◆
551.瑕を創き疵になった傷にJe t'embrasse‐キス‐を
◆
力を貸して協力して欲しいと頭を下げられた
強制どころか理論の破綻もないけれど
危機感さえ上回ったど真ん中の大暴投
当局に属する貴方の立場としては
常識的な提案ではないことは明白
難しくはないけれど容易いものでもない
規範であるルールを破り逆らってまでも
誰かが許さないと誰も救われないからと
マル被から真を解き明かすことを託され
正義の為に立ち上がって成し遂げること
暗黙の了解で触れないのが正解だと誰しも知っている
都合の悪い情報だけを隠そうとする意思を暴くことは
周りからみたら過剰な干渉であり間違いかもしれない
正確に歪みきったこの界では咎に類されてしまうから
必ずしも解決に導けるわけがなく
鵜呑みにした挙げ句
危機的状況になれば
あいつのせいでと責任転嫁されて
常に本番の人生は乾坤一擲の大勝負
下手をすれば手柄を上げるどころか
余計なお世話だと恩を仇で返されて
愚か者としてその名を馳せてしまう
劇場開演の幕を上げるのは
観客の私でも貴方でもない
立場を弁えるべき害のある軽微な存在
大舞台で終演を迎えることが出来ない
自分軸に魅せられてしまった主演様へ
余計なお世話かもしれないけれど
猫の手を貸して差し上げましょう
断ったらどうするんですか?
と少し素っ気なく興味が無いふりして聞くと
そ、それはお願いするしかない
と予想外の返しだったのか慌てたように言う
目に見えているいつもの片側の表面
同時に存在しているもう片側の裏面
リアルと平行するもう一つのリアル
一つしか存在してない空を見上げていても
同じ景色かどうかなんて確かめる術がなく
観察することも出来ず想像で補うしかない
誰にも傷が付かないようにと
一生背負わなければならない
遥か広大で複雑な孤独だから
確証がなくてもそれ以上聞かなかったのは
強くなくていいから優しくなりたかったと
察したことで信じたい者を信じられたから
貴方が覚悟を決めているのに
私に問われる所以はないから
救われた訳でも赦された訳でも無いけれど
個人的な思いをただの情報としては扱わず
心も体も時間も無限ではないし
祈り願うだけでは手に入らない
足元にも及ばないかもしれない
怖くて震えるほどかもしれない
それでも蹌踉めきながら捗々しく
誰かを助けたくて何か出来る事をしたくて
すべてが壊れる恐怖の中で綱渡りしていて
正義感が暴走し無茶してしまわないように
慎重すぎて未来を潰してしまわないように
誰の目にも触れない場所で独り泣くような
隠しきれもせず窮し顔に透ける貴方の脆さ
世界の為に命を捨てようとする超困った人
言えないとハッキリ言えるのは後ろめたいからではなく優しさで
何色か見た目で分からない球根のように咲いてからじゃ遅いから
いつも通りのことしか出来ないと言って
いつも通りを信頼して頼んでいるからと
余計な詮索もしないで言いきってしまう
理想論だけで生きていけるのは
何て贅沢と気付いてしまっても
進むべき贖罪の術を見出だして
無報酬を条件に麗沢を承諾した
綿密な知識と緻密な嘘を組み合わせ
ガセを見抜いた上でデマにすり替え
世界のズレを伊達IPアドレスで欺く
違和感を立証してみせろと言われても
立証して欲しいのはそちらでしょうと
黒が反射すると白になるスペクタクル
如何様なテクニックを見破れないならば
事実を積み重ねた真実と大差なんてない
世界中のデータベースで繭が開き
根回しさせる間も無く羽を広げて
起動した箱庭でパルファムを撒き
HTTPステータスコードを駆使して
接続させたプロトコルを飛び回り
覆う鱗粉の雪を認識させれば完了
夜の蝶がご足労願ったバーチャル
舞い遊ぶ醍醐味は私のテリトリー
好奇心は猫を殺すことを御膳立て
I believe what you saidで往なすから
気持ちいいぐらいの綺麗事に対して
貴方の正義が悪でないことを証明し
金では買えない信頼に応えましょう
◆
552.否定を否定したくて肯定を肯定して欲しくて初めて声を上げた
◆
私を一瞬で仕留められないなど無礼千万
そんな程度の覚悟で同胞に刃を向けるな
碇を影に下ろして息を止められそうなほど
冷たい怒りを湛えた瞳と悲痛で絶望的な声
かけがえないものを失い心に傷を負って
内は今にも無惨に崩れそうに弱っていて
触れることさえ憚られる痛みが轟き渡る
場を和ませられる冗談を口に出来る者も
造作も無く笑い誤魔化せる者もいなくて
緊迫した空間には忽ち沈黙が戻ってきた
傷付いているのは抵抗し続けた事実の裏返し
痛め付けられてもなお気丈に振る舞い続けて
非合理に立ち向かうことを止めなかったのは
見捨てたいなんて思っているはずがない
自分の置かれた立場を考慮して配慮して
理不尽でもそうしなければならなかった
本音は危険な目に遭って欲しくないから
行ってらっしゃいを言いたくはなかった
ただいまなんて返っては来ないのだから
一緒に戦うことが出来なくて
隣に立つことすら出来なくて
命を投げ打つ覚悟があるなら
戦力として価値あるなど詭弁
例え私が乞い願ったとしても
絶対私を殺さないし殺せない
守らねばならない存在だから
私が倒れるわけにはいかない
切り札という名の加護の鳥は
捨て駒にさえなれはしなくて
何食わぬ顔でひょっこり現れるような感覚が沸き起こる度
二度と帰らない事実が襲ってきて強まる不在が決断を迫る
いつまで後ろにある記憶を気にして佇んでいるのかと
いつになったら前を向いてその一歩を踏み出すのかと
痛みや悲しみと引き換えにしても断ち切る為に
自分の中での納得が欲しかったのかもしれない
誰かに背中を押して欲しかったのかもしれない
お前は幸せか?
すべてが終わっても少しも気分が晴れない顔で問われる
唐突になんで?
渦巻いてた疑念が確信に変わり寂しそうな顔で理解した
私がいつの間にか言わなくなった言葉
幸せとか楽しいとか言ったら言ったで
悲しく笑って終いには美味しかったと
ただ言っただけで切なく微笑まれたら
言わなくもなるって分からなかったの
そんなくだらないことで悩んでたの?
くだらなくなんかない俺達にとっては
くだらないと遮ってまで強めにもう一言だけ
馬鹿馬鹿しいことなんだからと意味を込めて
私には貴方達といて不幸になる理由が一切見当たらない
なんて残酷な答え合わせだろうか
結構悔しかった救ってくれた人が
自分達の存在を否み続けるなんて
貴方達がいるから私はここにいていいと思えた
貴方達が守ってくれていたから私は生きている
私の存在が周りの不幸だったかもしれないけど
貴方達がいるなら私は不幸になったりはしない
貴方達の言う通り縛られているかもしれない
けれど取ってくれた手も差し伸べられた手も
握り返してくれた手も鎖じゃなく大事な命綱
周りが悲嘆に浸る中で忸怩たる思いに耽る
泣き叫ぶことすら出来ない自分だからこそ
何色にも咲く事が出来る花のような笑顔で
感情を極限まで抑え込める
盾であり剣でもある貴方達
不満をぶつけられるようになったならば
伝わって欲しかった言葉も漸く届くはず
傍にいて守ってくれてありがとう
当たり前に訪う別れを知っても
それでも一緒にいられる感謝を
◆
553.いちいち団栗が背比べをしても懇切丁寧なほどに私と貴方の話が噛み合うことは万に一つも無くなる。
◆
もう人の為に生きなくていい
自分の為に生きて欲しい
生きて幸せになって欲しい
なんで?
どうして?
不幸だと思ったことは無いと
私は幸せだと言っても
ごめんを繰り返すばかり
幸せなのに
なんで信じてくれないの?
なんで泣いているの?
笑って欲しいのに
私の幸せを願ってくれていて
私も幸せなのに
なんで否定するの?
なんで信じてくれないの?
どうやったら信じてくれるの?
どうやったら泣き止んでくれるの?
どうやったら笑ってくれるの?
全てを忘れて幸せになってなんて
一度だけでいいから
最初で最後でいいから
そんな願いだなんて
叶えられる訳がない
忘れないから幸せなの
生さぬ仲だから幸せなの
ボタンを勝手にかけ間違えられて
そのまま置いていかれたような
そのまま強引に連れてこられたような
貴方の理想の世界は
私だけが幸せな世界
私だけが知らない幸せの概念に
違和感を感じてしまう私は
きっと貴方にとっては不幸なんだね
言葉は詰まり思うように出てこない
笑顔を彩るのは何色にもなれない涙
掻き消せない泣き声が導くのは迷宮
想い合い過ぎて食い違う思考は迷路
おかしいね
私の幸せを積み重ねていっても
貴方にはどうしたって不幸にしか見えない
上手くいかない
上手く幸せになれない
上手く不幸から抜け出せない
時すでに遅し
幸せか不幸かなんてもうどっちでもいい
というよりどうでもよくなってしまった
幸か不幸かたったそれだけの違いなんて
貴方がいなければ板挟みだって怖くない
◆
554.無茶だと止めるぐらいならちゃんと守ってくださいね
◆
誰もが却下した真実を語り
誰もが黙秘した嘘をついて
マジョリティな誰かを味方と信じたくて
マイノリティな誰かを敵だと決めつける
想像して重ねた上面を
共感など存外に容易い
華麗に加齢など河清であり
知らぬ存ぜぬで渦巻く思惑
利益も生まず嫌われることも無く
興味本位で求められることも無く
必要不可欠に愛されることも無く
かといって排除されることも無く
空気のように扱われることも無い
何も起きない素敵な一日を
日常の一コマを積重ねても
ただ思い出に変わるだけで
生きている実感なんてもの
打算的にすら沸きはしない
一人で罪を被って死ぬことは
守ったつもりかもしれないが
一人で逃げ果せるのと同じで
金輪際誰も守れなくなるだけ
償うべきは死ではなく未来だ
知らない顔をして背負わせる
なんてことはしたくないから
気安く覗き込んではいけない
知らない方が身の為なんだと
心配さえ粘られてもサクッと
強行突破して首を突っ込んで
惨めに堕ちるならば偽善とは無縁でいたくて
最後の女になれたと誤解を招くような言い方
事実であっても文字数が足りなさすぎなのか
貴方が辞めてくれたから個人的に協力できる
私にも守ってくれるナイトがいれば
こんなことにはならなかったなんて
同じ釜の飯を食ったかつての同業者
囲ったつもりはないけれどその先に
たとえ地獄があっても後悔はしない
彼女の涙を止める為に私が流しきる
何度だって巻き込まれてもいい
巻き込んだとも思わなくていい
危険でも危険ではなくても
死んでも死にはしなくても
戻りたくない場所ならば無意味
帰ってきたい居場所は貴方の傍
闇に戻らず光に留まる由は
私の意思で決めた自己満足
貴方の正義が社会に反していても
少なくとも私はその悪に救われた
私の正義を断りもなく勝手に
貴方の責任なんかにしないで
誰のせいでもない
誰のためでもない
私は私の正義を貫き動くだけ
◆
555.きっとそれは私が言って欲しかった言葉なのかもしれない
◆
貴方の兄は私の弟を殺せるし
私は貴方を今でも殺せるから
殺さなかったのは弟の為だなんて
私を信じたい気持ちと現実を信じられない気持ち
歪に同居しているのが貴方の全身から読み取れる
真実を後から聞かされるとか
貴方は怒るに決まっていると
これ以上罪を重ねないで欲しいと
罪を知っているからこそ守りたい
言いかけるのを必死で堪えていた
それでも貴方の兄は目の前で泣かれるより
何よりもマシなことだと言ってしまうから
どうにもできないからそれ以上何も聞かなかった
何もしようとしなかったただの臆病者でしかない
生命を心底願われている気持ち
私は死ぬほど分かっているから
いってきますを聞いて見送った私が
ただいまを聞けなくて残された私が
復讐に成功も失敗もない
皆不幸になるだけだと理解していても
失ったモノを求めるなら
代償を払わなければ釣り合わないから
託された一族の誇りなど
本来はどうでもよかったかもしれない
貴方が生きてさえいれば
本当は何でもよかったのかもしれない
請け負ったやるべき事を
それでも諦めることなんて出来なくて
貴方を守る為に一族を壊し謀った
貴方を生かす為に私は生きてきた
貴方を生かした理由なんて
何故殺さなかったかなんて
生きていて欲しいからに決まっている
幼い頃から共に学んだ友達なんだから
騙しきれなくてごめんね
おかえり
生きてくれていてありがとう
◆
556.乱暴狼藉の限りを尽くせる礼など勿体無い。傲岸不遜を踏み躙って、遠慮無くぶっ壊させてもらうぜ。
◆
彼奴のところには俺が行くからもういい
贖罪も憐れみも同情も
そんな感情は毛頭無い
生きていて欲しいから
彼を救って欲しいから
たとえ君が君の我が儘だと言い張ったとしても
幼子の頃とは意味合いが極めて違ったとしても
どんなにいけ好かない奴でも君が選んだ人で
生まれてから死ぬまで彼に恋し続けるほどに
一目惚れしたあの男を君が愛しているならば
覚悟も無い自分を守るより
なにも守るものが無いより
他人を守る方が強いことを
君から教えてもらったから
権力で守れるのは虚栄だけ
君は無理矢理冗談粧して全部誤魔化して
けれど俺はクスリとも笑いはしないから
冗談が冗談として露程も成立しなくなる
思考を忘れるほど泣くことに浸れたら
仕事をしていた方が気が紛れるなんて
肉体的にも精神的にも消耗しきって
紛れさせることに君は必死になって
助けにくるのが遅くなって悪かった
長い間苦しい思いをさせてしまった
一体どこまでを把握していたのか?
