダイヤなんか紫外線を当てると青や黄色に光るのに、合成石の特徴であるオレンジ色に光っていて、合成ダイヤであるとその存在を主張している。
一握りの存在‐インターハイ‐で凄いと言われた経験がある奴は、過去の栄光を忘れられず、人生を長いスパンで考えられず、今の自分と過去の自分とのギャップを埋められず、目の前の現実を受け入れようとはしない。埋没したくないとか、有名になりたいとか、記録にも残りたいけれど記憶にも残りたいとか、確かにその時だけはなれるかもしれない。しかしながら、報道されるのも特集されるのも最初の一時だけに過ぎない。その後は他のニュースと同じにされ一緒くたにされ、挙句に忘れられ話題になることすらない。生い立ちなんて振り返ることなく気にもならない過去の人。
お金が無いと言えないから見栄を張り、お金に困っている姿を見られたくないから自分を誇示して、無理にでも無理をしてでも派手に振る舞ってしまう。相変わらずとぼけた発言‐インプロビゼーション‐で他人に迷惑を掛けることへ一切の躊躇がないし、他人に迷惑を掛けることそのものが大事なコミュニケーションであると言わんばかりの潔さを持ち合わせている。
その反面、彼女には思い詰めた顔を張り付けるくせに、いくらか都合してくれと軽くそれも貸せと命令口調で言えるらしく、一気に増やして返そうとギャンブルに注ぎ込んで、ここまで賭けたのだから次こそは当たって取り返せるとサンクコスト効果が倍増、安全牌より倍率の高い大穴の方が燃えるとか偉そうに、そういう時に限って勝てないから、イカサマだとコンコルド効果‐ツイテナイ‐奴ほど喚く。粗暴で業突張な性格なのにも関わらず、知能が高く冷静な判断力と動物的直感力を兼ね備えているから、《ちょっと借用しただけで返せば済む話だ。やる気はあるけれど出来ないだけ。返さないとは言っていない。》なんて、出来るけれど面倒だからやらないだけじゃないかとか、雪だるま式に増えるだけで、返済に当てるお金だという思考にならず検討する能力が著しく劣っている。しかし、彼女は優しい。《同じ行為を繰り返して、あの時の行為が正しかったかどうかの確認をしたいってだけだよ。そんな彼の考えを認めて、彼の過ちを許して、彼を応援して、多少不便になってもお互いを尊重し譲り合う。それが自分以外の他人と暮らして生きていくってことでしょう。》とか、《彼のせいで私が変わった訳じゃない。彼と出会ったせいじゃない。そんな悲しいことを言わないで。彼と出会った私の生き方を否定しないで。》とか、《貴方が私を助けてくれたように、私も全力で彼を助けたいと思っているの。辛い時は寄りかかってと言いたいの。》とか、対話ではなく共話のコードスイッチングで、セカンダリの彼女がご笑納くださいと言っている側で、ガッテムと片腹痛くなっている僕だけが悪い人みたい。外に見せる顔がどんなのでも周りの評判がどんなのでも、僕に見せる顔が彼女のままなら、僕の彼女は僕の前での彼女でいいのに。これが嫌な現実だと認めてしまったら、大切な思い出すら残らず壊れてしまう気がした。
ある日彼女は、死ぬ元気が出たからと一言置き手紙を残して、止める暇も無く御目文字と出掛けて行った。愛を確かめ合う幼い計画であっても彼女本人だけは真剣なのだろう。
許可を取ったら共犯になってしまって奴に迷惑かけるからと言って、あえて勝手に空売りして利殖して何処からかお金を持ち出し、逃げる途中で幾らか抜いたお金を振り込ませたり隠させたりして、残りを何処からか散撒かせる。そうすれば、見ず知らずの通行人が拾ったり何処かに入り込んで紛失したりして、正確な被害額が分からなくなる。関係者達が右往左往している隙に、変造カードを使いATMで下ろしたり隠し場所から移動させたりして、センチ波の通信を傍受しながら奴は易々ととんずらしてふける。
《俺はもっと評価されて認められて、その分の報酬を貰ってもいいはずだ。汗水垂らして毎日毎日働いたって、はした金でもろくに感謝もされない。このくらいの妥当な報酬を得ようとしたってだけ。》
一方彼女は、仏滅の三隣亡に木立の中に建てられた安普請で一人息絶えていた。窓が開いていたので、助けを呼ぼうとしたのだと言われたが、捜査を撹乱させる為に奴へ凶器を預け、奴が空き巣に入った時に見付けた汚部屋へ永久に隠してしまう為に開けただけだった。お金は裏切らないけれど愛してもくれないのに、奴は彼女を裏切った上に愛など毛頭ない。
《彼女は俺の役に立てて嬉しいと言ったんだ。遠慮する気持ちはあれど反対する要素が無いだろ。あはっ。そんな大声を出してさ、余程悔しかったんだな。彼女のことをなぁ~んにも知らなかったことが。》
僕に対して反射的に出た無意識かつ人を食ったような本音は、すぐに空気を読んで表情を作る理性に変わる。アリバイは無いけれど証拠も無い、犯人蔵匿及び証拠隠滅の罪‐ガルウィングドア‐を見せびらかす奴は、永遠の完全犯罪‐ディフェンディングチャンピオン‐。
《逃げ切れないと思っても、誰も彼女自身を殺してくれないから彼女自身で殺してしまったんだろう。強くて優しい人だったから、死ぬところを見られたくなかったし見せたくなかった。彼女なりのプライドと思いやりを持った意思だったんじゃないですかね。》
占いみたく当たれば言った通りと外れればこちらを信じていないと‐マジシャンズセレクト‐で犯罪に手を染めても、騙す奴が悪いのではなくて騙される自分の方が馬鹿だっただけと、奴の為に笑う彼女を思い出す。奴が彼女を裏切ったのではなく、最初から奴は彼女を籠絡しトップオフとして利用していただけ。捜査協力費を目当てに奴が垂涎していたのは、自分に尽くしてくれる金づるの単なる野伏‐コマ‐だったから。
捧げる献花は、紫陽花とキスツス‐移り気に私は明日死ぬだろう‐。
彼女のインクルーシブ並みの苦悩する者の為に戦う優しさは、バリトンボイスで囁く彼奴‐マニュピレーター‐だけに留まらない。
その場を明るくしながら思い付いたアイデアで、学びやすい環境や働きやすい仕組みを一早く実行に移して整え、そう簡単に真似出来ない新しい世界の創始者であり、その扉を開けることが出来るカリスマリーダー。
様々な情報にアンテナを張り、自分なりの解釈で噛み砕き纏めて、周りの人に常に新しい情報を教えながら勢い良く広げ、健啖家の如く色々な手段を駆使して伝えて導いていく、影響力が絶大なインフルエンサー。
自分が前に出ていくよりも、適材適所に人を配置したり公正で対等な視点で解決方法を示したり、人と人を繋いで間をバランスよく取り持ち、無理なく円滑に関係を構築出来るように心を砕き、手腕を発揮するアジャスター。
目立たず多くを語る訳ではないけれど、ごく自然に醸し出される癒やしを与える穏やかなムードは、オアシスでありパワースポットにもなれる、魂が浄化されるように心を軽くすることが出来る本質的なヒーラー。
能天気で中身が空っぽで生意気な軽い奴と見せ掛けて、広い視野で色々考えながら誰よりも努力家で、細やかな気を利かせつつ相手を思いやりフラットな関係性を築いて、より良い面を引き出すことの出来るアドバイザー。
臆病者だからこそ周囲の傾聴力に長け、困っている話し手の気持ちに寄り添い、内面の奥の奥までしっかりと掬い上げ、聞き手なってそっと優しく受け入れてくれる、愛情深くて頼りがいと根性のあるカウンセラー。
ご意見番として人を使うだけではなく、女房役として安心させ番頭として精神面を支えられる陰の実力者であり、無くてはならない縁の下の力持ちである人の為の人、リーダーの世話役兼右腕かつ懐刀のダークヒーロー。
《大丈夫ですか?なんて言いません。どうかしましたか?困っていませんか?頑張れとは言いませんが負けないでと言いたいんです。皆さんの役に立てることなんて無いかもしれませんが、私に出来ることは精一杯やらせていただきますので、どうか参加させて下さい。》
自分を信用して欲しいのならば先に相手を信用しようとする彼女が、優しくなればなる程にトラストは囚人のジレンマで、隙が出来てしまった言葉を逃げ戻る言い訳として曲解する。
《答えのない果てを探し続けていたとしても、笑えないと思ったのならばもう忘れてしまえばいい。壊れるいつかを待つのが怖いのならば、今すぐに壊してしまえばいい。苦しいのは生きているから。限界を感じていたから、辞める理由が欲しかったのでしょう。》
何故なら裏がありそうで怖かったから。全てを知られてしまっていたとしたら。そう考えてしまったら、自分を陥れ追い詰めた人を呪うのではなく許せる内に死のうと。他の誰かを救うことで自分も救われる‐コーディングルール‐をシェアする人が居れば、アンダードッグ効果で一人で居るよりも自由になれるさ。
《到底信じられないことだけれど、否定しようにも合点のいく事象が多すぎて、全てに納得がいってしまうから、信じるしかなくなる。》
どんなに言われたとしても有りもしなかったことを有るとは言うことは出来ないと。時に反論の余地が無い正論は、よんどころない事情であっても卑怯でしかない。
《詳しいことについては、捜査上の機密扱いだから、話せないんですよ。》
《彼女はこれからのことについて考えていたんです。自殺なんてする訳がないんですよ。》
苦労しても証拠を見付けられずに御宮入り。何故なら犯人さえも見付けられなかったから。
《貴方の言い分は一応報告しましたけれどね、無関係だと判断された訳ですよ。自殺。それが上の決定です。》
地蔵背負いで皆を道連れにした無理心中という悲劇的なストーリーが成り立ってしまって、他の可能性を考えるなんて喜劇的で、気持ちが彷徨ったエニグマを調べてなどくれない。現実に起こった1つだけの事実が何であろうと、1人なら勘違いかもしれないけれど、幾人もいるならば、それは疑惑になってしまう。いくつかが食い違っても、提示されたモノが間違っていても、それらによって根底が覆されても、真実となるのは勝者が語る複数のこと。
《そんな怖い顔をなさらないでください。》
《それだけ真剣なんです。》
うっかり話してしまったことを、重要な情報を漏らしてしまったことを、足を引っ張ってしまったことを、だまし討ちだったとしても仕損じたことを一生悔やむから。なかなか尻尾が掴めなくて疑われている誰かのアリバイを、居ない筈の人を居ると偽証して、万が一疑われた時の為に自分のアリバイも成立させて、敵を庇うのではなく仲間を守りたいだけだと、足並みを揃えたスクエアで押し通る。
《僕が、何処の誰だか、分かっているんだろうな。》
《はい、覚える価値の無い奴だと。》
死ぬ方法を知ったから今生きていられるのだから人生を切り開けるだけの常識を変えろと、ニッコリ笑って困難の分割‐リフレーミング‐。
《私達に命をくれてありがとう。私の命を使ってくれてありがとう。そう彼女は言ってくれているさ。危機感がゼロに見えたかもしれませんが、余程の勇気と覚悟があったんですよ。どうかこれからも彼女が大好きな貴方のままでいてください。》
見ず知らずの全員が彼女を通じて繋がってアインザッツが揃っていたから。チームプレーが秀でた犯人‐レベニューシェア‐だったから。ジャッキを上げて上げて上げ過ぎて、仕舞いには空中分解してしまったから。
捧げる献花は、フリージアと桑‐親愛の情でともに死のう‐。
彼女は優しいだけじゃない。政治資金パーティーや誰々君を励ます会、前衛的で話題のeコマースのパーティーにも彼女が行きたいと言って興味を持っている。
《ご清聴ありがとうございました。是非ともお力添えをいただきたいのです。皆様の大きなご支援をよろしくお願い致します。》
彼女は綺羅星の如くのイデオロギーに拍手喝采で満足気だったけれど、僕は一席ぶった人とお知り会いになりたいとは全く思わなかった上に、大勢の高弟からも出来るだけ距離を取りたいと心から思ってしまった。
寄付で成り立つ学校の生徒はお客様であるように、叩けば埃が出てくる古畳みたいな奴が強くあり続けた権力で、強くなった癒着に肖りたいと愛想が振り撒かれる部屋へ、貯水タンクに仕込まれた毒を自由降下傘‐スプリンクラー‐が撒き散らす。
《お前らが下した評価がいかに非論理的で的外れで無知かを丁寧に教えてやる為に抗議文を送っただけだ。それなのに無視しやがった。パーティーで犯行をすれば、嫌でも注目してくれるだろ。》
《それは抗議とは言わない。いくら納得出来ないからと言ってもそれは脅迫だ。》
部屋の鍵をロックした奴が判明した途端に、止めようと手を伸ばした捜査員の腕を振り払って、忠告だと振り切り凶器を振り上げて、一般人を傷付ける失態と実行犯の失踪を許してしまった。
警察官失格だと責める暇も無く、話を聞こうとした途端にとんと行方知れずになって自殺した重要参考人に、実行犯が殺害されていたことも判明した。
《弁明も弁解も言い訳も、何も言わずに逃げたということは、何か関わりがあって何か知っていることを、認めて吐露したことと同じだ。》
《君に裏切られるなんて思わなかったよ。》
《裏切ってはいない。》
《ほう。元から向こう側の人間だったってことか?》
《向こう側って、あんたはどの側なんだよ。》
どっち側でも転がせて都合が良いと、疑われるだけの野心があったものだから。
《何でも俺に決めてもらって、楽に生きてきたくせに俺のせいにするのか。》
俺と世界を動かしてみないか、俺の力を当てにしているのならもう一働きしてもらおうか、時代が要請しているんだ、せめて命くらいは賭けてもらわないとな。なんて、腹案‐フラッグシップ‐よろしく思いのままの思い付き‐デフォルトモードネットワーク‐で言うだけ言って、行動は隠したままの秘密主義‐セイリエンスネットワーク‐で、プロスペクト理論を振りかざす。意味を聞いたり反論したりしようものなら、リバップ気味に何倍にもなって返ってくるから、とりあえず頷いてBGMのように聞き流して右から左へ処理をする。アジタートに慣れはしたけれどディープステートに振り回されているのだから、軽く睨みながらちょっとぐらい心の中で文句を言ったところで、ちっとも罰は当たらないと思っている。
《それは撤回されるということでしょうか?》
《何か不都合でもあるのか?》
《いえ、都合も不都合もありません。ただ、少々驚いてしまっただけです。》
賭博場開帳図利罪を犯し多角経営を装った裏金を、頼まれもしないのに恩に着せる為に密かにプールする。トップにいる時ほどトップの座を失いたくなくて、埋め尽くされた不安のせいで満足出来なくて、投機‐アドバタイジング‐を確保することに躍起になっていくことは経験上よく知っている。
《我々に何故嘘を付いたんだ?》
別々の人間だったとしても凶器が同じであるならば、一人の人間の連続犯だと思わせられていたのに。
《もしかして奴の指示なのか?》
《一旗揚げるにはこうするしかないと思った。》
微塵も疑っていなかったのに、疑心暗鬼になってジングルに一芝居打って余計なことをして、疑う切っ掛けを作ってしまった。
《憎しみも恨みも全て君のものではあるけれど、それに他人を巻き込んでいい訳はない。全部一人で抱え込んでしまって、背負いきれなくなったからって、選んだ最終手段が復讐なんて馬鹿なことを。》
《人殺しに良心なんて存在しない。》
悲しみを恨みと憎しみにしか変えられなくて、残されたのは無念だけ。プルチックの感情の輪も共感覚も、無意味な盲従‐インバーター‐だと語るくせに。
《ならなんでそんなにも苦しんでいるんだ?》
やって来たというよりは戻って来たように見えて、語るに落ちてこちらに向けた顔は、苦い薬を飲まされたように深い皺を眉間に刻み込んだままに、防衛的な露出行動を取る。他人に対して嘘付いて騙すことは出来るのに、嘘付いた自分を騙すことが出来ずに生まれてしまった感情。
《君の命と引き換えにするような相手ではないだろう。》
難しい顔のままでもすぐ却下せずにじっと聞いてくれていたなら、確定事項ではなく何か意見を求められていたなら、多少なりとも希望があり他にも手段があるということなのに。転がっていた過ちで転げ落ちてしまったら、元の場所にも引き返せる場所にももう戻れはしない。
《我々に出来ることはあるか?何でも言ってくれ。》
《今更もう無い。そんなものがあれば、とっくの昔にやっているさ。分かり合えないと結論が出たところで、失礼するよ。》
手は出さなかったし汚しもしなかったけれど、止めもしなかったから同罪で。こういう形でしか責任の取りようがないと考えましたと、甘くて優しい笑顔ではなく怖くて綺麗な笑顔で。エレベーターの到着音も階段をかける足音も、追い詰められているという錯覚を起こして、逮捕という名の保護は間に合わなかった。
捧げる献花は、ムスカリと薊‐失望に触れないで‐。
満期を待たずに仮出所した奴から、爆破予告‐インビテーション‐が届いたらしい。買い物を満喫していた彼女は、人いきれのショッピングモールから追い出されたそうだ。予告時間はまだ先らしく、《どっちの服がいいかな?》と彼女が送ってきた試着した写真を見ながら、《服のことは僕にはあまり分からないけれど、君が嬉しそうに見えるからこっちが良いな。》そう僕が言って無邪気な彼女の声が電話ごしに聞こえた後、テレビドラマでしか聞いたことがないような大きな大きな音がした。
いよいよ予告日、日付を越えたらスタートだなんて。いよいよなんて言うと心待ちに期待してるみたい。爆破を予告した時間の前に爆発した。広いコンクリートと狭い空に囲まれる都会では大勢の避難が間に合わずに、巻き添えの非難を招く行動は通話コードの鼓動‐252‐。
ドライアイスを絶縁体にして爆発時間を調整出来るから、計画的に人の少ない時間帯を狙って、様々な要求を突き付けて、従わない場合は次の爆破を示唆して、人の多い時間帯を狙うことも出来るということを、今回は脅しの挨拶に過ぎないということを、お手紙には返事が付き物だということを、そちらの反応を見て確かめる為にもう一度連絡するということを。簡単に端的に脅迫状とも犯行声明とも取れる熱烈なラブレター。
条件を呑むのではなく丸飲みにしてしまえる今までにないその画期的な方法に、事件に刺激を受けた不逞の模倣犯が多発‐シークエンス‐。
《全てを無かったことにしたかったから心に蓋をして、この世界を終わりにしたかった。》
《この世界は何をしても無くならない。無くなるのは巻き込まれた人達の命と君の自由だ。》
《自由?そんなものは最初から存在し無かった。》
《不自由もあるけれど自由だってあったことを、これからの時間で思いっきり思い知ることになる。想像力が足りなかっただけの話だ。そんな君を理解する人は、君が終わりにしたかったこの世界に一定数はいるだろう。君が犯人を理解したと思い込んだようにな。しかし、そんな漠然とした曖昧な感情で事を起こしたところで、君を殺したいほど憎んでいる大勢の被害者の感情の前では、圧倒的に無力となり襲い掛かられる。多くの被害を残した事実は、君が無くしたかったこの世界で永遠に残っていくだろう。》
《終わらないなら世界を変えれば、あんたの言う罪‐コレ‐も正義になる。正義ってのは、誰かの主観でしかない。俺の主観で良いはずだ。誰かが決めた正解は俺の正解ではないし、正義の反対は悪ではなく別の正義だ。この世界を再生するには、やはりすべてをリセットするしかない。》
他人のせいと社会のせいと世界のせいと置き換え判断を維持した、一世を風靡した過去の人。
それは仮釈放をもぎ取ったのに、身元引受人の元から逃げ出した奴にも当てはまる。故買屋の前で事故を起こした車載カメラ映像から、犯罪捜査データベースより前科者データを照合したらあっさりヒット、捜査線上に浮かんだ奴をヤサに踏み込むことも無く、逃亡者であるが故に左回りの法則を意のままにして再逮捕。
《せっかく逃げてきたんなら、存分に楽しまなきゃ損でしょ。どうせ後でこうやって怒られるんだし。ブタバコに戻されるのは運が良くないけれど、愉快な思いが出来たから案外悪くもないさ。》
よこした犯行予告を素直に受け取ってくれてありがとよ。けれど犯行時間を鵜呑みに励行しちゃあ面白味に欠けるぜ。まあ火付盗賊改方を責める気はサラサラないさ。向こうの有象無象が当たりではなく、少数精鋭のこっちが外れなだけ。ただちょっとフレーミング効果を利用させてもらって、隠し場所を特定しただけだ。隠し場所を警備したそっちに落ち度はないぜ。勝ちは出来やしないけど、あがりを選べばここで終わりだからな、負けを選ばなかっただけマシってもんだ。
厳しく叱っても優しく語りかけても、刺激の有ることは価値の有ることで刺激の無いことは価値の無いことだと、明日のことばっか考えていたらせっかくの今が勿体無いと、せっかく足を洗ったのにまた罪を犯したのは何か深い事情があるなんてことは一切無く、被害者にとっては不愉快極まりなくても、犯人にとってはとても愉快な全面戦争‐センセーションシーキング‐を欲する。
捧げる献花は、甜橙の百合と金盞花‐憎悪の絶望‐。
ショッピングモールから無事に離れたと思った帰り道、彼女は自損事故を起こした。幸い怪我は軽く済んだけれど車は大破してしまって、巻き添えになったら困るような場所に置き去りには出来ないからレッカー車のお世話になった。足止めをされてもここを去らない理由は他にある。親切な人の地図通りに歩いて行ったら、不親切な人のところに迷い込んだ。それは親切な人を装った不親切な人が描いた地図通りが成立しない地図だった。
《今更どうにもならないいつかを取り乱して怖がるのが勿体無くなった。残された時間で、やるべきこととやりたいことをやるだけ。》
《単なる疲れを労わるのと長引く不調を気遣うのでは、持病の発作が起きた時の対応の仕方が全く違ってくる。》
駄目だと言ってしまいたかったけれど、初めてなのだから可哀想だという、否定と肯定の間で揺れて揺れて最終的には容認してしまった。行く途中で渋滞に嵌まったという連絡を受けた時に、《時間というものは私の思うようにならないものだね。》という愚痴に、《それはただの言い訳になってしまって遅刻の理由にはならないよ。》と言ってしまった。自分が許せないことを自分がしたなんて絶対に認められなかった。だって、取る物も取り敢えず不夜城へ馳せ参じれば良かったんだから。そうすれば凍り付き症候群すら間に合わずに、鏧子が鳴るなんてことは無かったんだ。
《金に困ってんなら良い話がある。ちょいと乗らねぇか?》
意見も意思も関係無い、正に宵越しの銭は持たぬ‐マネーイズパワー‐。
我々には現金が必要だから、それを用立ててもらうだけ。警察に連絡したところですぐに分かってしまうし、その結果如何なることになろうと我々に責任はないことを明記して。募集を投稿するハッシュタグには、即日払いとか、高額報酬とか、簡単なバイトとか、運ぶだけとか、受け取るだけとか、稼げますとか、お金困ってますとか、求人募集とか、DM下さいとか、更には堂々と裏バイトとか、厄介な人が持ち掛けるのは読経を必要とした人。世間はほんの一部で流行り出しているとしているけれど、結構大きめの一部で既に流行っていることだとは思うまい。《死ぬのは彼女だけで良かったのに、何で他の人が居たのだろうか。その人達は死ななくても良かったんだけどな。》と、《金が欲しかっただけで誰一人も傷付けるつもりなんて無かった。お互いの安全を考えた結果、恐怖心で黙ってもらってこっちの言うことを素直に聞いて従ってくれれば良かったんだ。》と、ぬけぬけと悪気無く言ったところで、《彼女もその人達も、誰も彼も死ぬ必要なんてなくて、死ななくて良かったんだと思う。》なんて、《体を傷付けなかったら良い訳じゃない。心だって傷付く。加害者であるお前の安全だけで、被害者の安全ばかりかならなくても良い被害者にしてしまっている。》なんて、平然と言う人はいない。逮捕される犯人は複数犯なのに、逃げ遂せる黒幕は一人で、俺達が貰って経済回さないと、なんてお迎えに上がりお出まし頂いても思惑は外れるだけ。
発見された遺体は損傷が激しくて、死に至った経緯さえ不明であり、黒いブロブが彼女だったことしか分からなかった。
捧げる献花は、紅花と白詰草‐特別な人の復讐‐。
とある男は出世頭で独走状態の同期の星と比べ、頭打ちな自身の実績の稼ぎが欲しい為に、無理矢理融資と回収を繰り返していた。ノルマが厳しいが故の強引なリサーチ&セールスは、疑問や懸念を無視してメリットのみを並べ立てる。彼女もプロに言われればそういう方法があるのかって、たとえ違法であっても疑うことはしなかった。デメリットが無いと謳った銀行の融資という借金を、子会社の金融ファイナンスで借り替えさせる導入詐欺。
金融ファイナンスから高金利で借りた資金を実績に協力して欲しいと、フィービジネスでは飽き足らない親会社である銀行へと、強制的なお願いのもとに一定期間預けさせる。一定期間内に銀行が堂々と融資金を回収、金融ファイナンスは知らぬ存ぜぬを貫き、更に担保まで掻っ攫っていく。被害状況が徐々に明らかになるにつれて被害者が増えてゆき、取り付け騒ぎまで起きて声をあげられた結果、親会社は子会社に、子会社は男に、男は誰かに、責任の擦り付け合い。
資金という名の不正献金の洗浄ルートに、暴力団を挟みつつ地面師グループまで巻き込む。不便は便利を知った時に生まれ、人はほんの些細なことでも面倒くさがる、とても煩わしい生き物だ。なりすまし役の手配や演技の指導をする手配師、免許証やパスポートなどの偽造書類の作成をする道具屋、架空の口座の用意する銀行屋、弁護士や司法書士など法的な手続を担う法律屋を、あの冷たい死体‐カタマリ‐の横で寝たいの?と、なんて魅力的な言葉を駆使して。
最上位は上位に上手くやれと言うのではなく、下位に命令して最下位を黙らせればいい。小さな声がどこにも届かないように大きな声で全方面を打ち消せばいい。デキるしヤレれるしスるし、とかげの尻尾の本領発揮。
黒焦げの男と一緒に発見された彼女の遺書には、ずっと一緒、と書いてあった。けれど、彼女の気管には煤が検出され無くて、火が付いた時点で呼吸をしていなかったことが判明した。だから、自殺に見せ掛けた他殺だと思われたのだけれど、第三者が火を付けたように仕向けられた他殺に見せ掛けた自殺、つまり情死だと最終的に判断されてしまった。
本当は殺人だったのに。二人ともが殺された被害者だったのに。依頼された側が依頼した側に向けた、被せて助かることが無いようにする為の伝導過熱火災‐コネクトルーム‐的に命免した保険。ハッタリでもダミーでも嘘でも中身が伴えば両輪が揃ってしまって、狙い通りの証拠と揃った駒へ警告の不作為犯‐ダブルメッセージ‐。
捧げる献花は、ダリアとアイビー‐裏切りと二枚舌で死んでも離さない‐。
彼女は高邁で水鏡みたいな正義感も持ち合わせている。常温に放置されて鮮度が著しく低下した魚を儲けの為に流通させて、諸氏に多発したヒスタミン食中毒。
《聞いていたんですか?盗み聞きとは人が悪い。》
《聞こえてきたんです。余計な詮索でしたらすぐに切り上げますから。》
《話しても信じてもらえない。》
《試しに私に話してみてはくれませんか?何か気になることがあるようでしたら、ご相談に乗れるかもしれません。貴方方の身に何が起こっているのか。知りたいんです教えてください。》
物事には出会うべきタイミングがある。今の私になら話しても大丈夫だと、彼がそう思ってくれたことが嬉しいと。偶然知り合った被害に遭った人達の話を聞いて、彼女は守りたくて放っておけなくて訴えようとしていた。
《そんなに睨まないでくださいよ。被害に遭われたとの報告は、正しくされています。しかし事件だなんて、なんと物騒な。皆さんこんなにお元気だ。何も問題ないでしょう。これ以上、悪評を流し広め我が社を侮辱することは許されませんよ。ご用向きがそれだけなら、どうぞお引き取り下さい。おい、お客様のお帰りだ。》
おとといきやがれと言わんばかり。説明会も会議も仰々しく踊る、されど進まず小田原評定‐ジェネレーションギャップ‐が生じる。警察発表さえも、現段階でこのような情報は表に出すべきではなく、無用な騒ぎを引き起こして捜査の障害になるからと、後手後手に回っていたのは事実だ。
《少しは休んで。》と僕が言っても、氷食症気味の彼女は止まらない。適度な休養をし様々に回復させなければ、何かあった時に付いていけずに取り残されて、何の役目を果たすことが出来なくて困ることになるのは彼女なのに。
《あんなことを言われて、何の収穫も無いのに休んでいられない。こんな大事件があったのに、のらりくらり当たり障りの無い話ばかりで、まるで何もなかったみたいじゃない。間違いを認めないのが一番の間違いでしょう。早急に第三者委員会を設置し原因究明と再発防止に努めて、その話し合いで何とか妥協点を見付けたかったのに、向こうが何も無かったことにしようとしたとしても、こっちは忘れることなんか出来ずに、生きていても本当には幸せになんかなれないのよ。悲しんだ数と同じだけ笑顔が必要なんだから。》
多大なる優しさに無窮の正義感がプラスされて、見咎めたじゃじゃ馬は万斛に加速する。
どうして固執するのか分からないけれど、見抜く精度を上げる為には不足している情報のサンプルがたくさん必要なのは理解出来る。説明下手な方々とその事に関してよく分かっていない彼女の間では、どうにも意志疎通が上手くいかなくて首を傾げる事態になるのは避けたい。だから欲しい情報を手に入れて機嫌が良くなるのならば、悪気がないただの本心だからその方がいいと言い聞かせる。
《後学の為にも自分なりに調べました。》
《我々の為に調べてくれたのですか。》
《盛大に空振りなんてさせたくありませんから迂闊なことは言えませんし、受け売りになってしまいますが専門家‐プロボノ‐の意見を。少しでも助役になればと思って。貴方方が見たもの聞いたものを証明したかったんです。》
過去の出来事に捕らわれて今の事象に自信が持てないからといって、国立国会図書館まで行って漁って調べた彼女に、《もういいでしょ。いちいち首を突っ込んでいては、体がもたないよ。》そう言っても、《心配して言ってくれているのは分かるけれど、私のことに気を取られていないで、貴方は貴方のことを頑張っていて欲しいの。後のことは、私がどうにかするから。》弱音も愚痴も言わないから、いつでも聞いてあげるのに、いつでも支えてあげるから、僕以外の人に甘えないでと、そんなカッコ悪いことさえも言えなかった。
《引用も出典も板書もこんなにたくさん。あまり無理をしないでください。でも、ありがとう。》
《専門家の恐らく無いは、無いに等しいんです。勝手なことを言わないでと言われてしまったんですけれど、話してもらえないのだから勝手に解釈するしかないんです。下手な隠蔽も加工も補正も誇張も、嘘を付いたなんて可愛いものではなく、改竄や捏造なのに。それどころか最早、虚構の世界になっているのに。それを嫌がっているようです。どうしたら本当の話を、気持ちを言って教えてくれるかなって、それが私の悩みになってしまいました。》
調べ終わっても尚、彼女はほとぼりが冷めずに台頭する。
《納得してくれたはずでしょ。貴方が言うほどのことではないのよ。》
《言うほどのことだと思うけれど。意図を理解することと納得することは全く別の話だよ。》
《真意を分かってくれていると思っていたからこそ、余計なことは言わなかっただけよ。関連性とかを調べていただけなの。正式な調査で好奇心や興味本位で嗅ぎ回っている訳じゃないわ。自分が大事でこの先も逃げ続れば、あの人のツケを他の人が払うことになってしまうの。過去は変わらないし変えられないけれど、人は変われるの。変わっても良いって誰かが言ってあげなければならないのよ。》
《頑なだな。結局自分が満足したいだけじゃないのか。》
《貴方がしつこいだけよ。他の人を自分ごとのように考えることが出来るからに決まっているでしょう。》
《その優しさに足を掬われた時に、とばっちりを食うのはこっちなんだよ。》
《事件の教訓を生かさないといけないでしょう。》
何を言ったところで無駄‐オーラ‐凄かったから、そろそろ大丈夫かと思っていたのに、途中で逃げ出すような真似をしない格好付けで頑固者の彼女の言うほどのハードルが高過ぎる。頑張っていることは本当に凄くて、本人は心を満たされているかもしれないけれど、それを見ている僕は頑張りすぎを心配していることに気付いて。一発の平手打ちは痛くて構わない。しかし二発目の平手打ちは予想していなかった。僕が気にしている彼女が気に掛けているのは、絶対的に討ち死にしてしまうような、彼女が疎外した訳じゃなく勝手に離脱した僕以外。
《いつも何かに追われて、むしろ何かを追いかけて、目の前のことしか見えなくなって、精一杯他人のことばかりで。諦めなければなんて無責任な精神論は、気を配り過ぎるのも却って失礼だ。気が付いた時には大切な何かを無くしているかもしれないから、あまり夢中になり過ぎない方がいい。退くも勇気だよ。》
被害者を悼む気持ちと被疑者を憎む気持ちとで、板挟みになってどうすることも出来なくて、受け入れられなくて居辛くなって、出ていかなければならないと選択を迫られて、それで何も言えなくなって、忠告じみた捨て台詞しか吐けなかった。好きだから信じて欲しいと言われたけれど、好きだからヤキモチを焼いて、焼け切ったら殺意になるのだろうか。それともその殺意はいつかヤキモチに替わることはあるのだろうか。
しかしながら、決して悪意は無いけれど悪いことをしたのだからと、形だけの謝罪をもぎ取った。しかし、それが合図となったかのように、在庫一掃セールで一気に晒そうとする強火の配信者を筆頭に、様々な媒体でまるで犯人かのような見出しで炎上したけれど、悪いことには変わりないのだから批判は至極当然、酷いことを言われてもそれは貴重な意見、酷いことをされてもそれは身から出た錆、事が公になることで上に立つ人間だからと責任を取る必要があると考えるのは自然、目を逸らさず真正面から真摯に受け止めなければならない。しかし、責任を取ってという理由で勝手に辞める事なんて許さない。だって、いつだって燃やせるように種火が必要不可欠だから。
