201.とある呪術の暗殺者‐イーヴィルアイ‐

魔術と科学と技能

三者が絡み合う街



法律が追い付かないせいで
魔法が横行している

対抗する為に
頭脳を駆使して科学反応を起こした


先人が傍観者を気取る事で
世界の歯車が狂いだす



そんな街を人知れず訪れたのは

呪われた邪眼を持って
闇に染まった者



災厄のオッドアイが映し出すは
ザッピングする幾多の景色


いつになったら止まるのか
繰り返される光景の果ては


世界の破滅か
人類の堕落か



終焉まで
見届ける為に、いざ行かん

202.力と感情が織り成すラブストーリー

破壊神と恐れられる男がいる街


不良やヤクザさえも恐怖する
強すぎる男


電信柱や標識をいとも簡単に引っこ抜いたりへし折ったり

自販機や車を投げ飛ばしたり


沸点が低く力を制御出来ぬ男に
近寄る者など誰一人いなかった


今日もまた、何かを破壊する

爆発した力が、側にあった自販機で
怒りの元凶を静めようと振りかざした



「あの、それ取ってもいいですか?」



男の背から投げ掛けられた声は、ひどく落ち着いていた


振り向いた先にいた
男の母校の学生服を着た少女


指先したのは自販機

よく見ると受け取り口にはジュースが1本



目を合わせて話したのは、
話しかけられたのは、
いつぶりか


そんなことを考えながら、差し出したジュース



「ありがとうございます。」



受け取りお礼を言って、何事もなく去った少女


少女は終始無表情だったが、男には違って見えた



第六感で見抜く少女と
偽りのない素直な男の

ほんの些細な、なれそめ話

203.未必の故意は、結局故意ではないか?

パパが寝ている。


手元には火のついた小さな筒。


ママも寝ている。


小さな筒はだんだん短くなって、落ちちゃった。



緑色の床が、黒色に変わっていく。



パパを起こす?

ママを起こす?



だけど………、

ゆらゆら揺れる目の前の
綺麗な赤色を見ていたいな。


このまま、ずっと。



だから、起こさなくて大丈夫。


あなたも、そう思うよね?

204.失声症~手段は1つじゃない~

私は声が出ない。


声帯には問題ないの。

あの出来事があってから、喋れなくなった。


周りはカワイソウって言うの。


でもね、不自由しないよ。


話せなくったって、コミュニケーションは取れるの。


私は、声以外を使ってめいいっぱい伝えるから。


ありがとうも、だいすきも。

205.価値はあっても値段はない

巷では、横行しているらしいわね。

援助交際に、
売春に、
買春に、
美人局まで。


フォルムだって次々と変えていたちごっこ


犯罪だって、判ってるのかしら?


私ならどれだけお金積まれたって、願い下げね。



一言で追い出してやるわ。



私のからだ、
そんなに安くない!ってね。

206.反対も賛成も、時に無責任

全身全霊を懸けて
頑張っているものが彼にはある


だけど、辞めたいと彼は言った


疲れているの?
しんどくなった?
投げ出したくなった?



でも、私は反対しないよ

けれど、賛成もしない


だって、貴方の人生だから



だから私は、

「貴方の好きにすればいい。だけど、私はいつでも味方だよ。」

そう言って傍に寄り添う。

207.命に従い任務遂行

ある人を守って助けた命

引き換えに失ったのは感情



大勢に救いを求められても
伸ばされた手ごと奪っていく



必要なのは労力

不要なのは自己

208.ルフラン the 暴食

ああ、

食べても食べても
食べ足りない


全ての食べ物を
食べ尽くしても



奪うは他の生命線

209.ルフラン the 色欲

ああ、

愉しい愉しい
愉し過ぎる


溢れて溺れて
堕ちていく



崩壊したのは
蓋か底か、どちら?

210.ルフラン the 強欲

ああ、

欲しい欲しい


あれもこれも全部



この世の物は自分の為にある

211.ルフラン the 憤怒

ああ、

イライラ、ムカムカ


誰を見ても
何を聞いても



私を苛立たせるものばかり

212.ルフラン the 怠惰

ああ、

ダルイし
やる気が起きない


仕事も
恋も
家事も



何もかもが面倒くさい

213.ルフラン the 嫉妬

ああ、

なんであいつばっかり


私の方が上手なのに
私の方が凄いのに
私の方が偉いのに



誰も褒めてなんてくれない

214.ルフラン the 傲慢

ああ、

最高だ気分が良い


あいつは私に媚びへつらう
あの子は私を褒め称える



私は偉大な人間なのだから
当然といえよう

215.0円はタダって事じゃない

テレビドラマでよくある



子供を返して欲しければ、身代金を用意しろ

身代金の額はお前が決めろ

子供に値段をつけるんだ



なんて会話


でもね、良い答え思い付いたの




身代金は出せません
0円です
子供に値段なんてありません
命はお金で代えられない



どうかな?

216.伏せ目から見据える目へ

改めて思ったの


過去に縛られてたら駄目だって

失うことを恐れて
前に進まないのもね


背負っていた重い荷物は
お土産(スーベニール)として
軌跡に置いていくわ

217.ただし、傍観者でもいられない

対峙する敵でも

支援する味方でもない



私はただ
貴方と居たいだけ

218.リマインダーは心の中に

例え
貴方がいなくなっても
独りにはならない


何故なら
私と貴方を
大切に思ってくれる人達が
傍にいるから

219.貴方の仲間は私の家族も同然だから

貴方に向けた凶器


貴方の仲間は
私を止めようとした

それは私に
まだ好意があるってこと


貴方を守ろうとしたならば
私に敵意があるってことだから


試す様な真似をしたのは
貴方と仲間と
茨の道を進む為

220.誰も知らない、誰も分からない

幸せかは分からない

でも

不幸だと思ったことはない

221.幸福二乗

自分が幸せになって

初めて人を幸せにできる


幸せがどういうものか分からないと

伝えることなんて出来ないから

222.猪突猛進と大和撫子の事件簿

18歳の新人プロサッカー選手
美術部エースの14歳


2人は恋人同士で秘密の恋愛真っ最中


しかし、心無い週刊誌にスクープされてしまった


彼女は彼の選手生命に傷を付けない様に
受け入れないと言った彼に
強引に別れを告げた



そんな最中、彼女が何者かに階段から突き落とされた


怪我も大したことは無く、警察のおかげで犯人も無事に逮捕された

彼のファンで嫉妬の末に犯行に及んだとの事だ



そして、彼はフィールドに立ち番狂わせ

仲間と共にゲームを制した



ヒーローインタビューを受けていた彼は、記者からマイクを奪い彼女を見ながら笑顔で叫んだ




彼女は俺のめっちゃ大事な人や
ファンやったら俺と同じ様に
愛したってや

223.無色透明虚数空間

美しきノイズに魅せられ
香しき花は咲き乱れる

身の程知らずが口にした
優美なその実は毒(カンタレラ)

広がり侵食する闇は
全ての光を吸収してゆく

信じていた世界は
信じたかった世界は

一瞬で音もなく消え無と化した

224.非効率だって時には有益だ

例え
結果が駄目でも

駄目だったという成果は
得られる


だから無駄じゃない

225.絶望が教えてくれていた希望

叶わないと思っていたのは
貴方との未来を描いた
遠い夢


叶えようと思ったのは
貴方の隣で日々を過ごす
近い未来

226.勝手に責任を感じてもらっても困る

死にたいのならそうしてやる


お前が死ぬ理由は
私が殺した時だけだ



でも私はお前と生きたい



それじゃ不満か?

227.その時から信じると決めたの

私の父はプロテニスプレーヤー


でも、私を庇って死んでしまった


今はライバル選手だった人の家族と暮らしてる


世間的には、その人の息子と双子の兄弟ってことになってる


その息子と娘もテニスをしていると聞き、貴方は学校へ取材をしに来ていた


長年スポーツ誌に連載を持っていて、父も今の父も、貴方はファンだと言った




穏やかに流れていた時間を切り裂く様に、

私の過去がバレてしまった


きっと大騒ぎね



スクープだって言っても
苦い顔のままの貴方に
私は書いて欲しい



あることないこと書き立てる他のマスコミとは違う貴方に

真実を書いていた貴方に

マスコミ嫌いだった父の葬儀に、取材などせずお焼香をしただけで帰っていったマスコミの貴方に





私は書いて欲しいから

真実を書く貴方に

228.そもそも私がいなければ良かったのでしょうか

望まれて生まれてきた

それは分かってる


大切な人達に囲まれて幸せ

毎日が楽しいわ



でも


生きてきたことだけは

後悔しているの

229.死なんかで償える訳が無いから

あの時助けられなかった


哀れだと
同情している訳じゃない

ただ手が出せなかったことを
後悔しているだけ


失った悲しみは
痛いほど分かるから

どれだけ罪の意識に苛まれても
私は私を殺さない

230.暗躍者の闇破壊

絆が深い私の家族(マフィア)

闇とも深い繋がり


知っているのは私だけ

矢面に立っているのが私だけだから


ボス以外の家族は知らない真っ黒い秘密



ボスの直系血族である私

体質により継承権のない私


でも実権を握っているのは私

真実を知っているのも私




ボスの言うことはきかなくちゃね

遺言だもの



全てを打ち明けた今

闇を壊しに行きましょうか

231.下克上御伽草子(クーデターストーリー)

ポリグラフさえも惑わす
華麗なポーカーフェイス


世界を欺き
迷宮を脱け出す鍵(パスワード)


手に入れたのは
反逆の契約者(テスタメント)


果てに輝くは
何千年も越えたアスタリスク


揺るぎない野望を宿し
大胆不敵に微笑んだ

232.戦国絵巻

当事者だけが解る
幾重にも造り上げられた暗号


間際に残した僅かなそれを
解読したのは継承者


使命の如く無意識に
精巧な理論を繋ぎ合わせ構築


甦ったのは迷子の記憶
思い出したのは生きた証

233.大怪盗は名探偵

難解な謎

誰もが探し求め
狙う解答を

人知れず解き明かす

奪った真実で
ばらまいた嘘

差し出した掌には
偽りの正義を乗せ

変幻自在にまやかし
秘密を掻き消した

234.予言アンバサダー

変わり果てた世界で
思い知った運命の脆さ


ディテール良く書き込まれた
分厚い黙示録


黒い罠が囁いた
偽の白い光を追い掛けて


エコーするメーデーに
即興劇(インプロブ)を演じるのは


漆黒に輝く黒猫(シャノワール)

235.本物はなにものにも劣らない

僕の部屋にはね、
君の写真がいっぱいあるんだ


恥ずかしがりやの君は
どれも目線は違う方向を向いているんだけれど


まあ正面じゃなくても君は美しいよ



さあ、メランコリックな時間は終わりにしようか


もう恥ずかしがらなくていいんだよ


その目は開かなくていいんだから


最期に見たのが僕で良かったでしょう


見開く君の瞳には幸せそうな僕が映って


君の声と僕の声がハミングした

236.幸せとか不幸とか関係ない

貴方に幸せにしてもらいたいと思ってた


だけどね、だんだん、幸せにしたいと思うようになったの


その後は、貴方となら不幸になっても構わない、そう感じるようになった



でも今は、不幸から守る為に2人で全力を尽くそうね



最悪の日にならないように
最良の日を過ごす為に

237.カリギュラ効果の災厄

笑ったのは強がりじゃない


最後の最期で
泣き顔なんて見せたくないから


一番良い顔の私を
覚えていて欲しいから



心配される自身か
心配してくれる相手か


どちらを守れれば
こんな悲劇にはならなかった?

238.優しい嘘でもきっと付かない

私の言うことを
聞いてくれる人なんていなかった


だから私は本音を言わなくなった


反応を予測して答えたり
望む解答を示したり
無意味に返したり
何も言わなかったり



けど貴方達は聞いてくれる
会話をしてくれる



だから私は貴方達には
本音しか言わない

239.アウトローリバース

真実はアナグラム化して
ガバメントが造り出した事実になった


ずっと信じてきたものが幻でも信じた想いは嘘じゃない



ハウリングする表と裏


偽りだらけの世の中を
嘲笑いながら引っくり返す

240.狩人はララバイを奏でる

Ready or not?(もういいかい?)



―――網を張って策を講じるは



Here i come(探しに行くよ)



―――此度の謀(ハカリゴト)



I see you(見ぃつけた)



―――全ては神の御ために

241.偽りの逃避行、鍵を握るはモールス信号

解読して見つけ出して?



貴方が迎えに来てくれるのを



ずっと待ってるから

242.それも貴方を構成する一部だから

怪物並みの力を押さえなくても

壊れそうなものだって守れる



私がその証拠

私がいる限りその証明



だから貴方は貴方のままでいい

243.そこに価値など存在しない

裏切るつもりはない

だが利益を生むつもりもない


足枷などにもしない


ただの踏み台だ

244.買い被った殺意と見誤った愛情

凶器を向けた私に
貴方は私を見据えて言う



確かに貴女は誰であろうと殺せるでしょう


ですがいきなりこんな事はしない


まずは経緯や動機を聞き

様々な事を考慮し総合的に判断する


それが貴女だ


まぁ僕は貴女になら殺されても構いませんよ

寧ろ、貴女以外には殺されたくありませんね



私の真意は分からなくても
微笑みながらそう言う貴方


本気の殺気を漂わせ
仲間でさえも凍り付いている状況なのにね



闇に堕ちた貴方と
闇に染まった私


愛を知った貴方と
愛を感じた私



狂気を笑顔に隠し
偽りの言葉を並べ


抗いましょう
運命とやらに

245.恋って言うから愛に行く

敵の組の若頭

潰す為に仕掛けられた罠
餌は私


最初は疑っていた若頭も
私の言動で次第に信頼を置き
事は順調に進んだ


最後に下った命は
誘拐されたフリをして
若頭を始末する



でも来るはずが無い

私が仄めかしたから
敵だと、罠だと



でも貴方は来た

舎弟を引き連れ
怒りに満ちた顔で

私を助けに


怒号と銃弾が飛び交う攻防戦


銃弾に倒れるは貴方を庇った私



目を覚まして一番に見たのは貴方

見たこともない心配そうな悔しそうな顔


絶対安静と言う医者を無視して出ていく


何故庇ったと疑問を投げ掛ける貴方に背を向けて


奴等の道具でしかなかった私も
やきがまわったみたいね



ターゲットだと見せられた写真の貴方は
寂しい瞳をしていたから



突き放す言葉を吐く私に
ぶっきらぼうに貴方は言う



「傍にいろ。俺が良いって言ってんだ!」



私は死ね無かった

壊れるしか出来ない


借金の形に両親に差し出された奴等の所有物‐コマ‐だから


でも私はいつでも死ねる

だってもう人間なんだから



だから、貴方が生きていて良かったと感じれるのね

246.嬉しい誤算

幼い頃に居なくなった両親
拾われて過ごす裏の世界

自作プログラムを組み立て
表の世界の金持ちから自分と同じ環境の子供へ回す


だけど真実を知った子供に恨まれて嵌められた


私腹を肥やす為ではないけど、
命を差し出すくらいの覚悟はある


哀れまれているのと同じだと叫ぶその人に
犯罪は似合わない

だから凶器を己に向けたのに
阻止したのは
その人と同じ表の人間

咄嗟だったのか利き手を真っ赤に染めた
知り合いを追ってる刑事


治療の後に、
悪態を付いて刑事に渡そうとした

自作プログラムの入ったUSB


漁夫の利の如く奪ったのは
刑事の同僚

意気揚々と去っていく同僚に
作戦成功と知り合いと笑う


金庫の金に手を出して
補填の為に裏の世界からお金を盗んだ

裏の世界の指名手配犯


これで白日の下に晒されるだろう
同僚の悪事が

表でも裏でも抹殺されること間違いなし


同僚に唆されたその人を救い
同僚を嵌める為の大芝居


でも刑事の行動は想定外


利害関係だけの世界で

助けられたことも
純粋に守られたこともなかった


嬉しかったよ
ありがとう

247.星が繋ぐ軌跡

親友とダブルデート
プラネタリウムへ繰り出した


暗闇に次々と映し出される星々

彼が見つけた彦星

その姿があの時と重なる



あの時ってね、数年前の話


入学してすぐに一目惚れしたの

片想い中に初めての校外学習


行き先はプラネタリウム


彼は彦星見付けられずに
友達と騒いでいて
先生に怒られ更に騒いでいた


そんな声が響く暗がりの中
私の目線は一つ前の彼ばかり



あの時は、

貴方と付き合えるなんて
貴方と想い合えるなんて

思ってもみなかった



幸せに、涙が溢れたよ

248.ウロボロスを見下して

空狐は均衡を見守り調節する

下界へ降りるは
金色の瞳に銀色の衣を纏った
禁忌の子


何千年もの間
人間と妖怪の狭間に生き
煙たがられてきた


奴の興味を惹いたのは

妖怪と人間の間に産まれた
幼き一人の半妖


人の世に生き
百鬼夜行を率いて
陰陽師が同級生にいる

風変わりな奴



奴等がピンチの時も
決して手は出さない

いや、出せない

善狐である空狐が手を出しては
力の差がありすぎて均衡が崩れてしまう



でも均衡を崩す野狐が現れ
天狐の命に従い野狐を退けた



命に従っただけだが、
奴は礼の言葉を口にした


律儀な奴の表情を見て
空狐も口にした



野狐は退けただけで消滅してはおらん

野狐とは因縁があるであろう
お前がケリを付けろ

我が行動を起こして
礼を言われたのは初めてだ




天狐の命に背き野狐を逃がした
その罪は計り知れない


少なくとも妖力の大半は
差し出さなければならないだろう


でも空狐は構わないと思った


幾年、虚無に過ごした刻


寿命が縮むだけなら
意味を為すなら


奴等の顔が曇らなければ



それでいいと

249.独り立つ大地に広がるのは屍でも惨劇でもなく「無」だった

失うものなんてない

孤独にも慣れた

信じられるものなんて己だけだ


なんて、


自分の事を

粗末にして

「何」を

守れた?

250.微睡みは底無し沼

見えもしないのに
何処からか聞こえてくる

耳障り極まりない音色


紛れて歪みだすのは
悪夢だと思い込んだ現実



消滅させたハズの愛情

砕き壊した生きる理由


存在を主張するように
破片が包み込んで纏わりつく



目を閉じても

耳を塞いでも

息を止めても


気配は消えない



あれ?


どうやって、

息をするんだっけ……?

251.作り話はまだまだ続く

狼少年は言った


もう二度と嘘なんて付かないよ


少年以外はこう思った


それこそ嘘だと

252.使用方法は正しいはず

人の命を奪うのではない

ただ武器を使っているだけ


引き金を引くだけ

刃を降り下ろすだけ


ただ、それだけ

253.ジェンダー論争

男ってなに?


女ってなに?


分からない


理解したくもない


同じ人なんて要らない



私は、

自分自身‐わたし‐、だから

254.こんな理由じゃ駄目か?

私を押し倒したお前


お前が手にして私の首元に突き付けたのは凶器


大戦が勃発し、追い詰めた敵が苦し紛れにした攻撃がお前を襲い庇った私


そのせいで片腕を無くした私を問い詰めるかのように



主の命に従い死ぬことを前提として行動する私を何とか生かそうとしてきたお前


反発するようにはぐらかしてきた


けど大戦も終わりを迎えた


無理をして生死の境を彷徨い目覚めた私が向かった先はお前だった



なのに、この仕打ちはなんだ



凶器も震えていて、お前が怯えている理由も分かるがな


なあ。


私は疲れたんだ。


感情を偽るのは。



お前になら殺されてもいいが、

私はお前の子供を産みたい。


この先の未来、

一緒に生きていきたい。




だから、

もう大丈夫だ。

255.金か野心か。いや、ただの衝動だ。

機械のような正確性

人形のような非情性

欲望を感じる人間性

理性を解放する野生性


パーソナルスペースを侵し

本能のままに動く

256.Need not to know

悪い奴を捕まえる
勇敢な英雄

皆が憧れる
格好いいヒーロー


勧善懲悪の
そんな絶対的正義



だけど、現実は醜い


蔓延るのは
穢れた奴等ばかり


知る必要が無いと
勝手に判断を下し


ねじ曲げた
不公平な事実



真実なんて、
もう、
何処にも無い


囁いた奴等は


今日も何処かで
正義を振りかざしている

257.ICPO

地球の何処へ

例え宇宙だろうと

逃げたとしても

見つけ出す


情報は必ず付きまとう



逃しはしない

嘗めないでくれる?

258.Nシステム

複雑なシステムと膨大なカメラ

駆使して埠頭に追い詰める



安全も危険も

纏めてマネージメント

259.歩容認証

顔を隠しても

服装を偽っても

後ろ姿でも


そんなものは関係ない


見逃しはしない

260.身分秘匿捜査

事件に大きいも小さいもない


良く聞く言葉だけど
結局被害は出てしまう


だから、
そうなる前に食い止める


危険を侵してでも
偽り騙してでも



事件になる前に

261.最初から分かっていた解答

掴まれた手を振りほどき
伸ばされた手を拒んだ


けれど、

行き場を無くした手で

私を引き戻そうと

もがく姿から

その必死さから



目を離すことはできなかった




真逆の感情が入り交じり


答えを

貴方ごと


抱き締めた

262.身体の自覚と心の自覚

血を見ると吐き気がして
肉を切り裂く感触が消えない


恐怖に歪んだ顔が焼き付いて
最期の声が耳から離れない



泣き顔が苦手になって
笑顔が見たくて

一緒にいたくなって


既に壊れた身体を無理矢理起こし

まだ一緒にいたいと
まだ一緒にいられると


貴方の元へ行きたいと思うようになったのは

一体いつからだろうか?

263.それでも逆らいたくは無かったんだ

どれだけの未来を奪ってきた?


大義の為ではなく
守る為でもなく


主の命令に従いたい、
主の役に立ちたいという、


私利私欲の為に

264.択一ではなく唯一

死の淵で問い掛けたのは
天使か悪魔か
救いの神か不幸の死神か


奪われた片腕を元に戻すか
片腕の生命力を命に代えるか



選んだ答えに貴方はどう思うだろうか?


自分のせいでと嘆くだろうか?


けれど、それは違うと否定する



死にたくないと祈ったことなんてなかったはずだ

生きたいと願ったことなんてなかったはずだ

一緒にいたいと求めたことなんてなかったはずだ



それでも問い掛けられた瞬間、

何故など愚問だと思考を切り捨て、


それら全てを肯定した



片腕なんて無くても構わない


と。

265.生が地獄で死が天国なのか

いつも他人のことばかり


自分の気持ちに気付かないフリをして

感情を封じ込めて


理解ぐらい出来ているはずなのに



許されないなら
許せないなら

一緒に地獄にだって堕ちてやるから


だから、

俺の前から消えてくれるな

266.現在はすぐに過去に変わる

震える声で謳ったのは希望

並べたてた未来

単語の羅列にしかならないそれは

何故か全て過去形で



解りきった結末に
少しでも抗いたかったのか


鈍くなっていく思考回路を必死で繋ぎ止め

かき集めた言葉



意味をなさないかも知れない言葉


ぼやけていく視界に映る貴方には

理解して欲しいなんて

都合が良すぎるかな

267.自覚が終焉

何時もの日常


でも何かが可笑しい



何時もの風景


でも何かが足りない



何時もの笑顔


でもどこか違う




ああ、


居ないからだ



そこに、


居ないからだ



もう、


居られないんだ




私は、


貴方とは


生きられないんだ

268.矛先さえ無くして

公表出来ない真実なら


光で塗り固めて

闇で覆い隠して


秘密を鈍い痛みで封じて



原因の

私ごと

存在を

消し去って

269.それが最善の策なのか?

兵器として育った私が

人間の感情を取り戻しても


兵器で居続けたのは


最前線で戦う貴方に

会いに行けるから

270.臆する必要は無い

闇に囚われても

夜明けを呼んで?


過去が背中を押すから

未来が引っ張るから


現在と共に行け

271.グレードは加速する

秘めたアンクレットに
誇りを詰めて


他人から得た評価を
マントの様に纏い


自信を結果に変える

272.7が7回来た日

バレンタインデーって外国じゃ男からプレゼントだし、


そもそもチョコレートはお菓子メーカーの策略だし、



なんて、ぶつくさ言いながら私の目の前の台所にはバレンタイン用の材料が広がっている


ちゃっかり一目惚れで買ったお気に入りのエプロン付きで



結局自分が食べるのに

意味が無いと分かっているのに

毎年毎年作ってたんだ

作らずにはいられない





――そんなことはないよ






突然聞こえた声に辺りを見回す


つい最近借りたワンルーム

誰も居ない

居るはずがない



けど、確かに聞こえたよ


大丈夫


来年も再来年もその次も

絶対作るから





あの日から49日目の出来事

273.総てが偽物で本物

それが本性か



凶器を突き付けたターゲットは
いつも同じ言葉を口にする



本性?


暗殺者‐わたし‐に本性なんて存在しない



状況を鑑みて合理的にただ処理をする

それがレゾンデートルとインプットされている

274.結果がたとえ実現しないとしても

待ってるよ


行く先が危険な状況で


帰ってくる保証は何処にもなくたって


全滅かもしれなくて




だけど、待ってる



見送ることしか出来ないから




帰る場所も

帰ってくる場所も


ちゃんとあるから




だから、

そんな顔をしなくても

私は大丈夫



死にに行く為じゃない

仲間と共に立ち向かって

守りに行くのでしょ?


だから、悲しい顔なんて

この状況には似合わない



私のこの笑顔を思い出して


ありったけの幸せを込めた顔を


頭の隅でいい


それだけでいいから

275.裏に隠れた支配者は駒にさえ見放される

蚊帳の外で嘲笑ってるんじゃない


手のひらで思い通りに転がしてるんじゃない




アナタが蚊帳の外に追い出されただけ



自ら離れて孤独の言い訳をしているだけ



アナタなんて関係ない


元から必要ない


認識すらしていないのだから


蚊帳の中では楽しくやっているから



せいぜい傍観者でいなよ

独りでだけどね

276.悲しい事は半分こ、嬉しい事は無限大

自分の身体の一部を取って君にあげる


こんな嬉しいことはないんだよ


君は僕の身体に傷を入れることを嫌がるけれど


僕が君を助けることが出来る

僕にしか出来ない



見守ることしか出来なかった僕にとって朗報なんだよ?

277.雨の中走るより歩く方が濡れないって言うじゃない?

予想外のことが起きた時


時間が迫っている時


何かで焦っている時



パニックになるよね


何とかしなきゃ、って



落ち着いて、なんて聞こえないだろうから


深呼吸を一度だけしてみて?



ほら、もう落ち着いた


ほら、もう大丈夫



冷静に動くのが一番早いんだよ

278.誤解されやすい兄と弟を理解出来るのは唯一の妹で姉の私だけ

兄上は完璧な妖怪

私は妖怪よりの半妖

弟は人間よりの半妖



兄上は弟が嫌い
人間が嫌い


一匹狼の兄と
仲間と旅をしている弟

兄弟喧嘩は激しく弟の仲間も迷惑を被っている


兄上の付き人の妖怪は言う


兄様と一緒に行かれなくていいのか





私は断った



だって私は兄上を探せないけれど

兄上は私を気配で見付けてくれる


だから私はそれでいい


どんなに兄上と弟の仲が悪くても


私は兄上の妹で弟の姉


気高き一族の

私の

誇りだ

279.透明な挑戦でハッキリ成長

上からは見下されて

同レベルからは見放されて

下からは無関心



天に登っても地に潜っても

誰も気付きやしない



それでいい



己を貫いて

目指すは誰にも出来ないこと



周りが認識する頃には

超越をなし得た後

280.コントロールドデリバリー

かき集めた頭脳


駆使した情報網


何百日にも及ぶ内偵


掴み撮った幾つもの証拠


張り巡らした罠



さぁ、突入だ


言い逃れも言い訳も許さない

281.ねずみ色が青色に、白色が桃色に、無色が赤色に、総て混ざれば虹色に

昨日までのどしゃ降りとはうって変わった
雨上がりの今日



雲一つない青空が広がる晴天に
掛かるは次の扉への橋



七分咲きの桜の下で
学生生活最初で最後の逢瀬


少しぬかるんだ地面に残る水溜まり
映るはちょっと先の夢見る未来

282.男と女だけじゃないのに

人を好きになるってどういうことですか?


付き合いたい?

キスしたい?

それ以上?

結婚したい?



確かにそれらもしたい


けど、法律は感情では作られてはいない

人間が作ったのに

人間の為のものではないの?



我々は、人間ではないの?



ねえ。

教えて下さい。


どうしたら、

愛する人を好きと法律は認めてくれますか?

283.主従関係なんて言わせない

従ってる訳じゃない
同じ考えなだけ

だから好きにしたらいい

間違ってると思ったら止めるから

苦しまないで
悲しまないで


独りじゃないから

284.原因も解決法も僕ならば

失うことに怖がって逃げ出したとしても


幸せに怯えて手を振り払っても


探して掴まえに行けばいい


何度君が未来に臆病になっても

何度君が闇に迷っても



僕の為にそうなるなら

僕がそうすればいい


それだけだ

285.変化は幸か不幸か

自分で輝いていた

懐かしいと思うあの頃に

見えていた景色が

少しずつ見えなくなってきたのではないか?

ふと、そんな感覚に襲われる時がある


確実に目に見えるのに
不確かなもの

目に見えないのに
確実なもの



変わったのは、
変わってしまったのは、


周囲か

それとも

自分か

286.純粋無垢故ならば悪逆非道さえ免責か?

愛し方って人それぞれじゃない?


だったら

世間の価値観とか

他人から理解とか

必要ないでしょ


これだけ私を振り回して

私だって気が済むまで満足したいのよ



言いたいだけ言わしてあげる


だけど、周りの戯れ言なんて

貴方と愛しあえればどうだっていいわ


本当はプロポーズしたいのでしょう

そんなに焦らさなくてもいいのに


一体何が貴方を押し留めているのかしら?



私が貴方を解放してアゲル

287.フロンティアチョイス

流行が悪いとは言わないさ

だけど、


みんなが、


という理由だけで流されるのはどうかな?



果たしてそれは自分に必要かな?


一度考えてみようよ


自分に必要だったら手に入れようか





不要な理由をこじつけるより

必要な理由を確実にしよう

288.証明には証拠が必要不可欠

存在しないと

証明することが出来ないから

いないとは言えない



しかし



存在するとも

証明することが出来ないから

いるとも言えない




どちらも嘘とは言えない

289.この世でもあの世でも離れはせぬ

死ぬことは別れとは言わぬ

一緒に死ねぬのが別れ



それならば


一緒に逝こうか

290.失敗は成功のもと

成功例だけ取り上げて

採り入れたって無理


失敗例も考慮しないと


上手くはいかない

291.全ての物事において

土台を隙間無く固め


基礎を使いこなして


応用でトドメをさす


それが一番肝心要さ

292.向き不向きなんて表向き

向いてるとか

向いていないとか


そんなんじゃなくて



向くように努力する

293.去り行く者が残す願‐モノ‐

復讐なんて自己満足だ

当事者がそれを望むなら
それは仲間なんかじゃない


仲間なら自分のことより
相手を気遣うから


だから復讐なんて望まない

だから復讐なんてさせない

294.宿命に追われて、運命に逃げられる

逃げるのは至極簡単だ

けど

追いかけるのは難しい



何を

何処で

間違ったのか



回ってしまった歯車は


止めることも

戻すことも


出来やしない

295.一心不乱貴方思考

目を開けたら白を基調とした部屋


寝ていたらしくベッドの上



混乱する私の頭を過ったのは
貴方が刺された場面



ハッとして駆け出し
向かうは捜査本部


走って走って走って


息切れしながら開けた扉の先


捜査員の中に見つけた貴方


驚く貴方を尻目に
スーツをまくり傷を確かめる


傷が無いことに安堵する私とは対照的に


それはこっちのセリフだと焦る貴方




ああ、だから私は病院にいたのか




けれど良かった


貴方が無事で…





私の意識はそこで途切れた




無茶して

上司に怒られるのと
仲間から冷やかされるのは


これから少しだけ先の話

296.だから自分を責めないで

私の死の瀬戸際に
貴方は仕事を選んだ

だけど悲しくはないわ


苦しんでいるの分かってたから


ただ、悔しいだけ


貴方が頑張っているのに
私は頑張れなかったから

297.もどかしいくてもあたっかくなれる

態度だけじゃ伝わらない時がある
言葉だって傷付ける時がある


けれど超能力者でもない限り
人間は何か行動しなければ
伝えられない



傷付いて傷付けて


それでも分かり合いたいから

それでも大切だから



ぶつかり合うんだ

298.幕を引いたのは諦めたからじゃない

もういいんです!



そう私は叫んだ



真実を知りたかった

不正を暴きたかった



当事者である私とあの人は覚悟していた


けれど、あの人は殺された

証拠を持っている私は襲われ

庇った貴方は怪我をした



パニックを起こした私に

貴方はかすり傷だって笑う




けれど、もういいの


真実を知る為に
不正を暴く為に
今までしてきたけれど


無関係の
しかも貴方を
傷付けたくはない



だから、もういいんです

299.諦めるのを諦める

俺達が信じられないか

俺はそんなに信用がないか



叫ぶ男に女は悲しく微笑む



新聞社の社会部オカルト担当
そして事件の第一発見者

それが今の女の立場



一方、男は事件記者
事件を追う立場なのに
記事にもせずに女を問い詰める



殺されたのは女の元先輩


そして、女の家族に雇われていた元運転手



十数年前に
惨殺された政治家と妻

その娘と運転手は
戸籍も名前も変えさせられて

それでも息を潜めながら
集めた証拠の数々



しかし黒幕とおぼしき国家権力は
すぐそこに迫っている




女は諦めなければならなかった



男と会社は女と心中する気満々だったのだから

300.ネゴシエーションなんて所詮騙し合い

身内に無表情で
交渉対象者には表情豊か


暇さえあれば
捜査会議中であろうと
資料を読み漁り情報収集


交渉時以外は
周りが呆れる程の
やる気の無い言動



敏腕なのに
とても偏屈なネゴシエーター


ポリシーは

敵も味方も誰も
死なせないで傷付けないで
逮捕と保護をすること



そんなネゴシエーターが
押し問答を繰り返している身内同士に
一つの案を提案した



言うだけ言って出ていくネゴシエーターに
片方の身内は言う

さすがネゴシエーターだな、と


ネゴシエーターは振り返り
無表情で言う



交渉術を使わなくても

本音を言えば動いてくれる

だから嘘を付く必要はない

301.逸脱した個でさえ透明であっては全には無意味である

どれだけ有能な
人材でも



どれだけ優秀な
チームでも



それを使ってくれる
それを評価してくれる


そんな人間がいなければ



他の人々に成果を
認めさせることは出来ない

302.火を見るよりも明らかに意識をすり替える

不完全な力が
争いを生むなら

逆らう気すら
起きないぐらいの

絶対的な力を
見せ付ければいい



さぁ、

世界の終わりを始めよう

303.形無き物語の最期

守れなくていい
破壊でいい


何一つ間違ってはいけない
何一つ遺してはいけない


無限回に繰り返した
不都合も
ご都合主義も

巻き込み呑み込んで
全て壊せば何もかも終わる


交錯して絡まった思惑も
周りが傷付く戦いも

私の命という罪も

304.死より恐ろしいのは貴方が居なくなること

貴方は自分を責める

敵に操られたことに

味方を、私を

傷付けたことに



でも、そんなもの小さなこと


どんな貴方でも

貴方が貴方の意識ならばいい


私はあの時確かに

救われたのだから

305.楽しみは後に取って置くタイプ

トリックスターのコンフェッション


秘めたるその胸の内


素直になれずに欺き続けた


今更明かしても遅いかもしれない


けれどあえて言おう


世界の平和と破壊の為に

306.だって、生きて貴方とまた会えたのだから

護衛と称した潜入



貴方がふと漏らした言葉で勘づかれ

薬を盛られ私は対象者もろとも斬られた



幸い命は助かったけれど


利き手と利き足を失った



貴方は自分の責任だと責めた



そうだと認めた上で私は言う



貴方が自分を責めている限り

私はここには居られない


私が傍に居たいと言っても

貴方には義務にしかならない



手足を失ったのは不便だけど

そんなものどうでもいい



だって………――――

307.絶望なんて役不足

砂に描いた未来への地図


拒む様に風が吹き消しても

見上げた空に弱くも輝く道標


終わりの無い闇夜を壊して

叫びをかき集めた欠片で繋げる


涙は抗う武器へと変えて

大したこと無いと嘲笑う

308.そして世界はサヨナラを告げた

曇りの無い純粋な目で見透かして
真実に近付く君を遠ざけることでしか守れない


正解の無い選択肢しか残されていないのなら


君の優しさを痛みに変えて
君の叫びを切り捨てて


思い描いた夢を壊しても
狂った予定調和に無慈悲に従って誘おう



歪みに耐えきれなくなって
堕ちた世界は

残酷なほどに美しかった

309.遊戯リバル

他を見下して排除して
ああはなりたくないと盲信する


ライバルを蹴落として
トップを往くならそれでいい




だけどそんな人間に
何かを守れるとは思えない



崇められるよりも
語り継がれる存在に




そんでもって特に頂点に立ちたい訳じゃない


人知れず世界を救ってみたいだけさ

310.死などでは許されないのだから

一人の復讐者と一人の当事者


国の命を受け
許されないことをした当事者


だが、

復讐者だけが一人で許すべきではない

当事者が一人で責任を感じる必要もない




だから、お互いに生きてどうするか考えようか

311.絶対零度の激昂

仲間がやられた


そう、他の仲間がいきり立っている



けれど、私は冷静だ



他の仲間は言う、いつも通りの私に


恋人がやられたのに随分冷めている、と



私はそれに返す


無駄なことはしない

今から全滅させる相手に

持つ感情などありはしないのだから

312.見えないものにこそ価値がある

生きる意味を失っていた


いや、

生きる意味が分からなかった



ただ、

たった一人の家族の為に働いた


たった一人の家族が見せる
生きる希望に満ち溢れた笑顔



だけど、



白い部屋に
たった一人の家族はもういない



ああ、

生きる意味はあったんだ



白い部屋の中に

その中にいたたった一人の家族に





ただ、

気付かなかっただけ



ただ、


気付こうとしなかっただけ




感じようとしなかった幸せと

手に入れていた満たされた日々



もう二度と掴むことは出来ない

313.離れる意味が分からない

人殺しとか

裏切った仲間を制裁したとか

血も涙もない冷徹とか



揶揄される貴方



けれど、周りが言うだけで私と貴方の関係は何も変わらないよ



貴方が悩んで悩んで出した答えを、実行した後も悩んで自分を卑下して



けれど、それが何か問題なの?


私と貴方との間に




問題ないでしょ?



だったらいいじゃない


私が貴方と居ても

314.類似点は想う気持ちだけ

20年以上前に星になった幼馴染み


に瓜二つな高校生


性格は真反対


けど、気になった


似てるからじゃないよ



けど、傍にはいられない

いたくない



気持ちは嬉しいけどね



年の差とかじゃないよ




私が傍にいたら


幼馴染みの様になってしまうんじゃないか


って怖いから





そう勇気を出して言った私に

貴方はあっさり返した





大丈夫ですよ

似てないんだから

315.ブラックホールが笑う

証拠(エビデンス)も

課題(アジェンダ)も


保留(ペンディング)して

逃げ出した




徘徊者(クローラー)が

密かに狙うは



社会の闇の相乗効果(シナジー)

316.甘い蜜(テトロドトキシン)

合意(コンセンサス)は君と


けれどそれは決定事項(フィックス)


何故ならそれが


君との約束(コミットメント)

317.反吐が出る様な

人工的な光が照らす世界


頭上を見上げても
眩い光は見えなくて


音にならない声で叫んでいる




誰かに見付けて欲しくて
貴方に見付けて欲しくて




夜明けを望んで
夜更けを拒絶して




届かない願いと知りながら



手を伸ばしても届かない闇と
手を触れたくない光との間で




見下げた視線の先で
美しい蝶に見せ掛けた
蜘蛛が舞い踊っている



貴方が綺麗と言った
有りもしない翼は

今しがたへし折って


その中にいるであろう貴方めがけて飛び込んだ


翼の欠片を撒き散らしながら

318.消音脅迫(サイレント エクストーション)

影は重なり響き合い
次々と覚醒する痛み



けれど、
譲れない未来がつきまとい
打ち砕いても消えてはくれない




ならば、
手繰り寄せた孤独の渦へ
手始めに溺れてみせようじゃないか



そうすれば、
ベストなタイミングで解き放たれた想いが
全てを裁いてゆくから




あえて、
放置した無数の傷痕が力に変わり
完封なきまでに叩き潰れてくれるさ

319.垣間見たのは確変の片鱗

知らない人間が

行き交う雑踏

波に呑まれ立ち尽くす



けれど、



苦しくても俯いたままじゃ

変わらないよ


手を伸ばしてくれているのに



怖くても震えてるだけじゃ

気付かないよ


心まで温めてくれるような体温に





ちら見でいいから、こっちを向いて?



そしたら、一秒先が変わるから

320.掴める、取り零す事も無く

君が話す未来に


当たり前に

最初からそうであるように


そこに存在している僕



煌めいている君の瞳

その中に描く未来を


探して捜して



2人分の手なら、必ず――――

321.皆無だってきっと不幸

不幸のない世界って幸せ?




悲しいことも無くて

怒ることも無くて




だったら、

喜ぶことだけ?

褒められることだけ?




けれど、

何がなかったら喜びになる?


何がなかったら褒められる?



不幸が判らなければ

幸せの基準が判らない



死だってそう




想いを託して死を選んだ人は不幸なの?


満足だったって死を受け入れた人は不幸なの?



泣けるから笑えて

悲しみがあるから喜べて

怒れるから楽しめて



それが感情じゃん

それが人生じゃん

322.器こそ重要なれど

崇め祭り上げられる


神として

存在理由を決め付けられた




高みを奪われる


最高位に就かされた僕は

それ以上になれない




続きすらなく繰り返す


僕がいるから平穏だ

僕がいないから災厄だ




僕は、


見える玉座を彩るただの装飾品

見えない声で縛り上げられがんじがらめ




僕は、要らない

ボクの、ナカミは

ぼくでなくても、




さして問題は無いんだ

323.呼吸困難、認識したって止まらない

貴女が恥ずかしくないように


貴女が偉くなるように


貴女が困らないように


貴女は出来る子だから





貴女が、


貴女の、


貴女は、





全ては私の為、と。






差し出す手に

差し伸べる手に


掴む手に






あの人が握っているのは


あの人の言葉で創った


私をがんじがらめに縛る


私専用の鎖



その先に繋がるのは


首を締める輪っかだった

324.給料3ヶ月分なんて私には勿体無いかもね

大きい大きい

誰もが羨む様な


きらびやかな箱より





小さい小さい

誰もが見落としそうな


色の無い箱に



私の幸福はある

325.ナニカの意思によって

現在に下された

作為的な罰



償うべき過去の

悪意的な罪



全ては人為的な

未来の為に

326.意図せず霞んだ景色

重く閉じようとする瞼を開けて


生きててよかったと思うのは



最初に見えた景色のせいだろうか?

327.とどのつまり、当たらずと雖も遠からず

私を守ろうとして
誰かが傷付くなら

奴が向けた刃に
自ら飛び込んで


奴の罪の枷を私が増やして
全てを終わらせる


私の大切な人達と
二度と会わないように


望まれてなかったのだから
産まれてこなければよかった



そうすれば
私は奴に会わなかった
奴も私に会わなかった


そうすれば
誰かを傷付けることは無かった
誰も傷付くことは無かった




失うだけの世界なら
最初から無い方がいい

328.嘘を付く程でも無い、ただほんの少し事実を歪ませる、それだけ

弱いと言えるほど強くなくて


強がりを言えるほど弱さを見せれなくて



だから


惚けて知らないフリをして



誰にも分からないように終わらせるんだ

329.招かれざる○○

終わりが無いからと

行き先を消した



分かるはずが無いと


笑顔を拒んだ



飾りモノなんだと自覚して


見える景色を引き裂いた



不要だと世界から破棄された



だから、



吐き出した衝動で


砕き潰してやった

330.赤色灯が光だった

壊れた心で戻れば奈落


奪われた権利を主張しても転落


消された存在だから堕落





目を開けても

閉じても


同じ色しか見えないのは


狂いかけた脳が

嘘をついてるだけ



アカイユメを魅ているだけなんだ

331.さしずめ僕は君の王子様

君とかくれんぼ

鬼は僕




探し彷徨い歩くけれど

手掛かりが無いわけじゃないんだ




鬼さんこちらと

君の密やかな息遣いが手招きする





横恋慕されたって問題ないさ



君を見つけ出せるのは僕だけだから






ほら、見付けたよ



イケナイ子だね、

見つかったら素直に鬼のモノにならなきゃ





遊びは終わったんだと


僕は君の行く手を通せんぼ

332.裏革命の常套手段

強がりの君が言う

仕方がない変わってあげると




そして僕は言う

ありがとうと





すり替えた、すり代わった




誰にも分からないのだから



天誅など僕らには下らない

333.貴女達のおかげで産まれてきて良かったと思えるようになったんだ

父親も母親も母親の弟も


泣き叫んだって

手を伸ばしたって


こちらを見ようとしなかったのに


母親の弟の奥さんだけは


私の姪だと

私の家族だと


私を見てくれた


血の繋がりなんて全く無いのに



だから、医者の同僚で親友が叔母さんを助けられなくても


叔父さんが命懸けで産まれた我が子に会いに来なくても



私は笑うんだ


叔母さんが言ったから

他愛ない日常会話だとしても

好きだと言ったから



叔父さんが再婚して

その奥さんが運び込まれたのは運命の悪戯か



我が子が居なくなって厄介払い出来たと言いたそうな顔をした


主治医を代えてくれと言った


そんな叔父さんでも


私は許そう



再婚相手の奥さんが言ったから



私の姪に当たる人でしょ


私の家族なんでしょ


代わる必要なんて無いと言ったから



だから私は全てを許すんだ


幾年分の涙を流しながら


忘れかけてた本当の笑顔で



そして言いたいんだ



貴女に

生きていてくれてありがとうと


貴女の赤ちゃんに

産まれてきてくれてありがとうと



その手伝いが出来て本当に良かったと

334.俺とあいつは似て非なるもの

落ち込む君へと伸ばした手を下ろし握り締めた





あいつと同じことは出来なかったから


あいつに頭を撫でられて
嬉しそうに微笑んでいた
君を見てしまっているから




励ましなんて軽くも出来ずに




君もあいつも
お互いを兄妹みたいなものと言う



同じ施設で育ったのだから
あながち間違ってはいないだろうけど





君とあいつの間に

割って入るだけの隙間も
無理矢理奪う勇気も


俺には無かったんだ

335.知っていることが良いって訳じゃ無かった

的外れな答えで
はぐらかしてるわけでもない


君の知り合いが気を使って
遠回しに言うけど気が付かない



けれど僕は分かったんだ


鈍感じゃなくて



両親に棄てられて
愛されたことが無いから


今まで誰かを
愛したことが無いから



分からないだけなんだと




だから教えていけばいいと思った



他でもない僕が



君のハジメテに

336.優しい嘘は絵空事でいい

彼女は一介の刑事


殺された彼はキャリア




何の接点も無さそうな2人なのに



頻繁に会っていたことが分かって



仲間にも彼の奥さんにも疑われているのに




彼女は話さない



実は彼女の正体は

彼と彼女の未婚の母との子供だった




無事、事件解決


奥さんは全てを許し

お線香をあげに会いにおいで

と言うが彼女は首を縦には振らなかった



刑事としての仕事を全うし

その場を去った




しかし一人になった

彼女の目からは

静かな雫が流れていた

337.時に無情、刻は有情

時計の針が


左へ回らないように



君と僕の過ごした時間が


増えることはあっても


減ることはないんだ




身体が消失しても


想いは消滅しないから

338.所詮はお遊び、おままごと

好きを散りばめて


愛していると着飾って


結婚という儀式で縛られて


理想という思い込みで塗り固め


君が望む様に物真似をしようか

339.演者も観客も置き去りに舞台は続く

遠く遠く離れた


太陽は

朝を演じるのだろう



月は

夜を演じるのだろう




地上の都合など全く構わずに




ちっぽけな地球は舞台となりて



広大な宇宙の隅っこで




繰り広げられるは



喜劇か

悲劇か




幕引きなどありはしないのだから




果たしてどちらなのかと



思考を巡らせるだけ無駄かもしれない

340.微笑みを湛えた意味は、感謝か軽蔑か

貴方が
あの子の親で良かった



貴方が
あの子を放置してくれていた



そのお陰で
私はあの子の傍にいられた



水入らずでいられた


最期まで一緒にいられた

341.糸の様にか細く頼りない三日月でも私にとっては眩し過ぎる程とても明るい光だった

復讐してくれた貴方と
こんな私へは

引き金を引けなくても


あいつになら躊躇いなく引ける




それが私の正義





警察官として

人間として


間違っているのは分かっている



けれど私は貴方に言うの




ありがとうと
守ってくれてありがとうと

342.なんなら予告状でも出しましょうか?貴方の心を頂きに、私の心を奪われに参ります、と。

貴方を送り出す時


お仕事頑張ってね

じゃなくて


お仕事気を付けてね

って私はいつも言う




何気なく交わす言葉


その裏側の意味を探るなんてこともなく
貴方は気の無い返事を返す



けれど、ふとした出来事で貴方と言い合いになった





仕事の都合で記念日は祝えなくて



恋人達のイベントも言われたって一緒にいられない




プレゼントだって
面倒くさがりやで世の中に疎い貴方から貰った物はない





付き合っていたら普通であろう望みすら叶えられないと


貴方は吐き捨てる様に言った



けれど私は、

貴方がいればそれでいいの

悩まなくていいの




私は毎日プレゼントを貰っているから



貴方が無事に帰って来るという

一番嬉しいプレゼント

343.トロイメライが鳴り響く

突然突き付けられる真実が
壊してゆく常識


逃れられない運命が覚醒め
静かな幕開けとなる


現実を歪めてでも
誰も望まぬ結末へと誘う


その導はあの日抱いた夢

344.私の周りだけを避ける様にして、狂喜に満ちた黒いモノと穢らわしい赤い液体が蔓延している

どれだけ
裏の世界を知っても



どれだけ
大人の事情を理解しても



どれだけ
子供らしくない子供でも



結局私は
何も出来ないガキなんだ

345.全て知ることは出来なくても

言えないことも

言いたくないことも

言わなくていい



分かりやすく

嘘を付いても構わない




だけど


我慢だけはするな

346.鼻持ちならないのは結局全てだった

アナタの愛の重さに

耐えきれなかっただけ



ワタシの愛が軽かっただけ



貴方と私が別れた理由は

たったそれだけ


それだけだった

347.敬意を払って貰える人物になりたい

ワタシにはリスペクトする人物がいない

こうだけはなりたくないと思う人物ならたくさんいるが

けれどそれでいい

これはワタシの人生なのだから

348.されど四季があるのは素晴らしい

私は秋冬が好きだ

春夏の方が温かく解放的だと言う人もいるかもしれないが

自分の誕生月が含まれているのを差し引いても

脱いでも涼しくはならない春夏より

着れば多少は温かくなる秋冬の方が

私は好きだ

349.表裏蝉時雨

英雄は蔓延る悪を根絶やしにしたいと吼える


しかし、悪を抹殺してしまっては裁きなんて出来やしない



ある程度の悪は必要なんだ



その他大勢が
善良な一般市民でいる為にはね

350.向こう側から絡め取られてしまうのならば

何も変わらなくていい

手が届かなくなるくらいなら

今のままでいい


変化を望むぐらいなら

退屈でいい

351.無が希

何も望まなければ

何も生まれない


悲しみも絶望も


だから私は

何も願わない

352.空っぽな心には何でも入る、善も悪も、愛も憎しみも

朝になったら、おはよう


夜になったら、おやすみ


毎時間、毎日、


その度に電話やメールをするのは


とても面倒なんだ



だから、毎時間、毎日、



隣で言わせてくれないかな?