過去を得る為に未来を失わない為に
君を泣かせてまで貫く仕来など無い
俺は君の兄貴だという誇り
他でもない俺がしたいだけ
君を傷付けて悲しませる野郎は
誰だろうと絶対に許しはしない
君一人のせいではなく君だけのために
どんな奴だろうと余す所なく叩き潰す
俺の命に焼べた君の絶望を燃やせ
胸糞悪く灰と化す腹など毛頭無く
誅伐を完遂しても塵一つ残さない
◆
557.野郎はなんて素敵な解釈をする外道だろうか
◆
死に逃げられたくない
生に逃がしたくもない
誰も見向きもしないお前であっても
価値が下がって無くなる訳じゃない
存在証明なら俺がしてやってもいい
遠回しな求婚で閉じ込めるくらいなら
一層の事手籠めにして手の届く場所に
片時も離れぬように繋いでやればいい
祝福の光が輝くように閃いたのだが
うっかり息の根まで止めてしまった
必要とされ棄てられないことを実感しようと
理不尽を乞い願えるきらいがあるお前の為に
落花狼藉に及んだ礼には及ばないはずだった
待って暴力は良くない私は望んでない
一回落ち着いて話し合いをしましょう
などと口走って俺の崇高な計画を
身勝手に邪魔立てしたお前が悪い
いくつか質問してもいいですか?
と青い制服が投げ掛けてきたから
するだけならご自由にどうぞ
とニタリ嗤って答えてやった
俺と彼奴が言い争っていただって?
正に下衆なGUESS
状況証拠だけだろ
それだけで俺をホシ扱いする気か
物的証拠ってヤツを持ってこいよ
当たって見付けられずに砕けても
欠片を拾って俺好みにしてやるさ
さあせいぜい楽しませてもらおうか
◆
558.子供の夢を壊すのではなく、大人になり認識した現実によって、子供の頃に抱いた夢を壊してしまう。
◆
一人の違う人間であると認め尊重して欲しいと
子供は思い続け
世間に恥じないよう思い通りに動いて欲しいと
両親は思い続け
居ない片方の罵詈讒謗を延々聞かされ
本人達だけでやってくれればいいのに
子供の自分を味方につけようと必死で
一緒にいたくなかった
一人にして欲しいのに
板挟み状態の均衡を崩し
裏切るような酷い言葉を
言ってしまいそうだから
きっと私を殺したかった訳じゃない
どんな風になってしまうのか心配で
ただ美しい光景を見させてやろうという親心
子供の為を思ってしたことで悪気は全く無い
両親は何をしているのかと思えば
ご覧の通りに私の邪魔をしている
糊口を凌いだ憎しみが消えていくことが
怖いだなんて思っていたけれど良かった
全く以てそんな事態にはならなかったのだから
◆
559.それくらい許してやらないと壊れてしまうから自分を責めるのだけは止めなさい
◆
自分に任されたお役目
効率良く終わらせて
余った時間は頑張ったご褒美
と思ってもサボっている気がして
本当に小心者だと思う
馬鹿正直に申告しようものなら
暇人扱いされて
他人の役目まで背負わされて
出来たら当たり前
出来なかったら押し付けられ
お役目を果たしていないと言われ
他人はむしろ定刻に帰路に着く
イチたすイチは
イチより小さくはならない
はずなのに
自分たす他人は
イチどころかマイナス
自分の頑張りが他人に犯されて
他人たす自分は
イチどころかプラス
他人のサボりが自分によって帳消し
第六感に頼ってはいないけれど
信じているだけ
だって違和感は違和感でしかなかった
もう待たないよ
行きたい時には行くの
驚いた顔をして
終わらない執着を生み出して
引き留めたってももう遅い
そもそも歩み寄らなかったのだから
未練など有りはしない
有り難みが理解出来る頃には
いや出来やしないから
いつまで経っても
他人のせいにしか出来ないのか
いずれ分かることだけれど
お話などしない
お気に入りだけの仲良しこよしなど
どうなろうと知ったこっちゃない
痕跡を消し去って初期化する
イラナイと言って棄てたのはそっちなのだから
◆
560.花時雨を遠くに逝くなと抱き締める
◆
いつも通り眠りについた
いつも通りのはずだった
ただ寝て目を覚ますだけだったのに
目が覚めたら君がいない事に気付く
どこを探してもいなくて
誰に聞いても知らなくて
まるで君は初めからいなかったかのような
自己の記憶も君の存在も信じられなかった
そんな悪夢‐ヨチ‐
そんな現実‐ユメ‐
眠れないという訳ではないんだ
眠りたくないだけと貴方は言う
誰かの生を祈ってはいけない
誰かの死を願ってはいけない
私を守る為に死んで逝くから
私を殺す為に戦が起きるから
怪我して逃げ出す言い訳すら
私は一線の狭間にも立てない
ただ強大な力を持っただけの
それ程しか価値の無い一般人
一度でも勝ったか最後であっても負けたか
それだけで決まることはなく戦ったか否か
一秒でも長生きして知らない未来を
飽きさせない為に生ききってみせる
夢は夢でしかない
悪夢であっても瑞夢であっても
眠っている時の幻影でしかない
繰り返し受け継いでいく想いを胸に
必死に生きて創りあげた景色だから
祝福を撒き散らすかのように
彩り添える花が舞う晴れ舞台
そこの中心に立っている貴方の顔色は
迚も良いから昨夜は良く眠れたみたい
貴方が生きていて良かった
◆
561.どこが好きって言われても部分的に好きになったわけじゃない
◆
君に出逢って勝手に恋に落ちて
君を見つめて勝手に四六時中考えて
君に嫌がられなくて勝手に浮かれて
君に気持ちを伝えて勝手に張り切って
君は気の迷いって思っていて勝手に落ち込んで
君に証明したくて勝手に傷付けて
君の涙を見て初めて勝手さに気付いて
理由なんて無いんだ
ただ君を好きになって
ただ君を愛しただけなんだ
◆
562.観覧車のゴンドラが地面から遠ざかって空に近付いて往くように二人の相違は果て無き溝を描いて逝く
◆
「良いよ」
後ろから肩に回された腕に重ねた手
「協力して‐ダマサレテ‐あげる」
ペディグリーペットも真っ青なブロークン・ウィンドウ理論
「何をすればいい?」
伽羅が導く逃避行は終わりが見えていても
「何でもするよ」
結婚しようねなんて遥か昔の約束を
「その代わり条件がある」
いつまでも本気にしているなんて思っていないから
「良い方ならちゃんと捕まえて」
貴方が覚えていないあの頃の時間が巻き戻らなくても
「悪い方ならちゃんと殺して」
私が覚えている関係ぐらいもう一度築けばいい
「いつまででも待っていられるから」
どんな状況であっても絶対に迎えに来てくれる
「葉見ず花見ずも深く根付かせるように傷で痕を残して」
抹香香る世に逃げるなんて許されるはずもないから
◆
563.こんな紙切れ一枚で幕引きが可能だと思い上がれるのは卑怯者が利する姑息な常套手段だからだろうか
◆
VXガスとサクシニルコリンを撒き散らし
六価クロムと硫化アリルが漂って
タリウムで駆除するのはペデリンの虚言癖
水銀を誤飲して乾燥溺死を引き起こせば
失感情症と失読失書にアナフィラキシー
カプノサイトファーガ・カニモルサスを
動物用麻酔薬で眠らせながら
色覚異常を鎮痛し
見当識障害を鎮静し
ニトログリセリンで緊急避難
苛性ソーダと青酸ソーダは
ヂアミトールにはなれはしない
どうしてこうなったのか?