けれど、吾唯足知とは無縁の匿名という名の悪意ある批判‐スピーカー‐は、自分の発言に責任を持たないことを持ちたくないことを同時に発信しながらも、剝き出しに大音量で曝け出して、完膚なきまでに傷付けて、いつまで経っても収まることを知らない。それどころかどこからともなく燃料は投下され続け、何でもかんでも面白可笑しく暴いて書き立てて、万が一もあり得ても沈静化なんてせずに、消し炭になっても胡散臭くても情報をくれる方が正義だとして、焦げ臭さはいつまででも付き纏う。
挑発に乗ってはいけないけれど、調子に乗らせてもいけない。個人的な良心を満足させる為に告発するなんて、この俺を危険に晒すことを許してはならなかった。
当事者でもないのにも関わらず、身を投じた彼女は目立ち過ぎた。
暴いて会社を告発しようとしたら会社によって逆に偶像を守る為に消される判断され、ワクチンではなく坑ウイルス薬が必要と分析され、未然に食い止める為に自ら口を閉ざすことを実行された。何故なら、誰も彼もの目の矛先を逸らすその場しのぎで浅はかだけれど、隠蔽に奔走したところで隠し通せることでもないけれど、連日の報道などで大っぴらに広げることでもないからだ。
出来ない理由を考えるより出来る方法を考えた方が建設的で、突かれてしまう弱点があっても見ようと目を向けなければ見当たらないのは当たり前で、嘘では無く誇張しているだけで騙すつもりのない文言を加えて、台本という指示文書を削除して、アドバイスという演出を作り出す。永遠に手遅れになるように二度と誰も読めないように。それは、正解でもないけれど決して不正解でもない。
《抗議に来た女がいるんですよ。今更蒸し返してどうなるというのか。代表商品からロングセラー商品へしていかなければならない時に。私に火の粉が飛ばないようにして欲しいのですが、何か方法はありますでしょうか。》
《君の邪魔者を消してあげても構いませんよ。その代わりといってはなんですが、私の邪魔者を消していただいてよろしいですか。》
肩書きは重くなったのに小さな不正をネタにもっと大きな不正を強いられて、誰かの風下に立つ気はない人に対しての立場は軽くなる一方で、一度きりの約束で引き受け請け負ったけれど、共犯であることをバラすと脅されて後戻りさえも出来なくなった。儲けさせるか世界から抹殺されるか、どちらか選べだなんて。選べる訳が無い。何故なら最初から選べる立場ではないのだから。
《交換殺人なんて、そんな怖そうな条件じゃありませんよ。これでお互いに欲しいものが手に入るだけですよ。安心してください、気付かれそうになったんですから、誰だって口封じしますよ。十分過ぎる理由です。良かった、君が共犯者で助かりました。》
派手な格好をしている買い物好きという雑貨屋が、犯罪の道具を仕入れてにわかに犯罪の計画を立てる。先行する正義を掻い潜る訳だから、後攻の方が何かと有利だろう。自分の思い通りに進むのだろうかと心配してしまったけれど、思い通りに進める為にするのだと思い直すことにした。追ってがかかった時の為に、証拠は消したと嘘を付いて保険をかけておくことも忘れない。嘘は身を守る為の最大の手段でもあると教わったのは、専門的で高度な知識を悪用して事故を装うことを提案した交換先の人間である。
彼女が毎週のように通っている市井のワークショップへ、この間は悪かった。言い方がキツかったから。と言えないままの送り出したある日の帰り道。突き落とされたにみえたが指紋も掌紋も発見されなかったから、第三者が介在した可能性は否定されて、情況証拠による事実認定が出来ると判断され、高エネルギー外傷による事故死‐コリジョン‐と目されて、最終的に警察もそう結論付けた。
《何となく彼女が無理をしていたのは気付いてたけれど、彼女の厚意に頼りっぱなしになっていた。いつかこんな風になってしまうのではないかと思っていたけれど、彼女の行動力が無いと裁判へなんてとてもじゃないけど辿り着けないから。見て見ぬふりをしてしまった。切りのいい所でもう帰っていいと言えなかった。君が恨むのも無理はないね。》
しかし、僕は違うと確信がある。何故なら足を滑らせただけで落ちる高さではないからだ。人が居れば必ず痕跡は残るのに、それが無いのは誰かが意図的に消したということに他ならない。抵抗の痕だって発見されなかったから、不意をつかれてしまったんだと思わざるを得ない。
捧げる献花は、紫陽花と睡蓮‐貴方は冷たいと言う彼女と彼女に冷淡な態度の僕‐。
彼女は君子の九思を実行しながら、信仰深い一面もある。他人を救いたい気持ちが事欠かないからだ。
しかし彼女自身の磁針が揺らぎ、自信は地震で時針は定まらなくて、僕は止めようとしたのに彼女はその呼称に頼ってしまう。最初の内は、《貴方が寂しくならないうちに帰ってくるから。》なんて言っていたくせに。《離れていた方が優しくいられるの。安易に近付けば言わなくていいことまで言ってしまって喧嘩が増えてしまうから、たまに連絡するぐらいの距離感が丁度いいわ。》なんて別居みたいな言い訳をしていたくせに。《何かあったら相談して欲しい。と言った覚えはある。覚えているかい?》《まるで頼りがいがある人みたいな言い方ね。》なんて笑っていたくせに。彼女の為ならば何でも出来ると思っていたのに、僕に相談するまでもなく、パンと手を打ち言い合い睨み合っている僕と彼女の間に割って入って、彼女の悩みに答えを出して応えてくれたのは教団だけ。《教祖様がいらっしゃれば心強いの。》と、《僕だけじゃ心細いのか。》と、《甘えたいと思った時にどんなに甘えたとしても、振り払われることはないと分かったから、教祖様には素直に甘えられるの。》と、《教祖様とお会いして初めて分かったの。私が孤独だったことに。》と、《私の人生が幸せだと証明出来るのは私しかいないのよ。》と、そんな風に言われれば僕はもう何も出来なかった。彼女が残した教団から特別に授けられたという彼女が心酔していた教祖様の写真は、視覚では写真そのものなのに、感覚では生々しく見詰めてくるような気がしている。
彼女はもういないのに、苦手だけれど彼女の為に一生懸命手作りする料理がやっと二人分を目分量で出来るようになったのに、その帰りを待ちわびて玄関の方を見てしまう癖は抜けなくて、ドアの開閉音を聞く度におかえりが聞こえないのもただいまを聞けないのもとても不思議な気分だ。彼女との楽しい旅行だって帰りたくないなと思ったとしても、帰っても彼女がいるから帰るのもいいものだと思えていたのに、一緒に帰れないところへ一人で旅に出てしまうなんて。
もう二度と会えないから、会えるその日を待つことなんてもう出来ないから、もう一度だけでも会いたいと救いを求める。けれど僕が救われたら、その代償を払うことになるから、彼女はもう来ないのだろうか。
カルト教団には三つ揃いスーツで決めた専属の顧問弁護士もいて、経済界とか政界とかのそうそうたる重鎮に顔が利くと吹聴して、公正証書遺言で善意の神聖な寄付‐モスク‐と偽り、フィンテックも取り入れていとも容易く、巨万の富を活動資金として調達しまくる。自分達が使う為に他人が稼ぐことは当然で、救われるという先入観と自らの仮説を証明する為に、ちょっとした違和感に眼を瞑り自分に都合の良い情報だけを集めてしまうことを利用して、寂しさにもつけ込んで、優しい人であり孤独からの救済だと思い込ませて、情報を隠蔽しまくって考えても考えても正しい正解が出せないようにして、それでは当然のように選択肢を誤り失敗する。そうなれば、失敗しない為にもこちらに委ねて任せなさいと、二度と失敗なんてさせないと、意思を誘導して思考を操作して決定権を依存させれば、容易に心なんて絡め取れる。余殃など誰かが信じるのを待つのではない、誰も彼もを信じさせればよくて、静かに侵食していき根本から瓦解して、棄教させたり改宗させてまで入信させたら最後、年季が明けることはなく退化するという進化をさせて、手を切らせることを出来なくさせる。
それでもごくたまに、いや結構な確率で、肝に銘じたはずの教えに背き異を唱える者が出てきてしまう。だから、降臨された教祖様を崇拝する思いを踏みにじり、教団の調和を乱す敵に回った邪悪な存在とみなし、想像してください、文句や批判ではなくて良くなる為の意見だからと、憎んでもいいと恨んでもいいと、敵意や憎悪‐ルサンチマン‐を抱かせる。周到に計画して囲んだ書割へそれが浸透した時に、衆人環視下に置いて心の底から疑わせず、鉄槌を下すという崇高な使命を暴力沙汰の悪事と思ってはならないと正当化し、正々堂々として募らせた思いを隠す必要はないと、孤独を恐れていた者を誰かと語り合いたいと思わせるほどに孤立させる。芽を摘むという行為そのものが命を救い、同時に数奇な運命に別れをも齎す。
そして、神格化した教祖様のお言葉として、《教祖様が殺せと仰る時は、そいつはその時期に来てしまっている。そいつにとっては一番良い時期であり、君は人助けをして得を積むことが出来る。教祖様の為に死ぬことが出来るなんて、とても光栄なことだからね。ただし、教祖様が殺せと仰るまでは勝手に殺してはなりませんよ。》と、《他人の幸せな姿を見てそれを祝福出来るかどうかで自分が幸せかどうか分かる。祝福出来ないのは、まだまだ得が積み上がっていないということだ。積み上げれば積み上げるだけ、未来の自分が過去の自分を守ってくれてありがとうと褒めてくれるでしょう。》と、《もしカルト教団だと見られているならば、あらゆる理不尽に対して逆に利用してしまいましょう。表向きは嫌な奴だと恐怖を植え付けることが出来れば、教祖様に盾突く輩を排除出来ますからね。それも巡り廻って、得を積むということですよ。》と、《人間が快適な暮らしばかりを求めた結果の文明には、人間が生き残る為に進化するよりも早く、地球の歴史は崩壊して破滅の道を歩くことになってしまう。自然に対して人間が致命傷を与えてはいけないのですよ。》と、《教祖様は何があっても君達に尽くされる。しかし、君達にそれに応えるだけの覚悟はありますか?》と、《指示に従えない上に周囲との連携が取れない者など、何を起こすのか分からなくて危険で、考えを悔い改めなければ、教祖様は大事なところでは使ってくださらなくなりますよ。》と、《持って生まれたものは決して平等ではありません。持っている人は更に多くを持ちチャンスに恵まれ、持たざる人は更に奪われ続けピンチに陥る。追い風というものは、そのまま勢いをつけてくれはしますけれど、それ以上には上がらず平行を保つだけです。しかしながら落ちないようにだけ気を付けて、向い風や逆風ならばもっと上がるチャンスです。ただ待つだけか自ら赴くかは決められますから。進歩していくか停滞しているか。さて、君はどちらになれますかね。》と、《不安でも迷わないで望めばいい。教祖様がどのようにでもいかようにもして、救いの道を示してくださる。》と、《自分が自分を見失いそうでも、いつだって教祖様が思い出させてくれるのです。》と、《教祖様は、その御姿さえ別次元ではありますが、完璧な人間がいるとしたならば、それは失敗から学んで得を積み上げてきた人であるのです。》と、何事も言い切ってくれる明確さに救われ当たり前のことを改めて教えられたと、伝統と格式があるものだと、法則性も合理性も欠けていたとしても、素人が作った学芸員ばりの教義を信じ込ませる。宗教法人という調印式ばりに手に入れた紙切れでも御国の許可証というのは、案外役に立って存外に効き目がある必罰信賞だ。
初めからグイグイと追い詰めれば信頼を築くことなく失い拒絶されて迂闊に手が出せなくなってしまうけれど、たとえば狭い田舎であっても、最初は邪見にされてもにこやかな笑顔で、不便を解消してあげて、話の相手をしてあげて、ちょこっと仕事を手伝ってあげて、何度も通えば、ほらもう顔見知り。余所者はすぐに分かると自信満々であっても、入念な下見の上で殺人の間隔が短くなっていても、営業で回っている営業車ならば、嘘が炸裂してもそれはもう不審な車ではなくなる。お番菜で囲まれたのどかな集落は真綿で首を絞められ、陰謀論を唱えても八百万の大多数が取り込まれた後。占拠され乗っ取られて相容れなくても、もう遅く大きな渦の中で沈んでいって、殉死‐オーバーツーリズム‐で手遅れ。
《本当の姿も知らないまま、騙された状態で健気に仕えさせられているとは、なんて可哀想なのでしょうか。》
売れっ子のジャーナリストは事件で飯を食って、使い捨てのライターは事件を食って生きていると評される。それは、皮肉としか言いようがない。もしかしたらくるかもしれないクレームの為に、まだ何も起きていない内から自主規制‐バイナリデータ‐として記事を差し替えることが横行して、クレームさえ対処したくないから揺るぎない信念を持って追及すらしない。敵が大きければ大きいほどマスコミは真実や主張を規制する方向に働いてはいけないのに、正義という気持ちに蓋をして視聴者に気取られないようにすれば、約束された将来を棒に振るような馬鹿な真似をせずとも取り入るのは簡単。顔色をうかがって真実をねじ曲げ、ジャーナリズムの欠片もない忖度という名の嘘の海に真実は沈められ、起きることがない世界が起きるまで待とうキャンペーンを実施する。
組織の保身を優先しないことを問題にする部署ではないとか、止めても無駄と分かっているから逐一報告だけしろとか、ビギナーズラックでも手柄は手柄とか、いくら貢いでもその他大勢のファンであるあんな思い上がった奴等と一緒にしないでいただきたい、特別なのは私だけと調子の良い事を言って、今からお見せするものに関してはどうかご内密にと送り狼をスクープとして出しても、同業他社は、今回の熱愛報道について双方の事務所は、プライベートに関しては本人達に任せていますが、今回のこの一件については本人達が否定しておりますので、本人達の発言を信用し慎重に対応致します。とコメントしており、今後それぞれが公の場でどのような発言をするのか注目が集まっている。と何とも無難かつ他人事。この件は任せて頂けるのではなかったのですか?と丁寧にお伺いを立てても、取材の申請は自由だが許可は出さないとか、何も見てない以上口外は出来ないとか、事実だけれど思ったことを口にしてはいけないとか、担当を差し置いて謝罪には行けないとか、昔の誼で値引きしてあげてもいいけれどこっちに協力してくれることが条件とか、こっちだって頼まれてんだから頼むよとか。無責任にそう言われたことは記憶に新しい。広がる波紋に対して、誤解だからとやりたくない仕事を引き受けるより、今のは視覚情報百パーセントだから間違うことはないと今の何倍も働いて、今更いくつか増えたところで誤差という手をつかう。
《始めまして。》
《初めまして。》
評判は決して悪くはないが良くもない。それとなく探りを入れてみようか。法律の網を掻い潜り演じる為には、知識が必要不可欠で法律を良く知らなければならない。隠すより現わるスクープの火元には私がなりたい。火のない所には煙が立たないのだから。
《これだけ門構えが大きいと立派ですね。》
《小さい草廬ならば立派ではないということでしょうか。》
《何ですか、その言い方は。》
《すみませんね。貴女のように可愛く言えずに。》
存在感の無い記者の端くれだから大きさしか褒めれなかったという皮肉か、存在感が騒がしく本当に褒めるところが大きさしかなかったという謙遜なのか。格下の私が気にしなくていいように、負けて悔しい演技をする為か小さく苦笑いを浮かべていたから、それに応えて格上の私は気にしていませんよと思わせる為に大きく笑みを浮かべる。
《噂が飛び交っていますよ。》
《それは光栄なことですね。やっと噂話をされるぐらいになりましたか。注目度というのは賭けられたチップのようなものです。我々の信念が認知されることによって、救われる人々が増えていくのです。》
顧問弁護士の男は女が一度は好きになるようなイケメンだ。けれど顧問弁護士は女には興味がない、というか、男女問わず恋愛とか家庭とかそういうものは所詮、共同生活という檻の中での個の集合体に過ぎないから興味がないようだ。けれど、教団は教祖様がいることで一体となれるらしい。やんごとなき方々の考えや持論は、分からないしきっと分からない方がいい。
《ネタは結構あがっているんですよ。この教本も教団にとって都合の良いものでしかない。嘘も虚栄も虚偽も見栄も、真実を隠し称賛を得る手段として使われますからね。海鮮丼のように一発かませ一石と投じられる新奇なネタは多い方がいいのですが、私達記者にとって情報とは飯の文案‐タネ‐であり、スクープは世に出すタイミングが命なんですよ。》
《勇猛果敢な三流雑誌に観測気球的な記事を、自信満々かつ鼻高々にスクープと言われましても。一体何がおっしゃりたいのでしょうか。》
人の裏なんて分からないから自分の信じたいものを信じればいいけれど、ゴシップは新聞と違って作られてしまうもので、正確な情報を適切な形で報道しなければならないのはこちらだと。明らかに敵意を持たれていて、それが理不尽なものか謂れのあるものなのか事情を知らなければ庇うことも言い返すことも上手く出来ないし、目の敵にされる理由が分かれば近付かない方が良いし避けやすくなる。
と、普通の人間、というかまともな会社‐トコ‐ならそういう考えで手を引かせるだろう。指示待ち人間と揶揄するのは、指示されるまでもなく動いたら指示に従わずに勝手に動くなと言われ、追って連絡する事後報告ではなく事前報告だとして一報を入れたら指示を待てと言われる。ミステリー小説の読みすぎだと言われたところで、否定など出来はしない。ミステリー小説の編集者でありそういう仕事であるから、それが通常営業。揶揄するのは前途洋々、揶揄されるのは前途多難。
《善意な寄付と偽り全財産を絞り取られるとか、退団される方が続出しているとか、故郷を乗っ取られるとか、殺人を強要されるとか。弱さにつけ込んで一族丸ごと。親まで逃げたら子供に何をしでかすか分からないから、子供だけでも逃がす為に通り掛かりの見ず知らずの人に託す親だって現れているんですよ。》
《残念ながら退団される方もいらっしゃいますが、信者の方がどんな決断をしたとしても教団は味方ですよ。こちらも残念ながら亡くなられた方もいらっしゃいます。ご家族の方は、信者の決断も優しさも迷いも何も気付いてあげられなかった、話そうとしていたことを聞いてやれなかったと、巻き込みたくなかったとしても話して欲しかったと、後悔の念が絶えません。信者は気付かれたくなかっただけなのですがね。死ぬほど苦しんだ方は途轍もない痛みを知っています。それを他の方に強要なんてしません。寧ろ、痛みを知らせないように気遣ってしまって更に苦しむんです。しかも順調であればあるほど破滅への入口なのではないかと怯えてしまう。自己犠牲でしか価値を見出だせなくなっている方に、他の方を大切にするのと同じようにご自身も大切にしてもらって自己犠牲は諦めてもらうのです。》
遠くで話を聞いていても近くで見ていても、真正面からぶつかりはしなけれどどこからも交わらずに、のらりくらりと躱わすその秘密主義は、至極ミステリアスに映って、知りたいという気持ちがカリスマ性に繋がるのだろう。モテ男が広告塔ならば切り替えより上書き出来そうだ。組織に馴染まず牙を剥く一匹狼でも無く、教祖様が寄り添ってくれると信じられる。いや個人的感情の先入観で擁護しているんじゃない。経験則として理解しているだけだ。
《では、得を積む修行‐ニンム‐という犯罪は否定されると。》
《その言葉の響きは好きではありませんね。我々はそんなことはしませんよ。》
《私もそう思いたいですよ。全面的に疑っているわけではありませんが、まだ全てを信じられてもいません。ですから、真実を記事に出来るように、真実として確信が持てるように、真相の究明として洗いざらい話をうかがいたいんです。真実は変わることはありません。事実を無かったことにもしません。》
《なんだか悪意のある言い方ですね。主観と客観で認識に差があることは多いのですよ。我々は強制など一切していません。周りの方がどんなことをおっしゃろうとも、教祖様の教えに共感し賛同し選択し教団を選んでいただいたのは信者の方自身ですから。貴女には関係のないお話かと思いますよ。》
《騙す人間がいなければ、騙す人間さえいなくなれば、騙される人間もいなくなるんです。貴方方の計画には関係のあることですよね。》
《それは我々の計画というものではなく、貴女の妄想ではありませんか。断片的な情報を元に想像と推理を繋ぎ合わせ導き出して、貴女が悪だとして見ているものは、実は見かけ倒しかもしれないのですよ。補足と訂正をするのならば、どんな良い聖人でもあったとしても、一部分を悪意を持って切り取れば悪人に仕立て上げられてしまうのです。嘘なら話を盛る必要もありませんし、形の無い敵というのは厄介極まりません。》
《知るべくして知る偏りの無い確かな報道で、真実を晒すことは脅迫ではありません。救われた、そう思った信者の方がいたことは嘘ではないでしょう。けれど、全部が本当でもない。掴んだ事実を暴いても世の中が良い方向に変わるわけではないし、むしろ救われたかったと不幸を増やしてしまうかもしれない。それでもそれを報道出来ない世の中ではいけない。》
《救われない方がいらっしゃるのはいけませんね。我々が命を賭ける覚悟があったからこそ、信者の方は命を賭けて我々に時間をくれたのですよ。人は自分自身の常識でしか人を測ることが出来ないようですね。貴女も貴女の常識でしか教団を見ることが出来ず、救われない貴女を教祖様は悲しまれるでしょう。》
《新聞やテレビが取り上げなくなっても事件は終わってなんかいない。誰かが真実を突き止めないといけない。それで誰か一人でも救えるかもしれない。苦しくても辞めたくても、終わらない事件が放してくれない。真意を問い質し、嘘にされた真実が叫ぶ声を文字にする。それがジャーナリストというものです。》
《ご立派な使命感をお持ちですね。》
《お褒めに預かり光栄です。では、聞きたいことがたくさんありますので、答えてください。》
《信者の個人情報を勝手に話す訳にはいきませんよ。顧問弁護士としても、教団の信者としてもね。貴女にお話しすることはもうありません。》
《私には聞くこと、いえ聞くべきことがあるんです。》
《徹底的に調べると仰るのでしたら、隠されていると思い込んで探し回るより、お互い時間の節約をして無駄を省きましょうか。貴女の質問の全てに対してお答えする義務はございません。》
《たとえ、私が死んでも貴方方の犯した真実は消えないし、償わない罪は永遠に残り続けるんですよ。》
《計画的な無鉄砲は嫌いではありませんよ。ですが、忠告には従った方がいいと思いますがね。》
何の収穫もなく追い払われただけで、結局振り出しに戻り何一つ分かっていないことに変わりはない。だけれど、真正面から圧力を吹っ掛けてくるだなんて、黒だと白状して白ではないと自白しているようなもの。何も起きないに越したことはないけれど、事が起きないことには、いやもう事が起きてしまっているかもしれないから。距離を詰めれば逃げられるのが真実とばかりに、今度は周りから攻めてみようと信者に話を聞いて回ったけれど、これといった収穫はなかった。いつ、どこに、どんな人間が集まるかぐらいは把握出来たけれど、石垣のように積み上げた信仰は崩れにくい。
《ご忠告申し上げたはずです。ですが貴女の行動力は、色々考えているようでまるで何も考えていないのでしょうか。》
《貴方方は欲が無く何も考えていないように見えて、腹の中で色々と考え過ぎなのではないですか。》
《突然カメラを向けられて驚いたと言っていましたよ。ご自分の考えを証明する為の言葉を聞き出す為に、信者を付け回すのは止めていただきたいですね。》
《私はジャーナリストです。立派な使命感を持っていると言ったのは貴方ですよ。貴方が私に言ったことです。忘れたとは言わせませんよ。》
《ジャーナリストが取材の為だと言えば、何でも許されるとでもお思いですか。》
《貴方が逃げ回っているから、仕方なく信者に聞く為にここまで来ただけですよ。》
《カメラも行動も、些か勝手が過ぎるのではありませんか。》
《証言を後で文字にしなければならないから、録画させていただいているだけですよ。他に他意はありません。》
《書いても決して世に出すことのない、貴女の為だけのファンタジー小説のことですか。》
《私は別にそんなものを書くとは言っていませんが、貴方方が読みたいと仰るのならば書いてみましょうか。》
《読みたいとは一言も言っていませんよ。》
《読めないくらい下手くそだと言いたいんですか。》
《まだ何も言っていませんが。》
《まだっていうことは、言うつもりだったんじゃないんですか。》
真似をしても二番煎じ三番煎じと薄くなるだけだし、圧倒的な題材でも盗まれることは日常茶飯事。先制攻撃で棘を忍ばせ要請の妖精を養成されれば、情報を開示して周りに見せたとしても盗んだ人のものに似ていると抗議され、自分だけのオリジナルを見付けないといけないと指摘される。題材が良ければ無名という理由だけで、当然のようにすり替えられ、本人も知らなかった才能として人物と作品がセットで、ヒットでもして話題になれば連載にこぎつけたとしても、すり替えられた執筆専属の影武者‐ゴーストライター‐を強要されて、棘の道は針の筵となりすべての権利を奪われる。もてはやされたり注目を浴びたりと無名ではあそこまでの脚光は得ることが出来ないのは当然であるけれど、無名であっても名前が世に出なければ売れない地下アイドル止まりと等しく、露骨に贔屓を受ける奴が居たからだって理解などし難く、嫉妬や妬みや憎しみの感情は湧き出続けて、近くで見さされたあげく引き立て役にすらなれず、奴が上に立つ為の踏み台されるなんて納得しない。奴が表は当然だけれど裏も完璧でなければ、私は認めないし認められる筈がない。なんて、若さ故の思い込みで過剰に意識することはない。どっちを優先するのではなく、どっちも優先すればいいだけのこと。光でも闇でも目が眩むのならば、魔王直伝といわれるような相応しい罰を与えればいい。
《この堂々巡りはさておきましょう。いくらなんでも信者の過去や思いに、貴女が立ち入る権利はないと思いますよ。》
《勝手にさておかないでください。この状況が続く限り疑い続けることになりますよ。貴方の目の届く範囲で私を利用するか、貴方の目の届かない範囲で私の好き勝手にやられるか。どちらがいいのでしょうかね?》
《情報をどこまで抑えられるのか、貴女がどこから暴走するのか分からないならば、仕方がありませんね。》
不審者の内偵は全部見えないから未完成であり、教祖様を裏切るのではない、教団の潔白を証明する為だと。
《勝手に付いて来てもいいですけれど、邪魔はしないでくださいね。》
《何故、誘ってくれたんですか?》
《何故、誘いに応じたのですか?》
ふふっ。と笑い、本当に来てくださるとは思いませんでした。と愉快そうに言った。だったら何故呼んだ?とイラつき突っ込むのを何とか抑える。
《お手伝いしましょうか。》
《結構です。》
即座プラス無下に、無理だと却下されてしまった。目の前の顔を見なくても最初からお断りされることは分かっている。手を貸す方の意見として、一応述べてみただけにすぎない。
《ならばお手並み拝見ということですね。》
《ええ、受けて立ちますよ。》
安全な所に身を置いたままで事件の真相に迫るなんて出来やしない。四方八方から邪魔が入るのは、事件の裏にある闇が深くて隠そうとする力が働いているからに違いない。道案内をしてくれているのか迷い込ませる気なのか分からないけれど、必要とされているなら行くしかないと私の執念深さに火を付けて、手の届かなそうな所でも手を伸ばし続け、地べたを這いずり回っても闇に手を突っ込んでも、オーラスの立場だからこそ掴み取った真実を命懸けで記事を書く。真実を捻り潰されることなく公にすることが、顧問弁護士‐ジョーカー‐を浄化することが。《逃げる方法は生きて教団を出るだけじゃない。一度救われたら二度と救われなくて。だから楽になりたかった。それが死ぬことならばそれでもいいと思った。》と、生涯残る悔いを最後に言い残したあの人に捧げる。こっちへ降りて来いと言われたって、そっちが登って来いと言い返す。《腐れ縁であっても一緒でないとつまらない。》と、自覚を教訓にして、受理された申告罪の告訴を取り下げるなんて真似はしないし、一緒に地獄の底になんて落ちてもやらない。むしろ地獄の底から引き摺り出して、怒気を孕んだすべてを暴いてやる。
《目の付け所が違う上に、目敏いあの頑強‐バイタリティー‐。殺すには惜しい存在ですね。潰してしまうよりも手を組む方が断然お得でしょうから、取り込みましょうか。》
まかれたのではなく敢えて泳がせただけと強気でも、精を出した尾行に夢中で尾行に気付かず、秘密に手をかけたから引き金を引かされて、誘き出される罠。開く前に音も無く、それでいて解錠音かもしれないと思っても、ノックどころかこじ開けられてもその形跡すら無く、スルリと即座にカチリと施錠音がして、気付いたら誘い出すはずが、知らず知らずのうちに一枚上手の罠に嵌まる。
チャイムが鳴ってドアスコープを覗けば、《ご在宅でしょうか。》と顧問弁護士がいた。電気も点けずにいたから居留守を使おうと思えば使えた。けれど、手に持っていたICレコーダーを落としてしまって、その音で居留守の選択肢が無くなってしまった。いや、そうじゃない。
《いらっしゃいますよね。ドアを開けていただけませんか。》
《何故ここが分かったんですか。》
ここは私の自宅だ。名刺には電話番号とメールアドレスしか連絡先は載せていない。
《お電話差し上げたのですが繋がらなくて。いつもは折り返しくださいますけど、それもなかったので心配になりまして。》
《質問の答えになっていませんが。》
今は会える状況ではない。というか、こんな時に限って最も会いたくなかった。
《開けて下さったらお話しますよ。》
自宅を知られている理由を知っておかなければならないから仕方なく玄関扉を開けると、《私から聞いたと言わないで下さいね。》と前置きして、教団から帰る私をつけてストーキングしている男がいることに気が付いて、《ただの通りすがりの者で決して怪しい者ではありませんよ。》と怪しさ満点で男に声をかけた。《俺なんてどうせ弱肉強食の世界で勝てないのだから、これくらい手に入れたっていい。》と、持っていた目線の合わない私の写真に男の理由の全てが写っていた。《ストーカーなんて、結婚と恋愛の間に横たわる悲劇でしかありません。手に入れたいなんて、それは愛でも何でもないのではありませんか。》と諭して、踏み切らせることなく踏み止まらせ、正式に私への想いを辞退させた。その時に自宅を知ったというのだ。《貴女に恩を売ろうとして助けた訳ではありませんよ。煩く騒がれるとご近所迷惑でしょう。お利口に黙って欲しかっただけですよ。》などと、そんな妙に生々しくて正に実用的な偶然あってたまるか。
《どうかされましたか。何かありましたか。》
ドアを開けたまま、閉めることもなく、追い返すこともなく、突っ立っている私。開いたドアの向こうで、それ以上開くこともなく、入り込もうともせず、心配そうな眼差しを向ける顧問弁護士。結構な至近距離だけれど、お互いに動く気配は感じられない。
《何がありましたか。》
《どうしてですか。》
《そんな顔をしているからですよ。》
どんな顔だ。と言いかけた言葉を飲み込んで。すぐに帰りますのでお茶など結構ですどうぞお構いなく。と言いつつ居座る気満々。変な見返りを求められる前に返したいから、ストーカーを追い払った貸しを返そう。
《普段は元気一杯な貴女でもお疲れのご様子。火が消えたように落ち込んでいるではありませんか。やはり来て良かった。そんな貴女を一人にしておけませんから。》
《私が熱心な理由、分かっているんですよね。貴方方を憎む私を生かして殺さない理由は何なんですか?》
《我々には貴女を憎む理由が無いからですよ。しかも殺すだなんて。気付いたと思い込んでいるのならば、知らないふりをする理由は何でしょうか。気付いていないのならば、貴女の優れた感覚を鈍らせている理由な何なのでしょうか。》
《やっぱり知っていて黙っていたんですね。》
《貴女から話してくれるのを待っていただけですよ。訴えられるような危ない橋を渡るにはよくよくの理由があると思いましたから。しかしながら、過去や思いに立ち入る権利はないですからね。》
《随分と根に持っていますね。》
《記憶力が良いのを活かして、事実に反することを訂正しているだけですよ。》
昔話でもしましょうか。と、顧問弁護士は物憂げな表情でおもむろに話し出す。
《回り続ける時計の針を見ていると、その時間は永遠にその関係は悠久に、続くものだと続いていくものだと錯覚してしまう。けれどね、消えてゆくんです。積み重ねられることなく忽然と姿を消して逝くんです。》
銀湾に掛かる月虹を見ながら、万感の思いで一献傾ける可惜夜を盗み見る。一杯だけを一杯飲みながら、誰かが来るものだと思われていたその向かい合った空白の席には最初から来るはずのない、大人びた顔をしながらもあどけなさが残っていて、最後の対面の時も変わっていない様に見えていた、扇子のセンスが抜群な待ち人が、最初からそこには居たのだ。
《何で私にそんな話を。》
《誰かに分かっていて欲しかったのかもしれません。気持ちに蓋は出来ても消えませんから。教団のみんなは誰も知りません。もちろん教祖様です。教祖様は何も言わなくても分かってくださいますから。貴女との、二人だけの秘密です。》
目が合って伸ばされた手を、思いっきり振り払ってしまったので、どのように声をかければ良いのか分からなくて、纏わりつく空気が気まずい。
《申し訳ありません。貴女を救い幸せにしてあげたいのに、我々の存在が一番貴女を傷つけて苦しめているのでしょうね。》
こんな時の手はいくらでもあるのに、頭の回転を使えなくて、合わせる顔がなさすぎて、結構居た堪れない気分。