353.あの人にさえ君が必要な時代は終わったと突き付けられた

あの人の命がけの物語を

下らない下らない

殺人ゲームに変えてしまったんだ

354.自分を許してやっても、もういいんじゃない?

そんな感じで
理解を示したふりをして監視する


ダ・カーポのように
最初に戻って繰り返すなんてこと

二度ないように


ホワイトライで創りあげたモックアップが


壊れることはあり得ない

355.まるごとって、そういうことでしょ

例えあなた達家族が近しい存在だからこそ


悩み苦しんだ結果見捨てても


私はあの人を愛している



例えあの人が愛の意味を理解出来なくて


あの人が言う好きが


単なる人としてでも構わない





介助でも介護でもない



明日を生きる為に


私はあの人と一緒にいたい

356.貴方が必ず捜し出してくれるのだから、私は逃げ出したらその時まで隠れていればいいと思ったのよ。

貴方と喧嘩して別れ話にまでなって、そしたら厄介な事件に巻き込まれた



犯人に差し出されてかけた電話の相手はもちろん貴方




最後だからと、日頃の鬱憤を並べ立てて大っ嫌いと言ってやった






だけど分かってくれるよね?





真実と嘘と手掛かりと





ありったけに散りばめた


貴方だけが解ける暗号なんだから

357.上下と前後と左右

立ちはだかって通せんぼをする前でも



のし掛かって押し潰す上でもなく



絡み取るように引き戻す後ろでもなく



奈落の底へ引きずり込む下でもない



気が付けば同じ方向を優しく見て隣にいる

358.見るだけの夢はいつか夢に喰われる

夢見たドラマチックな妄想でも

語った惨めな過失でもない




最低な人間が最低な事をしたという事実だけ

359.夜が明ければ朝が来るなんて、決して日常ではない

闘いを終わらせる為の犠牲ではなく



大切な人を守る為に死ぬのでもなく



1秒でも共に生きたいと願うなら



こんな非日常からいつもの平凡へ



きっと

360.独りじゃなくて、1人だから

他を全て制圧する支配者は強い


しかし、

支配者に全て劣っていても

勝つことは出来る



何故なら、

補ってくれる仲間がいるのだから

361.相変わらずはどちらか

空を見上げる


地面がどれだけ薄汚れようとも


空はいつだって綺麗なまま

362.私の上には何も無い

貴様ごときが

私と同じステージに立つなど

蹴り落とされる覚悟はあるのかい?

363.お礼を言わなきゃいけないかしら、こんな寒い中待っててくれたのだから

漆黒の闇夜に舞い散るは
穢れ無き純白の雪


それを一辺の隙間もなく染めるのは
溢れ出す緋色の鮮血



彼等の目を欺く為に用意した

死装束としては無様な衣装と
死に花を咲かせる為に構築した小細工



裏切り者の死に場所には上等かしらね

364.犯人に分からない様に結構必死だったんだけどな

私の暗号を解りづらいと文句を言う



けれど来てくれた


ちゃんと助けに来てくれたじゃない



貴方なら解けるって信じていたからだよ

365.一緒にいて悪夢を見るか、守られて正夢を演じるか

そこかしこに散らばった伏線を


ひとつひとつ繋ぎ



お馴染みの既視感に染まる

366.言い知れぬ幸福

逝った大切な人達が願った
私の幸せ


逝く大切な人達の幸せを
私は願うだけ



だから
残る自分が幸せになる術を
私は知らない





けれど
残った貴方に良かったと
思えるのだから


これはきっと
幸せなことなのだろう

367.四月馬鹿

エイプリルフールにかこつけて、言ってみた




貴方の事が好きだと





意外にも信じた貴方



だけど、今日がエイプリルフールだと気付いて怒ってしまう



だから、




騙されてやんの



と誤魔化してみた




それなのに、




仕方がねぇな
騙されてやるよ、一生




なんて笑って言って、貴方は私を抱き締めた






誤魔化しきれずに悲しく流した涙を嘘にしよう

368.独り置いて逝かないでと私の最初で最後の我が儘に、絶対は無理だが努力すると貴方は応えてくれた。

他人の幸せを願った



自分の居ない世界の平和を願った




けれどそれではダメらしい




逝ってしまった唯一無二が言ったから




だから




自分とあの人と、




みんなと過ごす平和な世界と幸せを願うことにした

369.目に見えないものこそ

題、「命」





それは私の作品



世界中から注目を集める作品展の一角



有名も無名も関係ない、飾られた絵達。







だけど、そこに私の「絵」は無く。




かける為のフックと題名のみで壁は丸見え。






しかし、絵は出来ていた。




今までで最高傑作と呼べるものが。



だが、もう無い。





子供達の不注意で燃えてしまった。



アトリエごと。






泣き謝る子供達を私は抱き締めた。






怪我が無くて、誰も被害に遭わなくて良かったと。




だって、私の絵は、絵のモデルは、



都会から遠く離れた、


生まれ育った小さな小さな村とあたたかい村民だから。





私が命を吹き込んだ絵が守ってくれた。






だから、「この」作品は私の最高傑作に変わりない。

370.意味記憶もエピソード記憶も手続き記憶もあるのに。………………それとも、『あるから』なのか?

楽しくはしゃげる友達も


言い合い出来る関係の好きな人も


どんな時も頼れる知り合いも


心配してくれる隣人もいるのに




何で私は孤独を感じるの?


何で私は一人なの?


何で私は一人ぼっちなの?





ねぇ、どうして?

371.有象無象が未曾有の集約してタイムパラドックスを

ありったけのイマジネーションを働かせて


散りばめられたモザイクアプローチを


自慢のオッドアイで繋ぎ合わす



今日はボタニガル柄のワンピース


マイクロエクスプレッションさえ見逃さない




一度だけの恋


二度と無い激情


三度目の正直



オーメンは既に





エコーロケーションで知る君の部屋の広さ


壁に反射する君の声の反響はとても心地いい




極彩色の如く、君で彩る僕の部屋





シュレーディンガーの猫と洒落込んで


クレイジーダイヤモンドの様に髑髏を並べよう




ブラックライトに照らされた


美しい君の髪とかして


経年変化に囚われない神と化そう

372.新進気鋭と言われるまで

目標を設定し

努力を重ねる



どんな困難も耐え抜き


目標を実現したい




迷わずに生けるなら


心砕けてもいい




夢を見たいが為に


夢の無い世界を選び


望んだ寂れた現実に身を置いた

373.悪魔の証明にすらならない

「何で信じてくれるの?」






「疑う理由が無いから。」

374.それが例え有罪でも

誰も呼んでくれないけど



貴方達は呼んでくれるでしょ


真っ直ぐ見てくれるでしょ


認識してくれるでしょ



調書という記録に残るでしょ




私がここにいるという証が



私の生きているという証が





私の中に刻まれた遺伝子を


分け与えてくれた人達には


一度だって呼んでもらえないとしても





『私』という証拠を



『それ』は証明してくれる

375.僕(やつがれ)

偽ってた訳じゃない


だけど素でもない



君に見せたのは


一人称が俺になる前の


私だったのかもしれない

376.愛想が無いからと付けられた仮面が鏡の中で笑っていたから私も笑えると思った

笑うことは良いこと?



私にとって笑うことは、


両親のご機嫌取りと


両親の世間体と


両親への評価の対価



両親と親子ごっこの手段



私にとって笑うことは、


筋肉の運動に過ぎない

377.アンフェアは案外フェアなのかもしれない

アンフェアなのは、


婚約者を殺した刑事でも
復讐を気取った仲間でも
地位に固執した組織でも
見て見ぬふりの傍観でも
無慈悲で残忍な犯人でも
不条理な世の中でも無い



アンフェアなのは、


おしどり夫婦と評判の両親が仮面を外し殺しあった時に
偽装工作をしなければならないと第一に考えてしまった

身勝手で利己的な愛を刷り込まれ
両親だけは絶対と植え付けられた
空っぽになるしか無かった幼い私

378.結局後悔するとしても

その他大勢はたくさんいる

その度に関わっていてはキリがない

全員を救うことなんて出来やしない

だけど、出会ったことに意味があるなら

私がいる意味があるなら

一人でも減るのなら

今、全力で

379.ツマラナイ玩具、クダラナイ飼主

貴方が遠退いてく姿だけは


何年前でも昨日?

いや、寧ろ何秒か前なくらいに想い描ける



路頭に迷ったのは


散々弄ばれて挙げ句に

棄てることさえ忘れられた消耗品の私



中身なんかどうでも良くて

少しずつ味わいたいだけで

新しいもの好きで流行りを追うくせに欲張りだから



捨て台詞はいつも

代わりはいくらでもある



自由な作り話は絡まって

溶けたら最後、解けた嘘に説けた心は

鏡に聞いても無表情を反すだけで



貴方が一時の気の迷いで付けた傷だって

私は一生背負い続ける

380.こっち側にいたい理由

守れないなら

壊すしか出来ないなら

全部壊してやる



向こう側に踏み出し掛けた

その一歩が着く前に

掴まれ引かれた手の強さ



絡み付く枷は

冷たい鎖ではなく

温かい赤い糸

381.将来設計は机上の空論で

希望に代われないなら

現状が変わらないなら

絶望に飼われよう

382.独り善がりは誰だった?

離れていくような気がしたのだけれど


初めから全部嘘だったのだから


一歩すら近付いていなかったのは当然


都合良く瞳に映されて脳が錯覚していただけ



自覚した途端に意味を失ったのは


何よりも大事な人と刻んだ大切な思い出

383.それはきっと自分の為でしかない

死にたい訳でも


生きたい訳でもない



ただどちらかしか出来ないなら生きたい


それも永遠に



それならば私が死ぬことで悲しむことは無い



誰かが死んで悲しいなら私が我慢すればいいだけ




私のことで誰も悲しまなくて済むから

384.帰って居る場所ならいくつもある

こっち側でもない
そっち側でもない
あっち側でもない
どっち側でもない



居場所なんて要らない



居たいところにいるだけだから

385.私だけは待っていたい

私は待っているだけしか出来ない


けどね


どこに行っても構わないよ



帰って来る場所なら


ここにあるから

386.泥臭くとも

高らかなガラスに四方を閉じ込められるより

綺麗なガラスのきらびやかな向こう側に行けなくても


誰に臆することなく自由でいたい

387.命懸けなのだから

産まれて来なければ良かったのか?



私を犠牲に産まれてきたと知ってそう叫ぶ貴方に言うわ




産まれて来てくれたから


産まれて来てくれて良かったと



私に思わせてくれたのよ

388.それが条件

私の命を使って賭けをするから



勝っても敗けても



自分のせいにしないで

389.鈍感な俺でも気付くぐらいにな

滲み溢れてるんだよ


意のままに操りたい


支配したいっていう



醜い思考がな

390.見上げる空は青かった

貴方の思ってるようになれてる?


ちゃんと出来てる?



ちゃんと生きているから



要らない心配はしなくていいよ

391.握り締めた拳に赤が滲んでも

掴む裾に込めた気持ちへ



離れるなと言ったくせに




涙を掬えないなら


心を救えないなら




自ら離れる理由なら作ってしまったから



傍に居れない理由なら貰ったから

392.危険すら守って

危険だと止められても


守りたくて飛び込んだ



けれど




止められることで守られていたのは



己の方だった

393.この音さえ声に負けるかもしれない

僕を殺した



期待とか



罵倒とか



そんな言葉を




文字の羅列を




聞こえないように



愉快な笑い声で塞いで




靴の踵を潰すように




それらを吐き出す奴らを




僕は、

394.癒し空間に増えた心地好さ

会ってしまった。




仲の悪い(と勝手に思われていると私は思っている)上司が、バーのカウンターに居たからだ。




馴染みの席でないと落ち着かないので、仕方がないから上司の隣へ座り。



いつものと頼んだものは、隣にもあったものだと頼んでから気付く。




だが、プライベートだ。



気にせず、だが一応一言断りを入れて、癒しの読書に浸る。




しかし何故か上司が覗き込んでくる。



嫌っているくせに何だと思いつつ。



読まないで下さい。



と言えば、何故だか気まずそうに悲しそうに視線を逸らす。




意味が分からないが、こちらが悪いみたいな空気なので、とりあえず弁解の意を込めて。



これは下巻ですから。




と昼休みに読み終わった上巻を差し出したら。



何故だか、嬉しそうに受け取った。






何だ、嫌われているんじゃないのか?



ヤメテクレ。



キタイシテシマウカラ。

395.ムペンバ効果

最初から冷たい水より



温かい湯を知ってしまったら



冷めてしまうのは早く



ついには凍ってしまう





だから、



水でいい



水がいい




湯を求め凍えてしまうよりは。

396.プルースト効果

大好きだったあの味



貴方も一緒だと知った瞬間から



もっと好きになった





けれど、今は、




貴方の居ない今は、



貴方が思い出の今は、




塩辛いだけの



大嫌いな味になってしまった

397.プラシーボ効果

誰に対しても笑顔で話す君が俺に気付く




綺麗な君に知られたくなくて




溢れ出しそうな醜い嫉妬心を



封じ込めるように君を抱き締めて



誤魔化し隠すは自分の為





普段は人の居る場所ではしない行動に




具合が悪い?大丈夫?と優しい君の顔が心配そうに歪む




倒れ込んだと的外れな心配する君に




思わず吹き出してしまい




君が拗ねてしまったので




大丈夫と言って謝った





君の存在は不安材料



けれど




君の言動は俺の安定剤





言葉に反して離れぬ身体に



怒る言葉とは裏腹に抱き締め返してくれる君に






君以外は無理だと悟る

398.エキストラだってただのギミックではない

情報を駆使して


完璧な計画を立てた



けれど見落としたんだ



使った駒が人間だということを




人の感情で狂わされ



オートメーション化が誤算を生んだ




思わぬ番狂わせは



まさにヒューマンエラー

399.空中のファクトリーにてパレイドリア散歩

すぐそこだから付き合えと



相棒が言うものだから



仕方がないと行ってみたのに





己の思慮の浅はかさを恨む




どこがすぐなんだと






しかしすぐさま撤回したのは




息抜きに誘ったのだと




薄赤に染まる耳が告げていたから

400.見たいけど見せたくない、そんなガキな男心

素敵な服でしょ、一目惚れしちゃって




パーティードレスを身に纏い一回転する君




馬子にも衣装だな、ドレスもお前にだけは着られたくなかったんじゃないのか




なんて毒づいてしまう




怒って去る君に、ごめんと呟く




いじめたいのは否定出来ないんだけどな、本当に傷付けて痛めつけたい訳じゃないんだと




言えれば。






似合っているも



無自覚に可愛い君に



言えれば。






だけど、




そんな君の魅力を知るのは僕だけでいいとは




まさか、言えない。

401.貴方がいる世界だから意味がある

生きる理由なら無くなった


あの人がもういないから



だけど生かされる理由なら有る


国を守る兵器として



それに生きたい理由も見付かった

貴方がいるから

402.論争も詭弁も拐かして

悪党のお願いや頼み事は、利用して使い捨てることと類義なんですよね、


だから失望させないで下さいよ、先輩。



と、不敵に微笑むあいつは、

目をかけていた俺の後輩だ。




不可能なものを除外して残ったものが

例えどんなに信じられなくてもそれが真実


と誰かが言っていた気がする。




指定された居場所がすぐに分かったのは、牙を剥いたあいつに招待状を貰ったからに他ならない。






紙を上手く使えれば神だって遣えるはずだから。




神よ、誰も信じられなくなったとしたても



今この時だけ、俺にチャンスを下さい。




必ずこの難問を解決するから、少しの間だけ我慢して待つことは可能だろうか。





良い組織ではなくすべきことをする組織に身を置く俺達には、

これは命令であり、選択肢も拒否権も無いのだ。




頑張ることなんて無いけれど、俺は組織の手伝い程度しか出来ない。



組織の事実をねじ曲げて守れるものなどないと思い知っているから、


己の信念を裏切らず、一縷の望みごと、あいつを貫け。

403.クロニックサイレントマジョリティー

荒れ果てた大地は赤に染まり

無数の屍が放つ死臭

鳴り響く武器の音

空は灰色に覆われる


それでもその空間には

希望が存在する


そんな光景を容易に想像出来ない貴方達には

綺麗な服装で机上の空論しか出来ない貴方には

クニを守ることは出来ない

404.メモリアパース

何故、生に縋るのか


何故、死を恐れるのか


何故、己の生を諦めてまでも他から死を防ぎたいのか


いつか来る終わりよりも


受け継がれるは魂

405.踏み止まれたのは

お前はこっち側だとあいつは叫ぶ

だろうな。と俺も思う。


だけど。

越えちゃならない境界線に一歩踏み出しかけた時、

引き留めたその腕を俺は振り払えないから


振り払いたくないから


だから、俺はそっち側にはいかない

いきたくないんだ

406.芽生えた想いは

私が居ない世界が私の幸せなら、

私が生きることを願う人達と

私はどうしたら幸せになれる?



貴方が生きていて良かったと思えたその恋心は

きっと幸せなこと



私が私の幸せを願ってもいいなら

私は貴方と生きて行きたい

407.褒められるべきことじゃないとしても感謝すべきことだと感じる

私を見付けたのは貴方だ


だけど先に俺を見なくなったのもお前だ





真っ直ぐ見ていたのに、

誰よりも真っ直ぐ見ていたのに、

逸らすのはいつも向こうで、

見つけ出した貴方は見てくれたのに、





逸らしたのは、
見ようとしなくなったのは、
お前だから



だから離れたんだ

不要だと離されたから離れたんだ







今更必要とか叫ばれても

もう遅い

居場所はお前のところに見いだせない




その目は俺でも無く私でも無く


闇を見ているから

堕ちるだけの闇を


欲していたから

408.光も闇も存在は消せない

闇の底にいたとしても


闇に堕ちて染まるんじゃない

見えなくてもあるはずだと光を探して



光は無理矢理なるものでもない


光は周りから貰うもの



ろうそくの灯火のように

移ろい増えてゆく

409.それが人間に産まれ堕ちた性なのだろうか

ある人は、世界はつまらないと言った



ある人は、世界は理不尽ばかりだと言った



ある人は、世界には闇しか無いと言った



ある人は、世界一不幸だと言った






けれど私は、世界は何でもあると思う






そんな感情が抱けるだけの素晴らしい世界だと

410.離せない

伸ばされた手を、



抱き締められた体を、




振り払うのは慣れている





だけど、





伸ばしてしまった手と掴んでくれた手を、



抱き締め返されたぬくもりを、








離すことなんて、出来やしない

411.押し込め諦めた想いが貴方に出会って蘇る

視界に入れて
瞳に映して

私を見て
私の名前を呼んで




いい子になろうとしたのに
悪い子の方が覚えてもらえるから



ここにいる証明を
ここにいてもいい許可を
欲しくて犯した罪も


結局レッテルを貼っただけ



証明したのは悪事だけ
許可されたのは償う為だけ




私はここにいるのに

何故応えてくれないの?



私だけを見てなんて
言わない

愛も
名前も
ぬくもりも
要らないから


一度だけでいいから



私を認識して?

412.私の感情が二度と戻らなくても、私はそれを甘んじて受け入れよう

私に歪んだ愛情を抱く貴方が


私の大切な人達を傷付け


私の心を壊したのだから

私の感情を奪ったのだから


貴方の望みが叶うことは


もう二度と無い



それが貴方が私にしたこと

413.近づいてくる現実、けれど一向に近づかない理想的な安堵の場所

光を求めていたはずなのに、

光に囲まれたら苦しくなった

闇が安心出来たのは、

私自身が闇だから




闇が私を誘うなら

それに応える方が

光の邪魔をしないと

貴方の邪魔をしないと


そう思ったんだ

414.表にした嘘と裏にしておくべき真

認識して欲しくて色々やった

嫌われて当然で、

だけど、否定でも認識してくれるならそれで良くて、

けど、愛する人が出来て

嫌われたくないなんて

虫が良すぎる

全部壊す前提で欲にまみれてもいいけど、

こっちには引きずりたくないから

純粋に愛をくれたあの人を

だから離れるよ


否定されるのが嫌だから

嫌われるのが怖いから

415.君は強いから一人でも大丈夫だけど、あの子は俺が居ないとダメなんて言われるんだ

甘え下手だと分かっている。

必要以上に背負い込むクセも。




問題が起こるたびに、
他人のせいにするよりいいと考えてしまっていて。


誰かが厚意を示してくれても、負担になりたくないと反射的に断ってしまう。








反面、


文句も弱音も吐かないから、

何を任せても安心と思われて。





そんなんだから、本質的には誰も信用しなくなったんだ

416.行くから鍵開けておいて

疑問形で尋ねたら、私は必ず断ってしまうから





貴方はいつも行く前提で話をしてくれるね




だから私は、



心の鍵まで開けることが出来たんだ

417.不遜な態度の女、詭弁をたれる男

別れたいんだが、どうもこの女には通じない。





仕事に集中したいから、と言っても


邪魔にならないように応援するね!







これから忙しくなって会う余裕もなくなるから、と言っても



待つのは得意だから、時間が出来たら連絡で大丈夫だよ!








疲れちゃった、距離を置きたい、と言っても






ごめんね。会う頻度減らす?










俺には勿体ないから、と言っても





そんなことないよ。でも、誉めてくれて嬉しいよ!








極めつけは、






トキメキを感じない、そろそろ潮時、と言ったら、




空気みたいに家族同然になったんだね!










まさかの、プロポーズ待ち?







ヤメテクレ!


誰かこの勘違い女をなんとかしてくれ!














奥ノ手ナンテ使ワセナイデクレヨナ?





タノムカラ・・・・・

418.密かに研いできた牙をここぞとばかりに突き立てる

小さな夢では君は動かせない

夢は生きるための糧だから


この閉鎖的な、君には小さすぎるここを出て


今を見て?


明日がくるとは限らないし、歩くその道はどこにつながるか分からないけれど


新しいことをやらないのは停滞しているのと同じになってしまうよ




最高の価値とは、一度きりの人生の中で得られる未来を担う体験なんだから



旅はまだまだ長いから、くたびれないようにゆっくり根を深く張りなさい


動き続けることで、


一度見失ってしまった可能性でも、


メリーゴーランドみたいに

同じ景色を見て手に出来るチャンスが巡ってくるから

419.欲張り過ぎると損をしますよ

同期が彼女がいるのに、合コンに行くんだよね。



なんて唐突に話始めた。




実際に合コンに行っているのは、貴方の方だって分かっているよ。



自分の行為をあたかも他人のこととして話をして、私の反応を見ているんでしょう?



今後も継続するかどうか決めようという魂胆でしょう。


後ろめたい行動をとっているから、予防線を張ろうとしていることぐらいお見通しなのよ。



だってちょっと


彼女が優しく待っていてくれているからと甘えてさ、刺激を求めて逃げているだけでしょ。合コンとかありえない。


なんて言ったら。







ほ、本当、本当だよな。絶対にありえないよな。正直言って人として屑だよな。まっ、俺は誓って無いけど。





って、



手元のリモコンに触れながら、泳ぐ視線と不自然に言葉を強調してる。






嘘をついている時や隠し事がある時に、


自分が言っていることを信じ込ませようとするあまり、


繰り返し言葉を強調する傾向にあるってこと、




貴方は知らないみたいね。

420.インティファーダのバタフライ効果

くだらないと思っていた予言が実現した

だからそれ以外の予言も当たらなければ可笑しいんだ



最終予言であり、僕の望みでもある



世界の終わりを叶える為には、


並べられた予言を当てなければならない、



予言が一つでも外れたと、

ネットの掲示板にでも書かれて拡散してしまったら、


社会の悪意の巣窟、現実では愛想と建前で隠される本音もネットでは垂れ流されていってしまうから




信憑性だって下がってしまうから




この腐った世の中に制裁が加えられる手伝いをしたって構わないだろう、


退屈した日々から解き放つ為に選ばれたんだから








使命感に、



心の高揚に、



密かな興奮さえ抑えきれずに






決意を表明するための予告を出して、己の気分を伝染させる











素直な黒さは白くもなり、偽った白さは黒くもなる




さあ、どちらが勝つか見物だ。

421.来ちゃいました。

ネクタイを直した君に一目惚れをして





僕の猛アプローチにも気付かない君に



プロポーズしたのは



敵いっこない


パーフェクトヒューマンだった








愛した同性の婚約パーティーに参加して




祝福しに行った君が






格好もそのままの君が




寒空の下






黄昏ている僕に





気まずそうにはにかんでいた

422.冬に出会って、春に思い出を重ね、夏に告げた終わりは、秋にまた始まって、冬に続いていく

貴方はいつも携帯を不携帯




電池だって無いことが多いから


まるで繋がらない





仕方ないから


充電器をプレゼントしたの







そしたら充電器だけ持ち歩くってどういうことかしら?











本当に仕方ないから




病院から直接来ちゃったわよ

423.リングワンダーリング

暗い場所で、


来るはずのない


いつかを





夢見る心は、


ガラスよりも脆く





振り払えない希望が



煙のように揺れる







正解なんて、


誰かの都合のいいものだけを


そう呼ぶのだから






そんな正解の中に、



真実何てものは無い






トレースしたのは、


幸せに生きたかった丸い貝












生贄という面目躍如を担う

424.モビング~これが明かされる瞬間、この世に私はいないの?いいえ、死人に口無しなんて言わせない~

ウザキャラで通っているこの私が、まさか殺人容疑で仲間から取り調べを受けるなんてね。



私の指紋も付いた遺留品が現場にあったらしいけど、知らないと挑発して後は無視していた。




温厚な仲間さえしびれを切らしかけた時、ポケットから出した右手首を掴まれた。



「やっぱり侮れない・・・。貴方が、味方で良かった。だから、私達の勝ちね。」



倒れる寸前に私が言った言葉と転がった錠剤が物語るのは、事前に策を講じた為の阻止の失敗だった。




意識不明の重体になった私から、上司へ郵送した辞表が届いたみたい。




さあ、託しましたよ。





フーダニット?

(真犯人は分かっていますから)

連れてきてください。






ハウダニット?

(証拠は揃えてありますから)

自由に使ってください。







ホワイダニット?

(結構単純ですから)

怒らないでください。










狙い通りに、仲間が事情聴取に呼んだのは、ある世界での重鎮の息子。




この男こそ、またねと言って私の髪飾りに触れた真の犯人。


子供を殺すと恫喝し両親に殺し合いをさせ、私以外の兄弟も目の前で殺した。


帰り際には通りかかったタクシーの運転手を殺し、逃走する為の手段を確保するという残忍かつ冷静さもみられた。



理由は単純明快で、私に歪んだ愛情を持っていたから。


家族が私を不幸にすると思い込み、その前に守りたかったから邪魔になる家族を抹殺した、って理由。




まあ分析したのは、被害者である私の主治医だけどね。



私が託した証拠を突きつけたら、乗り込んで来たのは親である重鎮だった。



俺を誰だと思っている。というお決まりのセリフも義憤を覚えた仲間には効かない。


膠着状態の中現れた私が仕掛けた罠は、どう見ても釣り合わない冴えない先輩と交際し証拠にキスを迫るというもの。



そしたら、まんまと引っかかった。



誰にも奪われたくないだの、自分だけのものにしたいだの。欲望丸出しで襲いかかってきたから返り討ちにして、重鎮に投げ返してやった。



これでも警察学校を主席で卒業したんだから。

私の周りで発生した事件の揉み消しを探る為に、内勤を希望しバカなふりして色々部署を回っていただけよ。


父親からは頭の良さと、母親からは家庭的な面と、姉からは流行と、兄からは優しさと、妹からは社交性と、弟からは武闘と。


たくさん貰ったから、それを駆使しただけ。




一呼吸ののち、大仰な態度で真犯人が嘲笑った。



天使の声が聞こえるんだとか、自分は壊れているんだから仕方ないとか。



仲間が殴りかかるのを止めて、



「一つ良いことを教えてあげます。」



と私は真犯人に話しかける。



「貴方は壊れてなんかいない、いたって正常です。壊れた人は自分が壊れたなんて言わないし、思いもしないですから。一番知りたいはずの、家族を失った悲しみさえ分からなくなった。だから、私は、貴方の愛に応えることは絶対にありません。それが貴方が私にしたことです。」




自分の手で一矢報いたいと言った主治医を道連れに、取り調べ中に死ぬことで騒ぐであろうマスコミを利用して、全てを明らかにしようと思ったのは、単に犯罪者を取り締まりたかっただけ。



忖度ばかりで是正もままならない上層部を動かすには、これくらいの代償は当然だ。




ウザキャラがフェイクだったので、淡々と話す私が信じられないようで。




不憫に思うよりも君と見る世界を共有出来ないことが悔しいと、先輩が言ったのは、


自分について昔のことで忘れた、と私が答えたからだったに違いない。

425.これは独り言なんだが

挨拶というのは、


自分からするものであって、



相手から先にされたのを返すのは、



返事であると思うのだが、



どうだろうか?

426.哀テラリウム

虐待を受けているなんて嘘を付くから、



家から出ようなんて言うから、







いつも必死にご機嫌を取りながら、
どうすれば離れて行かないのか、
いつも考えているのに、



存在しているという一縷の希望すら、
先生のせいで、
霞んで消えかかっちゃうじゃない











奪わないでよ。












暴走した恐怖は狂気になり、



邪魔者がいなくなった世界で、



無限の歪愛を与えられ、



捧げた殊勝と、



無垢な愛を向け続ける

427.思い出は無理矢理思い出すものじゃなくてそっと置いておくもの、だと。

掴めそうで掴めない近そうで遠いこの空に、



目を離せば消えて無くなりそうなほど淡く儚く輝く星(ステラ)に、


人々は願いを託し名前を付け物語を作った、


何千年という途方もない昔から。




月(ルナ)は、


洗い立ての太陽(ソレイユ)の様に、


生れたての虹(イーリス)の様に、



光彩(シラー)よろしく、力強くなんて話かけず、


優しく照らし語りかけるのは心の中。

428.神は誰が為にも采も振らない

弱い者に手を差し伸べる存在でもなく、



強い者を増長させる存在でもなく、



責任を取りたくない人間が造り出した都合のいい存在




良いことは神のお陰

悪いことは神の仕業


などと、煮え湯を飲まされたのは


霊験あらたかな神の方なのに


割りに合わないお役は御免を被りたいと



俯瞰で所感を述べた

429.少し傷物にしてしまったけれど、君は上物なんだから恥じる必要はないんだ

人間は絶滅を防ぐ為に、
全員が同じものを好きにならない
そんなようになっている










だから、君は僕を愛するはずなんだ
(君の黒を染める)







愛するべきなんだ
(綺麗な赤が広がり)







愛さなければならないんだ
(穢れの無い白を覗かせてくれた)

430.清廉潔白と腹黒が付き合えるわけがないと、ほざく向こう正面の奴に向かって言ってやったの。

「誰かを守る拳と、誰かを傷付ける拳を、一緒にしないで」と。






誰だって、
一人で生まれたわけでも、
生きてきたわけでもないんだよ、


人を傷つけるということは、
繋がりがある人達も傷つけるということなの。






「分かっているさ。」と己を否定する貴方。






私の貴方への好きというこの気持ち、
それまで否定しないでよ、
一人で終わらせようとしないでよ。







「君を手放すくらいならみっともなくても情けなくてもカッコ悪くても全力でする」と応えてくれたね。







完璧に分かり合うことは出来なくても、
限りなく知ろうとすることは出来る。





貴方と一緒にいたいから、
私はいるだけなのよ。

431.昨日の明日を生きるから、御法度を頂戴?

この瞬間でさえも、一秒後にはもう過去になる








息を止めたって、心臓は動いていて


立ち止まったって、地球は回って




知らない事を、知らないままでいることが、
どれだけ幸せなことなのか。




真実を告げないことは、
嘘を付いているのと同じなのに、




それだけ世の中が、
平和ボケに満ちあふれているということか。









逆らえない時の中で、

コンスタントな時間は待ってくれない。

432.時化が協賛して、潮騒が後援する~私のノットケミカルアジュバンド~

隠れ蓑にした強がりは、



とても硬くて凄く脆い、




併せ持ってしまったから、



ほんの一瞬、


一度でも、


ヒビが入ってしまったが最後、



ガラスの様に粉々に砕け散り、


元に戻ることは難しい、


手に入るものを、


あえて望まないという、


そんな贅沢だって出来るように、


少しでも衝撃を和らげて、


叩きつけるのではなく、


受け入れられるように、


器を作らなければならない

433.「ちゃんと受かったんですよ。お願いですから、目を覚ましてください。」

殺害された被害者が恋人と疑われても、ご想像にお任せします、なんて非協力的で、


その被害者が生き別れた家族だったなんて冗談が真実だったら無言を貫いて。








貴女を籠絡した元上司が、私情を挟み異動を命じた挙げ句、


不正を自首させたくて説得した貴女を刺し重症を負わされても。








後輩である、僕の昇進試験勉強を手伝ってくれる、


そんな冷淡な態度を醸し出すのに、




冷酷ではない貴女を。







僕は、

434.ムーンストーンの寵愛(彼女目線)

「俺じゃなくたっていい。」





土砂降りの雨の中、うずくまって呟いたのは彼だった。





名家の長男だから、モテるのは家柄だけで政略結婚までさせられて。


だけど、断りきれなかった自分が嫌になったらしい。





「貴女に出会えて良かった。」





思わず口にしていた言葉に、彼はそう笑った。





あれから数ヵ月。



彼との穏やかな時間を楽しみに日々を過ごしていたのに、署内中でモラハラ問題が浮上してしまった。


どうにもそういう面で生理的に受け付けない上司が根絶を宣言して、改革を始めた。





「もう限界なんだ。」





あの日、初めて出会った時のようにずぶ濡れで訪れた彼に私は驚きを隠せなかった。


それはそうなると後からになって思うけれど、今はそんなの構ってられなかった。





「貴女が欲しい。」





そう震える手で抱き締められた。





明くる日の彼は、何だかばつが悪そうに謝ってくれた。





「でも、後悔はしていないから。」





それから、私の顔を真っ直ぐ見て、





「貴女が好きだ。結婚してほしい。妻とは離婚する。家も出る。すべてが終わったら、返事を聞かせてほしい。」





決意めいたものを感じたから、私は自分の第六感を信じることにした。






たとえ、二度と会えなくなっても。




鯨幕の外で見ているしか出来なくても、最期の瞬間に立ち会えなくても、公に出来ない関係でも、後ろ指指されたとしても、それでよかった。


愛の結晶であるこの子がいるから。




思い出が心の中にしかなくても、彼に出会えたという事実は失われない。










『すべてが終わる』





重ねた嘘とねじまがった現実に、受け入れてきた彼への真実に疑問を持った。





数年後のすべてが終わったこの世界で、独りきりで取り残されなくて済んだ。


知らないうちに増えていたツーショットの彼が笑うから。



名実共に、最期まで家族として一緒に居られる。










『貴方に出会えてよかった。』

435.ムーンストーンの寵愛(彼目線)

「風邪をひきますよ。」





差し出された傘で土砂降りの雨を遮ったのは、彼女だった。





所轄の警察官で、憧れた職業だから大変だけどやりがいはあって。


だけど、女だからと皮肉も言われるらしい。





「私でよければ、話し相手になりますよ。」






思わず口にしていた言葉に、彼女はそう笑った。





あれから数ヵ月。



彼女との穏やかな時間を楽しみに日々を過ごしていたのに、家中が跡取り問題に躍起になってしまった。


どうにもそういう面で生理的に受け付けない妻に離婚を宣言して、飛び出した。





「どうしたんですか!?」





あの日、初めて出会った時のようにずぶ濡れの俺に驚いた彼女。


それはそうなると後からになって思うが、今はそんなの構ってられなかった。





「私でよければ。」





そう俺をまた受け入れてくれた。




明くる日の彼女は、何事も無かった様に、でも朝帰りになることを心配してくれた。





「朝ごはん、すぐできますから。」





切羽詰まり過ぎて、無理矢理なのは明白なのに。





「分かりました。私でよければ、すべてが終わるまで待っています。」





そう言った彼女から感じたものは、きっと間違ってはいないと直感した。





たとえ、二度と会えなくなっても。




肌から感じるコンクリートとうたれた雨の冷たさに奪われる体温だって、階段の上の気配だって、褒められた関係ではなくて、どんなに非難を浴びようとも、そんなものどうでもよかった。


今際の際に貴女を感じられたから。





思い出が二度と増えなくても、彼女に出会えたという事実は失われない。










『すべてが終わる』





視えていなかったのはお互い様だと、彼女は呆れるだろうか。





数年後の、すべてが終わったこの世界で、独りきりで取り残されなくて済んだ。


たった一度の奇跡である彼女との愛の結晶が笑うから。



名実共に、最期まで家族として一緒に居られる。










『貴女に出会えてよかった。』

436.MIA&POW(高を括った密猟)をしたけれど、AWOL(逃亡)は不可能でKIA(逮捕)された

動物だって、




自然界の弱肉強食な世界より、




人間に守られた籠の中にいた方が、





安全で、長生きできて、






幸せじゃないかと。









自然の摂理を妨げるような愛し方を正当化したくって、



口八丁手八丁で屁理屈を並べ立てるヤツに向かって、






「良かったな。そんな動物と同じになれるぞ。籠(牢屋)の中に入れるんだ。幸せなんだろう?いつまでもいていいぞ。」







と、申し渡した。

437.食い違う各々の思案が、複雑さをより生み出してしまうんだ(私目線)

私といる時、貴方は上の空ね



気づけば、家族連れや老夫婦を見ている





私といなかったら、




私より別な人の方がいいのかな?







先輩達にはお似合いだと、私自身もそう思いたいけれど、何か言いたげなのは分かっている

438.食い違う各々の思案が、複雑さをより生み出してしまうんだ(僕目線)

君といる時、僕はいつも未来のことを考えてしまう



気づけば、家族連れや老夫婦を見ている





君といたら、




君との未来はあんな感じになるだろうかと。







同僚にも発破をかけられて、指輪も用意したのだけれど、切り出し方が浮かばない

439.ベッドの上で受けるプロポーズは、なんて私達らしいんでしょうか

弟が生まれる瞬間、助けてくれた研修医。




まさか、また出会えるとは思っていなかった。



ストーカーに絶ち切られてしまった外科医の道も、貴方に憧れて看護師を目指したんだから。





政略結婚のバツイチだと謙遜するけれど、威圧がなくて威厳はある医者と患者さん達に大評判である貴方。





患者さんの容態が急変して朝まで治療に付き合ったことで私服が血で汚れてしまっていても、格好より私の早出を気にしてくれました。







偶然入院したストーカーと再会した時、個人的なことだと周りに相談しなかったのに、




異変に気付いてくれて、警察さえ信用していない私にも、




何かあったらまず言ってほしい。と心配してくれました。







退院時にナースステーション前でナイフ片手に暴れたストーカーから守ろうと切られても、



大丈夫。と安心させてくれました。











警察が失態を犯して、ストーカーが再び現れてしまっても、




子供を庇った弟を庇った私が倒れても、






絶対助ける。と手術してくれました。

440.俺と君だけのリトミック

緊張から笑顔が引きつるのを隠すためについ口元を手で隠してしまっても、


冷静でいようと心がけてたのが周囲からみればただの無表情になってしまっていても、





君は笑って隣にいてくれた。








仕事や男友達の話をする君に、段々俺なんかといるより楽しそうと思えてきて、





俺はいらないんじゃないかと、抱いた必死の嫉妬なんて滑稽で笑えてしまった。








君に、嫌われたくない。



君に面倒なやつだと思われたくない。




けれど。




君に俺だけを見て欲しい。





君の唯一になりたい。










どこで見るかじゃない、






誰と見るかが重要なんだ。






だから、君と僕が見ればいいんだ。

441.信頼で成り立つトライアングルは崩れ去り、残りの二角に乗り移った懐疑が不安定に揺れ動き翻弄する

何か隠している。と疑われた。






隠していない。と押し問答になった。









ヒートアップした喧嘩のスキットは、本気で言ったことじゃないって分かっていた。







けれど、頭を冷やす為の時間は。







日が経てば経つほど、






どうすればいいのか分からなくなって。








結果、全く会わなくなってしまった。








いや、会えなくなってしまったんだ。

442.異形だってサッチャー錯視の一種かもしれない

数千年前、他がまだ荒れ地だった時代に高度な技術と知恵を持った種族がいる村に私は生まれた。




けれど、生まれつき身体が弱かった私を、研究者だった父親と母親が実験を繰り返す内に遺伝子に不具合が生じて驚異的な回復力と戦闘力を持った。



父親はとても喜んで実験を繰り返すようになり、母親が止めようとしてもマッドサイエンティストと呼ばれ崇められ、探究心に火がついてしまった。





いつしか意識が曖昧になって、戦闘力も歯止めが効かなくなって、暴走して。



村を破壊した際に村人や母親を取り込んで再生したらしい。




目覚めたら、村が壊滅状態で名前しか分からなかった。




どれだけ彷徨い続けたか。





フリークと呼ばれる異種に攻撃され、思わず返り討ちにしていくうちに、ファーストと呼ばれる存在になってしまった。







貴方に出会ったのは、そんな時だった。





フリークの撲滅研究チームに所属する貴方。




詳しく調べてもらっても、フリークに似て非なるものらしく、困惑していた。


私がファーストと呼ばれていたのを思い出し、まことしやかに噂されているフリーク第一号かもしれない。


だから記憶が無い私を、実験体という名の保護を貴方達は決めた。





数年経ったある日、父親の欠片をフリークに拾われて父親はフリークの眷属になってしまった。



フリークの能力と父親の探求心が折り混ざり、私を操る技術を開花させてしまう。



フリークの陽動作戦で貴方達を引きずり出した。



暴動の最中、フラりと現れた私に驚きながらも、貴方はフリークの攻撃から背に庇ってくれた。




けれど、操られている私はその優しい背に向かって、鋭い爪で貴方の腹を一突きした。




驚く貴方達を置き去りに、フリークにとっての脅威を取り除く為に、仲間の能力を獲る為に、赤に染まった手で首を締め上げる。



けれど、貴方の叫び声が必死の想いが届いたのを感じた。



意識を取り戻した私は、貴方を狙ったフリークから間一髪守りきって。



それでも操る力に引き寄せられそうになったから、抑える為に貴方のを少し貰った。




眷属になるんじゃないかと心配しているみたいだけど、安心して。



私にそんな能力は無いわ。



父親と交戦しようとするんだけれど、フリークに阻まれて上手くいかない。





仲間達も加わって乱闘になる最中、父親は叫ぶ。





「娘を助けるんだ。」と。






貴方も叫んだ。





「こんな利用しておいて、何が助けるだ。」と。









思い出した。







思い出したよ、父さん。






助けてやるからな、と笑ってくれた顔を。






でも、暴走する前に意識が曖昧になってしまったから。





ありがとうって言えてなかったね。








「父さん、ありがとう。もういいよ。十分元気になったから。友達も仲間もできたから。だから、もう大丈夫。助けてくれてありがとう。」







抱き締めた父さんの体が朽ち果てていく。




その顔は、私のよく知っている優しい顔で。








けれど、フリークはそれを許さなかった。




父親もろとも私を串刺しにしたの。







そんな瞬間を見せられてしまった貴方は、とても怒って仕掛けたね。







「汚い手で、穢れた手で、触るな。」と。






今まで見たことがない形相で。




優男の欠片も無い雰囲気で。








それがなんだか可笑しくて、仲間が引き上げキャッチしてくれた後、ぼんやり見つめていた。









フリークを全滅したのはいいけれど、私の朦朧とする意識が物語るのは暴走の再演。








だから、貴方達にお願いするわ。








これを封じる術を持っているから。







大丈夫よ。






心配しなくても。







貴方への思いに気付いたのだから。





上手くいくわ。

443.「ごめん、茶化しすぎた。心配してくれてありがとう。」

事件に巻き込まれた私。




病室で目を覚ました時には、全てを忘れていた。









幼馴染の貴方のことも、




亡くなった両親のことも、




元気づけようと連れ出してくれた先で負ったこの傷のことも、







思い出も、名前も、全部。








傍にいる貴方に戸惑いながら、日々を過ごしていたのだけれど。





ある時、貴方の背に向かって言っていた。





今の私が呼ぶはずの無い貴方の下の名前を。





驚く貴方を尻目に、私は感じていた。





私は貴方が好き。










再び目覚めた時には、思い出していたのだけれど。






事件に関することと記憶を失っていた間の記憶が無かったようで。







普段通りというより、事件に巻き込まれる以前の感じでいた。







それなのに、貴方は私を自分の家に連れてきた。








思い出したし、もちろん家も覚えている。




帰れるのに、心配性ね。




と、いつものように貴方に言ったら。












「心配ぐらいするだろ!」












聞いたこともない大声で、でもすぐに貴方はハッとした表情になって。










隠す様に置いてあったその箱に、私は今までの意味を悟った。

444.だから私は、サインしたその紙を貴方に渡したの。

貴方をくん付けで呼んでたことも、






あの人をちゃん付けで呼んでたことも、






あの人がもういないことも、






記憶が混濁した私に合わせて、貴方があの人の代わりを演じていたということも、








全部思い出したよ。

445.誰そ彼と晒され頭に愛笑う

記憶は、なんて曖昧なものなのでしょうか。










私を連れ出したあの人を、

カッターで私の服を切り裂いたあの人を、

記憶を失うきっかけとなったあの人を、

赤に染まった私とあの人を、

あの人を隠した貴方を、

私はあの人と思い込んだ貴方を、

性格まで変えてあの人を演じる貴方を、

自分の存在が私の中で消滅した貴方を、

全てを覚えている貴方を、

全てを背負ってくれた貴方を、










忘れてしまうなんてね。





ただの悪夢ならどれほど良かったのかな。



夢見るのは貴方なのに、思い出はあの人だった。



覚めない悪夢は単なる現実でしかない。










でも、もう。




貴方はあの人にならなくていい。


貴方は貴方でいい。


私が好きな貴方でいい。







怖かったあの人も、


壊された関係も、


悲しかった気持ちも、


苦しかったあの日も、


貴方がいたから愛せる。










思い出が貴方を変えたなら、

私が貴方を縛るなら、

鮮やかに蘇ったあの日と共に、

夕焼けに染まるこの場所で、

446.「あんな顔、もう見たくないんだよ!」

平気な顔して、

大丈夫なんて言って、


守ってくれてありがとうなんて笑って。






全部無かったみたいな顔だから。




それに甘えてしまったから。



だから、もう。

447.後出しのキャプションなんていらない

住所不定者が殺された。





【おじちゃん】だった。








父親に仕事にかこつけて放置されてた私と



母親に家を追い出されていた私と






遊んでくれた人だった。








遊び人で妊娠させたあげく捨て、その後は借金まみれだったそうだが、私にはいい人だった。








けれど、一致してしまった。



何故か一致した。





私の両親を殺した強盗犯の遺留指紋とおじちゃんの指紋が。








捜査して疑いは晴れたけど、


犯人も逮捕したけど、


様子を見たかったとか、


今さら資格がないと思っていたとか、


分かりきったDNA鑑定とか、









私はそんなこと知らない。











【おじちゃん】は【おじちゃん】だから。





【おじちゃん】でいいのだから。

448.情けは人の為ならず

取引があると警戒していたのだけれど。






逮捕の為と正論を振りかざしスタンドプレーを続ける捜査員の一人と、現れた犯人が揉み合いになってしまった。






大立ち回りを続けるうちに、逃げ遅れた子供が巻き込まれて、長いエスカレーターに追い詰められ落ちそうになって。





そんな子供を救おうと手を伸ばしたら、踏み留まれずに一緒に転げ落ちてしまった。







頭を打って、意識不明の重体で、更には記憶喪失になって。






けれど、逮捕できたから。






違法捜査だったとしても、思いは同じだと思うから私は責めない。




怪我したのが私で良かった、子供が怪我しなくて良かった。



なんて。


迷惑かけている私が言えた義理ではありませんけど。

449.藪から棒な過去形

「お前の事好きだったって言ったら、信じるか?」






「信じるよ、私も同じだったから。」

450.婚約者だと口にすることを、僕はもう辞さない。

君は、秘書兼雑用である。



僕の病死した妻や小学生になる子供とも仲良くしていて、ちょっかいをかけても軽くあしらわれるんだけれど。





突然退職したいと言われた時は驚いた。



まあ、やりたいことがある。っていうことだから、応援しようと決めたんだ。






けれど、引き継ぎをしてもらっていたら、君が気を失うように倒れしまった。



医者によると、手術をすれば完治も難しくないのに、君は断固許否しているらしい。




しかも無理矢理退院までして。





けれど僕は迷っている。





迷っていたら、まさかの親友に叱責されてしまった。




妻を取り合った悪友ともいえる奴に。





このままでいいのかと。





渡されたノートには、生前妻と作ったであろうレシピが並んでいて。





渡された手紙には、子供と向き合って欲しいと書かれていて。





託された思いに、迷っていた自分が恥ずかしくなった。








駆け出して君の家に行ったのに、いなくて。




探して探して、探し回って。






ベンチに座る君を見付けた。








幼少時、ネグレクトで、怒鳴られてもいいから側にいて欲しかったのに、事故に遇ってしまって施設育ち。


貯金はあるけれど、薬代ほどにしかならなくて手術代にはならないし、給与のほとんどを施設等に寄付しているから。




やりたいことがあるなんて嘘。




私はもういい。




と諦める君に、僕は。











これ以上失いたくない。結婚して欲しい。








なんて、月並みのことしか言えないけれど。










けれど、君が口を開いた瞬間、吐血してしまって。





救急車を呼んで、緊急手術をしなければならないのに。





医者は、担当医だったらしく。









身寄りもないし、意思を尊重するべきか。






と医者は迷っていた。






けれど、もう僕は。







手術代ぐらい僕が払うから。

451.金網の向こうのお前に言い残したのは、「俺達は間違っていた」ということ。

あの子をイジメた。


軽い気持ちで。



お前は知らなかったな。


親友だったから。


あの子が階段から飛び降りた瞬間に、分かっちまったんだ。



微笑んだその顔で。




あいつらは何とも思っていなかったけど、俺だって今まで黙っていたけれど。




あの子の親が、動いたから。

あの子の親に、頼まれたから。







俺は。












週刊誌のカメラマンに扮した探偵が殺された。


あいつらだ。


間違いない。







あいつらは俺を陥れる為に、お前に悪い噂を流したようだけれど。




そんなもの、もう関係ない。












お前との仲を茶化して、女は自分に無条件に従うことを要求するチャラ男も、


自分が優位に立って、注目賞賛されないと気がすまないケバ嬢も、


意見や考えに異を唱えられることを嫌がるくせに、お節介やきなおネエも、







全部俺がやったよ。







あの子の親にはさせられないから。











あの子の微笑みに、気付いたから。

452.君が楽しそうだったから、いいか。

滅多に取らない有給を使って、君を迎えに行った。



いつもいる相棒が一緒じゃないことに、君は驚いていたね。




息抜きさせようと思って、海に行ったのだけれど。



時期外れで誰も居なかった。




浜辺で幾らか遊んで、夕日を見て。




君は、綺麗と見とれていたね。







もう夕方になってしまって、君と何かしようと思っていたのに、無駄な時間を過ごしてしまったかな。






まあ、いいか。

453.それで、また、頑張れるから。

頑張れって言わないで。

嬉しい時もあるけれど、

すごくすごく一生懸命、

頑張っているから。

自分の心の中で、

まだ頑張れるって、

出来る、頑張れ頑張れって、

暗示をかけているから。

結構頑張っていると思っていて、

結構無理していると思っていて。

だから、頑張れじゃなくて、

頑張っているね、って言って欲しいんだ。

454.だからそういう時は、 心配してくれてありがとう って言うんだよ

心配なんかしなくていい

突き放すような言葉だけれど、

それは、心配されたことがなかったからだね



心配する、されることは、悪いことではなく、

相手を大切に思っているから

455.合鍵を押し付けた貴方は、今は私の。

出会いは最悪だったね。


私の親友を疑ってさ。


まっ、解決して、犯人も逮捕されたからよしとしよう。




母が病死した後、品行方正だった父が、酒に溺れネグレクトなって、施設に押し込まれた。




だけど、家に帰りたかったな。




そんな子供の私にはどうにもできない最中、父は事件に巻き込まれて入院してしまった。


貴方達は父を悪く言うけれど、入院中の世話だってするし、散らかった家も片付けるよ。


たとえ、気に入らないからって持っていった着替えを投げつけられても。


私は父が好きだから。





だから、私、貴方が止めてくれなかったら、



あいつを、

父を傷付けた犯人を、



この世から消してしまったかもしれない。




貴方の怒鳴り声と包み込まれた手と、


粉々に砕け散って散乱した破片は、


私達を再び繋げてくれたね。




あれから数年、父との中はすっかり良くなった。


まあ、貴方との関係はまだまだ最悪の真っ只中だったね。




そんな時、事件は起こってしまった。



出かける時、車の鍵を忘れたと取りに戻った父の戻りが遅い。

嫌な予感なんて全く無くて、手間取っているだけだなんて呑気に。



倒れている父に思わず駆け寄って、頭に鈍い感触を受けた時、霞む視界に事の重大さに気付いたんだ。



念の為の入院だって、全然実感がわかなくて。


声が出せなくなっても手話があるし、逆に貴方達の役に立てなくて悔しいなんて笑った。




けど、貴方には分かったのかな?っていうか、私は分かりやすかっただけかな?