胃潰瘍と突発性難聴が悪化しそうで
紐解くのもめんどくさい
手根感症候群と狭窄性腱鞘炎が纏わりつき
ヒョウモンダコのような鮮やかな光景と
熱中症のような銃撃戦なんていつの時代だよ
大手ゼネコンも心臓発作を起こすほどに
偽計業務妨害も威力業務妨害も厭わない
この状況をとりあえず打破して
絡まった物事を解決する為には
コイツを乱射するしかないか
首で済めばいいけど
然うは問屋が卸さないだろうな
モロヘイヤで体力を回復したら
犬鬼灯がついた嘘を
夾竹桃で危険を回避して
鈴蘭が再び幸せが訪れるようにと
甘蔗で描きだしたい平和
まあ先の心配をするのは
未来を作り終えてからの話だ
悲願の花である彼岸花を佩びて
相棒に当たるなよ
と言おうものなら
当てんなよ下手くそ
と返ってくるから
おじきとはじきでも
まあ何とかなるだろうと
怖気を震わず気楽に構えた
◆
564.戻れぬ思い出も生きる糧
◆
明確に存在した瞬間を切り取る作業
躍起になってなど言い方を変えれば
限界ギリギリまで見詰められる弁解
すれ違う視線は真に重なり逢わない
然れども合わせたいピントが山積み
しかしながらリアルタイムの感情は
他愛ないことでも他愛ない時間でも
ファインダー越しになんて見ずとも
奪い捨てなきよう確と焼き付けよう
代えがたいに駆り立てられて伝える
他にはないに突き動かされて届ける
具現化したそれらの軌跡を残したい
創作に片足を突っ込んだ身としては
僭越ながら爾く思い至った次第です
◆
565.レッドヘリングはコデッタにて
◆
時を遡ること五百年前、世を統べていたのはトッププレデターの竜であった。
だが、人間は長い年月をかけて魔術という武器を生み出せたことで、食物連鎖の下位から抜け出し支配と共存との均衡を保ってきた。
しかし人間は欲深い生き物である。
コンペティションなど生温く、ノブレス・オブリージュをさも無関係とばかりに放棄。
竜を支配し食物連鎖の上位に君臨したいと画策する者が各地に現れる。
その野望に興味を示した好戦的な竜達のアンセムを追い風に、亀裂が生じて不穏な空気が漂い始める。
そんな中、とある国では竜の力を必要としていた。
手っ取り早く自国の領土を広げる為だ。
しかし、戦に竜の力を持ち込めばせっかく保ってきた均衡が崩れ混乱を招いてしまう。
そもそも人間如きの争いに、誇り高き竜が協力してくれるとは到底思えない。
ただ、人間は竜に敵わなくても竜同士は戦って勝敗が着く。
一子相伝でも一家相伝でも人間の魔術では焼け石に水でしかないけれど、竜には竜を倒す魔術が存在する。
それ故に竜そのものではなく竜と戦える人間を手に入れることにした。
思い立ったが吉日とばかりに、孤児達を集めさせた皇帝は友好的な竜達を言葉巧みに謀る。
君達を使って戦争を起こす人間が現れた。しかし、私達は君達とこれまで通り友好的に過ごしていきたい。ただ、君達が戦っては均衡が崩れてしまうだろう。
だからお願いだ。私達に君達を守り戦える魔術を教えて欲しい。
嘘八百並べ立てた訳じゃない。半分は本当の話だ。
戦争を起こす人間も均衡が崩れてしまうのも本当。友好的に過ごしていきたいのと守りたいのは嘘。
皇帝の裏事情など露知らず。
手付かずの遺跡が存在する山の奥深くで、友好的な竜達は魔術を孤児達に指南する。
皇帝が躍起になっている間、皇子は皇后や侍従達の目を盗み窮屈な城を抜け出しては、侍従達の子供の中で兄とは同い年の幼い兄妹と仲睦まじく遊んでいた。
調査と称して遺跡を探検していたところ、孤児達と竜達に出会い皆友達になった。
それから数ヶ月後、皇帝の計画より事態は悪くなる。
竜を支配したい人間が均衡を崩したのだ。
もちろん好戦的な竜達を伴って。
好戦的な竜と友好的な竜。
支配したい人間と共存を築きたい人間。
支配側と共存側、両者入り乱れて国は戦場と化した。
孤児達はまだ魔術を習得していない。
狼狽した大人達は自分達のことに必死。
恐らくこのままだと支配側が勝利を手にする。
何故なら共存側の方が圧倒的に数が少ないから。
戦況を鑑みた多くの中立側が支配側についたからだろう。
だから皆で考え、この世界から離れることに決めた。
幼い兄妹の妹は、膨大な魔力が必要な時を越える魔術が使えたからだ。
いつか支配側の竜達を滅することが出来るようになるまでの時間稼ぎとして。
時を越える魔術は、四方八方を囲われていなければならないらしい。
戦場から少し離れた遺跡の中の山岳トンネルを利用することにした。
孤児達と竜達が入れるだけの十分な広さがあり、出口は崩れて通れないので、魔術で扉を入口に構築すれば密閉空間が作れるからだ。
妹が時を越える魔術を使う間、邪魔をされないように遺跡の少し手前で兄が戦い、皇子が孤児達と竜達を先導して逃がす。
兄を迎えに行く途中、妹は気付かなかった。
怒号と武器の音だらけだった空間の異変に。
灰色に煙った空に赤黒く染まった大地。
その中央に剣を持ったまま両膝をつく兄。
そこに実在した景色はそれだけ。
動かない兄に駆け寄ったことで見えた姿。
魔力の強い竜の血を浴び続けたことによる副作用なのか、その身体は竜と化しつつある。
話しかけても揺さぶっても反応が無く。
刹那。
雄叫びをあげた兄は攻撃を撒き散らす。
様々な影響を与えられたのは、きっと近隣諸国だけではないだろう。
兄の近くにいた妹も例外ではなく、衝撃で気を失った。
再び目を開けた時には兄の姿は無く、国も草木も遺跡も何一つ無い。
青い空に亜麻色の荒野が広がっているだけ。
衝撃の影響なのか、時を越える魔術が使えるほどの魔力は妹にはもう無い。
けれど微かに感じ取った兄の魔力。
どこかで生きていると信じ、孤児達の成長を願いながら各地を転々と探す。
そしてある地で再会を果たした兄は、完全なる竜の姿だった。
感じる魔力は間違いなく兄であったけれど、妹さえ認識出来ないのかいくら呼び掛けても無反応。
それどころか攻撃される始末。
しかも人間を虫螻と思っているような、その攻撃はまるで遊んでいるよう。
とはいえ、このまま見過ごすわけにはいかない。
退けられなくて凌ぐことぐらいしか出来なかったけれど、気まぐれに現れる兄を止める為に魔力を頼りに探し続け戦い続ける。
ある時、兄から攻撃を受けた拍子に、ポリグラフも匙を投げるほど妹は全ての記憶を失ってしまう。
自分が何者かも分からずに放浪していた折り、とある魔術組織に拾われ魔術師となった。
この日舞い込んだ仕事は、この国の王女からの依頼。
山の中にある魔術で作られた扉を開けて欲しいとのことだった。
開ける為には魔力がたくさん必要と言われて集結した仲間達、同時に依頼されていた他の魔術組織と共に扉に向かう。
協力し扉を開けた瞬間、絶滅し伝説として語り継がれていた竜が現れる。
想定外のことにパニックになりながらも扉を閉じることは出来たが、数百ほどの竜達がこちらの世界に来てしまった。
こんなことになるなんて知らないと動揺する王女の前に、未来から来たという一人の男が現れた。
竜さえも服従出来る魔術を完成させ数年なら時を越える魔術を使えるほど魔力を持った男だったが、目的である世界を征服する為に欠かせない肝心の竜がこの世には存在しない。
だから遡れるだけ遡り、まだ未熟であった王女に未来の知識を披露し自身の存在を信じさせた。
その上で、世界を破壊しにやってくる数千の竜を倒す武器が扉の中にあるけれど、開ける為には魔力が大量に必要だと言って騙していたのだった。
友好的な竜達が男の魔術を振り切り共に戦ってくれ、大乱闘の末男を倒すことに成功する。
と同時に未来が変わり、御陀仏となった男も戦っていた竜達も消えて、国を守ることが出来た。
しかし、めでたしめでたしでは終わらない。
竜を見て竜の魔力に触れたことで、妹は記憶を取り戻した。
目の前の扉を自分が構築したこと、仲間達の中に皇子と孤児達がいること、素性や目的の全てを。
あの惨劇から五百年、記憶を失ってから二年。
今度こそ兄を止める為、妹は再び動き出す。
王女と仲間達、共に戦った魔術組織。
攻撃を撒き散らした結果生まれたと言い伝えられている不老不死の呪いを受けた妹が属する魔術組織の初代頭領。
取り戻した記憶全てを話し、兄を止めて欲しいと頼む。
しかし皇子と孤児達は困惑していた。
なぜなら皇子と孤児達には五百年前の記憶が無く、この時代に辿り着いたであろう後の記憶はバラバラ。
気が付いた時には孤児一人に竜一匹、皇子は一人と、散り散りになっていたという。
時を越える魔術のせいか、兄の撒き散らした攻撃のせいか、判別がつかなかったけれど。
ただ、竜達は孤児達に魔術を指南してくれていた。
お互いに教え教わらなければならないという、使命感のようなものがあったという。
竜達は指南した後、寿命を迎える前に孤児達に魔力全てを分け与えた。
それはこの時代では古代魔術と呼ばれているもので、孤児達が日常的に使っていた魔術がまさかそれとは誰も思うまい。
それでもみな、協力を惜しまないと言ってくれた。
妹の決意を感じ取ったのか、相まみえた兄は五百年前より少し成長した青年の姿をしていた。
竜の姿よりも敏捷性があり、全勢力を持ってしても歯が立たない。
どうすればいいのかと血眼になって考えを巡らせる。
このままでは全滅どころか、五百年前と同じように国ごと破滅してしまう。
孤児の一人が兄の攻撃を避けきれず、咄嗟に守ろうとして妹は赤に染まる。
魔力と赤色が舞う中、駆け寄ろうとした仲間達の頭の中に流れるコンパートメントに詰め込まれていた残像。
御者がマイナーチェンジして運んできたのは、リブートして蘇らせてしまった五百年前の本当の真実。
自国の領土を広げる為に兵力を上げたいのだが、一体どうすればよいかと皇帝は悩んでいた。
産まれた皇子は双子の男の子だったが、長兄は虚弱で、次兄は気弱で、国を背負っていくことも兵力としてすら役に立たない。
竜というこの世で最強の生き物は存在するものの、思惑通りに動いてくれるとは到底思えない。
だから皇帝は、竜の力を借りるのではなく竜そのものを造り上げることにした。
幸運にも皇帝には数日前に娘が産まれたばかり。
幼い竜から採取した遺伝子を娘に組み込む実験は秘密裏に行われ、イニシエーションを踏まされ竜人と化した娘に皇帝と皇后はとても満足気な表情を浮かべる。
心の中では兵士などには目もくれず、娘の力を内密に利用しながら国土を順調に広げていく。
同時進行で国民からの支持を継続させる為に、表向き友好的な竜達を騙して味方につけて、孤児達の支援とばかりに魔術の指南を受けさせる。
皇帝が躍起になっている間、皇后や侍従から興味を失われ半ば放置されている双子の皇子達は、退屈な城を抜け出し探検していた遺跡で孤児達と竜達に出会い仲を深めていく。
兄達と一緒にいたくて、妹も戦の隙をみては抜け出して皆友達になった。
境遇や立場を越えて築く絆と愛。
紛糾に耐えきれず戦場と化す国。
欲に付け込まれ質草さえ手放してまで、
あしらいを思い過ごして相手にされず、
未来に門前払いされたなおざりの現在。
違和感を見過ごした過去は消せないけれど、新しい明日ならいくらでも書き加えられると。
青臭い幼き理想を並べ立てたのは、漠然と迫り来る不安を吹き飛ばしたかっただけかもしれない。
膨大な魔力は竜人となった自分が賄うことが出来ると分かっていたから、時を越える魔術を使えると自慢気に言うことでこの世界から離れることを決めさせた。
密閉空間が必要だと言って、遊び場にしていた出口が崩れて通れない山岳トンネルに連れ出す。
長兄に先導を頼んでいる時に、後ろから付いてきていた次兄が兵士に見付かってしまい戦場へ連れ出されてしまった。
でも陥落に迫る魔の手はすぐそこまで。
全員に気付かれる前にと魔術で扉を入口に構築して、次兄と一緒にすぐに追いかけるからと指切りをして扉を閉めた。
二度と開けることの無い扉にかけるのは記憶を消す魔術。
実は時を越える魔術に密閉空間は必要ない。
魔力が膨大過ぎて使える者が限られるだけ。
ただこの涙を見られたくなかっただけ。
戦いに勝利すれば褒めてくれる両親。
自国は安泰だと信じて慕ってくれている国民。
付け上がりを叱る人間はおらず、拗ねないように煽てれば調子に乗ったまま、祭り上げられたコピーキャットの秘蔵っ子に群がる。
命さえ弄ぶことを厭わず理想の箱庭を死守したい彼等を裏切らない為に、罅割れた如何様賽子を無理矢理投げ続ける忌まわしき無限回廊。
侵犯され磨り減らされた妹の精神は、堕ちる感覚もないまま無自覚に逡巡との決別を芽生えさせる。
真実を知らせぬままでも約束は果たせないから。
沢山の想い出を消し去っても守りたかったから。
両手に余るほどでも成し遂げたかったから。
後は戦場にいる次兄だけと探すその空間の景色は、風光明媚の残滓すらなく荒涼が充足するばかり。
やっと見付けた次兄は傷だらけで赤に染まり、両膝を付いて見慣れない剣を握り締めている。
呼び掛けには応えてくれない。
駆け寄ったことで間合いに入ってしまった妹。
精魂尽き果ててしまっていた次兄は、近付く人影を妹だと認識することが出来なかった。
刹那。
剣を振りかざして。
誰も憎めないブービートラップ。
赤が飛び散る中で倒れ込んできた妹と目が合う。
抱き留めた良く知っている温もりに流す涙。
生物の希望も世界の絶望も落伍の失望も。
もう何もかもどうでもよかった。
涙の奥の良く知っている眼差しに妹が想うのは頑冥な願い。
傷口から妹の竜の遺伝子が入り込み次第に次兄は竜と化す。
掬いあげきれずに零れて二度と戻らないのは生命の息吹き。
ずっと一緒にいたかった。
察するに余り有る愛憎の阿鼻叫喚。
截金は共鳴し青海波のように広がって、不老不死を生み記憶を改竄し、それは呪いと呼ばれてしまうものに成った。
甦らせたくなかったアーカイブ。
それでも贖い守る為に、せめて身勝手を壊すことで縋ろう。
戯けを秘鑰に、赤色を目印に、魔力を足し乗せて、須らく解いてみせる。
竜人となって国の為に暗躍させられた皇女は。
友達の行く道が幸多からんことを願った妹は。
記憶を失ってもなお終わらせたかった彼女は。
身体や気が弱くても優しく勇敢な兄達。
何事にも茶目っ気たっぷりの友達と仲間達。
帰幽なんか認めないなんて啼泣を置き去りに。
指切りした大好きな人の腕の中でアッシュとなる。
打ち疲れた鼓動が書き下ろす山荷葉。
どうか造花の様に褪せぬ不変の夢を。
◆
566.Catch me if you can.~秘密の暴露になれるなら~
◆
私は個人事務所を開いているまだまだ少壮な若輩者。
父から引き継いだ小さな事務所で、父と職種は違うけれど少数精鋭の所員達と多忙な毎日を過ごしている。
ある日、いかにもって風貌の人達を引き連れて、高そうなスーツを着込んだインテリメガネの男が現れた。
醸し出される居丈高を隠す素振りもなく、開口一番この事務所を譲って欲しいと言った。
何でもとある御仁の思い入れがとても強い場所で、是非とも買い取りたいって話らしい。
理由が理由なら盤踞することなく話を進めようと思うんだけれど、具体的なエピソードも子細も何一つ話せないの一点張り。
至極丁寧なフリをして感情に訴えかけているけれど、その言動はのらりくらりとしていて繕った体裁に熱意なんて感じられず真意がまるで読めない。
地上げと大して変わらないし、父から受け継いだ大切な事務所だ。
だから屈まらずに思いっきり袖にして、お断りしますと語気を強めて突っぱねる。
そうですか、残念です。また来ます。なんて、残念さを1ミリたりとも感じさせないニヒルさたっぷりの笑みと共に出て行った。
宣言通りに何回も来たけれど、私は排斥の姿勢を崩さなかった。
片田舎の箱入り娘じゃあるまいし、このくらいの修羅場ぐらい迫られたって秀外慧中で跳ね返す。
それでもリスポーンよろしく、懲りないというか粘り強いというか、紋切り型のように去来して。
そんなインテリメガネに辟易しながらも外回りをしている時、旧知の仲で友達でもある警察官から電話がかかってきた。
いつものクレバーな泰然自若ぶりは鳴りを潜めて、特に用件は無いと言うその声はなんだか躊躇っているように聞こえたから。
貴方は貴方の正義を貫けばいいんだよ。と言ってみた。
一瞬言葉に詰まった空気を感じたけれど、分かったと返ってきたからいつもの気概を信じてみよう。
あの老獪をどうしてくれようかと思量しながら事務所に帰ると、散乱した書類を片付けている困り顔の所員と含み笑いのインテリメガネが其処許にいた。
斯様にざんないな状況はともあれ、喫緊の事案についてもう一度お時間をいただけませんか。お互いの為になる話が出来ると思いますよ。
ドアクローザはカウントダウンし、インテリメガネはカウントアップする。
寝首を掻かれる前に腹を括ることは、是非に及ばず然もありなん。
それから数日経ったある日、頂きものをお裾分けに警察を訪ねてみたら、私が来たことに友達は驚いている。
近くに来た時に寄ることは何度もあるのにと不思議に思いながら頂きものを広げていると、一人の優男が友達を訪ね・・・もとい、意気揚々と闊歩しながら乗り込んできた。
用件を拝察するに、友達が追っていて先般解決した事件のことみたいだけれど、何だかフラタニティよろしく勝ち誇ったような雰囲気。
友達と同じ警察官なのに気っ風などまるで無くて、不義理を働きそうな嫌な感じしかしない。
と、二人の会話を聞きながら思ったところに、捜査一課の刑事が現れ優男を逮捕すると言った。
容疑は殺人教唆で、さっき友達と優男が話していた事件の犯人を唆したのが優男だという。
一課お揃いの意気で申し訳ないんですけどね、証拠はあるんですか?とシニカルな笑みを浮かべたままの優男の問いかけに、共同謀議である実行犯が自供した。と毅然な態度で刑事は答える。
なまじ自供だけで犯人扱いされた挙げ句、そちらの頓馬な推測で不面目を被るのは堪りませんねぇ。
憶測の仮説を越えて独善的な妄想とは・・・。
一体全体、どういう了見ですか?