《教団に何かあると嘘を付いたように期待させて、仕事のフリをして貴女に会っていたのを、いつか後悔してしまうのではないかと怖かったのです。けれど、いつかその時が来ても受け止める覚悟が出来たと思っていたのですが、結局こんなことしか出来なかった。やはり貴女に拒まれるのは堪えますね。》
《謝らないでください。大切な人を殺した奴を憎み復讐を果たす時を、何度も何度も思い描いて終わるような人じゃないと、私が信じきれなかっただけです。》
目の前に立っていたとしても目を向けてもらえなければ見えていないのと同じことだと、毛嫌いされて突っかかられるよりも関わらないように避けられることの方が辛いと、歪むその表情は私が見てきた印象とはまったく違って見える。たった一面を見ただけでは人を判断することは出来ないというのはこういうことか。
《断る理由が無いからといって承諾する必要も無いのですよ。》
《最初から貴方を疑うという答えは存在しなかったんですね。》
勝てる見込みが無いのならば、皆が救われる道を選ぶしかない。それが見逃し諦めて逃げることになったとしても、それは傷を抉った名誉の負傷である。死にたくないと生きたいは違うし、死にたいと生きていたくないも違う。いつも自分勝手に突き進むけれど、今回は自分の為ではない。やられたな、参ったな、あの人に騙されるなんて。サプライズ好きも考えものだ。
《違う世界でも貴女が幸せならばそれでいいのですけれど、見ている限りではそうでないことは明らかです。貴女をその世界に連れていったあの方は貴女を救えずにいる。希望が無いから絶望も無いなんてことは全く無く、貴女もあの方も救いを求めている。だからこそ、今は何も考えないでゆっくり体を休めてください。》
《何でそんなに優しいんですか?今まで散々してきたのに、正体がバレているのに。本当は二度と会うつもりもなくて、嫌われて早く忘れて欲しいと思っていたのに。今更ながら嫌われたらどうしようって。》
《貴女が思って考えている以上に貴女が大切だから、あの程度でそんな簡単に嫌いにはなりませんよ。貴女を大切に思うことで困らせているようですね。すみません。》
自分が苦労してきたから周りの人には楽な道を歩めるように、救われる人生のレールを作って引いて敷いてきたつもりだったけれど、貴女にはその道を通って貰えなかった。自分を追い詰める厳しい道でないと自分で歩いている気がしないのでしょうね。と困ったように笑う。ハードルを越える為の一歩が踏み出せずにどんどん高くなるだけ。追いかけていた背中はやがて越えられない壁となってしまう。
《そんな簡単な問題じゃないんですよ。》
《難しくしているのは貴女の方ではありませんか。》
《私に一体どうしろっていうんですか。》
突き放すような言葉の割に、含んでいる空気は途方に暮れている。知りたくても知らない内に貴方の地雷を踏んで、心の中を土足でずかずか入ってまた地雷を踏んでしまって、再び悲しい困った顔をさせてしまうかもと思ったら、簡単なことさえ怖くて何も聞けない。
《事実をどう受け止めるかは相手次第ですが、事実をどう伝えるかは貴女次第です。貴女が見聞きした教団の真実を書けばいいだけですよ。貴女が挫折して夢に幻滅して通った遠回りな道が、まだ誰も通ったことが無い救いの道ならば、救われた貴女が皆様を道案内して差し上げればいい。》
あの人の過去と私の未来の間に、彼が見付けた今が加わり、理由も無く自分のルールを破ろうと思う。そう思える程に足りないものを補って過剰なものを受け止めてくれる、信者の全ての枷よ棘よ我が身に集え。どうか君達は微笑むように咲き誇っていてと、そんな風に思わせてくれる教祖様は何よりも美しい。
闇に触れて調べているうちに闇に魅入られ取り込まれて、不浄の私が触れてしまったら教祖様は穢れてしまうだろうから、まずは私が清浄にならなければならない。夜空の月は弱々しく雲の向こうに見え隠れしながら頼りなく地上を照らしていたけれど、分厚い雲に覆われてしまっても、街灯‐スポットライト‐があれば大丈夫。最高でサイコな計画に一枚噛ませてもらいたいから、無意識の留め具を外して志願しよう。
《所轄署の者です。ちょっとお聞きしたいことがありまして。》
《あいつ、何かやったの?》
《いえ、お話を伺いに来たのですが、ご不在のようですね。行方を捜しているのですが、心当たりはありますか。》
《ちょっと前にはいたけど。》
《居た、ということはお辞めになったということでしょうか。》
《ああ、少し前に編集長に退職届出していたなぁ。》
まだここへ来ていないのではなく、もうどこかへ行ってしまったようだ。
《そうなのか。近寄りたくなかったし向こうも近寄って来なかったから、何の接点もないな。》
《所謂、ローンウルフってやつですよ。》
《最近は何か熱心にどっかの宗教を調べていたな。ブツブツ独り言を言っていて、ちょっと気味が悪かったよ。》
《ああいうのを使うのは良いし自由だけどよ、がっつりと頼っちゃいけねぇよな。》
個人的に憶測で語られるのは嫌いであるが、情報を開示してもらう場合や意見や感想を求める場合、令状もなしに聞き込みをしている立場であるから、拒まれるよりはあくまでも可能性だったとしても、するとかしないとかの話ではなく、出来るとか出来ないとかの話であっても、色々な情報が集まるのは有難い。
《お忙しいところご協力ありがとうございました。》
行方不明になっているジャーナリストの携帯の位置情報の開示請求をしてみたものの、今は電源が入っていなくて役に立たない。ただ電源が入った瞬間があったのは間違いないのだから、過去の電波記録を当たることにした。あの教団は最初からきな臭い。顧問弁護士だって、一度不貞を働いた配偶者を殺した疑惑で捕まったものの無罪を勝ち取り、悲劇の被害者なのに狂気の加害者だと警察や世間に思われた不幸な弁護士として、教団に救われたと拍付けして顧問弁護士の座に収まっている。初めはのらりくらりと曖昧な供述で意図的に疑いを持つように仕向け、裁判が始まってから1枚の写真で一遍にひっくり返す。タワーの明かりが死亡推定時刻の後で消えるのに、写真にはタワーの明かりは点いたまま。証拠の再鑑定を依頼してこの殺人が不可能だとして証拠能力を否定する。確固たるアリバイは偽装、時間のトリックで犯行時刻を誤認させて、小学校も中学校も高校も違うけれどボーイスカウトに同時期にいたという共通点を提示して、関係を暴露すると脅され隠す為に犯行を重ねたと欺いて、一事不再理を狙うのが顧問弁護士の真の目的であることは後々にも分からない。
《私の周囲を警察が嗅ぎ回って、教団が見張られているみたい。》
《そのことを誰かに話しましたか?》
《いいえ、今初めて貴方に話しましたよ。》
《でしたら、誰にも話さないように。こちらで動いてみますから。》
《私と貴方の中で水臭い。知っていることを全部話して。嗅ぎ回られている私が全て終わらせる。》
《周りは信用出来ませんし、何も知らない信者達を手伝わせるわけにはいきません。たった二人で調べることになりますよ。》
《実践躬行、私と貴方がいれば十分ですよ。》
《分かりました。確か、あの方は自宅謹慎になっていたはずです。》
《私は謹慎になんてなりませんから、いくらでも調べられますよ。》
《くれぐれも慎重にお願いします。》
《分かっていますよ。貴方のそんな顔が見たくて協力を申し出ている訳じゃないんです。》
自分にとっての自由と他人にとっての孤独を満喫して、他人にとっての安らぎと自分にとっての不自由を手放そう。
指令音が鳴って通報内容が流れる。
本部から所轄署、本庁から入電中。所轄署管内〇町〇丁目の雑木林で、殺人事件及び殺人未遂事件発生。人着及び所持品から、被害者は教団周辺に在住の信者で行方不明者届が出されていた人物と判明。一人はその場で死亡を確認、もう一人は〇病院に搬送中。犯人とみられる人物は、△町方面に逃走。捜査員は至急現場と捜索に向かわれたし。
雑木林周囲の防犯カメラに映ってはいなかったけれど、川を伝って防犯カメラを避けたつもりらしいけれど、ドライブレコーダーに逃走する姿が映っていた。車はわナンバーのレンタカーであり、車の左側から乗り込む姿があった以上、少なくとも運転手役が居たってことは判明した。殺された人と一緒に居た人の安否が気になりませんか、一番に連絡しますので連絡先を教えてください。なんて裏技は鑑取りも地取りも出来る警察が故に使えない。
《客のプライバシー保護の為とか言って、防犯カメラは設置されていないところが多すぎですよ。》
《セキュリティ対策かプライバシー保護か。監視社会より犯罪に巻き込まれることの方が怖いと思って欲しいものだな。》
《安心安全な世の中が一番ですもんね。》
《さっきのところなんて、防犯カメラを含むセキュリティーすべてをクラウドで一括管理しているってほざいていたな。》
《クラウドなら制御室が万が一襲われても安心ですよね。》
《馬鹿野郎。クラウドはオンラインで繋がっているということだろう。逆を言えば、遠隔でハッキングし放題だろうが。》
《あー、それはそれで考えものですね。そういえば、逃走している容疑者、動機が見当たらないんですよね。》
《んなもん、容疑者を逮捕すれば自ずと理由は分かるさ。遺留品に血痕が残っていたんだろう。》
《ええ。ただ現場が雑木林ですから、血液が動物か人間か、人間ならばDNAを調べれば被害者の血液かどうか分かりますが、解析には時間がかかると言っていましたね。》
《それまでに取っ捕まえるぞ。》
《競争じゃないんですよ。》
《競争しているのは、科捜研とじゃない。野放しにされている容疑者だ。》
《分かっていますよ、それくらい。》
《分かってんなら、その気持ちを行動に表せ。》
顧問弁護士として人格者に上に引き上げられた恩はあれど、教祖様は野心の無い人であるから、側にくっついてれば権力者になれるという予定が狂った。教団の母体が大きくなるにつれて、教祖様には自我が芽生えてしまった。野心のある顧問弁護士は、野心の無い教祖様が邪魔になってしまったけれど、今更別の教祖様を立てれないし、教団を抜ければ信者から人格を疑われるし、一から権力を築くのも面倒になり、手っ取り早く教祖様を排除することにした。自分は信者と教団の支持を得る為に動いているのに、一部の信者は内輪の意見、つまり顧問弁護士の策に惑わされている。と。そんな信頼している顧問弁護士が信者に疑いを抱かれている状況に、教祖様は日々不安を募らせていると。
《不審な指紋が発見されないのは内部犯の可能性が高いのです。》
《信者が犯人なんてそんな重要なこと、黙っておくことが出来たのに何で話してくれたんですか?》
《貴女の使命感ですかね。最初に会った時から惚れ惚れしましたから。》
残っていた僅かな皮膚片から採取されたDNAと血液、その両方と容疑者のDNAが一致したとの報告と同時に、捕まるくらいなら死ぬと残された遺書が発見された。しかし、自殺する気ならば現場である雑木林ですればいいだけだから、きっと口封じに殺されているだろう。
《余罪がバレるのを恐れてか加害者からの報復を恐れてか、元信者もなかなか口を割らないです。》
《そう落ち込むな。お前なりに頑張った成果を教団が上回っているだけで、無茶振りじゃなくハードルが高いだけと思え。》
一日之長のペンキが剥がれても、景気付けに塗り直して験担ぎに塗り潰せばいい。
《いつまで黙っておくつもりですか?》
《今まだ。一番良い時期にお話しするつもりです。》
《分かりました。けれど、教祖様は勘が良い方ですから、気を付けてください。知られたら大変ですよ。》
《知られたら、ですよ。》
《知らせるな、ってことですね。もちろんです。》
今まで長きに渡りご愛顧頂きまして誠にありがとうございましたと、今が良き時、閉店のお知らせをしよう。光に眩んで闇に慣れた目が映し出すのは、長年に渡って甘言に隠され続けた本当の栄達な姿。
祭り上げられた教祖様は顧問弁護士の正体に気付いても、もう遅い。ロボットに徹しきれずに演じきれなかったから、堅牢なヴィランズとして舞台を降ろされた。
《君はこんなことをするような奴じゃないだろう。誰なんだ、君は。》
《俺の何を知っている?これが俺だよ。お前の役目はもう終わりだ。》
自分の作った贋作‐レプリカ‐が本物と評価されることで、いつしか自分が一流だと評価されたのだと思うようになる。自分の作品では高く評価されないくせに、本物を壊すことで贋作‐レプリカ‐を本物にしようとさえする。だって、本物さえなければ贋作‐レプリカ‐である偽物を作る必要はないのだから。
縁もゆかりもあるけれど誰も訪れることのない、自分の庭ともいえる故郷の廃村に隠すように埋めるのは、下手な所に隠して掘り返されるよりは安心でマシだという犯罪者心理を利用する。息のかかった全員で口裏も合わせて、全部の事情を知って把握した上で、如何ともし難い事実の隠蔽に加担しよう。
《所轄署の者です。ちょっとお尋ねしたいことがありまして。》
《それは色眼鏡の思い過ごしではありませんか。》
《それを確認する為にも、教祖様こと〇さんにご同行願えますか。》
《私が教祖様からのお言葉を忘れる訳がないとお思いになりませんか。もしかしたら少しだけ思い出しにくいちょっと隅の方に、そのあたりの記憶がコロッと落ちているだけの話ですよ。》
オノマトペで可愛らしく言ったとしても、それを世間では忘れていることと同義である。話さなかったのではなく聞かれなかったからと言っても、睨んでくる目の前の人達は納得しないだろう。
《分かりました。因果関係は認められないと思いますが、疑われたままというのも気分が良いものではないので、どうぞお入りください。》
教団内の至る所に蝋燭が並んでいて、少し薄暗いものの見た目は神秘的だ。壁にかけられた布は異国情緒を思わせるものも含んでいる廟のようで、案内されているのに現世ではないどこかに誘われているようだ。なんて、敵地に乗り込んだ警察の観相学は呑気そのもの。ペントハウスに至るまで陣地は既に準備万端。カウントダウンの終わりはもうそこまで。
《まだ着きませんか。》
《すみません。信者の方用に開放しているところが多くて。もう少しです。》
《あの、なんか焦げ臭いような気がするのですが。》
《そうでしょうか。建物内は落ち着くように、外は開放的にと分けているので、換気がとてもされていて常に新鮮な空気が入ってくるのですが。どこかで焚き火などされているのでしょうかね。》
さあ、正義の皮を被った暴力で暴かれた教祖様の教団内での暴挙が明かされる。しかし教祖様は既に詠み人知らずの神隠し‐サイネージ‐で、開かされた扉の向こう一帯の禁足地帯に広がっているのは、ようこそと迎え入れてくれる一面の火の海‐レッドカーペット‐。
《おい、消防に連絡。》
聖域界隈を右往左往する警察を気にすることなく、顧問弁護士もジャーナリストも信者も見つめるは、前も後も右も左も、教団を包み込み、マッチもライターもガスバーナーもガストーチも必要無い、全てを奪う意思がみられる炎が画角を埋め尽くす。
《綺麗ですね。》
《証拠隠滅とはいい加減にしろよ。》
《乱暴は止めてください。そして言い掛かりも止めてください。証拠隠滅の証拠はおありですか。》
証拠隠滅は当たり前だ。その証拠が無いのも当たり前だ。不純物のある混合液では無く、時間をかけて分留し純度の高い純粋なものでも無く、給油ポンプで悪臭を放つ液体を移す必要も無い。教団中に置いた蝋燭と飾り立てた可燃物。蝋燭立てに少量の水を入れ、長さを調整しておいた蝋燭に火を灯せば、溶けた高温の蝋と入れた水が接触した瞬間に水が気化する。水が気化するということは体積が膨張するということ。膨らむ力で爆ぜさせて水蒸気爆発を至る所で起こし、霧を纏う闇夜を煌々と照らすような大規模火災を再帰性反射が演出する。
《犯行を重ね被害者の方を増やしてしまったことは言い逃れも弁解の余地もございません。如何なる処罰も受けなければなりません。君が知る必要はない報告だけくれればいいとか危ないから関わるなと言われたこともあって、顧問弁護士とはいえ単に役立たずなだけではないかと思うこともありました。問題行動はシグナルであったはずなのに暴走を許し止められず、顧問弁護士の私の手さえ負えなくなっていきました。今回、自主的な解散に至った経緯につきましては、警察発表及びマスコミ各社における過激な報道とSNSによる拡散、それに付随するデモ活動などが原因とみられる、信者個人へ直接の連絡及び信者宅への抗議や貼り紙と落書きなど、犯罪者集団と決め付けられ罪も無い信者へ様々な脅迫行為がなされているとの報告が次々と届いております。生活を守る為の抵抗を攻撃的である、罪も無い信者に罪を着せようとしている。集中砲火されたその行為から守る為に手を差し伸べ力を貸してくださった善良な方々にも類が及ぶことは避けたいと、他の方には取りとめのないたった一言でも、信者にとっては鋭利な凶器になり得ることを鑑み協議しました結果、解散を決断致しました。》
顧問弁護士は、ハッキリとそれでいて死人に口なしを突き通す。教祖様の悪行のすべては、顧問弁護士による口頭の伝聞と伝達である。顧問弁護士が裏で糸を引いている事は、絶対ではないものの限りなく確実なのに警察も世間も証拠を見付けられずにいる。教団という閉鎖的な空間での出来事ならば、すべてを無効にする決め台詞‐ワード‐である記憶にございません。を言う必要性もない。ただ、教祖様が悪で、止められなかった顧問弁護士は自分を責めて、教団と信者は被害者。ただ、それだけであると。
《教祖様は我々信者に無条件の信頼をおいてくれていました。その信頼を盾にして、我々を連れていくことはせずに、教祖様は大事なもの、つまり教団と我々を守る為に、我々はここに置いてかれたのです。生き残ったのではなく、教祖様が生かしてくださったのです。》
一部の信者が他人の幸せばかりを願って行動してきてしまったから、教祖様は自分の幸せが分からないのではないかと、教祖様に対して自分達の考える教祖様の幸せを願ってしまった。しかしながら、教祖様は信者が救われ幸せになることが一番であり、そんな自分のことは考えなくていいと思っているのに上手く伝わらず、真剣に真面目で一生懸命に頑張りすぎた結果、教祖様自身が追い込まれて自暴自棄になってしまった。信者を救いたい教祖様、教祖様を救いたい信者、教祖様を救いたい信者を救いたい教祖様。
《我々に後をお任せいただけるという気をもたせてくださったことを喜ぶべきか、顧問弁護士である私が教祖様のお役に立てなかったことを悲しむべきか。私が悩んでいたところ教祖様は最後に仰った。恨みとは愛情の裏返しであるから、私のことを考えてくれた信者の誰も恨むことはないと。》
報道されているような、警察が動くような、複数件にも及んでいる凶行、そんな事件は起きていない。信者の皮を被った者に嵌められたんだと、未だに教祖様を信仰している信者がいる。
《自らの命を犠牲にしても教団を守る教祖様、信者の皆なら分かってくれますよね。》
救われたいという夢が叶った後は、救われ続ける為に叶え続ける。細やかな願いはいつしか果てしない欲望に変わり、一度手に入れたモノを失いたくないと、縋り付きしがみ付きたい。追う救済は追い過ぎて、求めが多すぎて追い越していく。何故なら教祖様がいるのが当たり前になってしまったから、いない人生をどうやって進んで行ったらいいのか分からない。救われない人生などあってはならない。
《教祖様には永らくお世話になりました。悲惨な事件が起きたことは間違いありませんが、教祖様が仰っていた信念や信条が嘘を付いている訳ではないのです。しかしながら、それを全う出来ないならば、無理して残る意味はありません。》
教祖様は帰らぬ人となり、オーガナイザーから事実上のトップになった顧問弁護士は、信奉者を前に所信表明を声高に朗々と遊説に語る。
《決して教祖様を軽んじている訳ではなく、教祖様への忠誠心が強い故に、教祖様が教えてくださったことは後世にも伝えて、維持していかなければならないのです。その為に新しく教団を作ることを選ぶことは、教祖様を否定することにはなりません。教祖様も聞こし召されるでしょう。》
なぞるだけでは綺麗な模様が描けないから一度反古‐リセット‐してしまって、書籍暗号みたく順序を踏んで新しく作ればいい。夢を叶えるのに必要なのは、自分自身に対しての自信の確信や他人からの太鼓判ではなく、教祖様は滅びないし教団も滅びないと信じて、看板を下ろして解散‐バラしに‐する覚悟があればいい。何故なら時機など別れた途端に次への扉が開くのだから。
《誇りも魂も見えないから、見えないからこそ誰もが受け継げるのです。諦めませんよ。全世界の人々を救うという教団の我が儘‐ユメ‐は世界一ですから。》
色とりどり個性ある信者‐花‐を纏めているのは、張り巡らされた策‐葉っぱの緑‐かもしれない。葉っぱが水を抱えている姿は佩玉のように美しいかもしれないけれど、その水は染み込むことはなく弾かれている。
《まさか、自分が権力を手に入れる為の良い口実で、全部計算じゃないんですか?》
《まさか、そんな訳ありませんよ。》
《ちょっと言ってみただけですよ。》
《少なくとも八割方、もしかしたら九割方、貴女の場合本気に決まっているのではないですか。》
笑う貴方だけれど、私にだけ分かる嘘。
貴方の夢が上手くいかなかったら私が食べさせてあげるけれど、上手くいかなくて食べられなくなればいいとは思っていない。手柄は譲るから自由に動けるようにさえしてくれればいい。そして砂時計も水時計も花時計も進めるのは貴方でいい。私が最初から正解を選ぶ必要は無く、貴方が選んだものを全ての正解にして、選択肢に帯封をして解答のキャンセルも受け付けないで、ペルソナとシャドウの答え合わせは最後の最後までもしなくていい。だって、大望抱く者‐タイトルコール‐が小叶‐キャッチコピー‐に浮かれるなんて、それは素敵なことではないのだから。
《この先の展望を聞きたいですか?》
《ええ、是非聞かせてください。私はジャーナリストです。真実を書いて道案内をしましょう。》
《ふふっ。貴女はあの頃から変わっていませんね。》
《それって成長していないってことですか?》
《いえいえ、お若いってことですよ。貴女のバイタリティーを存分に発揮してください。》
薄氷の上に築き上げたのは崩れてしまう砂の城でも、ネーミングライツを全面に出したオンラインサロンで世界中にすぐに築き上げられる。私に男を見る目は無かったけれど、向こうに女を見る目が有ったのだから大丈夫。まだ振り出しには戻っていない、戻らせない。戻る場所はそこではない。さあ戻りましょう。道祖神の権現的教祖様の大切な忘れ形見である教団という救いの場所に。
《この幸せはまだ続くんですね。》
《もちろん、終わらせません。》
教団が存在し続けるという何も変わらない幸せ。教団の体制が変化するという何かが変わる幸せ。教団の姿形は固定されないという何にでも変えられる幸せ。人生に必要なのは、複雑な選択肢ではなく、選択肢の無いシンプルさ。右へ倣えを信じられている内は幸せだ。
《苦しみから逃がして救うことが出来ると言えば、貴女は私の手を取ってくださいますか?》
貴方が私に手を差し出して、私が取った貴方の手は、ずっと私の手を握り締めてくれている。その手がどんな手だろうと、どんなに汚れていたとしても、それは数多のことから守ってきたからにすぎない。それが詭弁だというのならば、汚れていていいから、どんな手だって私は離さない。貴方が私の手を握っていてくれているように、私だって貴方の手を握ったまま生きることを続けよう。
捧げる献花は、金蓮花と朝顔‐教団への忠誠心と貴方への恋の炎に私は絡みつこう‐。
説明しよう!
どんな問題?どんなもんだい!
私の辞書に不可能という文字は無い!
何故こんなことになったかというと、時間を〇時間前に戻そう!
全ては〇〇から始まった・・・
などと言ってパルクールさながらに見参したくせに、勿体ぶって順序立てながら話す、誰が呼んだか迷探偵。いやいや、名探偵はいずくにも居ない。
がしかし、謎‐トリック‐を解いて貰わないことには始まらないから、一回くらい探偵らしいことをさせて欲しいと言われれば、懲戒免職でなくとも猶予を〇日間与えれば、スカイマーシャルもイリーガルには益体も無いくらい、ワイヤージレンマを超えてケースクローズドは可能ではある。
ジャガイモの芽・キャッサバ・ナガミヒナゲシ・シキミ・スズラン・トウゴマ・レンゲツツジ・ヨウシュヤマゴボウの誤食やアカエイ・アンボイナガイ・ヒラムシ・アイゴ・オニダルマオコゼの有する毒であったり、トリカブト毒とフグ毒であるテトロドトキシンの拮抗作用によって装われ、自然毒によるリスクプロファイルを逆手に取った事故。
シアン化ナトリウム・トルエン・バトラコトキシン・パリスグリーン・ボツリヌス菌・有機リン・アミグダリンであったり、無農薬が売りなのに毒入り‐ペントバルビタール‐ワインだったり、カプセルで時間差を狙い床に塗ることで割れたグラスの中に混入されていたと錯覚させられり、モノフルオロ酢酸ナトリウムの溶液、つまりは殺鼠剤であり人間の体内に入るとフッ素と酢酸に変化し検出は困難で死因が特定出来ない厄介な代物まで使われ見せ掛けられた中毒。
リチウム電池や温度が上がり気化し膨張して体積が増えた液体ヘリウム、エチルエーテルが気化している時の静電気だったり、アルカリ金属の過酸化物・硫化りん・鉄粉・金属粉・マグネシウム・カリウム・ナトリウムが水と接触したり、キシレン・エチレン・エチルベンゼン・ベンジンが原因で発火を引き起こされたりして、液体酸素爆薬まで持ち出された粉塵爆発。
塩化カリウムによる心不全、歯原性菌血症による心筋梗塞、利尿作用による低カリウム血症で低血糖症、空気を血管に入れられたことによる空気塞栓症、頭部打撲で対側損傷による脳挫傷、脳震盪による一過性意識消失発作で急性硬膜外血腫、ペットボトル症候群による昏睡で急性硬膜下血腫、一酸化炭素中毒にドライアイスによる二酸化炭素中毒、液体窒素による窒息、食物依存性運動誘発アナフィラキシーや心タンポナーデによるショック、心臓に持病を抱えていることを嗅ぎ付けられ驚かされて発作を起こさせる、熱中症による脱水状態に陥り衰弱、今度は反対に寒冷曝露で凍死と、暖められたり冷やされたり死亡推定時刻は定まらない。
驚かそうと物陰に隠れていたら、うっかりバイヤーとブローカーの闇市場に出くわしてしまう。顔を見られているからこのまま帰すわけにはいかないと、電流斑が残るぐらいのスタンガンで気絶させられて、精神障害で恐慌状態に陥り過剰摂取‐オーバードーズ‐した麻薬中毒患者‐ジャンキー‐に仕立て上げられる。
お披露目が決まっているのだから工期は延ばせないけれど絶対に間に合わせるようにと、一方的に違法労働の指示をされた彼女に《忘れてくれ。》と言ったとしても《それは・・・》と濁されて、出来ないとも構わないともどちらであっても、違法労働の指示の事実を知っている人間が自分以外に存在しているのは同じこと。《貴方に私は撃てないわ。》《僕に撃たせないでくれ。》僕がサイレンサー無しに撃ったのは、彼女が愛用していた香水をぶちまけたのは、オートロックを氷で銃声を録音で調整を時間差で、《次は令状を持ってきます。何度も警察が出入りすると周囲の不安を煽り心配させてしまうと思ったのですが、こちらの余計なお世話でしたね。》と火薬の臭いが無いのを誤魔化したことを、何かの臭いを消して隠す為であったという手掛かりによって遠退かせる。
源氏名を貰っても方言を操っても花名刺を配っても纏わり付く寂しさを埋める為に、買い物を繰り返して物は増えたけれど同時に虚しさも増えて溢れていく。しかし、自分の欲しい物を買うよりも歩いてくる被害者‐銀行‐から引っ手繰った鞄‐福袋‐の方が何が出てくるか分からないから、ネットカフェのセーフティボックスよりもワクワク感もお得感も重ねる度に増していく。連合とか総業とかフロント企業に指南を受けて、待ちきれなくてお宝を迎えに行っても、皆で同じ格好をすれば何回だって宝箱を逃がすことなく、一人の人間の犯行と思い込んでくれる。貴方から私へ永遠の愛は当たり籤。‐FromYou2(To)MeLove4(For)EverIsWinningLottery.‐
肌身離さず持っていた鞄の中身を見せないで、携行しているものを出さないで、何をしにここへ来たか理由を悟らせないで、ここに居ることを理解出来ないままにして。急激なアルツハイマー病故に毎日変わる設定は、彼女をねじれの位置に置き去りにして、待ってくれと焦った声で制止しても、頼むから言うことを聞いてくれと懇願しても、彼女は彼女でなくなり、忘失に亡失を重ねて奪われる。タイムリミットは72時間どころではなく、同じ時間を過ごしたとしても一緒に年を取ることが、こんなにも贅沢になってしまうなんて思いもしなかった。
様々な方法をアレンジされてしまえば、バイオハザードマークだって役には立たない。
捧げる献花は、牛の舌草とタンジー‐真実への抵抗‐。
命に別状はありません、という言葉は一度も聞いたことがない。
容態は安定してます、という言葉を一度聞いた後は二度と聞けなかった。
一命は取り留めましたが意識はまだ戻っていません、という言葉を聞いたところで意識が戻ったとは聞かなかった。
今の所持ちこたえていますが予断を許さない状況です、という言葉は聞いたとしても意味がない。
○時○分、死亡を確認いたしました、という言葉を聞いたのは何度目だろうか?
御典医もその台詞で匙を投げて臨終‐フィックス‐、僕は喪主にも施主にもなれない。
プルルルルと呼出音が鳴って、プープーと不通音が鳴って、公衆電話の着信音も携帯電話の振動音も、サイレントマナーモードではバイブレーターでも気付かずに、異種鳴き交わし方式さえも音信不通。
留守番電話に接続します、と機械音声のガイダンスが流れて通話が強制的に切れてしまう時も。
おかけになった電話は電波の届かない場所にあるか電源が入っていない為かかりません、と電源を切っている時やサービスエリア外にいる時も。
おかけになった電話は都合により只今通話ができなくなっています、と通信料が未払いになっている時も。
おかけになった電話はお客様のお申し出により暫くの間止めています、と盗難に遭った時や紛失してしまった時も。
おかけになった電話からの着信はお受けできません、と前触れも無く突然着信拒否された時も。
おかけになった電話番号は現在使われておりません番号をお確かめの上おかけ直しください、と既に存在していなかった時も。
インターホンがピンポーンと鳴っても、ドアベルがカラコロと鳴っても、玄関に各家庭の情報がマーキングされていても、仲良くなった宅配便の人に予定を聞き出されて話してしまっても、《冷静になれないなら黙っとけ。何も話さず返事だけしてろ。》と、肩がぶつかったと因縁をつける舎弟にそう吐き捨てた奴が、血眼になって探しているのならば、彼女は奴等のレーザーポインタから隠れて、まだ生きているのだとすれ違う。
波に乗った仕事は忙しく、疲れ切ったこんな酷い顔を見せたくないし心配だってさせてしまうから。何より彼女だって仕事で疲れているのだから、こんな遅くに僕の都合で誘うのも悪いと思って何も声をかけずにいた。けれど、思いやるあまり逆に不安にさせてしまっていたようで。《昔の君の方が良かった。》《だったら別れるのが正解だね。》と、去る理由を与えてしまった。お互いに遠くへ行ってしまったとしても帰ってくるなら良かったのに。
《好きだと言ったの?》《好きなのと言われるまで待つ。》彼女の不文律に触れるのに勇気がいる。下手なことをして嫌われたくはないから。彼女から好かれている実感はあっても、彼女への自信がなくて。彼女の好みを密かにリサーチして、《あそこの〇が美味しいと評判らしいよ。》と然り気無く言ってみたら、《それは誘われてますか?》とお見通しだと言わんばかりだったから、《いやいや、単に情報を伝えただけさ。》と惚けてみても彼女はニンマリ笑うだけ。《皆予定とかで断られてしまって。君が空いていて良かった。助かったよ。》なんて恥ずかしさから正直に誘えなかった僕に、《消去法で誘われたとしても嫌なら行かないわ。》と答えてくれたよね。《優先してくれるのは嬉しいけれど、自分のことを我慢して本当のことを言ってくれていないと思えて寂しくなる。》と一緒に楽しんで欲しいと願ってくれたよね。彼女と知り合ってから過ごした日々の時間より、これから歩んで積み重ねていく未来の時間の方が、長くて大事な僕らの帰りたい場所であるはずだ。
《何があったとかは何も聞かないけれど、その代わり教えてくれない?どうすればいいかな?どうすれば元気になるかな?貴方は笑ってくれるかな?》なんて、何と答えたらいいのか悩んで考えているのを、答えたくないから無視していると捉えてしまったようだ。只事ではないことを、彼女が教えてくれて僕が話したせいだ。そして、だんだんと今の彼女から離れていく。
信じられていた全てが信じられなくなった。それでも信じられますか?なんて問われても、カクテルパーティー効果があっても捨て鉢になって、イエスなどと言える自信なんてない。まるで見てきたかのようにお話されていますね。と問われれば、新聞の記事とかテレビのニュースとかで詳しく報道されていたから知った気になっていただけでしょう。と返したら返したで、あの方にも聞いてみましょう。と傑作なデタラメを並べ立てる。想像力が逞しく面白いフィクション話に付き合ってあげられないし、そんなことは死人には出来やしない。と否定してあげたら、死亡したなどということは貴方の仰る新聞でもテレビでも報じられていない。しかもそれは事実ですらない。と否定返された。あの方が死んだと思い込んでいた人物がいます。とこちらに向かって、あの方の死体を遺棄したと脅迫してきた人物を殺し、捜査資料にも載っていなくて模倣なんて出来やしない真犯人しか知らないあり得ないことを、ベラベラとお話くださり未見だと主張していた貴方ですよ。大人の対応をしてくださっていた貴方に突っかかって、これ以上聞くだけ野暮かもしれませんが、捨て駒に捨て駒にされた気分はいかが?