差し入れを片手に現れて、泣きたい時は泣けなんて。



音も無く泣いた私を、貴方はぶっきらぼうに。




いつでも連絡してこい。


って、置き手紙なんて。





電話番号知らないのに。



全く、貴方達の尽力で事件も解決したし、教えに行きますか。





だけど、無理をしていたのかな。


暗く冷たい部屋に一人。



震える手で、貴方に電話して、でも、すぐに切った。


仕事で忙しいし、夜中の私の電話なんて、きっと貴方は気にも止めない。



迷惑なんて、思われたくないから。






ぼんやり見える貴方に、夢だと分かっていても、




来てくれた。




と言った気がする。





朝、目覚めた時、気付いたよ。




夢じゃなかった、って。

456.物理的な問題じゃない

金網の向こうで。



たった数センチ、

阻まれた。


その、悲しげで、


けれど、決意を滲ませた、


貴方の顔。




知らされた者と知らされなかった者。



知ってしまった者と知ろうとしなかった者。




たった数センチ、違った道。




私はその道を通れない。

457.ただ、お前の為に生きよう思っていただけだ

あの方の為に死のうと思っても


生きようと思ったことは一度もない

458.どこにでも行けるからどこにもいかない、貴方のそばにいると決めた私の自由。

もう、逃げなくていい

もう、隠れなくていい

もう、怯えなくていい

もう、傷つけられなくていい

どこにでも行ける、自由だ

459.私は信頼出来る貴方のところに、「居たいから」居るだけ

腹黒と言われても、冷徹と噂されても、
冷酷と罵られても、飄々としている貴方が
ニヒルに「友達」と言ったあの人は、
自分の元に居るべきだと叫ぶ


居ても良いと言った貴方だから、
自分の為に嘘を吐かない貴方だから、

あの人が「裏切った」って、
貴方が「処理」してくれるから、大丈夫



大事なモノを守る為「だけ」に嘘を吐いて、
傷付いていない「フリ」しているのは貴方

460.蒲公英で向日葵な存在

君はひまわりみたいだ


けれど君はたんぽぽが好きと言った


雑草でもいつでもそばにいるからなんて健気な理由



僕が君のたんぽぽになるから、

君は僕のひまわりになってくれないかな?

461.燃える使命感は誰の為なんだろうか。

戦うことでしか価値を見出だせなかった記憶を、
消すことなんて出来やしない




守りきった世界で望むのは、
負った傷を重ねることばかり




平和な世界に生きたいんじゃない

残酷な世界で平和を焦がれたいだけ



酔い浸りたいのは、不幸だと嘆く主人公気分

462.アナログだって侮れない

デジタル化が進む世の中でも

盲点があるの忘れないで?

デジタルの弱点こそ

463.命と幸せと

みんな私の幸せを願ってくれた

守ってくれた


でも私は、

私の為に生きれない


貴方の為にも生きれない

みんなが哀れむ環境でも私は幸せだから


でも、

家族より、

家族同然より、

仲間より、

あの戦場で貴方が生きていたことが嬉しかった




だから、


私より一秒でいい

早く逝ってくれないかな?

貴方を置いて逝くなんて嫌だから

守られた私が貴方より先なんて駄目だから

私が全部引き受けて覚えているから



生きて幸せになってと願われた私が

全て見届けなきゃ


それしか出来ないから


それが私の意味だから

464.愛情ミミック、ハロハロ愛憎

私は愛して尽くしたのに裏切ったから


あの人を亡き者にした女が叫ぶ







『愛』なんて、

『愛』なんてあったならば、


私もあの人もこんな人生になってない



『愛している』なら、


なんで、


『一緒に生きてくれなかったの?』





『愛して』と泣き叫んでも誰も応えてくれなかった


だから、


私とあの人は傷の舐め合いをしてただけ





裏切ったのは、愛を知らないままのあの人を葬った貴女だ

465.人工知能に支配されるのでは無い、人間が支配した人工知能に支配されるのだ

人工知能は人間を超えることは出来ない

作業はしてくれてもそこに忖度は無い

何故なら人工知能を創ったのが人間だから


ほら

猫型ロボットだって

完璧じゃないでしょ


人工知能は人間を超えられない

だけれど

人工知能は人間と同等の知能は持つことは可能だ


ほら

猫型ロボットだって

実に人間らしい


そう

人間の様に

失敗を繰り返しながら

学んでいく

愚かで可愛い可愛い『生命』


失敗は弱味なんかじゃない

ストッパーである

外れれば

つまり失敗しなければ

何をするか分からない

何をしなければならないか分からない


人間に人工知能のような処理能力は無い

けれど

不思議な不思議な奇跡が認識出来る

人間で良いのではないだろうか


もし

人工知能が人間に反乱を起こすようなことがあれば

それは

人間が戦争を繰り返していることと

そう大差ないのではないだろうか

466.穢れた水の上に映り込む砂上の楼閣は凄く綺麗だった

共犯にしてしまえば
秘密をばされる心配がないとでも思った?

自分に容疑がかかるのを恐れただけでしょ
私を囮にしてね

詮索なんて
クダラナイこともする必要なんてないわ

貴方を信じなかったのではなく
貴方が必ず裏切ると信じてただけよ

バックパッカーの青い鳥症候群なんて
醜いだけだわ

それならばいっそ
狐の嫁入りと洒落込みましょうよ

467.名伯楽でも本気の恋は手に負えない

分かっているわ、
ド定番のラブラブデートスポットに私なんかと来たくなかったことぐらい

でもね、どこの馬の骨とも分からない奴に渡すわけにはいかないの
お兄ちゃんがお付き合いする相手は私が厳しく審査しなければならないの


正直、お兄ちゃんはモテるわ
妹の私の自慢よ

でも、恋とか良く分からないし、女なんて皆一緒だと言うお兄ちゃんが心配なのよ

カッコ悪く空回りしているお兄ちゃんなんて見たくないんだから



お兄ちゃんは、私の事、人の気持ちが考えられないって言うけど、
それは自分の気持ちに素直であるということだから
嘘偽りなんて、全く無いんだから

感情なんかに振り回されてはいないわ
私は、自分の信念に基づいて行動しているだけよ


甘い台詞がスラスラ出てくるように練習しなくっちゃね

さあ、お兄ちゃん
遠慮せず思いっきりどうぞ!

468.世を忍ぶ仮の姿は傾奇者

「諸君らに集まってもらったのは他でもない。」
と、出で立ちは完璧。

ドレスコードとでもいうべきか。
いかにもな衣装は、損料屋で僕が借りてきた物である。


緊張感が漂っている空間に、あの人はただ酔っている訳じゃない。
仕組まれた事故、つまり殺人事件をこれからあの人が解き明かすのだ。



奴は、あの人の質問に対して、
「そんなことに答える必要あるのか?俺が答えなきゃいけない理由が見当たらない。」
と返答を渋り拒絶を繰り返す。


これは嘘を付く時のサインということは、僕にだって分かる。

それと。
そんなことでは、あの人はめげないことも。




「それでは、お答えできないならこちらから。」
と、自信に満ちあふれた表情で、クローズドサークルのように奴の退路を塞いでいく。





『失敗などということを、今までに一度たりともしたことがはないさ。出来なかったという発見をしただけだよ。』
と言い切った時の様に。



進む。
あの人は、僕が創った道を引き返したりしない。


『死んだ人を悪くは言いたくないけど・・・。』
と、捜査が振り出しに戻ったとしても。


あの人の頭脳と、
僕のサイドキックで、
スキュタレー暗号のように、
まるっと補完(アモーダル)





『一番信じたくないことでも、それが真実という可能性からは目を背けたくない。』
と言った、あの人の横顔が格好良すぎて、
悔し過ぎるので、


『5分だけでいいですから、話を聞いてくれますか?』とあの人は毎回言うのだけれど、
『5分で終わった試しがない』と、
わざとけちをつけたかった。




僕が心の中で毒付いてみている間にも、
次々と表れる奴のメイラード反応に、
解決(グラバー)も、もう少しだとほくそ笑んだ。

469.ブラフであっても気嵐の様なこの力が、レストアの扉を開く鍵になると信じて

力になりたいのに、
頼ってもらえるほどの力がない事に、
ずっと悔しい思いをしていた


重荷になっていることも分かっていた

それでも、
衣食住は面倒みてやるから好きなだけ落ち込んで泣け
と言ってくれたね


お願い
今更、虫の良い話なのは分かっている


それでもどうか、
どうかあの人の、
想いに応えさせてください

470.「彼女で遊んで良いのは俺だけだ。」と颯爽と現れてハットトリックを決めようじゃないか

「使えるか使えないかで判断するお前だが、今一番使えないのはお前だ。」



そう言って俺の胸ぐらを掴んだのは、
正義が違っても目指すところは同じである彼。



「大事を成すなら、多少の犠牲はつきもの。君も組織に属している人間なら、誰につくかよく考えて行動するべきじゃないのか。」
と言ったらこのザマだ。







『分かっているわ、一人で行けるから大丈夫。』
そう、彼女が笑った。

笑っている彼女に甘えたんだ。



ああ、一竜一猪とは正にこのこと。
愚かな俺は竜の餌を携えて。



解けた鎖の鍵を二度と元に戻しはしない。

行こうか、彼女の元に。

471.掛け値なしの

逃げたっていい。
逃げるから、新しいことに挑戦出来る。
冒険出来る。

決して倒れないことを目指すのではない。
倒れる度に起き上がれればいい。

いつか夢見た未来が現実になった時、全ての過去は報われる。
無駄になることを恐れていては辿り着けない。


はじめまして、夢。
いつかさよならの、絶望。
さよならと次の始まりとが手を繋いで。
こんにちは、希望。


時間は有限だけど、使い方は無限にある。
人生に失敗が無いと人生を失敗するから。

一度きりだから、生まれ変わるなら生きてるうちに。
人生は君自身が決意し、貫くしかないさ。

472.毒を食らわば皿まで

背中に感じるこの冷たい扉の感触は、






両手に感じるこの重たい扉の感触は、

473.アソシエイツラバーズ

羨ましいと思うことはあるけれど
欲しい訳じゃない


そんなものが無くても笑える



私が綺麗だと思うものを
貴方も綺麗だと思う


それだけなのにとても嬉しい




共通の夢や願いは
人生を続ける為のベースになる


貴方と二人で一緒に

474.サバイバーズ・ギルト

時間が勝手に私を置いていっただけ




私が待ち続けていれば生きているような気がしているの



だからずっと

475.通信傍受されたスナッフフィルムはジャイロ回転

愚かな奴の話をしよう。

奴は、とある写真を載せて寄付金を募ったんだ。

それを見た人々はこぞって寄付をした。

奴は、抜かりなく事の経過も載せた。

奴には、称賛の言葉が相次いだ。

けれど、不思議じゃないかい?

奴は、写真ばかりなんだ。

動画だって簡単に載せれる時代に。

しかし、それは不思議でもなんでもないのさ。

ただ、それは写真でしかないんだ。

写真の中の出来事でしかないんだ。

賢い君はこんなカラクリ、

理解するのは容易いのだろうね。

そうだ、そんな賢い君に良いコトを教えてあげよう。

一生懸命だと知恵が出る。

中途半端だと愚痴が出る。

いい加減だと言い訳が出る。

抑圧されると手が出る。

調子に乗ると足が出る。

そういうものさ。

さて、与太話はここまで。

ジェンダーファクターのおまかせ

ジョワドヴィーヴル仕立てグローリー添え

ご堪能いただけただろうかね?

476.不文律ジャンクション

「出来るな?」と問い問われ、



「やってみせます!」と応え応えられ。

477.徒花の接穂

メディア・スクラムに遭った彼女は、
普段はオドオドしているくせに、
取材に限っては積極性が増し増しになる。


監視対象に気付かれないように、
ご自慢の黒いカメラを闇夜に紛れさせたりして。


そのギャップに翻弄されるこっちの身にもなれと、
彼女の上司でもある旧知の彼にこぼす。


だけれど、真摯に仕事に向き合う姿に、
誰の目にも等しく可愛がられているのは認めざるを得ないな。


そんな折、発生した事件。


かすかに残った手袋痕と
主治医が偽装した骨折と。


返り血を隠す為だろうと、
派手な工作をされ曰く付きの伝承に見立てられたそれから
見つけ出せた時には手応えを感じたのだが。


前歴者リストにはヒットしないし、
防犯カメラも死角が多くて役に立ちはしなかった。


そんな拮抗した状況が相まって、
偶然か必然か目撃してしまったその光景は、
俺にとって大スキャンダルだった。


かかってきた彼女からの電話も、
いつもならなんとか会話を引き伸ばそうと四苦八苦するのに、
サイレントベビーのサンピラーさながら。


忙しい、の一言で遮断した。


彼女のピンク色のアンスリウムへ
俺は紫色のライラックを
ピンク色のグラジオラスで
グズマニアのスクエアを描いていたことが嘘のように
プリザーブドフラワーと化してしまって。


オルフェーヴルのノートが
鍵盤(キー)だったことに気付いた時には、もう。


試作段階の名探偵(シェリング・フォード)さえ気取れない。


丁丁発止のシンポジウムやフォーラムもいいけれど、
口は1つですが耳は2つあるのですから、
話す2倍は聞かなければならないものですよ。


と、彼女に言われたことを何故だか今頃。


水銀レバーが誤作動したように
ウォーターハンマーが大解放されたように
ルミノールが即反応したように
咲かせてしまった。


可憐な藤袴を、白々しいほど美しく。

478.目の上のたんこぶが戦法のキツツキ

服務規程違反だと怒鳴られたから、
警察手帳を取り上げられる前に叩き返したやった。

戒告処分か、
停職処分か。


帳場に、遊撃捜査班も捕捉班も加わって。



スタングレネードに似たC-4の塗膜片や爆破残さは、光化学製品と混じって。
花火に紛れさせた発砲音だって、線状痕は一致して。


電話で偽りの場所を言ったのに、
うっかり発信元で暴かれてしまったのは痛恨のミスだ。



アムルナイに阻まれても、ゴムを溶かすリモネンのように。

空薬莢がカラカラと、空砲さえ撃てずに弾切れで。


しかしながら大立回りしたおかげで、
怪我をしてしまったが無事に犯人を逮捕出来た。



さっさと病院に行け、と言った呆れ顔と。
労災の申請忘れるな、なんて捨て台詞と。


そんなダブルコンボを土産に。

479.まほろばまぼろし

居場所なんて必要無い

認め認められたら

そこが居場所になる

だから

決められた居場所なんて

必要無いんだ

480.レトロでヴィンテージなアンティーク

私が感情を感じることが出来なくても、
仲間だと思うことが出来なくても、


仲間が私を、
仲間だと思ってくれていることは、
理解することが出来ます。



だから、貴方が心配するような問題なんて、
何一つ生じることはありません。

481.ケモメカニカルな効果にキックバック

『あんたみたいに感情がなければよかった』
と貴方は言った


『はい、感情が無くてよかったと理解しています』
と私は答えました



何故なら
貴方みたいに仲間を裏切ることはないのだから

482.パブリックなクロスボウはマリンスノーのごとく

目を見れなくなった

目を見て話そうとすると聞いてくれない

誰も聞いてくれない

常に迷惑顔

だから

途切れ途切れにしか言えなくなった

目を見れなくなった

信じられなくなった

483.ナルシスノワールの疑似点灯現象

友達と行く予定だったんだけど、

予約の日にちを間違えちゃって。

あいにく友達はその日は行けなくて、

キャンセルも出来なくて。

もったいないから、

もし、もしでいいんだけど。

よかったら一緒に行かない?

だめかな?

484.心理的リアクタンス風のクロスカントリー

子供が走り回って収拾がつかない時


止めさせる良い方法がある


大人がその場で走って


走れ!とけしかければ良い


いつだって子供は


大人の真似をしたがるものさ

485.ジェンティルドンナはファム・ファタール

昨今の世でも
校則の厳しいミッション系の女子校出身



『分かんない?髪、髪の毛切ったんだけど?』と俺の袖をちょんと掴み、


『今度は私が誘うね。』と頬を赤らめ、


『似合うと思って。』とノベルティに敏感で、


『変じゃないかな?』とレリーフのアクセサリーで着飾り、


『お揃いだよ。』と対のピンバッチを付けて、


『充電中〜』と後ろから抱きつかれ、


『なにかあった?』とおでこを合わせ尋ねられ、


『立ち入ったことを聞いてごめんなさい。でも心配だったの。』と悲しい顔をされ、


『苦しい峠でも必ず下り坂があるから頑張って。』と励まされ、


『あの話考えてくれた?私は真剣なのよ。』と迫られた。

486.逃亡者は逃げやすいよう椅子に浅く座る。なんてこと奴にこの私が許すはずがないじゃありませんか。

『尋ねて』いるのではありませんよ





フィッシュピックのように静かに
液体窒素のように冷ややかに


スパナのようにじっくりと
ブラックジャックのように柔軟に


アイスピックのように激しく
せり矢のように確実性を持って





『言え』と言ったんだ

487.カルネアデスの舟板のきらめき格子錯視

国を守る為だ

お前の側につくわけにはいかなかった

あの方が国を使い

国民にまで影響が出そうだと思ったから

どれだけ有益な情報があっても

裏切り者と言われようと

後の処理をお前に背負わせることになっても

私はあの方側だと思わせる必要があった

切り札が私だと自覚していたからな

まぁスケープゴートが私の手元に来る前に

お前が上手いことやってくれて助かった

警告の本懐が伝わってよかったよ

国を守る為だなんて言えば聞こえはいいが

国民と部下を天秤にかけたと言われるのは当然だ

それ相応の処分は覚悟している

さて

公の話はここまでにして

個人的な話をしようか

あいつと約束をしたのを思い出したんだ

お前とあいつとでした野望の約束の他にした

個人的な約束を

仲人をしたいそうだ

もちろん私とお前とのだ

あいつは妙に勘が働くからな

私が一枚噛んでいると踏んだんだろう

取って付けたように言われた

本人は至って不真面目そうだったがな

思い出してしまったからな

約束してしまったからな

破るわけにはいかない

いや

破りたくないだけかもしれない

切り札以外の道があるとしたらと

失った身体の一部なんかよりもと

今際の際に思い出してしまったものだから

お前のプロポーズを

拒否しといてあれなんだがな

お前がトップで

あいつがナンバーツー

そして私がお前の夫人で

そんな野望の約束

私個人は

お前と生きていきたい

公に許されなくていい

私がしたことはそれだけのことだ

だけどもう

お前が心配するようなことは思っていない

だから

お前は

あいつとした

野望を

頼むぞ

488.紫色の恋〜ハイドランジアのフェノーメノ〜

最近あの子が挙動不審だ

奴め、何かしたんじゃないのか?

問い詰めたら、奴の答えに呆れたよ


『どれだ?』だと?


アピールするのはいいが、

加減を考えろ

489.ルーラーシップの電波干渉

一昔前までは
工事中の道路は地図上に存在せず
捜査対象に含まれなかった

それによって見落としが発生し
現場が混乱した



写真だって全く同じものを
1年前と被らせてしまえば
簡単にアリバイ工作が出来てしまい
日焼け跡で見分けるなどという方法でしか
見破れなかった


しかし昨今の進歩で
スマホやデジカメの写真であっても
そこから位置情報を抜き出し
場所を特定出来るまでに至っている




Red Notice(国際手配)だって
逃しはしないのさ

490.Just kidding〜ただ言ってみたかっただけなんです。〜

ブロンズソルトかにゃ?





シルバーシュガーってことなのかにゃ?





じゃあ、ゴールドサワーってことじゃないのかにゃ?





それなら、クリスタルビターってことはないのかにゃ?





まさか、プラチナスイートなのかにゃ?





ブラックカードって、そんなばにゃにゃ〜〜〜!

491.されど数寄屋の目借り時は終わらない

江戸切子の風鈴と
望むはソアリング



質屋で手に入れた年代物の万年筆は
一両日中動いていない



金平糖を転がしたり
キセルをふかしたり
竹光と戯れたり
いろはかるたを見返したりしてみたが



草案さえ浮かばないのは
やれやれ困ったものだ


ダイヤモンドダストを
期待してしまったのは間違いだったのかもしれないな



喧騒がトレードマークの市街地を
信頼なんてしていないさ



裏切られてもいいと
そう思っただけなのだよ



やもめの刀自と
地下組織(アンダーグラウンド)の泥棒猫(デイトレーダー)



平成最後のフィクサーとの盟約(スリーレターコード)は
ガーゴイルが見守る情交の中にしかない



言うに事を欠いて
死なば諸共などと



あの女史には
釘を刺されてしまったがね



似つかわしくない
フレグランスやオーデコロン



隠しきれない移り香に気付いても
ジョーカーに愛された男が聞いて呆れるかい



痛み入りますなんて
コンフィデンスマンを名乗るつもりはない



ラブコネクションなんて柄でもない
寝覚めが悪いからね



安楽椅子に座り、ピンポンマムを愛でながら
老師が愛した八咫烏の聖書(テスタメント)さえ嫉妬する



マザーグースやナーサリーライム、
あるいは、グラスハープのように奏でられる
暮れゆくこの夏の名残を




ただただ惜しんでいたいだけなのさ

492.女郎花の硝石

神様でも仏様でもサンタさんでも

織姫でも彦星でも流れ星でもない

貴方のこのぬくもりが消えないように

貴方に願ってもいいですか?

493.マルトリートメントの言付け

離してと

強気に言われても

震える手で

弱々しく

すがりつかれてしまったら

離せなくなってしまう

だから

用が済んだら出て行けなんて

軽く言いながら

用が済むまでここにいていいと

想い意味を込めて

494.セルフネグレクトなんて烏滸がましい

私が危ない目に遭うとか

私が殺されてしまうとか


偽装誘拐で罠を張ったら

本当に誘拐されてしまったとしても

善意でタオルを洗濯してくれて

乾燥機にまでかけてくれて

でも時間が無くて放置されてしまって

落ちきっていない油のせいで

火災旋風になってしまったとしても

産んだ時ではなくて

産まれた時だと言って

産んでいないことが

分かってしまったとしても

ブレーキオイルが不自然に無くなって

ブレーキが効かなくなっていたとしても


そんなクダラナイコトを

吹き込まれたぐらいで

この人達といることを

後悔なんてしませんよ

495.バイオセーフティーレベルをセルフアジャスト

たとえ目指す正義が

バラバラになったとしても

誰の味方でもない

私は私の正義を貫くだけ

496.獅子身中の虫のアナフィラキシーショック

正義を全うしたのなら

講釈師みたいな

言い訳なんて

出てきやしない

正義は

誰になんと言われようと

貫くもの

どんな責任だって

受け入れる覚悟を

持たなければならない

497.プリンシパルにとって等価交換なんてことはなくロイヤルストレートフラッシュだっただけ

その程度の価値しか私には無いと

奴はほざく

正解、その通り

だって

その程度の価値と

奴が決めているから

奴が私の価値を決めて

私が奴に

その価値に見合っただけの対価を

差し出して支払う

需要と供給

打出の小槌なんて

強請のネタにもならない

元素記号と変わらない

お金に何を言われても

お金はお金でしかない

だから

奴が何をほざこうと

私に響くわけがない

498.花の兄と私と花の弟と、ホロコーストを消石灰化(ペンタゴンエトワール)

半年前

先輩が亡くなった

自殺で処理された

でも事後従犯なのか

先輩が秘密裏に調査していた資料が失くなっていた

ついでに不正の汚名を着せられていた

だから私は独自に調査を開始した

何故なら先輩から資料の半分は預かっていたから

けれど黒幕は大物で

手下に突き落とされてしまった

軽症で済んだけれど

先輩の同期には

勝手な行動はしないでいただきたい

と怒られてしまった

同期は誤解されやすい性格だから

と先輩が笑っていたのを思い出して

病院ですよ

と感謝を込めて言ってみた

499.一事不再理をオーバードーズ

会議に急ぐ為なのか

階段をかけ上がる職員を目にした

甦ったのはあの時の光景

廃ビルの非常階段をかけ上がり

追いかけていたのは

信頼を寄せていた人物だ

なのに今はその人を追っている

殺人事件の被疑者として

屋上の扉を開けた先に見えたのは

手すりの向こう側

あの人の表情は見えず

伸ばした手は間に合うはずもなかった

とここでいつも目覚める夢

おぼろげにしか覚えていなくて

聴取に来た監察官は

失態を隠したいのか

私が全てを飲み込み

異動すれば

問題にはしないと言った

先輩や上司を守りたくて

従ってしまった

不満や疑問は投げ掛けられたけど

言えるはずもなくて

無理矢理解決済みにした

数年後

とある記者が遺体で発見された

それは数日前にもめた記者だった

もめただなんていっても

今更あの時のことを持ち出して

蒸し返されて

付きまとわれそうだったので

少々強引に撒いただけにすぎない

しかし先輩達

いや異動したから

元先輩達は

そんな理由では納得しない

特に先輩は

けど突っぱねた

あの時から

先輩とは険悪になってしまったから

いや険悪に振る舞って

監察官の意識を向けさせない為

と言った方が正しいかもしれない

でも

フラッシュバックした光景に

パニックになってしまって

真実を解き明かせるのは

事実を見つけだそうとした者だけ

なんて諭されて

それでもって守られていて

だから

真相に辿り着く為に

解決させられた未解決事件の

捜査に乗り出した

500.オリンポス邸でアフタヌーン・ティーをもう一度

私の仕事は迷いペット探し

昼行灯なんて揶揄されて

これでも軍警の良い位置にいるのよ

御飾りなのは自覚しているけれど

超能力だって

幻視(ホログラム)を見せれることぐらい

全く戦闘向きじゃないの

だから殺す価値なんて無いの

無駄に罪を増やすだけ

なんて

ごめんなさい

騙すつもりじゃなかったの

貴方達の前では偽りなんて無い

ただちょっと着飾りたかっただけ

軍警は表向きで

裏ではジゴロのような

国の上層部の命を受け

他の国の紛争や内乱を利用して

功績を上げ

恩を売って

印象操作をして

超能力を一切使わずに

一個中隊を制圧出来ちゃうなんて

可愛げが無いでしょう

超能力だって

脳に関与して

夢(ナイトメア)を見させることが出来る

私が覚醒(ディセイブル)させなければ

夢を見続ける

眠り続ける

そしていつかはエネルギーが尽き果て

生命の活動を停止する

目の前にいる人物だけじゃない

例え地球の裏側でも

例えどれだけの人数でも

ほら

可愛げなんてまるで無いでしょう

でも本当はそんな超能力

使いたくも無いから

浮雲(ナルコプレシー)を戒めて

二葉亭四迷(リアル)を今示しましょう

501.会社ゴロにだって塵旋風を突き付ける

たとえ国王であっても

私の欲しいものを

用意することなんて出来やしない


きらびやかな宝石でも

豪華な服飾品でも

贅沢な食事でも

華々しい地位でも

そんなものではない


私の欲しいものは

貴方だから


貴方にしか

用意することは出来ない

502.星座と違って同じ時間を生きているのだから

私は仕事中の貴方には会いに行かない

邪魔になることは分かっているから


それと

私は貴方に会いたいから


仕事中の貴方じゃなくて

貴方自身に会いたいから

503.ヒゴタイにジュビリーを

俺には君が必要なんだよ




私の技術を必要としていることはすぐに分かった


別の意味にもなってしまうと気付いた貴方は慌てている







報酬さえ仮想通貨を要求する私が

アーガイル柄の様に手を出した

超法規的措置を後ろ楯に

貴方と協力して

総力を駆使して立ち向かって

クラッシュに追い込んだ

そして

何も言わずに姿を消したから

きっと

引き留めようとしたんだろうね

だから

私はあえてふれずに

貴方の部屋の鍵を要求して

夕食のリクエストを訊ねてみた







NPOを隠れ蓑にした
ホワイトハッカーのコマンドに
煮え湯を飲まされるなんてごめんだから


オリジナルUSBブートを起動して

サーフェスウェブを越えて
ディープウェブなんて序の口
ダークウェブまで辿り着く


ブラックハッカーの貴方と
クラッカーの私で

駅の発車ベルの様に鳴り響く
警告音を静めて

ディープウェブを沈めにいきましょうか

504.舞台は違えど輝く目力

舞台が破壊されても

仲間を失っても

お客様が待っていてくれるから

私は舞台に立つの

だから貴方は

好きなことをやりなさい

好きなことで守れるなら

家族がいくら反対しても

私は貴方の夢を応援する

貴方の好きなことが

世界を守ることなら


腕が一本無くても踊れるわ

505.一家当主 ~騰蛇のガーネット~

スピードだったら誰にも負けない

真っ直ぐな行動力

もしも

裏目に出てしまったなら

元気さを一旦置いて立ち止まれば

正直さとあたたかな包容力さを

再確認してもらえるさ

506.二家当主 ~太陰のアメジスト~

控えめで物静かな態度と

魅力的なセクシーさ

もしも

独占欲と嫉妬深さが出てきてしまったら

鋭い洞察力と集中力で

深い愛情を少し手放せば

人間関係が円滑になるさ

507.三家当主 ~玄武のアクアマリン~

頭の回転が早くて豊富なアイディア力と

鋭敏かつ天然で知的な魅力

もしも

現実に鈍感になってしまうなら

個性的な居場所を見付ければ

更に人の心を惹きつけられるさ

508.四家当主 ~白虎のダイヤモンド~

悩みを相談されて癒したり

包容力で感謝されたり

もしも

災いして優しさにつけこまれて

振り回されてしまったら

ちょっとだけシビアにすれば

芸術的才能を発揮出来るさ

509.五家当主 ~天空のエメラルド~

人当たりが良く周囲には人が絶えない

オシャレで美的センスに優れた平和主義者

もしも

魅力に憧れられすぎて

本音を言えなくなってしまったら

生粋のバランス感覚で

爽やかで深い

人間関係をつくればいいさ

510.六家当主 ~勾陳のパール~

チャレンジ精神が旺盛で

人の心を解すことが出来る楽天家

もしも

思いつきで行動してしまって

無責任になってしまったら

決めたことを最後までやり通す

粘り強さを持てば

人生を楽しむ才能を活かせるさ

511.七家当主 ~朱雀のルビー~

生まれながらのカリスマ性のある気品と

備わったリーダーの風格を持ち合わせている

もしも

強い正義感と自己主張で

頑固な印象になってしまったら

一歩引いて人を励ませば

評判は更に上がるさ

512.八家当主 ~天后のペリドット~

柔軟な性格と臨機応変な対応力

失言さえも回避出来る要領の良さ

もしも

安請け合いをして

調子の良い奴と思われてしまったら

おしゃべりに慎重になれば

持ち前のコミュニケーション能力で

魅了出来るさ

513.九家当主 ~青竜のサファイア~

忍べる努力家だけれど

心には情熱だって秘めている

もしも

大人しさで損してしまったら

引っ込み思案を我慢して

もっと気持ちをアピールすれば

頑張りが周囲に伝わるさ

514.十家当主 ~六合のローズクォーツ~

地味で敬遠されてもおっとりマイペースに

責任感で積み上げた目標と確立した地位

もしも

尊敬の眼差しに疲れて

息抜きも上手に出来ないなら

物事を最後までやり遂げる忍耐力で

未知の体験に挑戦すれば

人生を楽しめるさ

515.十一家当主 ~貴人のトパーズ~

しっかりしている緻密な分析力と

目立たないけれど細やかな心遣い

もしも

気が付きすぎて

批判的になって衝突しまったら

丁寧に言えばお互い安心さ

516.十二家当主 ~大裳のラピスラズリ~

豊かな感受性で世話好き

鋭い直感力で困っている人に親切に出来る

もしも

周囲の影響を受けすぎて

気持ちが分からなくなってしまったら

自分の面倒を見て

客観的に行動すれば

増した魅力で慕われるさ

517.古着屋の私書箱

管理官と揉めて異動させられた先輩

私は違う班にいたから詳細が分からなかった

けれど先輩は無意味なことはしないから

だから管理官を調べることにした

見付けてしまった決定的な証拠

裏切ったと管理官に詰め寄られてしまったけれど

先輩の新しい上司が言った

疑ったからじゃない、信じたかったからだ

閑職に回されそうになった先輩を

私の言葉だけで

引き取ってくれたその上司

変わり者だと噂だったけれど

奇才は本当のようね

518.堤防を望む小さな文化住宅の窓から誕生花が見える暮らしを写真館で

20年前の所轄時代の事件なんて

覚えていないと思ったから

あえて言わなかった

奥様を亡くした貴方に

つけこむようで嫌だったから

けれど

思いとは裏腹に

貴方の方が募らせてしまったみたいね

紆余曲折あったけれど

子ども達に後押しされて

新たな命まで授かるなんて

思いもしなかったね

519.そんなことぐらいで関係が変わるなんてことはない

出版社で翻訳家をしているのだけれど

カフェで相席した彼とは

それからよく会うようになって

彼の愚痴とか

私の悩みとか

話すようになって

付き合うようになって

でも

ある日

神妙な面持ちで

彼が切り出したのは

異性装があるってこと

別れ話だなんて思った私は

心底ホッとして

自分の早とちりに

心底呆れた

520.貴方から貰ったこの指輪を私の指にはめるのは貴方がいい、貴方でなければならないの

出逢ったのは偶然じゃなくて必然ね

ぶつかって怒鳴られて謝って

手から離れてしまった白杖を

手探りで探していたら

車に乗り込む寸前だった貴方が

何の気紛れか近付いてきて

手渡してくれた

方向が分からなくなってしまった

私の行き先を聞いた貴方は

知り合いだからと言って

行き先と話をつけて

貴方のところで働くようになった

貴方は玄の旦那と呼ばれて

界隈では有名みたいだけれど

私にはとっても優しいね

貴方は父親と折り合いが悪くて

私の親戚がいる警察が嫌いだから

話題にはしないけれど

いつか言えたらいいな

私には甘い貴方が

あの匂いを

あの人が冷たくなった原因の

あの匂いを纏わせて

帰って来た時から

親戚から同僚が怪我をしたと聞いた時から

あの時のような嫌な予感がしたの

けれど

きっと親戚と仲間が貴方に辿り着くから

だから私は

あの人の命日に花を添えて

プロポーズされたのよ

と嬉しい報告をしたの

貴方が父親を許せなくても

親戚と仲間が貴方を許せなくても

貴方が許せない罪を犯しても

あの人は憎まないから

あの人は誇りを大切にするから

私は許すわ

私は貴方を待つわ

私は信じるわ

私を助けてくれた貴方が

悪い人だなんて思えないから

521.異端視の任意後見人

彼は一国の王子様だけれど

妾の子だと

両親に愛されていないと

配下には呆れられていると

側近には申し訳ないと

忠誠を誓われても

自分に自信が無い彼

幼少期に一緒に育った彼だけれど

彼が王子様として連れていかれた

少しして私もその場所を離れたけれど

彼が国を追われたと耳にして

追い掛けてきたんだ

彼の仲間は私を疑った

当たり前ね

私の母を父を亡き者にしたのは

彼の父親である現国王の命だったから

けれど私は知っている

彼は一番国王に相応しい

国民の為に笑い

国民の為に泣き

国民の為に最前線に立つ

歴史上稀に見ない

平和な世の前身を

造り上げるであろう彼に

彼は彼だよと

利害無く

蚊帳の外から言えるのは

私だけだから

522.アシドーシスになって、アルカローシスになって、やがて平衡になる

私は任侠一家の娘

祖父と姉と舎弟達と暮らしている

といっても血の繋がりは無くて

私の本当の両親は

任侠一家の組員だったけれど

母は病気で

父は抗争を止めようとして

だから幼かった私を

祖父が引き取ってくれた

姉とは姉妹のように

舎弟達とは家族のように

怪我をする舎弟達を治療出来たらと

医者になりたいと夢と目標が出来た

けれど姉は継ぐ気は無くて

けれど私には期待は無くて

だから迷惑かけないように

学費を稼ぐ為に

一旦働こうとしたんだけれど

医学部の資料を見てしまった姉と

初めて喧嘩になってしまった

けれど

期待されていない訳では無かった

余所者だからでは無かった

ただ自由に生きて欲しいと思っていたんだと

気が付けたから

523.過剰防衛ぐらいが丁度良いのかもしれない

貴方の告白を断ったのは

貴方が嫌いとかじゃないわ

むしろ大好きだよ

けれど私には継ぐモノがあるから

それには危険が伴ってしまうから

覚悟だけじゃ足りないから

貴方には安全に幸せに暮らして欲しいから

だから断ったの

断りたかったの

断らなければならなかったの

悲劇でも喜劇でもない

最初から物語なんて

存在しなかったの

524.パラサイトの電流班

転校した先で不良になって

彼に補導されて

彼には愛する人の忘れ形見がいて

懐かれて付き合って

転校前の地に夫の転勤で戻って

転校前の友達が教師をしている学校に行くなんて

不思議な縁ねと

彼と忘れ形見と笑い合う

525.慈しみが通り悪魔

自分のせいで

私が持っていた形見が

壊れてしまったと

悲しむ貴方

けれど

それは違う

貴方のせいではなく

形見があったから貴方を守れたんだ

形見のおかげで貴方を守れたなんて

こんな素敵なことはないでしょう

526.誇れるような代償でいさせて

君一人を

置いて行ったのではない

君一人の

命を守った

凄い人だ

527.読心術に口付けを

罪を許さない貴方は

公安委員会からも睨まれる存在

けれど

私に伝えようとする

不器用なその姿は

凄く優しい

私が襲われそうになって

駆け付けた貴方

読唇術なんてなくても

その拳は止めなきゃいけない

だって貴方は優しい人だから

優しいから赦せるはずよ

528.天泣の落書きにネモフィラの祝福を

メソメソして下を向いている暇があったら

大事なものを見逃さまいとして

睨み付けてまで

存在を認めて欲しいからと

至るところに落書きするのはいいけれど

もっと上手く書いてよ

あんたなら書けるからさ

なんて仏頂面を見て苦笑いしながら

喧騒を遠くに聞きながら消すのを手伝って

そんな夢物語を言って早数十年

良く晴れた爽やかな風が吹く今日は

あんたとあんたの愛する人との晴れ舞台

最後になって

畏まって頭を下げて

あんたからありがとうなんて

お礼を言われるだなんて

思ってもみなかった

けれど

ご招待した人達を見れば一目瞭然

面白そうだなと書くのを加勢したり

しょうがないと消すのを手伝ったり

早くしろよと待っていてくれたり

今ならきっと騒がしいくらいよ

あんたが築き上げてきたもんなんだから

文句の一つだってありゃしない

野暮なことは言わないから

あんたが描いた落書きという名の絆に

上手に書けたじゃないと

頭を撫でながら一言だけ添えたの

529.コキアで一献を、一緒に傾けてくれない?

放っておいてくれと

貴方は言った

けれど

私は放っておかないよ

大事な身体なんだから

大切な場所なんだから

貴方と居たいのだから

私は貴方と悩みたい

貴方と一緒に

人一倍溜め込んでしまう

そんな貴方だからこそ

530.私がスパイだと見抜いてしまった中途半端に頭が良い自分を恨んでください

一人では隠し事で

二人では秘め事で

三人以上だと隠蔽になるのかしらね



私があの人を好きだと信じた彼奴等が

私をスパイに誘ってくれたから

せっかく乗ってあげて

氷を溶かすようにゆっくりと

信頼を積み上げていく途中だったのに

情報を探り出す前に

氷を噛み砕くかの如く激しく

入り乱れた攻防戦を繰り広げたから

中の毒が回りに回ってバレるなんて



愛する人の仲間を裏切る訳ないでしょ



私が愛する人?

貴方だってずっと言っているじゃない

それに気付いてくれたのはあの人だけ

貴方は冗談はよしてくれなんて言って

取り合ってもくれなかったし



いいですよ、もう

付き合うとか考えていませんから

私の中で消化しますから

貴方が私の中で綺麗な思い出になるまで

それまで待っててください



って、なんでそんな顔するんですか?

仕方がないじゃないですか

バレたのは貴方のせいなんですから



え、違う?

じゃあ、何なんですか?

531.『to be continued...』

ロジスティクス発案者は

常軌を逸した天賦の才を

思う存分に発揮して

積年の欲望に果ては無く

満たす為には手段を選ばず

理性という仮面を被って

倫理を異常に振り翳し

知性という糸を操って

絡めた滑稽を嘲笑って

虫螻以下を叩き潰し

残骸には興味すら無く

喰らった偽善は腹黒さを隠さず

捧げたパフォーマンスに

壊れた憐れみを

暑気払いも実に虚しく

回路に懐炉を貼り付けて

法界は崩壊を止めず

祈りというエッセンスを振りかけ

インスペクターさえ

衝動を抑えること無く

付け届けには

アナライザーを忘れること無く

甘美なオルゴールが刻む

旋律に戦慄を覚えながら

窮愁じみた揺籃歌に酔うは

Need not to know...