ずる賢いというなら俺ではなくて自白した奴でしょう。
俺に責任を押し付けて罪を軽くさせようとするウルトラシー極まりないですよ。
そ、れ、に。
俺が主犯だという物的証拠はあるんですか?
そもそも、その犯人を逮捕出来たのはそのお嬢さんのおかげなんじゃないですか?お嬢さんの大切な事務所を犠牲にして、片手落ちした己の歪んだ正義を押し通したって専らの噂ですよ。
私と私の後ろにいる友達に目を向けながら、毀誉褒貶に口さがなくピリつく空気を嘲笑う・・・のを嘲笑ってみることにした。
なるほど。
殺人事件の捜査を妨害したかった誰かさんが圧力をかける為に、インテリメガネさんが寸暇を惜しむかように私のところにいらっしゃった。
でも捜査が止まる事は無く、有ろう事かめでたく解決してしまったものだから、私は事務所を手放さざるを得なくなった。
というわけですか?
友達の複雑な表情を横目に見ながら、目の前の事態をバックトラッキングしてみた。
ミソジニーを醸し出す優男の笑みが濃くなるというあまりに分かりやすい反応に、私は自分の見立てが間違っていなかったと辿り着いた帰結。
鞄の中から取り出した一枚の紙を提示して、当て書きされた全ての前提を崩しましょう。
事務所の登記簿です。
登記事項に記載があるんですけど、買戻特約ってご存知ですか?
まぁ簡単に言えば、一定期間までに代金と契約の費用を返還すれば不動産を取り戻せるっていう特約のことです。
つまり厳密にいえば、事務所を手放したということにはならないんですよ。
貴方は捜査を妨害することに傾注していて、それ以外興味がなく拘泥することもなく、インテリメガネさんにまるっとお任せの没交渉だったみたいで大変助かりました。
あと、物的な証拠でしたっけ。
登記簿と一緒に取り出したボイスレコーダーは、レアリティのゴーストフレア。
再生すれば優男とよく似た男の声で、他言無用な内容がクロッキーの様に流れる。
この声を声紋鑑定すれば、名無の権兵衞さんが誰なのかハッキリ分かりますね。とニッコリ笑ってみせた。
怪訝な顔から一瞬面食らった後、私に飛びかかるように向かって来た優男から咄嗟に友達が後背に庇ってくれて、一課の刑事さん達も必死に押さえ付けようとしてくれている。
他を利用し続ける為に独善的なBPMで扇動を繰り返しながらマンデラ効果を自給自足で齎して、マトリョーシカに仕舞った不肖な奸計を、さもテーゼだと言わんばかりにオランダの涙の如くぶちまける。
及第点に満たなくてベネフィットも生み出さない。
そんなお前らの代わりにエスキースもパースも俺が描いて、ヒーローズ・ジャーニーをリペアしてやったんだ。
思し召しだよ、思し召し。
何故だか分かるか?
分からないよなぁ、不甲斐ないお前らにはさぁ。
秀逸な不世出で御大なんだよ、俺は。
尊敬を超越して崇拝されていなければならない存在なんだよ。
それを邪魔したんだよお前は。
出来損ないなんだから、せめて俺様に従えないのかよ。
それすら出来ないのか。
覚えめでたく推挙され、豪奢に歓待されるべきこの俺様を叛逆したんだよ。
殺してやる。
どんな手を使っても一族郎党、必ず俺が殺してやるよ。
殺してやるからな。
してもらう価値があるという感覚に陥って権柄を執り、してもらって当たり前だと自惚れ思い上がって勘違い。
然様な代物を重ねた結果、ケツ持ちさせて武力を行使し盗掘する。
都合良く進んでいると思い込んだものと実際にアテンドされた現実とは、大きな大きな茫漠たる隔たりがある。
それなのに自分だけの物差しで自分を全肯定し、世間の物差しでの裁きなど断固拒否。
Knight in shining armorを気取れない高尚なワードローブは屠所の坩堝。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いのか。
そんな常軌を逸す正義がハレーションを起こし、チューニング不可能で一気呵成にブロックノイズする。
殺して良いですよ。
私の発した言葉でその場が静まり、友達も驚いているけれどそんなこと構いもしない。
優男に近付いて対峙、瞬ぐことなく私は反駁を続ける。
殺すなら殺して良いですよ。
例えバラバラになったとしても、友達が絶対に見付けてくれる。
貴方が私を殺せば、貴方を逮捕する証拠に私がなれる。
優男を真っ直ぐ見据える私の目に滲ませるのは、静かな怒りが逆巻く不退転の信念。
・・・さて。
この凍りついた空気を溶かしリスキルして差し上げる為に、膠着状態の責任を取ってフッと笑ってみせる。
自分勝手な思い込みは大変結構ですけど、貴方にはご自分の置かれた状況がまるで見えていないんですね。
まだお分かりになりませんか?
私がこれを持っているってことの意味を。
見せ付けるように呈するボイスレコーダー。
Admissible evidenceに成り得はしないけれど、主犯が優男だという補って余りある明確な証拠。
それが私の手元にある現実はROT13よりも簡単な問題。
丁半博打さえも怜悧にリバイスしてしまえるような、あの遠慮会釈の欠片も無い辣腕インテリメガネ。
この程度の遊興報いで済ませ、目溢しを赦すはずがない。
利用価値が失くなった優男に、推定無罪の上に疑わしきは罰せずなど叶うわけもないから。
さぁ。
抱水クロラールが充填されたアンプルをテンプルに撃ち込まれて口元が不自然に引き攣ったまま、説諭も蹂躙される危急に即している優男に、満面の笑みで賢明な判断をサジェストしましょう。
私は塀の中をオススメします、出来れば長めで。と。
リセマラ不能で孤立無援になったロンリーな蝋人、もとい事件の主犯である優男を引きずるようにして、ぶら下がり会見のように取り囲んでいた一課の人達が出て行った。
予てからの愚昧な目算は、チートにより可逆的な御破算。
四面楚歌の大ピンチを演出し損ねた上に、八面六臂の大活躍を許してしまい退路を断たれた優男は、サーマルカメラで傍目からでも真っ青に映るんだろうか。
犯人を煽るようなことは控えてください。なんて友達が諭告するもんだから、これでも抑えて手は出していないでしょ。と溜飲を下げられなかった私は不貞腐れながら答えた。
友達の先鞭な捜査を止めたければ命令すればいいだけで。
私に圧力なんて奇特で迂遠な方法をとらなくてもいいわけで。
不本意なアイロニーだったけれど、優男の登場で疑念を確信に変えることが出来た。
心配しているが故と分かっていても、優男が謗り唾棄したのは私の大切な人達。
言い過ぎたとも別の言い方があったとも思っていない。
友達みたいな頭脳もインテリメガネみたいな力も無いのだから、せめて媒鳥になりたかったなんて思ってはいないことにしよう。
複雑怪奇に仕組まれた罠は、最大の僥倖‐チャンス‐だから。
友達によるとインテリメガネはやっぱりいかにもだった。
事務所に何回も来たのは確かだけど話をするだけで帰ったし、地震で散乱してしまった書類を所員達と一緒に片付けてくれていたし、買戻特約も取られたフリをするのも提案してきてくれた上に、ボイスレコーダーなんてお土産もくれた。
それは単なる優しさではもちろんなくて、跋扈を極めるやり口が宗旨に反すると慨嘆して、青二才の塵芥な生涯を終えさせる為に過ぎない。
だからカウンターシェーディングの香盤表を付け届け込みで誂えて、ステークホルダーの私に内部者取引を仕掛けさせたってわけなんだけれども。
優男のあの様子じゃ、怒りに任せて私を殺す勇気はあっても、針の筵でインテリメガネに殺される覚悟は微塵も無かったみたいだけどね。
でも例えフリだったとしても私を巻き込んでしまったこと、インテリメガネに対して無茶をさせてしまったこと、事務所を手放さないといけなくなると承知していた上で譲れなかった自分の正義を貫いてしまったこと、豪放磊落とは無縁の友達はそんな諸々を気に病んでいる。
けれどそれは私が望んだこと。
際限なく翻意することもなく、友達の正義を貫いて欲しかったのは、他でもない私自身だから。
そもそも遺失したぐらいで傷付くようなら、警察官と友達になったりしない。
唯々諾々と身を切るようなことまでして、一緒になんかいない。
むしろ流言蜚語の汚名を雪げたのは、ゼロサムにもならずの一挙両得だし。
出会った瞬間からノットサイナス、百も承知の自明。
ブルートフォースアタックなんて出来るはずもなく、スパイダーグラフをリアルタイムアタック。
無限の不可逆的な選択肢の中からたった一つを選び、甘酸を味わいながらも繰り返し進んできた。
時には正しくないかもしれないけれど、全部間違ってもいないだろう。
正解なんか無いと分かりきっているから。
法を誰よりも遵守する正義だから。
誰かを守りたくて貫く正義だから。
善にも悪にもなるのが正義だから。
コペルニクス的転回ならば、存外高潔なのは純粋な悪の方なのかもしれない。
被害者は私で加害者も私。
所信の初心忘るべからず。
ダブルスタンダードでファジーな正義を二人で背負いましょう。
それでも私淑する知己の背は心做しか跼っているように見える。
暴き出すのは得意でも隠し通すのが下手だから。
鬱屈した心情は曇ったままなのだろう。
だから思いっきりご馳走してもらおう。
借景が美しい老舗で大好物の水菓子を。
551.瑕を創き疵になった傷にJe t'embrasse‐キス‐を
◆
力を貸して協力して欲しいと頭を下げられた
強制どころか理論の破綻もないけれど
危機感さえ上回ったど真ん中の大暴投
当局に属する貴方の立場としては
常識的な提案ではないことは明白
難しくはないけれど容易いものでもない
規範であるルールを破り逆らってまでも
誰かが許さないと誰も救われないからと
マル被から真を解き明かすことを託され
正義の為に立ち上がって成し遂げること
暗黙の了解で触れないのが正解だと誰しも知っている
都合の悪い情報だけを隠そうとする意思を暴くことは
周りからみたら過剰な干渉であり間違いかもしれない
正確に歪みきったこの界では咎に類されてしまうから
必ずしも解決に導けるわけがなく
鵜呑みにした挙げ句
危機的状況になれば
あいつのせいでと責任転嫁されて
常に本番の人生は乾坤一擲の大勝負
下手をすれば手柄を上げるどころか
余計なお世話だと恩を仇で返されて
愚か者としてその名を馳せてしまう
劇場開演の幕を上げるのは
観客の私でも貴方でもない
立場を弁えるべき害のある軽微な存在
大舞台で終演を迎えることが出来ない
自分軸に魅せられてしまった主演様へ
余計なお世話かもしれないけれど
猫の手を貸して差し上げましょう
断ったらどうするんですか?