サイコロを降り盤上のゲームは既に始まっているのだから、引き換えにされたものを考え倦ねて嘆いても降りることは叶わない後催眠暗示‐show must go on‐で、端境期を経ることもなく竜血樹‐ゲーム‐は続いてゆき、終わらせたいならば鯨幕‐ゴール‐を目指すしかないが、解答ボタンを押しても終ることなく新しい物語の始まり‐ファイナルアゲイン‐。愛する人が愛情を注ぎ全ての時間を使って作った物は恋敵に等しいから嫌いになりたかったけれど、自分の欲しかった愛情が全て注がれた物だから憎いけれど、誰にも渡さずに誰にも見せずにそばに置いておきたい気もするから、クロートーは業病をトーキックしてネクストゲーム。
翻筋斗を打って傾いでて転がり堕ちてものまれても、拳眼抗い這い上がりそれでもゲットファイヤードされずに、終わりではないハッピーエンドを探し、傍流を繰り返す意味がなくなる時まで葬送儀礼をすることなく、僕はまた何食わぬ顔で睦言を交わして、また目を覚ました嫣然の彼女におはようを言うことに拘ってしまうのはプライミング効果か。
欲しい真実に辿り着く為の進むべき道は見えないけれど、足を動かさなければ辿り着かない空蝉を繰り返して、隠然たる運命を弄びながら廻り抗ってみせようか。望みを叶えた後そなたの褒美は何となると祈祷師に問われても、何を望んでも彼女と僕の何気ない毎日はずっと続くことさえも忘れてしまえば、映る切羽詰まった表情の痛みだって無くなるだろう。
十把一絡に彼女を壊すことを望んでいるのならば、取りも直さず一番の強敵になる。話し合いも命乞いも通じなくて、ここから先は行き止まりで彼女の命はここまでと言わんばかりに、過剰負荷環境で行旅死亡人になることはないけれど、セルモーターは回すことなく、命を消すことに何の躊躇いもなく歯牙にもかけない。陰惨した事件が口火を切った時点で静かに流れていた平和な時間を脅かし、闇に目隠しされた彼女が望む日常ではもうない。汽笛が聞こえて瞬きをすれば姿形を変えもたらされる、十重二十重の最厄が累犯加重。
笑われたくなくて彼女を笑わせたいのに、《僕が失敗して面白いか?》と問えば、《いや、つまらない。大いなる暇潰しには幾多の遊び心が必要だ。》と答えるように。《潰れてしまわんか心配やったけど、ようこの世界に来なさったな。そろそろ真面目にあやつの必死の頑張りに応えてやろうか。まあまあ源氏香図でも聞いて、恋女房と共にゆっくりしていきや。》とエンボス加工は何度でも繰り返す。余裕ぶってなぶるような攻撃だったのに何度も何度も立ち上がって向かって来るから、終わることのない繰り返しにいつからか焦りを感じて加減をする余裕がなくなった。全力で攻撃を加え続けているのに、いい加減に諦めてと言わんばかりに。敵である僕を知り尽くしていると思った瞬間から、奴の敗北が始まっている。僕の正体を見抜くのに奴は見抜かれまいと必死で、見せたい情報だけを見させて堅持したからこそ、切り結ぶ僕の真の正体を見抜けない。
ローラー作戦でもどう願ったって、得てして願うだけじゃ彼女の世界は変えられない。円か∞か、抜け出せないのは循環しているからか。笑顔で拒絶して、疲れた‐なえた‐を飲み込んで、意固地に出来ない‐ナラタージュ‐に向き合った結果、面倒なことほど避けているつもりでも手を繋いで次々と勝手に寄ってきて、避けたくてもすり抜けてしまうなら防ぎようがないし、起こってもいないことを考えたところで無駄ではあるが、変える為にがむしゃらに頑張った道のりに対して、褒賞を授与されるだけの価値は存在する。大事な人は復讐を誓う人だけじゃない、もう一人側にいることをどうか思い出して。
パトムの様に歪んだ種を蒔いてこんな状態にした神様に、ディストピアもユートピアも麻の如しな厭忌の文句を言いたい。けれどこんな状態にされた彼女の側にいて僕だけが力を貸せることを、かしこみかしこみと柏手を打ち神様に感謝しよう。神か悪魔かそれとも天使か、まさかの救世主‐ソテル‐か。庵主‐マキャベリスト‐は、神‐テミスとユースティティア‐の前で正しく悪の道‐シラバス‐を説いて、菩提寺の前で神に感謝‐チャント‐を長ずるその世捨て人‐スガタ‐は、まるで悪魔を降臨させているかのように見える。
三顧の礼を尽くしたのにクビにされたのではなくこっちから断っただけで、他に手が無かったからで信用した訳じゃない。逃れたいと願えば鳥籠は閉まり閉じ込めたいと願えば鳥籠は開くのだから、根回しや段取りの調整に時間を取られたり、誰かの言葉に心を揺らし誰かの行動に乱されたりする必要はない。何故なら、回廊する運命‐ジャグアタトゥー‐が邪魔で未来‐マエ‐が見えないなら別ルート‐ウシロ‐を向いてやればいい。いくらか不可解な点がありはするものの迂遠し遅々として辿り着いた一つの結論‐サバイバルレート‐は、ルールを無視した戦法ではあるし、同一か断定は出来ないけれど、メリットは明確に存在する鼬の最後っ屁は嘘。
客演‐出来レース‐を止めることは無理だが、発電床‐イニシエーション‐の方向性‐ディレクション‐は与えられる。大事なのは目的であって方法やその過程ではないし、噂をすれば影が射しても結果が全てであるのだから、やるべきことは罪に問うことだけではなく、土が付くまで下駄を履くまで、この面妖さに打ち勝つかどうかは分からない。
しかしながら、現状を打破しようともがいた者達によって作られるのが歴史であり、答えが無いから難度海の靄から抜け出せない訳じゃなく、危険を棄権し形勢逆転して僕なりの解釈で、ドアが開かなかったら鍵がかかってるものと錯覚するくらいに、もう辿り着いていたんだ。遠く及ばないその人サイズの色々を検討よりも改善して、僕が僕を肯定すれば僕の世界は僕を肯定してくれる。さすれば虚心坦懐、僕はもう嬉々として先駆者‐アチーバー‐になれる。
捧げる献花は、トレニア‐閃き‐。
彼女を失うことで死ななければならなくなり、溺水反応‐ランヤード‐にされた僕の望みを自覚する。
最終出発‐スキーム‐に据えるのは可能性ではなく選んだケレンな未来を確実な正解にして、出口‐サルベージ‐がないなら作るまで。そうすれば後顧の憂いなど無くなると、心胆を寒からしめる喜色満面の所得顔で思い付いて天啓に溌剌とする。
縁があるから会えなくなるのはチェーホフの銃に他ならない。然らば伏線を回収して、戦犯の縁を失くして水泡に帰せばいい。天地は不仁なり萬物を以て芻句と為す‐オールオアナッシング‐。
《運命がお呼びですが、もうお疲れでしょうから、お休みになられたと、お伝えいたします。》
事件によって彼女が巻き込まれ、彼女によって僕が巻き込まれるならば、僕をハッピーエンドにする為に彼女と幽明境を異にして、そもそも事件が起こらないようにすればいい。表面は複雑に見えていたけれど、中身は至ってシンプルだ。緊張感とも高揚感とも言えそうなこの心境。
彼女を手ずから我が手にかければ、死力を尽くした僕は同慶の至りだ。
573.人魚の涙の代償行動
◆
彼女が誘拐された。
《お金を用意して下さい。彼女と交換です。身代金ではありません、単なる預かり賃です。お金を支払って頂ければ、すぐにお返し致します。
明日、引き渡しの方法を連絡します。それまでにお金を用意して下さい。
用意できなければ殺します。勿論、警察に連絡したら殺します。》
犯人から要求され用意したお金を鞄に詰め込む。
誘拐容疑事案発生の通報を入電しなかったのは僕の勝手。先ず以てプライオリティが高いのは、断然彼女だから。こんな条件は体のいい断り文句だと言われるだろうが、凱旋がお金で済むなら安いものだ。
《では今から時間内に、指定した場所へお金を持って来て下さい。
遅れて間に合わなかった場合は、如何なる理由であろうと、交渉は不成立となります。》
指定された受け渡し場所に、用意した身代金を持って、指定された時間内に着いた。
大童で着いて間に合った筈なのに、指定場所から場所を指定されて、その指定場所に着いたらまた場所を指定される。
《黙って下さい。と言ったのが聞こえませんでしたか?それとも理解出来ませんでしたか?頭と耳、悪いのはどちらですか?むしろ両方ですか?口幅ったいのは困りますね。どの立場で物を言っているかご存じありませんか。これは取引ではなく、交換なのですよ。命令しているのはこちらです。》
瓢箪で鯰を押さえるかの如く、場所から場所へぐるぐる回されて、いつまで続くのか教えて欲しいと、せめて彼女の声を聞かせて欲しいと、言葉が通じるのに話が通じなくて、梨の礫にはぐらかされて翻弄されるばかり。
《合格です。埠頭に向かって下さい。その途中にある唯一の橋から、お金の入った鞄ごと投げて落として下さい。そして振り返らずに、そのまま埠頭へ行って下さい。上屋に彼女の居場所を書いた紙を置いておきます。早く迎えに行ってあげて下さいね。》
機が熟したかの如く何かに合格した僕は、橋から鞄を落として、言われた通り振り返ることなく、埠頭の上屋へと向かう。錆びた机の上にあった紙に書かれていた場所は、上屋と反対側にある倉庫だった。
急いで倉庫を開けたら、彼女は居た。確かに居た。想像していた光景より現実の状況に頭がついていかずに淵瀬で間に合わないけれど、確かに彼女は居た。
取引の証拠を掲げる様に、戦利品を見せ付ける様に。潜像模様を誇る様に。赤く赤く血に染まった彼女が、寂寥の空間に居た。
捧げる献花は、沈丁花と鉄線‐栄光の束縛‐。
汽笛が聞こえて瞬きをしたら、彼女の顔が目の前にあって、《おはよう。》と言ったんだ。
彼女は生きていて、ここは僕の家で、カレンダーを確認すればあの時から数日後。目を白黒させる僕に《怖い夢でも見た?》と彼女が笑って言うから、あんな出来事は夢だと思うことにした。
ある日、彼女が帰って来なくて消息不明になった。居なくなった事は分かるけれど、どこかに行ったのかどこに行ったのかまでは分からなくて、行方不明者届を出していた時に犯人から連絡がきて、不可抗力で警察に知られてしまった。
警察から無勢の捜査員が家に秘匿潜入して、報道協定も結んで、解決まで一刻を争い、かつ生存率に関わる拉致誘拐事件が、立派に謎めいて現在進行中。捜査員は《万全の体制で、全力で解決に望みます。》と気を吐いた。
犯人から要求され用意したお金を鞄に詰め込んでいると、捜査員から矢継ぎ早に事情を聞かれた。
《お金を出せと脅迫されて、命を狙われるような心当たりはありませんか?犯人は準備段階から入念な計画を立てていると思われます。前もって彼女に、もしくは貴方に接触していた可能性があります。最近何か変わったことはありませんでしたか?彼女の交遊関係はご存知ですか?
どんな些細な出来事でも何でも構いません。明確に不審な動きをしていたとか、見るからに怪しい雰囲気とか。そう悟らせてくれる犯人であれば警戒は容易なのですが、表面上は悪意無くこうやって突然不利益を運んでくる、そういう相手が一番怖いんです。
悠長なことを言っている場合でも、無駄話をしている時間がないことも分かっています。しかし、犯人と取引をする為とはいえ、闇雲に突っ込む訳にはいきません。条件が出揃えば絞り込めるのです。事前に情報の共有をお願いしたいのです。》
心当たりなんてものは全くもって無い。
簒奪者になって君臨している訳でも、お屋敷に住んでいる訳でも、大きな大きな地主でも無ければ、若獅子でも、風雲児でも、コミッショナーでも無い。
単独犯なのか複数犯なのかも分からないまま、寧ろ僕が共犯者ではないかと。犯人は消えたんじゃなくて最初から居なかったと、親しくない割には犯人はよく知っているから、僕が自作自演の一人芝居をしていただけだと。警察は居もしない亡霊もとい犯人を追い続ける羽目になるのは御免被ると。
僕が見せた反応に、偏見と勝手な解釈を加えて立てられた仮説‐カリカチュア‐が、形式的な質問と言い張る捜査員の頭の中で描かれているようで、頬を引き攣らせる。疑いが晴れないのは情報と証拠が足りないからなのか、思わず声を荒げてしまったけれど、そんなことはこの際どうでも良い。陣屋で犯歴照会センター‐123‐へ取り次がれて花瓶にさえ過敏になっている今、捜査員に誤解されているということの方が重大だ。タイムリミットが迫っている中、僕は必死に彼女への思いや自分の考えを伝える。
《もちろん全力で捜査しますし、最大限協力します。ですが、これだけは約束してください。我々には、嘘を付かずに騙したり試したり、はたまた裏で手を回したりなんかしないでください。
こんな非常事態に手段を選んでられないかもしれませんが、貴方を信用出来なくなってしまいますので。》
こんな有様の非日常だから、こんなにも喜怒哀楽が出せるのか。僕と彼女の日常に、劇的な喜怒哀楽なんて滅多に無い。彼女が何より望んでいたのは、穏やかな日常だから。悲劇より喜劇より、当たり前という日常、壊れてから知った奇跡だから。
彼女の通った経路は、人気の無い場所だったり死角になっていたりして、目撃者はまだ見付からないし目撃証言も出てこなかった。
何故なら、調べた防犯カメラに誰も映っていなかったからだ。しかしながら防犯カメラに映っていた物が動いたところは映っていたから、とあるルートを使えば防犯カメラに映らずに辿り付き、犯行は可能だという。
指定された受け渡し場所に、用意した身代金を持って、指定された時間内に着いた。なのに。
《そこに警察が居ますね。正直に答えて下さい。通信機器を全て捨てて、警察を排除して下さい。排除が確認できたら、交渉を再開します。我々の計画を中止する最後のチャンスです。要求に応じ実行しなければ次はありませんよ。》
警察が介入していることを知られてしまったけれど、捜査員は《排除したことを見せ掛けるだけで大丈夫です。我々を信じて下さい。必ず彼女を取り戻しましょう。》
無事に帰って来ることの願いで頭を満たしたかった。奥歯をぎゅっと噛み締めて掌をぐっと握り締めて、目の前で動き回る捜査員の緊張と重苦しく居心地の悪い沈黙の中で祈り続ける。
《貴方を危ない場所には連れていくことは出来ません。》
《危険だと思っているんですね。》
《何かあっても我々が何とかしてみせますよ。》
《何かあると思っているんですね。》
裏技かと思っていたけれど、捜査を筋書き通りに進める第三者が必要な正攻法で、人の目を引き付けてこっそり別のことをする為だった。捜査員の成り済ましを防ぐ為に一般市民を運搬役に指名してきたから、僕の手を離れてしまったから。捜査員を信じたのに。信じることはよりによって幽玄なのか。
犯人が約束を守るなんて語釈‐エシカル‐、ある訳が無かった。
《どうしたんですか?というか、どうだったんですか?》
《申し訳ありません。》
《いや、謝って欲しいんじゃなくて、どうなっているのかって聞いているんです。》
《謝って許してもらえないことは重々承知しています。》
その面目次第も無いような芳しくない尊顔を見て、何かが起こった事を悄然と悟った。無い可能性では無くて、有る可能性を教えて欲しかったのに、八方塞がりで打つ手も無し。全ては僕の手の届かない造成地‐バショ‐で、既に具に終わってしまっているのだと。
勇み足の謝罪もお詫びも、受け取れない受け入れられない、どうしても譲れなくて許せなくて。得心が行かずに頽れる僕が狭量の未熟者だからか。
速報レベルで捜査情報が犯人側に漏れていて、血液量が少ないから犯行現場は違う場所なのだろう。覆面パトカーにバックミラーが二つ付いているなんて、乗るまで知らなかった。
カメオが似合う彼女は丁寧にバラバラ、まるで奇態なジグソーパズルにある汗顔した碧眼のピースの様だった。
捧げる献花は、十二単とマリーゴールド‐強い結びつきの悲嘆‐。
警笛が聞こえて瞬きをしたら、彼女の顔が目の前にあって、《おはよう。》と言ったんだ。
彼女は生きていて、ここは僕の家で、カレンダーを確認すればあの時から数日前。目を白黒させる僕に《怖い夢でも見た?》と彼女が言うから、あんな出来事云々は夢だと思うことにした。
いやいや、そんな平易に思える訳が無い。
訳が分からなくて、どうしたらいいか分からなくて、でも不思議そうに見ている彼女に何て言えばいいのか分からなくて、何でも無いと言って、とりあえず朝食を食べて、仕事に行く彼女を見送った。
僕は休みの日だけれど、走馬灯のように思い返せる出来事は、本当に夢だったのか?現実味が全くといっていいほど有る。タイムトラベルをしたとでも言うのか。それにしては、日時が行ったり来たり九十九折り、古時刻・十二時辰‐フロントライン‐が定まらない。
だけどとにかく、彼女は今正に生きている。
時間を巻き戻したい‐デシリアライズ‐と願っても無理なことが、今正に出来ている。巻き戻すだけじゃ犯行は止められないけれど、僕の行動を変えればもしかしたら犯行を止められるんじゃないか。とも一瞬、希望を見出だしたけれど、すぐにそれは不可能だと断じた。犯行に関わっている犯人以外には、無意味なことだったから。
彼女が殺害されることを知ったからといって、その当日がいつかは分からないし、外出しない訳にはいかないし、犯人を逮捕する為に、どのルートとかどこから狙うとか、綿密に下調べしたり打ち合わせしたりなんて、ドラマチックなことも出来ない。無闇に動いたところで無駄足になるだけで、単独犯でも仲間が見ていると言って複数犯を装われたり、報道協定をしていても犯人が警察か報道に居たならば、トランジットして無意味になる。
その他大勢か彼女1人、どちらかしか救えないとしたら、苦渋の決断をしてその他大勢を救い、救えなかった彼女1人を悔やむパフォーマンス。何故なら、その他大勢を救った方が称賛されるからとか批判が少ないからとか、そんな曖昧で単純な理由でその他大勢を救っただけ。内心、彼女1人ぐらいなら犠牲になっても仕方ないと、フォティキュラーな正義論であっさり切り捨てられる。そんな気がするから、いや確信が持てる。
けれど、夢は夢にする。
男子三日会わざれば刮目して見よと夢にさせると決意した僕を、一体何を目指して何処へ行く為に、繰り返される嵐の中へ向かわせるのか。
ずっと低空飛行‐ノーマルエンド‐でいるよりも、希望‐ハッピーエンド‐を見出だして上げられたり、絶望‐バッドエンド‐を突き付けられて落とされる方が辛く、生に希望が生まれた瞬間、死はリザーブされた恐怖へと変わる。
それでも、独は毒だ。
遅効性の毒によってブロークンハート症候群がエトーレの法則を発症させ、すぐさま即効性の毒によってハッピーハート症候群がマーフィーの法則を発症させる。
まさにA面シングルの含蓄‐アラカルト‐で、三度目の正直か、あるいは二度あることは三度あるか。
精髄の点と点が繋がらずに点のままで点だらけになったとしても、これは彼女が僕に残した真実に辿り着く為の手掛かり‐コンバットシューティング‐だと信じ込ませ、出囃子‐サイレン‐と瞬き‐アーカイブ‐でトゥルーエンドを探させる為に推挙‐チェスト‐して、推理という名の誘導をしているのは誰なのか。
鄙には稀である小股の切れ上がった彼女は、何れ劣らぬ大明神のおひいさまとして岡場所‐ストーカー‐にだって遭ってしまう。
警察に相談しても警戒してもらっても巡視してもらっても警告してもらっても、そんでもって何もかも捨てて引っ越して逃げても、僅かな安堵と引き換えに多大な不安を抱えて、見付からないように怯えて、出来すぎた偶然だと見付かっては隠れて、理不尽に不自由になっていくシステムを、戦慄の旋律を奏でながら水面下‐サプレッサー‐で構築する。
只のファンであり見守っているなんて妄想と見張っている現実の区別がつかなくなって自らの欲望を口実に野放しにされたストーカーは、手をかえ品をかえ凶行に至り、寧ろ守ろうという姿勢を見せれば見せるほど、非常警戒線はウォーク、トロット、キャンターと、同心円状を狭めつつ地下水路で潜り抜け、彼女を肝太かつ重点的に狙われてしまう呼び水‐ラブアフェア‐。
《俺の付いてもいない嘘を暴くが為に、こんな大掛かりで嵌めるようなことを。俺は俺の頭の中で、俺の追い求める彼女を、思い描いて想像しただけだ。彼女には指一本触れていない。想像の自由は、誰にも奪えないし奪わせない。想像の世界には、大きな権力も細かい法律も踏み込めないし踏み込ませない。大胆に盗み出すのは駄目だと分かっているさ。だけれど、虚心坦懐の稚い笑顔をこっそり覗き見るぐらいはいいだろう。》
《俺のアリバイが成立して振り出しに戻ったなんてガッカリする前に、別の可能性を探ったらどうだい。勝手に誰かの犯罪に利用された挙げ句に、あんたらに厄介者呼ばわりされるのは、何とも腹立たしい限りだ。俺は彼女の周りをうろちょろする、それはそれは怪しい男を何度も見掛けた。きっとそいつが振られたくせに未練がましいストーカーで間違いない。奴が彼女を傷付けたんだ。この鋭い勘は経験則に基づく感覚であり、ストーカー‐この俺‐がこれだけ力説しているんだから間違いない。彼女の貞淑を守る為にも早く捕まえてくれよ。》
《警察は俺を逮捕する為の囮に、彼女を利用しようとした。彼女は大切で大事な保護するべき人だ。彼女のSNSから行動パターンを探るなんて当然だろ。最新の情報で再審を再診する為に、細心の注意を払って、最深に砕身しなければならない。ストーカーから守る為に、被害者になり得えないように、守るならずっと傍にいなければならないのだから、俺が死を偽装し匿って救おうとしていたのに。何故、邪魔をするんだ。》
《俺はお金持ちなんだよ。お金で何でも手に入る。俺という法律で手に入らないものなんて無いのさ。コース料理が苦手で甘いものには目がなくて飾りボトルに最適な彼女が手に入らない無理なものだって?そんなこと俺は、認めていないし認められる訳がない。俺の乾きは逃げ水の様で、まるで癒されてはくれない。俺の期待する真実でなければ、認めないし認められない。》
《俺らは純粋に恋愛をしていたのに、勝手に変わった彼女が悪い。計画を立てて外堀を埋めて逃がさないように捕らえるのは俺にとっては簡単なことだけれど、やっぱり愛している彼女自身に選んで欲しかったに決まっているだろう。せっかく家の近くまで来てやったのに、待たせた上に会えないし、付き合ってやってもいいと言ったのに、俺の言う通り、俺の細君‐ファーストレディ‐になっていないから。悪かったのは、俺を袖にした彼女の方だ。》
《殴られたことによる心臓震盪?それが彼女が動かなくなった原因か。何で暴力を振ったかって?俺だってしたくなかったさ。だけど、彼女が俺から逃げようとしたから。予想に反した行動を取ったのは彼女なんだから、この計算外の状況は仕方がなかっただけさ。》
《俺の知らない知ることが出来ない、ましてや人伝に知らされる彼女の空白の時間。それが存在すること自体、俺は許せなかったんだ。いといけない俺の割れ鍋に綴じ蓋‐トロフィーワイフ‐を、俺の檻の中に生涯閉じ込める為には、こうするしかなかったんだ。》
《一生離さないお前がいる彼女にとっては災難だと思った。彼女にお前がいる憎しみでも、彼女が振り向かない怒りでも無い。ただお前より僕の方が彼女のことを愛していると証明したかっただけだ。》
《彼女は写真を撮る時は、目線が合わないんだ。意思疎通がなかなか難しくて。恥ずかしがりやなんだよね。けれど、後ろからのショットも可愛く美しい。》
《見張っているんじゃないさ、見守っているだけさ。家族じゃないからって他人ってことでもないからさ。存在を気付いて欲しいとは願っていたけれどね。私よりは不釣り合いだけれど、彼女と君はお似合いだと思っているからね。》
《二度と電話しないで、か。もちろん、今度からはお言付けだって直接会いに来てあげるさ。追い掛けるより話し掛ける方が良いに決まっているからね。》
《彼女と争う訳ないだろう。彼女が出かけているうちに部屋に入ったところでなんなんだ。鍵を借りる為に管理人を口説くなんて苦労はしないさ。ちゃんと合鍵だって作って鍵を壊さないようにしているし、彼女が一生懸命作った料理だって見た目の歪さを含めても美味しい味に何ら影響を及ぼしてないから残さず完食しているし、彼女の物だってそれも不要になったゴミ箱から持ってきただけじゃないか。》
《恋人になったら終わりが来るかもしれないから、傷付くだけのリスクが生じてしまうならば、今の関係のまま溺れたくはない。けれど、月が綺麗ですよ。こんなに月が美しいことさえも、下を向いて閉じ籠っている君が知らないのは勿体ない。楽しくないなら遊びに行こうよ。僕と一緒に同じ月を見上げようよ。》
《女は偉大で、男は単純だ。彼女の笑顔は偉大で、その笑顔を見れるだけでいい僕は単純だ。彼女と僕との間に駆け引きなんてものは必要ない。笑顔を見続けられたらそれでいいんだ。》
《心を揺さぶった後掴んで離さない彼女の最後の人になれるから、必殺の秘策で彼女を殺しただけの話さ。》
上手の手から水が漏れた管轄内の警察官‐ルテナン‐だって、管轄外の非違事案の例外では無く、捜査をコントロールして殺人から事故死に出来るのは、犯罪者に罪を償わせ更正させて市民に戻せる警察関係者だけだ。
鍵を開けてしまったり背後から襲われたりしていたのなら、既に顔見知りの可能性が高くて、まだ生きていてここを出た後の続きがあると思い込んでいた。けれど生きてはここを出なかったから、決め付けの見込み捜査ではここを出た後の足取りが道理で掴めなかった。《犯罪が人助けになるのならば、警察は何の為にいるのだろうか。》と、自分なりの正義を間接的に犯罪に託しても、《殺人は許されないことだけれど、復讐したい気持ちまでは否定なんかしない。》と、世間のルールに捕らわれて縛られすぎであると寄り添う被害者家族はいない。
香具師のようなあからさまではなく、制服を着ている人はその場所に溶け込んでしまって、一人の人間として認識し辛くなる。ましてや警察官と一緒に発見すれば信憑性が高くなる。そして、万が一現場から指紋とかDNAとかが残っていたとしても、救助しようとした第一発見者として通報したりなんかすれば、確定的な証拠からは除外されたり盲点になってしまったりすることを鑑みない。警棒による割れ窓理論により忍び寄る誘惑で抑止効果は期待出来ず、議長採決をと言えばサラッと総取りでがめてしまう。
捧げる献花は、メランポジウムとスノーフレーク‐貴女は可愛く皆を惹き付ける魅力‐。
彼女を庇っていたつもりだったけれど、彼女と間違えられて色々巻き込まれたことだってある。
本日は晴天なりと匿名ソフトを使ったエコーチェンバー現象。発信者情報も発信元の位置確認も、アルミニウムの電波妨害はすり抜けても易々と手が出せない海外のサーバーを経由していて、サイトの管理人もメタ情報も逃げられて特定は不可能。
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マンホールの識別番号から導き出されたアパルトデータによって、使い勝手の良い実行者の選別と絞り込みがされているとも知らずに、接点の無い大多数の人間は最初から篩に掛けられ自動的に脱落させられる。接点があり動機になり得るものを持った人間が最終的に残り、情報が想定していた通りに世論が広がりを見せ、組んず解れつに障害が発生した場合は取り除くことも決して忘れない。
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殺人は目的ではなく手段でしかない。標的の居場所や行動パターンを身上調査書よろしく調べて接触し、何かあったらご家族‐ステップファミリー‐はさぞかし悲しむでしょうねぇと、交渉を受け入れる意思が無く迫っていき恐怖で虚像を造り上げる。自分や家族も同じ目に遭っていたかもしれないと、苦しむベッドの上の人に対して自分から帰るなんて言い出せなくて会いたいのに面会時間ギリギリにしか来られなくなって、親切で優しくて正しい人が傷付く世界の方が間違っていると、自分の身は自分で守らなければならないと、気を揉むだけの他人事として任せておけないと。だって、家庭を顧みない刑事を選んだくせに、配偶者と子供を捨てて仕事に没頭したくせに、復讐の為なら忙しいと口癖のように言っていた仕事だって時間を空けて、最後は最後の砦としていた刑事からも自ら逃げたのだから。全てのことを話すまで許さないからと強く言いながら、それでいて何を言っても受け止めてくれると思える安心感などそこにはない。
自衛の為に兵器を作り厳然たる正義感の武装という、凶器集合準備罪をお膳立すれば、取り付く島も無い平和を願う暴動へ、失って初めて気付くでは遅いという心理に付け込んで、背中をそっと押す役割‐ディスパッチャー‐を担う。何故ならば、歓声を悲鳴に変える為の獲物に噛み付かせるには、猟犬は飢えさせていないといけないのだから。
法律で裁けないのだったら誰かが鉄槌を下すべきで、こんな時だからこそ強行して新しい体制にして立て直ししても良いのではないかという思惑があってもいいじゃないか。大きな悪が守られて小さな正義を踏み潰した天罰なのだから、正義の為に犯したその罪は許されるべきだ。悪に屈し受け入れた者は悪の一部となり、悪に無力なる者は悪に加担しているに等しく、悪に立ち向かった者こそ今までの全てが肥やしとなって大きな花を咲かせられる。そのような全てを天誅と均一化させるバンドワゴン効果の規則は、有象無象の声のお陰でより過激な方向へとエスカレートさせる。
手出しはされないだろうけれど、このまま探り続けるのもどうだろうか?やれることは得意分野だと、敵討ちで殺させる訳にはいかないと、殺すなら話を聞いてからだが、捕まえられないならば逃げられる前に先に殺すかしかないと、他人は自分ではなく比べた所で同じにはならないから参考にもならず、少し疲れた悪いが一人にしてくれないかと言って真っ直ぐ突き進む。たとえ兵器や凶器であっても、相手が命を軽んじたせいで犠牲となってしまった人が、唯一残した昔日の存在と記憶の一部であるから。墓標や墓碑の代わりでもあるそれを、知らない誰かや知っている誰かに、取り上げられたり壊されたり失くされたりしたらたまらないから、その存在すらを秘密にして、その罪を隠す為だけに生きていた。
逃げ出すことも這い上がることも出来なくなっても、その思いは誰かを変えられる原動力になって、敵を取ることが出来ずに敵討ちをさせてしまったって、返しても返しても返しきれない恩があるから、返せる時に返さないと恩ばかりが積み重なってしまうから、全部被るから逃げて罪ぐらい背負わせて欲しいと、この件俺に預けてくれないかと言って、功名心が恐怖心を上回って躊躇なんてしなくなり、自分がやったって言っているんだからいいでしょと、行き過ぎと力不足と見え透いた優しい嘘で罪を庇った罪。
《何でそんな大事なことを今まで黙っていたのですか。助けを呼んでいれば、もしかしたら助かったかもしれないというのに。》
《この件が終わるまでせめて黙っていようと決めたんだ。何を成し遂げ、何を残し、何を与えられる事が出来るのか。一族の仇を討つ為に考え続けたけれど、もうどうすればいいか分からないから口にも出来なくて、自分の心なのに思うようにはいかなくて。だから、示した行動を神の裁きに委ねただけに過ぎないんだ。》
《いいえ、直接手を下したのはそちらだ。こんな奴でも殺したら捕まり、法の下で裁きを受ける。人に裁きを下せるのは、そして人を裁くことが出来るのは法律だけですよ。》
《法律で裁かれるのは、悪人面した善人だけ。遠くの市民より近くの権力者。困っている人間に対して、自分で何とかしろとしか言われない。どんなに責めたって法律は罰してはくれない。極刑を免れるなど正義と民意に反する。妥当性を欠き、染まりきった黒い司法の場に、公正性も公平性も無い。》
《それでも、それでも何故一線を踏み越えてしまったのですか。それを踏み越えてしまったら戻って来られなくなってしまいます。》
《何故と問われても、戻るつもりなど特にないからだ。》
警察でさえ真実を見誤った同じ穴の狢で、当事者にとっては捻じ曲げられたせいの不条理でしかなく、いらぬ不幸と無念を生むだけで諭す資格は無いと。通ずるものがある某紙か某誌の某氏が紡糸で紡いだ帽子では防止出来ない。
どんな後ろ暗い理由で差し出された手でも、復讐できずに苦しみを抱え続けるぐらいならば、偽りの罪を受け入れても何も変わらないとしても、自分の中でカチリと填まるその手を取ることは、激烈故に秩序なんて無い。その容赦の無さは味方の時は本当に心強いけれど、絶対に敵に回してはならない。自分さえよければ、他人の苦しみはどうでもいいなんて思えなかった。単なる偶然に引き起こされた必然を、神からの指令だと思い込みたくて。ここで死んでも敵討ちで死んでも、死ぬことに変わりなどないから戦う理由を見付けたと、それは我慢して諦めてしまったシュールコーを纏う仲間達の反乱。
興味を引きたいか、利用したいか、操りたいか、陥れたいか、助けを求めているか。とある奴を消すことが出来たとしても、別のとある奴が次々と現れる。利用する為に誰よりも、声ナキ声に耳を澄ませて形無きモノを見て、知略を巡らせる。
中には、分かり易い上に愚かな奴も居て、大切な場面では駒にさえなれない。どちらかというと失敗した時に罪を擦り付けられる、そんな要員の確保も忘れずに。