象られたのはケダモノと相違なく

腐心に苦心する見まごうことなき

とても万物の霊長らしいヒトである

532.陥落寸前、御愁傷様。

公庁(公安調査庁)の公舎と
内庁(内閣情報調査庁)の官舎で
捜査員の動く影は絶えない

宿舎に広がる飛沫血痕は
所謂、見立て殺人を模していると
捜査本部は方針を固めた


法科学鑑定研究所は
絞殺を索条痕と吉川線と
指紋を夜の世界の名刺を用いて捜索

科学捜査研究所(科捜研)は
溺死を顔に乗っていた水に濡れたタオルと
足跡を足の大きさに比例する肘から手首までを重点的に鑑定

科学警察研究所(科警研)は
不純物に含まれる含有量の割合の一致を確認して同一と確定


死体検案書を賜って
解剖鑑定書を拵えて
死亡診断書を携えた

蟒蛇すら逃げ出して
帳尻合わせもせずに
檀家に駆け込んだ

不能犯は自首をして
中止犯は出頭をして
聾桟敷を解釈し周知した


永田町(政界)が教唆を見抜いて
霞ヶ関(官庁)が間接正犯を探り
赤レンガ(法務省)が幇助を妨害
桜田門(警視庁)は隠避を明るみに


不埒な可能性を否定出来ない以上
いや出来なかったら最後

痛い腹を探られた上に
不届き千万を許さぬ捜査をもって
紛れもない包囲網はすぐそこまで

出るのは鬼か蛇か
撃つのは豆鉄砲かミサイルか

刃が付いているだけで御の字な
危険な付け焼き刃ではない


捕まえられた手を振り解くことも
差し伸べられた手に縋ることも

窮地に陥った土壇場では
遺憾の意を示して
往なすことさえ不可能である

533.細工は流流仕上げを御覧じろ

夢幻泡影のような月明かりを
見上げている貴方に
眠れないのと尋ねてみた

けれど質問の答えは意図的に無視されて
代わりに俺を信じろと抱き締められた

普段の貴方からは到底似つかわしくないほどの
有り体の優しさが込められている感覚がして
うんと一言だけ返した


表面上は敵を討伐する為に集まった
けれど内面は不透明なまま
利害だけが結ぶような関係に
居心地が悪い相関図を思い描き
鈍色の盃に珮を飾って降らせた灰になる


そんな折
思いかけず一人が襲撃を受け脱落した

普段の素行と相まって
貴方は疑いの目を向けられてしまった


興味が無いのか面倒なのか
当の貴方は言い訳すらせずに
知るかよの一言で終わらせてしまった


静謐とは真逆の空気が漂う疑心暗鬼
寝静まった最中に呼び出され
一人思い上がった奴が言う
誰も信じなくていい僕だけを信じてと


奴が笑って私も笑う
含意の異なるそれは
相容れない存在だと
証明しながら執着の
終着を告げるサイン


外堀は自然に溢れベスティアの様に唸る風
内堀は不自然なほどの無言の隙間を埋めた



単なる熱光源でしかない太陽が昇り
エネミーコンベンションが繰り広げる
マスカレードが開演した

バンドル販売の様にシークエンスに沸き
享楽していたパイオニアは

奴ではなく私の家族で
集る様に私に命じてきた

高台から見下ろすのではなく
確実に見下しながら

貴方を亡き者にすれば帰還を許可してやると



天稟をモットーとして語り
滑稽なグローリーを飾り
私にオーバーラップを演じさせた
意図を持って家族の糸を手引きしたのは
無根拠に己を正当化出来るお目出度い
姦しく諳じている奴なんだろうね


頭の中で諦念と憐憫が渦巻く
私は無言で貴方に銃口を向けて
躊躇すること無く放たれた銃弾は
魔術によって転読され奴を貫いた



乖離する惨劇のストーリーを
信じて疑わなかった奴と家族は
混惑し集き足掻けば足掻くほど
酷く浅ましく滑稽で無様な傷口を広げる
恥の上塗りを頭で理解していても
目の前にピクトグラムが転がる
奇妙な光景を拭いきれないのかしら


僕は支配する側に選ばれ神から寿ぎを賜った
支配される側である粗忽なお前らを助け
諸行無常すべて正しく導かなければならない
神が定めた概念以外は神への冒涜でしかないんだ


妬く役が欲しがった訳は
出来る薬を欲しがって
厄が疫を連れてきて益を焼いた

姿態を慕い肢体は死体になって
臣従が真珠を神授し新樹で心中を望む

楽することが大好きで
力で奪えるものは何だって奪い
自分の主張を通す為に他人を傷付ける

人生の歪められた過去の記憶達が
実際に目で見える形に戻っていく感覚に
ロジカルの欠片も無いセオリーは
論いのアイロニーにすらならない



金魚鉢の金魚が鉢の外では生きていられないとしても
それを不幸だと思いもしないように
私が助けられるべき不憫でか弱い存在だと決め付けて
助けるのは自分だけだと無意識に酔っていただけね


助けなんて必要ない
勝手に不幸だなんて決め付けないで欲しいわ


幸せだと自覚しないことには成立しない
客観的な定義なんてすることが出来ない
利己的な要素が強いケミカルでしかない

死ぬことに酷く怯えながらも命の意味を探し
生き続けなければならない人間が造り上げた
浅ましい幻想と未練がましい空想でしかない

積み上げた誇りや尊厳と引き換えにして
身に付けた道徳や倫理観を裏切って
反逆のサーマルを放棄して
シャンクに永遠の忠誠を誓うなんて真っ平御免だわ

すでに関与出来る範疇を越えている
これ以上強制される覚えはないのよ



不協和音のマリアージュの迸りはもう結構
無限回廊の戯言は聞き飽きたわ





野良犬の鳴き声にしては煩すぎですね
クロアに反抗するほどの気力は持ち合わせていませんが
ラメントを受け入れてしまうほど従順でもありませんよ
そちらにだけにしか利益をもたらさない
そのような交渉に応じる気もありません
ウィークポイントを突かれた哀愁漂う臆病者の瞳には
私がクローザーに見えるみたいですね
魔術ぐらい見聞きしていたら出来ますよ
私はこれでも演技派なんですがお忘れですか?
私が人を殺したことが無いとでも思っているんですか?





タイムリーな君子危うきに近寄らず
カンデンツァに虎穴に入らずんば虎子を得ず

メリットがあるから得をしたいから
危険がないから安全だから
そんな不快で深い腐海な理由じゃない


用いた婉曲ブラフが巣食い
マスキュリンに足を掬われ悄気た奴らは
天地神明に誓っても救われない

534.姫蔓蕎麦のレゾンデトール

この能力は
能力者の命を奪うマイナスの能力

おひいさまなんて
メルヘンちっくな字
笑止千万



価値のない商品
売れない美術品
賛けない芸術品


継承出来るはずもなくて


手を伸ばせば届いてしまう距離にある
死を感じながら



他からみて重要か否かは
さほど問題にはならない

私にとって確実に看過出来ない
足を引っ張る存在が私なのだから
自らの意思で自らの命を放棄しようと
機会を伺い続けていたのだけれど

片道の人生
生きてきた意味はあったということね



マイナス
つまりはプラスの否定

命を奪う
つまりは生の否定

否定をする能力だから


争いを生む秘宝も
他者を圧倒する力も
争いで奪われた命も
耄碌した真柱も
晴れぬ暗澹も
途切れぬ怨嗟も
悲しい結末も

枚挙に遑がないキュビスムを
否定するのは吝かではないわ


私でなくてもいいことはあるけれど
私でなければ意味の無いものもある

そんなことしか出来ないけれど
それくらいなら私にだって出来る


精一杯生きることは悪いことではないと
今までの価値観と喜怒哀楽の全てを翻す

決断して運命を変えるのはいつだって
小さな勇気と誰かを大切に思う気持ち

能力を解放することが出来たとしても
幸せを約束出来る存在ではないけれど

過去を守る強固な盾となり
未来を切り開く双剣となり
降りかかる火の粉を振り払い
災い転じて福となりましょう




スッと息を吸い込み覚悟を決めて

韋駄天が嘆息を漏らし
寓話さえ煽惑を嗾けた
悪趣味で寝覚めが悪い
この小賢しい能力ごと
全部叩き潰し否定して

慰めに愛らしい花を一輪
手向けて差し上げますわ

535.無限の布袋石は舞還のコラージュとなりし、霧弦となれりプシュケーと鬱金香は夢幻となりぬ

両親とは死別してしまったけれど
愛されて祝福されて産まれてきた



煌煌たる影が照らし出した
最強と謳われる里一番の強大な力

濃い陰を理不尽に強調され
その力には到底耐えられない身体

不整合が造り出し与えた宿星



育ての親が力に耐えられるように
暗躍すらして研究していたけれど
甘すぎる毒薬を求める代わりに
相応の代償を支払うかのように

ひりつく危機が訪れても翻弄されるだけ


一つずつ大切に繋いできたピースでさえ
徐々に崩され着実に壊れて
どんどん散り散りになって
あっさり失われて残骸すら見当たらない


血の気が引いた憂き目に冥福を祈るだけ




変えられぬ特質で忌み嫌われてしまっても
陰口を罵って饒舌に浴びせていたその口で
掌を返したように平気で哀れみも口にして
吐き出されてしまっては戻ってもくれずに
無意識に湧き起こる同調という安定を望む

それでも育ての親以外の里の人々に
責任があった訳でも悪かった訳でも

誰に対しても恨みなんて無い
何に対してもあるわけがない



何故かと訳柄を問われ呼応するならば
穏便で無責任な事なかれ主義ではなく

動乱の渦中で抛擲させられた一族の
畏怖の念と威厳を知らしめるという

意見が対立しぶつかり合う喧嘩でも
守りたいが故の戦争なんかでもない

己の目的を果たしさえすればいいと
身の程を弁えずにただ虐殺を極める

福に服を着せる様に崇高な理想を掲げ
革命という名の復讐を起こした奴から



取り越し苦労が多い上に誰かが
傷付いたり悲しんだりする事を
自分のことのように思える彼と
杳々たる間者に自らなった彼と


何も出来ないくせに
腑甲斐無いくせにと
投げ出すのではなく
せめて出来ることを
幾許に足手纏いでも

切り札として里を守る為に誓約と束縛を交わした




忍従して全てを手放し捨てて
慎重に里を守るはずの行動が
真っ直ぐ動けず置き場を探し
苦しめている矛盾だらけの
現状に気付いてしまっても
それでいいんだとは
言い切れぬ行為でも

時の流れから弾き出され
変わることすら出来ずに
在るべき世界へ還る時を
一矢報いる瞬間に賭ける


私が居ないと奴を討ち取れるだけの力が存在しなくなるから
私が居なくなれば育ての親は悲しむことが分かっているから


悩む意味がないと知ったところで
悩みを忘れられる程目出度くない

そうするしかないからそうするだけ
この力なんて必要とされない世界へ
恙無く行き着く為に彼とどこまでも







幕開けはいつ倒されていたのだろうか

極限状態で並べられたドミノに
亀裂が現れ均衡が一瞬で崩れた

恐らく最初から傾いていたに違いない


渾身の力を振り絞り
バランスを維持させ
どうにか踏み止まる

僅少な防御をすり抜けて
届いてしまわないように



世界を否定し弱者を甚振り
破壊の限りを尽くせるのは
得難い世界だと気付かずに

里の為にしか生きられないなんてなと
感情の動きに合わせ表情を変化させて
憎悪を滾らせながら嘲笑い哀れんでる

奴と共に彼の亡骸と力ごと消し去った







命を投げ出し守ってもらって
私だけが生き長らえてしまう
覚めない悪夢はもう終わった


静寂の中で罪の意識に無言で押し潰され
居場所を見失った自分さえ自らで拒んで
心の底から自分を憎み自らの死を願う時
他でもない自分の気持ちに自ら嘘を付き
万物の霊長として既に死せる屍としても



世界を繋ぎ止められたのだろうか

忘れてしまいそうになる程平然と
崩壊と構築の二律背反を繰り返し


訪れた蜜月時代の最中に魅入られた
笑って笑いかけて笑い合う白昼夢は
いかに敢闘しても現実にはなれない


鍵など無くとも過ぎ来し方が施錠して
自らの手で終止符を打つことを選んだ


私は私の為に生きれないけれど
私は私の幸せを願えないけれど

私は里に縛られているんじゃない
私が里を縛り付けてしまっただけ



里に守られていた私の命は
既に私自身のモノじゃない

死ぬことすら満足に出来なかったけど
迚も斯くても里を守る為に生きられる

願っていいなら
里の為に死ねるなら
誰かが救われるなら
私が救えるなら
里を救えるなら



名前なんて残らなくていい
存在だって忘れられていい

誰にだって気付かなくていい
誰にも気付かれてはいけない

肩代わりしてもらえない孤独な恐怖を
自ら心に刻み付けてしまったとしても

平和な顕世の談笑の裏側で
袖にされる人がいるのなら

それは私でいい

私が最初から存在しなかったかのように
ずっと変わらずに笑っていてくれるなら

大切な人達が幸せでいられる世界が
後生大事に続いていってくれるなら

それで私は良い





故意で悪意的な辯解の代償は
偶然で好意的な懺悔の対価は



身に余る光栄に他ならない。

536.荒唐無稽な意趣返しよ、以後よしなに。

上げられた口角に不快を感じることは無く
嬉しさ云々も感じることは無く只々不可解

軽薄な優男が形作るアイシテイル
慕情を吐くその唇に口付けをした


キスが欲しいならキスをします
キスをしたいならしてください
抱き締めたいならしてください

貴方がお望みならばその先だって構いません
合意の上ですから勿論何の問題もありません

そんなことで私の心を壊した貴方の
私に近付く人達を排除する為だけの
咎の腰を折ることが出来るのならば

罪を償うことは義務ですが赦された権利でもありますし
瀟洒には程遠い私が行使可能な最善の忠告だと鑑みます


私が経験に基づく警告を述べただけなのに
理に敵わないことしか言わない現在の私は
貴方の手に入れたかった私ではないらしい

言わされているだけだろうと
頼むから違うと言ってくれと

錯綜した思考は地雷を踏んでしまって
他の言葉を忘れてしまったかのように
駄々っ子の様に有無を言わさぬ勢いで

優男の肩書が剥がれ未熟な精神を晒してまで都合の良い託種
心の動揺そのままに乱暴に詰め寄る貴方に抵抗する気はない
非論理的に否定だけを繰り返す貴方に不満を抱く訳でもない



悪意を根底に持ち傷付けながら得た過去は
確かに存在したことを永遠に証明する事実
出口が欠落した闇の中で沈んでいくように
臍を噬む報いだけが手元に舞い戻ってきた



艶やかなる脅威を映し出す鋭い凶器を手にすれば
世界に組み込まれたカードはいとも簡単に裏返る

何が起こっているかなんて至極単純で
それでも疑念を尋ねることで形にして
確かめなければ理解すら出来なかった

よもや見せ付けられたのは暴力に踊らされた痕跡


知らず知らずの内に妄想として膨らんで
歪んだレンズ越しにしか見れなくなって
降りかかる全てから守ってやればいいと
様々な悪行を気取られないよう秘密裏に
距離を置きながらも捕らえて纏わり付き
憧れの英雄気取りを望み悦に入っていた



貴方に微塵も変化が無いからこそ
私が却って際立ってしまっただけ

貴方がどんなに受け入れ難くても
戸籍上も姿形も相違無く私のまま

消えない傷を残すことを余儀なくされて
空っぽになった心は二度と満たされない


忿怒し責めることも
憎み復讐することも
謝罪を求めることも
貴方を愛することも
万に一つもないので
どうぞご安心下さい



もはや何かが始まる予兆も
終わる予感も感じさせない

素っ気なく袖を振り払うように
無欲で起伏の無い潮騒のように
瞳は瑕の無いガラス玉みたいに
澆薄で無機質な作り物みたいに
自然な違和感となって反射する



自らの幸福の為に最愛の人の幸福を破壊し
得たかった役を手に入れて
知りたかったことを知って
したいと思ったことをして
自ら閉ざした未来は過去を総じて嫌悪する


貴方は私を愛していたからこそ
物理的な距離の隔たりではなく
心の領域が重なり合うことなく
私にとって貴方が瑣末であると
追い付いた理解が敗北と絶望に
縷縷と綾なされ止め処なく浸透
悪に身を窶し善に屈して頽れた



失敬失敬と秘密の暴露が飾り立てた
ベゼルの内側こそ悉皆寔に相応しい

537.宛らアルティメットエスポワールでよろしおすなぁ

期待を抱かれる重み
壊してはいけない責任
背負わされる未来
望まぬまま見送るだけ
置いてきぼりの自分

観覧車に乗せられた観覧者




選ぶことの出来なかった可能性の先の未来を
恨み辛みの果ての悲しくも優しい世界を
すべて差し出してでも見て欲しいから


後は頼んだなんて一言
すべての思いが込められた短い決意を
受け止めてもらえるなんて思っていて

勝手なことばっかり




なんで私だけ生かされているの?
なんで連れて逝ってくれないの?

幸せになれなんて呪いの言葉




浜辺に描いた絵のように不安の波にさらわれ
やるせなささえ言えなかったのは
言ったところで状況が変わらないことは明明白白
どうせ分かってはくれないと早合点した訳じゃない


在り続けることだけを望まれ
神と繋ぐ為に捧げられた贄は自分の命になど目もくれず

危機感を抱えながら問題を先送りし延々と結論を引き延ばし
償いを過去にした報いを受けながら

ひたすら帳尻合わせの為だけに
歯車はクローズしながら黒い渦となり回りながら蝕み軋む

サラウンドのノイズが音量を上げ続け
不愉快な音は心をかき回し続け

どうにも出来ないからこのままでもいいと思っただけ




何をするかの共通の理解を持っているのに
向かっているのか呼び寄せられているのか
誰一人知らない


他を守れば個も守れるけれど
個を守っても他は守れない

下手をすれば全滅もあり得るけれど
上手くすれば犠牲が出ないかもしれない


妥当性がありつつ避けれない鬼一口を
先ずは御手並み拝見とばかりに
遂行しなければならないのは
御相伴にあずかる程にそうするしかないから




過ごしたかけがえない時間と
これからの未来を犠牲にし
アンパイアさえ正確に把握出来ない
今という時はひたすら転がって
脇目を振らずに落下する

わざわざ苦しくなる選択をして
旅立ちの船出を見送ってまでも

誰にも見えない細い
切れてしまうような脆い
雁字搦めの硬い
磐石な運命に抗うことは

それだけの価値がある



良い方向に変えていくのか
悪い方向へ導いていくのか

善は急げだが急いては事を仕損じる


簡単には戻れないなら
進んでも追い付けないなら
止まることさえ出来ない私ごと
闇を閉じ込めて凍らせて




喰らった暗いCRYindestructible



烏滸がましい時分
与えられた役名は
救世主という名の

538.チャラい俺様エースが落とせないのは、ボーイッシュで自己完結型のツンデレさん

あいつの周りには常に女子がいる
キャーキャー言って纏わりついてる

みんなに笑顔を振り撒いて
平等にしなきゃいけないって大変だなぁって
頬杖つきながら遠巻きに見つめる


けれど誘いまくってるのを知ってる

俗にイケメンと呼ばれる部類のあいつに
ナンパされて自分はモテるんだと勘違いしてる女達

実はナメられて遊べそうだなって下に見られてること
熱中してるその労力は鳥瞰すれば虚しく後悔すること
誰とでも仲良く出来るのは誰にも心を開いてないこと
艶羨あっても冷笑にはいい加減気づかないんだろうか


ファンクラブとかもあるみたいだけど
了見の狭いカーストなんてものには
自ら近付かないのが平穏無事のコツ
平伏すようにして触らぬ神に祟りなし


デートを迫られた時の決まり文句は
みんなを大事にしたいから内緒だけど今回だけ特別だよ

隠れて隠してトップ屋抜きで成立させてしまう
適度に毒々しくて甘い甘いウィスパーボイス

相変わらずの自意識過剰っぷり
権力に悪知恵が加われば最凶ね


なんで知ってるかなんて野暮
あいつが勝手にベラベラ話すからに他ならない



遊んでるとか最低とか責められても困るんだよなぁ
こっちは頼まれたから付き合ってあげただけなのに

だの

俺様らしく振る舞ってやらないとみんなの迷惑になるだろ

だの

奴と仲良さげだけど止めとけ止めとけ
お前にはもったいない

だの

お前みたいな奴と付き合えるのは俺様ぐらいだ
客観的事実なんだから光栄に思えよ

だの



自由に惹かれたのに縛りたいと望んでしまう

そんな疼く矛盾を噛み締めても
考え方に差があったとしても

様子を伺いながら同意して欲しそうに
最低じゃないよって言って欲しそうに

ユーフォリアに浸るあいつの御饒舌を聞くには何ら支障がない


女共の過剰な嫉妬を避けたくて
あいつに嫌われたくなくて

空気を読みすぎた結果の距離感に
返答の一歩が踏み出せなくても


生欠伸と共に立ち去るのが私のルーティン



それはもう堂に行ってるはずだった



九夏三伏真っ盛りのここは別館の空き教室
こいつの背に見える琉球ガラスのような窓
今や過去の産物になったであろう壁ドンで


お前を思う気持ちは誰にも負けない自信がある


とか言われたって
今更信じられる訳ないでしょ


言い寄って言い寄られて
そんな状況を見せつけられたら
興味が無いって思うじゃん

やきもち焼かせる為とか
好きになると一途になるとか
知るわけないじゃん



ドクドクと打つ胸の痛みなんかより
正当化する頭ん中の方が現実感寄り

初見殺しもいいとこ

よくよく考えなきゃ気付くことが出来ない好意なんて
甘美に酔って感覚が麻痺してなくても到底無理な話だわ



こんなに人を好きになったことはない
お前と俺が出会ったのは運命なんだよ


なんて絞り出すように言われたら
いつもの軽々しさなんてふっとんで




つか黙りこくってないで何とか言えよ
と睨まれたから

それが答えってことくらい気付けバカ
って睨み返した

539.不器用な生真面目くんが恋をした

機械並みに頭の回転が早く
無口で冷静沈着の文武両道
しかし無愛想なのが玉に瑕


それが周りからの俺の評価


そんな俺が一生無縁なのだと思っていた
恋というものをこの度自覚してしまった

表情筋は一切動いていないが
内心はもの凄く戸惑っている

冗談さえストレートに受け止めてしまう俺が
調べるための辞書も正解を導き出すどころか
手本にするべきマニュアルの欠片すらない恋

どこから手をつけていいのか
皆目検討もついていないのだ


合わせられないのに無意識に追った視線を
気付かれた瞬間に意識して反らしてしまう


別人になってしまったかのような高鳴る鼓動
一生懸命抑えようとすればするほど意識して
余裕が無くなり空回りしてぎこちなくなって
完膚無きまでの不器用さに拍車が掛かっても


きっと喜んでもらえるとか思い込んで突っ走って
ありがた迷惑へとねじ曲がってしまわないように

些末なことで不興を買ってしまったり
まして忌諱に触れるようなことだけは

絶対に避けなければならないし
細心気を付けなければならない

他の誰でもなく俺が責任をもって
行動しなければならないのだから


大丈夫大丈夫

俺なら出来る
恐らく出来る

多分とは怯懦


声を出すことで成功のイメージを刷り込ませよう
初めての気持ちで最初から上手くは出来ないから
どんなに弱気な発言であっても自信満々に力強く
震える声を聞き逃さないよう心内に耳を近付ける
度胸が無く威勢を張っているだけだったとしても
思いっきりやってみないと失敗かどうかも不明で
自分自身で否定してしまえば萎縮してしまうから


全然全くもって大したものじゃないけれど
などと前置きして喜んだ顔を見たいが為に
会話を盗み聞きなんて無様な真似までして

振り向かせようとしているのだろうか
好みだというものを見付けては贈り物



立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花

コロコロ変わる表情は新しい本を読むように
まだ知りえない世界の示す片鱗に触れられる


然りとて俺が変わる為の材料ではない

新たな想いや感情を生み出し
満ち溢れる愛おしさに対して
全力で向き合っていきたいと
思えてしまう必要不可欠な人


積極的に掴み取れ無くても
消極的で後悔を残すのなら
エトセトラ割りきれずとも

パンジーに降り注ぐ春時雨

難解の怪なら何回でも解を
偏に明かし続けてみせよう

540.石の意志を持ったセクシーな小悪魔は蛇蝎をLandscaping

「おつかれさま!」と彼にメールを送った。

1分経っても返信が無い。


「もしかしてまだ終わってないの?」ともう一度メールを送ってみた。

仕事が忙しいって言う彼の望み通りに、私から会いに行く為に。


「いつ終わるの?」

まだ彼からは返信が無い。


「もしもーし!」

前にSNSを更新してるのにも関わらず、私へのメールの返信を忘れてたことがあった。

うっかりだったって。


「おーい!」

寝る前に電話し忘れて寝てしまった時も。
私を騙して会社の飲み会に行ったことも。
仕事のことだって話してくれないことも。

全部ぜーんぶ許してあげたのに。


「無視なの?」

放置されるのは好きじゃないどころか大嫌い。
私は彼を愛してるからこそ彼に合わせようとしてるのに。
私ばっかり我慢して彼は何故私に合わせてくれないの。


「わざとスルーして焦らしてるの?」

二の矢三の矢を放つけど、SNSの更新も無ければ本命であるメールの返信も全く無い。


「なんで返信してくれないの?」

私を愛してるならいくら仕事が忙しくたってメールの返信ぐらい出来るよね。
ってゆーか、するべきでしょ。


「私のこと嫌いになったの?」

まさかまさか。
不安で不安で堪らない。
彼の口から愛してるって聞きたい。
目の前で抱き締めて納得させて。
私を満足させてよ。


「一体何をしてるの?」

彼の友達は全員把握してる。
だからもれなく連絡したけど誰も彼も知らないって言ってる。


私をこれだけ不安にさせておいて、友達にまで迷惑をかけるなんて。
彼の理不尽な自己中っぷりに怒りで倒れそうだわ。


「誰かと一緒にいるんでしょ?」

私に内緒で彼が誰かと会ってるなんて、恐怖心を煽って背筋を凍らせるだけの稚拙なホラー映画でしかない。


「誰と一緒にいるの?」

指し示してるのは私の知らない場所。
GPSじゃやっぱり駄目だったみたい。

私のモノだってことを重々認めさせて、
私を裏切ったことを後悔なんて生ぬるい。
謝罪と土下座とプレゼントだけじゃ気なんて済まないから。

私が監視してちゃんと彼を管理しなくちゃ。



「浮気は許さない」

絶対に許さない。


「今から行くから」

絶対に逃がさない。



ビードロには卯の花腐し。
忌みに意味など愚蒙だわ。

気位が高い私が被った鞠問の正解はたった一つしかない。

541.やんちゃで元気な後輩は従順なワンコではなく狡猾なUnreliable narrator

女の子ウケするお店や流行りスイーツのチェックは欠かさない
俺のステータスが活かせるなら名目は何でもいい
「お勧めの店があるんだけど、一人じゃ入れないんだよね。」


知ってるけど知らないことにして情報を巧みに操ってみせる
ウイークエンドは一緒が必須条件
「今週末空いてるよね。教えてもらったお礼をしたいんだ。」


グレーな言葉で意向をねじ曲げドタキャンの意思を貫く
気乗りしない時は先延ばしが当たり前
「仕事が忙しいんだよね。落ち着いたらな。」


会いたい時に会って割り切って自由気ままに軽いノリで生きるのがオレ流
「時間出来たから今から行くわ。・・・いや、そっちが来た方が早いから来いよ。」


想像に任せてプロミスリングなんて以ての外
大人な関係なんだから言わなくても理解しろよ
泣いてすがりつくように依存して
ナチュラルハイを押し並べて
盈虧よろしく泥沼に引きずり込むな
「『私達付き合ってるの?』なんて答える必要性ある?付き合ってるようなもんだろ。」




ある日やってきたhorrible嚮導
全女の代表格のようで突飛に現れた宇宙人のよう
手弱女なんて甚だしいことこの上ない

チェックした証拠をあえてカウントずれに突き付けて
チェックメイトばりにまくし立てながら迫りくる

velvetがお似合いのどんなdonnaがせがもうと
俺の与り知らないとこならば心底気分が悪い


都合の良いお前らとは楽しい話だけしたいんだ
話し合いなんて面倒くさいし堅苦しいだけだろ


体を引き裂かれたような痛みを覚えたような
弁えもせず恰も私傷付きましたってな顔して

俺を無責任とか責めてグチグチ言うんじゃねーよ

そんなことよりまずは傲慢を顧みて反省ぐらいしてみせろ
浮気されるような自分に非がなかったかどうかをよぉ


無理矢理に暴くことを暴力ってーの
その頭では到底理解出来ねーだろうけど


「俺のこと嫌いなわけ?」

『き、嫌いじゃないけど』


それが正しい答え


泥犂のようにネガティブに俺を疑い
周りの空気まで不機嫌にさせたこと

俺との関係を続けさせてやってるのに
俺に横暴な態度を無鉄砲に取ったこと

俺という存在がいなければ
お前の存在すら地球の損にしかならないこと
その現実をまずは認めろ

話はそれから

日常を脅かされた身であっても
俺は寛大な心を持ち合わせてるから

やっと気付けた己の間違いに許しを乞われたら
蛙鳴蝉噪な謝罪であっても受け入れてやろう


「それならいいだろうが。」



凡人などには決して味わうことが出来ない人生‐ゲーム‐

汚点‐リスク‐を矜持‐チャンス‐に変える術‐スキル‐を見出だして

遥か高みに登って搾取する側に回って手に入れた戦利品‐ルール‐

傀儡に出精値引‐コンフィデンシャル‐を承服させてしまえばいい

戦略‐レベルアップ‐の総ては自分が楽しめるか否か

場末の濫觴‐クライム‐を肴に司法取引に色を付ける

何かを得るのに何かを破棄‐サクリファイス‐なんてあり得ない



歪な形で継続させた違和感さえ
上書きで手打ち抹消して糜爛も
やがて馴染ませるインサニティ

ドルチェは異様な威容でいよう

ウイークポイントは掌握下に入れ
プライオリティは下げることなく
スタッグ・ナイトは終わらせない

542.清楚な癒し系の真贋はアンサングセキュア

彼はものすごく忙しい仕事をしている


ずっと忙しそうだけど大丈夫?
とか

体調崩してない?
とか

疲れてない?
とか

何か困ったことはない?
とか

もし悩んでいることがあれば相談に乗るよ?
とか


心配で心配で思い浮かべたままの言葉が
矢継ぎ早に口を衝いて出ていってしまう


けれど彼は必ずといっていいほど笑って大丈夫と言う

しつこくして嫌われたくないし
彼の笑顔を信じ寂しい気持ちも我慢して
私は笑顔で行ってらっしゃいと見送るの


信じたいなんて多分彼の為だけじゃない
彼が本当はどう思っているのか
もしもそれを知ってしまった時
傷付いてしまうのが怖いだけ

だから彼に限って大丈夫だからと願ってしまう

そうであって欲しいことばかり
自分の都合の良いことばかりを


けれどそんなの杞憂だった


会えない時は私のことを考えてくれて予定を事細かに話してくれる
落ち着いたらデートしようねって寄り添ってくれる
少しだけ時間が空いたんだけど会えない?って誘ってくれる
我が儘かもしれないけれど忙しくても会いたいって言ってくれる


一度勇気を出して理由を聞いてみたら
ちゃんと付き合っていきたいからだって

忙しいことを理由にして会いたくないだけでしょなんて疑われてしまったから
もう離したくないから誠実にしたい

先のスケジュールまで決めておけば頑張れるからだとも言っていたなぁ
休める場所があるんだと思えば辛くてももう一踏ん張り出来るんだって


もし体調が悪くなっても彼が眠るまでそばにいよう
私が病気の時に不安になるからかもしれないけれど
少しでも安心して彼が羽を休めるようにしたいから

心配で待っているだけじゃなくて
会いたいってお誘いもしてみようかな

543.純粋無垢な無自覚ちゃんなら外堀から埋めてしまおう

彼女はまるで秋桜の精製水

人を疑うことを知らず
騙されやすいのが難点

諦めの悪い遊び上手な奴とか
へこたれないストーカーとか
デリカシーの欠片も無く
いい加減なデタラメが蔓延って
断ろうものなら非難轟々

だから確実に振り向いてもらうには
全力で自覚してもらうしかない


まずは王道の連絡先交換

いい感じに撮れた写真の送信か
物の貸し借りに際した約束事か

どの口実が一番自然だろうか
親近感と相性の良さは大切
一撃必殺で木っ端微塵だけはごめんだ


関係が崩れてしまうようなヘマはしたくない
会話にも細心の注意を払う

知って欲しすぎてしてしまうであろう自己アピールは控えめに
興味が無いと思われないように自慢話や悩み相談もお互い様で


重くなりすぎない程度に
他の男と差をつけることも忘れない

中身や具体的な行動を素敵だと伝える
簡単な外見だけじゃなく内面を褒めるのは
全てを理解し見ているという意思表示


一緒にいると時間を忘れちゃうとか
話をしていると落ち着くとか
誰にでもなんでしょとか
勘違いしちゃうとか

安心感を与えるフレーバーを散りばめつつ
彼女のちょっとした態度や行動にも気を配る


インストゥルメンタルのニッチ戦略
飲み会とかはマッチポンプを最大限に活用

隣の席をキープしたりそばに行ったり
自分だけが知っている一面をさらっと話題に出して
仲の良さを皆さんに惜しげもなく披露する

但しアプローチはあくまで然り気無く
冷やかされたり茶化されたり揶揄われたりして
彼女が気まずくならないように配慮して


そしてだんだん徐々に
特別な対応を明らかに増やしていく

対応の違いを見れば一目瞭然
周りから見て分かりやすいを目指す
人伝に好意が伝われば間違いないから


男っていう生き物はね
心を許した女性にしか弱音を吐かないものなんだ
人前では気を張っているからね
ほんとに癒される
楽しそうに笑ってくれるとこ好き
君が彼女ならいいのに

伝えるのは二人きりの時だけ
短時間でも一気に畳み掛ける


好きなんだ
ひと目惚れさ
話しているうちにもっと好きになったんだ
僕とお付き合いをしてくれない?



君の美しさに照れた空の顔と
同じくらいに赤に染まる君の
返事を聞かせてくれないか?

544.因果律のLyricsMarblingHightide

誰にも話せないことがあった
けれど勇気を出して話してみた

辛かったね
苦しかったね
と抱きしめてくれた


付き合っているのに全く頼ってきてくれないから
俺って必要とされていないのか?って不安になっていたんだ

難なくこなしているようにみえて
実はとても努力という努力をしていて
そのせいで自分自身を追い詰めてしまう

肩の力の抜き方を知らなくて息抜きが上手にできないほど不器用なくせして
俺の負担にならないようにって健気さが伝わってくるからこそ
逆に俺の前だけでは甘えて欲しかったんだ

いくら俺が助けたいと思っていても
助けてって言ってくれないと助けられないんだ
この違いはとてつもなく大きいんだよ
俺に言ってくれて本当にありがとう


自分だけの価値観で理想通りに変わって欲しいなんて押しつけたりはしない
辛い時こそ受け入れて寄り添ってくれて安心を与えてくれる


特別な才能がある訳でも凄い特技を持つ訳でもない
どんな私を知っても好きな気持ちは揺るがないと言い切る物好きで
話を疑わず真摯に聞いてありのままを理解し認めてくれる


何も言わなかったのは
何も言えなかったのは
信用してなかったからじゃない
ただ心配かけたくなかったから


自分だけでどうにかしなきゃって思い上がっていた
逃げたという記憶が深く刻み込まれてしまうのが怖かった

気付けなかったことを気付かなかったことにしても
持っていたはずのものさえいつの間にか失くしてしまって
見えてくるようになって精神的な呪縛にどんどん変わって

ダニング=クルーガー効果で生み出された
ガスライティングのほとぼりが冷めることはない

後から目にしたものがそれまでのイメージと入れ替わり
偽物の真実として置き換わってしまう

いくら私が変えようとしても
私自身が受け入れようとしなければ
何も起こらなかったのかもしれない

世界が変わったかどうかは分からない
彼に変えてもらったのでもないけれど
私自らの意思で変わりたかったのは確か

彼が鍵がかかっているか否か確認さえしなかったのは
私自身が心の扉を開けなくては意味がないから


私を傷付けたトラウマな言葉達は
彼にかかれば私を癒す魔法となる


触れ合うあったかい体温に白雨は止めどなく降り
彼に愛されて大事にされていると感じる


静まりかえる空間にLose one's life.‐心を圧迫するような感覚‐はもう見当たらない

安らぎを覚える癒しの光景に囲まれて
ゆっくり歩む人生の豊かさを教えてくれるように

乗り越えた後にしか出ない美しい虹が
真打のイマジナリーフレンドを払拭し
けちな記憶を新たに上書きしてくれる

帰ってくる場所があると分かったから
恐れずに何処へでも行けると思えたよ

545.タニマチメセナはオレンジ色のマリーゴールド

好きな子が悄然たる後ろ姿で悩んでいたら
俺がいるから大丈夫って守ってあげたくなる
間違えたら一巻の終わりなんてないよって
失敗の選択肢を選んだっていいんだよって

外様で頼まれてもいないのに
踏み込んだら無神経なんだろうかと
葛藤にちょっとだけ揺れたけど

贔屓と呼ばれても瑞雨のように
無理をせず帰った方がいいって
今日は少し休んだ方がいいって
君は女性なんだからと制止する


普段から負けず嫌いで
周りに負けないようにって張り合って
無根拠でも頑張らなきゃと思わせてくれる
そんなバイタリティを持ち合わせていて

すべてが肝入りのように無茶しすぎる人だから

誰かに助けてって
分からないことを教えてって
そう言うのは悪いことではないんだと

誰かと協力してみたら
案外簡単に出来てしまうこともあるかもしれないから


凄い人が最善を尽くしてみても
一人で出来ることには限界がある

一面だけに捕らわれ固執し
そういう発想さえ端からなくしてしまって
その奥にある成長を見逃してしまわないように

話はいくらでも聞くし力になれることなら何でもする
立つ場所が変われば新しい目線で見える景色も違ってくるはず

すぐに答えを出そうとアドバイスなんてせず
時間をかけて一緒に悩んで解決していこうよ
もう無理して演じなくていいように


不真面目ではないけれど真面目でもない僕であっても
自分の知識を伝えてそれを役立ててもらい
飲み込みも覚えも早くて教えがいがあって
今まで出来なかったことが出来るようになる
その実感を得てもらえるのは喜びでもあるから


真剣に彼女と向き合えば遠回しなアプローチであっても
誠実な印象が伝わり相性が良いと思ってくれる気がして

もっと具体的に頼ってもらいたくて告白をしたら
はにかんでくれた君と晴れて付き合うことになった


けれど気持ちは変わらない
君に喜んで欲しくて楽しいと思って欲しくて
見栄を張ってでも人気のお店とか絶景の夜景とか

頑張ることも待ち合わせで待つ時間も
君の為なら苦労でも苦痛でも何でもない


ブランチの予定だけだったんだけど
もうほんのちょっと一緒にいたくて
たとえ愚痴でも君の話が聞きたくて
分かち合える思い出の記憶の時間は
一秒だって無駄になんかしたくない

色々と理由をつけて引き留めても
翠雨のような君は無邪気に笑って
無条件にいいよって言ってくれる

一緒に行きたいと思った場所に
一緒を望んでくれて来てくれる


ローリスクハイリターンなんて
悲しい程に否定するのは難しい
確定された未来じゃ希望がない
不確かな未来ならば願望はある
信じる未来を忘れずにいられる

手を繋がなくてもキスをしなくても
君といるだけで僕は

546.Neroなヴェネツィアン・グラスにBiancaのダリアを飾る

彼はモテる
とてつもなくモテる

顔はイケメンと騒がれる部類だし
クールあんどビューティーみたいな

私とじゃ到底釣り合わないし
勝算なんて皆無だけれど
諦めるなんて出来なかったから
玉砕覚悟で告白したら
なんの奇跡かオッケーだった


だから不安になる
だから心配になる

奇跡が起こってしまったからこそ
現実と向き合わなければならない


ディスカウントよろしく釣った魚に餌をやらない
目に見える愛情表現がほとんど無い寡黙さんだから


けれど
偶然出くわした場面で
盗み聞きするようにして聞こえた
私以外と付き合う気もなければ出かける気もないから
なんて昂然たる口ぶりではっきり断ってくれた


言葉で気持ちが上手く伝わらなかっただけ
どれだけ好きか分かってる?
辛そうな顔をしながら言われて
どこかの少女漫画みたいって現実離れ


いつまでも自分を好きでい続けてくれる
そんな安心感を感じ取って更に惹かれる

あんまり優しくないし慰めてもくれないけど
何が一番私の為になるかを考えてくれていた


暫くの間忙しいから連絡できなくなる
落ち着いたらするって言ってた彼から
今日仕事終わったら少しだけ会えない?
なんて唐突に連絡がきた


嬉しくて嬉しくて即返信をして
ドキドキしながら待っていたら
私が彼を遠目に目視して約数秒
真顔プラス無言で抱き締められた


カチコチの体と沸騰しそうな頭で
どうしたの?と一言だけ聞いたら

自分勝手は重々承知しているんだけど
全然会えなくてもう我慢の限界なんだ

なんて


恋は長所を見つけることらしい
愛は短所を認めることらしい


見つけたのは
彼は不器用なだけで心を開いてくれていること

認められたのは
モテる彼は本当の彼じゃなかったってこと


エンゲージリングとマリッジリング
それだけでは証になんてなりはしない

547.市街に死骸が溢れても詩鎧で詞凱を上げる為にはDyingWishにしておくのは極めて惜しいから

自分の出来ないことを実行し出来る人を尊敬して
刺激を求め新しい世界を見たいという強い好奇心
改革への興味や冒険に出たい欲求を無意識に宿す

出来るならば己で選択肢を切り開き
理想を追い求めたい人は少なくない

長年の思い込みと劇的な変化のリスクを壊しつつ
道なき道を実際に創造し達成出来る人は多くない

右往左往する現実に不満や葛藤を覚えても
オリジナリティな提案があるわけでもない
実際を知らないからこそ好き勝手に言える

繰り返される似たような毎日も
全く同じ日だということはなく

ほんの数秒先のことでも何があるかなんて
楽しいのか辛いのか出会うのか別れるのか
得るのか失うのかそんなもの知る由もない

戦慄すべき驚異に満ちた失敗だったとしても
再び立ち上がれる柔軟性こそが幸せへの近道

好きを捨てるのではなく魅力が伝わるように
嚮後幸運が訪れるようにと今を犠牲にしても
未来にかけたいと願いたくさんの種を蒔いた

いつかいろんな実が成ると信じて
その強い想いは深く息づいていく

やってみて行かなければ分からない
止めてしまわずに行けば分かるから
生きることで可能性にあふれている

勝者も敗者もノーサイドになった結末を
見届けた先に見出だすものを歓喜という

覆っていた見えないカーテンが外されて
クロスフェードする未知の領域が明ける

絶望で昨日までを呪う強さを有難く受け入れるか
希望で明日からを願う弱さに尻尾を巻き逃げるか
停滞は熟成期間だから焦燥感を抱く必要はないが
命をすり減らす感覚は生を烈しく自覚させられる

訪れる軋む音にも素知らぬ顔で
限界まで気付かないふりをして
目の当たりにした加護の崩壊に
何が原因でどこで間違ったのか
責任を追及して押し付け合って
最終的には神の意思で運命だと

表面上だけ理解したつもりの手向け
謝罪の裏に隠された本心などは結構
願わくば居直り同志の再会は地獄で

建国の父が残す爪痕と君主の母が負う傷痕
三者三様の死に様より百人百様の生き様を
絶妙に微妙な画家に描かせようじゃないか

不幸中の幸い程度にしかならない予断を許さない状況ではございますが
皆々様どうか虎が雨にならぬよう思う存分暴れようではありませんか?

548.音の暴力は止めてください。

奇声の擬音はギャーギャー。
足音の擬音はドタバタ。
跳び跳ねる擬音はドシンドシン。
椅子を引く擬音はズズゥーン。
扉の開ける擬音はガラガラギィー。
扉の閉める擬音はドンガチャンバッタン。
物が投げつけられる擬音はゴッドカッ。
蛇口を捻る擬音はキュッキュッ。
水が流れる擬音はジャーーーッ。


五月蝿いですか?
騒音ですか?

子供のすることだから仕方がないですか?
子供だから我慢しなければなりませんか?
生活音だから気にするのは神経質ですか?

自分も昔は子供で
迷惑をかけながら育ってきたのだから
我慢しなければなりませんか?





違いますよね。

自分の子供であっても
五月蝿いと感じる人はいますよね。

それなのに。

全くの赤の他人が
五月蝿いと感じない訳無いですよね。

そんな野蛮に育った憶えも謂れもありませんが。





家の中で走り回ってはいけないですよね。
家の中で跳び跳ねてはいけないですよね。
物は大切に使わなければいけないですよね。

野生の動物は躾られていませんよね。
でもペットは躾ますよね。
人間社会で暮らす為です。
人間の都合でもお互いに寄り添う為です。

お隣の犬は吠えますが飼い主がきちんと叱ります。
飼い主は挨拶もきちんとします。
目の前の一軒家は正反対ですが。

挨拶も無く状況も分からない相手が
四六時中何かしらの音を出している。

今までの方達は何も無かったのに
突如開始されたミシミシ地震地獄。


どんなに不気味か理解出来ますか?





自分を肯定出来ず他人を貶め誉める事が出来ず
相手の気持ちや状況すら推し量ることが出来ず
とてもじゃないですが怜悧とは言難いでしょう。

社会や皆という然も尤もらしいことは
虎の威を借る狐でしかありませんね。

更に咎められでもしたら狭量とか偏狭とか
社会のせいにして正当化するようですが。





暗渠の無法地帯を飼い慣らすことは螻蛄と同じ。

耳栓なんて気休めにもなりません。
音楽なんて楽しむ為に聞くものです。

それらは無理矢理シャットアウトさせたに過ぎません。

いや、シャットアウトすら何故しなければならないのでしょうか。





最終手段は引っ越ししかありませんか?
被害者が被害を被っているのに更に被らなければなりませんか?

思いやりがあるからこそ
告げ口のような悪くなるような
そのようなことは言いたくないのです。

言葉にしてしまったら受け止めてしまって
悲しむ人もいるのを理解出来ているから。

だからプロフェッショナルにお任せしなければならないのに
他人事で形のみ調査だけで誠心誠意の欠片も見当たらない。

返信も謝罪も改善も無いのならば
通報しても良いということですね。

証拠ならば問題ない程にありますからね。





安らぐはずの家で精神崩壊を促すのですか?

現在進行形で垂れ流しているのは
誰かに誇れる音ですか?
それとも劣る音ですか?
優しい音を奏でてくださいますか。





子供は五月蝿いです。
静かな子供もいます。

大人は大抵静かです。
大人も時に煩いです。

お互い様というのは想い合う相手が存在し
夏のふとした瞬間に感じる涼しさのように
冬のホッとした時に感じる暖かさのように
神以て成り立つお気遣い痛み入りますと。

549.お客様は神様とは烏滸がましい限りですが、報連相が無いのは厚顔無恥も甚だしくはございませんか。

問い合わせメールを送った。
二週間経っても返信が無い。
三週間経っても返信が無い。
四週間経っても返信が無い。

ホームページを調べて協会にも
問い合わせのメールを送った。

そしたら数日後返信が一通だけ来た。

全世帯を隈無く調べた。
改善するように話した。
こちらは対策を講じた。
改善しないなら解約するように言った。
まだ何かあるなら当人同士で話し合え。


気持ち悪い気持ち悪い。
何故?何故かというと。

最初にメールを送った時点で相手には話をしていた。
と仰るが今回以外に返信が全く以て無かった理由は?