と少し素っ気なく興味が無いふりして聞くと
そ、それはお願いするしかない
と予想外の返しだったのか慌てたように言う
目に見えているいつもの片側の表面
同時に存在しているもう片側の裏面
リアルと平行するもう一つのリアル
一つしか存在してない空を見上げていても
同じ景色かどうかなんて確かめる術がなく
観察することも出来ず想像で補うしかない
誰にも傷が付かないようにと
一生背負わなければならない
遥か広大で複雑な孤独だから
確証がなくてもそれ以上聞かなかったのは
強くなくていいから優しくなりたかったと
察したことで信じたい者を信じられたから
貴方が覚悟を決めているのに
私に問われる所以はないから
救われた訳でも赦された訳でも無いけれど
個人的な思いをただの情報としては扱わず
心も体も時間も無限ではないし
祈り願うだけでは手に入らない
足元にも及ばないかもしれない
怖くて震えるほどかもしれない
それでも蹌踉めきながら捗々しく
誰かを助けたくて何か出来る事をしたくて
すべてが壊れる恐怖の中で綱渡りしていて
正義感が暴走し無茶してしまわないように
慎重すぎて未来を潰してしまわないように
誰の目にも触れない場所で独り泣くような
隠しきれもせず窮し顔に透ける貴方の脆さ
世界の為に命を捨てようとする超困った人
言えないとハッキリ言えるのは後ろめたいからではなく優しさで
何色か見た目で分からない球根のように咲いてからじゃ遅いから
いつも通りのことしか出来ないと言って
いつも通りを信頼して頼んでいるからと
余計な詮索もしないで言いきってしまう
理想論だけで生きていけるのは
何て贅沢と気付いてしまっても
進むべき贖罪の術を見出だして
無報酬を条件に麗沢を承諾した
綿密な知識と緻密な嘘を組み合わせ
ガセを見抜いた上でデマにすり替え
世界のズレを伊達IPアドレスで欺く
違和感を立証してみせろと言われても
立証して欲しいのはそちらでしょうと
黒が反射すると白になるスペクタクル
如何様なテクニックを見破れないならば
事実を積み重ねた真実と大差なんてない
世界中のデータベースで繭が開き
根回しさせる間も無く羽を広げて
起動した箱庭でパルファムを撒き
HTTPステータスコードを駆使して
接続させたプロトコルを飛び回り
覆う鱗粉の雪を認識させれば完了
夜の蝶がご足労願ったバーチャル
舞い遊ぶ醍醐味は私のテリトリー
好奇心は猫を殺すことを御膳立て
I believe what you saidで往なすから
気持ちいいぐらいの綺麗事に対して
貴方の正義が悪でないことを証明し
金では買えない信頼に応えましょう
◆
552.否定を否定したくて肯定を肯定して欲しくて初めて声を上げた
◆
私を一瞬で仕留められないなど無礼千万
そんな程度の覚悟で同胞に刃を向けるな
碇を影に下ろして息を止められそうなほど
冷たい怒りを湛えた瞳と悲痛で絶望的な声
かけがえないものを失い心に傷を負って
内は今にも無惨に崩れそうに弱っていて
触れることさえ憚られる痛みが轟き渡る
場を和ませられる冗談を口に出来る者も
造作も無く笑い誤魔化せる者もいなくて
緊迫した空間には忽ち沈黙が戻ってきた
傷付いているのは抵抗し続けた事実の裏返し
痛め付けられてもなお気丈に振る舞い続けて
非合理に立ち向かうことを止めなかったのは
見捨てたいなんて思っているはずがない
自分の置かれた立場を考慮して配慮して
理不尽でもそうしなければならなかった
本音は危険な目に遭って欲しくないから
行ってらっしゃいを言いたくはなかった
ただいまなんて返っては来ないのだから
一緒に戦うことが出来なくて
隣に立つことすら出来なくて
命を投げ打つ覚悟があるなら
戦力として価値あるなど詭弁
例え私が乞い願ったとしても
絶対私を殺さないし殺せない
守らねばならない存在だから
私が倒れるわけにはいかない
切り札という名の加護の鳥は
捨て駒にさえなれはしなくて
何食わぬ顔でひょっこり現れるような感覚が沸き起こる度
二度と帰らない事実が襲ってきて強まる不在が決断を迫る
いつまで後ろにある記憶を気にして佇んでいるのかと
いつになったら前を向いてその一歩を踏み出すのかと
痛みや悲しみと引き換えにしても断ち切る為に
自分の中での納得が欲しかったのかもしれない
誰かに背中を押して欲しかったのかもしれない
お前は幸せか?
すべてが終わっても少しも気分が晴れない顔で問われる
唐突になんで?
渦巻いてた疑念が確信に変わり寂しそうな顔で理解した
私がいつの間にか言わなくなった言葉
幸せとか楽しいとか言ったら言ったで
悲しく笑って終いには美味しかったと
ただ言っただけで切なく微笑まれたら
言わなくもなるって分からなかったの
そんなくだらないことで悩んでたの?
くだらなくなんかない俺達にとっては
くだらないと遮ってまで強めにもう一言だけ
馬鹿馬鹿しいことなんだからと意味を込めて
私には貴方達といて不幸になる理由が一切見当たらない
なんて残酷な答え合わせだろうか
結構悔しかった救ってくれた人が
自分達の存在を否み続けるなんて
貴方達がいるから私はここにいていいと思えた
貴方達が守ってくれていたから私は生きている
私の存在が周りの不幸だったかもしれないけど
貴方達がいるなら私は不幸になったりはしない
貴方達の言う通り縛られているかもしれない
けれど取ってくれた手も差し伸べられた手も
握り返してくれた手も鎖じゃなく大事な命綱
周りが悲嘆に浸る中で忸怩たる思いに耽る
泣き叫ぶことすら出来ない自分だからこそ
何色にも咲く事が出来る花のような笑顔で
感情を極限まで抑え込める
盾であり剣でもある貴方達
不満をぶつけられるようになったならば
伝わって欲しかった言葉も漸く届くはず
傍にいて守ってくれてありがとう
当たり前に訪う別れを知っても
それでも一緒にいられる感謝を
◆
553.いちいち団栗が背比べをしても懇切丁寧なほどに私と貴方の話が噛み合うことは万に一つも無くなる。
◆
もう人の為に生きなくていい
自分の為に生きて欲しい
生きて幸せになって欲しい
なんで?
どうして?
不幸だと思ったことは無いと
私は幸せだと言っても
ごめんを繰り返すばかり
幸せなのに
なんで信じてくれないの?
なんで泣いているの?
笑って欲しいのに
私の幸せを願ってくれていて
私も幸せなのに
なんで否定するの?
なんで信じてくれないの?
どうやったら信じてくれるの?
どうやったら泣き止んでくれるの?
どうやったら笑ってくれるの?
全てを忘れて幸せになってなんて
一度だけでいいから
最初で最後でいいから
そんな願いだなんて
叶えられる訳がない
忘れないから幸せなの
生さぬ仲だから幸せなの
ボタンを勝手にかけ間違えられて
そのまま置いていかれたような
そのまま強引に連れてこられたような
貴方の理想の世界は
私だけが幸せな世界
私だけが知らない幸せの概念に
違和感を感じてしまう私は
きっと貴方にとっては不幸なんだね
言葉は詰まり思うように出てこない
笑顔を彩るのは何色にもなれない涙
掻き消せない泣き声が導くのは迷宮
想い合い過ぎて食い違う思考は迷路
おかしいね
私の幸せを積み重ねていっても
貴方にはどうしたって不幸にしか見えない
上手くいかない
上手く幸せになれない
上手く不幸から抜け出せない
時すでに遅し
幸せか不幸かなんてもうどっちでもいい
というよりどうでもよくなってしまった
幸か不幸かたったそれだけの違いなんて
貴方がいなければ板挟みだって怖くない
◆
554.無茶だと止めるぐらいならちゃんと守ってくださいね
◆
誰もが却下した真実を語り
誰もが黙秘した嘘をついて
マジョリティな誰かを味方と信じたくて
マイノリティな誰かを敵だと決めつける
想像して重ねた上面を
共感など存外に容易い
華麗に加齢など河清であり
知らぬ存ぜぬで渦巻く思惑
利益も生まず嫌われることも無く
興味本位で求められることも無く
必要不可欠に愛されることも無く
かといって排除されることも無く
空気のように扱われることも無い
何も起きない素敵な一日を
日常の一コマを積重ねても
ただ思い出に変わるだけで
生きている実感なんてもの
打算的にすら沸きはしない
一人で罪を被って死ぬことは
守ったつもりかもしれないが
一人で逃げ果せるのと同じで
金輪際誰も守れなくなるだけ
償うべきは死ではなく未来だ
知らない顔をして背負わせる
なんてことはしたくないから
気安く覗き込んではいけない
知らない方が身の為なんだと
心配さえ粘られてもサクッと
強行突破して首を突っ込んで
惨めに堕ちるならば偽善とは無縁でいたくて
最後の女になれたと誤解を招くような言い方
事実であっても文字数が足りなさすぎなのか
貴方が辞めてくれたから個人的に協力できる
私にも守ってくれるナイトがいれば
こんなことにはならなかったなんて
同じ釜の飯を食ったかつての同業者
囲ったつもりはないけれどその先に
たとえ地獄があっても後悔はしない
彼女の涙を止める為に私が流しきる
何度だって巻き込まれてもいい
巻き込んだとも思わなくていい
危険でも危険ではなくても
死んでも死にはしなくても
戻りたくない場所ならば無意味
帰ってきたい居場所は貴方の傍
闇に戻らず光に留まる由は
私の意思で決めた自己満足
貴方の正義が社会に反していても
少なくとも私はその悪に救われた
私の正義を断りもなく勝手に
貴方の責任なんかにしないで
誰のせいでもない
誰のためでもない
私は私の正義を貫き動くだけ
◆
555.きっとそれは私が言って欲しかった言葉なのかもしれない
◆
貴方の兄は私の弟を殺せるし
私は貴方を今でも殺せるから
殺さなかったのは弟の為だなんて
私を信じたい気持ちと現実を信じられない気持ち
歪に同居しているのが貴方の全身から読み取れる
真実を後から聞かされるとか
貴方は怒るに決まっていると
これ以上罪を重ねないで欲しいと
罪を知っているからこそ守りたい
言いかけるのを必死で堪えていた
それでも貴方の兄は目の前で泣かれるより
何よりもマシなことだと言ってしまうから
どうにもできないからそれ以上何も聞かなかった
何もしようとしなかったただの臆病者でしかない
生命を心底願われている気持ち
私は死ぬほど分かっているから
いってきますを聞いて見送った私が
ただいまを聞けなくて残された私が
復讐に成功も失敗もない
皆不幸になるだけだと理解していても
失ったモノを求めるなら
代償を払わなければ釣り合わないから
託された一族の誇りなど
本来はどうでもよかったかもしれない
貴方が生きてさえいれば
本当は何でもよかったのかもしれない
請け負ったやるべき事を
それでも諦めることなんて出来なくて
貴方を守る為に一族を壊し謀った
貴方を生かす為に私は生きてきた
貴方を生かした理由なんて
何故殺さなかったかなんて
生きていて欲しいからに決まっている
幼い頃から共に学んだ友達なんだから
騙しきれなくてごめんね
おかえり
生きてくれていてありがとう
◆
556.乱暴狼藉の限りを尽くせる礼など勿体無い。傲岸不遜を踏み躙って、遠慮無くぶっ壊させてもらうぜ。
◆
彼奴のところには俺が行くからもういい
贖罪も憐れみも同情も
そんな感情は毛頭無い
生きていて欲しいから
彼を救って欲しいから
たとえ君が君の我が儘だと言い張ったとしても
幼子の頃とは意味合いが極めて違ったとしても
どんなにいけ好かない奴でも君が選んだ人で
生まれてから死ぬまで彼に恋し続けるほどに
一目惚れしたあの男を君が愛しているならば
覚悟も無い自分を守るより
なにも守るものが無いより
他人を守る方が強いことを
君から教えてもらったから
権力で守れるのは虚栄だけ
君は無理矢理冗談粧して全部誤魔化して
けれど俺はクスリとも笑いはしないから
冗談が冗談として露程も成立しなくなる
思考を忘れるほど泣くことに浸れたら
仕事をしていた方が気が紛れるなんて
肉体的にも精神的にも消耗しきって
紛れさせることに君は必死になって
助けにくるのが遅くなって悪かった
長い間苦しい思いをさせてしまった
一体どこまでを把握していたのか?