駒として機能していられるように、使い捨てではなく差し替えながら、釈放未済‐コンポストリサイクル‐して何度も使えるように調整し続ける。誰かの思惑通りに進んでいるように見えていたのは、幾重にも箱の中のカブトムシの先を読んで、幾多の駒を適宜進めて、シンクタンクは静かに輪の中心に居るのだから。
捧げる献花は、桔梗と金糸梅‐誠実に悲しみを止める‐。
凶器をそのまま使った真犯人と証拠を捏造された冤罪は、証拠の見てくれは同じになって、どうにも情況証拠を見分けられずに仕組まれた結果、後塵を拝す暇も黙秘を貫く暇も無く、僕は真犯人からのご指名により最適な容疑者‐ワイルドカード‐として、見せ掛けられて嵌められてサクッと捕まってしまう。
《司法解剖で彼女の胃の内容物が未消化だったから、その料理を作った僕が犯人?そんな分かりやすくしますか?》
《それを逆手に取った自作自演の狂言なんでしょうね。解剖鑑定書に書いてある通りですよ。アリバイの確認は取れませんでしたし、入手ルートだってあるし、見方によっては殺害動機があるようにもみえるんですよね。》
《動機があるってだけじゃ殺したことにはならないでしょう。無理な結び付きに僕との関連性を見出そうとするから混乱するんですよ。他に何か見付かったのですか?》
《そう聞くことで犯人じゃないとでも言うつもりですか。通常なら考えられない事だったとしても、可能性はゼロじゃないんです。警察が調べるってことはそれなりの理由があるんですよ。そもそもですね、陥れられたと鬱々と募らせた恨みは誰の賛同も得られないんですよ。》
犯人では無いと否定したいのに、判明して浮かび上がってくる要素は、それと真逆の疑いが深まる胡乱なことばかり。真実とは感情や予断を徹底的に排除し、積み重ねられた証拠の先にのみあると、供述で得られた疑惑が裏付けられて。決定的な証拠も含めて全ての証拠が僕を指さしている、自明の理‐ガスライティング‐。
《貴方のことはよくは知らないですがね、貴方が知らないと否定する一面は知っているんですよ。濡れ衣という証拠もありませんし。ずっとやましいことを残して抱えていることって、とっても苦しくないですか?固執して見失ってはいけません。巧妙に隠されていたとしても、そこに存在しあるのだから必ず見付かります。これでもまだ言い逃れをする気ですか。このへんで認めて楽になりましょうよ。》
勾留満期まで日が無いのか、反応を探るようにニタニタ畳み掛ける。お前が弱かったのではなく、奴が強かっただけだと。高級スーツにポケットチーフを挿して、回りくどくもプロンプターをスラスラと。厳格な法律‐ルール‐を作ったところで、守る人がいなければ意味の無いこと。
《僕にはほとんど不可能なんですよ。》
《ほぼ不可能ってことは、その不可能を可能に出来る可能性はある、ということなんですよ。恥をかかさないように貴方の言動は否定しませんがね。》
《信じてください。》
《供述を信じられるような説明をしていただかないと。何の証拠も無しに追求しても、あっさりと否定されるのがオチなんですよね。嘘を付く依頼人だけは、弁護出来ないんです。貴方に出来ることは、私の質問に答えることのみなんですよ。言うつもりが無く私を信用出来ないなら、仕方がありませんね。破滅する道しか貴方にはありません。》
《脅迫ですか?》
《まさか。庇いたいけど情報が無さ過ぎるだけですよ。そこまで想像出来るのならば、お分かりいただけますよね。妙な動きや真似をしなければ、私の口や手が滑ることもありません。けれど、犯人である貴方の残党でも、模倣犯でも、他に犯人がいるというのは恐ろしいことですから、私の推理は外れて欲しいものですね。この仮説はあの結論からのその推論なのでね。因みに、推測出来るだけの証拠がなければ、いくら語ったところでただの妄想ですけどね。》
警察官は自らの決定事項の見立てに沿って確証バイアスを当然の如く行使し、《確かに任意なのですが、断らなければならなかった理由があると見做すことになります。調べられて困るようなことがあるのですか?事件と関係ないならば見せていただけますよね?疑いを晴らす為にも捜査にご協力いただきたい。》と言って任意提出書を書かせ、一般的に流通しているものだから証拠にはなり得ないのに、寄ると触ると検挙率を上げる為に、《何日の何時から何時までの間どちらにいらっしゃいましたか?いえいえ、疑っている訳で無く、皆さんに念の為お聞きしているだけなんですよ。》なんて言って善意の第三者である目撃者や証言者を利用する御為倒し。
検察官は送致した警察官の捜査を鵜呑みにして、最終的に裁くのは裁判官だからと被疑者をろくに調べもせず、《聞き間違いかな?もう一度だけ聞くから、調書にある通り正直に答えなさい。》と、副音声‐私の望む答えを言いなさい。‐を隠すことなく、容疑者が犯行を全面自供とニュースになるくらい起訴出来るものは全て起訴する。犯人像がてんでばらばらであっても、自分の主張ばかりでこっちの言い分を聞かないと、非協力的な態度を取り続けられていると捉えられ反省の意思が無いと見做されて、供述は権利ではなく許可されているだけと、既成事実の逆探知は不可能となる。
裁判官は検察官が起訴と決定したのだからと、提出された書類を疑うことなく完璧だと判断し、被告人が何を言ったとしても法服に誓い染まらず、板挟みをスルーして辿り着くのは、検察官と同じ場所でストレートに判決を下す。
弁護士は警察官が送致し検察官が起訴したのならと、チャージバックを流用した貸し剥がしで、依頼人の利益を優先し裁判官への心象を良くすることだけ考え、力添えというトドメを刺す。
三羽烏は被告人の人生を誰一人として背負う覚悟が無いばかりか、成績を上げろとは言っていないと、ただ抗告されて下げるなと言っているだけだと言わんばかりに、因果を含める誘導尋問は不必要。被害者の為ではなく社会秩序を守る為だけの、捜査と逮捕と送検と判決と弁護。バックファイア効果で毒樹の果実だったとしても、その捜査の筋読み‐イロハ‐は、何一つ疑わないし何一つ疑わせない。
卿と呼ばれ邸に住む名うての父親の権威を傘に着て、好きな時に好きなだけ好きなように、次から次へとまるでマーキングみたいに、自分らしく生きていきたいと大所高所に好き勝手に振る舞う、ポトラッチせずに払い下げたものを有効利用し、ご令弟を早くに失くして跡目争いの無い、猛者‐マエストロ‐気取りの典型的な融通無碍のドラ息子の悪行。
《家の跡取りとしてただただ長く生きて、小さな男に収まってもつまらない。生きたいように生きられないのでは意味がないだろう。それに一人で無茶をせずに、儂に助けを求めたんだ。出来ることはもう心配することぐらいだからね。上出来だろう。》
シーシャを吹かしスキットルを呷りながら、窘めつつも得手勝手を半ば容認して、視界から見えなくすればその存在自体消滅するからと、揉み消すことも厭わない歪みを孕んだ思い込み教育‐ピグマリオン‐を施して来た。
肝が小さくて気も弱いくせに、裏表を考える必要も無いくらいの、感情が透け透け瞬間湯沸し器。自分より強い相手にはびびって手を出さないけれど、自分より弱い相手には俄然やる気を出すとか、求めるものは高まる一方で無くなることは無いし、独特の癖もあるけれど教える義理は無いし、直そうとしたり隠されたりすると殊更面倒になるから、自覚する必要も無いのだけれど。自分を窮地から助けてくれたという小さな感謝と、俺様のことが理解されてたまるかと日々積もる大きな不満は別物。生活年齢が若いのに頭が凝り固まっているのか、精神年齢が幼いから長い目で見ることが出来ないのか、感情ジェットコースターは注意を促しても警戒すること無く、自分の事しか考えずに全力で真正面から突っ込んでいく。ある意味罠を張る方にとっては実に簡単で安心だけれど、ある意味大人しく罠に掛かってくれるとも限らず、例え罠に掛かったとしても力技で罠を破壊して、寧ろ何事も無かったような顔でいつの間にか事を豪儀に大きくしていそうで頭が痛い。騙したり出し抜いたり裏切ったり誤魔化したり、そうするのが当たり前の世界で、何も考えることが出来ない純真さで純粋に道を誤ってしまうから、仄めかす周りにとっては公式も法則も当てはまらないのは何よりも怖いもの。
けれど、今回はそんな単純なことでは隠しきれない前フリ無しの大ボケだったから、さすがの父親も何が一番ためになるのか分からないと頭を抱えてしまった。
《身内の恥を晒してしまったね。倅のせいで水の泡にしてしまったし、迷惑も掛けてしまったようで申し訳なかった。》
《とんでもございません。ご子息がお元気なことは、大変結構なことですよ。》
悪いのは息子なのだから父親が謝る必要は無いと言えば嘘になるけれど、あれでも手心を加えて譲歩したつもりではあるし、尻拭い‐アフターケア‐は結構楽しませて貰いましたからね。私の本年度最有力候補ですよ。
《君のお灸‐デナトニウム‐が、とても効いたようだ。》
《それはそれは何よりです。》
黙っていた現実を優しく叩きつけて、ふわふわとした憧れを、警句に乗せて粉々に壊しただけだ。ご機嫌取りに笑っているのでは無くて、嘲笑で笑われているだけ、正鵠を射た真実は、時に人をより深く傷付けることもある。いつもならば知らせないことも考えていたけれど、今回は事が事である以上、自らが置かれた状況を把握しておいた方が良いと私が判断した。おけらな放蕩息子には過ぎた玩具だ。
《お前は馬鹿なの?それとも俺が馬鹿にされてるの?大人を揶揄うもんじゃない。汚名を晴らしてやったのに、また泥を塗る気なのか?そうだ、指を付け根から切り落とそうか。それで第二関節から先を切り落としてそれを残して行方不明になれば、生きながら死を装うことが出来るぞ。科学捜査研究所なんかが指の持ち主の生死を判断する場合、切断面を検査するしかなくなるからさ。それともこれ以上の人生を知らない方が、お前の身の為かもしれないな。》
大岡裁きも真っ青の淡々とした口調で私から出てくる言葉は、目の前で腰を抜かしているドラ息子の排除‐エリミネーター‐を望んだもの。
五車の術を手玉に取って、長年に渡って味方の振りをし続け、計画的に周りを騙し続け、人聞きが悪くなるような邪魔者を駆逐してきた。どんな説得も言い訳も受け付けない明白に語る笑み、そこに潜む背筋がゾッとする明確な狂気。私の表情が変わらないのが、逆に怒りの深さを感じさせているのかもしれない。普段は暴走させないようにと言い聞かせるようにして気を付けているから、余程のことがない限り感情が振り切れることなんて無い。
責めて脅して遠回しな非難も込めて、静かだけれど逃れようのない恐怖がゆっくりと纏わりつき、捕らえられて縛られて息が詰まって足が震えて、縫い留められたように動くことが出来ない。しかしジッとしているだけでは危険な状況を脱せないし、かといって闇雲に動き回るのは体力の消耗を招くだけだと、本能で危機を察知して嗅ぎ取ったのだろうか。平常時なら大人げない大人に言われたくないだの軽口を叩くくせに、ただの動作である土下座を上がり框の下で表面だけ綺麗な三和土で意味があるものにしてしまった。あれほど嫌だと言って嫌っていたのに。額ずくとは似て非なるもの。
《お忙しいところお呼び立てして申し訳ございません。この度の私の軽率な行動で起きた騒動、私の不徳の致すところでございます。貴方のお手を煩わせることになりましたこと、ここに深くお詫び申し上げます。大変不躾なお願いで誠に恐縮ですが、私のこれからをご検討いただく余地は、まだありますでしょうか?》
なんて泣いて縋って、出羽守の頼みの綱になるのはとても心地良い。
《寛大な処分‐ココロ‐、痛み入ります。》
心を潰された人間は何をしでかすか分からない。自ら死を選ぶ清い者も居るけれど、自暴自棄になって他の者を傷付ける時もある。ただ完全に潰す前に、慙愧という逃げ道さえ用意してインプレストを与えてやれば、これから先側に居ても拒絶されはしない。
《少々言い合いになってしまったが、儂からもきつく言い聞かせておいたから。もう心配はいらない。》
《お気遣いありがとうございます。しかしながら、親子喧嘩が出来るというのは、親子である良い証拠ですよ。》
ドラ息子の為にここまでお金を掛けられるなんて、お大尽様はご商売繁盛でなによりの相当な権力者なのは間違いないけれど、まともな性格をしていないことも間違いない。しかし、私にはそんな分かりやすい些細なことは問題ではない。どれだけ信用出来るのか、どんな裏があるのか、一体何を企んでいるのか、我が身を守る為に少しでも優勢な方に付こうと駆使する処世術の生き方を、非難するつもりは毛頭無いけれど、その分信用も置くことが出来ないから、その表裏を常に考えていなければならない。こちらに付けば利があることを悟れば、自然と有象無象が集まって来てしまうから。
《突然申し訳ございません。実は折り入ってお話したいことがございます。お時間をいただけないでしょうか。》
《今日はどういったご用件で?》
《ご足労いただきありがとうございます。こちらとしては動画も音声も記録しているのです。》
《もしかしてもうご存じなのですか?さすが、お早いですね。》
《そちらが遅いだけでしょう。口止め料・・・いや、機密保持料と言った方が聞こえは良いか。お支払い頂きたくお願いに参った次第ですよ。》
《ゆする気ですか?良いんですか?こんな脅すような真似をして。》
《まさか。逆に良いんですか?正式な手続きを踏んで。それはお互いの為にならないでしょう。脅迫なんて物騒なことではなく、そちらの為を思った警告ですかな。勿論誰にも言わないつもりだが、それはそちら次第ですね。これからも良い付き合いをしていきたいと思っていますから、良いお返事を心待ちにしておりますよ。》
《お話は大体分かりました、良いでしょう。これ位でいかがですか?》
《物分かりの良い人で助かった。一生面倒を見てもらう人に実力行使はしたくはありませんからね。》
高く付いたとお思いですか?永遠に金を払い続けるか口を永遠に塞ぐか程度の含みのある言い方‐デジタル・フォレンジック‐など、奸知‐チェンジブラインドネス‐の初歩の初歩‐ネイティブスピーカー‐で、何も差し支えございません、ただの必要経費ですよ。しかしながら、私が何もせずただ言いなりになってあっさりと逃がすとでも?多少の優秀さは認めますけれど、なにせ従順さに欠けます。いつ手を噛まれるか分かったもんじゃないから、私の飼い犬には不適合です。ただ捕まえは決してしないけれど、逃がしもしませんけれどね。
謝罪で過去は変わらないから分かりやすい誠意を見せろとか、脱税した金だから盗まれても警察に言えないだろうとか。頭の回転が早い相手に神経削って心理戦やら野生の勘を発揮した疑り深い相手と体力勝負の肉弾戦やら、カランビットナイフやらプッシュダガーやらジャンビーヤやらを使ったシラットは、並行輸入品であっても玉‐ギョク‐付きのチャカと同じく御免被りたいたいからね。利用するなら操れる上の立場で、讒言を操りやすくメートルを上げる馬鹿な相手を選ぶし、当たり屋もどきなど金で解決出来るならばそれに越したことは無い。そしてそれを突き付けて存在の必要性を認めさせれば、敵なら煩わしいことこの上ないけれど、コントロール下において支配下におけば、それは兵站なる自分自身を守ってくれる権力や強力な武器になり得る影響力にも勝る力になる。命と権力を天秤にかけたくせに、そのどちらも失って逝く羽目になるなど愚の骨頂。
《こちらはまだゲラです。いかが致しますか?どのように追い詰め・・・いや、どのような形に収めたいのかお聞かせ願えますか。》
地方紙がすっぱ抜くなんて全国紙にとってはあり得ないことで認められないこと、って言っていたな。しかし、記者の名誉の為に言っておくと、このスクープは記者の能力の賜物だ。しかしこんな眠くなるような甘っちょろい理想論‐アウフタクト‐のやり方では、信義にもとるわ結束力を失うわ、いつか不調法に大惨事を生むことを理解していないようだ。
《外に出さない方法がございますが、お聞きになりますか?》
《いや、話は全て無かったことにしてくれればそれでいい。》
危害を加えられるかも知れないから、危険な目に合わせないように、嘘の情報を流して意図的に閉じ込めながら遠ざける為の、少しでいいから時間をくれなどとは言わずx日あればお釣りがくる、ほんのちょっと本打ちした小細工‐タリー‐。所詮国家権力‐キャバル‐であったとしても、頑丈な一枚岩では無いから、崩すことなどいとも容易く出来る。都合の悪い人物だったから、噂ごと造作も無く消されただけの話だ。誰にも知られることなく完璧に遂行する見敵必殺の完全犯罪は、もはや表沙汰になって懸賞金を懸けることもなく事件にすらならない。
《処理はお任せください。》
《よしんば、それが必要だと思ったら表情一つ変えずにやる人だからね、君は。》
得意か不得意かと聞かれれば得意だけれど、やりすぎる可能性は否めないが、それでも構わないと言うから存分にするつもりだ。固定観念を越えた美意識に、理由など特に無い。
《お気を煩わせるようなことも、お時間を取らるようなこともありません。》
《何も心配はしていないさ。手練れの君を信用しているからね。》
父親は私に向かって、笑いながら軽く言った。その貫禄たるやまさに権力者の顔の呼び名に相応しく、どこからどう見ても世間で言われるような有力者では無い。しかしながらスナックもパブもキャバクラも、利用されながら利用して適度に距離を置く。それが裏の歴史を見て来てこれからも見続けるであろう、海千山千の隠者のような私からのちょっとした訓示‐アドバイス‐だ。かの有名なあの方もああ言っているからさ。あの方は何と言ったかって?天は二物を与えることはないが、地獄の沙汰も金次第ってやつだ。
どこの組織‐オーガニゼイション‐にも属さず諜報員すら雇わず、現金な元気で全ては金次第。私の見せ場だ邪魔をするなと言わんばかりに入会地さえ独占してしまえば、他の者が何も出来ず手も出せない状態でお株を奪えずに、周りから肝が小さいから大きな危険を冒す度量はないと無能扱いされて、自ずとこちらに御鉢‐リファラル‐が回ってくる。オジキにも、あにさんにも、あねさんにも、エージェントにも、老板であっても、幾多の欽定された方針に振り回されて悩む必要は無いし、上納せずに着服したと疑われることも無い。確かに、後ろ盾は必要だ。だがしかし、精鋭部隊とか少数精鋭とかといえば聞こえはいいけれど、その節ただの寄せ集めともいえる。誰のことも信じなければ敵味方を考えずに済むから、生き甲斐には幾分かの金を払い、遣り甲斐には幾多の金を頂き、組織より個人の方が小回りがきくから、最小資源を最大活用すればいい。
世間一般の普通はこの世界に入った日から身分証と共に処分してしまったけれど、勝手に付けられたコードネームは意外とお気に入りだったりする。
《人生は探し物の連続だというが、隠居の身になったら余生を静かに暮らして、清遊に過ごしたいものだね。不粋は承知しているけれど、またお願いがあったら叶えてくれるかい?》
《貴方が望むなら何でも。と言いたいところですが、お手柔らかに頼みますよ。》
台風手形、お産手形、七夕手形、ましてや融通手形でもない。御抱えの冠者に、上限無しの必要経費と上乗せされる成功報酬の先日付小切手を渡しながら、御用達の折り上げ天井がお洒落な御休所で、そんな催告じみた会話が交わされ、揉み消されて明るみにはならない裏取引が、なしつけられているとも知らずに。
犯人だと決め付けられた僕が死んだ後に再び犯行があったとしても、僕が犯人じゃなかったと真犯人がいたんだと真に信じてくれる人など、誤認逮捕であり濡衣を着せられたと訴える人など、証拠隠滅の証拠を探してくれる人など、一手間も二手間も掛けて証明してくれる人など居るはずが無いだろう。今思えば、罠に嵌められたのは誰かの不都合があるって証拠であり、こんな強硬な手段に出ることが出来たのは、僕に罪を擦り付けられると思ったからだろう。
時が止まってしまったかと錯覚してしまうような永遠にも思える時間の中で、起こされるまで寝ていられる鉄格子の中で、自ら死ぬ勇気が無くなって、生きていく覚悟も無くなるなんて、夢にも思わなかったな。
捧げる献花は、カタバミとスノードロップ‐喜んで貴方の死を望みます‐。
彼女は優しい人間だ。真面目で責任感が強くて何でも完璧にしようとする反面、失敗を極端に恐れているところがある。しかし、優しい人間だ。僕に知られたくないという怯えからか下手に隠すことばかりで、ピノキオ効果ばりにヤマアラシのジレンマが目に付いて、一体何を考えているか分からなく見えてしまう。
《勝手に調べてごめん。知られたくないことだったよね。》
好きだから悩みながらも必死に信じようとしたけれど、蓋然的な思い過ごしなら良かった。センチメンタルジャーニーにはならなかったけれど、浮気‐ラマン‐の方が幾分か救われて良かったのかもしれない。
《ううん、隠すつもりは無かったの。》
そう笑った彼女が《心配で。》と奴が電話を掛けてきた。《彼女は今寝ているけれど、何か用なら僕が伝えておくよ。》と言ったのにも関わらず《また電話する。》と言って切ろうとしたから、どうしてという疑問と嘘を付かれたという分かりやすい動揺を隠し切れずに疑いを深めて、《十分な収穫だと至極冷静に涼しい顔をするなよ。潔白を証明する為にもっと必死になれよ。お前の疑いが晴れなければ、彼女はこれから先も苦しむことになるんだぞ。痛いのは全部私が我慢すればいいから、その分お前が笑ってくれたら良いじゃない。なんて言ったんだ。早く彼女を安心させてやってくれよ。》許せないのは、清貧な彼女か、あぶく銭を貪る奴か、それとも気付いてしまった僕か。
《悩んでいるなら一緒に考えたいの、彼にどんな事情があるにせよ力になれるならなりたい。利用されていてもフリであったとしても構わないわ。一人で背負って誰にも助けを求められないで、遠く離れた地で路頭に迷わすことは出来ない。よろしければ私がお手伝いをさせていただくことを許していただきたいです。》と、寧ろ彼女の方から切り出していたみたいで、優しい優しい彼女は、あっという間にヘドロの泥沼借金まみれ。
《約束を守らないのではなくて、約束をするのが下手なだけなのよ。向こうの言葉を信用するところから始めないと話にならないし、疑うより信じたいものを信じられない方が辛いじゃない。》
エモーショナルイーティングをしてしまうような、そんなやわではないのでご心配には及びませんよ。なんて戯けて笑って庇って、ダイナミックプライシングは常にアイドル状態。
《そんなことを言うなんて、貴方はとってもキザな人ね。》
《嫌だな。ロマンチックと言ってよ。》
メールの最後には必ずXXXを忘れずに、ビデオ通話で笑い合う姿を横目で見ながら思う。言って欲しい言葉をさらっと言える人は、他の人にも同じようにさらっと言えることに気付かない。俺に言われて喜んで嬉しがっているのだから、Win-Winでしょ。なんて、はにかむはHoneycomb。目を狂わすことに抵抗はなく寧ろ乗り気で、女を食い物にする為だけのキャッチーな記号‐コトバ‐。
海外からでもなりすませるディープフェイクは、お金の受け取りだけを国内で済ませる組織的犯罪‐ロマンス詐欺‐だって言っているのに、《様々な情報があるからこそ本物であっても本当かどうか、貴方が信じ切れないだけでしょ。私は信じるわ。彼は本人よ。》だなんて、家族と生き別れてしまって有名になることで見付けて欲しいんだ。と奴の口車に彼女は絆されているけれど、山師なのは確実だ。何故なら、お礼として彼女が彼から受け取ったプレゼントは全て、贋物、偽物、模造品と言われる物。パープルダイヤなんか紫外線を当てると青や黄色に光るのに、合成石の特徴であるオレンジ色に光っていて、合成ダイヤであるとその存在を主張している。
一握りの存在‐インターハイ‐で凄いと言われた経験がある奴は、過去の栄光を忘れられず、人生を長いスパンで考えられず、今の自分と過去の自分とのギャップを埋められず、目の前の現実を受け入れようとはしない。埋没したくないとか、有名になりたいとか、記録にも残りたいけれど記憶にも残りたいとか、確かにその時だけはなれるかもしれない。しかしながら、報道されるのも特集されるのも最初の一時だけに過ぎない。その後は他のニュースと同じにされ一緒くたにされ、挙句に忘れられ話題になることすらない。生い立ちなんて振り返ることなく気にもならない過去の人。
お金が無いと言えないから見栄を張り、お金に困っている姿を見られたくないから自分を誇示して、無理にでも無理をしてでも派手に振る舞ってしまう。相変わらずとぼけた発言‐インプロビゼーション‐で他人に迷惑を掛けることへ一切の躊躇がないし、他人に迷惑を掛けることそのものが大事なコミュニケーションであると言わんばかりの潔さを持ち合わせている。
その反面、彼女には思い詰めた顔を張り付けるくせに、いくらか都合してくれと軽くそれも貸せと命令口調で言えるらしく、一気に増やして返そうとギャンブルに注ぎ込んで、ここまで賭けたのだから次こそは当たって取り返せるとサンクコスト効果が倍増、安全牌より倍率の高い大穴の方が燃えるとか偉そうに、そういう時に限って勝てないから、イカサマだとコンコルド効果‐ツイテナイ‐奴ほど喚く。粗暴で業突張な性格なのにも関わらず、知能が高く冷静な判断力と動物的直感力を兼ね備えているから、《ちょっと借用しただけで返せば済む話だ。やる気はあるけれど出来ないだけ。返さないとは言っていない。》なんて、出来るけれど面倒だからやらないだけじゃないかとか、雪だるま式に増えるだけで、返済に当てるお金だという思考にならず検討する能力が著しく劣っている。しかし、彼女は優しい。《同じ行為を繰り返して、あの時の行為が正しかったかどうかの確認をしたいってだけだよ。そんな彼の考えを認めて、彼の過ちを許して、彼を応援して、多少不便になってもお互いを尊重し譲り合う。それが自分以外の他人と暮らして生きていくってことでしょう。》とか、《彼のせいで私が変わった訳じゃない。彼と出会ったせいじゃない。そんな悲しいことを言わないで。彼と出会った私の生き方を否定しないで。》とか、《貴方が私を助けてくれたように、私も全力で彼を助けたいと思っているの。辛い時は寄りかかってと言いたいの。》とか、対話ではなく共話のコードスイッチングで、セカンダリの彼女がご笑納くださいと言っている側で、ガッテムと片腹痛くなっている僕だけが悪い人みたい。外に見せる顔がどんなのでも周りの評判がどんなのでも、僕に見せる顔が彼女のままなら、僕の彼女は僕の前での彼女でいいのに。これが嫌な現実だと認めてしまったら、大切な思い出すら残らず壊れてしまう気がした。
ある日彼女は、死ぬ元気が出たからと一言置き手紙を残して、止める暇も無く御目文字と出掛けて行った。愛を確かめ合う幼い計画であっても彼女本人だけは真剣なのだろう。
許可を取ったら共犯になってしまって奴に迷惑かけるからと言って、あえて勝手に空売りして利殖して何処からかお金を持ち出し、逃げる途中で幾らか抜いたお金を振り込ませたり隠させたりして、残りを何処からか散撒かせる。そうすれば、見ず知らずの通行人が拾ったり何処かに入り込んで紛失したりして、正確な被害額が分からなくなる。関係者達が右往左往している隙に、変造カードを使いATMで下ろしたり隠し場所から移動させたりして、センチ波の通信を傍受しながら奴は易々ととんずらしてふける。
《俺はもっと評価されて認められて、その分の報酬を貰ってもいいはずだ。汗水垂らして毎日毎日働いたって、はした金でもろくに感謝もされない。このくらいの妥当な報酬を得ようとしたってだけ。》
一方彼女は、仏滅の三隣亡に木立の中に建てられた安普請で一人息絶えていた。窓が開いていたので、助けを呼ぼうとしたのだと言われたが、捜査を撹乱させる為に奴へ凶器を預け、奴が空き巣に入った時に見付けた汚部屋へ永久に隠してしまう為に開けただけだった。お金は裏切らないけれど愛してもくれないのに、奴は彼女を裏切った上に愛など毛頭ない。
《彼女は俺の役に立てて嬉しいと言ったんだ。遠慮する気持ちはあれど反対する要素が無いだろ。あはっ。そんな大声を出してさ、余程悔しかったんだな。彼女のことをなぁ~んにも知らなかったことが。》
僕に対して反射的に出た無意識かつ人を食ったような本音は、すぐに空気を読んで表情を作る理性に変わる。アリバイは無いけれど証拠も無い、犯人蔵匿及び証拠隠滅の罪‐ガルウィングドア‐を見せびらかす奴は、永遠の完全犯罪‐ディフェンディングチャンピオン‐。
《逃げ切れないと思っても、誰も彼女自身を殺してくれないから彼女自身で殺してしまったんだろう。強くて優しい人だったから、死ぬところを見られたくなかったし見せたくなかった。彼女なりのプライドと思いやりを持った意思だったんじゃないですかね。》
占いみたく当たれば言った通りと外れればこちらを信じていないと‐マジシャンズセレクト‐で犯罪に手を染めても、騙す奴が悪いのではなくて騙される自分の方が馬鹿だっただけと、奴の為に笑う彼女を思い出す。奴が彼女を裏切ったのではなく、最初から奴は彼女を籠絡しトップオフとして利用していただけ。捜査協力費を目当てに奴が垂涎していたのは、自分に尽くしてくれる金づるの単なる野伏‐コマ‐だったから。
捧げる献花は、紫陽花とキスツス‐移り気に私は明日死ぬだろう‐。
彼女のインクルーシブ並みの苦悩する者の為に戦う優しさは、バリトンボイスで囁く彼奴‐マニュピレーター‐だけに留まらない。
その場を明るくしながら思い付いたアイデアで、学びやすい環境や働きやすい仕組みを一早く実行に移して整え、そう簡単に真似出来ない新しい世界の創始者であり、その扉を開けることが出来るカリスマリーダー。
様々な情報にアンテナを張り、自分なりの解釈で噛み砕き纏めて、周りの人に常に新しい情報を教えながら勢い良く広げ、健啖家の如く色々な手段を駆使して伝えて導いていく、影響力が絶大なインフルエンサー。
自分が前に出ていくよりも、適材適所に人を配置したり公正で対等な視点で解決方法を示したり、人と人を繋いで間をバランスよく取り持ち、無理なく円滑に関係を構築出来るように心を砕き、手腕を発揮するアジャスター。
目立たず多くを語る訳ではないけれど、ごく自然に醸し出される癒やしを与える穏やかなムードは、オアシスでありパワースポットにもなれる、魂が浄化されるように心を軽くすることが出来る本質的なヒーラー。
能天気で中身が空っぽで生意気な軽い奴と見せ掛けて、広い視野で色々考えながら誰よりも努力家で、細やかな気を利かせつつ相手を思いやりフラットな関係性を築いて、より良い面を引き出すことの出来るアドバイザー。
臆病者だからこそ周囲の傾聴力に長け、困っている話し手の気持ちに寄り添い、内面の奥の奥までしっかりと掬い上げ、聞き手なってそっと優しく受け入れてくれる、愛情深くて頼りがいと根性のあるカウンセラー。
ご意見番として人を使うだけではなく、女房役として安心させ番頭として精神面を支えられる陰の実力者であり、無くてはならない縁の下の力持ちである人の為の人、リーダーの世話役兼右腕かつ懐刀のダークヒーロー。
《大丈夫ですか?なんて言いません。どうかしましたか?困っていませんか?頑張れとは言いませんが負けないでと言いたいんです。皆さんの役に立てることなんて無いかもしれませんが、私に出来ることは精一杯やらせていただきますので、どうか参加させて下さい。》
自分を信用して欲しいのならば先に相手を信用しようとする彼女が、優しくなればなる程にトラストは囚人のジレンマで、隙が出来てしまった言葉を逃げ戻る言い訳として曲解する。
《答えのない果てを探し続けていたとしても、笑えないと思ったのならばもう忘れてしまえばいい。壊れるいつかを待つのが怖いのならば、今すぐに壊してしまえばいい。苦しいのは生きているから。限界を感じていたから、辞める理由が欲しかったのでしょう。》
何故なら裏がありそうで怖かったから。全てを知られてしまっていたとしたら。そう考えてしまったら、自分を陥れ追い詰めた人を呪うのではなく許せる内に死のうと。他の誰かを救うことで自分も救われる‐コーディングルール‐をシェアする人が居れば、アンダードッグ効果で一人で居るよりも自由になれるさ。
《到底信じられないことだけれど、否定しようにも合点のいく事象が多すぎて、全てに納得がいってしまうから、信じるしかなくなる。》
どんなに言われたとしても有りもしなかったことを有るとは言うことは出来ないと。時に反論の余地が無い正論は、よんどころない事情であっても卑怯でしかない。
《詳しいことについては、捜査上の機密扱いだから、話せないんですよ。》
《彼女はこれからのことについて考えていたんです。自殺なんてする訳がないんですよ。》
苦労しても証拠を見付けられずに御宮入り。何故なら犯人さえも見付けられなかったから。
《貴方の言い分は一応報告しましたけれどね、無関係だと判断された訳ですよ。自殺。それが上の決定です。》