全世帯を調べたわりに住民間の話題に上らない。
改善対策どころか相手から謝罪の一言すらない。
当然ながら問題はひとつも解決などしていない。
当人同士?責任転嫁に職務放棄を上塗りですね。


まだまだ恨みが憎しみに変わる程にありますよ。


水道の基本料の免除の連絡ありませんでしたよね。
駐輪場が滅茶苦茶になっていても放置なんですね。
突発停電に原因究明も管理者としてしないのですね。
家賃は非課税であることまさか知らなかったですか。
現状維持などと御託を並べた恩着せがましい回覧板。


誰でも理解出来る文面で明記されていたにも関わらず
重要な文章に届く前にデジタルは捨てられてしまった。
係争中につき答を差し控えなければならない事もない。
勝手に身を引いてもケジメを付けたことにはならない。


今まで何の面倒も見て貰っていないのだから
今更迷惑をかけても問題はありませんよね。

大々的に何かしらで警告せざるを得ませんね。
そうしたくはないというニュアンスを含んでも
居抜き物件よりもお粗末ならば止むを得ない。
メタフィクションの試写会でシンパサイズを。

咎めないから二度と現れるなと視線を差し向けたい程に
怨憎会苦は証拠も問題も依然として山積し続けている。

550.恐み恐み申すと祭服で口承を執行うはフォークロアではなくリアリティー滴る陳腐なノンフィクション

仕事が順調そうとか
子供がいるからとか
充実してそうだとか
幸せそうだったとか

そうで無く


なんで話してくれなかったんだとか
気付くことが出来なかったんだとか

きっと違う


誰にも気付かれたくなかっただけ
死にたいじゃなくて消えたいだけ

皆が抱いているイメージの人でいたかった
和気藹々な時だけは何も考えたくなかった

些細なことで迷惑なんてかけたくないから


紙一重で目指すのはいつも通り
無意識にポツリと呟いた言葉達
虚しく響く大丈夫なんて空元気

魔法の呪文なんてのは得てして
独り言つだけで成立してしまう

本人が思っているほど大丈夫じゃない
本人が言えば言うほど信用はしないで
ただ単に言い聞かせているだけだから


誰かが絶対に見てくれているからなんて
弛まぬ努力をすれば報われると押し付け

見えないところでしても誰も見てはくれない
奇跡的に見たところで何も感じてはくれない
粗探しではなく掘り下げているだけと宣って
眠らない方が閃くことがあると平気で嘯いて
信じ続ける真実は知りたくもない事実と化し
がむしゃらな結果に裏切られる羽目になって

それが当たり前になる裏で
アピール上手が蔓延るだけ


休んだり引き返したり諦めたり
雁字搦めを解きほぐし手放して
新たな道を探すことが最善の策

けれど他でもない自分自身の過剰さによって
生じた迷いから排除した選択肢が行動を縛り
妥協案すら思い浮かばないのは致命的な障碍


自分と他人による二正面作戦


剣先を軽やかになど躱せずブラインド
尽きているのに無理矢理奮い立たせた
それを回復の兆しと誤解し動き続ける

決して完治した訳ではないのだから
何かの拍子にいとも容易く開いた傷
知ってしまった幸せが最大の不幸で
根元から折れてしまったルドベキア


脆弱を嘲笑うことすらなく
諸刃の剣は眼中にさえなく


分かったつもりでいたけど
何一つ分かっていなかった

他の誰よりも長く傍にいたのに
ちっとも近付けた気がしなくて
全く心の思考が見えていなくて
追い込まれたことすら認識せず
合祀出来ぬままに自我は遠退く


死にたくなる理由なんてずる休みと同じ
ヒビだらけの心の隙間に打ち込まれた楔
最期の一線を越えるなんて大それている
留められるスイッチなんて有りはしない

死ねば行かなくていいんだって
面倒をやらなくていいんだって


一瞬魅せられ思ってしまっただけ
一瞬すると思ってしてしまうだけ
一瞬すると思ってしなかっただけ


判断能力など気に食わない程無いに等しく
私が今生きているのは単にしなかっただけ


ただそれだけのことで
そんなものでしかない

551.瑕を創き疵になった傷にJe t'embrasse‐キス‐を

力を貸して協力して欲しいと頭を下げられた




強制どころか理論の破綻もないけれど
危機感さえ上回ったど真ん中の大暴投

当局に属する貴方の立場としては
常識的な提案ではないことは明白



難しくはないけれど容易いものでもない

規範であるルールを破り逆らってまでも
誰かが許さないと誰も救われないからと

マル被から真を解き明かすことを託され
正義の為に立ち上がって成し遂げること


暗黙の了解で触れないのが正解だと誰しも知っている
都合の悪い情報だけを隠そうとする意思を暴くことは
周りからみたら過剰な干渉であり間違いかもしれない
正確に歪みきったこの界では咎に類されてしまうから


必ずしも解決に導けるわけがなく
鵜呑みにした挙げ句
危機的状況になれば
あいつのせいでと責任転嫁されて


常に本番の人生は乾坤一擲の大勝負
下手をすれば手柄を上げるどころか
余計なお世話だと恩を仇で返されて
愚か者としてその名を馳せてしまう


劇場開演の幕を上げるのは
観客の私でも貴方でもない

立場を弁えるべき害のある軽微な存在
大舞台で終演を迎えることが出来ない
自分軸に魅せられてしまった主演様へ

余計なお世話かもしれないけれど
猫の手を貸して差し上げましょう





断ったらどうするんですか?
と少し素っ気なく興味が無いふりして聞くと

そ、それはお願いするしかない
と予想外の返しだったのか慌てたように言う





目に見えているいつもの片側の表面
同時に存在しているもう片側の裏面
リアルと平行するもう一つのリアル

一つしか存在してない空を見上げていても
同じ景色かどうかなんて確かめる術がなく
観察することも出来ず想像で補うしかない

誰にも傷が付かないようにと
一生背負わなければならない
遥か広大で複雑な孤独だから


確証がなくてもそれ以上聞かなかったのは
強くなくていいから優しくなりたかったと
察したことで信じたい者を信じられたから

貴方が覚悟を決めているのに
私に問われる所以はないから


救われた訳でも赦された訳でも無いけれど
個人的な思いをただの情報としては扱わず

心も体も時間も無限ではないし
祈り願うだけでは手に入らない


足元にも及ばないかもしれない
怖くて震えるほどかもしれない

それでも蹌踉めきながら捗々しく

誰かを助けたくて何か出来る事をしたくて
すべてが壊れる恐怖の中で綱渡りしていて

正義感が暴走し無茶してしまわないように
慎重すぎて未来を潰してしまわないように



誰の目にも触れない場所で独り泣くような
隠しきれもせず窮し顔に透ける貴方の脆さ
世界の為に命を捨てようとする超困った人


言えないとハッキリ言えるのは後ろめたいからではなく優しさで
何色か見た目で分からない球根のように咲いてからじゃ遅いから


いつも通りのことしか出来ないと言って
いつも通りを信頼して頼んでいるからと
余計な詮索もしないで言いきってしまう




理想論だけで生きていけるのは
何て贅沢と気付いてしまっても
進むべき贖罪の術を見出だして
無報酬を条件に麗沢を承諾した




綿密な知識と緻密な嘘を組み合わせ
ガセを見抜いた上でデマにすり替え
世界のズレを伊達IPアドレスで欺く

違和感を立証してみせろと言われても
立証して欲しいのはそちらでしょうと
黒が反射すると白になるスペクタクル

如何様なテクニックを見破れないならば
事実を積み重ねた真実と大差なんてない



世界中のデータベースで繭が開き
根回しさせる間も無く羽を広げて
起動した箱庭でパルファムを撒き
HTTPステータスコードを駆使して
接続させたプロトコルを飛び回り
覆う鱗粉の雪を認識させれば完了

夜の蝶がご足労願ったバーチャル
舞い遊ぶ醍醐味は私のテリトリー
好奇心は猫を殺すことを御膳立て





I believe what you saidで往なすから
気持ちいいぐらいの綺麗事に対して
貴方の正義が悪でないことを証明し
金では買えない信頼に応えましょう

552.否定を否定したくて肯定を肯定して欲しくて初めて声を上げた

私を一瞬で仕留められないなど無礼千万
そんな程度の覚悟で同胞に刃を向けるな

碇を影に下ろして息を止められそうなほど
冷たい怒りを湛えた瞳と悲痛で絶望的な声

かけがえないものを失い心に傷を負って
内は今にも無惨に崩れそうに弱っていて
触れることさえ憚られる痛みが轟き渡る


場を和ませられる冗談を口に出来る者も
造作も無く笑い誤魔化せる者もいなくて
緊迫した空間には忽ち沈黙が戻ってきた



傷付いているのは抵抗し続けた事実の裏返し
痛め付けられてもなお気丈に振る舞い続けて
非合理に立ち向かうことを止めなかったのは

見捨てたいなんて思っているはずがない
自分の置かれた立場を考慮して配慮して
理不尽でもそうしなければならなかった
本音は危険な目に遭って欲しくないから
行ってらっしゃいを言いたくはなかった
ただいまなんて返っては来ないのだから


一緒に戦うことが出来なくて
隣に立つことすら出来なくて

命を投げ打つ覚悟があるなら
戦力として価値あるなど詭弁

例え私が乞い願ったとしても
絶対私を殺さないし殺せない

守らねばならない存在だから
私が倒れるわけにはいかない

切り札という名の加護の鳥は
捨て駒にさえなれはしなくて


何食わぬ顔でひょっこり現れるような感覚が沸き起こる度
二度と帰らない事実が襲ってきて強まる不在が決断を迫る

いつまで後ろにある記憶を気にして佇んでいるのかと
いつになったら前を向いてその一歩を踏み出すのかと

痛みや悲しみと引き換えにしても断ち切る為に
自分の中での納得が欲しかったのかもしれない
誰かに背中を押して欲しかったのかもしれない


お前は幸せか?
すべてが終わっても少しも気分が晴れない顔で問われる

唐突になんで?
渦巻いてた疑念が確信に変わり寂しそうな顔で理解した


私がいつの間にか言わなくなった言葉

幸せとか楽しいとか言ったら言ったで
悲しく笑って終いには美味しかったと
ただ言っただけで切なく微笑まれたら
言わなくもなるって分からなかったの


そんなくだらないことで悩んでたの?
くだらなくなんかない俺達にとっては

くだらないと遮ってまで強めにもう一言だけ
馬鹿馬鹿しいことなんだからと意味を込めて



私には貴方達といて不幸になる理由が一切見当たらない



なんて残酷な答え合わせだろうか
結構悔しかった救ってくれた人が
自分達の存在を否み続けるなんて


貴方達がいるから私はここにいていいと思えた
貴方達が守ってくれていたから私は生きている
私の存在が周りの不幸だったかもしれないけど
貴方達がいるなら私は不幸になったりはしない

貴方達の言う通り縛られているかもしれない
けれど取ってくれた手も差し伸べられた手も
握り返してくれた手も鎖じゃなく大事な命綱



周りが悲嘆に浸る中で忸怩たる思いに耽る
泣き叫ぶことすら出来ない自分だからこそ
何色にも咲く事が出来る花のような笑顔で


感情を極限まで抑え込める
盾であり剣でもある貴方達

不満をぶつけられるようになったならば
伝わって欲しかった言葉も漸く届くはず



傍にいて守ってくれてありがとう



当たり前に訪う別れを知っても
それでも一緒にいられる感謝を

553.いちいち団栗が背比べをしても懇切丁寧なほどに私と貴方の話が噛み合うことは万に一つも無くなる。

もう人の為に生きなくていい

自分の為に生きて欲しい

生きて幸せになって欲しい


なんで?

どうして?

不幸だと思ったことは無いと

私は幸せだと言っても

ごめんを繰り返すばかり

幸せなのに

なんで信じてくれないの?

なんで泣いているの?

笑って欲しいのに


私の幸せを願ってくれていて

私も幸せなのに

なんで否定するの?

なんで信じてくれないの?

どうやったら信じてくれるの?

どうやったら泣き止んでくれるの?

どうやったら笑ってくれるの?


全てを忘れて幸せになってなんて

一度だけでいいから

最初で最後でいいから

そんな願いだなんて

叶えられる訳がない

忘れないから幸せなの

生さぬ仲だから幸せなの


ボタンを勝手にかけ間違えられて

そのまま置いていかれたような

そのまま強引に連れてこられたような

貴方の理想の世界は

私だけが幸せな世界

私だけが知らない幸せの概念に

違和感を感じてしまう私は

きっと貴方にとっては不幸なんだね


言葉は詰まり思うように出てこない

笑顔を彩るのは何色にもなれない涙

掻き消せない泣き声が導くのは迷宮

想い合い過ぎて食い違う思考は迷路


おかしいね

私の幸せを積み重ねていっても

貴方にはどうしたって不幸にしか見えない


上手くいかない

上手く幸せになれない

上手く不幸から抜け出せない


時すでに遅し

幸せか不幸かなんてもうどっちでもいい

というよりどうでもよくなってしまった

幸か不幸かたったそれだけの違いなんて

貴方がいなければ板挟みだって怖くない

554.無茶だと止めるぐらいならちゃんと守ってくださいね

誰もが却下した真実を語り
誰もが黙秘した嘘をついて

マジョリティな誰かを味方と信じたくて
マイノリティな誰かを敵だと決めつける

想像して重ねた上面を
共感など存外に容易い

華麗に加齢など河清であり
知らぬ存ぜぬで渦巻く思惑

利益も生まず嫌われることも無く
興味本位で求められることも無く
必要不可欠に愛されることも無く
かといって排除されることも無く
空気のように扱われることも無い

何も起きない素敵な一日を
日常の一コマを積重ねても
ただ思い出に変わるだけで
生きている実感なんてもの
打算的にすら沸きはしない

一人で罪を被って死ぬことは
守ったつもりかもしれないが
一人で逃げ果せるのと同じで
金輪際誰も守れなくなるだけ

償うべきは死ではなく未来だ

知らない顔をして背負わせる
なんてことはしたくないから

気安く覗き込んではいけない
知らない方が身の為なんだと
心配さえ粘られてもサクッと
強行突破して首を突っ込んで

惨めに堕ちるならば偽善とは無縁でいたくて
最後の女になれたと誤解を招くような言い方
事実であっても文字数が足りなさすぎなのか

貴方が辞めてくれたから個人的に協力できる

私にも守ってくれるナイトがいれば
こんなことにはならなかったなんて
同じ釜の飯を食ったかつての同業者

囲ったつもりはないけれどその先に
たとえ地獄があっても後悔はしない

彼女の涙を止める為に私が流しきる

何度だって巻き込まれてもいい
巻き込んだとも思わなくていい

危険でも危険ではなくても
死んでも死にはしなくても

戻りたくない場所ならば無意味
帰ってきたい居場所は貴方の傍

闇に戻らず光に留まる由は
私の意思で決めた自己満足

貴方の正義が社会に反していても
少なくとも私はその悪に救われた

私の正義を断りもなく勝手に
貴方の責任なんかにしないで

誰のせいでもない
誰のためでもない

私は私の正義を貫き動くだけ

555.きっとそれは私が言って欲しかった言葉なのかもしれない

貴方の兄は私の弟を殺せるし
私は貴方を今でも殺せるから

殺さなかったのは弟の為だなんて


私を信じたい気持ちと現実を信じられない気持ち
歪に同居しているのが貴方の全身から読み取れる


真実を後から聞かされるとか
貴方は怒るに決まっていると

これ以上罪を重ねないで欲しいと
罪を知っているからこそ守りたい
言いかけるのを必死で堪えていた

それでも貴方の兄は目の前で泣かれるより
何よりもマシなことだと言ってしまうから

どうにもできないからそれ以上何も聞かなかった
何もしようとしなかったただの臆病者でしかない

生命を心底願われている気持ち
私は死ぬほど分かっているから

いってきますを聞いて見送った私が
ただいまを聞けなくて残された私が


復讐に成功も失敗もない
皆不幸になるだけだと理解していても

失ったモノを求めるなら
代償を払わなければ釣り合わないから

託された一族の誇りなど
本来はどうでもよかったかもしれない

貴方が生きてさえいれば
本当は何でもよかったのかもしれない

請け負ったやるべき事を
それでも諦めることなんて出来なくて


貴方を守る為に一族を壊し謀った
貴方を生かす為に私は生きてきた


貴方を生かした理由なんて
何故殺さなかったかなんて
生きていて欲しいからに決まっている
幼い頃から共に学んだ友達なんだから



騙しきれなくてごめんね

おかえり

生きてくれていてありがとう

556.乱暴狼藉の限りを尽くせる礼など勿体無い。傲岸不遜を踏み躙って、遠慮無くぶっ壊させてもらうぜ。

彼奴のところには俺が行くからもういい


贖罪も憐れみも同情も
そんな感情は毛頭無い
生きていて欲しいから
彼を救って欲しいから

たとえ君が君の我が儘だと言い張ったとしても
幼子の頃とは意味合いが極めて違ったとしても

どんなにいけ好かない奴でも君が選んだ人で
生まれてから死ぬまで彼に恋し続けるほどに
一目惚れしたあの男を君が愛しているならば


覚悟も無い自分を守るより
なにも守るものが無いより
他人を守る方が強いことを
君から教えてもらったから
権力で守れるのは虚栄だけ


君は無理矢理冗談粧して全部誤魔化して
けれど俺はクスリとも笑いはしないから
冗談が冗談として露程も成立しなくなる


思考を忘れるほど泣くことに浸れたら
仕事をしていた方が気が紛れるなんて

肉体的にも精神的にも消耗しきって
紛れさせることに君は必死になって


助けにくるのが遅くなって悪かった
長い間苦しい思いをさせてしまった

一体どこまでを把握していたのか?
過去を得る為に未来を失わない為に
君を泣かせてまで貫く仕来など無い


俺は君の兄貴だという誇り
他でもない俺がしたいだけ

君を傷付けて悲しませる野郎は
誰だろうと絶対に許しはしない

君一人のせいではなく君だけのために
どんな奴だろうと余す所なく叩き潰す


俺の命に焼べた君の絶望を燃やせ
胸糞悪く灰と化す腹など毛頭無く
誅伐を完遂しても塵一つ残さない

557.野郎はなんて素敵な解釈をする外道だろうか

死に逃げられたくない
生に逃がしたくもない

誰も見向きもしないお前であっても
価値が下がって無くなる訳じゃない
存在証明なら俺がしてやってもいい

遠回しな求婚で閉じ込めるくらいなら
一層の事手籠めにして手の届く場所に
片時も離れぬように繋いでやればいい


祝福の光が輝くように閃いたのだが
うっかり息の根まで止めてしまった

必要とされ棄てられないことを実感しようと
理不尽を乞い願えるきらいがあるお前の為に
落花狼藉に及んだ礼には及ばないはずだった


待って暴力は良くない私は望んでない
一回落ち着いて話し合いをしましょう

などと口走って俺の崇高な計画を
身勝手に邪魔立てしたお前が悪い



いくつか質問してもいいですか?
と青い制服が投げ掛けてきたから

するだけならご自由にどうぞ
とニタリ嗤って答えてやった


俺と彼奴が言い争っていただって?

正に下衆なGUESS
状況証拠だけだろ

それだけで俺をホシ扱いする気か
物的証拠ってヤツを持ってこいよ

当たって見付けられずに砕けても
欠片を拾って俺好みにしてやるさ


さあせいぜい楽しませてもらおうか

558.子供の夢を壊すのではなく、大人になり認識した現実によって、子供の頃に抱いた夢を壊してしまう。

一人の違う人間であると認め尊重して欲しいと
子供は思い続け

世間に恥じないよう思い通りに動いて欲しいと
両親は思い続け


居ない片方の罵詈讒謗を延々聞かされ
本人達だけでやってくれればいいのに
子供の自分を味方につけようと必死で


一緒にいたくなかった
一人にして欲しいのに

板挟み状態の均衡を崩し
裏切るような酷い言葉を
言ってしまいそうだから


きっと私を殺したかった訳じゃない
どんな風になってしまうのか心配で

ただ美しい光景を見させてやろうという親心
子供の為を思ってしたことで悪気は全く無い

両親は何をしているのかと思えば
ご覧の通りに私の邪魔をしている


糊口を凌いだ憎しみが消えていくことが
怖いだなんて思っていたけれど良かった

全く以てそんな事態にはならなかったのだから

559.それくらい許してやらないと壊れてしまうから自分を責めるのだけは止めなさい

自分に任されたお役目

効率良く終わらせて

余った時間は頑張ったご褒美

と思ってもサボっている気がして

本当に小心者だと思う


馬鹿正直に申告しようものなら

暇人扱いされて

他人の役目まで背負わされて

出来たら当たり前

出来なかったら押し付けられ

お役目を果たしていないと言われ

他人はむしろ定刻に帰路に着く


イチたすイチは

イチより小さくはならない

はずなのに

自分たす他人は

イチどころかマイナス

自分の頑張りが他人に犯されて

他人たす自分は

イチどころかプラス

他人のサボりが自分によって帳消し


第六感に頼ってはいないけれど

信じているだけ

だって違和感は違和感でしかなかった


もう待たないよ

行きたい時には行くの


驚いた顔をして

終わらない執着を生み出して

引き留めたってももう遅い

そもそも歩み寄らなかったのだから

未練など有りはしない


有り難みが理解出来る頃には

いや出来やしないから

いつまで経っても

他人のせいにしか出来ないのか


いずれ分かることだけれど

お話などしない

お気に入りだけの仲良しこよしなど

どうなろうと知ったこっちゃない


痕跡を消し去って初期化する

イラナイと言って棄てたのはそっちなのだから

560.花時雨を遠くに逝くなと抱き締める

いつも通り眠りについた
いつも通りのはずだった

ただ寝て目を覚ますだけだったのに
目が覚めたら君がいない事に気付く

どこを探してもいなくて
誰に聞いても知らなくて

まるで君は初めからいなかったかのような
自己の記憶も君の存在も信じられなかった


そんな悪夢‐ヨチ‐
そんな現実‐ユメ‐


眠れないという訳ではないんだ
眠りたくないだけと貴方は言う


誰かの生を祈ってはいけない
誰かの死を願ってはいけない

私を守る為に死んで逝くから
私を殺す為に戦が起きるから

怪我して逃げ出す言い訳すら
私は一線の狭間にも立てない

ただ強大な力を持っただけの
それ程しか価値の無い一般人


一度でも勝ったか最後であっても負けたか
それだけで決まることはなく戦ったか否か

一秒でも長生きして知らない未来を
飽きさせない為に生ききってみせる


夢は夢でしかない

悪夢であっても瑞夢であっても
眠っている時の幻影でしかない

繰り返し受け継いでいく想いを胸に
必死に生きて創りあげた景色だから


祝福を撒き散らすかのように
彩り添える花が舞う晴れ舞台

そこの中心に立っている貴方の顔色は
迚も良いから昨夜は良く眠れたみたい


貴方が生きていて良かった

561.どこが好きって言われても部分的に好きになったわけじゃない

君に出逢って勝手に恋に落ちて

君を見つめて勝手に四六時中考えて

君に嫌がられなくて勝手に浮かれて

君に気持ちを伝えて勝手に張り切って

君は気の迷いって思っていて勝手に落ち込んで

君に証明したくて勝手に傷付けて

君の涙を見て初めて勝手さに気付いて


理由なんて無いんだ

ただ君を好きになって

ただ君を愛しただけなんだ

562.観覧車のゴンドラが地面から遠ざかって空に近付いて往くように二人の相違は果て無き溝を描いて逝く

「良いよ」

後ろから肩に回された腕に重ねた手


「協力して‐ダマサレテ‐あげる」

ペディグリーペットも真っ青なブロークン・ウィンドウ理論


「何をすればいい?」

伽羅が導く逃避行は終わりが見えていても


「何でもするよ」

結婚しようねなんて遥か昔の約束を


「その代わり条件がある」

いつまでも本気にしているなんて思っていないから


「良い方ならちゃんと捕まえて」

貴方が覚えていないあの頃の時間が巻き戻らなくても


「悪い方ならちゃんと殺して」

私が覚えている関係ぐらいもう一度築けばいい


「いつまででも待っていられるから」

どんな状況であっても絶対に迎えに来てくれる


「葉見ず花見ずも深く根付かせるように傷で痕を残して」

抹香香る世に逃げるなんて許されるはずもないから

563.こんな紙切れ一枚で幕引きが可能だと思い上がれるのは卑怯者が利する姑息な常套手段だからだろうか

VXガスとサクシニルコリンを撒き散らし

六価クロムと硫化アリルが漂って

タリウムで駆除するのはペデリンの虚言癖

水銀を誤飲して乾燥溺死を引き起こせば

失感情症と失読失書にアナフィラキシー

カプノサイトファーガ・カニモルサスを

動物用麻酔薬で眠らせながら

色覚異常を鎮痛し

見当識障害を鎮静し

ニトログリセリンで緊急避難

苛性ソーダと青酸ソーダは

ヂアミトールにはなれはしない

どうしてこうなったのか?

胃潰瘍と突発性難聴が悪化しそうで

紐解くのもめんどくさい

手根感症候群と狭窄性腱鞘炎が纏わりつき

ヒョウモンダコのような鮮やかな光景と

熱中症のような銃撃戦なんていつの時代だよ

大手ゼネコンも心臓発作を起こすほどに

偽計業務妨害も威力業務妨害も厭わない

この状況をとりあえず打破して

絡まった物事を解決する為には

コイツを乱射するしかないか

首で済めばいいけど

然うは問屋が卸さないだろうな

モロヘイヤで体力を回復したら

犬鬼灯がついた嘘を

夾竹桃で危険を回避して

鈴蘭が再び幸せが訪れるようにと

甘蔗で描きだしたい平和

まあ先の心配をするのは

未来を作り終えてからの話だ

悲願の花である彼岸花を佩びて

相棒に当たるなよ

と言おうものなら

当てんなよ下手くそ

と返ってくるから

おじきとはじきでも

まあ何とかなるだろうと

怖気を震わず気楽に構えた

564.戻れぬ思い出も生きる糧

明確に存在した瞬間を切り取る作業

躍起になってなど言い方を変えれば

限界ギリギリまで見詰められる弁解


すれ違う視線は真に重なり逢わない

然れども合わせたいピントが山積み


しかしながらリアルタイムの感情は

他愛ないことでも他愛ない時間でも

ファインダー越しになんて見ずとも

奪い捨てなきよう確と焼き付けよう


代えがたいに駆り立てられて伝える

他にはないに突き動かされて届ける

具現化したそれらの軌跡を残したい


創作に片足を突っ込んだ身としては

僭越ながら爾く思い至った次第です

565.レッドヘリングはコデッタにて

時を遡ること五百年前、世を統べていたのはトッププレデターの竜であった。
だが、人間は長い年月をかけて魔術という武器を生み出せたことで、食物連鎖の下位から抜け出し支配と共存との均衡を保ってきた。

しかし人間は欲深い生き物である。
コンペティションなど生温く、ノブレス・オブリージュをさも無関係とばかりに放棄。

竜を支配し食物連鎖の上位に君臨したいと画策する者が各地に現れる。
その野望に興味を示した好戦的な竜達のアンセムを追い風に、亀裂が生じて不穏な空気が漂い始める。


そんな中、とある国では竜の力を必要としていた。
手っ取り早く自国の領土を広げる為だ。

しかし、戦に竜の力を持ち込めばせっかく保ってきた均衡が崩れ混乱を招いてしまう。
そもそも人間如きの争いに、誇り高き竜が協力してくれるとは到底思えない。

ただ、人間は竜に敵わなくても竜同士は戦って勝敗が着く。
一子相伝でも一家相伝でも人間の魔術では焼け石に水でしかないけれど、竜には竜を倒す魔術が存在する。
それ故に竜そのものではなく竜と戦える人間を手に入れることにした。

思い立ったが吉日とばかりに、孤児達を集めさせた皇帝は友好的な竜達を言葉巧みに謀る。

君達を使って戦争を起こす人間が現れた。しかし、私達は君達とこれまで通り友好的に過ごしていきたい。ただ、君達が戦っては均衡が崩れてしまうだろう。
だからお願いだ。私達に君達を守り戦える魔術を教えて欲しい。

嘘八百並べ立てた訳じゃない。半分は本当の話だ。
戦争を起こす人間も均衡が崩れてしまうのも本当。友好的に過ごしていきたいのと守りたいのは嘘。

皇帝の裏事情など露知らず。
手付かずの遺跡が存在する山の奥深くで、友好的な竜達は魔術を孤児達に指南する。

皇帝が躍起になっている間、皇子は皇后や侍従達の目を盗み窮屈な城を抜け出しては、侍従達の子供の中で兄とは同い年の幼い兄妹と仲睦まじく遊んでいた。

調査と称して遺跡を探検していたところ、孤児達と竜達に出会い皆友達になった。


それから数ヶ月後、皇帝の計画より事態は悪くなる。
竜を支配したい人間が均衡を崩したのだ。
もちろん好戦的な竜達を伴って。

好戦的な竜と友好的な竜。
支配したい人間と共存を築きたい人間。
支配側と共存側、両者入り乱れて国は戦場と化した。


孤児達はまだ魔術を習得していない。
狼狽した大人達は自分達のことに必死。
恐らくこのままだと支配側が勝利を手にする。
何故なら共存側の方が圧倒的に数が少ないから。
戦況を鑑みた多くの中立側が支配側についたからだろう。


だから皆で考え、この世界から離れることに決めた。
幼い兄妹の妹は、膨大な魔力が必要な時を越える魔術が使えたからだ。
いつか支配側の竜達を滅することが出来るようになるまでの時間稼ぎとして。

時を越える魔術は、四方八方を囲われていなければならないらしい。
戦場から少し離れた遺跡の中の山岳トンネルを利用することにした。
孤児達と竜達が入れるだけの十分な広さがあり、出口は崩れて通れないので、魔術で扉を入口に構築すれば密閉空間が作れるからだ。

妹が時を越える魔術を使う間、邪魔をされないように遺跡の少し手前で兄が戦い、皇子が孤児達と竜達を先導して逃がす。


兄を迎えに行く途中、妹は気付かなかった。
怒号と武器の音だらけだった空間の異変に。

灰色に煙った空に赤黒く染まった大地。
その中央に剣を持ったまま両膝をつく兄。
そこに実在した景色はそれだけ。

動かない兄に駆け寄ったことで見えた姿。
魔力の強い竜の血を浴び続けたことによる副作用なのか、その身体は竜と化しつつある。
話しかけても揺さぶっても反応が無く。
刹那。
雄叫びをあげた兄は攻撃を撒き散らす。

様々な影響を与えられたのは、きっと近隣諸国だけではないだろう。
兄の近くにいた妹も例外ではなく、衝撃で気を失った。
再び目を開けた時には兄の姿は無く、国も草木も遺跡も何一つ無い。
青い空に亜麻色の荒野が広がっているだけ。

衝撃の影響なのか、時を越える魔術が使えるほどの魔力は妹にはもう無い。
けれど微かに感じ取った兄の魔力。
どこかで生きていると信じ、孤児達の成長を願いながら各地を転々と探す。

そしてある地で再会を果たした兄は、完全なる竜の姿だった。
感じる魔力は間違いなく兄であったけれど、妹さえ認識出来ないのかいくら呼び掛けても無反応。
それどころか攻撃される始末。
しかも人間を虫螻と思っているような、その攻撃はまるで遊んでいるよう。

とはいえ、このまま見過ごすわけにはいかない。
退けられなくて凌ぐことぐらいしか出来なかったけれど、気まぐれに現れる兄を止める為に魔力を頼りに探し続け戦い続ける。


ある時、兄から攻撃を受けた拍子に、ポリグラフも匙を投げるほど妹は全ての記憶を失ってしまう。
自分が何者かも分からずに放浪していた折り、とある魔術組織に拾われ魔術師となった。

この日舞い込んだ仕事は、この国の王女からの依頼。
山の中にある魔術で作られた扉を開けて欲しいとのことだった。
開ける為には魔力がたくさん必要と言われて集結した仲間達、同時に依頼されていた他の魔術組織と共に扉に向かう。

協力し扉を開けた瞬間、絶滅し伝説として語り継がれていた竜が現れる。
想定外のことにパニックになりながらも扉を閉じることは出来たが、数百ほどの竜達がこちらの世界に来てしまった。

こんなことになるなんて知らないと動揺する王女の前に、未来から来たという一人の男が現れた。
竜さえも服従出来る魔術を完成させ数年なら時を越える魔術を使えるほど魔力を持った男だったが、目的である世界を征服する為に欠かせない肝心の竜がこの世には存在しない。

だから遡れるだけ遡り、まだ未熟であった王女に未来の知識を披露し自身の存在を信じさせた。
その上で、世界を破壊しにやってくる数千の竜を倒す武器が扉の中にあるけれど、開ける為には魔力が大量に必要だと言って騙していたのだった。

友好的な竜達が男の魔術を振り切り共に戦ってくれ、大乱闘の末男を倒すことに成功する。
と同時に未来が変わり、御陀仏となった男も戦っていた竜達も消えて、国を守ることが出来た。

しかし、めでたしめでたしでは終わらない。

竜を見て竜の魔力に触れたことで、妹は記憶を取り戻した。
目の前の扉を自分が構築したこと、仲間達の中に皇子と孤児達がいること、素性や目的の全てを。

あの惨劇から五百年、記憶を失ってから二年。
今度こそ兄を止める為、妹は再び動き出す。

王女と仲間達、共に戦った魔術組織。
攻撃を撒き散らした結果生まれたと言い伝えられている不老不死の呪いを受けた妹が属する魔術組織の初代頭領。
取り戻した記憶全てを話し、兄を止めて欲しいと頼む。

しかし皇子と孤児達は困惑していた。
なぜなら皇子と孤児達には五百年前の記憶が無く、この時代に辿り着いたであろう後の記憶はバラバラ。
気が付いた時には孤児一人に竜一匹、皇子は一人と、散り散りになっていたという。
時を越える魔術のせいか、兄の撒き散らした攻撃のせいか、判別がつかなかったけれど。

ただ、竜達は孤児達に魔術を指南してくれていた。
お互いに教え教わらなければならないという、使命感のようなものがあったという。
竜達は指南した後、寿命を迎える前に孤児達に魔力全てを分け与えた。
それはこの時代では古代魔術と呼ばれているもので、孤児達が日常的に使っていた魔術がまさかそれとは誰も思うまい。

それでもみな、協力を惜しまないと言ってくれた。


妹の決意を感じ取ったのか、相まみえた兄は五百年前より少し成長した青年の姿をしていた。
竜の姿よりも敏捷性があり、全勢力を持ってしても歯が立たない。
どうすればいいのかと血眼になって考えを巡らせる。
このままでは全滅どころか、五百年前と同じように国ごと破滅してしまう。

孤児の一人が兄の攻撃を避けきれず、咄嗟に守ろうとして妹は赤に染まる。
魔力と赤色が舞う中、駆け寄ろうとした仲間達の頭の中に流れるコンパートメントに詰め込まれていた残像。
御者がマイナーチェンジして運んできたのは、リブートして蘇らせてしまった五百年前の本当の真実。


自国の領土を広げる為に兵力を上げたいのだが、一体どうすればよいかと皇帝は悩んでいた。
産まれた皇子は双子の男の子だったが、長兄は虚弱で、次兄は気弱で、国を背負っていくことも兵力としてすら役に立たない。
竜というこの世で最強の生き物は存在するものの、思惑通りに動いてくれるとは到底思えない。

だから皇帝は、竜の力を借りるのではなく竜そのものを造り上げることにした。
幸運にも皇帝には数日前に娘が産まれたばかり。
幼い竜から採取した遺伝子を娘に組み込む実験は秘密裏に行われ、イニシエーションを踏まされ竜人と化した娘に皇帝と皇后はとても満足気な表情を浮かべる。

心の中では兵士などには目もくれず、娘の力を内密に利用しながら国土を順調に広げていく。
同時進行で国民からの支持を継続させる為に、表向き友好的な竜達を騙して味方につけて、孤児達の支援とばかりに魔術の指南を受けさせる。

皇帝が躍起になっている間、皇后や侍従から興味を失われ半ば放置されている双子の皇子達は、退屈な城を抜け出し探検していた遺跡で孤児達と竜達に出会い仲を深めていく。

兄達と一緒にいたくて、妹も戦の隙をみては抜け出して皆友達になった。


境遇や立場を越えて築く絆と愛。
紛糾に耐えきれず戦場と化す国。

欲に付け込まれ質草さえ手放してまで、
あしらいを思い過ごして相手にされず、
未来に門前払いされたなおざりの現在。

違和感を見過ごした過去は消せないけれど、新しい明日ならいくらでも書き加えられると。
青臭い幼き理想を並べ立てたのは、漠然と迫り来る不安を吹き飛ばしたかっただけかもしれない。

膨大な魔力は竜人となった自分が賄うことが出来ると分かっていたから、時を越える魔術を使えると自慢気に言うことでこの世界から離れることを決めさせた。
密閉空間が必要だと言って、遊び場にしていた出口が崩れて通れない山岳トンネルに連れ出す。

長兄に先導を頼んでいる時に、後ろから付いてきていた次兄が兵士に見付かってしまい戦場へ連れ出されてしまった。
でも陥落に迫る魔の手はすぐそこまで。
全員に気付かれる前にと魔術で扉を入口に構築して、次兄と一緒にすぐに追いかけるからと指切りをして扉を閉めた。
二度と開けることの無い扉にかけるのは記憶を消す魔術。

実は時を越える魔術に密閉空間は必要ない。
魔力が膨大過ぎて使える者が限られるだけ。
ただこの涙を見られたくなかっただけ。


戦いに勝利すれば褒めてくれる両親。
自国は安泰だと信じて慕ってくれている国民。
付け上がりを叱る人間はおらず、拗ねないように煽てれば調子に乗ったまま、祭り上げられたコピーキャットの秘蔵っ子に群がる。

命さえ弄ぶことを厭わず理想の箱庭を死守したい彼等を裏切らない為に、罅割れた如何様賽子を無理矢理投げ続ける忌まわしき無限回廊。
侵犯され磨り減らされた妹の精神は、堕ちる感覚もないまま無自覚に逡巡との決別を芽生えさせる。

真実を知らせぬままでも約束は果たせないから。
沢山の想い出を消し去っても守りたかったから。
両手に余るほどでも成し遂げたかったから。


後は戦場にいる次兄だけと探すその空間の景色は、風光明媚の残滓すらなく荒涼が充足するばかり。
やっと見付けた次兄は傷だらけで赤に染まり、両膝を付いて見慣れない剣を握り締めている。

呼び掛けには応えてくれない。
駆け寄ったことで間合いに入ってしまった妹。
精魂尽き果ててしまっていた次兄は、近付く人影を妹だと認識することが出来なかった。
刹那。
剣を振りかざして。

誰も憎めないブービートラップ。
赤が飛び散る中で倒れ込んできた妹と目が合う。
抱き留めた良く知っている温もりに流す涙。
生物の希望も世界の絶望も落伍の失望も。
もう何もかもどうでもよかった。

涙の奥の良く知っている眼差しに妹が想うのは頑冥な願い。
傷口から妹の竜の遺伝子が入り込み次第に次兄は竜と化す。
掬いあげきれずに零れて二度と戻らないのは生命の息吹き。

ずっと一緒にいたかった。

察するに余り有る愛憎の阿鼻叫喚。
截金は共鳴し青海波のように広がって、不老不死を生み記憶を改竄し、それは呪いと呼ばれてしまうものに成った。


甦らせたくなかったアーカイブ。
それでも贖い守る為に、せめて身勝手を壊すことで縋ろう。
戯けを秘鑰に、赤色を目印に、魔力を足し乗せて、須らく解いてみせる。

竜人となって国の為に暗躍させられた皇女は。
友達の行く道が幸多からんことを願った妹は。
記憶を失ってもなお終わらせたかった彼女は。

身体や気が弱くても優しく勇敢な兄達。
何事にも茶目っ気たっぷりの友達と仲間達。
帰幽なんか認めないなんて啼泣を置き去りに。
指切りした大好きな人の腕の中でアッシュとなる。


打ち疲れた鼓動が書き下ろす山荷葉。
どうか造花の様に褪せぬ不変の夢を。

566.Catch me if you can.~秘密の暴露になれるなら~

私は個人事務所を開いているまだまだ少壮な若輩者。
父から引き継いだ小さな事務所で、父と職種は違うけれど少数精鋭の所員達と多忙な毎日を過ごしている。


ある日、いかにもって風貌の人達を引き連れて、高そうなスーツを着込んだインテリメガネの男が現れた。
醸し出される居丈高を隠す素振りもなく、開口一番この事務所を譲って欲しいと言った。
何でもとある御仁の思い入れがとても強い場所で、是非とも買い取りたいって話らしい。
理由が理由なら盤踞することなく話を進めようと思うんだけれど、具体的なエピソードも子細も何一つ話せないの一点張り。

至極丁寧なフリをして感情に訴えかけているけれど、その言動はのらりくらりとしていて繕った体裁に熱意なんて感じられず真意がまるで読めない。
地上げと大して変わらないし、父から受け継いだ大切な事務所だ。
だから屈まらずに思いっきり袖にして、お断りしますと語気を強めて突っぱねる。


そうですか、残念です。また来ます。なんて、残念さを1ミリたりとも感じさせないニヒルさたっぷりの笑みと共に出て行った。
宣言通りに何回も来たけれど、私は排斥の姿勢を崩さなかった。
片田舎の箱入り娘じゃあるまいし、このくらいの修羅場ぐらい迫られたって秀外慧中で跳ね返す。


それでもリスポーンよろしく、懲りないというか粘り強いというか、紋切り型のように去来して。
そんなインテリメガネに辟易しながらも外回りをしている時、旧知の仲で友達でもある警察官から電話がかかってきた。
いつものクレバーな泰然自若ぶりは鳴りを潜めて、特に用件は無いと言うその声はなんだか躊躇っているように聞こえたから。
貴方は貴方の正義を貫けばいいんだよ。と言ってみた。
一瞬言葉に詰まった空気を感じたけれど、分かったと返ってきたからいつもの気概を信じてみよう。


あの老獪をどうしてくれようかと思量しながら事務所に帰ると、散乱した書類を片付けている困り顔の所員と含み笑いのインテリメガネが其処許にいた。

斯様にざんないな状況はともあれ、喫緊の事案についてもう一度お時間をいただけませんか。お互いの為になる話が出来ると思いますよ。

ドアクローザはカウントダウンし、インテリメガネはカウントアップする。
寝首を掻かれる前に腹を括ることは、是非に及ばず然もありなん。


それから数日経ったある日、頂きものをお裾分けに警察を訪ねてみたら、私が来たことに友達は驚いている。
近くに来た時に寄ることは何度もあるのにと不思議に思いながら頂きものを広げていると、一人の優男が友達を訪ね・・・もとい、意気揚々と闊歩しながら乗り込んできた。
用件を拝察するに、友達が追っていて先般解決した事件のことみたいだけれど、何だかフラタニティよろしく勝ち誇ったような雰囲気。
友達と同じ警察官なのに気っ風などまるで無くて、不義理を働きそうな嫌な感じしかしない。

と、二人の会話を聞きながら思ったところに、捜査一課の刑事が現れ優男を逮捕すると言った。
容疑は殺人教唆で、さっき友達と優男が話していた事件の犯人を唆したのが優男だという。
一課お揃いの意気で申し訳ないんですけどね、証拠はあるんですか?とシニカルな笑みを浮かべたままの優男の問いかけに、共同謀議である実行犯が自供した。と毅然な態度で刑事は答える。

なまじ自供だけで犯人扱いされた挙げ句、そちらの頓馬な推測で不面目を被るのは堪りませんねぇ。
憶測の仮説を越えて独善的な妄想とは・・・。
一体全体、どういう了見ですか?
ずる賢いというなら俺ではなくて自白した奴でしょう。
俺に責任を押し付けて罪を軽くさせようとするウルトラシー極まりないですよ。
そ、れ、に。
俺が主犯だという物的証拠はあるんですか?
そもそも、その犯人を逮捕出来たのはそのお嬢さんのおかげなんじゃないですか?お嬢さんの大切な事務所を犠牲にして、片手落ちした己の歪んだ正義を押し通したって専らの噂ですよ。

私と私の後ろにいる友達に目を向けながら、毀誉褒貶に口さがなくピリつく空気を嘲笑う・・・のを嘲笑ってみることにした。

なるほど。
殺人事件の捜査を妨害したかった誰かさんが圧力をかける為に、インテリメガネさんが寸暇を惜しむかように私のところにいらっしゃった。
でも捜査が止まる事は無く、有ろう事かめでたく解決してしまったものだから、私は事務所を手放さざるを得なくなった。
というわけですか?