過去を得る為に未来を失わない為に
君を泣かせてまで貫く仕来など無い
俺は君の兄貴だという誇り
他でもない俺がしたいだけ
君を傷付けて悲しませる野郎は
誰だろうと絶対に許しはしない
君一人のせいではなく君だけのために
どんな奴だろうと余す所なく叩き潰す
俺の命に焼べた君の絶望を燃やせ
胸糞悪く灰と化す腹など毛頭無く
誅伐を完遂しても塵一つ残さない
◆
557.野郎はなんて素敵な解釈をする外道だろうか
◆
死に逃げられたくない
生に逃がしたくもない
誰も見向きもしないお前であっても
価値が下がって無くなる訳じゃない
存在証明なら俺がしてやってもいい
遠回しな求婚で閉じ込めるくらいなら
一層の事手籠めにして手の届く場所に
片時も離れぬように繋いでやればいい
祝福の光が輝くように閃いたのだが
うっかり息の根まで止めてしまった
必要とされ棄てられないことを実感しようと
理不尽を乞い願えるきらいがあるお前の為に
落花狼藉に及んだ礼には及ばないはずだった
待って暴力は良くない私は望んでない
一回落ち着いて話し合いをしましょう
などと口走って俺の崇高な計画を
身勝手に邪魔立てしたお前が悪い
いくつか質問してもいいですか?
と青い制服が投げ掛けてきたから
するだけならご自由にどうぞ
とニタリ嗤って答えてやった
俺と彼奴が言い争っていただって?
正に下衆なGUESS
状況証拠だけだろ
それだけで俺をホシ扱いする気か
物的証拠ってヤツを持ってこいよ
当たって見付けられずに砕けても
欠片を拾って俺好みにしてやるさ
さあせいぜい楽しませてもらおうか
◆
558.子供の夢を壊すのではなく、大人になり認識した現実によって、子供の頃に抱いた夢を壊してしまう。
◆
一人の違う人間であると認め尊重して欲しいと
子供は思い続け
世間に恥じないよう思い通りに動いて欲しいと
両親は思い続け
居ない片方の罵詈讒謗を延々聞かされ
本人達だけでやってくれればいいのに
子供の自分を味方につけようと必死で
一緒にいたくなかった
一人にして欲しいのに
板挟み状態の均衡を崩し
裏切るような酷い言葉を
言ってしまいそうだから
きっと私を殺したかった訳じゃない
どんな風になってしまうのか心配で
ただ美しい光景を見させてやろうという親心
子供の為を思ってしたことで悪気は全く無い
両親は何をしているのかと思えば
ご覧の通りに私の邪魔をしている
糊口を凌いだ憎しみが消えていくことが
怖いだなんて思っていたけれど良かった
全く以てそんな事態にはならなかったのだから
◆
559.それくらい許してやらないと壊れてしまうから自分を責めるのだけは止めなさい
◆
自分に任されたお役目
効率良く終わらせて
余った時間は頑張ったご褒美
と思ってもサボっている気がして
本当に小心者だと思う
馬鹿正直に申告しようものなら
暇人扱いされて
他人の役目まで背負わされて
出来たら当たり前
出来なかったら押し付けられ
お役目を果たしていないと言われ
他人はむしろ定刻に帰路に着く
イチたすイチは
イチより小さくはならない
はずなのに
自分たす他人は
イチどころかマイナス
自分の頑張りが他人に犯されて
他人たす自分は
イチどころかプラス
他人のサボりが自分によって帳消し
第六感に頼ってはいないけれど
信じているだけ
だって違和感は違和感でしかなかった
もう待たないよ
行きたい時には行くの
驚いた顔をして
終わらない執着を生み出して
引き留めたってももう遅い
そもそも歩み寄らなかったのだから
未練など有りはしない
有り難みが理解出来る頃には
いや出来やしないから
いつまで経っても
他人のせいにしか出来ないのか
いずれ分かることだけれど
お話などしない
お気に入りだけの仲良しこよしなど
どうなろうと知ったこっちゃない
痕跡を消し去って初期化する
イラナイと言って棄てたのはそっちなのだから
◆
560.花時雨を遠くに逝くなと抱き締める
◆
いつも通り眠りについた
いつも通りのはずだった
ただ寝て目を覚ますだけだったのに
目が覚めたら君がいない事に気付く
どこを探してもいなくて
誰に聞いても知らなくて
まるで君は初めからいなかったかのような
自己の記憶も君の存在も信じられなかった
そんな悪夢‐ヨチ‐
そんな現実‐ユメ‐
眠れないという訳ではないんだ
眠りたくないだけと貴方は言う
誰かの生を祈ってはいけない
誰かの死を願ってはいけない
私を守る為に死んで逝くから
私を殺す為に戦が起きるから
怪我して逃げ出す言い訳すら
私は一線の狭間にも立てない
ただ強大な力を持っただけの
それ程しか価値の無い一般人
一度でも勝ったか最後であっても負けたか
それだけで決まることはなく戦ったか否か
一秒でも長生きして知らない未来を
飽きさせない為に生ききってみせる
夢は夢でしかない
悪夢であっても瑞夢であっても
眠っている時の幻影でしかない
繰り返し受け継いでいく想いを胸に
必死に生きて創りあげた景色だから
祝福を撒き散らすかのように
彩り添える花が舞う晴れ舞台
そこの中心に立っている貴方の顔色は
迚も良いから昨夜は良く眠れたみたい
貴方が生きていて良かった
◆
561.どこが好きって言われても部分的に好きになったわけじゃない
◆
君に出逢って勝手に恋に落ちて
君を見つめて勝手に四六時中考えて
君に嫌がられなくて勝手に浮かれて
君に気持ちを伝えて勝手に張り切って
君は気の迷いって思っていて勝手に落ち込んで
君に証明したくて勝手に傷付けて
君の涙を見て初めて勝手さに気付いて
理由なんて無いんだ
ただ君を好きになって
ただ君を愛しただけなんだ
◆
562.観覧車のゴンドラが地面から遠ざかって空に近付いて往くように二人の相違は果て無き溝を描いて逝く
◆
「良いよ」
後ろから肩に回された腕に重ねた手
「協力して‐ダマサレテ‐あげる」
ペディグリーペットも真っ青なブロークン・ウィンドウ理論
「何をすればいい?」
伽羅が導く逃避行は終わりが見えていても
「何でもするよ」
結婚しようねなんて遥か昔の約束を
「その代わり条件がある」
いつまでも本気にしているなんて思っていないから
「良い方ならちゃんと捕まえて」
貴方が覚えていないあの頃の時間が巻き戻らなくても
「悪い方ならちゃんと殺して」
私が覚えている関係ぐらいもう一度築けばいい
「いつまででも待っていられるから」
どんな状況であっても絶対に迎えに来てくれる
「葉見ず花見ずも深く根付かせるように傷で痕を残して」
抹香香る世に逃げるなんて許されるはずもないから
◆
563.こんな紙切れ一枚で幕引きが可能だと思い上がれるのは卑怯者が利する姑息な常套手段だからだろうか
◆
VXガスとサクシニルコリンを撒き散らし
六価クロムと硫化アリルが漂って
タリウムで駆除するのはペデリンの虚言癖
水銀を誤飲して乾燥溺死を引き起こせば
失感情症と失読失書にアナフィラキシー
カプノサイトファーガ・カニモルサスを
動物用麻酔薬で眠らせながら
色覚異常を鎮痛し
見当識障害を鎮静し
ニトログリセリンで緊急避難
苛性ソーダと青酸ソーダは
ヂアミトールにはなれはしない
どうしてこうなったのか?