地蔵背負いで皆を道連れにした無理心中という悲劇的なストーリーが成り立ってしまって、他の可能性を考えるなんて喜劇的で、気持ちが彷徨ったエニグマを調べてなどくれない。現実に起こった1つだけの事実が何であろうと、1人なら勘違いかもしれないけれど、幾人もいるならば、それは疑惑になってしまう。いくつかが食い違っても、提示されたモノが間違っていても、それらによって根底が覆されても、真実となるのは勝者が語る複数のこと。
《そんな怖い顔をなさらないでください。》
《それだけ真剣なんです。》
うっかり話してしまったことを、重要な情報を漏らしてしまったことを、足を引っ張ってしまったことを、だまし討ちだったとしても仕損じたことを一生悔やむから。なかなか尻尾が掴めなくて疑われている誰かのアリバイを、居ない筈の人を居ると偽証して、万が一疑われた時の為に自分のアリバイも成立させて、敵を庇うのではなく仲間を守りたいだけだと、足並みを揃えたスクエアで押し通る。
《僕が、何処の誰だか、分かっているんだろうな。》
《はい、覚える価値の無い奴だと。》
死ぬ方法を知ったから今生きていられるのだから人生を切り開けるだけの常識を変えろと、ニッコリ笑って困難の分割‐リフレーミング‐。
《私達に命をくれてありがとう。私の命を使ってくれてありがとう。そう彼女は言ってくれているさ。危機感がゼロに見えたかもしれませんが、余程の勇気と覚悟があったんですよ。どうかこれからも彼女が大好きな貴方のままでいてください。》
見ず知らずの全員が彼女を通じて繋がってアインザッツが揃っていたから。チームプレーが秀でた犯人‐レベニューシェア‐だったから。ジャッキを上げて上げて上げ過ぎて、仕舞いには空中分解してしまったから。
捧げる献花は、フリージアと桑‐親愛の情でともに死のう‐。
彼女は優しいだけじゃない。政治資金パーティーや誰々君を励ます会、前衛的で話題のeコマースのパーティーにも彼女が行きたいと言って興味を持っている。
《ご清聴ありがとうございました。是非ともお力添えをいただきたいのです。皆様の大きなご支援をよろしくお願い致します。》
彼女は綺羅星の如くのイデオロギーに拍手喝采で満足気だったけれど、僕は一席ぶった人とお知り会いになりたいとは全く思わなかった上に、大勢の高弟からも出来るだけ距離を取りたいと心から思ってしまった。
寄付で成り立つ学校の生徒はお客様であるように、叩けば埃が出てくる古畳みたいな奴が強くあり続けた権力で、強くなった癒着に肖りたいと愛想が振り撒かれる部屋へ、貯水タンクに仕込まれた毒を自由降下傘‐スプリンクラー‐が撒き散らす。
《お前らが下した評価がいかに非論理的で的外れで無知かを丁寧に教えてやる為に抗議文を送っただけだ。それなのに無視しやがった。パーティーで犯行をすれば、嫌でも注目してくれるだろ。》
《それは抗議とは言わない。いくら納得出来ないからと言ってもそれは脅迫だ。》
部屋の鍵をロックした奴が判明した途端に、止めようと手を伸ばした捜査員の腕を振り払って、忠告だと振り切り凶器を振り上げて、一般人を傷付ける失態と実行犯の失踪を許してしまった。
警察官失格だと責める暇も無く、話を聞こうとした途端にとんと行方知れずになって自殺した重要参考人に、実行犯が殺害されていたことも判明した。
《弁明も弁解も言い訳も、何も言わずに逃げたということは、何か関わりがあって何か知っていることを、認めて吐露したことと同じだ。》
《君に裏切られるなんて思わなかったよ。》
《裏切ってはいない。》
《ほう。元から向こう側の人間だったってことか?》
《向こう側って、あんたはどの側なんだよ。》
どっち側でも転がせて都合が良いと、疑われるだけの野心があったものだから。
《何でも俺に決めてもらって、楽に生きてきたくせに俺のせいにするのか。》
俺と世界を動かしてみないか、俺の力を当てにしているのならもう一働きしてもらおうか、時代が要請しているんだ、せめて命くらいは賭けてもらわないとな。なんて、腹案‐フラッグシップ‐よろしく思いのままの思い付き‐デフォルトモードネットワーク‐で言うだけ言って、行動は隠したままの秘密主義‐セイリエンスネットワーク‐で、プロスペクト理論を振りかざす。意味を聞いたり反論したりしようものなら、リバップ気味に何倍にもなって返ってくるから、とりあえず頷いてBGMのように聞き流して右から左へ処理をする。アジタートに慣れはしたけれどディープステートに振り回されているのだから、軽く睨みながらちょっとぐらい心の中で文句を言ったところで、ちっとも罰は当たらないと思っている。
《それは撤回されるということでしょうか?》
《何か不都合でもあるのか?》
《いえ、都合も不都合もありません。ただ、少々驚いてしまっただけです。》
賭博場開帳図利罪を犯し多角経営を装った裏金を、頼まれもしないのに恩に着せる為に密かにプールする。トップにいる時ほどトップの座を失いたくなくて、埋め尽くされた不安のせいで満足出来なくて、投機‐アドバタイジング‐を確保することに躍起になっていくことは経験上よく知っている。
《我々に何故嘘を付いたんだ?》
別々の人間だったとしても凶器が同じであるならば、一人の人間の連続犯だと思わせられていたのに。
《もしかして奴の指示なのか?》
《一旗揚げるにはこうするしかないと思った。》
微塵も疑っていなかったのに、疑心暗鬼になってジングルに一芝居打って余計なことをして、疑う切っ掛けを作ってしまった。
《憎しみも恨みも全て君のものではあるけれど、それに他人を巻き込んでいい訳はない。全部一人で抱え込んでしまって、背負いきれなくなったからって、選んだ最終手段が復讐なんて馬鹿なことを。》
《人殺しに良心なんて存在しない。》
悲しみを恨みと憎しみにしか変えられなくて、残されたのは無念だけ。プルチックの感情の輪も共感覚も、無意味な盲従‐インバーター‐だと語るくせに。
《ならなんでそんなにも苦しんでいるんだ?》
やって来たというよりは戻って来たように見えて、語るに落ちてこちらに向けた顔は、苦い薬を飲まされたように深い皺を眉間に刻み込んだままに、防衛的な露出行動を取る。他人に対して嘘付いて騙すことは出来るのに、嘘付いた自分を騙すことが出来ずに生まれてしまった感情。
《君の命と引き換えにするような相手ではないだろう。》
難しい顔のままでもすぐ却下せずにじっと聞いてくれていたなら、確定事項ではなく何か意見を求められていたなら、多少なりとも希望があり他にも手段があるということなのに。転がっていた過ちで転げ落ちてしまったら、元の場所にも引き返せる場所にももう戻れはしない。
《我々に出来ることはあるか?何でも言ってくれ。》
《今更もう無い。そんなものがあれば、とっくの昔にやっているさ。分かり合えないと結論が出たところで、失礼するよ。》
手は出さなかったし汚しもしなかったけれど、止めもしなかったから同罪で。こういう形でしか責任の取りようがないと考えましたと、甘くて優しい笑顔ではなく怖くて綺麗な笑顔で。エレベーターの到着音も階段をかける足音も、追い詰められているという錯覚を起こして、逮捕という名の保護は間に合わなかった。
捧げる献花は、ムスカリと薊‐失望に触れないで‐。
満期を待たずに仮出所した奴から、爆破予告‐インビテーション‐が届いたらしい。買い物を満喫していた彼女は、人いきれのショッピングモールから追い出されたそうだ。予告時間はまだ先らしく、《どっちの服がいいかな?》と彼女が送ってきた試着した写真を見ながら、《服のことは僕にはあまり分からないけれど、君が嬉しそうに見えるからこっちが良いな。》そう僕が言って無邪気な彼女の声が電話ごしに聞こえた後、テレビドラマでしか聞いたことがないような大きな大きな音がした。
いよいよ予告日、日付を越えたらスタートだなんて。いよいよなんて言うと心待ちに期待してるみたい。爆破を予告した時間の前に爆発した。広いコンクリートと狭い空に囲まれる都会では大勢の避難が間に合わずに、巻き添えの非難を招く行動は通話コードの鼓動‐252‐。
ドライアイスを絶縁体にして爆発時間を調整出来るから、計画的に人の少ない時間帯を狙って、様々な要求を突き付けて、従わない場合は次の爆破を示唆して、人の多い時間帯を狙うことも出来るということを、今回は脅しの挨拶に過ぎないということを、お手紙には返事が付き物だということを、そちらの反応を見て確かめる為にもう一度連絡するということを。簡単に端的に脅迫状とも犯行声明とも取れる熱烈なラブレター。
条件を呑むのではなく丸飲みにしてしまえる今までにないその画期的な方法に、事件に刺激を受けた不逞の模倣犯が多発‐シークエンス‐。
《全てを無かったことにしたかったから心に蓋をして、この世界を終わりにしたかった。》
《この世界は何をしても無くならない。無くなるのは巻き込まれた人達の命と君の自由だ。》
《自由?そんなものは最初から存在し無かった。》
《不自由もあるけれど自由だってあったことを、これからの時間で思いっきり思い知ることになる。想像力が足りなかっただけの話だ。そんな君を理解する人は、君が終わりにしたかったこの世界に一定数はいるだろう。君が犯人を理解したと思い込んだようにな。しかし、そんな漠然とした曖昧な感情で事を起こしたところで、君を殺したいほど憎んでいる大勢の被害者の感情の前では、圧倒的に無力となり襲い掛かられる。多くの被害を残した事実は、君が無くしたかったこの世界で永遠に残っていくだろう。》
《終わらないなら世界を変えれば、あんたの言う罪‐コレ‐も正義になる。正義ってのは、誰かの主観でしかない。俺の主観で良いはずだ。誰かが決めた正解は俺の正解ではないし、正義の反対は悪ではなく別の正義だ。この世界を再生するには、やはりすべてをリセットするしかない。》
他人のせいと社会のせいと世界のせいと置き換え判断を維持した、一世を風靡した過去の人。
それは仮釈放をもぎ取ったのに、身元引受人の元から逃げ出した奴にも当てはまる。故買屋の前で事故を起こした車載カメラ映像から、犯罪捜査データベースより前科者データを照合したらあっさりヒット、捜査線上に浮かんだ奴をヤサに踏み込むことも無く、逃亡者であるが故に左回りの法則を意のままにして再逮捕。
《せっかく逃げてきたんなら、存分に楽しまなきゃ損でしょ。どうせ後でこうやって怒られるんだし。ブタバコに戻されるのは運が良くないけれど、愉快な思いが出来たから案外悪くもないさ。》
よこした犯行予告を素直に受け取ってくれてありがとよ。けれど犯行時間を鵜呑みに励行しちゃあ面白味に欠けるぜ。まあ火付盗賊改方を責める気はサラサラないさ。向こうの有象無象が当たりではなく、少数精鋭のこっちが外れなだけ。ただちょっとフレーミング効果を利用させてもらって、隠し場所を特定しただけだ。隠し場所を警備したそっちに落ち度はないぜ。勝ちは出来やしないけど、あがりを選べばここで終わりだからな、負けを選ばなかっただけマシってもんだ。
厳しく叱っても優しく語りかけても、刺激の有ることは価値の有ることで刺激の無いことは価値の無いことだと、明日のことばっか考えていたらせっかくの今が勿体無いと、せっかく足を洗ったのにまた罪を犯したのは何か深い事情があるなんてことは一切無く、被害者にとっては不愉快極まりなくても、犯人にとってはとても愉快な全面戦争‐センセーションシーキング‐を欲する。
捧げる献花は、甜橙の百合と金盞花‐憎悪の絶望‐。
ショッピングモールから無事に離れたと思った帰り道、彼女は自損事故を起こした。幸い怪我は軽く済んだけれど車は大破してしまって、巻き添えになったら困るような場所に置き去りには出来ないからレッカー車のお世話になった。足止めをされてもここを去らない理由は他にある。親切な人の地図通りに歩いて行ったら、不親切な人のところに迷い込んだ。それは親切な人を装った不親切な人が描いた地図通りが成立しない地図だった。
《今更どうにもならないいつかを取り乱して怖がるのが勿体無くなった。残された時間で、やるべきこととやりたいことをやるだけ。》
《単なる疲れを労わるのと長引く不調を気遣うのでは、持病の発作が起きた時の対応の仕方が全く違ってくる。》
駄目だと言ってしまいたかったけれど、初めてなのだから可哀想だという、否定と肯定の間で揺れて揺れて最終的には容認してしまった。行く途中で渋滞に嵌まったという連絡を受けた時に、《時間というものは私の思うようにならないものだね。》という愚痴に、《それはただの言い訳になってしまって遅刻の理由にはならないよ。》と言ってしまった。自分が許せないことを自分がしたなんて絶対に認められなかった。だって、取る物も取り敢えず不夜城へ馳せ参じれば良かったんだから。そうすれば凍り付き症候群すら間に合わずに、鏧子が鳴るなんてことは無かったんだ。
《金に困ってんなら良い話がある。ちょいと乗らねぇか?》
意見も意思も関係無い、正に宵越しの銭は持たぬ‐マネーイズパワー‐。
我々には現金が必要だから、それを用立ててもらうだけ。警察に連絡したところですぐに分かってしまうし、その結果如何なることになろうと我々に責任はないことを明記して。募集を投稿するハッシュタグには、即日払いとか、高額報酬とか、簡単なバイトとか、運ぶだけとか、受け取るだけとか、稼げますとか、お金困ってますとか、求人募集とか、DM下さいとか、更には堂々と裏バイトとか、厄介な人が持ち掛けるのは読経を必要とした人。世間はほんの一部で流行り出しているとしているけれど、結構大きめの一部で既に流行っていることだとは思うまい。《死ぬのは彼女だけで良かったのに、何で他の人が居たのだろうか。その人達は死ななくても良かったんだけどな。》と、《金が欲しかっただけで誰一人も傷付けるつもりなんて無かった。お互いの安全を考えた結果、恐怖心で黙ってもらってこっちの言うことを素直に聞いて従ってくれれば良かったんだ。》と、ぬけぬけと悪気無く言ったところで、《彼女もその人達も、誰も彼も死ぬ必要なんてなくて、死ななくて良かったんだと思う。》なんて、《体を傷付けなかったら良い訳じゃない。心だって傷付く。加害者であるお前の安全だけで、被害者の安全ばかりかならなくても良い被害者にしてしまっている。》なんて、平然と言う人はいない。逮捕される犯人は複数犯なのに、逃げ遂せる黒幕は一人で、俺達が貰って経済回さないと、なんてお迎えに上がりお出まし頂いても思惑は外れるだけ。
発見された遺体は損傷が激しくて、死に至った経緯さえ不明であり、黒いブロブが彼女だったことしか分からなかった。
捧げる献花は、紅花と白詰草‐特別な人の復讐‐。
とある男は出世頭で独走状態の同期の星と比べ、頭打ちな自身の実績の稼ぎが欲しい為に、無理矢理融資と回収を繰り返していた。ノルマが厳しいが故の強引なリサーチ&セールスは、疑問や懸念を無視してメリットのみを並べ立てる。彼女もプロに言われればそういう方法があるのかって、たとえ違法であっても疑うことはしなかった。デメリットが無いと謳った銀行の融資という借金を、子会社の金融ファイナンスで借り替えさせる導入詐欺。
金融ファイナンスから高金利で借りた資金を実績に協力して欲しいと、フィービジネスでは飽き足らない親会社である銀行へと、強制的なお願いのもとに一定期間預けさせる。一定期間内に銀行が堂々と融資金を回収、金融ファイナンスは知らぬ存ぜぬを貫き、更に担保まで掻っ攫っていく。被害状況が徐々に明らかになるにつれて被害者が増えてゆき、取り付け騒ぎまで起きて声をあげられた結果、親会社は子会社に、子会社は男に、男は誰かに、責任の擦り付け合い。
資金という名の不正献金の洗浄ルートに、暴力団を挟みつつ地面師グループまで巻き込む。不便は便利を知った時に生まれ、人はほんの些細なことでも面倒くさがる、とても煩わしい生き物だ。なりすまし役の手配や演技の指導をする手配師、免許証やパスポートなどの偽造書類の作成をする道具屋、架空の口座の用意する銀行屋、弁護士や司法書士など法的な手続を担う法律屋を、あの冷たい死体‐カタマリ‐の横で寝たいの?と、なんて魅力的な言葉を駆使して。
最上位は上位に上手くやれと言うのではなく、下位に命令して最下位を黙らせればいい。小さな声がどこにも届かないように大きな声で全方面を打ち消せばいい。デキるしヤレれるしスるし、とかげの尻尾の本領発揮。
黒焦げの男と一緒に発見された彼女の遺書には、ずっと一緒、と書いてあった。けれど、彼女の気管には煤が検出され無くて、火が付いた時点で呼吸をしていなかったことが判明した。だから、自殺に見せ掛けた他殺だと思われたのだけれど、第三者が火を付けたように仕向けられた他殺に見せ掛けた自殺、つまり情死だと最終的に判断されてしまった。
本当は殺人だったのに。二人ともが殺された被害者だったのに。依頼された側が依頼した側に向けた、被せて助かることが無いようにする為の伝導過熱火災‐コネクトルーム‐的に命免した保険。ハッタリでもダミーでも嘘でも中身が伴えば両輪が揃ってしまって、狙い通りの証拠と揃った駒へ警告の不作為犯‐ダブルメッセージ‐。
捧げる献花は、ダリアとアイビー‐裏切りと二枚舌で死んでも離さない‐。
彼女は高邁で水鏡みたいな正義感も持ち合わせている。常温に放置されて鮮度が著しく低下した魚を儲けの為に流通させて、諸氏に多発したヒスタミン食中毒。
《聞いていたんですか?盗み聞きとは人が悪い。》
《聞こえてきたんです。余計な詮索でしたらすぐに切り上げますから。》
《話しても信じてもらえない。》
《試しに私に話してみてはくれませんか?何か気になることがあるようでしたら、ご相談に乗れるかもしれません。貴方方の身に何が起こっているのか。知りたいんです教えてください。》
物事には出会うべきタイミングがある。今の私になら話しても大丈夫だと、彼がそう思ってくれたことが嬉しいと。偶然知り合った被害に遭った人達の話を聞いて、彼女は守りたくて放っておけなくて訴えようとしていた。
《そんなに睨まないでくださいよ。被害に遭われたとの報告は、正しくされています。しかし事件だなんて、なんと物騒な。皆さんこんなにお元気だ。何も問題ないでしょう。これ以上、悪評を流し広め我が社を侮辱することは許されませんよ。ご用向きがそれだけなら、どうぞお引き取り下さい。おい、お客様のお帰りだ。》
おとといきやがれと言わんばかり。説明会も会議も仰々しく踊る、されど進まず小田原評定‐ジェネレーションギャップ‐が生じる。警察発表さえも、現段階でこのような情報は表に出すべきではなく、無用な騒ぎを引き起こして捜査の障害になるからと、後手後手に回っていたのは事実だ。
《少しは休んで。》と僕が言っても、氷食症気味の彼女は止まらない。適度な休養をし様々に回復させなければ、何かあった時に付いていけずに取り残されて、何の役目を果たすことが出来なくて困ることになるのは彼女なのに。
《あんなことを言われて、何の収穫も無いのに休んでいられない。こんな大事件があったのに、のらりくらり当たり障りの無い話ばかりで、まるで何もなかったみたいじゃない。間違いを認めないのが一番の間違いでしょう。早急に第三者委員会を設置し原因究明と再発防止に努めて、その話し合いで何とか妥協点を見付けたかったのに、向こうが何も無かったことにしようとしたとしても、こっちは忘れることなんか出来ずに、生きていても本当には幸せになんかなれないのよ。悲しんだ数と同じだけ笑顔が必要なんだから。》
多大なる優しさに無窮の正義感がプラスされて、見咎めたじゃじゃ馬は万斛に加速する。
どうして固執するのか分からないけれど、見抜く精度を上げる為には不足している情報のサンプルがたくさん必要なのは理解出来る。説明下手な方々とその事に関してよく分かっていない彼女の間では、どうにも意志疎通が上手くいかなくて首を傾げる事態になるのは避けたい。だから欲しい情報を手に入れて機嫌が良くなるのならば、悪気がないただの本心だからその方がいいと言い聞かせる。
《後学の為にも自分なりに調べました。》
《我々の為に調べてくれたのですか。》
《盛大に空振りなんてさせたくありませんから迂闊なことは言えませんし、受け売りになってしまいますが専門家‐プロボノ‐の意見を。少しでも助役になればと思って。貴方方が見たもの聞いたものを証明したかったんです。》
過去の出来事に捕らわれて今の事象に自信が持てないからといって、国立国会図書館まで行って漁って調べた彼女に、《もういいでしょ。いちいち首を突っ込んでいては、体がもたないよ。》そう言っても、《心配して言ってくれているのは分かるけれど、私のことに気を取られていないで、貴方は貴方のことを頑張っていて欲しいの。後のことは、私がどうにかするから。》弱音も愚痴も言わないから、いつでも聞いてあげるのに、いつでも支えてあげるから、僕以外の人に甘えないでと、そんなカッコ悪いことさえも言えなかった。
《引用も出典も板書もこんなにたくさん。あまり無理をしないでください。でも、ありがとう。》
《専門家の恐らく無いは、無いに等しいんです。勝手なことを言わないでと言われてしまったんですけれど、話してもらえないのだから勝手に解釈するしかないんです。下手な隠蔽も加工も補正も誇張も、嘘を付いたなんて可愛いものではなく、改竄や捏造なのに。それどころか最早、虚構の世界になっているのに。それを嫌がっているようです。どうしたら本当の話を、気持ちを言って教えてくれるかなって、それが私の悩みになってしまいました。》
調べ終わっても尚、彼女はほとぼりが冷めずに台頭する。
《納得してくれたはずでしょ。貴方が言うほどのことではないのよ。》
《言うほどのことだと思うけれど。意図を理解することと納得することは全く別の話だよ。》
《真意を分かってくれていると思っていたからこそ、余計なことは言わなかっただけよ。関連性とかを調べていただけなの。正式な調査で好奇心や興味本位で嗅ぎ回っている訳じゃないわ。自分が大事でこの先も逃げ続れば、あの人のツケを他の人が払うことになってしまうの。過去は変わらないし変えられないけれど、人は変われるの。変わっても良いって誰かが言ってあげなければならないのよ。》
《頑なだな。結局自分が満足したいだけじゃないのか。》
《貴方がしつこいだけよ。他の人を自分ごとのように考えることが出来るからに決まっているでしょう。》
《その優しさに足を掬われた時に、とばっちりを食うのはこっちなんだよ。》
《事件の教訓を生かさないといけないでしょう。》
何を言ったところで無駄‐オーラ‐凄かったから、そろそろ大丈夫かと思っていたのに、途中で逃げ出すような真似をしない格好付けで頑固者の彼女の言うほどのハードルが高過ぎる。頑張っていることは本当に凄くて、本人は心を満たされているかもしれないけれど、それを見ている僕は頑張りすぎを心配していることに気付いて。一発の平手打ちは痛くて構わない。しかし二発目の平手打ちは予想していなかった。僕が気にしている彼女が気に掛けているのは、絶対的に討ち死にしてしまうような、彼女が疎外した訳じゃなく勝手に離脱した僕以外。
《いつも何かに追われて、むしろ何かを追いかけて、目の前のことしか見えなくなって、精一杯他人のことばかりで。諦めなければなんて無責任な精神論は、気を配り過ぎるのも却って失礼だ。気が付いた時には大切な何かを無くしているかもしれないから、あまり夢中になり過ぎない方がいい。退くも勇気だよ。》
被害者を悼む気持ちと被疑者を憎む気持ちとで、板挟みになってどうすることも出来なくて、受け入れられなくて居辛くなって、出ていかなければならないと選択を迫られて、それで何も言えなくなって、忠告じみた捨て台詞しか吐けなかった。好きだから信じて欲しいと言われたけれど、好きだからヤキモチを焼いて、焼け切ったら殺意になるのだろうか。それともその殺意はいつかヤキモチに替わることはあるのだろうか。
しかしながら、決して悪意は無いけれど悪いことをしたのだからと、形だけの謝罪をもぎ取った。しかし、それが合図となったかのように、在庫一掃セールで一気に晒そうとする強火の配信者を筆頭に、様々な媒体でまるで犯人かのような見出しで炎上したけれど、悪いことには変わりないのだから批判は至極当然、酷いことを言われてもそれは貴重な意見、酷いことをされてもそれは身から出た錆、事が公になることで上に立つ人間だからと責任を取る必要があると考えるのは自然、目を逸らさず真正面から真摯に受け止めなければならない。しかし、責任を取ってという理由で勝手に辞める事なんて許さない。だって、いつだって燃やせるように種火が必要不可欠だから。
けれど、吾唯足知とは無縁の匿名という名の悪意ある批判‐スピーカー‐は、自分の発言に責任を持たないことを持ちたくないことを同時に発信しながらも、剝き出しに大音量で曝け出して、完膚なきまでに傷付けて、いつまで経っても収まることを知らない。それどころかどこからともなく燃料は投下され続け、何でもかんでも面白可笑しく暴いて書き立てて、万が一もあり得ても沈静化なんてせずに、消し炭になっても胡散臭くても情報をくれる方が正義だとして、焦げ臭さはいつまででも付き纏う。
挑発に乗ってはいけないけれど、調子に乗らせてもいけない。個人的な良心を満足させる為に告発するなんて、この俺を危険に晒すことを許してはならなかった。
当事者でもないのにも関わらず、身を投じた彼女は目立ち過ぎた。
暴いて会社を告発しようとしたら会社によって逆に偶像を守る為に消される判断され、ワクチンではなく坑ウイルス薬が必要と分析され、未然に食い止める為に自ら口を閉ざすことを実行された。何故なら、誰も彼もの目の矛先を逸らすその場しのぎで浅はかだけれど、隠蔽に奔走したところで隠し通せることでもないけれど、連日の報道などで大っぴらに広げることでもないからだ。
出来ない理由を考えるより出来る方法を考えた方が建設的で、突かれてしまう弱点があっても見ようと目を向けなければ見当たらないのは当たり前で、嘘では無く誇張しているだけで騙すつもりのない文言を加えて、台本という指示文書を削除して、アドバイスという演出を作り出す。永遠に手遅れになるように二度と誰も読めないように。それは、正解でもないけれど決して不正解でもない。
《抗議に来た女がいるんですよ。今更蒸し返してどうなるというのか。代表商品からロングセラー商品へしていかなければならない時に。私に火の粉が飛ばないようにして欲しいのですが、何か方法はありますでしょうか。》
《君の邪魔者を消してあげても構いませんよ。その代わりといってはなんですが、私の邪魔者を消していただいてよろしいですか。》
肩書きは重くなったのに小さな不正をネタにもっと大きな不正を強いられて、誰かの風下に立つ気はない人に対しての立場は軽くなる一方で、一度きりの約束で引き受け請け負ったけれど、共犯であることをバラすと脅されて後戻りさえも出来なくなった。儲けさせるか世界から抹殺されるか、どちらか選べだなんて。選べる訳が無い。何故なら最初から選べる立場ではないのだから。
《交換殺人なんて、そんな怖そうな条件じゃありませんよ。これでお互いに欲しいものが手に入るだけですよ。安心してください、気付かれそうになったんですから、誰だって口封じしますよ。十分過ぎる理由です。良かった、君が共犯者で助かりました。》
派手な格好をしている買い物好きという雑貨屋が、犯罪の道具を仕入れてにわかに犯罪の計画を立てる。先行する正義を掻い潜る訳だから、後攻の方が何かと有利だろう。自分の思い通りに進むのだろうかと心配してしまったけれど、思い通りに進める為にするのだと思い直すことにした。追ってがかかった時の為に、証拠は消したと嘘を付いて保険をかけておくことも忘れない。嘘は身を守る為の最大の手段でもあると教わったのは、専門的で高度な知識を悪用して事故を装うことを提案した交換先の人間である。
彼女が毎週のように通っている市井のワークショップへ、この間は悪かった。言い方がキツかったから。と言えないままの送り出したある日の帰り道。突き落とされたにみえたが指紋も掌紋も発見されなかったから、第三者が介在した可能性は否定されて、情況証拠による事実認定が出来ると判断され、高エネルギー外傷による事故死‐コリジョン‐と目されて、最終的に警察もそう結論付けた。
《何となく彼女が無理をしていたのは気付いてたけれど、彼女の厚意に頼りっぱなしになっていた。いつかこんな風になってしまうのではないかと思っていたけれど、彼女の行動力が無いと裁判へなんてとてもじゃないけど辿り着けないから。見て見ぬふりをしてしまった。切りのいい所でもう帰っていいと言えなかった。君が恨むのも無理はないね。》
しかし、僕は違うと確信がある。何故なら足を滑らせただけで落ちる高さではないからだ。人が居れば必ず痕跡は残るのに、それが無いのは誰かが意図的に消したということに他ならない。抵抗の痕だって発見されなかったから、不意をつかれてしまったんだと思わざるを得ない。
捧げる献花は、紫陽花と睡蓮‐貴方は冷たいと言う彼女と彼女に冷淡な態度の僕‐。
彼女は君子の九思を実行しながら、信仰深い一面もある。他人を救いたい気持ちが事欠かないからだ。
しかし彼女自身の磁針が揺らぎ、自信は地震で時針は定まらなくて、僕は止めようとしたのに彼女はその呼称に頼ってしまう。最初の内は、《貴方が寂しくならないうちに帰ってくるから。》なんて言っていたくせに。《離れていた方が優しくいられるの。安易に近付けば言わなくていいことまで言ってしまって喧嘩が増えてしまうから、たまに連絡するぐらいの距離感が丁度いいわ。》なんて別居みたいな言い訳をしていたくせに。《何かあったら相談して欲しい。と言った覚えはある。覚えているかい?》《まるで頼りがいがある人みたいな言い方ね。》なんて笑っていたくせに。彼女の為ならば何でも出来ると思っていたのに、僕に相談するまでもなく、パンと手を打ち言い合い睨み合っている僕と彼女の間に割って入って、彼女の悩みに答えを出して応えてくれたのは教団だけ。《教祖様がいらっしゃれば心強いの。》と、《僕だけじゃ心細いのか。》と、《甘えたいと思った時にどんなに甘えたとしても、振り払われることはないと分かったから、教祖様には素直に甘えられるの。》と、《教祖様とお会いして初めて分かったの。私が孤独だったことに。》と、《私の人生が幸せだと証明出来るのは私しかいないのよ。》と、そんな風に言われれば僕はもう何も出来なかった。彼女が残した教団から特別に授けられたという彼女が心酔していた教祖様の写真は、視覚では写真そのものなのに、感覚では生々しく見詰めてくるような気がしている。
彼女はもういないのに、苦手だけれど彼女の為に一生懸命手作りする料理がやっと二人分を目分量で出来るようになったのに、その帰りを待ちわびて玄関の方を見てしまう癖は抜けなくて、ドアの開閉音を聞く度におかえりが聞こえないのもただいまを聞けないのもとても不思議な気分だ。彼女との楽しい旅行だって帰りたくないなと思ったとしても、帰っても彼女がいるから帰るのもいいものだと思えていたのに、一緒に帰れないところへ一人で旅に出てしまうなんて。
もう二度と会えないから、会えるその日を待つことなんてもう出来ないから、もう一度だけでも会いたいと救いを求める。けれど僕が救われたら、その代償を払うことになるから、彼女はもう来ないのだろうか。
カルト教団には三つ揃いスーツで決めた専属の顧問弁護士もいて、経済界とか政界とかのそうそうたる重鎮に顔が利くと吹聴して、公正証書遺言で善意の神聖な寄付‐モスク‐と偽り、フィンテックも取り入れていとも容易く、巨万の富を活動資金として調達しまくる。自分達が使う為に他人が稼ぐことは当然で、救われるという先入観と自らの仮説を証明する為に、ちょっとした違和感に眼を瞑り自分に都合の良い情報だけを集めてしまうことを利用して、寂しさにもつけ込んで、優しい人であり孤独からの救済だと思い込ませて、情報を隠蔽しまくって考えても考えても正しい正解が出せないようにして、それでは当然のように選択肢を誤り失敗する。そうなれば、失敗しない為にもこちらに委ねて任せなさいと、二度と失敗なんてさせないと、意思を誘導して思考を操作して決定権を依存させれば、容易に心なんて絡め取れる。余殃など誰かが信じるのを待つのではない、誰も彼もを信じさせればよくて、静かに侵食していき根本から瓦解して、棄教させたり改宗させてまで入信させたら最後、年季が明けることはなく退化するという進化をさせて、手を切らせることを出来なくさせる。
それでもごくたまに、いや結構な確率で、肝に銘じたはずの教えに背き異を唱える者が出てきてしまう。だから、降臨された教祖様を崇拝する思いを踏みにじり、教団の調和を乱す敵に回った邪悪な存在とみなし、想像してください、文句や批判ではなくて良くなる為の意見だからと、憎んでもいいと恨んでもいいと、敵意や憎悪‐ルサンチマン‐を抱かせる。周到に計画して囲んだ書割へそれが浸透した時に、衆人環視下に置いて心の底から疑わせず、鉄槌を下すという崇高な使命を暴力沙汰の悪事と思ってはならないと正当化し、正々堂々として募らせた思いを隠す必要はないと、孤独を恐れていた者を誰かと語り合いたいと思わせるほどに孤立させる。芽を摘むという行為そのものが命を救い、同時に数奇な運命に別れをも齎す。