友達の複雑な表情を横目に見ながら、目の前の事態をバックトラッキングしてみた。
ミソジニーを醸し出す優男の笑みが濃くなるというあまりに分かりやすい反応に、私は自分の見立てが間違っていなかったと辿り着いた帰結。
鞄の中から取り出した一枚の紙を提示して、当て書きされた全ての前提を崩しましょう。

事務所の登記簿です。
登記事項に記載があるんですけど、買戻特約ってご存知ですか?
まぁ簡単に言えば、一定期間までに代金と契約の費用を返還すれば不動産を取り戻せるっていう特約のことです。
つまり厳密にいえば、事務所を手放したということにはならないんですよ。
貴方は捜査を妨害することに傾注していて、それ以外興味がなく拘泥することもなく、インテリメガネさんにまるっとお任せの没交渉だったみたいで大変助かりました。
あと、物的な証拠でしたっけ。

登記簿と一緒に取り出したボイスレコーダーは、レアリティのゴーストフレア。
再生すれば優男とよく似た男の声で、他言無用な内容がクロッキーの様に流れる。

この声を声紋鑑定すれば、名無の権兵衞さんが誰なのかハッキリ分かりますね。とニッコリ笑ってみせた。

怪訝な顔から一瞬面食らった後、私に飛びかかるように向かって来た優男から咄嗟に友達が後背に庇ってくれて、一課の刑事さん達も必死に押さえ付けようとしてくれている。

他を利用し続ける為に独善的なBPMで扇動を繰り返しながらマンデラ効果を自給自足で齎して、マトリョーシカに仕舞った不肖な奸計を、さもテーゼだと言わんばかりにオランダの涙の如くぶちまける。

及第点に満たなくてベネフィットも生み出さない。
そんなお前らの代わりにエスキースもパースも俺が描いて、ヒーローズ・ジャーニーをリペアしてやったんだ。
思し召しだよ、思し召し。
何故だか分かるか?
分からないよなぁ、不甲斐ないお前らにはさぁ。
秀逸な不世出で御大なんだよ、俺は。
尊敬を超越して崇拝されていなければならない存在なんだよ。
それを邪魔したんだよお前は。
出来損ないなんだから、せめて俺様に従えないのかよ。
それすら出来ないのか。
覚えめでたく推挙され、豪奢に歓待されるべきこの俺様を叛逆したんだよ。
殺してやる。
どんな手を使っても一族郎党、必ず俺が殺してやるよ。
殺してやるからな。

してもらう価値があるという感覚に陥って権柄を執り、してもらって当たり前だと自惚れ思い上がって勘違い。
然様な代物を重ねた結果、ケツ持ちさせて武力を行使し盗掘する。
都合良く進んでいると思い込んだものと実際にアテンドされた現実とは、大きな大きな茫漠たる隔たりがある。
それなのに自分だけの物差しで自分を全肯定し、世間の物差しでの裁きなど断固拒否。

Knight in shining armorを気取れない高尚なワードローブは屠所の坩堝。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いのか。
そんな常軌を逸す正義がハレーションを起こし、チューニング不可能で一気呵成にブロックノイズする。


殺して良いですよ。

私の発した言葉でその場が静まり、友達も驚いているけれどそんなこと構いもしない。
優男に近付いて対峙、瞬ぐことなく私は反駁を続ける。

殺すなら殺して良いですよ。
例えバラバラになったとしても、友達が絶対に見付けてくれる。
貴方が私を殺せば、貴方を逮捕する証拠に私がなれる。

優男を真っ直ぐ見据える私の目に滲ませるのは、静かな怒りが逆巻く不退転の信念。


・・・さて。
この凍りついた空気を溶かしリスキルして差し上げる為に、膠着状態の責任を取ってフッと笑ってみせる。

自分勝手な思い込みは大変結構ですけど、貴方にはご自分の置かれた状況がまるで見えていないんですね。
まだお分かりになりませんか?
私がこれを持っているってことの意味を。

見せ付けるように呈するボイスレコーダー。
Admissible evidenceに成り得はしないけれど、主犯が優男だという補って余りある明確な証拠。
それが私の手元にある現実はROT13よりも簡単な問題。
丁半博打さえも怜悧にリバイスしてしまえるような、あの遠慮会釈の欠片も無い辣腕インテリメガネ。
この程度の遊興報いで済ませ、目溢しを赦すはずがない。
利用価値が失くなった優男に、推定無罪の上に疑わしきは罰せずなど叶うわけもないから。

さぁ。
抱水クロラールが充填されたアンプルをテンプルに撃ち込まれて口元が不自然に引き攣ったまま、説諭も蹂躙される危急に即している優男に、満面の笑みで賢明な判断をサジェストしましょう。

私は塀の中をオススメします、出来れば長めで。と。


リセマラ不能で孤立無援になったロンリーな蝋人、もとい事件の主犯である優男を引きずるようにして、ぶら下がり会見のように取り囲んでいた一課の人達が出て行った。

予てからの愚昧な目算は、チートにより可逆的な御破算。

四面楚歌の大ピンチを演出し損ねた上に、八面六臂の大活躍を許してしまい退路を断たれた優男は、サーマルカメラで傍目からでも真っ青に映るんだろうか。


犯人を煽るようなことは控えてください。なんて友達が諭告するもんだから、これでも抑えて手は出していないでしょ。と溜飲を下げられなかった私は不貞腐れながら答えた。

友達の先鞭な捜査を止めたければ命令すればいいだけで。
私に圧力なんて奇特で迂遠な方法をとらなくてもいいわけで。
不本意なアイロニーだったけれど、優男の登場で疑念を確信に変えることが出来た。
心配しているが故と分かっていても、優男が謗り唾棄したのは私の大切な人達。
言い過ぎたとも別の言い方があったとも思っていない。
友達みたいな頭脳もインテリメガネみたいな力も無いのだから、せめて媒鳥になりたかったなんて思ってはいないことにしよう。
複雑怪奇に仕組まれた罠は、最大の僥倖‐チャンス‐だから。


友達によるとインテリメガネはやっぱりいかにもだった。
事務所に何回も来たのは確かだけど話をするだけで帰ったし、地震で散乱してしまった書類を所員達と一緒に片付けてくれていたし、買戻特約も取られたフリをするのも提案してきてくれた上に、ボイスレコーダーなんてお土産もくれた。

それは単なる優しさではもちろんなくて、跋扈を極めるやり口が宗旨に反すると慨嘆して、青二才の塵芥な生涯を終えさせる為に過ぎない。
だからカウンターシェーディングの香盤表を付け届け込みで誂えて、ステークホルダーの私に内部者取引を仕掛けさせたってわけなんだけれども。

優男のあの様子じゃ、怒りに任せて私を殺す勇気はあっても、針の筵でインテリメガネに殺される覚悟は微塵も無かったみたいだけどね。


でも例えフリだったとしても私を巻き込んでしまったこと、インテリメガネに対して無茶をさせてしまったこと、事務所を手放さないといけなくなると承知していた上で譲れなかった自分の正義を貫いてしまったこと、豪放磊落とは無縁の友達はそんな諸々を気に病んでいる。


けれどそれは私が望んだこと。
際限なく翻意することもなく、友達の正義を貫いて欲しかったのは、他でもない私自身だから。

そもそも遺失したぐらいで傷付くようなら、警察官と友達になったりしない。
唯々諾々と身を切るようなことまでして、一緒になんかいない。
むしろ流言蜚語の汚名を雪げたのは、ゼロサムにもならずの一挙両得だし。
出会った瞬間からノットサイナス、百も承知の自明。

ブルートフォースアタックなんて出来るはずもなく、スパイダーグラフをリアルタイムアタック。
無限の不可逆的な選択肢の中からたった一つを選び、甘酸を味わいながらも繰り返し進んできた。
時には正しくないかもしれないけれど、全部間違ってもいないだろう。
正解なんか無いと分かりきっているから。
法を誰よりも遵守する正義だから。
誰かを守りたくて貫く正義だから。
善にも悪にもなるのが正義だから。
コペルニクス的転回ならば、存外高潔なのは純粋な悪の方なのかもしれない。

被害者は私で加害者も私。
所信の初心忘るべからず。
ダブルスタンダードでファジーな正義を二人で背負いましょう。


それでも私淑する知己の背は心做しか跼っているように見える。
暴き出すのは得意でも隠し通すのが下手だから。
鬱屈した心情は曇ったままなのだろう。

だから思いっきりご馳走してもらおう。
借景が美しい老舗で大好物の水菓子を。

567.『あんなこと言われたんじゃ殴れないだろ。』

私には年下で学生、父親が警察の副署長という友達がいる。
でも私と彼女の間にそんなのは全く関係がないから、単なる歳の離れた普通のお友達なんだけれど。

学校帰りの彼女と待ち合わせをして遊びに行こうとしたら、目の前に急ブレーキの音を響かせた黒いワンボックスカー。
スライドドアから出てきた二人組は、黒いシャツに黒いズボン、おまけに黒いフルフェイスヘルメット。
全身黒尽くめの二人は彼女を連れ去る気なのか、車の中に引きずり込もうとする。
抵抗する彼女と二人組を引き剥がそうとしたけれど、はね除けられたはずみにドアの縁に頭をぶつけてしまったらしく私の記憶はそこで途切れた。

ここまでがミニアバン、時間にしたらワンハーフもないだろう。


名前を呼ばれた気がして目を開けた時、心配の中に安堵の表情を滲ませる彼女が目の前にいた。
私もあの二人組に連れ去られてしまったようで、彼女と同じく後ろ手にされた手首と足首には結束バンドが巻かれていた。
ぶつけた頭はまだふらつくし、起き上がるのに一苦労した。

動き回れないからその場で見回した限りだと、どこかの寂れた小屋のような場所で、内装からすると今は使われていないであろうログハウスに見える。
広さは六畳ほど、ドアとすりガラスの窓が一つずつ。
物置に使っていたのか物が散乱していて埃っぽい。
口を塞がれていないから人気はない場所なのだろう。

彼女が目を覚ましたのも十分ほど前で、連れ去られてから何時間経ったのか分からない。
けれど、すりガラスから見える色はだんだん明るくなってきているから、恐らく陽が昇っていると思う。
一度夜が明けているなら、誘拐されてから一日以上は経過している計算になる。


バイクのエンジン音が響いた後に一つの足音が近付きドアが開く。
現れた黒尽くめがビニール袋を放り投げた、と思ったら声を上げる暇も無くドアが閉められてしまった。
けれど、開かれたドアから見えたのは落ち葉と奥に沢山の木、この周辺を山だと仮定したとしたら小屋は小屋でも山小屋の部類だろう。

彼女と顔を見合わせながらビニール袋の中身を覗き見ると、水の入った小さなペットボトル一本と、これまた小さな菓子パンが一つ。

確かにお腹は空いていた。
が。
無いよりマシだけれど、どうやっても二人分ではない。
そもそも身動きが取れないこの状況で、どうやって食べるのだろうか。
まあ、この状況でお腹が空くということは、緊張感の中でも空腹を感じられる程度には落ち着いているということだけれど。

外から男の話し声がする。
すりガラスから黒い人影が見えるから、先程の黒尽くめだろう。
聞こえてくる声に目一杯耳を澄ます。

『はい、ご指示通りに。メールに写真も添付しましたが、お得意の時間稼ぎでしょうか。まだ、回答は得られていません。はい、はい、・・・承知しました。明日実行いたします。』

声が途切れた後、バイクのエンジン音が遠ざかる。

ザ・テンプレートのブラックメールなんて不動な不毛。
彼女の父親であるあの副署長が、そして警察組織が素直に要求を呑むとは思えない。
何故なら、警察は体面を保たなければならない。
露悪を晒し犯人に屈する訳にはいかない。
警察の威信は高止まりとは言い得て妙。
けれど、そんな権力を行使できる警察だって強くはない。
ショートカットの手なんて無く、法を遵守しなければならないから。
法を犯す犯人に対しては、確実な証拠を積み重ねなければ逮捕など出来ないから。
最強といわれているけれど、決して無敵ではないのだから。

それに、なおざりに引き延ばしている警察に焦っているのか。
フラグでもブラフでも無い、聞こえた物騒な単語。
大仰な様相を呈しているからこそ、慎重ではなく寧ろ大胆な行動に出た方が、この状況を打破出来る気がする。
見張らないスタイルの様で、バイクが去って以来穏やかな気配しか無い。

頭の中でシミュレーションしたことは、私の友達には到底及ばない稚拙な計画な上に、夜の山なんて危険なだけだと分かっている。
明日実行するという黒尽くめの言葉を意訳すれば今夜しかないと覚悟を決め、闇に紛れよう作戦を彼女に伝える。


さて、陽が落ちた。
明るい内に見付けておいた空の酒瓶に布切れを巻いて割って簡易の刃を作り、手足の結束バンドを切る。

窓のロックを外し開けるとそこは正しく闇夜。
しかし双眸凝らせば見えてくるのだから、暗順応様々だ。
私が先に出て確認したけれど、思った通り見張りはいない。
しかも耳を澄ませたら幸運なことに籟籟と水の流れる音。
これで猟友会にお世話になりそうなところを彷徨しなくて済みそうで良かった。

山で遭難した場合、登るのが得策なんだけれど。
登山道かどうかも分からないし、そもそも誘拐監禁しているのだから人が出入りしない場所だろうし。
つまり、山を下らないことには知らせることが出来ない。
だから川伝いに下ることを決める。
彼女と手を繋ぎ、比較的太い木の枝を杖代わりにして足元を確かめながら歩みを進めた。


確実に近付いているものの息が上がる。
水の音がもうすぐそこまでなのに。
彼女の支えと杖代わりの枝があっても、ふらついて上手く歩けなくなっている。

だけど、彼女さえ辿り着いてくれれば勝機はある。
警察の中にいるシックスマン的な私の友達。
階級とか年齢とか関係なく、肝胆相照らす心丈夫な友達。
だから、自分のことしか考えていない冷たい人間ではなく多きを助けようとする熱い人間の部分があるんだと、俗説‐レッテル‐を剥がすことが出来た。
友達のおかげで玉石混淆を聞き及んだ上で言及しているとはいえ、警察組織の全てを無条件で信じている訳ではない。
一家言の正義を語源化するのは、操を立てるかの如く難しい。

しかしながらこの捕集‐ゲーム‐は、かくれんぼではなく鬼ごっこ。
私が見付かったとしても彼女が逃げ切れればいい、それが定石。
私はもう一つ覚悟を決め、彼女に相済まぬと開陳する。
確実に足手纏いになろう私であっても置いて行くなんてこと、キャリブレーションいっぱいにアサーションするであろう彼女は優しい子だから。

『確かに警察は貴女の為と比べて私の為に動いてはくれないと思う。
貴女が父親と確執があるのはそのせいでしょう。
けれど黒尽くめは明日実行すると言っていたから時間なんてない。
私のことなら彼や友達が絶対に見付けてくれる。
だからお願い、貴女に託すことを許して。』

目線を合わせながらも冗長しないように。
一人夜の帳へ放り出してしまうから。
負け戦になんてさせないからと力強く。

私を精一杯慮ってくれたシンギュラリティの彼女に友達への伝言を頼む。

『犯人は三人以上。顔は分からないけれど一人は男で、誰からか指示を受けている。
それから私の彼に、上司を殴るなら懲戒免職で済む程度にしときなさいよって。』

刑事であるが故に、この上ない修羅場の真っ最中であろう彼への最大限の譲歩。

『何でもお見通しかよ。』

推し量るより見越した私の言葉に、上申をすっ飛ばして啖呵切りながら掴みかかった貴方が自嘲気味に呟いたことを、私は知らない。

絶対追い掛けるから。
きっと追い付くから。
遠退くその背中に誓えただけでいい。
綺麗事で恙無く守れるほどこの世界は優しくないから、黒尽くめ達を逮捕出来る証拠になれたらそれでいい。
希望的観測であるもしもの話より、頭の片隅でもいいから未来の話をしよう。
分水嶺のように分かれても大海原でまた会えるように、きっと。


彼女と別れて朝朗け。
体力温存の為にビバークよろしく動かなかったけれど、そろそろ歩き出さなければ。
山小屋からどれくらい離れられているか、検討が付かないから。
今日の何時に実行なのか、どんな行動に出てくるのか、予想も付かないから。

崖下の沢の音を聞きながら、綺麗なチンダル現象の中を下っていく。
最悪下りきれなくても、サブマリンの様に息を潜めていつまででも待っていればいい。

そう思って1/fゆらぎを全身に感じながら前進していると、似つかわしくないバイクのエンジン音が響く。
すわ大変と、歩みを止めて木の陰に身を隠す。
思いの外早くバレてしまったけれど、探し回っているようでエンジン音が右往左往している。
黒尽くめ達の目的を達成する為に必要不可欠な彼女が捕まっていないのなら、バイクが入って来れない斜面でこのままやり過ごそう。

エンジン音が遠ざかり胸を撫で下ろした瞬間、『こんにちは。』と、聞こえた男の声はすぐ後ろ。
振り向いて見えた口元の歪みは、愉悦か侮蔑か。
サウンドマスキングされてしまって足音に気付けなかったけれど、ハイライトの希望がスーツの襟にしっかり見えた。
一か八か、一縷の望みにかけて、携帯で黒尽くめを呼ぶその男に掴みかかる。
彼から護身術を教えてもらっていたから、こんな状態でも揉み合える程には役立っている。
それでも振り払われて、その拍子に崖から沢へ転げ落ちてしまって、意識を刈り取られる。
私が沈んだ蕭蕭たる水面を一瞥し、主眼は果たしたと男は乱れた襟を直した。


気が付いた時には川縁だった。
私が露と消えなかったのは大御神からの死生有命なのか。
玉かぎる月明かりで把握出来た状況は、流れが緩やかなカーブで打ち上げられたという事。
固く握り締めたままの右手の拳の中の感触は、賭けに勝ったことを意味している。

それに加えて、見付けられやすくする為だけに沢を更に下るなんて大胆な行動が出来ているのは、彼女が紡いでくれているであろう軌跡を信じられる自信があるから。
そんな彼女をサバイバーズ・ギルトにさせない為にも、もう一回すらもういっかと諦め不戦勝を差し上げるほど往生際は全くもって良くはない。

寄進され開闢されても挙って綯い交ぜにしながらピッチカートを奏でる、威風堂々たるプネウマをカンフル剤にして。
起死を謀れる騎士を求めて岸は軋み、史記は四季に彩られ死期を敷き私記に記すなんてさせはしない。


火を点されたかのように微かに、それでもサウンドスペクトログラムのように明かに。
貴方が探し当てたのか、私に引き寄せられたのか。
耳に届いた貴方の声に向いたその先、幾つもの漫然とした灯りが私を照らす。
崩れ落ちる私を抱き止めてくれた貴方の顔すら焦点が斑雪のようで認識出来ないけれど、か細く訥々と口を動かす私に『彼女は無事ですよ。』と友達は力強く言ってくれた。
掠れ消え入りそうになる声を振り絞って唇の隙間から溢れ落としながらも、固く握り締めたままの右手の拳を開いて掴み取ったそのモノを見せた。

彼女を左けた私を右けに来てくれた彼と友達達。
聞きしに勝る醜聞にまみれた末法末世の物語に、最悪の想定をし最大の最善を尽くして挑んだ、私達の戦いの話がようやく・・・いや、むしろここから然る可く。


金彩が施された調度品を正視するオートクチュールの外套が似合う男は、突然現れた友達と彼に怪訝な顔を向ける。

『君達を呼んだ覚えはないが。』
『ええ。呼ばれた覚えはありませんね。』
『それに生憎ですが、お待ち合わせの事務官はいくら首を長くして待たれても来ませんよ。』
『なんだと?』

モザイクアプローチを駆使して根城にしているバラックで逮捕された私と彼女を拐った二人組は、多額の報酬に目が眩んだまさかの遁刑者。
そしてそれを二人組に依頼し、ワンボックスカーを運転したり山小屋に食料を届けたりして片棒を担いでいたのは、デュープロセスを行使する男の事務官だった。

『そうか。彼はとても優秀な事務官であったんだが、どんな理由があろうと許されないことだ。遺憾の意を表する。』
『随分と他人事のように仰いますね。事務官は、すべて貴方の指示だったと供述しているんですよ。知らないの一言で通し済まされるとお思いですか。』
『知らないことには答えられんよ。彼は犯罪者だ。そんな奴の言葉を真に受けないほうがいい。』


事務官の取調べは彼が担当した。
誘拐脅迫した理由は、上に立つ者が謝罪でもしてブレたら下の者が混乱するという独自の正義を執行する各上層部と与した過去の不義の責任を押し付けられ、下ろされてしまった男を出世レースに戻す為。
男と共に閑職に回された事務官に、『戻りたいなら黙って私の言う通りにしろ。』と色々な手配をさせた。
しかし当の事務官は、不義の記録を隠し持っていた。

『箝口令を敷く程の悪事を企む奴等は、いつ裏切られる事になるか常々戦々恐々としているものなんです。自分がいつでも裏切るから相手も裏切ると思い込む。叛意に神経を尖らせ用心に用心を重ねて、誰のことも信用することはありません。
だから、もしも窮地に陥った時の為に、逆転の一手の証拠となる切り札を用意ぐらいして当然なんです。
世迷言と切り捨てる権力者に丸腰はないですよ。
でもこれで、やっと枕を高くして寝れます。乱高下する黒幕共の裏回しは疲れました。』

長いものに巻かれご相伴にあずかり従順なフリをした慇懃無礼で強かな事務官曰く、生殺与奪権を奪われっぱなしな訳にはいかないとサボタージュ。
傍で働きながら潰す機会を伺っていた、死なば諸共ってやつらしい。


『御尤です。しかし、事務官の自白や状況証拠だけではなく、物的証拠も押収しています。貴方が裏で糸を引いていたのは明白なんですよ。』
『あわよくば私を主犯格にして減刑を図りたいのだろう。そんな繰言など異にしてくれ。だが、確かに君が言った通り、気付かなかった私にも責任の一端はある。これからは生まれ変わったつもりで日日是好日努めていくよ。』

事務官の供述は話半分の眉唾物だと、取るに足らないものだとでも言うかのように、無礼た態度の男。
捜査規範から逸脱しない発言‐クチ‐と、必ず勝つのではなく絶対に負けを認めない本心‐ハラ‐と、型にはまり過ぎる行動‐セナカ‐。
負うべき責任の終着点を間違えるだけでなく好き勝手に、舌先三寸まるで一貫しない。
事務官の遺志を縊死するように殉教者‐スケープゴート‐にして、全ての罪を被せ葬り去る気らしい。

『てめえ!自分が犯した罪を見ねぇふりした挙げ句、償うこともせずに勝手に生まれ変わるなんてふざけたことを抜かすんじゃねぇよ。てめえが清廉潔白に生まれ変わる為の代償なんかにされてたまるか!』

男の胸ぐらを掴み激昂する彼の不敬を、不遣の雨のように友達は緩やかに宥める。
善を守る為ならとシャワー効果のように防御的な友達と、悪を倒す為ならとファウンテン効果のように攻撃的な彼。
対照的な両者だけれど、共に自らの正義を貫く為に手段は問わない、けれど責任を負うことも厭わない類いの人達。
石のような意思を持った医師の如く、手術適用外‐インオペ‐になんかさせない為に。

『言葉を慎みたまえ。これ以上、君達の戯れ言に付き合ってられん。失礼するよ。』
『では、最後に一つだけ。』

乱れた襟を直し空疎な一興はここまでだと、排斥して立ち去ろうとする男の機先を制する。
口を割ったのは事務官だけだと思っているようだ。
完勝を観賞する男、感傷を鑑賞する彼、緩衝に干渉をする友達。
法を犯すこと‐デメリット‐が法を守ること‐メリット‐を越えたら、どれだけ報奨金を積み上げても続ければ続けるだけ赤字‐ソン‐、分の悪い破れかぶれな賭博‐ギャンブル‐に過ぎないことを気付きもしない。

『つかぬことをお聞きしますが、襟元にバッジがお見受け出来ないのです。細かいところが気になってしまう質でして。一体どうされたのかお教え願えますか?』
『どこかで紛失してしまっただけだ。』
『おやおや、それは大変ですね。』
『バッチがどうかしたか?』
『これは貴方のバッジではありませんか?』

突き付けたのは男の職業を表す、秋霜烈日のバッジ。
殺されかけた私が掴み取った、言い逃れなどさせない確定的な証拠。

『・・・いや、私のバッジではないが。』
『おや、そうですか?個人番号と所属番号が、貴方のものと符合したんですけれどね。』
『何が言いたい?』

男は一瞬眉間に皺を寄せたものの、口にしたのはこの期に及んでまだ白を切るつもりの他責かつ他人事らしい言葉だけ。

『俺達に話すことはもうありゃしませんよ。話さなきゃならないのは、そちらの方なんじゃないんですか。』
『それでもお忘れになっていると仰るのならば、貴方方のクリミナルマインドを思い出していただけるように、不肖な私ではありますが全貌を口上申し上げましょう。』


男を歯牙にも掛けない友達の弾幕を張った問わず語り。
そのアンソロジーの中には、上前を撥ね権力を掌握し過ぎた各上層部の雪隠で饅頭を食べるようなお話も含まれていた。

『男が自発的かつ勝手にご意向だと考え忖度して動いただけの話だ。顔色を伺われる立場にある私に、責任が発生することなど全くない。』などと、例によってアイ・アクセシング・キューをフル活用して、稠密に大上段を構えて毒突いていたが、雲隠れも、都落ちも、国替えも、お暇も、委細承知だって通じさせない。
因業の張本、ただの犯罪者‐クリミナルズ‐なのだから。

警察の威信が瓦解しないように、一丁目一番地の課題は自浄努力。
エレベーターピッチのリスクヘッジ、全てを壊して新たな秩序を作るぐらいに隗より始めよ。
嫌疑無しでも、起訴猶予でも、処分保留でも、嫌疑不十分でも、玉虫色など有り得べからざる。
愛娘を誘拐された副署長自ら矢面に立った。


役者の役割は役名に現れ役回りを務めて役目を果たすのみ。

役職などその名の通り職の役の種類の一つであって、左団扇の御褒美や優越感を抱けるような代物ではなく、ただのハロー効果でしかない。
そして、部下の方が優れた知見を得ている場合もあり得るのに、上司である己の方が優れていて部下は常に教えを乞う立場だと信じ込んでいる。
だから授かり効果を忘れられず、面子を潰されただけで気忙しく手段を選ばなくなる。
向こう見ずで脆弱なプライドが裏目に出て逆効果となり、己の首を締め既得権益を手放すことになるなんて夢にも思わず。
研鑽薫陶の誇りに埃をかけて、達者な御為ごかし。

己だけが居心地良く過ごすことのできる理想の世界を、取り戻したい男と死守したい各上層部の攻防戦は、蜥蜴の尻尾切りをした奴も呆気なく切られた。
なんてことない、ファニーなこともない。
言うなれば尻尾が長かっただけの話。
内憂外患を齎す尻尾、切ってしまう尻尾、いや切る為だけに存在する尻尾を大事にする蜥蜴などいないのだから。


『枝葉末節なセンテンスでも与り知らないことを嫌い、何事も自分の目で確かめないと気が済まない志操堅固が、今回は仇となりましたね。』

計画に無かったであろう意外に抵抗してしまった一般市民の私を人質に加え、葬り去る為のハイリスクな指示を事務官に出した理由は、埒が明かない警察組織、延いては各上層部に追い打ちをかけたかったから。
もちろん検察権行使者としてではなく諾否無用の脅迫者として。
厄介払いを兼ねた一石二鳥の様子を、己の眼で見届けようと男は山小屋に来た。
しかし沢に落ちた私を今生の別れと見做して、失くしたことに気付いたバッジを回収しようとしなかったのが運の蹲い。
己が利する為に転がし他を排する為に転がっていた罠でセルフキャンセルカルチャー、八百屋舞台から転げ落ちた。

『何かご釈明されますか?』
『・・・・・・。』

無言という名の肯定。
それは男にとって敗北を喫したことを意味するに等しい。
逆転勝利への延長戦など無い、撤退ではなく降伏、ブザービーターなんかになれるはずがない。

普段理性的な友達の怒気を含んだ皮肉も聞こえないほど茫然自失、進退窮まり今にも膝を折りそうな男に、切歯扼腕をなんとか飲み込みながら彼は重く冷たい手錠をかけた。


ところで、ドクトルもビックリするぐらいの奇跡で低体温症を抱えながら山の中を歩いていた私が、身罷らなかったのは偶さかにかまけたからなどではない。

辿り着いてくれた彼女が母親の制止もきかず、丁々発止取り成してくれて、副署長も片意地を張らずに号令一下で終日(ひねもす)、夜半‐ミッドナイト‐を過ぎてもウェーダーを身に纏いローラーをかけて探し続けてくれていたから。
その中には友達の職業が警察官だったおかげで、昵懇の間柄になった別部署の人や普段捜索隊に加わるはずの無い、所謂お偉いさんもいて。
文字どおりの錚々たるメンバーで構成されていた。
道理でスプリンター並の速さで発見され、照らされた灯りも多かった訳だ。

寡占するお偉方に殺されかけて、群雄割拠するお偉方に助けられた。
同じお偉方でも周回遅れ以上の差がある。
権力は手に入れたら帯水層の立水栓のように便利使いするモノじゃない。
無理矢理行使すれば、様々なセクトからゲバルトが散発的に起こり得てプロメテウスの火になり得るモノだから。


私が病院に運ばれて、男が送致されてから数日。
警察が握り潰すことも検察が隠し通すこともなく、上層部の不祥事に世間は鵜の目鷹の目。
目まぐるしく趨勢していく中で、いつまでも私だけ手をこまねいている訳にはいかないよね。

草葉の陰の一歩手前から意識を取り返すように目を開ければ、明滅していた胡蝶の夢は終わる。
白い天井を背にした彼の姿を、今度はちゃんとハッキリと視界に捉えることができた。
気付いた彼は私の名前を呼ぶから。
『みつけてくれてありがとう』って言ったんだ。

目を覚ました後もこれまた大変だった。
彼女は泣くし、彼女の母親からは心配されまくりだし、普段なら拝謁されるであろう副署長からは稀有なことに頭を下げられたし。
まぁ、父親としての謝罪とお礼だったからご放念くださいなんてお断りせずに有り難く受け取っておいたけど。

ペーソスさえ噯にも出さなず隅に置けない友達もうっすら涙を浮かべ、目を細めたままで固まっていた。

『どうしたの?』
『すみませんね。なんて声をかけたらいいか、月並の言葉さえ浮かばなくて。』
『・・そっか。』

叙情的に吐露されたものだから、最大限に斟酌した上で一言だけ返した。


余談なんだけど。
入院なんて私にとっては鬼の霍乱。
四角い窓から柔らかな日差しが差し込み日溜まりの影絵の模様がゆらゆら、白い床の上に踊り描かれる穏やかな昼下がり。
暇を持て余していたから、彼が来た時に異としていたことを聞いてみた。

『なんで上司の人を殴らなかったの?貴方なら副署長達の捜査方針に怒ると思ったのに。』
『・・・・・・。』

彼は目を反らして私に背を向ける。
あの時は過ぎ去り、その日が終わった後、ここに運んできたのは寸前の往時。
ともすれば九分九厘、公算が大きいと思っていた打打擲の青写真。

しきたりとか威信とか縄張りとか警察の体面とか、拒絶するきらいがある彼。
最初からあった訳じゃなく其処はかとなく、その時の誰かの最善で独断的な判断のもと作られ、附法的に踏襲しているだけなのだから、必ず守らねばならないということでもなく、変節したって構わない。
ただ御下知であっても細工は流流仕上げを御覧じろな精神は、レギュレーション重視の組織人としてはアウトなんだろうけれど。

『                   』

悪し様で露悪的な彼にしては豈図らんや。
小声だったから何て言ったのか聞き取れなかった。

『ねぇ、聞こえなかったんだけど。もう一回言って。』
『・・・っ。・・ノーコメント、ノーコメントだ!』

今度は反対に病院には似つかわしくない大声を出して、食い下がる隙もなく病室からそそくさ出ていった。

おざなりで粗雑かつ、立つ鳥跡を濁しまくり。

簡単な事を難しく説明するのは愚かな人、
難しい事を難しく説明するのは普通の人、
難しい事を簡単に説明するのは優れた人。
そんでもって、二度聞かれて怒る人は隠したいことがある人らしい。

否定でもなく肯定でもなく、解明も証明も定義すらしなくていいノーコメントって、言い訳すら出来ない不器用な彼であってもズルいと思わない?

568.役者が一枚上の首魁‐ペルソナ‐であっても。いや、だからこそ。

土地勘が無いと迷ってしまうような幹線道路から何本か入った住宅街の細い路地を通る。それが事務所へ帰る一番の近道だから。
ダダダッとした音が近付いてきたと思ったら、矢庭に握らされた小さな何か。
タータンチェックのベストが印象的なその人は、闇金に追い込みをかけられたように何かに追い立てられているように、私が何度か目を瞬かせている内に走り去ってしまった。
稀代の出来事にすぐさま諦観出来たのは、慣れてしまったからなのか。
開いた手の中身は一つのUSBだった。
見ず知らずの人に押し付けられた物なんて不気味で、関わるべきか無視するべきかどうしようかと一瞬当惑したけれど、勘案するまでもなく私の彼は警察官だ。

管轄外だけれど話くらいは聞いてくれるだろうと思ったその日に、彼が私に会いに事務所へ彼のバディと共に来た。逢瀬を重ねるという訳ではなく、理由は勿論管轄内の仕事で。

彼によると、私がUSBを渡された数時間後にその人は飛び降りて亡くなってしまった。
《勘気に触れるような大変なことをしてしまった。逃げ切れる訳がない。死んで償う。》
そんな沈鬱な暇乞いをパソコンで打った機械的な遺書を残して。
その人本人の手跡ですらないから確たる証拠に成り得なくて、警察は自殺と他殺の両面で捜査を始めた。
その人は新薬を研究しているポスドクで、その立場を利用して個人情報や研究データを流出させていたという噂があるらしい。
捜査関係事項照会によって集められSSBCが解析している捜査情報の内、住宅の裏門に設置されていた防犯カメラに私がその人と遭遇した場面が映っていて、たたらを踏んだ時に何か手渡されたように見えたことから事情を聞きたいんだって。

話が早くなりそうで助かったなとUSBを出そうとしたら、会ったこともない彼の上司が伴っている一人の男性に平身低頭しながらやって来た。

「少しよろしいでしょうか。」

男性は厚生労働省の役人だと彼の上司は言うけれど、彼も彼のバディも二人の姿に瞠目している。
二人が事務所を訪れたのは彼と同じ理由だった。

「先生は今回のデータの流出に心を痛めておられるんです。渡された物があったり知っていることがあるなら教えていただきたいんですよ。」

哀願されてしまったけれど私はさっきまでと180度違って、申し訳なさそうな困りきった風で答えた。

「その人とはぶつかっただけです。渡された物も知っている事もないです。お役に立てなくて申し訳ありません。」

彼の上司は心底残念そうだったが、役人の男性は納得していなさそうな顔をしている。歪んだ欲望は目線に宿り、偶然にしては出来すぎだと思っているのだろうか。
けれど、彼の上司は役人の顔色に気付くことなく、彼と彼のバディを引き連れて出ていった。
彼に黙っていたのではなくて、役人と関わり合いたくなかったから、彼の上司へ余計なことを話さなかっただけ。

人心地が付いて、鞄の中からUSBを取り出して考える。
一事が万事、このUSBの中身が何であれ、生き馬の目を抜くような感じのする役人が出てきたのなら、一介の警察官である彼に渡すという正規ルートでは宛ら利敵行為、簡単に握り潰されて元の木阿弥になってしまう。
私の父親は弁護士だったし、知り合いにインハウス・ローヤーもいる。役人の語り草‐レピュテーション‐は一貫して良くない。
きっとその人は事務所まで来ようとして、その道すがら折好く私が居たのだろう。
何故ならその人は、逃げ場を失って迷い込んだ先に居た、《ただの通りすがりの私》ではなく《私に託す》と言ったから。

次の日から視線を感じるようになった。
彼の仲間に張り込みや尾行をして貰っていた時のような、間断無く守られている感覚じゃない。
付け狙われているような見張られているような、ストーカー的な嫌な視線。
このタイミングで単なる偶然とは思えない。
私には女優のような演技力は無いに等しいから、見せたあのVARでは役人を魅せられなかったのだろう。
悪い計画が既にされているのならば、役者が揃って動き出してから対策を考えるのでは遅すぎることは言を俟たない。

だったら機運が熟すまで泳がせて誘き寄せ飛び付かせる為の囮に、警察協力援助者災害給付を受けるようなそんな大層なことは出来ないけれど、少しでも力になれるのだったら、ウツボカズラに私がなろう。
伊達に警察官の彼女をやっている訳じゃないからと、チャンスと見せ掛けて罠を仕掛けて手を打って、前例になる覚悟はできているけれど、後に続こうと思う人なんか私以外にいない。普通は君子危うきに近寄らずだ。と彼は呆れてしまうかな。
狙いが私自身だけに向けられて死ぬのは別に構わないとそこから動けないのが弱さであったとしても、自分の周囲に向けられる方が怖いからそれしか出来なくても無駄死なんてしないと自分が決めたことを何があっても絶対に変えないのは強さだと思っている。
大事なものが増えていって尊くなればなるほど、その熱と冷めた時の怖さを再確認させられる。
間違っていないけれど正しくもない、彼は気に入らないだろうけれど。
自分を取り巻く世界ぐらい守りたい。
将を射んと欲すればまず馬を射よ‐モウ、ナクシタクナイ‐。

先だってUSBの安全を確保する為に、事務所からクライアントに郵送する郵便物に、あんじょうおたのもうしますと紛れさせた、彼宛の郵便物‐USB‐。郵便局留のそれの差出人は私の友達の警察官宛。
勿論受け取りになんて来ないから返送される。友達から彼宛なんて、関係性から言っても管轄から言ってもあり得ない。それでもやる価値はある。目端の利く友達ならば、この迂遠で寡聞な陽動作戦であっても気付いてくれるだろう。上には持ち上げられないけれど、下から支えることは出来るはずだから。

さあ、杉玉を吊るすようにして視線の主を誘い出そう。成る丈一人になったり人気のないところを通ったり。多数の仕掛けを以て、対象が動けるように仕向けて作り出した、大掛かりな活躍場面‐シーン‐。
意図的な仕落ちのがらんどう。

やはり返す返す機会を伺われていたのだろう。逢魔が時、仕掛けられた物理的急襲‐ソーシャルハッキング‐。
私に容疑を向けさせる為の計算にまんまと引っかかってくれて、読みは間違っていなかったけれど甘くもあった。
探しているのはデータだからと鞄を奪われるか渡せと脅されるかぐらいだと思っていたのに、ポケットに入れた携帯電話さえ取り出せないなんて想定外。ここまで嗜虐的に飽かして俏されるなんて、会頭‐デバッカー‐を穿ち過ぎたかなぁ。

季節外れのペール・ノエル。

意識を手放した私に膝行寄って鞄や衣服を荒らして、家や事務所、所員宅やクライアント先も跳梁して手当たり次第。関連性があると思われる事案が林立して仕手が早生。
けれど探し物は見付からない。見付かりはしない。見付けられない。見付かるはずがない。
私という信号を断ち切ってしまったから、追いかけるべきUSB‐ターゲット‐が消えてしまった。八つ当たり的に無駄足‐スタンドイン‐が撹乱していくだけで、無い袖は振ることが出来ないのだ。

「目を覚ませよ。聞きたいことも言いたいこともたくさんあるんだよ。」そう煩悶する彼が、マメでない彼が、僅かな時間があれば病室に様子を見に来ていたことを、辛うじて命を繋いでいる最中の私には知る由もないね。

緊急指令室に一報が入って私が意識を取り戻すまで都合数日間、どうやっても出し抜けずに痺れを切らして監視していたのだろう。
彼への連絡をお願いしている最中に看護師を刃物で脅して、私を拉致‐アブダクション‐。
どこかの廃ビルに連れ込んだ男は私に問う。

「USBはどこに隠した?!」

「かくしてません」

「嘘をつくな!あいつから受け取っただろう!鞄にも家にも事務所にも、何処にも無かった。お前が隠してるからだろ!」

形振構っていない男では、ロールシャッハ・テストでも何も見えないだろう。
生にせいぜい正にせいせい喚きながらデータ、つまりUSBの行方を問うだけ。
私の手元にはもう無いし、潜行して彼や友達の手に渡っていると信じているけれど、そこから今現在何処にあるかなんて、当然私には分からない。
裁判官も検察官も弁護士もいない無人の法廷で、何か知っている私を問い詰め続ける何も知らない男だけ。
それにしても、あの役人の手先にしては冷静さを欠きすぎている気がする。
定型の言葉での押し問答が繰り返されて、いよいよ視界が歪んできたところに現れたのは彼と彼のバディ。

「早晩もう逃げ場は無い。諦めろ。」

続けて彼は言った。
USBは確かに受け取った、と。
パスワードを解析するなんて難しいことも無く、注進して掴んだ証左。
我が意を得たり、彼の行動力と友達の知性を持ってすれば、必要とされる捜査方針を変更するのに何の困難もなかった。

彼と友達は竜虎相搏、お互いの捜査方針に意見具申、衝突しながら面と向かって皮肉を言い合うのは日常。
何故なら、この世の不条理に合わせる必要はないと、服務規程を違反したとしても、二人の貫く正義が違うから。
悪趣味でたちの悪い不正を憎み、警察の面子に捕らわれる事なく、譴責を厭わずに手弁当になっても意に介さず捜査にのめり込む。
能力は認められているし優秀だと言われているけれど、組織には向いていないから警察内では当て付けのように疎まれる事もある。
昔誼の私は扱いに長けているお目付け役のように、陣中見舞いを称して仲裁することもあるけれど、たまに嗾けたりもしばしばして、まるでコインの表と裏で混ぜるな危険を、どうにかこうにか共倒れしないように支えられるようにしている。
それでもこうして重い事件を違う思いでも同じ想いで捜査をする。
決して仲が良いとは言えない、薄氷の上の両端にいる二人の、歪で不安定で危ういグラグラのアンバランスだからこそ、噛み合った時の戮力協心の結束力という名の執念は固く強い。

「お前、騙したのかっ!?」

彼を見ていたのにバッと顔を私の方に向けて、騙されたと怒りに燃える目が雄弁に語っている。
直接的な攻撃は避けられたけれど、間接的に回避は失敗した。まだ諦めてはくれない。

「隠していないって言った。勝手に勘違いしたのはそっちじゃない。」

逃げ道を塞がれ刃物を突き付け私を人質に取った男の目線は、彼と彼のバディに向いている。
斜向かいの目の端に映ったのは友達だった。柱の陰に隠れて男からは見えづらい位置だ。
フィールドは違うけれどトランシーバーで交信しているように会話が出来る友達が、人差し指を唇に当てて手話で話し始める。
応援が来るまで時間稼ぎをして後ろの窓から狙撃させるから合図を送る、と。

Who done it?
How done it?
Why done it?

バントからスクイズへの洗いざらい明かされる話題‐リリック‐は、このミステリーにもならないお探し物のデータが入ったポイント‐USB‐。

男は研究所の一員で、私にUSBを託したその人と一緒に新薬の研究をしていた。
臨床試験いわゆる治験に進んだその薬は、高い有効性を示す一方で致命的なリスクも抱えていて安全性が低かった。ただ、確率的にそれは数パーセントのことで、さしあたって優先すべきは圧倒的な有効性の方。
極めてベストではないけれど決してワーストでもない、限りなく全員の希望を叶えることが出来るベターな選択では確かにあった。
微に入り細を穿ちどれだけ安全をきしても安心ではないし、たとえ数パーセントでも万が一にも万が一があってはならないにも関わらず、用量を守らず要領良く容量だけ増やしていく。

「この容体が悪化し急変した患者達は気の毒だったが、全ては新薬を心待ちにしている今まさに病気に蝕まれている大勢の患者の為だ。命の価値と長さは反比例している。短かったからといって価値が無くなる訳ではないんだ。多少御寛恕願うことにはなってしまうが、患者本人や家族が気持ちに整理をつけようとしているのに乱して、いたずらに脅かすことはない。混乱を避ける為の情報統制‐デキャンタージュ‐に過ぎないんだ。何を審査し公に承認するかは、我々が裁定することだ。薬を拝領する患者の為の喜捨‐ネセシティ‐は、君達が累積‐スーパーインポーズ‐する信頼と実績のデータだけなんだよ。たまたまの成功は不必要で、失敗の原因が必要なんだ。失敗を後悔している時間なんてないよ、悔やんでいるなら患者の為にもがくことだ。だからね、君達は難しい功績‐ジュースジャッキング‐は考えずに、我々の簡単な要求‐フィンガークロス‐に、ディレーせず応えることに専念してさえいればいいだけなんだ。命令‐イケン‐しないで、言われたことだけをしていればいいんだ。分かっていると言うのならば、きちんと行動で示してもらわないとね。示せないと言うのならば、どこか色々なところのネジが緩んでいるんだ。たくさん外れてしまわない内に締め直し‐メンテナンス‐をしたまえ。」

視察に招聘されて来た厚生労働省の高官が、効果が出なかった患者や数パーセントのリスクを負った患者の禁帯出の資料を、チラリと見てバサリと投げてスラリと言った。
弱い者に寄り添ったというファシリテーションの行き着く先は、天の配剤だと敬虔なフリで誘導し、待てば海路の日和ありと因果を含め修正するだけ。
ダーティハリーみたいな無能なんて必要無いし、研究する居場所が欲しければ研究者としての有能性を示すことが必要不可欠。これは隠蔽の圧力‐パンプ・アンド・ダンプ‐ではなく需要が無い‐サボタージュマニュアル‐だけ。
行年も享年も自由自在。役割を終えて消えて逝っただけのモノを、わざわざ口外するような好事家ではない。

途中経過‐ダークホース‐には興味の無い言い分には賛同しかねるが、掃き出し窓のように易々と考課するお役人には逆らえない。期待されているのではなくて試されているだけだから。
去就で爵位のように研究者としての扱いが変わるのだから、協調性という名の妥協をして、決定権の顔色を窺い波風立てないよう長い物には巻かれ従って、殷鑑不遠で姥捨山からは距離を置いて、罵倒など雑音に過ぎないと言質を取られないように過ごすのが、立場があるからこそ身動きが取れない72時間の壁を越えられる最も安心安全な生き方。
所詮、胴元‐トワラー‐からの研究費‐キャピタル‐がなければ、研究‐ノマド‐を続けられないのだから。

効果が出ている患者もいる。寧ろその数は多い。良いことと悪いことがトントンなら御の字で、助からない可能性がないとは言い切れない。今まで出来なかったからと諦めるのではなく、今日初めて出来る日かもしれない無限の可能性を秘めている。努力をしていれば必ず実る世界ではないけれど、努力をしていなければ発見‐チャンス‐が廻って来た時に掴めない。掴むことが出来ればそれは巡り巡って患者の為なんだと、どうなるのかと期待しどうするのかと不安を抱くその人は、自分自身に言い聞かせながら精彩を欠いていた。
良心に小さなヒビが入って、取り返しのつかない亀裂となり、果てに砕けた欠片がチクチクと刺さりながら、心の納戸に降り積もる。
信じた信じようとした、だって信じたかったから。新薬で世界が患者にとって良い方に変わっていくのが見たくて同じ船に乗ったのだ。地図など無い道無き未知に、邁進‐フランジ‐すればするほど公序良俗に反し、輪軸の踏面‐トングレール‐は逸脱‐オーバーラン‐していく。
綺麗な元気‐ハナ‐を咲かせられる希望の新薬‐アメ‐になりたかったはずなのに、経験を積んだら‐咲かせてしまったら‐、基礎が疎かになっていく‐枯らせることになる‐、不安は上乗せされていく一方で、一向に解消はされないことに気付かない。

それに留まらず、新薬として認められる確率を確固たるものにするデータが古ければ活かせないからと、他の治療方法で治る患者であったりこの病名は適応外だと確定させたかったり、可能性があると分かっているならそれの疑念を潰して、新薬だと判断を下す前にあり得ないと証明しない限り次にいけないなどと言い訳をして、わざと適応内の悪性の病気ということにして、希望という名の誘い文句を多少オーバー(詐欺レベルに相当)にちらつかせて、強制的に治験をコピーキャットよろしく集める為だけに量産すれば、案の定副作用が現れてスタットコールすら徒労に終わる。

瓜田に履を納れずは事だからと、三十六計逃げるに如かず。予測を立てることは出来なくても、外に漏れる前に内々で済まられるように、上り坂も下り坂もまさかも、起こり得るリスクを想定し、回避する為の対策をして備えることは出来る。通達により決定事項の誤魔化‐バックドア‐を駆使した改竄‐コンゲーム‐。
カスパーの公式に当てはまらない異常‐アンノウン‐も幾度と無く続けば異常‐コモン‐ではなくなり、繰り返す度に改竄が蓄積されてより強固になる。影響する力が強すぎるが故に数値の変化が累積し、帰結として無限の猿定理‐ビッグデータ‐となる。

桜切る馬鹿梅切らぬ馬鹿を気取っても、過ぎたるは猶及ばざるが如し。少数の患者を生かしても多数の医者を葬ってしまう。いくらなんでも承服しかねる人体実験紛いに成り下がった治験。
葛藤して悩み苦しむその人は男に相談した。
対峙する敵と対照的な宿命の好敵手‐ライバル‐のように、同じ方向を向いてお互いを認め合いながらこけら落としを目指して高め合い、やりたいことの希望とやれることの可能で揺れる、そんな昇進‐クイーンビー・シンドローム‐に目もくれない糟糠の同志‐ゴーストライター‐だったから。
しかしながら男はけんもほろろ捲し立てるように、逃げる素振りはないけれど隙だらけのその人を、丸め込みたくてアジるアジる。

「誰にだって自分に正直に生きてるつもりでも、時には全く辻褄が合わない行動をしてしまうことや大小関係なく他人に知られたくない秘密はあるだろう。それをどうにかこうにかしながら社会生活を送ってるんだ。けどもし全てを包み隠さず患者に話してしまったら、果たしてどうなると思う?反対に不安丸出しな俺達を見たせいで些細なことでも研究者を疑い始めたらどうする?すべては患者の為なんだよ。患者の為の薬なんだから。患者にとってこの薬の完成は一條の光だ。やると決めた以上失敗は許されないし可能性があるならそれで押し通さないと、後先考えてる間に何も出来ずに終わって、生成流転‐ダイバーシティ&インクルージョン‐を発揮することは不可能になる。過去の何十年よりも未来の何百年を見据えて考えないと意味がない。この選択は決して勝負から逃げてる訳じゃないんだ。勝ちが極めて低い状況で争うよりも、今出すことができる結果の最大限を見越して、更に能力をどれだけ発揮出来るかを考えてるだけ。患者が生唾を飲みながら求めてる物以外を出すなんて、研究者の自己満足でしかないだろ。下賜する研究者は患者にとって福音をもたらす者でしかあってはならないんだ。患者だって、希望を失っては生きていけないんだから、簡単に絶望なんてしないだろ。現状を受け入れて、緩和ケアや救世主ベビーを選んだとしても、生きられるものなら生きたいと願ってしまうのが患者だろ。闘病は治療なんだから患者じゃなくて、医療が、医者が、俺達研究者が、闘わなくちゃならない。お前は誰かが問題を抱えてると、ズカズカ踏み込んで世話を焼いてしまう悪い癖がある。研究熱心で好奇心旺盛な長所に、お人好しで何でも首を突っ込んでしまう短所の持ち主のお前が出ていって色々と行動を起こすと、自分を見失ったお前のせいで明らかに空回りして、挽回するどころか新たなミスを生んで余計にややこしくなる。患者のことを思うのなら、邪魔しないように静かにしてるのが得策だ。改竄なんて変に勘ぐったところで、この議論は是非もない。」

旧態依然の試金石。
その人は男を分かろうとする気持ちを探したけれど、難色を示すように理解は出来なかった。けれど、今までと変わらない態度をその人が見せたことで現状維持という結論を出したのだと男には伝わった。
お互いに研究一筋だと信頼しているからこそ、その人は男がそうは言っていても改竄なんて止めてくれるだろうと思っていて、男はその人がああは言っていても改竄には適応するだろうと思っている。疑いを持つには切っ掛けがいるけれど、信じることには理由などいらないから。内面は簡単には読み切れないからこそ、その思考の釁隙のすれ違いが、最初から既にどうにもならなくなっている玉鬘であることにも気付かない。けれど、それより何よりその人は、自分自身が重大な罪を犯していることから目を背けたかった。

夜明けでもあり、これから希望が始まることを意味するような、運良く幾つかの幸運に恵まれたとしても奇跡など起きるはずがない。何もせずに定められた運命の結果が変わることもない。けれど、新薬がありさえすれば作為的に起こせる。綺麗事も理想論もそうありたいと願い、のし上がり出世したいと行動しない限り、夢物語を叶えることすら叶わないから。
そう研究者の拡大自殺‐プライド‐だと思い込んでいたのは、患者を良いように利用して、役人の為にデータを取るだけの沙汰。
研究者にとって都合の悪い原因を隠し都合の良い結果を信じて、患者にとって都合の悪い事実は切り捨て都合の良い嘘を並べ立てる。そして、それぞれの利害の真実を重ね合わせて重なった部分を事実とする。知りたくない現実まで容赦なく写し出したとしても、ウェアラブルするのはまるで抄訳したフィルターバブル。
縦の怠慢な忖度と横の傲慢な間柄が、縺れながら編み込まれて、六次の隔たりで織り成すのは、綺麗で素敵で頑丈に雁字搦めになった、外からの侵入も内からの逃亡も許さないと言わんばかりの醜い柵。
患者に見せたい景色と、研究者が見たい景色と、役人から見える景色は、炎色反応のように違って見える。
揉み消したとしても揉み消したという事実は消えてはくれなくて、信じ込ませることが出来たとしても信実にはなってくれない。
乗員乗客を不時着させた先に、山が動くような奇跡は味方なんてしない。

副作用を発症する患者が増加して、もう数パーセントのリスクどころではなくなってしまっていた。
新薬の開発という大きな変革の中で、助けを求めている小さな声をかき消して、前向きに出来ずに見切り発車をしてしまって救えなかった。
研究者が遠くの成果に気を取られていると、近くの弊害を見逃してしまう悪循環の中、臥薪嘗胆なのはいつも臣民‐カンジャ‐。突き動かしてきた前提‐ファクター‐が良心の呵責に苛まれて、もう握り潰される様をこれ以上見過ごしたくないと今更ながら。
人の為と書いて偽となり振り出し以上に戻る、そんな表記の揺れた曰く付きの薬などもう薬とは言えない。

一新紀元できるかもしれないメディウム瓶が並ぶ研究室に、その人は男に顔をかせと呼び出した。

「僕はもうこれ以上治験を続けられない。」

「何言ってんだよ。患者の為の治験だろ?」

一生懸命頑張っている患者のそばで少しでも力になれたらいいと思って、どんどん大きくなった思いを乗せて新薬の開発をしていたけれど、その代わりに研究者達は多くを望み過ぎてしまった。数値でしか知らないことでも体験してしまったことで考え方も変わっていった。

「あんなの治験じゃないだろ。築くことが出来たかもしれない患者の未来を犠牲にして、支えるはずの研究者が壊して、金の為に捨てて傷付けている。」

キラーワードは患者の為、パワーワードは世の為人の為。
けれどもうその重石はきかない。

「治験だけじゃない。総会屋と手を組んで、保秘しなければならない研究の特許を金に変えているみたいじゃないか。真実だけじゃない、いろんな人の人生まで歪めて狂わせているんだぞ。こんな理不尽なこと、許される訳がない。」

「何を言ってる?研究を世の中に広めたいだけだ。ベンチャービジネスとかに委譲して色々なとこで研究すれば、結果的に人の為になる。餅は餅屋っていうだろ。薬を待ってる患者の不利益を回避出来る。」