胃潰瘍と突発性難聴が悪化しそうで
紐解くのもめんどくさい
手根感症候群と狭窄性腱鞘炎が纏わりつき
ヒョウモンダコのような鮮やかな光景と
熱中症のような銃撃戦なんていつの時代だよ
大手ゼネコンも心臓発作を起こすほどに
偽計業務妨害も威力業務妨害も厭わない
この状況をとりあえず打破して
絡まった物事を解決する為には
コイツを乱射するしかないか
首で済めばいいけど
然うは問屋が卸さないだろうな
モロヘイヤで体力を回復したら
犬鬼灯がついた嘘を
夾竹桃で危険を回避して
鈴蘭が再び幸せが訪れるようにと
甘蔗で描きだしたい平和
まあ先の心配をするのは
未来を作り終えてからの話だ
悲願の花である彼岸花を佩びて
相棒に当たるなよ
と言おうものなら
当てんなよ下手くそ
と返ってくるから
おじきとはじきでも
まあ何とかなるだろうと
怖気を震わず気楽に構えた
◆
564.戻れぬ思い出も生きる糧
◆
明確に存在した瞬間を切り取る作業
躍起になってなど言い方を変えれば
限界ギリギリまで見詰められる弁解
すれ違う視線は真に重なり逢わない
然れども合わせたいピントが山積み
しかしながらリアルタイムの感情は
他愛ないことでも他愛ない時間でも
ファインダー越しになんて見ずとも
奪い捨てなきよう確と焼き付けよう
代えがたいに駆り立てられて伝える
他にはないに突き動かされて届ける
具現化したそれらの軌跡を残したい
創作に片足を突っ込んだ身としては
僭越ながら爾く思い至った次第です
◆
565.レッドヘリングはコデッタにて
◆
時を遡ること五百年前、世を統べていたのはトッププレデターの竜であった。
だが、人間は長い年月をかけて魔術という武器を生み出せたことで、食物連鎖の下位から抜け出し支配と共存との均衡を保ってきた。
しかし人間は欲深い生き物である。
コンペティションなど生温く、ノブレス・オブリージュをさも無関係とばかりに放棄。
竜を支配し食物連鎖の上位に君臨したいと画策する者が各地に現れる。
その野望に興味を示した好戦的な竜達のアンセムを追い風に、亀裂が生じて不穏な空気が漂い始める。
そんな中、とある国では竜の力を必要としていた。
手っ取り早く自国の領土を広げる為だ。
しかし、戦に竜の力を持ち込めばせっかく保ってきた均衡が崩れ混乱を招いてしまう。
そもそも人間如きの争いに、誇り高き竜が協力してくれるとは到底思えない。
ただ、人間は竜に敵わなくても竜同士は戦って勝敗が着く。
一子相伝でも一家相伝でも人間の魔術では焼け石に水でしかないけれど、竜には竜を倒す魔術が存在する。
それ故に竜そのものではなく竜と戦える人間を手に入れることにした。
思い立ったが吉日とばかりに、孤児達を集めさせた皇帝は友好的な竜達を言葉巧みに謀る。
君達を使って戦争を起こす人間が現れた。しかし、私達は君達とこれまで通り友好的に過ごしていきたい。ただ、君達が戦っては均衡が崩れてしまうだろう。
だからお願いだ。私達に君達を守り戦える魔術を教えて欲しい。
嘘八百並べ立てた訳じゃない。半分は本当の話だ。
戦争を起こす人間も均衡が崩れてしまうのも本当。友好的に過ごしていきたいのと守りたいのは嘘。
皇帝の裏事情など露知らず。
手付かずの遺跡が存在する山の奥深くで、友好的な竜達は魔術を孤児達に指南する。
皇帝が躍起になっている間、皇子は皇后や侍従達の目を盗み窮屈な城を抜け出しては、侍従達の子供の中で兄とは同い年の幼い兄妹と仲睦まじく遊んでいた。
調査と称して遺跡を探検していたところ、孤児達と竜達に出会い皆友達になった。
それから数ヶ月後、皇帝の計画より事態は悪くなる。
竜を支配したい人間が均衡を崩したのだ。
もちろん好戦的な竜達を伴って。
好戦的な竜と友好的な竜。
支配したい人間と共存を築きたい人間。
支配側と共存側、両者入り乱れて国は戦場と化した。
孤児達はまだ魔術を習得していない。
狼狽した大人達は自分達のことに必死。
恐らくこのままだと支配側が勝利を手にする。
何故なら共存側の方が圧倒的に数が少ないから。
戦況を鑑みた多くの中立側が支配側についたからだろう。
だから皆で考え、この世界から離れることに決めた。
幼い兄妹の妹は、膨大な魔力が必要な時を越える魔術が使えたからだ。
いつか支配側の竜達を滅することが出来るようになるまでの時間稼ぎとして。
時を越える魔術は、四方八方を囲われていなければならないらしい。
戦場から少し離れた遺跡の中の山岳トンネルを利用することにした。
孤児達と竜達が入れるだけの十分な広さがあり、出口は崩れて通れないので、魔術で扉を入口に構築すれば密閉空間が作れるからだ。
妹が時を越える魔術を使う間、邪魔をされないように遺跡の少し手前で兄が戦い、皇子が孤児達と竜達を先導して逃がす。
兄を迎えに行く途中、妹は気付かなかった。
怒号と武器の音だらけだった空間の異変に。
灰色に煙った空に赤黒く染まった大地。
その中央に剣を持ったまま両膝をつく兄。
そこに実在した景色はそれだけ。
動かない兄に駆け寄ったことで見えた姿。
魔力の強い竜の血を浴び続けたことによる副作用なのか、その身体は竜と化しつつある。
話しかけても揺さぶっても反応が無く。
刹那。
雄叫びをあげた兄は攻撃を撒き散らす。
様々な影響を与えられたのは、きっと近隣諸国だけではないだろう。
兄の近くにいた妹も例外ではなく、衝撃で気を失った。
再び目を開けた時には兄の姿は無く、国も草木も遺跡も何一つ無い。
青い空に亜麻色の荒野が広がっているだけ。
衝撃の影響なのか、時を越える魔術が使えるほどの魔力は妹にはもう無い。
けれど微かに感じ取った兄の魔力。
どこかで生きていると信じ、孤児達の成長を願いながら各地を転々と探す。
そしてある地で再会を果たした兄は、完全なる竜の姿だった。
感じる魔力は間違いなく兄であったけれど、妹さえ認識出来ないのかいくら呼び掛けても無反応。
それどころか攻撃される始末。
しかも人間を虫螻と思っているような、その攻撃はまるで遊んでいるよう。
とはいえ、このまま見過ごすわけにはいかない。
退けられなくて凌ぐことぐらいしか出来なかったけれど、気まぐれに現れる兄を止める為に魔力を頼りに探し続け戦い続ける。
ある時、兄から攻撃を受けた拍子に、ポリグラフも匙を投げるほど妹は全ての記憶を失ってしまう。
自分が何者かも分からずに放浪していた折り、とある魔術組織に拾われ魔術師となった。
この日舞い込んだ仕事は、この国の王女からの依頼。
山の中にある魔術で作られた扉を開けて欲しいとのことだった。
開ける為には魔力がたくさん必要と言われて集結した仲間達、同時に依頼されていた他の魔術組織と共に扉に向かう。
協力し扉を開けた瞬間、絶滅し伝説として語り継がれていた竜が現れる。
想定外のことにパニックになりながらも扉を閉じることは出来たが、数百ほどの竜達がこちらの世界に来てしまった。
こんなことになるなんて知らないと動揺する王女の前に、未来から来たという一人の男が現れた。
竜さえも服従出来る魔術を完成させ数年なら時を越える魔術を使えるほど魔力を持った男だったが、目的である世界を征服する為に欠かせない肝心の竜がこの世には存在しない。
だから遡れるだけ遡り、まだ未熟であった王女に未来の知識を披露し自身の存在を信じさせた。
その上で、世界を破壊しにやってくる数千の竜を倒す武器が扉の中にあるけれど、開ける為には魔力が大量に必要だと言って騙していたのだった。
友好的な竜達が男の魔術を振り切り共に戦ってくれ、大乱闘の末男を倒すことに成功する。
と同時に未来が変わり、御陀仏となった男も戦っていた竜達も消えて、国を守ることが出来た。
しかし、めでたしめでたしでは終わらない。
竜を見て竜の魔力に触れたことで、妹は記憶を取り戻した。
目の前の扉を自分が構築したこと、仲間達の中に皇子と孤児達がいること、素性や目的の全てを。
あの惨劇から五百年、記憶を失ってから二年。
今度こそ兄を止める為、妹は再び動き出す。
王女と仲間達、共に戦った魔術組織。
攻撃を撒き散らした結果生まれたと言い伝えられている不老不死の呪いを受けた妹が属する魔術組織の初代頭領。
取り戻した記憶全てを話し、兄を止めて欲しいと頼む。
しかし皇子と孤児達は困惑していた。
なぜなら皇子と孤児達には五百年前の記憶が無く、この時代に辿り着いたであろう後の記憶はバラバラ。
気が付いた時には孤児一人に竜一匹、皇子は一人と、散り散りになっていたという。
時を越える魔術のせいか、兄の撒き散らした攻撃のせいか、判別がつかなかったけれど。
ただ、竜達は孤児達に魔術を指南してくれていた。
お互いに教え教わらなければならないという、使命感のようなものがあったという。
竜達は指南した後、寿命を迎える前に孤児達に魔力全てを分け与えた。
それはこの時代では古代魔術と呼ばれているもので、孤児達が日常的に使っていた魔術がまさかそれとは誰も思うまい。
それでもみな、協力を惜しまないと言ってくれた。
妹の決意を感じ取ったのか、相まみえた兄は五百年前より少し成長した青年の姿をしていた。
竜の姿よりも敏捷性があり、全勢力を持ってしても歯が立たない。
どうすればいいのかと血眼になって考えを巡らせる。
このままでは全滅どころか、五百年前と同じように国ごと破滅してしまう。
孤児の一人が兄の攻撃を避けきれず、咄嗟に守ろうとして妹は赤に染まる。
魔力と赤色が舞う中、駆け寄ろうとした仲間達の頭の中に流れるコンパートメントに詰め込まれていた残像。
御者がマイナーチェンジして運んできたのは、リブートして蘇らせてしまった五百年前の本当の真実。
自国の領土を広げる為に兵力を上げたいのだが、一体どうすればよいかと皇帝は悩んでいた。
産まれた皇子は双子の男の子だったが、長兄は虚弱で、次兄は気弱で、国を背負っていくことも兵力としてすら役に立たない。
竜というこの世で最強の生き物は存在するものの、思惑通りに動いてくれるとは到底思えない。
だから皇帝は、竜の力を借りるのではなく竜そのものを造り上げることにした。
幸運にも皇帝には数日前に娘が産まれたばかり。
幼い竜から採取した遺伝子を娘に組み込む実験は秘密裏に行われ、イニシエーションを踏まされ竜人と化した娘に皇帝と皇后はとても満足気な表情を浮かべる。
心の中では兵士などには目もくれず、娘の力を内密に利用しながら国土を順調に広げていく。
同時進行で国民からの支持を継続させる為に、表向き友好的な竜達を騙して味方につけて、孤児達の支援とばかりに魔術の指南を受けさせる。
皇帝が躍起になっている間、皇后や侍従から興味を失われ半ば放置されている双子の皇子達は、退屈な城を抜け出し探検していた遺跡で孤児達と竜達に出会い仲を深めていく。
兄達と一緒にいたくて、妹も戦の隙をみては抜け出して皆友達になった。
境遇や立場を越えて築く絆と愛。
紛糾に耐えきれず戦場と化す国。
欲に付け込まれ質草さえ手放してまで、
あしらいを思い過ごして相手にされず、
未来に門前払いされたなおざりの現在。
違和感を見過ごした過去は消せないけれど、新しい明日ならいくらでも書き加えられると。
青臭い幼き理想を並べ立てたのは、漠然と迫り来る不安を吹き飛ばしたかっただけかもしれない。
膨大な魔力は竜人となった自分が賄うことが出来ると分かっていたから、時を越える魔術を使えると自慢気に言うことでこの世界から離れることを決めさせた。
密閉空間が必要だと言って、遊び場にしていた出口が崩れて通れない山岳トンネルに連れ出す。
長兄に先導を頼んでいる時に、後ろから付いてきていた次兄が兵士に見付かってしまい戦場へ連れ出されてしまった。
でも陥落に迫る魔の手はすぐそこまで。
全員に気付かれる前にと魔術で扉を入口に構築して、次兄と一緒にすぐに追いかけるからと指切りをして扉を閉めた。
二度と開けることの無い扉にかけるのは記憶を消す魔術。
実は時を越える魔術に密閉空間は必要ない。
魔力が膨大過ぎて使える者が限られるだけ。
ただこの涙を見られたくなかっただけ。
戦いに勝利すれば褒めてくれる両親。
自国は安泰だと信じて慕ってくれている国民。
付け上がりを叱る人間はおらず、拗ねないように煽てれば調子に乗ったまま、祭り上げられたコピーキャットの秘蔵っ子に群がる。
命さえ弄ぶことを厭わず理想の箱庭を死守したい彼等を裏切らない為に、罅割れた如何様賽子を無理矢理投げ続ける忌まわしき無限回廊。
侵犯され磨り減らされた妹の精神は、堕ちる感覚もないまま無自覚に逡巡との決別を芽生えさせる。
真実を知らせぬままでも約束は果たせないから。
沢山の想い出を消し去っても守りたかったから。
両手に余るほどでも成し遂げたかったから。
後は戦場にいる次兄だけと探すその空間の景色は、風光明媚の残滓すらなく荒涼が充足するばかり。
やっと見付けた次兄は傷だらけで赤に染まり、両膝を付いて見慣れない剣を握り締めている。
呼び掛けには応えてくれない。
駆け寄ったことで間合いに入ってしまった妹。
精魂尽き果ててしまっていた次兄は、近付く人影を妹だと認識することが出来なかった。
刹那。
剣を振りかざして。
誰も憎めないブービートラップ。
赤が飛び散る中で倒れ込んできた妹と目が合う。
抱き留めた良く知っている温もりに流す涙。
生物の希望も世界の絶望も落伍の失望も。
もう何もかもどうでもよかった。
涙の奥の良く知っている眼差しに妹が想うのは頑冥な願い。
傷口から妹の竜の遺伝子が入り込み次第に次兄は竜と化す。
掬いあげきれずに零れて二度と戻らないのは生命の息吹き。
ずっと一緒にいたかった。
察するに余り有る愛憎の阿鼻叫喚。
截金は共鳴し青海波のように広がって、不老不死を生み記憶を改竄し、それは呪いと呼ばれてしまうものに成った。
甦らせたくなかったアーカイブ。
それでも贖い守る為に、せめて身勝手を壊すことで縋ろう。
戯けを秘鑰に、赤色を目印に、魔力を足し乗せて、須らく解いてみせる。
竜人となって国の為に暗躍させられた皇女は。
友達の行く道が幸多からんことを願った妹は。
記憶を失ってもなお終わらせたかった彼女は。
身体や気が弱くても優しく勇敢な兄達。
何事にも茶目っ気たっぷりの友達と仲間達。
帰幽なんか認めないなんて啼泣を置き去りに。
指切りした大好きな人の腕の中でアッシュとなる。
打ち疲れた鼓動が書き下ろす山荷葉。
どうか造花の様に褪せぬ不変の夢を。
◆
566.Catch me if you can.~秘密の暴露になれるなら~
◆
私は個人事務所を開いているまだまだ少壮な若輩者。
父から引き継いだ小さな事務所で、父と職種は違うけれど少数精鋭の所員達と多忙な毎日を過ごしている。
ある日、いかにもって風貌の人達を引き連れて、高そうなスーツを着込んだインテリメガネの男が現れた。
醸し出される居丈高を隠す素振りもなく、開口一番この事務所を譲って欲しいと言った。
何でもとある御仁の思い入れがとても強い場所で、是非とも買い取りたいって話らしい。
理由が理由なら盤踞することなく話を進めようと思うんだけれど、具体的なエピソードも子細も何一つ話せないの一点張り。
至極丁寧なフリをして感情に訴えかけているけれど、その言動はのらりくらりとしていて繕った体裁に熱意なんて感じられず真意がまるで読めない。
地上げと大して変わらないし、父から受け継いだ大切な事務所だ。
だから屈まらずに思いっきり袖にして、お断りしますと語気を強めて突っぱねる。
そうですか、残念です。また来ます。なんて、残念さを1ミリたりとも感じさせないニヒルさたっぷりの笑みと共に出て行った。
宣言通りに何回も来たけれど、私は排斥の姿勢を崩さなかった。
片田舎の箱入り娘じゃあるまいし、このくらいの修羅場ぐらい迫られたって秀外慧中で跳ね返す。
それでもリスポーンよろしく、懲りないというか粘り強いというか、紋切り型のように去来して。
そんなインテリメガネに辟易しながらも外回りをしている時、旧知の仲で友達でもある警察官から電話がかかってきた。
いつものクレバーな泰然自若ぶりは鳴りを潜めて、特に用件は無いと言うその声はなんだか躊躇っているように聞こえたから。
貴方は貴方の正義を貫けばいいんだよ。と言ってみた。
一瞬言葉に詰まった空気を感じたけれど、分かったと返ってきたからいつもの気概を信じてみよう。
あの老獪をどうしてくれようかと思量しながら事務所に帰ると、散乱した書類を片付けている困り顔の所員と含み笑いのインテリメガネが其処許にいた。
斯様にざんないな状況はともあれ、喫緊の事案についてもう一度お時間をいただけませんか。お互いの為になる話が出来ると思いますよ。
ドアクローザはカウントダウンし、インテリメガネはカウントアップする。
寝首を掻かれる前に腹を括ることは、是非に及ばず然もありなん。
それから数日経ったある日、頂きものをお裾分けに警察を訪ねてみたら、私が来たことに友達は驚いている。
近くに来た時に寄ることは何度もあるのにと不思議に思いながら頂きものを広げていると、一人の優男が友達を訪ね・・・もとい、意気揚々と闊歩しながら乗り込んできた。
用件を拝察するに、友達が追っていて先般解決した事件のことみたいだけれど、何だかフラタニティよろしく勝ち誇ったような雰囲気。
友達と同じ警察官なのに気っ風などまるで無くて、不義理を働きそうな嫌な感じしかしない。
と、二人の会話を聞きながら思ったところに、捜査一課の刑事が現れ優男を逮捕すると言った。
容疑は殺人教唆で、さっき友達と優男が話していた事件の犯人を唆したのが優男だという。
一課お揃いの意気で申し訳ないんですけどね、証拠はあるんですか?とシニカルな笑みを浮かべたままの優男の問いかけに、共同謀議である実行犯が自供した。と毅然な態度で刑事は答える。
なまじ自供だけで犯人扱いされた挙げ句、そちらの頓馬な推測で不面目を被るのは堪りませんねぇ。
憶測の仮説を越えて独善的な妄想とは・・・。
一体全体、どういう了見ですか?