そして、神格化した教祖様のお言葉として、《教祖様が殺せと仰る時は、そいつはその時期に来てしまっている。そいつにとっては一番良い時期であり、君は人助けをして得を積むことが出来る。教祖様の為に死ぬことが出来るなんて、とても光栄なことだからね。ただし、教祖様が殺せと仰るまでは勝手に殺してはなりませんよ。》と、《他人の幸せな姿を見てそれを祝福出来るかどうかで自分が幸せかどうか分かる。祝福出来ないのは、まだまだ得が積み上がっていないということだ。積み上げれば積み上げるだけ、未来の自分が過去の自分を守ってくれてありがとうと褒めてくれるでしょう。》と、《もしカルト教団だと見られているならば、あらゆる理不尽に対して逆に利用してしまいましょう。表向きは嫌な奴だと恐怖を植え付けることが出来れば、教祖様に盾突く輩を排除出来ますからね。それも巡り廻って、得を積むということですよ。》と、《人間が快適な暮らしばかりを求めた結果の文明には、人間が生き残る為に進化するよりも早く、地球の歴史は崩壊して破滅の道を歩くことになってしまう。自然に対して人間が致命傷を与えてはいけないのですよ。》と、《教祖様は何があっても君達に尽くされる。しかし、君達にそれに応えるだけの覚悟はありますか?》と、《指示に従えない上に周囲との連携が取れない者など、何を起こすのか分からなくて危険で、考えを悔い改めなければ、教祖様は大事なところでは使ってくださらなくなりますよ。》と、《持って生まれたものは決して平等ではありません。持っている人は更に多くを持ちチャンスに恵まれ、持たざる人は更に奪われ続けピンチに陥る。追い風というものは、そのまま勢いをつけてくれはしますけれど、それ以上には上がらず平行を保つだけです。しかしながら落ちないようにだけ気を付けて、向い風や逆風ならばもっと上がるチャンスです。ただ待つだけか自ら赴くかは決められますから。進歩していくか停滞しているか。さて、君はどちらになれますかね。》と、《不安でも迷わないで望めばいい。教祖様がどのようにでもいかようにもして、救いの道を示してくださる。》と、《自分が自分を見失いそうでも、いつだって教祖様が思い出させてくれるのです。》と、《教祖様は、その御姿さえ別次元ではありますが、完璧な人間がいるとしたならば、それは失敗から学んで得を積み上げてきた人であるのです。》と、何事も言い切ってくれる明確さに救われ当たり前のことを改めて教えられたと、伝統と格式があるものだと、法則性も合理性も欠けていたとしても、素人が作った学芸員ばりの教義を信じ込ませる。宗教法人という調印式ばりに手に入れた紙切れでも御国の許可証というのは、案外役に立って存外に効き目がある必罰信賞だ。
初めからグイグイと追い詰めれば信頼を築くことなく失い拒絶されて迂闊に手が出せなくなってしまうけれど、たとえば狭い田舎であっても、最初は邪見にされてもにこやかな笑顔で、不便を解消してあげて、話の相手をしてあげて、ちょこっと仕事を手伝ってあげて、何度も通えば、ほらもう顔見知り。余所者はすぐに分かると自信満々であっても、入念な下見の上で殺人の間隔が短くなっていても、営業で回っている営業車ならば、嘘が炸裂してもそれはもう不審な車ではなくなる。お番菜で囲まれたのどかな集落は真綿で首を絞められ、陰謀論を唱えても八百万の大多数が取り込まれた後。占拠され乗っ取られて相容れなくても、もう遅く大きな渦の中で沈んでいって、殉死‐オーバーツーリズム‐で手遅れ。
《本当の姿も知らないまま、騙された状態で健気に仕えさせられているとは、なんて可哀想なのでしょうか。》
売れっ子のジャーナリストは事件で飯を食って、使い捨てのライターは事件を食って生きていると評される。それは、皮肉としか言いようがない。もしかしたらくるかもしれないクレームの為に、まだ何も起きていない内から自主規制‐バイナリデータ‐として記事を差し替えることが横行して、クレームさえ対処したくないから揺るぎない信念を持って追及すらしない。敵が大きければ大きいほどマスコミは真実や主張を規制する方向に働いてはいけないのに、正義という気持ちに蓋をして視聴者に気取られないようにすれば、約束された将来を棒に振るような馬鹿な真似をせずとも取り入るのは簡単。顔色をうかがって真実をねじ曲げ、ジャーナリズムの欠片もない忖度という名の嘘の海に真実は沈められ、起きることがない世界が起きるまで待とうキャンペーンを実施する。
組織の保身を優先しないことを問題にする部署ではないとか、止めても無駄と分かっているから逐一報告だけしろとか、ビギナーズラックでも手柄は手柄とか、いくら貢いでもその他大勢のファンであるあんな思い上がった奴等と一緒にしないでいただきたい、特別なのは私だけと調子の良い事を言って、今からお見せするものに関してはどうかご内密にと送り狼をスクープとして出しても、同業他社は、今回の熱愛報道について双方の事務所は、プライベートに関しては本人達に任せていますが、今回のこの一件については本人達が否定しておりますので、本人達の発言を信用し慎重に対応致します。とコメントしており、今後それぞれが公の場でどのような発言をするのか注目が集まっている。と何とも無難かつ他人事。この件は任せて頂けるのではなかったのですか?と丁寧にお伺いを立てても、取材の申請は自由だが許可は出さないとか、何も見てない以上口外は出来ないとか、事実だけれど思ったことを口にしてはいけないとか、担当を差し置いて謝罪には行けないとか、昔の誼で値引きしてあげてもいいけれどこっちに協力してくれることが条件とか、こっちだって頼まれてんだから頼むよとか。無責任にそう言われたことは記憶に新しい。広がる波紋に対して、誤解だからとやりたくない仕事を引き受けるより、今のは視覚情報百パーセントだから間違うことはないと今の何倍も働いて、今更いくつか増えたところで誤差という手をつかう。
《始めまして。》
《初めまして。》
評判は決して悪くはないが良くもない。それとなく探りを入れてみようか。法律の網を掻い潜り演じる為には、知識が必要不可欠で法律を良く知らなければならない。隠すより現わるスクープの火元には私がなりたい。火のない所には煙が立たないのだから。
《これだけ門構えが大きいと立派ですね。》
《小さい草廬ならば立派ではないということでしょうか。》
《何ですか、その言い方は。》
《すみませんね。貴女のように可愛く言えずに。》
存在感の無い記者の端くれだから大きさしか褒めれなかったという皮肉か、存在感が騒がしく本当に褒めるところが大きさしかなかったという謙遜なのか。格下の私が気にしなくていいように、負けて悔しい演技をする為か小さく苦笑いを浮かべていたから、それに応えて格上の私は気にしていませんよと思わせる為に大きく笑みを浮かべる。
《噂が飛び交っていますよ。》
《それは光栄なことですね。やっと噂話をされるぐらいになりましたか。注目度というのは賭けられたチップのようなものです。我々の信念が認知されることによって、救われる人々が増えていくのです。》
顧問弁護士の男は女が一度は好きになるようなイケメンだ。けれど顧問弁護士は女には興味がない、というか、男女問わず恋愛とか家庭とかそういうものは所詮、共同生活という檻の中での個の集合体に過ぎないから興味がないようだ。けれど、教団は教祖様がいることで一体となれるらしい。やんごとなき方々の考えや持論は、分からないしきっと分からない方がいい。
《ネタは結構あがっているんですよ。この教本も教団にとって都合の良いものでしかない。嘘も虚栄も虚偽も見栄も、真実を隠し称賛を得る手段として使われますからね。海鮮丼のように一発かませ一石と投じられる新奇なネタは多い方がいいのですが、私達記者にとって情報とは飯の文案‐タネ‐であり、スクープは世に出すタイミングが命なんですよ。》
《勇猛果敢な三流雑誌に観測気球的な記事を、自信満々かつ鼻高々にスクープと言われましても。一体何がおっしゃりたいのでしょうか。》
人の裏なんて分からないから自分の信じたいものを信じればいいけれど、ゴシップは新聞と違って作られてしまうもので、正確な情報を適切な形で報道しなければならないのはこちらだと。明らかに敵意を持たれていて、それが理不尽なものか謂れのあるものなのか事情を知らなければ庇うことも言い返すことも上手く出来ないし、目の敵にされる理由が分かれば近付かない方が良いし避けやすくなる。
と、普通の人間、というかまともな会社‐トコ‐ならそういう考えで手を引かせるだろう。指示待ち人間と揶揄するのは、指示されるまでもなく動いたら指示に従わずに勝手に動くなと言われ、追って連絡する事後報告ではなく事前報告だとして一報を入れたら指示を待てと言われる。ミステリー小説の読みすぎだと言われたところで、否定など出来はしない。ミステリー小説の編集者でありそういう仕事であるから、それが通常営業。揶揄するのは前途洋々、揶揄されるのは前途多難。
《善意な寄付と偽り全財産を絞り取られるとか、退団される方が続出しているとか、故郷を乗っ取られるとか、殺人を強要されるとか。弱さにつけ込んで一族丸ごと。親まで逃げたら子供に何をしでかすか分からないから、子供だけでも逃がす為に通り掛かりの見ず知らずの人に託す親だって現れているんですよ。》
《残念ながら退団される方もいらっしゃいますが、信者の方がどんな決断をしたとしても教団は味方ですよ。こちらも残念ながら亡くなられた方もいらっしゃいます。ご家族の方は、信者の決断も優しさも迷いも何も気付いてあげられなかった、話そうとしていたことを聞いてやれなかったと、巻き込みたくなかったとしても話して欲しかったと、後悔の念が絶えません。信者は気付かれたくなかっただけなのですがね。死ぬほど苦しんだ方は途轍もない痛みを知っています。それを他の方に強要なんてしません。寧ろ、痛みを知らせないように気遣ってしまって更に苦しむんです。しかも順調であればあるほど破滅への入口なのではないかと怯えてしまう。自己犠牲でしか価値を見出だせなくなっている方に、他の方を大切にするのと同じようにご自身も大切にしてもらって自己犠牲は諦めてもらうのです。》
遠くで話を聞いていても近くで見ていても、真正面からぶつかりはしなけれどどこからも交わらずに、のらりくらりと躱わすその秘密主義は、至極ミステリアスに映って、知りたいという気持ちがカリスマ性に繋がるのだろう。モテ男が広告塔ならば切り替えより上書き出来そうだ。組織に馴染まず牙を剥く一匹狼でも無く、教祖様が寄り添ってくれると信じられる。いや個人的感情の先入観で擁護しているんじゃない。経験則として理解しているだけだ。
《では、得を積む修行‐ニンム‐という犯罪は否定されると。》
《その言葉の響きは好きではありませんね。我々はそんなことはしませんよ。》
《私もそう思いたいですよ。全面的に疑っているわけではありませんが、まだ全てを信じられてもいません。ですから、真実を記事に出来るように、真実として確信が持てるように、真相の究明として洗いざらい話をうかがいたいんです。真実は変わることはありません。事実を無かったことにもしません。》
《なんだか悪意のある言い方ですね。主観と客観で認識に差があることは多いのですよ。我々は強制など一切していません。周りの方がどんなことをおっしゃろうとも、教祖様の教えに共感し賛同し選択し教団を選んでいただいたのは信者の方自身ですから。貴女には関係のないお話かと思いますよ。》
《騙す人間がいなければ、騙す人間さえいなくなれば、騙される人間もいなくなるんです。貴方方の計画には関係のあることですよね。》
《それは我々の計画というものではなく、貴女の妄想ではありませんか。断片的な情報を元に想像と推理を繋ぎ合わせ導き出して、貴女が悪だとして見ているものは、実は見かけ倒しかもしれないのですよ。補足と訂正をするのならば、どんな良い聖人でもあったとしても、一部分を悪意を持って切り取れば悪人に仕立て上げられてしまうのです。嘘なら話を盛る必要もありませんし、形の無い敵というのは厄介極まりません。》
《知るべくして知る偏りの無い確かな報道で、真実を晒すことは脅迫ではありません。救われた、そう思った信者の方がいたことは嘘ではないでしょう。けれど、全部が本当でもない。掴んだ事実を暴いても世の中が良い方向に変わるわけではないし、むしろ救われたかったと不幸を増やしてしまうかもしれない。それでもそれを報道出来ない世の中ではいけない。》
《救われない方がいらっしゃるのはいけませんね。我々が命を賭ける覚悟があったからこそ、信者の方は命を賭けて我々に時間をくれたのですよ。人は自分自身の常識でしか人を測ることが出来ないようですね。貴女も貴女の常識でしか教団を見ることが出来ず、救われない貴女を教祖様は悲しまれるでしょう。》
《新聞やテレビが取り上げなくなっても事件は終わってなんかいない。誰かが真実を突き止めないといけない。それで誰か一人でも救えるかもしれない。苦しくても辞めたくても、終わらない事件が放してくれない。真意を問い質し、嘘にされた真実が叫ぶ声を文字にする。それがジャーナリストというものです。》
《ご立派な使命感をお持ちですね。》
《お褒めに預かり光栄です。では、聞きたいことがたくさんありますので、答えてください。》
《信者の個人情報を勝手に話す訳にはいきませんよ。顧問弁護士としても、教団の信者としてもね。貴女にお話しすることはもうありません。》
《私には聞くこと、いえ聞くべきことがあるんです。》
《徹底的に調べると仰るのでしたら、隠されていると思い込んで探し回るより、お互い時間の節約をして無駄を省きましょうか。貴女の質問の全てに対してお答えする義務はございません。》
《たとえ、私が死んでも貴方方の犯した真実は消えないし、償わない罪は永遠に残り続けるんですよ。》
《計画的な無鉄砲は嫌いではありませんよ。ですが、忠告には従った方がいいと思いますがね。》
何の収穫もなく追い払われただけで、結局振り出しに戻り何一つ分かっていないことに変わりはない。だけれど、真正面から圧力を吹っ掛けてくるだなんて、黒だと白状して白ではないと自白しているようなもの。何も起きないに越したことはないけれど、事が起きないことには、いやもう事が起きてしまっているかもしれないから。距離を詰めれば逃げられるのが真実とばかりに、今度は周りから攻めてみようと信者に話を聞いて回ったけれど、これといった収穫はなかった。いつ、どこに、どんな人間が集まるかぐらいは把握出来たけれど、石垣のように積み上げた信仰は崩れにくい。
《ご忠告申し上げたはずです。ですが貴女の行動力は、色々考えているようでまるで何も考えていないのでしょうか。》
《貴方方は欲が無く何も考えていないように見えて、腹の中で色々と考え過ぎなのではないですか。》
《突然カメラを向けられて驚いたと言っていましたよ。ご自分の考えを証明する為の言葉を聞き出す為に、信者を付け回すのは止めていただきたいですね。》
《私はジャーナリストです。立派な使命感を持っていると言ったのは貴方ですよ。貴方が私に言ったことです。忘れたとは言わせませんよ。》
《ジャーナリストが取材の為だと言えば、何でも許されるとでもお思いですか。》
《貴方が逃げ回っているから、仕方なく信者に聞く為にここまで来ただけですよ。》
《カメラも行動も、些か勝手が過ぎるのではありませんか。》
《証言を後で文字にしなければならないから、録画させていただいているだけですよ。他に他意はありません。》
《書いても決して世に出すことのない、貴女の為だけのファンタジー小説のことですか。》
《私は別にそんなものを書くとは言っていませんが、貴方方が読みたいと仰るのならば書いてみましょうか。》
《読みたいとは一言も言っていませんよ。》
《読めないくらい下手くそだと言いたいんですか。》
《まだ何も言っていませんが。》
《まだっていうことは、言うつもりだったんじゃないんですか。》
真似をしても二番煎じ三番煎じと薄くなるだけだし、圧倒的な題材でも盗まれることは日常茶飯事。先制攻撃で棘を忍ばせ要請の妖精を養成されれば、情報を開示して周りに見せたとしても盗んだ人のものに似ていると抗議され、自分だけのオリジナルを見付けないといけないと指摘される。題材が良ければ無名という理由だけで、当然のようにすり替えられ、本人も知らなかった才能として人物と作品がセットで、ヒットでもして話題になれば連載にこぎつけたとしても、すり替えられた執筆専属の影武者‐ゴーストライター‐を強要されて、棘の道は針の筵となりすべての権利を奪われる。もてはやされたり注目を浴びたりと無名ではあそこまでの脚光は得ることが出来ないのは当然であるけれど、無名であっても名前が世に出なければ売れない地下アイドル止まりと等しく、露骨に贔屓を受ける奴が居たからだって理解などし難く、嫉妬や妬みや憎しみの感情は湧き出続けて、近くで見さされたあげく引き立て役にすらなれず、奴が上に立つ為の踏み台されるなんて納得しない。奴が表は当然だけれど裏も完璧でなければ、私は認めないし認められる筈がない。なんて、若さ故の思い込みで過剰に意識することはない。どっちを優先するのではなく、どっちも優先すればいいだけのこと。光でも闇でも目が眩むのならば、魔王直伝といわれるような相応しい罰を与えればいい。
《この堂々巡りはさておきましょう。いくらなんでも信者の過去や思いに、貴女が立ち入る権利はないと思いますよ。》
《勝手にさておかないでください。この状況が続く限り疑い続けることになりますよ。貴方の目の届く範囲で私を利用するか、貴方の目の届かない範囲で私の好き勝手にやられるか。どちらがいいのでしょうかね?》
《情報をどこまで抑えられるのか、貴女がどこから暴走するのか分からないならば、仕方がありませんね。》
不審者の内偵は全部見えないから未完成であり、教祖様を裏切るのではない、教団の潔白を証明する為だと。
《勝手に付いて来てもいいですけれど、邪魔はしないでくださいね。》
《何故、誘ってくれたんですか?》
《何故、誘いに応じたのですか?》
ふふっ。と笑い、本当に来てくださるとは思いませんでした。と愉快そうに言った。だったら何故呼んだ?とイラつき突っ込むのを何とか抑える。
《お手伝いしましょうか。》
《結構です。》
即座プラス無下に、無理だと却下されてしまった。目の前の顔を見なくても最初からお断りされることは分かっている。手を貸す方の意見として、一応述べてみただけにすぎない。
《ならばお手並み拝見ということですね。》
《ええ、受けて立ちますよ。》
安全な所に身を置いたままで事件の真相に迫るなんて出来やしない。四方八方から邪魔が入るのは、事件の裏にある闇が深くて隠そうとする力が働いているからに違いない。道案内をしてくれているのか迷い込ませる気なのか分からないけれど、必要とされているなら行くしかないと私の執念深さに火を付けて、手の届かなそうな所でも手を伸ばし続け、地べたを這いずり回っても闇に手を突っ込んでも、オーラスの立場だからこそ掴み取った真実を命懸けで記事を書く。真実を捻り潰されることなく公にすることが、顧問弁護士‐ジョーカー‐を浄化することが。《逃げる方法は生きて教団を出るだけじゃない。一度救われたら二度と救われなくて。だから楽になりたかった。それが死ぬことならばそれでもいいと思った。》と、生涯残る悔いを最後に言い残したあの人に捧げる。こっちへ降りて来いと言われたって、そっちが登って来いと言い返す。《腐れ縁であっても一緒でないとつまらない。》と、自覚を教訓にして、受理された申告罪の告訴を取り下げるなんて真似はしないし、一緒に地獄の底になんて落ちてもやらない。むしろ地獄の底から引き摺り出して、怒気を孕んだすべてを暴いてやる。
《目の付け所が違う上に、目敏いあの頑強‐バイタリティー‐。殺すには惜しい存在ですね。潰してしまうよりも手を組む方が断然お得でしょうから、取り込みましょうか。》
まかれたのではなく敢えて泳がせただけと強気でも、精を出した尾行に夢中で尾行に気付かず、秘密に手をかけたから引き金を引かされて、誘き出される罠。開く前に音も無く、それでいて解錠音かもしれないと思っても、ノックどころかこじ開けられてもその形跡すら無く、スルリと即座にカチリと施錠音がして、気付いたら誘い出すはずが、知らず知らずのうちに一枚上手の罠に嵌まる。
チャイムが鳴ってドアスコープを覗けば、《ご在宅でしょうか。》と顧問弁護士がいた。電気も点けずにいたから居留守を使おうと思えば使えた。けれど、手に持っていたICレコーダーを落としてしまって、その音で居留守の選択肢が無くなってしまった。いや、そうじゃない。
《いらっしゃいますよね。ドアを開けていただけませんか。》
《何故ここが分かったんですか。》
ここは私の自宅だ。名刺には電話番号とメールアドレスしか連絡先は載せていない。
《お電話差し上げたのですが繋がらなくて。いつもは折り返しくださいますけど、それもなかったので心配になりまして。》
《質問の答えになっていませんが。》
今は会える状況ではない。というか、こんな時に限って最も会いたくなかった。
《開けて下さったらお話しますよ。》
自宅を知られている理由を知っておかなければならないから仕方なく玄関扉を開けると、《私から聞いたと言わないで下さいね。》と前置きして、教団から帰る私をつけてストーキングしている男がいることに気が付いて、《ただの通りすがりの者で決して怪しい者ではありませんよ。》と怪しさ満点で男に声をかけた。《俺なんてどうせ弱肉強食の世界で勝てないのだから、これくらい手に入れたっていい。》と、持っていた目線の合わない私の写真に男の理由の全てが写っていた。《ストーカーなんて、結婚と恋愛の間に横たわる悲劇でしかありません。手に入れたいなんて、それは愛でも何でもないのではありませんか。》と諭して、踏み切らせることなく踏み止まらせ、正式に私への想いを辞退させた。その時に自宅を知ったというのだ。《貴女に恩を売ろうとして助けた訳ではありませんよ。煩く騒がれるとご近所迷惑でしょう。お利口に黙って欲しかっただけですよ。》などと、そんな妙に生々しくて正に実用的な偶然あってたまるか。
《どうかされましたか。何かありましたか。》
ドアを開けたまま、閉めることもなく、追い返すこともなく、突っ立っている私。開いたドアの向こうで、それ以上開くこともなく、入り込もうともせず、心配そうな眼差しを向ける顧問弁護士。結構な至近距離だけれど、お互いに動く気配は感じられない。
《何がありましたか。》
《どうしてですか。》
《そんな顔をしているからですよ。》
どんな顔だ。と言いかけた言葉を飲み込んで。すぐに帰りますのでお茶など結構ですどうぞお構いなく。と言いつつ居座る気満々。変な見返りを求められる前に返したいから、ストーカーを追い払った貸しを返そう。
《普段は元気一杯な貴女でもお疲れのご様子。火が消えたように落ち込んでいるではありませんか。やはり来て良かった。そんな貴女を一人にしておけませんから。》
《私が熱心な理由、分かっているんですよね。貴方方を憎む私を生かして殺さない理由は何なんですか?》
《我々には貴女を憎む理由が無いからですよ。しかも殺すだなんて。気付いたと思い込んでいるのならば、知らないふりをする理由は何でしょうか。気付いていないのならば、貴女の優れた感覚を鈍らせている理由な何なのでしょうか。》
《やっぱり知っていて黙っていたんですね。》
《貴女から話してくれるのを待っていただけですよ。訴えられるような危ない橋を渡るにはよくよくの理由があると思いましたから。しかしながら、過去や思いに立ち入る権利はないですからね。》
《随分と根に持っていますね。》
《記憶力が良いのを活かして、事実に反することを訂正しているだけですよ。》
昔話でもしましょうか。と、顧問弁護士は物憂げな表情でおもむろに話し出す。
《回り続ける時計の針を見ていると、その時間は永遠にその関係は悠久に、続くものだと続いていくものだと錯覚してしまう。けれどね、消えてゆくんです。積み重ねられることなく忽然と姿を消して逝くんです。》
銀湾に掛かる月虹を見ながら、万感の思いで一献傾ける可惜夜を盗み見る。一杯だけを一杯飲みながら、誰かが来るものだと思われていたその向かい合った空白の席には最初から来るはずのない、大人びた顔をしながらもあどけなさが残っていて、最後の対面の時も変わっていない様に見えていた、扇子のセンスが抜群な待ち人が、最初からそこには居たのだ。
《何で私にそんな話を。》
《誰かに分かっていて欲しかったのかもしれません。気持ちに蓋は出来ても消えませんから。教団のみんなは誰も知りません。もちろん教祖様です。教祖様は何も言わなくても分かってくださいますから。貴女との、二人だけの秘密です。》
目が合って伸ばされた手を、思いっきり振り払ってしまったので、どのように声をかければ良いのか分からなくて、纏わりつく空気が気まずい。
《申し訳ありません。貴女を救い幸せにしてあげたいのに、我々の存在が一番貴女を傷つけて苦しめているのでしょうね。》
こんな時の手はいくらでもあるのに、頭の回転を使えなくて、合わせる顔がなさすぎて、結構居た堪れない気分。
《教団に何かあると嘘を付いたように期待させて、仕事のフリをして貴女に会っていたのを、いつか後悔してしまうのではないかと怖かったのです。けれど、いつかその時が来ても受け止める覚悟が出来たと思っていたのですが、結局こんなことしか出来なかった。やはり貴女に拒まれるのは堪えますね。》
《謝らないでください。大切な人を殺した奴を憎み復讐を果たす時を、何度も何度も思い描いて終わるような人じゃないと、私が信じきれなかっただけです。》
目の前に立っていたとしても目を向けてもらえなければ見えていないのと同じことだと、毛嫌いされて突っかかられるよりも関わらないように避けられることの方が辛いと、歪むその表情は私が見てきた印象とはまったく違って見える。たった一面を見ただけでは人を判断することは出来ないというのはこういうことか。
《断る理由が無いからといって承諾する必要も無いのですよ。》
《最初から貴方を疑うという答えは存在しなかったんですね。》
勝てる見込みが無いのならば、皆が救われる道を選ぶしかない。それが見逃し諦めて逃げることになったとしても、それは傷を抉った名誉の負傷である。死にたくないと生きたいは違うし、死にたいと生きていたくないも違う。いつも自分勝手に突き進むけれど、今回は自分の為ではない。やられたな、参ったな、あの人に騙されるなんて。サプライズ好きも考えものだ。
《違う世界でも貴女が幸せならばそれでいいのですけれど、見ている限りではそうでないことは明らかです。貴女をその世界に連れていったあの方は貴女を救えずにいる。希望が無いから絶望も無いなんてことは全く無く、貴女もあの方も救いを求めている。だからこそ、今は何も考えないでゆっくり体を休めてください。》
《何でそんなに優しいんですか?今まで散々してきたのに、正体がバレているのに。本当は二度と会うつもりもなくて、嫌われて早く忘れて欲しいと思っていたのに。今更ながら嫌われたらどうしようって。》
《貴女が思って考えている以上に貴女が大切だから、あの程度でそんな簡単に嫌いにはなりませんよ。貴女を大切に思うことで困らせているようですね。すみません。》
自分が苦労してきたから周りの人には楽な道を歩めるように、救われる人生のレールを作って引いて敷いてきたつもりだったけれど、貴女にはその道を通って貰えなかった。自分を追い詰める厳しい道でないと自分で歩いている気がしないのでしょうね。と困ったように笑う。ハードルを越える為の一歩が踏み出せずにどんどん高くなるだけ。追いかけていた背中はやがて越えられない壁となってしまう。
《そんな簡単な問題じゃないんですよ。》
《難しくしているのは貴女の方ではありませんか。》
《私に一体どうしろっていうんですか。》
突き放すような言葉の割に、含んでいる空気は途方に暮れている。知りたくても知らない内に貴方の地雷を踏んで、心の中を土足でずかずか入ってまた地雷を踏んでしまって、再び悲しい困った顔をさせてしまうかもと思ったら、簡単なことさえ怖くて何も聞けない。
《事実をどう受け止めるかは相手次第ですが、事実をどう伝えるかは貴女次第です。貴女が見聞きした教団の真実を書けばいいだけですよ。貴女が挫折して夢に幻滅して通った遠回りな道が、まだ誰も通ったことが無い救いの道ならば、救われた貴女が皆様を道案内して差し上げればいい。》
あの人の過去と私の未来の間に、彼が見付けた今が加わり、理由も無く自分のルールを破ろうと思う。そう思える程に足りないものを補って過剰なものを受け止めてくれる、信者の全ての枷よ棘よ我が身に集え。どうか君達は微笑むように咲き誇っていてと、そんな風に思わせてくれる教祖様は何よりも美しい。
闇に触れて調べているうちに闇に魅入られ取り込まれて、不浄の私が触れてしまったら教祖様は穢れてしまうだろうから、まずは私が清浄にならなければならない。夜空の月は弱々しく雲の向こうに見え隠れしながら頼りなく地上を照らしていたけれど、分厚い雲に覆われてしまっても、街灯‐スポットライト‐があれば大丈夫。最高でサイコな計画に一枚噛ませてもらいたいから、無意識の留め具を外して志願しよう。
《所轄署の者です。ちょっとお聞きしたいことがありまして。》
《あいつ、何かやったの?》
《いえ、お話を伺いに来たのですが、ご不在のようですね。行方を捜しているのですが、心当たりはありますか。》
《ちょっと前にはいたけど。》
《居た、ということはお辞めになったということでしょうか。》
《ああ、少し前に編集長に退職届出していたなぁ。》
まだここへ来ていないのではなく、もうどこかへ行ってしまったようだ。
《そうなのか。近寄りたくなかったし向こうも近寄って来なかったから、何の接点もないな。》
《所謂、ローンウルフってやつですよ。》
《最近は何か熱心にどっかの宗教を調べていたな。ブツブツ独り言を言っていて、ちょっと気味が悪かったよ。》
《ああいうのを使うのは良いし自由だけどよ、がっつりと頼っちゃいけねぇよな。》
個人的に憶測で語られるのは嫌いであるが、情報を開示してもらう場合や意見や感想を求める場合、令状もなしに聞き込みをしている立場であるから、拒まれるよりはあくまでも可能性だったとしても、するとかしないとかの話ではなく、出来るとか出来ないとかの話であっても、色々な情報が集まるのは有難い。
《お忙しいところご協力ありがとうございました。》
行方不明になっているジャーナリストの携帯の位置情報の開示請求をしてみたものの、今は電源が入っていなくて役に立たない。ただ電源が入った瞬間があったのは間違いないのだから、過去の電波記録を当たることにした。あの教団は最初からきな臭い。顧問弁護士だって、一度不貞を働いた配偶者を殺した疑惑で捕まったものの無罪を勝ち取り、悲劇の被害者なのに狂気の加害者だと警察や世間に思われた不幸な弁護士として、教団に救われたと拍付けして顧問弁護士の座に収まっている。初めはのらりくらりと曖昧な供述で意図的に疑いを持つように仕向け、裁判が始まってから1枚の写真で一遍にひっくり返す。タワーの明かりが死亡推定時刻の後で消えるのに、写真にはタワーの明かりは点いたまま。証拠の再鑑定を依頼してこの殺人が不可能だとして証拠能力を否定する。確固たるアリバイは偽装、時間のトリックで犯行時刻を誤認させて、小学校も中学校も高校も違うけれどボーイスカウトに同時期にいたという共通点を提示して、関係を暴露すると脅され隠す為に犯行を重ねたと欺いて、一事不再理を狙うのが顧問弁護士の真の目的であることは後々にも分からない。
《私の周囲を警察が嗅ぎ回って、教団が見張られているみたい。》
《そのことを誰かに話しましたか?》
《いいえ、今初めて貴方に話しましたよ。》
《でしたら、誰にも話さないように。こちらで動いてみますから。》
《私と貴方の中で水臭い。知っていることを全部話して。嗅ぎ回られている私が全て終わらせる。》
《周りは信用出来ませんし、何も知らない信者達を手伝わせるわけにはいきません。たった二人で調べることになりますよ。》
《実践躬行、私と貴方がいれば十分ですよ。》
《分かりました。確か、あの方は自宅謹慎になっていたはずです。》
《私は謹慎になんてなりませんから、いくらでも調べられますよ。》
《くれぐれも慎重にお願いします。》
《分かっていますよ。貴方のそんな顔が見たくて協力を申し出ている訳じゃないんです。》
自分にとっての自由と他人にとっての孤独を満喫して、他人にとっての安らぎと自分にとっての不自由を手放そう。
指令音が鳴って通報内容が流れる。
本部から所轄署、本庁から入電中。所轄署管内〇町〇丁目の雑木林で、殺人事件及び殺人未遂事件発生。人着及び所持品から、被害者は教団周辺に在住の信者で行方不明者届が出されていた人物と判明。一人はその場で死亡を確認、もう一人は〇病院に搬送中。犯人とみられる人物は、△町方面に逃走。捜査員は至急現場と捜索に向かわれたし。