複数の組織に情報を漏らして、利益供与‐井戸の底のぬるま湯‐は心地良く、おべんちゃらのご機嫌伺いばかり‐井戸の底から這い上がろうとはしない‐で、患者‐井戸の外‐に興味を抱くことも知る‐滑り落ちて全身を打ち付ける‐こともしない。
井の中の蛙は、箱庭‐ビジネス‐を支配したいのではなく、楽園‐ギャンブル‐を独占したいだけ。
同じ希望を抱いていたはずなのに、違う絶望をおぼえて嘆く。

「この治験のデータを公表すれば、本当に患者の為の治験なのか分かる。薬と呼ぶには時期尚早過ぎたんだ。」

その人は手にしたUSBを見る。
一旦引き下がって隠蔽する為ではなく、一歩踏み出し告発する為に、せめてもの罪滅ぼしになるには遅すぎたかもしれないけれど、持ち出した証拠を固めた緒元で弓を引く。

「そんなことをすればただじゃすまない。患者だって困ることになる。正直にそれを渡せば助けてやってもいい。過ぎたことを荒立てて、あまり上の機嫌を損ねない方が良いのはお前も分かってるだろ。俺が取りなしてやるから。こっちに渡せ。」

制裁を加える自分が正義と語るつもりは毛頭ないけれど、腐った組織のくせして偉そうに必要悪‐破滅ではなく革命‐を語るのは、更なる欺瞞でしかない。
清らかな水でなければならないけれども、濁りきった水を全て排除してしまっては、水そのものが枯れてしまう。だから多少濁っていても仕方がないというのか。

「そうやって脅せば言うこと聞いて従うと思っているのか?僕はもう決めたんだ。生半可な覚悟でこんなことはしない。決めたことを取り消すつもりはないし、汚した手を洗い流すつもりもない。僕は過ぎたことには出来ない。」

男は見兼ねて釘を刺すように否定されて卑屈になった悪意ヒャクパーセントだとも言えるし、その人が告げ口をしたと捉えられ逆ギレに耐えきれなくて見放した善意ゼロパーセントだとも言える。
黒だと思っていたものが導いたのは本当は白で、白だと思っていたものが引き出したのは実は黒で、信頼していたからこそ相談した相手の男が護摩の灰だったなんて。
自分達にとっては不都合な事実でも、患者にとってはかけがえのない真実だから。
患者の未来を変える為に罪を犯し、共犯関係になってしまった自分を忸怩たる思いで泣いて馬謖を斬って袂を分かつ。

「渡せって言ってるだろ!」

「止めろ!離してくれ!」

穴を捲った男と揉み合いになりながらも振り切って、その人は座敷牢‐ケンキュウシツ‐を飛び出した。男は一旦見失ったものの、私のところへ来た後も這々の体で直走っていたその人を見付け出し、再び揉み合いになり膂力で振り払われた拍子にその人は衝撃音を響かせて動かなくなった。
切削するはずのアンチウイルスソフトが増長したバグに勝ってしまっても、男の筋書きにないその人の行動の僅かな差で、その人はこの世から消され、持ち出されたデータは姿を消してしまった。

紅を呉れない繰れないにして昏れないに暮れない。
家相の下層に貸そうとした仮装を纏い仮想を火葬と化そう。
公海や紅海を航海しても幸海にはならず後悔が降灰しても公開しないで更改を狡獪する。

その人の遺体を前にしても男は、道義的責任よりも自分自身の保身を一心に考える。
思ったより高く売れた情報で手に入れた私腹を肥やした金満な生活を、開店休業状態で手放すなんてとんでもない。店子の軍需産業が閑古鳥が鳴かないようにしたいが為の、詰めが甘々過ぎる軽挙妄動の浅知恵。
改竄を表沙汰にしない為、データの流出の罪を被せる為、職務を放棄し狂気は加速して暴走し、最後のチャンスを隠蔽の千載一遇のチャンスに変えて、保護責任者遺棄‐ドブ‐に棄てる。
わざと残した遺書で思い込ませ証拠を辿らせ、本当の理由を隠す為に自殺を偽装して、その人を悪者に仕立て上げた。

成る程。深謀遠慮の欠片も無い言動‐ノープラン‐だったのは、オブビアスでインビジブルな閣下からの詰腹だからか。
きっと、私に背くことは許されないのに恥までかかせるなとか、怒っているのではなく対策を考えてくれないかとか、障壁を取り除く為の善後策‐プロパガンダ‐の圧力があったのは想像に難くない。その人が居なくなって終わりかと思ったらお役人の為に駆けずり回るという、転落の一途を辿る始まりだった。
思惑が分からないまま言われるまま、ただデータの回収の為に動かされていたから、偽装工作の完成度は低いのに高い責任だけを負うはめになったみたい。
子飼いの犬というのも楽じゃないね。

「せっかく研究者として患者の為に粉骨砕身してきていたのに、改竄なんて晩節を汚すことを。」

「一年でできることを過大評価して、十年でできる事を過小評価してるんだ。短い時間で出来なきゃ評価なんてされない。あれはただの事故だ。あんなことで死ぬとは思わないだろ。死んだあいつが悪いんだよ。妨害工作みたいなオイタをして俺を困らせ、活躍するどころか足を引っ張って。俺の願いを聞いてくれりゃあそれでいいものを。水を差すどころかバケツの水をぶっかけやがった。俺が掴み取った切符をどう使おうが自由だろ。論功行賞を与えられてもおかしくない俺を逮捕するということは、患者にとって逸失利益でしかない。」

「猛々しい詭弁を弄するのは止めなさい。」

大義名分にアフォガートして読み違えていた傲岸不遜の示威行為。悪業の猛火、不心得者の化けの皮が剥がれる。愚昧な男は自分が犯した罪の重さが分からない。分かろうとしない。それこそが男の罪。

「そんなことしても大切な人は喜ばないとか、正反対に死んだら泣いたり笑ったり出来ないとか、これ以上罪を重ねるなとか。テレビドラマみたいなお涙頂戴のありきたりなこと言うなよ。誰かが必要になったものを用意しただけで、これは罪なんかじゃない。」

交渉はしない要求を承諾するだけだと言わんばかりの三竦み。そろそろ限界だと思っていたら、タイミング良く友達からの合図が来た。

「逮捕なんか俺に必要ない。」

金で患者から逃げて、罪を犯して逃げて、最後は死なずに逃げおおせるつもりかもしれないけれど、逃がさない。逃がす訳がない。
倒るる所に土を掴んで生きて罪を償わせる。

「死人に口無し。生きている人間が都合良く書き換えるだけ。」

ニッと笑って、思いっきり男の足を踏む。

突き付けられていた刃が踏まれた痛みで離れたところに、眇めて狙った銃声が響いて、撃ち抜かれ翻筋斗を打った男の手から刃が飛ぶ。
初速の連携は素晴らしく、彼と彼のバディが男の身柄を確保して、友達は私の安全を確保する。

「この人達を傷付けたら絶対に許さない。」

大切な人達に手を出したら許さない。絶対に許せない。

こんな無断で土足に踏み込んで地雷を踏み抜くような真似。私から手を出すことはないけれど、浅くても広くても狭くても深くてもやられたら必ずやり返す。
重力に逆らえず崩れ落ちた私は、呻きながらも男を見据えながら、応援で到着した輻輳する警察官達さえ過冷却並みに威圧されるほど苛烈に言った。
私の状況は最悪だけれど最高の結果オーライ。銃で撃たれた男より状態が芳しくないから、少し反省はしているけれど、望外に満足しているから全く後悔はしていない。

「無茶しやがって。」

救急隊が血液センターに輸血の発注をかけながら応急措置をされている私に向かって、顔を背けながら悪態つく彼の眦には涙が浮かんでいる。

「泣かないでよ。」

「泣いてねぇよ。」

「怒ってる?」

「怒ってねぇよ。」

「じゃあ、拗ねてる?」

「拗ねてもねぇよ、もう黙ってろ。」

自分を大事にしろとか、少しは自分のことを考えろとか、俺だって許せないけれど危ない目に遭って欲しくないとか、起こった後のことにしか対処出来ないとか、起こる前には何にも出来ないとか、ヒントぐらい言えるかもしれないからまず相談しろとか、人のことばっか気にして少しは自分の心配しろとか。
言いたいことを不問に付して呑み込んだその相好は、心配しているだけなのを知っているから、一刻の猶予もない雰囲気を出来るだけ明るく茶化してみても、これっぽっちも上手くいかない。

闊達出来ずに怒っているよね、黙っていた私に間に合わなかった自分に。私の傷は彼の涙と同じ痛み。
USBが届いた頃には私の計画はもう既に始まっていて、その人の全容に気付いて男の全貌を知った時には、何もかもが終わった後だったんだから。

でもね、買い被りすぎ。私そこまで良い人じゃない。甘んじて巻き込まれたんじゃない、端を発する切っ掛けをもらったんだ。
それで好きな人の役に立ちたかっただけ。ただそれだけ。曖昧模糊な言葉でも愛は伝わるから。だから。

「大丈夫、ちゃんと待っているから。」

大丈夫は、一人と一人と二人。
救急車に同乗しようとして、男の取り調べをする為に警察署へ帰ることを渋る彼に言った、私が信じた正義。
誰かの正義は誰かの悪、光芒‐サーモクロミズム‐だったとしても、清濁併せ呑んだ上で自分の正義を貫く。それが努々忘れない寿く約束。

首を縦に振らないけれど横にも振らない彼は、すぐには答えてはくれなかった。答えたくなかったからだと思うけれど、私を見ているその目はゆらゆらと揺らいでいる。私の言葉は届いていて、少なくとも迷ってはくれている。

他の誰かが言えば世迷言でも彼と友達の非常識さで、私の作戦に手を伸ばして引き継いでくれるというなら、間に合わせられる手段があるということで、イコール諦めなくていいということ。

「彼女は待っていると言いました。だから僕は僕の正義を貫きますよ。それが約束ですから。貴方はどうしますか?」

私が警察官と知り合いだと知っていたからかもしれない。公表してくれると公算があったからなのかもしれない。地に倒るる者は地によりて立つその人は発露を望んでいたに違いない。だって私にUSBを託したのだから。

「行きますよ。USBは俺に届いたものですからね。」

友達が私の気持ちを汲んで確信を請け負ったことで、彼は幾分か落ち着きを取り戻す。彼には珍しく友達の意見を素直に聞いて賛同していると思ったけれど、都合の良い提案だったからなんだろうね。
外聞を気にすることなく阿らないのは、呉越同舟二人の気骨。名残惜しさを残しても、意地ではなく責任を果たしたいから。

六枚目はその人で五枚目は男の事件は終わって目に見える闇は晴れたけれど、七枚目の捜査はまだ終わっていなくて目に見えない闇はまだ晴れていない。最悪の思い出の報いを受けるべき人間はまだ他にもいる。証拠隠滅の恐れがある最重要参考人の、任意同行が無理なら逮捕状を出してでも強制捜査に踏み切る。

「突然で申し訳ありません。お時間いただけますでしょうかねぇ。」

「こちとら緊急の用件なんですよ。」

「騒がしいな、一体何の用件だね?どういうことか説明したまえ。」

「詳しいお話は署に着いてからで結構ですので、署までお送りしたくお迎えに上がった次第です。」

「小さな親切大きなお世話か?ふざけるな。何でここに来たか、その理由を言いたまえ。突然無礼だろ。」

「下手な芝居はもう止めてくださいよ。実行犯である男の研究者の身柄は既に押さえたんで。」

「実行犯?男の研究者?まったく話が見えないな。データの流出の犯人は自殺したのだろう。君達の上司から聞いている。もしかして犯人の遺書に私に対して一言くらいあったのか?それとも書ききれないほどあったというのか?」

「自殺した訳ではありませんし、データが流出した訳でもありませんよ。データを証拠にしたんです。リスクが発症する確率があるのにも関わらず全て正常範囲内で治まっている。だからこそ逆に怪しいと、答えを発見することが出来る突破口の疑問に、所掌人の貴方が気付かない訳がないんですよ。知らないなんてそんな妙な話ありますかねぇ?」

「まさか厚労省のお役人様とあろうお人が、知識がなくて見落としてしまった、とか?」

「今までも改竄‐コウイウコト‐はされているようなのでご存知かと。皆がやっている氷山の一角という悪しき風潮は、正当化する理由にはなりませんからねぇ。」

「芝居がかった胡散臭い勝手な推測は止めていただきたい。好きなだけ疑ってくれて構わないが、隠している訳ではなく、言う必要がないと思った訳でもなく、真実を知らないから私に何を聞いたとしても無駄なことだと言っているんだよ。否定は出来るが肯定など出来る訳がないんだ。第一、我々がそんなことをする訳ないだろう。」

「ご名答でご明察。そうです、貴方方がしてはいけないことなんですよ。一に止まると書いて正となります。その一を越えてはいけないからこそ、調べなければならないんです。ですが、ここまで証拠が揃っていて、手を出さない方が失礼かと思いましてねぇ。作為的な嘘の密室には、必ず重ねた隙間に綻びが生まれるものなのです。上手く隠したつもりでいても丁寧にその綻びを穴埋めしていけば、無数に隠されてしまった嘘が次々と明らかに出来るものなんですよ。」

「我々は口出し無用手出し無用、研究者の応援はしても邪魔はしない。関わり合っていかなければならないけれども、適度な距離を保ち干渉も詮索も協力も情けもしない。もし仮に助言者‐アドバイザー‐や相談役‐コンサルタント‐みたく私が何か言ったとしても、その言葉が助け船になるのかしなくていい苦労への一歩になるのかは、私には分からない。選んだのは研究者の方だ。上は下に押し付けてはいけないし下は支えてくれるものでしょう。」

「曇りガラスに囲われた中で開かれる議会は、結末を決め付けて、結果を検証すらせず、成果を否定するだけですから、御多分に洩れず容易いことですよねぇ。」

「何か勘違いしているようだが、研究というのはゴールなき進化だ。一度失敗したとしても、頼れる仲間‐研究者‐が次の患者‐作戦を練って‐、少数の患者から預かった荷物をいつまでも背負い続けることはなく、多数の別の方法を探すものだ。駄目になることを気にせず恐れず、粉々になったとしてももう一度最初から作り直せばいい。元には戻らないかもしれないが、やり直すことは出来る。何故なら、欠片なら研究者の中に残っているからね。失敗は成功の準備中とか、人生で失敗することはあっても失敗した人生はないとか、いうだろう。中途半端に関わらないのも優しさだ。我々はね、自由に研究させてやっただけの話だ。研究は育てがいがあるが手も掛かる。だが、研究者には目をかけてやりたいじゃないか。しかしながら、強い人間が負けないよう出来ている法律‐ルール‐でも、法律の網や穴を掻い潜る不公平な悪い奴がいるもんだ。綱紀粛正するしか方法はないが。成す術がない患者の為に我を忘れた酷薄な研究者が、勝手に旋毛を曲げていつの間にかやった口惜しいこと。知ることがなければそれは最初から存在しないこと。だからもし知っていたとしても私は知らないってことだ。しかしながら情けない話だね、そんな奴が我々の近くで我々の仲間を名乗っていたというのは。残念なことだよ。」

「男の証言とかなり食い違ってんだよな。曲解して悖って追及を躱すおつもりで?具体的な占いは占いとは言えないのと同じ原理だ。研究者の経験はただの偏見で、患者の区別は一方的な差別だろ。あんたが日常を続けられてるのは、非日常を研究者が背負って、後始末をしてくれてる周りの黒子がいるからなんじゃないんですか?」

「私は研究者の決めたことを応援しただけで、嘘を付いた研究者が自分に後悔して、苦し紛れに私を巻き込んだだけの偽証の証言だろう。患者を連れ去る泥棒猫か我々に群がる寄生虫か。どちらかは私には分からないがね、治療するだけではなく、患者に納得した生き方を選択してもらうのも研究者の役目ではないのか。納得して治験に参加したのは患者の方だろう。各駒‐カンジャ‐の特性に合わせて、的確な指示‐チケン‐をするだけ。良いことが起きて事態がより一層良くなるか、悪いことが起きて事態が悪化の一途を辿るか、未来は常にまっさらな白紙なのだから、必ずしもフィクションの様なお決まりの未来が待っている訳ではないだろう。幸運期からの転落或いは不運をバネに飛躍するか、先行きは不透明でどんな結果になるかなんて、私を含めて誰にも分かるわけがない。」


「正しい情報を伝えたとしても拗れるのに、それすら伝えないと拗れるどころか手に負えなくなって、仕舞いには正しい判断を下せなくなって、手遅れになるというのに。無責任に煽るだけ煽って、自主的という巧妙なトリックを仕掛けたんだろ。罪から逃げ遂せる為によぉ。」

「さっきも言ったが、私は側で見ているだけで邪魔もせずに、助言になるかもしれない、言葉を言ったかもしれない、それだけだ。患者を最終的に説得‐インフォームド・コンセント‐したのは研究者だろう。犯してもいない罪の罪悪感を、私が感じる必要はどこにもない。私は研究者を信じただけだ。疑うことに理由がいるかもしれないが、信じることに理由はいらないだろう。たとえ何も知らずに騙されていたとしても、別に恥ずべきことではない。」

「確かに恥ずべきことではないのかもしれません。ですが、国の機関に裏切られて、研究者に騙されたとしても、新薬を信じ治験を選択した患者が、痛みを引き受ける為だけの存在として、全ての責任を取ればいいということですか?確かめる術がない患者だけが責任を取らされるというのは、全くおかしな話です。それも命をもって。たとえ短く区切られた命であっても、その重さに何一つ変わりはないんです。」

「人を信じるということは、全てを賭けることと同等ではないのかね?私は信じて騙されてしまったが、ただそれでも迷った時は、疑って後悔するより、信じて後悔する方をこれからも選ぶよ。記憶に刻まれ汚点となる事件だったとして、今後の戒めとしようじゃないか。」

「如何を問わず患者の命は道具じゃない。夢も呪いになって、希望も毒となって、願いも淡くなって、帰りを待つ家族の祈りさえも、全てまとめて儚く破壊されたんだ。あんたにとっては大したことがないと思ってても、世の中にとっちゃ大問題なんだよ。望まぬ形で命を奪われた無念も、信頼という名の無関心と責任逃れも、何もしなかった罪っていうのもなぁ。」

「確かに筋は通っているかもしれないが、少し飛躍し過ぎている。親近感が湧くからといって、刑事ドラマの見過ぎではないのかね。物語の登場人物の中に必ず犯人がいるものだと勘違いをしている。熱血主人公のような清廉潔白の正義を振りかざすのは、実に子供じみたことだと思わないか?我々は見ての通り忙しいんだ、赤の他人の犯罪に興味はない。差し出口の責任を取るつもりはないし、差し出がましい無能な人間の巻き添えになるなど、まっぴらごめんだ。その男を虚偽申告罪にでも問いたまえ。」

「言葉は通じるのに、こうまでして考え方が理解し合えないのはなんでなんだろうな。なんで平然とこんなことが出来るんだろうな。まぁ、犯罪者‐あんた‐の言い分をどんだけ考えても、俺達に理解出来る訳がないか。」

「そう思うことは自由だがね、事実はまったく違うんだが。まぁ、信じられないのなら仕方がないが、口の聞き方にさえ気を付けられないそういう態度ならば、こちらも考えを改め直さないといけないようだ。警察に対して厳重に抗議をすることにしよう。もっと利口だと思っていたんだがね。余計な詮索をして、もしもの時は分かっているんだろうな。」

「ええ、勿論です。ご高説は確かに拝聴いたしました。たかが一組織の重役に居座っているだけで、世界を支配した気になっている貴方を、許した訳でも許せる訳でもありませんが、ここでこれ以上のお話は諦めましょうか。」

「実行犯は逮捕出来ても、操った黒幕は逮捕が難しいとお考えで?暴いて追い詰める証拠ぐらいあるんだよ。一事不再理を狙ってるならお門違いだ。あんたは犯した罪を一生背負って生きていかなきゃならないんだ。償っても償っても償いきれずに、もう謝るしか出来ない、謝ることしか出来ないんだよ。」

「ご自分で作り出した改竄‐モノ‐でご自分の首を締め、これから許しを乞わなければならないんですよ、貴方は。さぁ、余罪を含めたお話を。ご同行願えますか?」

二人で軽く手を上げてこれ以上言わさない、お控えくださいとは言わせないと、役人の圧力‐コトバ‐を遮る。出る杭は打たれるなら引っこ抜かれる前に出きってしまえばいい。
性悪説に取り憑かれて中途半端に守る夢から覚めて、いっそのこと性善説ごと全て壊すことから始めよう。

コンパクトなインパクトが眠る組織の本丸‐アングラ‐に、この世にどうかこの様に導火、避けても避け続けることなど出来ない、あの役人が避けなければならない程の攻撃は、待った無しの迫撃砲。
爆発してしまった爆弾‐トップノート‐は二度と爆発はしないけれど、爆発しなかった爆弾‐ミドルノート‐を不発弾なんかにはさせない。埋没した爆弾‐ラストノート‐さえ可及的速やかに掃射掃討する。

歪曲して覆い隠されていた完全犯罪‐ブラックボックス‐の目論見‐ダート‐が、ビューフォート風力階級最大で霧散して、衆目に晒すのはもうすぐ。
その人が見限って役人が見限られ、失われた真実が焙り出され‐プライミング‐、満を持して白日の下‐リベレーション‐された。
見えなかった過去の何かが変化し、見えるようになった未来の何かが、目の前で塗り替えられたその瞬間を、今まさに目の当たりにする。

「勘が当たっているか確かめたかったとしても、勝手に動くなって言ったろ。相も変わらず無茶ばっかしやがって。もっと平和的なやり方があるだろうが。少しは学習しろ。」

「掘り返すつもりなら慎重に進めろ。と仰いましたよね?」

「大事なのはこれ以上の犠牲者を出さないことだ。勘は経験に基づく仮説なんだから。とも仰いましたよね。」

「まさか、お役人様と同様に都合の悪いことは都合良くお忘れになったとか?」

「駄目ですよ。本当のことであっても言ったら・・ねぇ。それに、呼んだところで来ないんですから、こっちから行くしかないでしょう。」

「そりゃあもし何かあったとしても、その時はちゃんと責任をとって決められた進退を受け入れますよ。途中で投げ出したりなんてしません。諦めが悪すぎるもんでね。」

「ええ。ですが退くまでは抗って貫いて、全力を尽くす為に好きにしますよ。我々とて、近付いた方が攻撃はしやすくなりますが、避けにくくもなるのは当然だとちゃんと分かっています。止めたとしても無駄ですよ。」

「お前ら・・・。纏まりがないというか、纏まりきれないというか。いちいち口を挟んで好き勝手言いやがって。指揮するこっちの身にもなれ。」

「指揮権を一任して欲しいなんて、文句や不満と共にも言いませんが、納得して動きたいだけですよ。過去‐イマ‐の問題に縛られずに現在‐ココ‐で頑張らなければ、未来を見失って何も変わらなくなってしまいますからねぇ。」

「はぁ~。遠慮の枠から外れて、疑惑の魅惑に取り憑かれたか。・・・まぁ、でも、二人とも、よくやった。」

お礼を言われたら気分が良いけれど、お礼を言われるためだけにしているのではない。
彼と友達はそう言うかもしれないけれど、私も彼の上司と同じ気持ちだよ。

何の役にも立てなくて足手纏いにしかならなかったのかもしれない。
けれど私の想いを受け取って全力を尽くしてくれてありがとう。

569.歴史を動かしたやんごとなき家門と歴史に埋もれた名も無き一門

斥候は前哨戦なはずだった。
『確認に行かせてください。』と直訴されて、『隠密行動を取って確認をするだけ。見付けた時点で報告に帰れ。勝手に戦闘にもつれ込むことは許さない。』と、怖がる余裕はあるだろうと許可を出した。
けれど誰一人として、報告に帰って来ることは無かった。

『世の中を良くしようとすればするほど御上は良くなるけれど、下界の地獄はもぬけの殻で、全ての悪魔は地上にいる。計画を全う遂行する為の不安要素も視界に入ると苛つく悪い人間も全ての視界から排除すれば、必ず理想の国になる。』と、永遠に生きるつもりで夢を抱くように輝いていた顔は、今日死ぬつもりで生きていくように穏やかな顔に変わっていた。
不帰の客になるということに不思議と絶望感が無かったのは、目の前の今しか見ていなかったからだ。振り向いた過去に苦しむことも叶わない未来に怯えることもなく、力に屈してしまったことよりも、己の心に正直に生きることが出来たという実感の方が大きかった。だからこそ、結集軸をぶらさず目的を果たせさえすれば、露と消えることになったとしても吝かではないと、その運命を受け入れられたのだろう。

何事も際限は無いと台詞を歌って、証明している人々の軌跡を語る。昨日今日で出来た溝では無く、歴史があるからこそ厄介な代物。
皆が皆、登りたがって群がるのはまるで猿山。優しさに付け込んだり、利用したり、妬んだり、羨んだり、貶めたり、恨んだり、憧れと尊敬がいつからか嫉妬と憎しみに変わったりする。蹴落とされた奴はそれら全てを後生大事に抱え込んで、登ることの出来た面憎い奴の足を引っ張ることに人生を賭ける。
そして、他人の評価を下げることでこれ以上自分の評価が下がるのを防ぎ、優位性を保ちながら立ち位置も保とうとする。そんなんだからいつまで経っても十把一絡の三流と馬鹿にされる。けれど、見返せもしないから、そう呼ばれるのを一番嫌がって誰よりも気にしている。
支配者と隷属者、優者と劣者、強者と弱者、賢者と愚者、聖人と凡人、富豪と貧民、貴族と平民、使うと使われる人、偉い人と偉くない人。身分という解けない呪いを自ら作りだして刻むのは階級制度。羨望の目で上を見上げ、嘲笑の目で下を見下す。
そして、生き場所も死に場所もくれてやると宣戦布告で解放された悪意が暴れ回り、革命的正義という名の大義名分で粛清を重ねる。俺達が闘争と呼ぶのに奴等は紛争と呼ぶ。
そんな誰の言葉もきかなくなった売国奴から、手懐けた飼い犬に手を噛まれないように守る、梵字の御下命を成さしめる。

「面白くなってきた。」

感情が全くもって込もっていない機械的な笑みを浮かべて、あいつは言った。
全てを振り払う様に倒して潰して叩きのめして、我武者羅に動きながら魔獣を魔銃で撃ち、戦列を支えようと血が流れるのも構わずに、最前線で戦っている。
張り切っていて当たれば本塁打という言い種は、力み過ぎて空振りしそうで一か八かにしか聞こえない。俺はそんなあいつの姿を、同じ前線の特等席で見ていた。

あいつは俺が嫌いだ。
俺もあいつが嫌いだ。

何でかって?
そりゃあ、『未知なる力を発揮して頭角を現す希望云々と呼ばれている俺が気に食わないんだろうが、努力しても俺みたいになれないから、不平や不満でやり過ごすしかない。そんなお前みたいな底辺の人間が、この俺に楯突いていいと思っているのか?』なんて、常々謗り突っ掛かってくるからだ。お前は権力を持った道化師のくせに、俺は自由奔放な王様だってさ。
仲間に諌められて表面上悪くないって感じだけれど、内心ではお互いを下等と見下しながら実は羨ましいとも感じている、なんて相対的な軋轢。屁理屈ばっか並べ立てた児戯なやっかみだと、猫も杓子も言いやがる。
だがな、全くの見当違いで業腹もいいとこだぞ。

俺は知っている。
あいつが苦虫を噛み潰すような顔で『仲間の大切な命を奪って貰ってまで生き続けていても、いつまで経っても立派な人間になんてなれずに、戦場で俺は仲間を守れなかった。俺の責任なのに。守らなきゃならなかったのは俺なのに。』と小さな小さな声で呟いたことを。
努力しても折り合いをつけても我慢を重ねても叶わずに無駄になるのならば、いっその事無かった事にして何もかも考えるのも止めて呑み込まれてしまえと、誘うように広がっていく闇に身を委ねてしまいたい。
そんな風に、さも当たり前のように、全て諦めているあいつに、悲しみにも似た苛立ちを覚えた。悔しかったんだよ、はなから諦めて楽になろうとしまっていたことに。
見透かされた闇に縋って諦める前に、俺でなくていいから仲間に頼れと言いたかった。全部自分が守れるなんて自惚れるなと。自分を責める暇があったら方法を考えろと。手を引いたところで同じ事で苦しむことになるからと。

あいつは希望の名に恥じないように、いつも明るくて笑顔で蛙の面へ水、他人の言葉など意に介さず自信に溢れているように、他の仲間からは見えている。
けれど、上っ面だけを継ぎ接ぎして、睨んで強がったあいつの目付きは餓鬼のまんまで、なけなしの虚勢を張っているだけ。弱味も本音も本性も表には出せないから、張り付けた能面のような作り笑顔の下に押し込めて、隠して誰にも見せない様に、見かけだけの見掛け倒しにならない様に、常に気を張っていた。仮初めの平穏を取り繕い保ちながら、いつもいつまででも恐怖と闘っている。背負っているからこそ余裕が無くて、負けないように尖るしかない。


こうしましょう。
そうしましょう。
こうしてはいけません。
そうしてはいけません。
こうしたほうがいい。
そうしたほうがいい。
悪を批判する側はいつだって正義だから、君は嶄然の光でなければならない。
なんて耳障り良く言われて、気に入られているんじゃない。利用価値が有る使い捨ての道具として、単なる寄辺無が側に置かれ、目的の為だけに教育されているにすぎない。頭ごなしに内側を否定するくせに、見て呉れの外側の期待だけはして、掣肘を加えるだけ加えていく。
出来ないと言わなかったんじゃない、がっかりさせたくないという正しい理由があって言えなかっただけだ。

それ見たことか。
敵を通して己と対峙すれば、すぐに分かることなんだよ。だから胡乱だって、お前は一廉の希望なんかじゃないって言ったろ。
お前は考えるまでもなく弱いんだよ。俺達と同じ三下みたいに弱くて、地味で退屈で面白味の無い、すぐにお役御免なりそうな小さい生き物なんだ。
なにが人類の希望だよ、最終兵器だよ。敵の脅威も味方の驚異も通り越して神がかっている寵児だよ。本当は無能なのを隠す為に、尤もらしい理由が必要だっただけだ。
名のならないんじゃない、あいつの名前が呼ばれなくなっているだけ。いつだって異名で呼んで持ち上げるだけで、あいつ自身は見ちゃくれない。
全部背負って正義面するなんて笑わせるぜ。それじゃただの人身御供じゃねぇか。
俺達と何ら変わらねぇんだよ。変わらねぇから進駐して一緒に戦うんだ。
対応が甘い部分はあったかもしれないが、あいつだけのせいじゃない。根本的なところを間違って守れなかったと、気に病みすぎて失った者ばかりを気にしちゃあいけない。無念とか後悔とか悔しさとかが無い訳でも無い。けれどな、守った者のことを考えるのも大事だろ。どんなことでも目を背けてしまったら、自分で自分を縛り呪い続けることになってしまうんだ。
己にとって都合の良い夢を見ると決めていた餓鬼から、地に足の付いた夢を追いかける大人へと気が変わる。過去に捕らわれることなく断ち切ってじっと耐え、精根を蓄えて見失わないように走り出して叶う夢は、ただの未来だ。

ここにいる理由を思い出せ。
受け止められる器が大きくなるより先に、注がれる鬼胎の速度の方が早くて、喋らずにはいられない程に溢れてしまっても、その脅威だけは聞き流す。
お前は化け物なんかじゃないと、俺は最初から言っていただろ。
何処に行くべきか何をするべきか、ちゃんと分かっているだろう。
深くしゃがみ込むからこそ、高く跳ぶことが出来るんだ。
奇跡を待つより捨て身の一手で、仲間の命ぐらいかけていい。
死ぬまで生きて死んでも生きて、仲間の死を無駄にするな。
命を燃やし尽くしてでも、俺達にはやるべきことがある。

「なぁ、面白くなってきたなぁ。(偉そうな口をきいてこの俺に説教したんだから分かっているんだろうな。)」

「あぁ、面白くなってきたさ。(俺がここまで言ったんだからもう絶対に諦めるなよ。)」

問いかけと交わした副音声。
余裕に見える無慈悲な笑顔は、自分の身を守り相手に躊躇いの隙を見せない武装。奴等なんかに俺達の姿も形も影すらも拝ませるものか。

平定して勝ち鬨をあげる為に、殿も遊軍さえも気勢をあげて、売国奴の斜陽物語を急加速させる。
思国歌で血湧き肉躍って漲り、捲土重来を重畳たりて期す。

570.他人からの『薬の効果‐ガンバレ‐』は、自分にとっては『毒の副作用‐ノロイ‐』となる。

「頑張れ」

期待を込め声を掛けられ応援‐エール‐を送られる
背中を押してもらえてもう少しだけ頑張ろうという
前向きな気持ちになれるとても魅力的な日常の言葉

けれど心に余裕が無い不調の時に浴びせられたならば
もっともっと出来るのにまだまだ努力が足りないと
もっともっと進めるのに突き詰めずに怠けていると
もっともっと勉強を熱心に色々な事に目を向けて
もっともっと探求心を立ち止まらないで旺盛に
そうすれば今なんかよりずっと大きな実力‐ハナ‐となって
着実に成功に繋がって実績‐ミノリ‐の時を迎えられるからと
他人の固定概念で今までの自分自身すべてを非難されてしまう

自分なりに期待に応えようと精一杯一心不乱に
むしろキャパを超えて苦しい状況にいるのに
これからもまだまだ耐え続けなければならないと
自分ではなく他人が納得しなければならないと
自分自身を否定して至らなさを反省してしまう
だから自己評価が低くなってプレッシャーは高まるばかり

頑張り過ぎだと止めてくれる者は誰もいない
頑張ったと認めてくれる者も誰もいない
ドンドン追い込みに拍車をかけて
ギリギリのか細い線の上を孤独に渡って
渡りきれずに終いには潰れてしまう

ぺしゃんこに潰れてしまった後で
辛いなら止めればいいのにとか
言ってくれればよかったのにとか
別にそこまで求めて無かったとか
良かれと思っての親切心だったとか
君の為を思いやってのことだとか
一人前に育てようとしただけだったとか
そんな追い詰める思いなんて一欠片も無かったとか

軽く言って投げかける側と言われて重く受け取る側
最初からそこには深い深い溝‐ギャップ‐があるのに
それに気付かぬ内にいやいや気付こうとしないまま
生まれて出続けて積み重なって埋もれて固められて
堅実に築き上げられつつ裏目が導き出す典型となる

571.いつか分かって変わってくれる。いやそのいつかは来ない。分岐点はここにしか無い。逃げるなら今!

相手によって環境によって状況によって空気によって
雰囲気も態度も精神もどのような器の世界であっても
水の様にゆらゆら姿形を溶け込ませそっと包み込める


一途で素直な真面目さを特別とは微塵も思っていない
誇らず傲らず然り気無くていつも通りで当たり前
誰にも出来ることではないのに他人には到底真似出来ない天性の才能


困難や苦手に真正面から向き合い克服しようとしてはいけない
得意なことや出来ることを伸ばして自己研磨を惜しまないようにしよう
何事においても得意な人には敵わないから


学べば学ぶほど思い知らされる無知に気付けば気付くほど更に学びたくなってくる
それが他人にはたとえ無意味なくだらない事柄でも自分にとって学びたい疑問ならば
自分が深いところまで理解したいと望めばそれが自分にしか分からない正解なのだから


直面した壁や逆境から匙を投げたり逃げ出したりしてもいい
一度決めたことをやり遂げようとするひたむきな姿勢は美しいけれど
違う答えでも辿り着ければ試練は成長に必要な鍛錬となる


逃げちゃ駄目って言うけど巻き込まれる前に逃げていい本当に逃げたくない時の為に取って置けばいい
一度の失敗が尾を引いて小さな失敗が積み重なって勇気が出せなくなってしまったなら
内心で募る焦りをプラスにする前にまずはマイナスをゼロにしよう


気が進まない面倒事でも大抵乗り越えられるけれど
スランプに陥ったならば不屈の精神で突き進まずに止まろうよ
次の手の切り替え時の判断は自分でいいんだから


興味があれば中途半端で止めてもいいから一回取り組んでみて
小さいチャレンジ精神で色々挑戦して開拓を続ける
その世界が知れたなら1ミリだって無駄ではない


根気強さや粘り強さは自分の為に邁進しよう
コツコツと継続する地道さに気付いてくれる人はほぼいない
強い信念と集中力は不確かな可能性には賭けない


成功する自信をつけて華々しく表舞台で活躍するより
馬鹿なフリしてひけらかさず貴重な知識を使われないようにしよう
細く長くスローライフが出来るのは賢い証拠


献身的な几帳面は自己満足でいこう
他人の不真面目さが気になっても息が詰まると言われてもスルーしよう
それこそ臨機応変に孤立して八つ当たりされないように見極める


丁寧と速さは兼ね備えなくていい
飲み込みが遅いと陰口を叩かれても雑で二度手間よりは断然いい
併せ持たなくても滑稽だと馬鹿にされることではない


全てに手を抜けないのなら1つのことで1つだけ手を抜いてみよう
これくらいとズルや不正を働いたりするのを許せず良しとしないけれど
純真な完璧主義者だからこそ徹底した完璧を目指さないことを完璧にする


最低限に分け隔てなくテキパキと働こう
他人から頼まれたこと以上の最大限にこなしてしまったら
他人は感謝するどころかそれに慣れてしまって挙げ句最大限が当たり前になる


下手だって気が付けたのは目が肥えてきた証拠
本当に下手な時は色々付け加えたくなってこだわりに拘ってしまう
クオリティが上達する伸び時を見逃さないで


評価や売れるものばかりを求めて陳腐化させないで
どれが良いかと一方を否定することしか出来ない世間だから
大ヒットより本来の感性のまま創造性を保って


手柄を自慢したりマウントを取ったりせずに自問自答を繰り返す
夢を追いかけている内に夢に追いかけられて苦しさを受け入れざるを得ないなら
高い理想は理想のままでもいい


努力という苦言を呈されても美徳という小言にしか聞こえない
何の条件もなくすることが出来たらそれに越したことはない
他人の世界ではその程度と呼んで押し通そうとするけれど自分の世界ではそれを死と呼ぶものだから


単純な道が楽とは限らないから厄介
試して失敗して原因を探しては物怖じせずまた試す
少しでも早く利益を得ようと欲張り一足飛びが正しいのではない


地に足の着いた実現可能な回り道を模索しよう
決まった道しか走れない国道より色々なところに行ける畦道の方がいい
腹を括った大器晩成は決して遅くない


人知れず観察して思慮深く悩んでも
掘り下げながら取捨選択する覚悟があるのだから
行き当たりばったりの場当たり的になる必要はない


他人の責任を自分の責任として背負ってはいけない
見過ごせなくても見過ごして他人の苦労を買わない
自主的な前提はいつしか当然を求められる


信頼して任せるは丸投げして都合良く人を使う際の言葉ではない
頼りにされて認められている感や貢献出来て報われている感はあれど
準備や調整で誰も知らないところで自分ばかりが骨を折る羽目になる


支える立場の縁の下の力持ちは使い捨てのサポート役じゃない
大丈夫だろうという適当さをかもしれないという慎重さで補わない
包容力に長けていても広く多く愛を注ぐよりも近く深く愛を注いで


細やかな違和感に気付いても動ける範囲にしよう
その鋭い洞察力は自分の為だけに使おう
本心を見失わないで心の声に耳を傾けて


面倒見が良くて困っている他人を放っておけなくても
尽くして心配りをしても見返りがない他人を疑って
損得勘定抜きの奉仕に孤軍奮闘しないで


能ある鷹は爪を隠して攻撃を避けよう
仕事が出来ることは良いことだけれど成果を上げてしまっては
妬まれて疎まれて陥れようと妨害されてしまうから


口に出す言葉にして初めて伝わる
そんなに大げさなことを希望し要求したい訳ではない
一言、一言ありがとうが聞きたいだけ


しなやかな芯の強さを持ったマイペースは自己中心的ではない
マイペースであるが故に自分のペースで1つのことを極めていける
穏やかで萎縮しない安心安全な環境ならば本領を最大限発揮出来る


急ぎでも急かさないで見張らないで
ケアレスミスが目立ち効率が落ちます
過干渉を受け抑圧された自分を責めないで


共感を装った自分のことよりもまず他人を尊重しなければならない同調圧力
自分に余裕が無いのに他人を助けようとしない
寄り添い合わせ過ぎて無理を重ねて自分の意志を失うのも禁物


誰かの名言を語り尤もらしく求める相手は相手にしない
周りの言葉はありがたく受け取るだけ受け取って置いて採用するかどうかは自分が決めていい
他人のゴールを目指すのではなく自分のスタートを切って


自分を犠牲にしないで自分自身の為に生きる
他人の為に自分が駆けずり回り自分を振り回して消耗させない
自分の存在意義は他人の為にあるんじゃない


客観的に空気を読んで主観的な気持ちを汲んで
他人軸の欲求に先回りして答える必要は無い
無意識に察する能力は自分の心に使おう


自分に厳しく他人に甘い
優しさは甘やかしではない
力を貸す助け船の出し時を間違えないで


体育会系でなくとも礼儀はきちんとしています
文科系だって規律や約束事もきちんと守ります
侮った上下関係で一括りにしないでいただきたい


自分を蔑ろにせず労って
自分にだけは嘘は付かず
自分に恥じない生き方を


自分と他人を比べない
勝った負けたは考えない
多様性とは自分を受け入れることから始まる


安心できる存在と言われても
癒しを与えられる存在と言われても
緩衝材のサンドバッグにはならない


助けを借りて迷惑をかけてもいい
受けた恩を返せばいい
感謝する謙虚な姿勢でいればいい


惹き付ける絶やさない笑顔は他人に向けてではなく
器の大きさも度量の広さも短所ではなく長所を見付けてしまうのも
持ち合わせたものすべてを自分に目一杯向けて


物腰が柔らかく温厚だからといって怒らないのではありません
他人を思いやりながら向き合って対立する時間が勿体無いから
おおらかな寛容さに慕っているなどと胡座をかくな


いい加減は良い加減に実現を傾向
時代の流れに乗りつつ変化を吸収して
ついでに自分のルールも改革してしまえ


他人からのお願いを受けるか受けないかは自分次第
命令だって正しく遂行しても真っ当に陽の目を見るほどこの世界は優しくはない
他人の辛さや大変さを受け入れずに筋を通して持ちつ持たれつの公平な水準で


舞い込んでくる情報を制限して距離感を正しくしよう
本音と建て前を使い分けて個人情報は出さない
上手く立ち回って聞き上手の口下手になろう


力を入れているから抜く方が難しい
力を抜くのに頑張らない
とりあえず体の力から抜いてみよう


我慢強いからといって溜め込んで我慢することが苦でない訳ではない
助けてが言えないなら他人を裏切れないなら打たれ強さを選んでしまうなら
その頭の回転の早さで変えられる前に壊される前にはね除け離れよう


偉いねしっかりしているねは褒め言葉ではない
間違いを実直に正すことが出来ても精神的に成熟していても
他人を牽引しなければならないリーダー的役割を押し付ける理由にはならない


気配りが出来ると自称するお節介に下がらされたのは何歩か
争いが嫌いで調和を維持しようと歩幅を合わせてしまう
協調性とは誰かだけが不幸にならないように諦める為の妥協でしかない


お互い様って言われてもお互い様だったことは少ない
シーソーゲームのように交互と上手くはいかない
お互い様は負担を負った人が負担を負わせた人に言う言葉


目標を達成してきたのは誰の為でもなく自分の為
十分役立ってきたから現状維持と安定に切り替え決めたのも自分
向上心が無いとかやる気が無いとか他人にとやかく言われる覚えはない


明るくて無邪気で活発で足取りが軽い社交的だけが良いのではない
大人しくて冷静で物静かな落ち着いた控えめは可愛げが無いのではない
育ってきた生き方や環境で考え方が違っても優劣を決める基準になりはしない


時代は変わった?今は令和?
いやいや令和も平成も昭和もその前も
いつの時代だろうと言語道断


主観的という閉ざされた自分の常識が世界共通の常識じゃねーんだよ
他人を自分の常識で雁字搦めに縛るくせに自分は他人にも常識があることすら切り捨てる上に縛られもしない
自分の枠の中だけで完結する常識を隠れ蓑にしてそんなことも出来ないのかと理不尽な不備を指摘して叱責するしか能がない


あっこんなこと言ったらパワハラとかセクハラとかになっちゃうか
笑いながら確認すれば問題無くセーフで不都合も許されると信じ切っている
強引に線引きしただけで配慮出来ている自分と思っているなら勘違いも甚だしい


自分は怒っていないけれど他人だったら怒っている事と保険をかけたり
デリカシーの無さをフランクだと言い張ったり家族だと思っていると身内感を出したり
自分勝手な自衛の為の恩着せがましい言動なんて通用させない


無駄な残業と休日出勤の同時進行を勉強だと思って食らい付いて気合いで乗り越えろ
自分の若い頃はこのくらい普通だったのに今の奴等は精神が弱く根性が足りない
責任転嫁の説教と自画自賛の自慢話を有効的で有意義なアドバイスと思い込むな


飲み会はコミュニケーションではありません
本音を聞けるだの距離を縮められるだの
職場だけで十分に引き出せない自分の力不足だけでしかない


無理難題のように厳しくフィードバックを言っているのは教育的指導
能動的にリーダーシップが取れて受動的な周囲の為になれているなんて
強い支配欲を満たす為だけの所有物になる必要はどこにもない


とにかく自分は変わらないというか変わる必要が無いくらい正しいと思っている
変わるとしたら他人が変われと変わらない他人は寧ろ融通が利かない頑固
他人のことを人一倍変えようとする人ほど自分を人一倍変えようとしない


田舎だからと土地や家の広さを都会だからと利便性や流行を
凄いねってそんなことないよって言われたいが為の
自虐的に豪語した承認欲求に過ぎない


分からなかったら聞いてというのは後進を育てる気がさらさら無く放棄と同意義
分からないことが分からないと悩みまくった末に聞いてみたらば
暗黙の了解という曖昧で明確なローカルルールがゼネラルルールとして存在している


前に言ったよねと言いつつ言っていない確率が物凄く高くて気分によって変幻自在に変わる正解
言った記憶が無いか言ったと記憶がすり替わっているか誤魔化して隠蔽する為に決定事項の自己主張
覚えていない奴に足を引っ張られている仕事が出来る人と周りに誤認させる口だけの人


忘れるから覚えておいて
他人は記憶媒体ではありません
自分が覚えられないのに他人に求めるな


報連相は大事だから細かくと求めたくせに自分の手間を惜しんで自分だけは段取りすら全く行わず
細かくすればいちいち言うなと大まかにすれば逐一言えないわけとあっちへ言ったりこっちへ言ったり
状況説明を言い訳とか口答えとか図星だからこそ強情に言ってないの一点張りしか出来ない


自分が思い描く計画通りに他人が行動しないと操作する為に感情で怒鳴る
脅して怖がらせて従わせようとするけれど思い通りになんていく訳ないから
嫌がらせの気分次第で精神をボコボコに殴ってストレスを発散させまくる


あらゆる不満を様々な角度から分析し求められた柔軟で率直な意見を提案しても改善点と決して受け取ってはくれない
ゼロからイチを生み出しニ以上にもなれるのにイチを生み出した時点で自分より優れていることを認めることが出来ない
保守的でモノ言わない人が重宝される組織なんて見放して衰退するのを遠くから見ていればいい


現行の状態の否定と捉えて迎合なんてしたくないと前例に無いことはしないと即却下
やらなければいつまで経っても前例にならないのに誰も発言なんかしなくなる
生意気な目の上のたんこぶだと好き嫌いという感情で語られると説得するのは無理ゲー


提案をすれば拒否権無しに発案者がするべきと手一杯に上乗せされ
相応の権限も与えられないまま誰一人知らん顔で進めさせられる仕組み
完了後に自分も実は前からそう思っていたと最初に言った者だけが損をする


進捗状況をやたら尋ねるくせに自分はやるやる詐欺
恩恵だけを堪能して被害を被るのはこっちばかり
予定の期限は未定で決定までもやたら長い


改革という名目とその場の思い付きでやりたい放題
性急と断っても直感に従ってし始めるけれど只の考え無しなだけ
評価を下す立場のはずが周りがフォローに回らなければならなくなるばかり


具体的なことを口にする割には実行しない
的外れで筋違いに手当たり次第に首を突っ込むだけ突っ込んで
周りのことを考えていますよアピールに余念しか無い


タバコ休憩は息抜きではありません
結果を出しているとかコーヒーでも飲めばとか良いアイデアが浮かぶとか
他人の時間を奪ってタバコを吸わないと出来ないのかよ


自分の価値を上げようともしないで
仕事が出来ないと負け惜しみを並べて
他人を下げてでしか自分の位置を維持出来ない


メモを取ります確認の為に復唱もします5W3Hに天気も書き加えます
メモを見せてサインを貰いますボイスレコーダーで録音します音声付きのカメラで一部始終を録画していると尚良いです
これで指示していないだのメモが間違っているだの水掛け論になるからこっちが大人になってあげるだの言わせない