ずる賢いというなら俺ではなくて自白した奴でしょう。
俺に責任を押し付けて罪を軽くさせようとするウルトラシー極まりないですよ。
そ、れ、に。
俺が主犯だという物的証拠はあるんですか?
そもそも、その犯人を逮捕出来たのはそのお嬢さんのおかげなんじゃないですか?お嬢さんの大切な事務所を犠牲にして、片手落ちした己の歪んだ正義を押し通したって専らの噂ですよ。
私と私の後ろにいる友達に目を向けながら、毀誉褒貶に口さがなくピリつく空気を嘲笑う・・・のを嘲笑ってみることにした。
なるほど。
殺人事件の捜査を妨害したかった誰かさんが圧力をかける為に、インテリメガネさんが寸暇を惜しむかように私のところにいらっしゃった。
でも捜査が止まる事は無く、有ろう事かめでたく解決してしまったものだから、私は事務所を手放さざるを得なくなった。
というわけですか?
友達の複雑な表情を横目に見ながら、目の前の事態をバックトラッキングしてみた。
ミソジニーを醸し出す優男の笑みが濃くなるというあまりに分かりやすい反応に、私は自分の見立てが間違っていなかったと辿り着いた帰結。
鞄の中から取り出した一枚の紙を提示して、当て書きされた全ての前提を崩しましょう。
事務所の登記簿です。
登記事項に記載があるんですけど、買戻特約ってご存知ですか?
まぁ簡単に言えば、一定期間までに代金と契約の費用を返還すれば不動産を取り戻せるっていう特約のことです。
つまり厳密にいえば、事務所を手放したということにはならないんですよ。
貴方は捜査を妨害することに傾注していて、それ以外興味がなく拘泥することもなく、インテリメガネさんにまるっとお任せの没交渉だったみたいで大変助かりました。
あと、物的な証拠でしたっけ。
登記簿と一緒に取り出したボイスレコーダーは、レアリティのゴーストフレア。
再生すれば優男とよく似た男の声で、他言無用な内容がクロッキーの様に流れる。
この声を声紋鑑定すれば、名無の権兵衞さんが誰なのかハッキリ分かりますね。とニッコリ笑ってみせた。
怪訝な顔から一瞬面食らった後、私に飛びかかるように向かって来た優男から咄嗟に友達が後背に庇ってくれて、一課の刑事さん達も必死に押さえ付けようとしてくれている。
他を利用し続ける為に独善的なBPMで扇動を繰り返しながらマンデラ効果を自給自足で齎して、マトリョーシカに仕舞った不肖な奸計を、さもテーゼだと言わんばかりにオランダの涙の如くぶちまける。
及第点に満たなくてベネフィットも生み出さない。
そんなお前らの代わりにエスキースもパースも俺が描いて、ヒーローズ・ジャーニーをリペアしてやったんだ。
思し召しだよ、思し召し。
何故だか分かるか?
分からないよなぁ、不甲斐ないお前らにはさぁ。
秀逸な不世出で御大なんだよ、俺は。
尊敬を超越して崇拝されていなければならない存在なんだよ。
それを邪魔したんだよお前は。
出来損ないなんだから、せめて俺様に従えないのかよ。
それすら出来ないのか。
覚えめでたく推挙され、豪奢に歓待されるべきこの俺様を叛逆したんだよ。
殺してやる。
どんな手を使っても一族郎党、必ず俺が殺してやるよ。
殺してやるからな。
してもらう価値があるという感覚に陥って権柄を執り、してもらって当たり前だと自惚れ思い上がって勘違い。
然様な代物を重ねた結果、ケツ持ちさせて武力を行使し盗掘する。
都合良く進んでいると思い込んだものと実際にアテンドされた現実とは、大きな大きな茫漠たる隔たりがある。
それなのに自分だけの物差しで自分を全肯定し、世間の物差しでの裁きなど断固拒否。
Knight in shining armorを気取れない高尚なワードローブは屠所の坩堝。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いのか。
そんな常軌を逸す正義がハレーションを起こし、チューニング不可能で一気呵成にブロックノイズする。
殺して良いですよ。
私の発した言葉でその場が静まり、友達も驚いているけれどそんなこと構いもしない。
優男に近付いて対峙、瞬ぐことなく私は反駁を続ける。
殺すなら殺して良いですよ。
例えバラバラになったとしても、友達が絶対に見付けてくれる。
貴方が私を殺せば、貴方を逮捕する証拠に私がなれる。
優男を真っ直ぐ見据える私の目に滲ませるのは、静かな怒りが逆巻く不退転の信念。
・・・さて。
この凍りついた空気を溶かしリスキルして差し上げる為に、膠着状態の責任を取ってフッと笑ってみせる。
自分勝手な思い込みは大変結構ですけど、貴方にはご自分の置かれた状況がまるで見えていないんですね。
まだお分かりになりませんか?
私がこれを持っているってことの意味を。
見せ付けるように呈するボイスレコーダー。
Admissible evidenceに成り得はしないけれど、主犯が優男だという補って余りある明確な証拠。
それが私の手元にある現実はROT13よりも簡単な問題。
丁半博打さえも怜悧にリバイスしてしまえるような、あの遠慮会釈の欠片も無い辣腕インテリメガネ。
この程度の遊興報いで済ませ、目溢しを赦すはずがない。
利用価値が失くなった優男に、推定無罪の上に疑わしきは罰せずなど叶うわけもないから。
さぁ。
抱水クロラールが充填されたアンプルをテンプルに撃ち込まれて口元が不自然に引き攣ったまま、説諭も蹂躙される危急に即している優男に、満面の笑みで賢明な判断をサジェストしましょう。
私は塀の中をオススメします、出来れば長めで。と。
リセマラ不能で孤立無援になったロンリーな蝋人、もとい事件の主犯である優男を引きずるようにして、ぶら下がり会見のように取り囲んでいた一課の人達が出て行った。
予てからの愚昧な目算は、チートにより可逆的な御破算。
四面楚歌の大ピンチを演出し損ねた上に、八面六臂の大活躍を許してしまい退路を断たれた優男は、サーマルカメラで傍目からでも真っ青に映るんだろうか。
犯人を煽るようなことは控えてください。なんて友達が諭告するもんだから、これでも抑えて手は出していないでしょ。と溜飲を下げられなかった私は不貞腐れながら答えた。
友達の先鞭な捜査を止めたければ命令すればいいだけで。
私に圧力なんて奇特で迂遠な方法をとらなくてもいいわけで。
不本意なアイロニーだったけれど、優男の登場で疑念を確信に変えることが出来た。
心配しているが故と分かっていても、優男が謗り唾棄したのは私の大切な人達。
言い過ぎたとも別の言い方があったとも思っていない。
友達みたいな頭脳もインテリメガネみたいな力も無いのだから、せめて媒鳥になりたかったなんて思ってはいないことにしよう。
複雑怪奇に仕組まれた罠は、最大の僥倖‐チャンス‐だから。
友達によるとインテリメガネはやっぱりいかにもだった。
事務所に何回も来たのは確かだけど話をするだけで帰ったし、地震で散乱してしまった書類を所員達と一緒に片付けてくれていたし、買戻特約も取られたフリをするのも提案してきてくれた上に、ボイスレコーダーなんてお土産もくれた。
それは単なる優しさではもちろんなくて、跋扈を極めるやり口が宗旨に反すると慨嘆して、青二才の塵芥な生涯を終えさせる為に過ぎない。
だからカウンターシェーディングの香盤表を付け届け込みで誂えて、ステークホルダーの私に内部者取引を仕掛けさせたってわけなんだけれども。
優男のあの様子じゃ、怒りに任せて私を殺す勇気はあっても、針の筵でインテリメガネに殺される覚悟は微塵も無かったみたいだけどね。
でも例えフリだったとしても私を巻き込んでしまったこと、インテリメガネに対して無茶をさせてしまったこと、事務所を手放さないといけなくなると承知していた上で譲れなかった自分の正義を貫いてしまったこと、豪放磊落とは無縁の友達はそんな諸々を気に病んでいる。
けれどそれは私が望んだこと。
際限なく翻意することもなく、友達の正義を貫いて欲しかったのは、他でもない私自身だから。
そもそも遺失したぐらいで傷付くようなら、警察官と友達になったりしない。
唯々諾々と身を切るようなことまでして、一緒になんかいない。
むしろ流言蜚語の汚名を雪げたのは、ゼロサムにもならずの一挙両得だし。
出会った瞬間からノットサイナス、百も承知の自明。
ブルートフォースアタックなんて出来るはずもなく、スパイダーグラフをリアルタイムアタック。
無限の不可逆的な選択肢の中からたった一つを選び、甘酸を味わいながらも繰り返し進んできた。
時には正しくないかもしれないけれど、全部間違ってもいないだろう。
正解なんか無いと分かりきっているから。
法を誰よりも遵守する正義だから。
誰かを守りたくて貫く正義だから。
善にも悪にもなるのが正義だから。
コペルニクス的転回ならば、存外高潔なのは純粋な悪の方なのかもしれない。
被害者は私で加害者も私。
所信の初心忘るべからず。
ダブルスタンダードでファジーな正義を二人で背負いましょう。
それでも私淑する知己の背は心做しか跼っているように見える。
暴き出すのは得意でも隠し通すのが下手だから。
鬱屈した心情は曇ったままなのだろう。
だから思いっきりご馳走してもらおう。
借景が美しい老舗で大好物の水菓子を。