雑木林周囲の防犯カメラに映ってはいなかったけれど、川を伝って防犯カメラを避けたつもりらしいけれど、ドライブレコーダーに逃走する姿が映っていた。車はわナンバーのレンタカーであり、車の左側から乗り込む姿があった以上、少なくとも運転手役が居たってことは判明した。殺された人と一緒に居た人の安否が気になりませんか、一番に連絡しますので連絡先を教えてください。なんて裏技は鑑取りも地取りも出来る警察が故に使えない。
《客のプライバシー保護の為とか言って、防犯カメラは設置されていないところが多すぎですよ。》
《セキュリティ対策かプライバシー保護か。監視社会より犯罪に巻き込まれることの方が怖いと思って欲しいものだな。》
《安心安全な世の中が一番ですもんね。》
《さっきのところなんて、防犯カメラを含むセキュリティーすべてをクラウドで一括管理しているってほざいていたな。》
《クラウドなら制御室が万が一襲われても安心ですよね。》
《馬鹿野郎。クラウドはオンラインで繋がっているということだろう。逆を言えば、遠隔でハッキングし放題だろうが。》
《あー、それはそれで考えものですね。そういえば、逃走している容疑者、動機が見当たらないんですよね。》
《んなもん、容疑者を逮捕すれば自ずと理由は分かるさ。遺留品に血痕が残っていたんだろう。》
《ええ。ただ現場が雑木林ですから、血液が動物か人間か、人間ならばDNAを調べれば被害者の血液かどうか分かりますが、解析には時間がかかると言っていましたね。》
《それまでに取っ捕まえるぞ。》
《競争じゃないんですよ。》
《競争しているのは、科捜研とじゃない。野放しにされている容疑者だ。》
《分かっていますよ、それくらい。》
《分かってんなら、その気持ちを行動に表せ。》
顧問弁護士として人格者に上に引き上げられた恩はあれど、教祖様は野心の無い人であるから、側にくっついてれば権力者になれるという予定が狂った。教団の母体が大きくなるにつれて、教祖様には自我が芽生えてしまった。野心のある顧問弁護士は、野心の無い教祖様が邪魔になってしまったけれど、今更別の教祖様を立てれないし、教団を抜ければ信者から人格を疑われるし、一から権力を築くのも面倒になり、手っ取り早く教祖様を排除することにした。自分は信者と教団の支持を得る為に動いているのに、一部の信者は内輪の意見、つまり顧問弁護士の策に惑わされている。と。そんな信頼している顧問弁護士が信者に疑いを抱かれている状況に、教祖様は日々不安を募らせていると。
《不審な指紋が発見されないのは内部犯の可能性が高いのです。》
《信者が犯人なんてそんな重要なこと、黙っておくことが出来たのに何で話してくれたんですか?》
《貴女の使命感ですかね。最初に会った時から惚れ惚れしましたから。》
残っていた僅かな皮膚片から採取されたDNAと血液、その両方と容疑者のDNAが一致したとの報告と同時に、捕まるくらいなら死ぬと残された遺書が発見された。しかし、自殺する気ならば現場である雑木林ですればいいだけだから、きっと口封じに殺されているだろう。
《余罪がバレるのを恐れてか加害者からの報復を恐れてか、元信者もなかなか口を割らないです。》
《そう落ち込むな。お前なりに頑張った成果を教団が上回っているだけで、無茶振りじゃなくハードルが高いだけと思え。》
一日之長のペンキが剥がれても、景気付けに塗り直して験担ぎに塗り潰せばいい。
《いつまで黙っておくつもりですか?》
《今まだ。一番良い時期にお話しするつもりです。》
《分かりました。けれど、教祖様は勘が良い方ですから、気を付けてください。知られたら大変ですよ。》
《知られたら、ですよ。》
《知らせるな、ってことですね。もちろんです。》
今まで長きに渡りご愛顧頂きまして誠にありがとうございましたと、今が良き時、閉店のお知らせをしよう。光に眩んで闇に慣れた目が映し出すのは、長年に渡って甘言に隠され続けた本当の栄達な姿。
祭り上げられた教祖様は顧問弁護士の正体に気付いても、もう遅い。ロボットに徹しきれずに演じきれなかったから、堅牢なヴィランズとして舞台を降ろされた。
《君はこんなことをするような奴じゃないだろう。誰なんだ、君は。》
《俺の何を知っている?これが俺だよ。お前の役目はもう終わりだ。》
自分の作った贋作‐レプリカ‐が本物と評価されることで、いつしか自分が一流だと評価されたのだと思うようになる。自分の作品では高く評価されないくせに、本物を壊すことで贋作‐レプリカ‐を本物にしようとさえする。だって、本物さえなければ贋作‐レプリカ‐である偽物を作る必要はないのだから。
縁もゆかりもあるけれど誰も訪れることのない、自分の庭ともいえる故郷の廃村に隠すように埋めるのは、下手な所に隠して掘り返されるよりは安心でマシだという犯罪者心理を利用する。息のかかった全員で口裏も合わせて、全部の事情を知って把握した上で、如何ともし難い事実の隠蔽に加担しよう。
《所轄署の者です。ちょっとお尋ねしたいことがありまして。》
《それは色眼鏡の思い過ごしではありませんか。》
《それを確認する為にも、教祖様こと〇さんにご同行願えますか。》
《私が教祖様からのお言葉を忘れる訳がないとお思いになりませんか。もしかしたら少しだけ思い出しにくいちょっと隅の方に、そのあたりの記憶がコロッと落ちているだけの話ですよ。》
オノマトペで可愛らしく言ったとしても、それを世間では忘れていることと同義である。話さなかったのではなく聞かれなかったからと言っても、睨んでくる目の前の人達は納得しないだろう。
《分かりました。因果関係は認められないと思いますが、疑われたままというのも気分が良いものではないので、どうぞお入りください。》
教団内の至る所に蝋燭が並んでいて、少し薄暗いものの見た目は神秘的だ。壁にかけられた布は異国情緒を思わせるものも含んでいる廟のようで、案内されているのに現世ではないどこかに誘われているようだ。なんて、敵地に乗り込んだ警察の観相学は呑気そのもの。ペントハウスに至るまで陣地は既に準備万端。カウントダウンの終わりはもうそこまで。
《まだ着きませんか。》
《すみません。信者の方用に開放しているところが多くて。もう少しです。》
《あの、なんか焦げ臭いような気がするのですが。》
《そうでしょうか。建物内は落ち着くように、外は開放的にと分けているので、換気がとてもされていて常に新鮮な空気が入ってくるのですが。どこかで焚き火などされているのでしょうかね。》
さあ、正義の皮を被った暴力で暴かれた教祖様の教団内での暴挙が明かされる。しかし教祖様は既に詠み人知らずの神隠し‐サイネージ‐で、開かされた扉の向こう一帯の禁足地帯に広がっているのは、ようこそと迎え入れてくれる一面の火の海‐レッドカーペット‐。
《おい、消防に連絡。》
聖域界隈を右往左往する警察を気にすることなく、顧問弁護士もジャーナリストも信者も見つめるは、前も後も右も左も、教団を包み込み、マッチもライターもガスバーナーもガストーチも必要無い、全てを奪う意思がみられる炎が画角を埋め尽くす。
《綺麗ですね。》
《証拠隠滅とはいい加減にしろよ。》
《乱暴は止めてください。そして言い掛かりも止めてください。証拠隠滅の証拠はおありですか。》
証拠隠滅は当たり前だ。その証拠が無いのも当たり前だ。不純物のある混合液では無く、時間をかけて分留し純度の高い純粋なものでも無く、給油ポンプで悪臭を放つ液体を移す必要も無い。教団中に置いた蝋燭と飾り立てた可燃物。蝋燭立てに少量の水を入れ、長さを調整しておいた蝋燭に火を灯せば、溶けた高温の蝋と入れた水が接触した瞬間に水が気化する。水が気化するということは体積が膨張するということ。膨らむ力で爆ぜさせて水蒸気爆発を至る所で起こし、霧を纏う闇夜を煌々と照らすような大規模火災を再帰性反射が演出する。
《犯行を重ね被害者の方を増やしてしまったことは言い逃れも弁解の余地もございません。如何なる処罰も受けなければなりません。君が知る必要はない報告だけくれればいいとか危ないから関わるなと言われたこともあって、顧問弁護士とはいえ単に役立たずなだけではないかと思うこともありました。問題行動はシグナルであったはずなのに暴走を許し止められず、顧問弁護士の私の手さえ負えなくなっていきました。今回、自主的な解散に至った経緯につきましては、警察発表及びマスコミ各社における過激な報道とSNSによる拡散、それに付随するデモ活動などが原因とみられる、信者個人へ直接の連絡及び信者宅への抗議や貼り紙と落書きなど、犯罪者集団と決め付けられ罪も無い信者へ様々な脅迫行為がなされているとの報告が次々と届いております。生活を守る為の抵抗を攻撃的である、罪も無い信者に罪を着せようとしている。集中砲火されたその行為から守る為に手を差し伸べ力を貸してくださった善良な方々にも類が及ぶことは避けたいと、他の方には取りとめのないたった一言でも、信者にとっては鋭利な凶器になり得ることを鑑み協議しました結果、解散を決断致しました。》
顧問弁護士は、ハッキリとそれでいて死人に口なしを突き通す。教祖様の悪行のすべては、顧問弁護士による口頭の伝聞と伝達である。顧問弁護士が裏で糸を引いている事は、絶対ではないものの限りなく確実なのに警察も世間も証拠を見付けられずにいる。教団という閉鎖的な空間での出来事ならば、すべてを無効にする決め台詞‐ワード‐である記憶にございません。を言う必要性もない。ただ、教祖様が悪で、止められなかった顧問弁護士は自分を責めて、教団と信者は被害者。ただ、それだけであると。
《教祖様は我々信者に無条件の信頼をおいてくれていました。その信頼を盾にして、我々を連れていくことはせずに、教祖様は大事なもの、つまり教団と我々を守る為に、我々はここに置いてかれたのです。生き残ったのではなく、教祖様が生かしてくださったのです。》
一部の信者が他人の幸せばかりを願って行動してきてしまったから、教祖様は自分の幸せが分からないのではないかと、教祖様に対して自分達の考える教祖様の幸せを願ってしまった。しかしながら、教祖様は信者が救われ幸せになることが一番であり、そんな自分のことは考えなくていいと思っているのに上手く伝わらず、真剣に真面目で一生懸命に頑張りすぎた結果、教祖様自身が追い込まれて自暴自棄になってしまった。信者を救いたい教祖様、教祖様を救いたい信者、教祖様を救いたい信者を救いたい教祖様。
《我々に後をお任せいただけるという気をもたせてくださったことを喜ぶべきか、顧問弁護士である私が教祖様のお役に立てなかったことを悲しむべきか。私が悩んでいたところ教祖様は最後に仰った。恨みとは愛情の裏返しであるから、私のことを考えてくれた信者の誰も恨むことはないと。》
報道されているような、警察が動くような、複数件にも及んでいる凶行、そんな事件は起きていない。信者の皮を被った者に嵌められたんだと、未だに教祖様を信仰している信者がいる。
《自らの命を犠牲にしても教団を守る教祖様、信者の皆なら分かってくれますよね。》
救われたいという夢が叶った後は、救われ続ける為に叶え続ける。細やかな願いはいつしか果てしない欲望に変わり、一度手に入れたモノを失いたくないと、縋り付きしがみ付きたい。追う救済は追い過ぎて、求めが多すぎて追い越していく。何故なら教祖様がいるのが当たり前になってしまったから、いない人生をどうやって進んで行ったらいいのか分からない。救われない人生などあってはならない。
《教祖様には永らくお世話になりました。悲惨な事件が起きたことは間違いありませんが、教祖様が仰っていた信念や信条が嘘を付いている訳ではないのです。しかしながら、それを全う出来ないならば、無理して残る意味はありません。》
教祖様は帰らぬ人となり、オーガナイザーから事実上のトップになった顧問弁護士は、信奉者を前に所信表明を声高に朗々と遊説に語る。
《決して教祖様を軽んじている訳ではなく、教祖様への忠誠心が強い故に、教祖様が教えてくださったことは後世にも伝えて、維持していかなければならないのです。その為に新しく教団を作ることを選ぶことは、教祖様を否定することにはなりません。教祖様も聞こし召されるでしょう。》
なぞるだけでは綺麗な模様が描けないから一度反古‐リセット‐してしまって、書籍暗号みたく順序を踏んで新しく作ればいい。夢を叶えるのに必要なのは、自分自身に対しての自信の確信や他人からの太鼓判ではなく、教祖様は滅びないし教団も滅びないと信じて、看板を下ろして解散‐バラしに‐する覚悟があればいい。何故なら時機など別れた途端に次への扉が開くのだから。
《誇りも魂も見えないから、見えないからこそ誰もが受け継げるのです。諦めませんよ。全世界の人々を救うという教団の我が儘‐ユメ‐は世界一ですから。》
色とりどり個性ある信者‐花‐を纏めているのは、張り巡らされた策‐葉っぱの緑‐かもしれない。葉っぱが水を抱えている姿は佩玉のように美しいかもしれないけれど、その水は染み込むことはなく弾かれている。
《まさか、自分が権力を手に入れる為の良い口実で、全部計算じゃないんですか?》
《まさか、そんな訳ありませんよ。》
《ちょっと言ってみただけですよ。》
《少なくとも八割方、もしかしたら九割方、貴女の場合本気に決まっているのではないですか。》
笑う貴方だけれど、私にだけ分かる嘘。
貴方の夢が上手くいかなかったら私が食べさせてあげるけれど、上手くいかなくて食べられなくなればいいとは思っていない。手柄は譲るから自由に動けるようにさえしてくれればいい。そして砂時計も水時計も花時計も進めるのは貴方でいい。私が最初から正解を選ぶ必要は無く、貴方が選んだものを全ての正解にして、選択肢に帯封をして解答のキャンセルも受け付けないで、ペルソナとシャドウの答え合わせは最後の最後までもしなくていい。だって、大望抱く者‐タイトルコール‐が小叶‐キャッチコピー‐に浮かれるなんて、それは素敵なことではないのだから。
《この先の展望を聞きたいですか?》
《ええ、是非聞かせてください。私はジャーナリストです。真実を書いて道案内をしましょう。》
《ふふっ。貴女はあの頃から変わっていませんね。》
《それって成長していないってことですか?》
《いえいえ、お若いってことですよ。貴女のバイタリティーを存分に発揮してください。》
薄氷の上に築き上げたのは崩れてしまう砂の城でも、ネーミングライツを全面に出したオンラインサロンで世界中にすぐに築き上げられる。私に男を見る目は無かったけれど、向こうに女を見る目が有ったのだから大丈夫。まだ振り出しには戻っていない、戻らせない。戻る場所はそこではない。さあ戻りましょう。道祖神の権現的教祖様の大切な忘れ形見である教団という救いの場所に。
《この幸せはまだ続くんですね。》
《もちろん、終わらせません。》
教団が存在し続けるという何も変わらない幸せ。教団の体制が変化するという何かが変わる幸せ。教団の姿形は固定されないという何にでも変えられる幸せ。人生に必要なのは、複雑な選択肢ではなく、選択肢の無いシンプルさ。右へ倣えを信じられている内は幸せだ。
《苦しみから逃がして救うことが出来ると言えば、貴女は私の手を取ってくださいますか?》
貴方が私に手を差し出して、私が取った貴方の手は、ずっと私の手を握り締めてくれている。その手がどんな手だろうと、どんなに汚れていたとしても、それは数多のことから守ってきたからにすぎない。それが詭弁だというのならば、汚れていていいから、どんな手だって私は離さない。貴方が私の手を握っていてくれているように、私だって貴方の手を握ったまま生きることを続けよう。
捧げる献花は、金蓮花と朝顔‐教団への忠誠心と貴方への恋の炎に私は絡みつこう‐。
説明しよう!
どんな問題?どんなもんだい!
私の辞書に不可能という文字は無い!
何故こんなことになったかというと、時間を〇時間前に戻そう!
全ては〇〇から始まった・・・
などと言ってパルクールさながらに見参したくせに、勿体ぶって順序立てながら話す、誰が呼んだか迷探偵。いやいや、名探偵はいずくにも居ない。
がしかし、謎‐トリック‐を解いて貰わないことには始まらないから、一回くらい探偵らしいことをさせて欲しいと言われれば、懲戒免職でなくとも猶予を〇日間与えれば、スカイマーシャルもイリーガルには益体も無いくらい、ワイヤージレンマを超えてケースクローズドは可能ではある。
ジャガイモの芽・キャッサバ・ナガミヒナゲシ・シキミ・スズラン・トウゴマ・レンゲツツジ・ヨウシュヤマゴボウの誤食やアカエイ・アンボイナガイ・ヒラムシ・アイゴ・オニダルマオコゼの有する毒であったり、トリカブト毒とフグ毒であるテトロドトキシンの拮抗作用によって装われ、自然毒によるリスクプロファイルを逆手に取った事故。
シアン化ナトリウム・トルエン・バトラコトキシン・パリスグリーン・ボツリヌス菌・有機リン・アミグダリンであったり、無農薬が売りなのに毒入り‐ペントバルビタール‐ワインだったり、カプセルで時間差を狙い床に塗ることで割れたグラスの中に混入されていたと錯覚させられり、モノフルオロ酢酸ナトリウムの溶液、つまりは殺鼠剤であり人間の体内に入るとフッ素と酢酸に変化し検出は困難で死因が特定出来ない厄介な代物まで使われ見せ掛けられた中毒。
リチウム電池や温度が上がり気化し膨張して体積が増えた液体ヘリウム、エチルエーテルが気化している時の静電気だったり、アルカリ金属の過酸化物・硫化りん・鉄粉・金属粉・マグネシウム・カリウム・ナトリウムが水と接触したり、キシレン・エチレン・エチルベンゼン・ベンジンが原因で発火を引き起こされたりして、液体酸素爆薬まで持ち出された粉塵爆発。
塩化カリウムによる心不全、歯原性菌血症による心筋梗塞、利尿作用による低カリウム血症で低血糖症、空気を血管に入れられたことによる空気塞栓症、頭部打撲で対側損傷による脳挫傷、脳震盪による一過性意識消失発作で急性硬膜外血腫、ペットボトル症候群による昏睡で急性硬膜下血腫、一酸化炭素中毒にドライアイスによる二酸化炭素中毒、液体窒素による窒息、食物依存性運動誘発アナフィラキシーや心タンポナーデによるショック、心臓に持病を抱えていることを嗅ぎ付けられ驚かされて発作を起こさせる、熱中症による脱水状態に陥り衰弱、今度は反対に寒冷曝露で凍死と、暖められたり冷やされたり死亡推定時刻は定まらない。
驚かそうと物陰に隠れていたら、うっかりバイヤーとブローカーの闇市場に出くわしてしまう。顔を見られているからこのまま帰すわけにはいかないと、電流斑が残るぐらいのスタンガンで気絶させられて、精神障害で恐慌状態に陥り過剰摂取‐オーバードーズ‐した麻薬中毒患者‐ジャンキー‐に仕立て上げられる。
お披露目が決まっているのだから工期は延ばせないけれど絶対に間に合わせるようにと、一方的に違法労働の指示をされた彼女に《忘れてくれ。》と言ったとしても《それは・・・》と濁されて、出来ないとも構わないともどちらであっても、違法労働の指示の事実を知っている人間が自分以外に存在しているのは同じこと。《貴方に私は撃てないわ。》《僕に撃たせないでくれ。》僕がサイレンサー無しに撃ったのは、彼女が愛用していた香水をぶちまけたのは、オートロックを氷で銃声を録音で調整を時間差で、《次は令状を持ってきます。何度も警察が出入りすると周囲の不安を煽り心配させてしまうと思ったのですが、こちらの余計なお世話でしたね。》と火薬の臭いが無いのを誤魔化したことを、何かの臭いを消して隠す為であったという手掛かりによって遠退かせる。
源氏名を貰っても方言を操っても花名刺を配っても纏わり付く寂しさを埋める為に、買い物を繰り返して物は増えたけれど同時に虚しさも増えて溢れていく。しかし、自分の欲しい物を買うよりも歩いてくる被害者‐銀行‐から引っ手繰った鞄‐福袋‐の方が何が出てくるか分からないから、ネットカフェのセーフティボックスよりもワクワク感もお得感も重ねる度に増していく。連合とか総業とかフロント企業に指南を受けて、待ちきれなくてお宝を迎えに行っても、皆で同じ格好をすれば何回だって宝箱を逃がすことなく、一人の人間の犯行と思い込んでくれる。貴方から私へ永遠の愛は当たり籤。‐FromYou2(To)MeLove4(For)EverIsWinningLottery.‐
肌身離さず持っていた鞄の中身を見せないで、携行しているものを出さないで、何をしにここへ来たか理由を悟らせないで、ここに居ることを理解出来ないままにして。急激なアルツハイマー病故に毎日変わる設定は、彼女をねじれの位置に置き去りにして、待ってくれと焦った声で制止しても、頼むから言うことを聞いてくれと懇願しても、彼女は彼女でなくなり、忘失に亡失を重ねて奪われる。タイムリミットは72時間どころではなく、同じ時間を過ごしたとしても一緒に年を取ることが、こんなにも贅沢になってしまうなんて思いもしなかった。
様々な方法をアレンジされてしまえば、バイオハザードマークだって役には立たない。
捧げる献花は、牛の舌草とタンジー‐真実への抵抗‐。
命に別状はありません、という言葉は一度も聞いたことがない。
容態は安定してます、という言葉を一度聞いた後は二度と聞けなかった。
一命は取り留めましたが意識はまだ戻っていません、という言葉を聞いたところで意識が戻ったとは聞かなかった。
今の所持ちこたえていますが予断を許さない状況です、という言葉は聞いたとしても意味がない。
○時○分、死亡を確認いたしました、という言葉を聞いたのは何度目だろうか?
御典医もその台詞で匙を投げて臨終‐フィックス‐、僕は喪主にも施主にもなれない。
プルルルルと呼出音が鳴って、プープーと不通音が鳴って、公衆電話の着信音も携帯電話の振動音も、サイレントマナーモードではバイブレーターでも気付かずに、異種鳴き交わし方式さえも音信不通。
留守番電話に接続します、と機械音声のガイダンスが流れて通話が強制的に切れてしまう時も。
おかけになった電話は電波の届かない場所にあるか電源が入っていない為かかりません、と電源を切っている時やサービスエリア外にいる時も。
おかけになった電話は都合により只今通話ができなくなっています、と通信料が未払いになっている時も。
おかけになった電話はお客様のお申し出により暫くの間止めています、と盗難に遭った時や紛失してしまった時も。
おかけになった電話からの着信はお受けできません、と前触れも無く突然着信拒否された時も。
おかけになった電話番号は現在使われておりません番号をお確かめの上おかけ直しください、と既に存在していなかった時も。
インターホンがピンポーンと鳴っても、ドアベルがカラコロと鳴っても、玄関に各家庭の情報がマーキングされていても、仲良くなった宅配便の人に予定を聞き出されて話してしまっても、《冷静になれないなら黙っとけ。何も話さず返事だけしてろ。》と、肩がぶつかったと因縁をつける舎弟にそう吐き捨てた奴が、血眼になって探しているのならば、彼女は奴等のレーザーポインタから隠れて、まだ生きているのだとすれ違う。
波に乗った仕事は忙しく、疲れ切ったこんな酷い顔を見せたくないし心配だってさせてしまうから。何より彼女だって仕事で疲れているのだから、こんな遅くに僕の都合で誘うのも悪いと思って何も声をかけずにいた。けれど、思いやるあまり逆に不安にさせてしまっていたようで。《昔の君の方が良かった。》《だったら別れるのが正解だね。》と、去る理由を与えてしまった。お互いに遠くへ行ってしまったとしても帰ってくるなら良かったのに。
《好きだと言ったの?》《好きなのと言われるまで待つ。》彼女の不文律に触れるのに勇気がいる。下手なことをして嫌われたくはないから。彼女から好かれている実感はあっても、彼女への自信がなくて。彼女の好みを密かにリサーチして、《あそこの〇が美味しいと評判らしいよ。》と然り気無く言ってみたら、《それは誘われてますか?》とお見通しだと言わんばかりだったから、《いやいや、単に情報を伝えただけさ。》と惚けてみても彼女はニンマリ笑うだけ。《皆予定とかで断られてしまって。君が空いていて良かった。助かったよ。》なんて恥ずかしさから正直に誘えなかった僕に、《消去法で誘われたとしても嫌なら行かないわ。》と答えてくれたよね。《優先してくれるのは嬉しいけれど、自分のことを我慢して本当のことを言ってくれていないと思えて寂しくなる。》と一緒に楽しんで欲しいと願ってくれたよね。彼女と知り合ってから過ごした日々の時間より、これから歩んで積み重ねていく未来の時間の方が、長くて大事な僕らの帰りたい場所であるはずだ。
《何があったとかは何も聞かないけれど、その代わり教えてくれない?どうすればいいかな?どうすれば元気になるかな?貴方は笑ってくれるかな?》なんて、何と答えたらいいのか悩んで考えているのを、答えたくないから無視していると捉えてしまったようだ。只事ではないことを、彼女が教えてくれて僕が話したせいだ。そして、だんだんと今の彼女から離れていく。
信じられていた全てが信じられなくなった。それでも信じられますか?なんて問われても、カクテルパーティー効果があっても捨て鉢になって、イエスなどと言える自信なんてない。まるで見てきたかのようにお話されていますね。と問われれば、新聞の記事とかテレビのニュースとかで詳しく報道されていたから知った気になっていただけでしょう。と返したら返したで、あの方にも聞いてみましょう。と傑作なデタラメを並べ立てる。想像力が逞しく面白いフィクション話に付き合ってあげられないし、そんなことは死人には出来やしない。と否定してあげたら、死亡したなどということは貴方の仰る新聞でもテレビでも報じられていない。しかもそれは事実ですらない。と否定返された。あの方が死んだと思い込んでいた人物がいます。とこちらに向かって、あの方の死体を遺棄したと脅迫してきた人物を殺し、捜査資料にも載っていなくて模倣なんて出来やしない真犯人しか知らないあり得ないことを、ベラベラとお話くださり未見だと主張していた貴方ですよ。大人の対応をしてくださっていた貴方に突っかかって、これ以上聞くだけ野暮かもしれませんが、捨て駒に捨て駒にされた気分はいかが?
サイコロを降り盤上のゲームは既に始まっているのだから、引き換えにされたものを考え倦ねて嘆いても降りることは叶わない後催眠暗示‐show must go on‐で、端境期を経ることもなく竜血樹‐ゲーム‐は続いてゆき、終わらせたいならば鯨幕‐ゴール‐を目指すしかないが、解答ボタンを押しても終ることなく新しい物語の始まり‐ファイナルアゲイン‐。愛する人が愛情を注ぎ全ての時間を使って作った物は恋敵に等しいから嫌いになりたかったけれど、自分の欲しかった愛情が全て注がれた物だから憎いけれど、誰にも渡さずに誰にも見せずにそばに置いておきたい気もするから、クロートーは業病をトーキックしてネクストゲーム。
翻筋斗を打って傾いでて転がり堕ちてものまれても、拳眼抗い這い上がりそれでもゲットファイヤードされずに、終わりではないハッピーエンドを探し、傍流を繰り返す意味がなくなる時まで葬送儀礼をすることなく、僕はまた何食わぬ顔で睦言を交わして、また目を覚ました嫣然の彼女におはようを言うことに拘ってしまうのはプライミング効果か。
欲しい真実に辿り着く為の進むべき道は見えないけれど、足を動かさなければ辿り着かない空蝉を繰り返して、隠然たる運命を弄びながら廻り抗ってみせようか。望みを叶えた後そなたの褒美は何となると祈祷師に問われても、何を望んでも彼女と僕の何気ない毎日はずっと続くことさえも忘れてしまえば、映る切羽詰まった表情の痛みだって無くなるだろう。
十把一絡に彼女を壊すことを望んでいるのならば、取りも直さず一番の強敵になる。話し合いも命乞いも通じなくて、ここから先は行き止まりで彼女の命はここまでと言わんばかりに、過剰負荷環境で行旅死亡人になることはないけれど、セルモーターは回すことなく、命を消すことに何の躊躇いもなく歯牙にもかけない。陰惨した事件が口火を切った時点で静かに流れていた平和な時間を脅かし、闇に目隠しされた彼女が望む日常ではもうない。汽笛が聞こえて瞬きをすれば姿形を変えもたらされる、十重二十重の最厄が累犯加重。
笑われたくなくて彼女を笑わせたいのに、《僕が失敗して面白いか?》と問えば、《いや、つまらない。大いなる暇潰しには幾多の遊び心が必要だ。》と答えるように。《潰れてしまわんか心配やったけど、ようこの世界に来なさったな。そろそろ真面目にあやつの必死の頑張りに応えてやろうか。まあまあ源氏香図でも聞いて、恋女房と共にゆっくりしていきや。》とエンボス加工は何度でも繰り返す。余裕ぶってなぶるような攻撃だったのに何度も何度も立ち上がって向かって来るから、終わることのない繰り返しにいつからか焦りを感じて加減をする余裕がなくなった。全力で攻撃を加え続けているのに、いい加減に諦めてと言わんばかりに。敵である僕を知り尽くしていると思った瞬間から、奴の敗北が始まっている。僕の正体を見抜くのに奴は見抜かれまいと必死で、見せたい情報だけを見させて堅持したからこそ、切り結ぶ僕の真の正体を見抜けない。
ローラー作戦でもどう願ったって、得てして願うだけじゃ彼女の世界は変えられない。円か∞か、抜け出せないのは循環しているからか。笑顔で拒絶して、疲れた‐なえた‐を飲み込んで、意固地に出来ない‐ナラタージュ‐に向き合った結果、面倒なことほど避けているつもりでも手を繋いで次々と勝手に寄ってきて、避けたくてもすり抜けてしまうなら防ぎようがないし、起こってもいないことを考えたところで無駄ではあるが、変える為にがむしゃらに頑張った道のりに対して、褒賞を授与されるだけの価値は存在する。大事な人は復讐を誓う人だけじゃない、もう一人側にいることをどうか思い出して。
パトムの様に歪んだ種を蒔いてこんな状態にした神様に、ディストピアもユートピアも麻の如しな厭忌の文句を言いたい。けれどこんな状態にされた彼女の側にいて僕だけが力を貸せることを、かしこみかしこみと柏手を打ち神様に感謝しよう。神か悪魔かそれとも天使か、まさかの救世主‐ソテル‐か。庵主‐マキャベリスト‐は、神‐テミスとユースティティア‐の前で正しく悪の道‐シラバス‐を説いて、菩提寺の前で神に感謝‐チャント‐を長ずるその世捨て人‐スガタ‐は、まるで悪魔を降臨させているかのように見える。
三顧の礼を尽くしたのにクビにされたのではなくこっちから断っただけで、他に手が無かったからで信用した訳じゃない。逃れたいと願えば鳥籠は閉まり閉じ込めたいと願えば鳥籠は開くのだから、根回しや段取りの調整に時間を取られたり、誰かの言葉に心を揺らし誰かの行動に乱されたりする必要はない。何故なら、回廊する運命‐ジャグアタトゥー‐が邪魔で未来‐マエ‐が見えないなら別ルート‐ウシロ‐を向いてやればいい。いくらか不可解な点がありはするものの迂遠し遅々として辿り着いた一つの結論‐サバイバルレート‐は、ルールを無視した戦法ではあるし、同一か断定は出来ないけれど、メリットは明確に存在する鼬の最後っ屁は嘘。
客演‐出来レース‐を止めることは無理だが、発電床‐イニシエーション‐の方向性‐ディレクション‐は与えられる。大事なのは目的であって方法やその過程ではないし、噂をすれば影が射しても結果が全てであるのだから、やるべきことは罪に問うことだけではなく、土が付くまで下駄を履くまで、この面妖さに打ち勝つかどうかは分からない。
しかしながら、現状を打破しようともがいた者達によって作られるのが歴史であり、答えが無いから難度海の靄から抜け出せない訳じゃなく、危険を棄権し形勢逆転して僕なりの解釈で、ドアが開かなかったら鍵がかかってるものと錯覚するくらいに、もう辿り着いていたんだ。遠く及ばないその人サイズの色々を検討よりも改善して、僕が僕を肯定すれば僕の世界は僕を肯定してくれる。さすれば虚心坦懐、僕はもう嬉々として先駆者‐アチーバー‐になれる。
捧げる献花は、トレニア‐閃き‐。
彼女を失うことで死ななければならなくなり、溺水反応‐ランヤード‐にされた僕の望みを自覚する。
最終出発‐スキーム‐に据えるのは可能性ではなく選んだケレンな未来を確実な正解にして、出口‐サルベージ‐がないなら作るまで。そうすれば後顧の憂いなど無くなると、心胆を寒からしめる喜色満面の所得顔で思い付いて天啓に溌剌とする。
縁があるから会えなくなるのはチェーホフの銃に他ならない。然らば伏線を回収して、戦犯の縁を失くして水泡に帰せばいい。天地は不仁なり萬物を以て芻句と為す‐オールオアナッシング‐。
《運命がお呼びですが、もうお疲れでしょうから、お休みになられたと、お伝えいたします。》
事件によって彼女が巻き込まれ、彼女によって僕が巻き込まれるならば、僕をハッピーエンドにする為に彼女と幽明境を異にして、そもそも事件が起こらないようにすればいい。表面は複雑に見えていたけれど、中身は至ってシンプルだ。緊張感とも高揚感とも言えそうなこの心境。
彼女を手ずから我が手にかければ、死力を尽くした僕は同慶の至りだ。