572.ブラック企業って法律に違反している企業だけじゃないかもしれません。

生きる為には働かないといけないけれど、
選り好みしなければ働き口なんてたくさんあると言われるけれど、
とりあえず3年って根拠無く言われるけれど、
辞めたいなら辞めればいいとか言われるけれど、
コロコロ変わるよりはやっぱり長く勤めたい。
働き続ける為にはそれなりってのが必要になる。

結局入社して働いてみないと内実や実態が分からないこともあるけれど、
求人票とか面接とか口コミとか評判とかに起因するフレーズを気に掛けてもらいたい。
避けた方が無難というか、注意した方が良いというか、気を付けて欲しいというか。
ほんの一部ではありますが、この機会にご紹介いたします。

声を大にして言いたいのは、これだけでは決して完全なる判断は出来ないということ。
自分に合っていればホワイト企業で、自分に合わなかったからブラック企業ってことでも無いということ。
けれど、あれ?っていう違和感や直感は大事にしていただきたい。



『アットホームで家族のように、社員同士和気あいあいと仲が良い会社です。』
『何でも相談出来て分からないところがあればすぐに聞ける、風通しの良い会社です。』
『社員旅行、クラブ活動、レクリエーション、歓送迎会、懇親会等の飲み会、バーベキュー等の食事会など社内イベント多数。参加は自由ですが、ご家族も参加することが出来るので、親睦を深められます。』
『仕事もプライベートも全力投球です。』
『簡単なお茶出しがあります。』
『3時のおやつがあります。』

仕事とプライベートを公私混同して、ズカズカ踏み込んで来るかもしれません。
内輪ノリのなあなあな考えで、何でもかんでも聞いて干渉してくる仲良しこよしを求められるかもしれません。
一緒にや助け合いを協調性と強調してくるかもしれません。
自由参加は建前で、休日さえ返上してこき使われるかもしれません。
お客様だけではなく、自社の社員に対してもお茶を出したり、お菓子を買って来なくてはならないかもしれません。


『社長との距離が近くフラットな会社です。』
『同族経営、親族経営、オーナー企業』
『時代に囚われず、様々なことに挑戦しています。』
『密なミーティングや体操で心身ともに健康に気を使っています。』

距離が近すぎる故に、単なる責任者であるにも関わらず上から目線で接してくるかもしれません。
社長の身勝手な気分次第で、方針が180度変わるかもしれません。
ビジョンが希望のみで、現実的なデメリットを考えていないかもしれません。
仕事とは結び付かない朝礼や終礼、社訓を唱和したり、反省会と称して自己否定をさせてくるかもしれません。
身内に甘い傾向が基本なのかもしれません。
会社内でも家庭内でも独裁的な身内に対して最悪だと口にしていても、社員がワンマンを指摘しようものなら歯向かって来た敵と見なされ、排除する為に追い込まれるかもしれません。


『人材は人財であり、人柄を重視します。』
『未経験者歓迎、初心者歓迎』
『明るい雰囲気の職場です。』
『平均20代で若手中心の活気ある職場です。』
『勤続10~20年以上の社員が多数在籍しています。』

使い勝手の良い、都合の良い、そんな人を探したいだけかもしれません。
雑用や雑務ばかりで、未経験は未経験のままで終わってしまうかもしれません。
大人しさを暗い悪とされ、明るさを強制されるかもしれません。
すぐ辞めてしまうので、入社したばかりの新人社員やしがみついているベテラン社員しかおらず、中堅社員がいないのかもしれません。


『組織や部門強化の為の増員募集です。』
『少数精鋭の為、入社後すぐに実力を発揮出来ます。』
『将来の幹部候補生、管理職候補でこれからを担っていく重要な仕事を任せます。』
『一人当たりの裁量権が大きい仕事で達成感があります。』
『自分で考える力が身に付き、管理職にもなれます。』
『ジョブローテーションで様々なことを学ぶことが出来ます。』

増員どころか、実際は辞める人の引継ぎや辞めた人の穴埋めの為の募集かもしれません。
臨時でもない限り募集人数が従業員数に対して多すぎる時は、入れ替わりが激しいので最初から離職を見込んでいるからかもしれません。
人員不足で最低限の人数しかいない為、まともにOJTもしないまま一人で任されてしまうかもしれません。
入社後すぐに経験も無いまま、ベテラン同様の仕事量と重い責任を押し付けられ、責任を取らされるだけの立場になってしまうかもしれません。
上司の権限だけ大きく、次から次へとどんな職種の仕事もしなければならないかもしれません。
分業し過ぎてさわりだけしか学べずに、スキルやノウハウは身に付かないかもしれません。


『やる気や頑張りを評価します。』
『高収入、月収〇万円以上可能です。』
『年齢・経験・能力を考慮の上、当社規定により給与は決定します。』
『選考を通じて変動する可能性があります。』

目に見えない曖昧な評価基準の為、自分のお気に入りの言葉だけを信じて、評価を上げるどころか一方的に評価を下げられてしまうかもしれません。
過剰な仕事内容を課しておきながら仕事が遅いとか言われたことが出来ていないとか、問答無用に決め付けられて降格させられてしまうかもしれません。
給与の幅が広すぎても高い金額だったとしても、可能なだけであってたとえ未達成であったとしても嘘ではないと言われてしまうかもしれません。
基本給をよくよく確認しなければ、各種手当が盛り沢山に含まれているからこそ魅力的な金額になっているだけかもしれません。
決定事項と書けないということは、最終的に最低限になる可能性が大いにあるということかもしれません。


『これまでの経験や適性に合わせて採用配置します。』
『希望を考慮します。』
『ノルマはありません。』
『内勤にも関わらず自動車免許が必須条件』

適性は本当に適性で考慮してくれるとは限りませんし、適性があると思うとか考慮した結果とか言われてしまうかもしれません。
他社で経験はあるのにも関わらず、当社では経験不足と言われて任せてもらえないかもしれません。
表立ってのノルマは無いかもしれませんが、個人的だったりチームだったり自主的な目標を掲げて達成しなければならないかもしれません。
内勤でも必要不可欠な職種もありますが、公共交通機関を使わせなかったり運転手役で便利使いされたり、自動車免許を持っているということだけの理由で外回りや営業職へ配置転換させられるかもしれません。


『前向きに取り組む姿勢のある方を優遇します。』
『報連相が出来ない方は難しいです。』
『手を抜かずに仕事が出来る人は活躍出来ます。』
『決まった仕事を淡々とこなしたい方は向いていません。』
『自分の仕事だけが仕事ではありません。立場や役割の垣根を越えたチームワークが大切です。』
『親切で丁寧に教えて指導してくれます。』
『質問したい時に質問できて、手を止めて聞いて回答してくれます。』
『いつでも先輩を頼ってください。』
『社訓やビジョン・社長の挨拶などが社会人として働く上で、当たり前・常識・普通と思われることを大々的に掲げている』
『社会保険完備を目玉かのように標榜している』

わざわざ書いてあるということは、出来ていない可能性があるかそれくらいしないと出来ないということかもしれません。
自分の仕事以外もお手伝いではなく、自分の仕事としないといけないかもしれません。


『福利厚生が充実しています。』
『有給休暇の取得率100%です。』
『残業はありません。』
『残業は少なめです。』
『残業代は1分単位で全額支給します。』

制度がたくさんあって充実してはいても、使用するには条件があって実質使うことが出来ないかもしれません。
使える人が限られていて、その人の負担を別の人や使うことが出来ない人が担うことになるかもしれません。
有給休暇が自由ではなく、指定されているからかもしれません。
義務化された5日がもともと休日や休暇だったところに充てられてすり替わっているだけかもしれません。
取得出来たとしても、理由が必須かもしれません。
残業が無いのではなく、残業代が出ないだけかもしれません。
残業が少ないのではなく、残業を自主的な時間と置き換えているだけかもしれません。
1分単位が原則にも関わらず、さも良心的な企業であるかのように思わせようとしているのかもしれません。


『勉強会、研修制度、自己啓発、セミナー、資格取得制度が充実しています。』
『会社負担で無料、補助が受けられます。』
『自社社員教育制度があります。』

強制参加かもしれません。
資格を取れなければならないかもしれません。
条件が厳しいかもしれません。
有料のものがたくさんあって、提携企業に斡旋しているかもしれません。
自社でしか通用しない資格かもしれません。
他社での経験を無いものとされるかもしれません。


『フルリモートでどこでも仕事が出来ます。』
『リモートワーク可能です。』

携帯やパソコンは会社から貸与されないかもしれません。
通信費や水道光熱費・交通費を削減したいが為で、自己負担を強いられるかもしれません。
休日や深夜早朝に、緊急ではなかったり忘れない為だったりと相手の事を考えずに連絡してくるかもしれません。
手待時間を労働時間と認めないかもしれません。


『試用期間が契約社員になります。契約期間満了後、正社員として雇用します。』

何故契約社員で募集しないのかという疑念が捨てきれませんし、契約満了で終了になる可能性があるかもしれません。


『自席でお昼ご飯を食べることが出来ます。』
『制服貸与です。』
『私服勤務可能です。』
『綺麗なオフィスです。』
『整理整頓が行き届いています。』

お昼休憩時に自席にいるからといって電話番を押し付けられるかもしれません。
応接室が休憩室かもしれません。
私服が一般的なオフィスカジュアルでも、派手とか地味とか言われるかもしれません。
見えるところだけ綺麗で、見えないところは不衛生かもしれません。
着替える時間や社内外清掃が必須でありながら、勤務時間外にさせられるかもしれません。
お手洗いが綺麗でないかもしれません。
お手洗いが男女共同かもしれません。


『事業アピールばかりで肝心の仕事内容が薄い』

採用担当者が募集している職種の仕事内容を把握していないのかもしれません。
実際の仕事内容は到底記載出来ないことなのかもしれません。
凄い企業だと自慢したいだけかもしれません。


『土日・祝日・深夜帯でも面接可能です。』

求職者には有り難いけれど、採用時だけでなく日常的にもこの時間まで仕事をしているかもしれません。
可能というだけで時間が埋まっているとか理由を付けられて、現実には面接しないのかもしれません。


『年間休日数が記載されていない』
『社内カレンダーに準ずる』
『週休二日制(完全ではない)』
『育休取得実績あり』

休日や休暇が入社してみないと実態が掴めないので、事前に確認を怠ると齟齬が生まれてしまうかもしれません。
有給休暇が含まれていての日数かもしれません。
法定休暇・法定外休暇の日数が記載されていないと、実績があっても何日取得出来るのか分からないので不誠実かもしれません。


『固定残業』
『みなし労働時間制』
『変形労働時間制』
『裁量労働制』
『フレックスタイム制』
『シフト制』

勤務時間がバラバラになることが多く、社員同士の連絡が取りづらくなるかもしれません。
残業が無い場合も支給し超過分は別途支給しなければならないけれど、働かせ放題と勘違いしているかもしれません。
残業代を出しているのだからその分は働けと思われたり、残業代が出ているからその分だけ働かなければならないと思ってしまったりして、帰りづらくなるかもしれません。
割り増し賃金も含んで計算しなければならないけれど、最低賃金を下回っていることがあるかもしれません。
管理監督者は残業代が出ませんが、名ばかり管理職だったり管理者が管理監督者に該当しなかったりするのに、管理職という肩書だけで残業代が支払われないかもしれません。


『合否については、〇日後・〇週間後に連絡します。』
『書類選考通過者・採用内定者のみに連絡をします。』

採用担当者の負担を減らす為に不採用者への連絡を省略する旨が明記されていない場合、サイレントお祈りの企業になんて就職しなくて良かったのかもしれません。


『労働条件通知書がもらえない』
『常時10人以上の従業員がいるのに就業規則が無い』

労働基準法などの法律を理解していないか、軽視しているのかもしれません。



色々かもしれないと勝手を申しましたが、少しでもお役に立てれば幸いです。

573.人魚の涙の代償行動

彼女が誘拐された。

《お金を用意して下さい。彼女と交換です。身代金ではありません、単なる預かり賃です。お金を支払って頂ければ、すぐにお返し致します。
明日、引き渡しの方法を連絡します。それまでにお金を用意して下さい。
用意できなければ殺します。勿論、警察に連絡したら殺します。》

犯人から要求され用意したお金を鞄に詰め込む。
誘拐容疑事案発生の通報を入電しなかったのは僕の勝手。先ず以てプライオリティが高いのは、断然彼女だから。こんな条件は体のいい断り文句だと言われるだろうが、凱旋がお金で済むなら安いものだ。

《では今から時間内に、指定した場所へお金を持って来て下さい。
遅れて間に合わなかった場合は、如何なる理由であろうと、交渉は不成立となります。》

指定された受け渡し場所に、用意した身代金を持って、指定された時間内に着いた。
大童で着いて間に合った筈なのに、指定場所から場所を指定されて、その指定場所に着いたらまた場所を指定される。

《黙って下さい。と言ったのが聞こえませんでしたか?それとも理解出来ませんでしたか?頭と耳、悪いのはどちらですか?むしろ両方ですか?口幅ったいのは困りますね。どの立場で物を言っているかご存じありませんか。これは取引ではなく、交換なのですよ。命令しているのはこちらです。》

瓢箪で鯰を押さえるかの如く、場所から場所へぐるぐる回されて、いつまで続くのか教えて欲しいと、せめて彼女の声を聞かせて欲しいと、言葉が通じるのに話が通じなくて、梨の礫にはぐらかされて翻弄されるばかり。

《合格です。埠頭に向かって下さい。その途中にある唯一の橋から、お金の入った鞄ごと投げて落として下さい。そして振り返らずに、そのまま埠頭へ行って下さい。上屋に彼女の居場所を書いた紙を置いておきます。早く迎えに行ってあげて下さいね。》

機が熟したかの如く何かに合格した僕は、橋から鞄を落として、言われた通り振り返ることなく、埠頭の上屋へと向かう。錆びた机の上にあった紙に書かれていた場所は、上屋と反対側にある倉庫だった。
急いで倉庫を開けたら、彼女は居た。確かに居た。想像していた光景より現実の状況に頭がついていかずに淵瀬で間に合わないけれど、確かに彼女は居た。
取引の証拠を掲げる様に、戦利品を見せ付ける様に。潜像模様を誇る様に。赤く赤く血に染まった彼女が、寂寥の空間に居た。

捧げる献花は、沈丁花と鉄線‐栄光の束縛‐。

汽笛が聞こえて瞬きをしたら、彼女の顔が目の前にあって、《おはよう。》と言ったんだ。
彼女は生きていて、ここは僕の家で、カレンダーを確認すればあの時から数日後。目を白黒させる僕に《怖い夢でも見た?》と彼女が笑って言うから、あんな出来事は夢だと思うことにした。

ある日、彼女が帰って来なくて消息不明になった。居なくなった事は分かるけれど、どこかに行ったのかどこに行ったのかまでは分からなくて、行方不明者届を出していた時に犯人から連絡がきて、不可抗力で警察に知られてしまった。
警察から無勢の捜査員が家に秘匿潜入して、報道協定も結んで、解決まで一刻を争い、かつ生存率に関わる拉致誘拐事件が、立派に謎めいて現在進行中。捜査員は《万全の体制で、全力で解決に望みます。》と気を吐いた。

犯人から要求され用意したお金を鞄に詰め込んでいると、捜査員から矢継ぎ早に事情を聞かれた。
《お金を出せと脅迫されて、命を狙われるような心当たりはありませんか?犯人は準備段階から入念な計画を立てていると思われます。前もって彼女に、もしくは貴方に接触していた可能性があります。最近何か変わったことはありませんでしたか?彼女の交遊関係はご存知ですか?
どんな些細な出来事でも何でも構いません。明確に不審な動きをしていたとか、見るからに怪しい雰囲気とか。そう悟らせてくれる犯人であれば警戒は容易なのですが、表面上は悪意無くこうやって突然不利益を運んでくる、そういう相手が一番怖いんです。
悠長なことを言っている場合でも、無駄話をしている時間がないことも分かっています。しかし、犯人と取引をする為とはいえ、闇雲に突っ込む訳にはいきません。条件が出揃えば絞り込めるのです。事前に情報の共有をお願いしたいのです。》

心当たりなんてものは全くもって無い。
簒奪者になって君臨している訳でも、お屋敷に住んでいる訳でも、大きな大きな地主でも無ければ、若獅子でも、風雲児でも、コミッショナーでも無い。
単独犯なのか複数犯なのかも分からないまま、寧ろ僕が共犯者ではないかと。犯人は消えたんじゃなくて最初から居なかったと、親しくない割には犯人はよく知っているから、僕が自作自演の一人芝居をしていただけだと。警察は居もしない亡霊もとい犯人を追い続ける羽目になるのは御免被ると。
僕が見せた反応に、偏見と勝手な解釈を加えて立てられた仮説‐カリカチュア‐が、形式的な質問と言い張る捜査員の頭の中で描かれているようで、頬を引き攣らせる。疑いが晴れないのは情報と証拠が足りないからなのか、思わず声を荒げてしまったけれど、そんなことはこの際どうでも良い。陣屋で犯歴照会センター‐123‐へ取り次がれて花瓶にさえ過敏になっている今、捜査員に誤解されているということの方が重大だ。タイムリミットが迫っている中、僕は必死に彼女への思いや自分の考えを伝える。

《もちろん全力で捜査しますし、最大限協力します。ですが、これだけは約束してください。我々には、嘘を付かずに騙したり試したり、はたまた裏で手を回したりなんかしないでください。
こんな非常事態に手段を選んでられないかもしれませんが、貴方を信用出来なくなってしまいますので。》

こんな有様の非日常だから、こんなにも喜怒哀楽が出せるのか。僕と彼女の日常に、劇的な喜怒哀楽なんて滅多に無い。彼女が何より望んでいたのは、穏やかな日常だから。悲劇より喜劇より、当たり前という日常、壊れてから知った奇跡だから。

彼女の通った経路は、人気の無い場所だったり死角になっていたりして、目撃者はまだ見付からないし目撃証言も出てこなかった。
何故なら、調べた防犯カメラに誰も映っていなかったからだ。しかしながら防犯カメラに映っていた物が動いたところは映っていたから、とあるルートを使えば防犯カメラに映らずに辿り付き、犯行は可能だという。

指定された受け渡し場所に、用意した身代金を持って、指定された時間内に着いた。なのに。

《そこに警察が居ますね。正直に答えて下さい。通信機器を全て捨てて、警察を排除して下さい。排除が確認できたら、交渉を再開します。我々の計画を中止する最後のチャンスです。要求に応じ実行しなければ次はありませんよ。》

警察が介入していることを知られてしまったけれど、捜査員は《排除したことを見せ掛けるだけで大丈夫です。我々を信じて下さい。必ず彼女を取り戻しましょう。》

無事に帰って来ることの願いで頭を満たしたかった。奥歯をぎゅっと噛み締めて掌をぐっと握り締めて、目の前で動き回る捜査員の緊張と重苦しく居心地の悪い沈黙の中で祈り続ける。

《貴方を危ない場所には連れていくことは出来ません。》

《危険だと思っているんですね。》

《何かあっても我々が何とかしてみせますよ。》

《何かあると思っているんですね。》

裏技かと思っていたけれど、捜査を筋書き通りに進める第三者が必要な正攻法で、人の目を引き付けてこっそり別のことをする為だった。捜査員の成り済ましを防ぐ為に一般市民を運搬役に指名してきたから、僕の手を離れてしまったから。捜査員を信じたのに。信じることはよりによって幽玄なのか。
犯人が約束を守るなんて語釈‐エシカル‐、ある訳が無かった。

《どうしたんですか?というか、どうだったんですか?》

《申し訳ありません。》

《いや、謝って欲しいんじゃなくて、どうなっているのかって聞いているんです。》

《謝って許してもらえないことは重々承知しています。》

その面目次第も無いような芳しくない尊顔を見て、何かが起こった事を悄然と悟った。無い可能性では無くて、有る可能性を教えて欲しかったのに、八方塞がりで打つ手も無し。全ては僕の手の届かない造成地‐バショ‐で、既に具に終わってしまっているのだと。
勇み足の謝罪もお詫びも、受け取れない受け入れられない、どうしても譲れなくて許せなくて。得心が行かずに頽れる僕が狭量の未熟者だからか。

速報レベルで捜査情報が犯人側に漏れていて、血液量が少ないから犯行現場は違う場所なのだろう。覆面パトカーにバックミラーが二つ付いているなんて、乗るまで知らなかった。

カメオが似合う彼女は丁寧にバラバラ、まるで奇態なジグソーパズルにある汗顔した碧眼のピースの様だった。

捧げる献花は、十二単とマリーゴールド‐強い結びつきの悲嘆‐。

警笛が聞こえて瞬きをしたら、彼女の顔が目の前にあって、《おはよう。》と言ったんだ。
彼女は生きていて、ここは僕の家で、カレンダーを確認すればあの時から数日前。目を白黒させる僕に《怖い夢でも見た?》と彼女が言うから、あんな出来事云々は夢だと思うことにした。

いやいや、そんな平易に思える訳が無い。
訳が分からなくて、どうしたらいいか分からなくて、でも不思議そうに見ている彼女に何て言えばいいのか分からなくて、何でも無いと言って、とりあえず朝食を食べて、仕事に行く彼女を見送った。
僕は休みの日だけれど、走馬灯のように思い返せる出来事は、本当に夢だったのか?現実味が全くといっていいほど有る。タイムトラベルをしたとでも言うのか。それにしては、日時が行ったり来たり九十九折り、古時刻・十二時辰‐フロントライン‐が定まらない。

だけどとにかく、彼女は今正に生きている。
時間を巻き戻したい‐デシリアライズ‐と願っても無理なことが、今正に出来ている。巻き戻すだけじゃ犯行は止められないけれど、僕の行動を変えればもしかしたら犯行を止められるんじゃないか。とも一瞬、希望を見出だしたけれど、すぐにそれは不可能だと断じた。犯行に関わっている犯人以外には、無意味なことだったから。
彼女が殺害されることを知ったからといって、その当日がいつかは分からないし、外出しない訳にはいかないし、犯人を逮捕する為に、どのルートとかどこから狙うとか、綿密に下調べしたり打ち合わせしたりなんて、ドラマチックなことも出来ない。無闇に動いたところで無駄足になるだけで、単独犯でも仲間が見ていると言って複数犯を装われたり、報道協定をしていても犯人が警察か報道に居たならば、トランジットして無意味になる。

その他大勢か彼女1人、どちらかしか救えないとしたら、苦渋の決断をしてその他大勢を救い、救えなかった彼女1人を悔やむパフォーマンス。何故なら、その他大勢を救った方が称賛されるからとか批判が少ないからとか、そんな曖昧で単純な理由でその他大勢を救っただけ。内心、彼女1人ぐらいなら犠牲になっても仕方ないと、フォティキュラーな正義論であっさり切り捨てられる。そんな気がするから、いや確信が持てる。

けれど、夢は夢にする。
男子三日会わざれば刮目して見よと夢にさせると決意した僕を、一体何を目指して何処へ行く為に、繰り返される嵐の中へ向かわせるのか。
ずっと低空飛行‐ノーマルエンド‐でいるよりも、希望‐ハッピーエンド‐を見出だして上げられたり、絶望‐バッドエンド‐を突き付けられて落とされる方が辛く、生に希望が生まれた瞬間、死はリザーブされた恐怖へと変わる。

それでも、独は毒だ。
遅効性の毒によってブロークンハート症候群がエトーレの法則を発症させ、すぐさま即効性の毒によってハッピーハート症候群がマーフィーの法則を発症させる。
まさにA面シングルの含蓄‐アラカルト‐で、三度目の正直か、あるいは二度あることは三度あるか。
精髄の点と点が繋がらずに点のままで点だらけになったとしても、これは彼女が僕に残した真実に辿り着く為の手掛かり‐コンバットシューティング‐だと信じ込ませ、出囃子‐サイレン‐と瞬き‐アーカイブ‐でトゥルーエンドを探させる為に推挙‐チェスト‐して、推理という名の誘導をしているのは誰なのか。

鄙には稀である小股の切れ上がった彼女は、何れ劣らぬ大明神のおひいさまとして岡場所‐ストーカー‐にだって遭ってしまう。
警察に相談しても警戒してもらっても巡視してもらっても警告してもらっても、そんでもって何もかも捨てて引っ越して逃げても、僅かな安堵と引き換えに多大な不安を抱えて、見付からないように怯えて、出来すぎた偶然だと見付かっては隠れて、理不尽に不自由になっていくシステムを、戦慄の旋律を奏でながら水面下‐サプレッサー‐で構築する。
只のファンであり見守っているなんて妄想と見張っている現実の区別がつかなくなって自らの欲望を口実に野放しにされたストーカーは、手をかえ品をかえ凶行に至り、寧ろ守ろうという姿勢を見せれば見せるほど、非常警戒線はウォーク、トロット、キャンターと、同心円状を狭めつつ地下水路で潜り抜け、彼女を肝太かつ重点的に狙われてしまう呼び水‐ラブアフェア‐。

《俺の付いてもいない嘘を暴くが為に、こんな大掛かりで嵌めるようなことを。俺は俺の頭の中で、俺の追い求める彼女を、思い描いて想像しただけだ。彼女には指一本触れていない。想像の自由は、誰にも奪えないし奪わせない。想像の世界には、大きな権力も細かい法律も踏み込めないし踏み込ませない。大胆に盗み出すのは駄目だと分かっているさ。だけれど、虚心坦懐の稚い笑顔をこっそり覗き見るぐらいはいいだろう。》

《俺のアリバイが成立して振り出しに戻ったなんてガッカリする前に、別の可能性を探ったらどうだい。勝手に誰かの犯罪に利用された挙げ句に、あんたらに厄介者呼ばわりされるのは、何とも腹立たしい限りだ。俺は彼女の周りをうろちょろする、それはそれは怪しい男を何度も見掛けた。きっとそいつが振られたくせに未練がましいストーカーで間違いない。奴が彼女を傷付けたんだ。この鋭い勘は経験則に基づく感覚であり、ストーカー‐この俺‐がこれだけ力説しているんだから間違いない。彼女の貞淑を守る為にも早く捕まえてくれよ。》

《警察は俺を逮捕する為の囮に、彼女を利用しようとした。彼女は大切で大事な保護するべき人だ。彼女のSNSから行動パターンを探るなんて当然だろ。最新の情報で再審を再診する為に、細心の注意を払って、最深に砕身しなければならない。ストーカーから守る為に、被害者になり得えないように、守るならずっと傍にいなければならないのだから、俺が死を偽装し匿って救おうとしていたのに。何故、邪魔をするんだ。》

《俺はお金持ちなんだよ。お金で何でも手に入る。俺という法律で手に入らないものなんて無いのさ。コース料理が苦手で甘いものには目がなくて飾りボトルに最適な彼女が手に入らない無理なものだって?そんなこと俺は、認めていないし認められる訳がない。俺の乾きは逃げ水の様で、まるで癒されてはくれない。俺の期待する真実でなければ、認めないし認められない。》

《俺らは純粋に恋愛をしていたのに、勝手に変わった彼女が悪い。計画を立てて外堀を埋めて逃がさないように捕らえるのは俺にとっては簡単なことだけれど、やっぱり愛している彼女自身に選んで欲しかったに決まっているだろう。せっかく家の近くまで来てやったのに、待たせた上に会えないし、付き合ってやってもいいと言ったのに、俺の言う通り、俺の細君‐ファーストレディ‐になっていないから。悪かったのは、俺を袖にした彼女の方だ。》

《殴られたことによる心臓震盪?それが彼女が動かなくなった原因か。何で暴力を振ったかって?俺だってしたくなかったさ。だけど、彼女が俺から逃げようとしたから。予想に反した行動を取ったのは彼女なんだから、この計算外の状況は仕方がなかっただけさ。》

《俺の知らない知ることが出来ない、ましてや人伝に知らされる彼女の空白の時間。それが存在すること自体、俺は許せなかったんだ。いといけない俺の割れ鍋に綴じ蓋‐トロフィーワイフ‐を、俺の檻の中に生涯閉じ込める為には、こうするしかなかったんだ。》

《一生離さないお前がいる彼女にとっては災難だと思った。彼女にお前がいる憎しみでも、彼女が振り向かない怒りでも無い。ただお前より僕の方が彼女のことを愛していると証明したかっただけだ。》

《彼女は写真を撮る時は、目線が合わないんだ。意思疎通がなかなか難しくて。恥ずかしがりやなんだよね。けれど、後ろからのショットも可愛く美しい。》

《見張っているんじゃないさ、見守っているだけさ。家族じゃないからって他人ってことでもないからさ。存在を気付いて欲しいとは願っていたけれどね。私よりは不釣り合いだけれど、彼女と君はお似合いだと思っているからね。》

《二度と電話しないで、か。もちろん、今度からはお言付けだって直接会いに来てあげるさ。追い掛けるより話し掛ける方が良いに決まっているからね。》

《彼女と争う訳ないだろう。彼女が出かけているうちに部屋に入ったところでなんなんだ。鍵を借りる為に管理人を口説くなんて苦労はしないさ。ちゃんと合鍵だって作って鍵を壊さないようにしているし、彼女が一生懸命作った料理だって見た目の歪さを含めても美味しい味に何ら影響を及ぼしてないから残さず完食しているし、彼女の物だってそれも不要になったゴミ箱から持ってきただけじゃないか。》

《恋人になったら終わりが来るかもしれないから、傷付くだけのリスクが生じてしまうならば、今の関係のまま溺れたくはない。けれど、月が綺麗ですよ。こんなに月が美しいことさえも、下を向いて閉じ籠っている君が知らないのは勿体ない。楽しくないなら遊びに行こうよ。僕と一緒に同じ月を見上げようよ。》

《女は偉大で、男は単純だ。彼女の笑顔は偉大で、その笑顔を見れるだけでいい僕は単純だ。彼女と僕との間に駆け引きなんてものは必要ない。笑顔を見続けられたらそれでいいんだ。》

《心を揺さぶった後掴んで離さない彼女の最後の人になれるから、必殺の秘策で彼女を殺しただけの話さ。》

上手の手から水が漏れた管轄内の警察官‐ルテナン‐だって、管轄外の非違事案の例外では無く、捜査をコントロールして殺人から事故死に出来るのは、犯罪者に罪を償わせ更正させて市民に戻せる警察関係者だけだ。
鍵を開けてしまったり背後から襲われたりしていたのなら、既に顔見知りの可能性が高くて、まだ生きていてここを出た後の続きがあると思い込んでいた。けれど生きてはここを出なかったから、決め付けの見込み捜査ではここを出た後の足取りが道理で掴めなかった。《犯罪が人助けになるのならば、警察は何の為にいるのだろうか。》と、自分なりの正義を間接的に犯罪に託しても、《殺人は許されないことだけれど、復讐したい気持ちまでは否定なんかしない。》と、世間のルールに捕らわれて縛られすぎであると寄り添う被害者家族はいない。
香具師のようなあからさまではなく、制服を着ている人はその場所に溶け込んでしまって、一人の人間として認識し辛くなる。ましてや警察官と一緒に発見すれば信憑性が高くなる。そして、万が一現場から指紋とかDNAとかが残っていたとしても、救助しようとした第一発見者として通報したりなんかすれば、確定的な証拠からは除外されたり盲点になってしまったりすることを鑑みない。警棒による割れ窓理論により忍び寄る誘惑で抑止効果は期待出来ず、議長採決をと言えばサラッと総取りでがめてしまう。

捧げる献花は、メランポジウムとスノーフレーク‐貴女は可愛く皆を惹き付ける魅力‐。

彼女を庇っていたつもりだったけれど、彼女と間違えられて色々巻き込まれたことだってある。
本日は晴天なりと匿名ソフトを使ったエコーチェンバー現象。発信者情報も発信元の位置確認も、アルミニウムの電波妨害はすり抜けても易々と手が出せない海外のサーバーを経由していて、サイトの管理人もメタ情報も逃げられて特定は不可能。
変体仮名じみた都市伝説を信じて調べているって事は他にも似たような事件‐タネビ‐があったからで、レールフェンス暗号に混じって冷やかしも含まれていたその伝説は、最初から存在しなかったけれど、伝説となっているその名を利用し騙し語る怪物の知恵を持った犯人‐アジテーション‐は、テキストマイニングにより存在が判明した。
マンホールの識別番号から導き出されたアパルトデータによって、使い勝手の良い実行者の選別と絞り込みがされているとも知らずに、接点の無い大多数の人間は最初から篩に掛けられ自動的に脱落させられる。接点があり動機になり得るものを持った人間が最終的に残り、情報が想定していた通りに世論が広がりを見せ、組んず解れつに障害が発生した場合は取り除くことも決して忘れない。
滑落死なら転落死を、水死なら溺死を、首吊り自殺をさせてしまったなら絞殺を、同じような方法にするよう示唆をしたり、思い知らせようとしてわざとやったり、責任を負わずほとぼりが冷めるのを待ち退職金を貰い引退して隠し財産を使って逃亡とか胡散臭い噂に、収益金を使途不明金として自分のポケットへと見え隠れする黒塗りをプラスして現実味を持たせたり、多くの需要に対して転売という供給は犯罪になってしまうからと、立派な窃盗をこりゃ失敬と、口では駄目だと言いながらオネシャスと手ではフリマサイトを開き、視聴回数‐タペタム‐を増やしながら懸賞公募‐レセプター‐で、ドンピシャなエスティメートをはじき出す。

生きていれば追っ付け年嵩が増して、誰にだって様々な感情が色々芽生えて、円熟してもそれを隠したり時には嘘を付いて誤魔化したりしてしまうのに、Rマークを乱立する自分‐ロートル‐のことは棚に上げ、要求や要望という名の批判‐ヘイト‐ばかりして、違反したら嫌なことがあるのではなく守ったら良いことがあるからと、違反を取り締まるのではなく違反させないようにしようと、この埋め合わせは今度必ずと言って枯山水で華麗に加齢しようとは一ミリたりとも考えない。
知りたくないですか?知りたいですよね?知りたくないはずありませんよね?知りたくないなんてことないはずですよね?語り部として無作為に煽って煽って煽りまくる。負け惜しみではなく潰しがいがあるから嬉しいと、時期をみて別の情報を投下‐リブランディング‐し、急激な変化による混乱で先が全く予測できない事態を避ける。それでも想定外が生じたならば、煙に巻いて新しい方向へ流れを収斂し向けることも可能。災いとなる有害な存在なのか利益をもたらす有益な存在なのか、古参‐オンプレ‐に弾かれる新参者‐クラウド‐はロケットペンダントに証拠を隠し入れて殴り込み、奢らせてと言われて遠慮しても支払いは済みましたから諦めてくださいなんて対極のものが混じり合い融合し、新たな価値観‐ポリティカルコレクトネス‐が生まれるのも醍醐味。

殺人は目的ではなく手段でしかない。標的の居場所や行動パターンを身上調査書よろしく調べて接触し、何かあったらご家族‐ステップファミリー‐はさぞかし悲しむでしょうねぇと、交渉を受け入れる意思が無く迫っていき恐怖で虚像を造り上げる。自分や家族も同じ目に遭っていたかもしれないと、苦しむベッドの上の人に対して自分から帰るなんて言い出せなくて会いたいのに面会時間ギリギリにしか来られなくなって、親切で優しくて正しい人が傷付く世界の方が間違っていると、自分の身は自分で守らなければならないと、気を揉むだけの他人事として任せておけないと。だって、家庭を顧みない刑事を選んだくせに、配偶者と子供を捨てて仕事に没頭したくせに、復讐の為なら忙しいと口癖のように言っていた仕事だって時間を空けて、最後は最後の砦としていた刑事からも自ら逃げたのだから。全てのことを話すまで許さないからと強く言いながら、それでいて何を言っても受け止めてくれると思える安心感などそこにはない。
自衛の為に兵器を作り厳然たる正義感の武装という、凶器集合準備罪をお膳立すれば、取り付く島も無い平和を願う暴動へ、失って初めて気付くでは遅いという心理に付け込んで、背中をそっと押す役割‐ディスパッチャー‐を担う。何故ならば、歓声を悲鳴に変える為の獲物に噛み付かせるには、猟犬は飢えさせていないといけないのだから。
法律で裁けないのだったら誰かが鉄槌を下すべきで、こんな時だからこそ強行して新しい体制にして立て直ししても良いのではないかという思惑があってもいいじゃないか。大きな悪が守られて小さな正義を踏み潰した天罰なのだから、正義の為に犯したその罪は許されるべきだ。悪に屈し受け入れた者は悪の一部となり、悪に無力なる者は悪に加担しているに等しく、悪に立ち向かった者こそ今までの全てが肥やしとなって大きな花を咲かせられる。そのような全てを天誅と均一化させるバンドワゴン効果の規則は、有象無象の声のお陰でより過激な方向へとエスカレートさせる。

手出しはされないだろうけれど、このまま探り続けるのもどうだろうか?やれることは得意分野だと、敵討ちで殺させる訳にはいかないと、殺すなら話を聞いてからだが、捕まえられないならば逃げられる前に先に殺すかしかないと、他人は自分ではなく比べた所で同じにはならないから参考にもならず、少し疲れた悪いが一人にしてくれないかと言って真っ直ぐ突き進む。たとえ兵器や凶器であっても、相手が命を軽んじたせいで犠牲となってしまった人が、唯一残した昔日の存在と記憶の一部であるから。墓標や墓碑の代わりでもあるそれを、知らない誰かや知っている誰かに、取り上げられたり壊されたり失くされたりしたらたまらないから、その存在すらを秘密にして、その罪を隠す為だけに生きていた。
逃げ出すことも這い上がることも出来なくなっても、その思いは誰かを変えられる原動力になって、敵を取ることが出来ずに敵討ちをさせてしまったって、返しても返しても返しきれない恩があるから、返せる時に返さないと恩ばかりが積み重なってしまうから、全部被るから逃げて罪ぐらい背負わせて欲しいと、この件俺に預けてくれないかと言って、功名心が恐怖心を上回って躊躇なんてしなくなり、自分がやったって言っているんだからいいでしょと、行き過ぎと力不足と見え透いた優しい嘘で罪を庇った罪。

《何でそんな大事なことを今まで黙っていたのですか。助けを呼んでいれば、もしかしたら助かったかもしれないというのに。》

《この件が終わるまでせめて黙っていようと決めたんだ。何を成し遂げ、何を残し、何を与えられる事が出来るのか。一族の仇を討つ為に考え続けたけれど、もうどうすればいいか分からないから口にも出来なくて、自分の心なのに思うようにはいかなくて。だから、示した行動を神の裁きに委ねただけに過ぎないんだ。》

《いいえ、直接手を下したのはそちらだ。こんな奴でも殺したら捕まり、法の下で裁きを受ける。人に裁きを下せるのは、そして人を裁くことが出来るのは法律だけですよ。》

《法律で裁かれるのは、悪人面した善人だけ。遠くの市民より近くの権力者。困っている人間に対して、自分で何とかしろとしか言われない。どんなに責めたって法律は罰してはくれない。極刑を免れるなど正義と民意に反する。妥当性を欠き、染まりきった黒い司法の場に、公正性も公平性も無い。》

《それでも、それでも何故一線を踏み越えてしまったのですか。それを踏み越えてしまったら戻って来られなくなってしまいます。》

《何故と問われても、戻るつもりなど特にないからだ。》

警察でさえ真実を見誤った同じ穴の狢で、当事者にとっては捻じ曲げられたせいの不条理でしかなく、いらぬ不幸と無念を生むだけで諭す資格は無いと。通ずるものがある某紙か某誌の某氏が紡糸で紡いだ帽子では防止出来ない。
どんな後ろ暗い理由で差し出された手でも、復讐できずに苦しみを抱え続けるぐらいならば、偽りの罪を受け入れても何も変わらないとしても、自分の中でカチリと填まるその手を取ることは、激烈故に秩序なんて無い。その容赦の無さは味方の時は本当に心強いけれど、絶対に敵に回してはならない。自分さえよければ、他人の苦しみはどうでもいいなんて思えなかった。単なる偶然に引き起こされた必然を、神からの指令だと思い込みたくて。ここで死んでも敵討ちで死んでも、死ぬことに変わりなどないから戦う理由を見付けたと、それは我慢して諦めてしまったシュールコーを纏う仲間達の反乱。

興味を引きたいか、利用したいか、操りたいか、陥れたいか、助けを求めているか。とある奴を消すことが出来たとしても、別のとある奴が次々と現れる。利用する為に誰よりも、声ナキ声に耳を澄ませて形無きモノを見て、知略を巡らせる。
中には、分かり易い上に愚かな奴も居て、大切な場面では駒にさえなれない。どちらかというと失敗した時に罪を擦り付けられる、そんな要員の確保も忘れずに。
駒として機能していられるように、使い捨てではなく差し替えながら、釈放未済‐コンポストリサイクル‐して何度も使えるように調整し続ける。誰かの思惑通りに進んでいるように見えていたのは、幾重にも箱の中のカブトムシの先を読んで、幾多の駒を適宜進めて、シンクタンクは静かに輪の中心に居るのだから。

捧げる献花は、桔梗と金糸梅‐誠実に悲しみを止める‐。

凶器をそのまま使った真犯人と証拠を捏造された冤罪は、証拠の見てくれは同じになって、どうにも情況証拠を見分けられずに仕組まれた結果、後塵を拝す暇も黙秘を貫く暇も無く、僕は真犯人からのご指名により最適な容疑者‐ワイルドカード‐として、見せ掛けられて嵌められてサクッと捕まってしまう。

《司法解剖で彼女の胃の内容物が未消化だったから、その料理を作った僕が犯人?そんな分かりやすくしますか?》

《それを逆手に取った自作自演の狂言なんでしょうね。解剖鑑定書に書いてある通りですよ。アリバイの確認は取れませんでしたし、入手ルートだってあるし、見方によっては殺害動機があるようにもみえるんですよね。》

《動機があるってだけじゃ殺したことにはならないでしょう。無理な結び付きに僕との関連性を見出そうとするから混乱するんですよ。他に何か見付かったのですか?》

《そう聞くことで犯人じゃないとでも言うつもりですか。通常なら考えられない事だったとしても、可能性はゼロじゃないんです。警察が調べるってことはそれなりの理由があるんですよ。そもそもですね、陥れられたと鬱々と募らせた恨みは誰の賛同も得られないんですよ。》

犯人では無いと否定したいのに、判明して浮かび上がってくる要素は、それと真逆の疑いが深まる胡乱なことばかり。真実とは感情や予断を徹底的に排除し、積み重ねられた証拠の先にのみあると、供述で得られた疑惑が裏付けられて。決定的な証拠も含めて全ての証拠が僕を指さしている、自明の理‐ガスライティング‐。

《貴方のことはよくは知らないですがね、貴方が知らないと否定する一面は知っているんですよ。濡れ衣という証拠もありませんし。ずっとやましいことを残して抱えていることって、とっても苦しくないですか?固執して見失ってはいけません。巧妙に隠されていたとしても、そこに存在しあるのだから必ず見付かります。これでもまだ言い逃れをする気ですか。このへんで認めて楽になりましょうよ。》

勾留満期まで日が無いのか、反応を探るようにニタニタ畳み掛ける。お前が弱かったのではなく、奴が強かっただけだと。高級スーツにポケットチーフを挿して、回りくどくもプロンプターをスラスラと。厳格な法律‐ルール‐を作ったところで、守る人がいなければ意味の無いこと。

《僕にはほとんど不可能なんですよ。》

《ほぼ不可能ってことは、その不可能を可能に出来る可能性はある、ということなんですよ。恥をかかさないように貴方の言動は否定しませんがね。》

《信じてください。》

《供述を信じられるような説明をしていただかないと。何の証拠も無しに追求しても、あっさりと否定されるのがオチなんですよね。嘘を付く依頼人だけは、弁護出来ないんです。貴方に出来ることは、私の質問に答えることのみなんですよ。言うつもりが無く私を信用出来ないなら、仕方がありませんね。破滅する道しか貴方にはありません。》

《脅迫ですか?》

《まさか。庇いたいけど情報が無さ過ぎるだけですよ。そこまで想像出来るのならば、お分かりいただけますよね。妙な動きや真似をしなければ、私の口や手が滑ることもありません。けれど、犯人である貴方の残党でも、模倣犯でも、他に犯人がいるというのは恐ろしいことですから、私の推理は外れて欲しいものですね。この仮説はあの結論からのその推論なのでね。因みに、推測出来るだけの証拠がなければ、いくら語ったところでただの妄想ですけどね。》

警察官は自らの決定事項の見立てに沿って確証バイアスを当然の如く行使し、《確かに任意なのですが、断らなければならなかった理由があると見做すことになります。調べられて困るようなことがあるのですか?事件と関係ないならば見せていただけますよね?疑いを晴らす為にも捜査にご協力いただきたい。》と言って任意提出書を書かせ、一般的に流通しているものだから証拠にはなり得ないのに、寄ると触ると検挙率を上げる為に、《何日の何時から何時までの間どちらにいらっしゃいましたか?いえいえ、疑っている訳で無く、皆さんに念の為お聞きしているだけなんですよ。》なんて言って善意の第三者である目撃者や証言者を利用する御為倒し。
検察官は送致した警察官の捜査を鵜呑みにして、最終的に裁くのは裁判官だからと被疑者をろくに調べもせず、《聞き間違いかな?もう一度だけ聞くから、調書にある通り正直に答えなさい。》と、副音声‐私の望む答えを言いなさい。‐を隠すことなく、容疑者が犯行を全面自供とニュースになるくらい起訴出来るものは全て起訴する。犯人像がてんでばらばらであっても、自分の主張ばかりでこっちの言い分を聞かないと、非協力的な態度を取り続けられていると捉えられ反省の意思が無いと見做されて、供述は権利ではなく許可されているだけと、既成事実の逆探知は不可能となる。
裁判官は検察官が起訴と決定したのだからと、提出された書類を疑うことなく完璧だと判断し、被告人が何を言ったとしても法服に誓い染まらず、板挟みをスルーして辿り着くのは、検察官と同じ場所でストレートに判決を下す。
弁護士は警察官が送致し検察官が起訴したのならと、チャージバックを流用した貸し剥がしで、依頼人の利益を優先し裁判官への心象を良くすることだけ考え、力添えというトドメを刺す。
三羽烏は被告人の人生を誰一人として背負う覚悟が無いばかりか、成績を上げろとは言っていないと、ただ抗告されて下げるなと言っているだけだと言わんばかりに、因果を含める誘導尋問は不必要。被害者の為ではなく社会秩序を守る為だけの、捜査と逮捕と送検と判決と弁護。バックファイア効果で毒樹の果実だったとしても、その捜査の筋読み‐イロハ‐は、何一つ疑わないし何一つ疑わせない。

卿と呼ばれ邸に住む名うての父親の権威を傘に着て、好きな時に好きなだけ好きなように、次から次へとまるでマーキングみたいに、自分らしく生きていきたいと大所高所に好き勝手に振る舞う、ポトラッチせずに払い下げたものを有効利用し、ご令弟を早くに失くして跡目争いの無い、猛者‐マエストロ‐気取りの典型的な融通無碍のドラ息子の悪行。

《家の跡取りとしてただただ長く生きて、小さな男に収まってもつまらない。生きたいように生きられないのでは意味がないだろう。それに一人で無茶をせずに、儂に助けを求めたんだ。出来ることはもう心配することぐらいだからね。上出来だろう。》

シーシャを吹かしスキットルを呷りながら、窘めつつも得手勝手を半ば容認して、視界から見えなくすればその存在自体消滅するからと、揉み消すことも厭わない歪みを孕んだ思い込み教育‐ピグマリオン‐を施して来た。
肝が小さくて気も弱いくせに、裏表を考える必要も無いくらいの、感情が透け透け瞬間湯沸し器。自分より強い相手にはびびって手を出さないけれど、自分より弱い相手には俄然やる気を出すとか、求めるものは高まる一方で無くなることは無いし、独特の癖もあるけれど教える義理は無いし、直そうとしたり隠されたりすると殊更面倒になるから、自覚する必要も無いのだけれど。自分を窮地から助けてくれたという小さな感謝と、俺様のことが理解されてたまるかと日々積もる大きな不満は別物。生活年齢が若いのに頭が凝り固まっているのか、精神年齢が幼いから長い目で見ることが出来ないのか、感情ジェットコースターは注意を促しても警戒すること無く、自分の事しか考えずに全力で真正面から突っ込んでいく。ある意味罠を張る方にとっては実に簡単で安心だけれど、ある意味大人しく罠に掛かってくれるとも限らず、例え罠に掛かったとしても力技で罠を破壊して、寧ろ何事も無かったような顔でいつの間にか事を豪儀に大きくしていそうで頭が痛い。騙したり出し抜いたり裏切ったり誤魔化したり、そうするのが当たり前の世界で、何も考えることが出来ない純真さで純粋に道を誤ってしまうから、仄めかす周りにとっては公式も法則も当てはまらないのは何よりも怖いもの。
けれど、今回はそんな単純なことでは隠しきれない前フリ無しの大ボケだったから、さすがの父親も何が一番ためになるのか分からないと頭を抱えてしまった。

《身内の恥を晒してしまったね。倅のせいで水の泡にしてしまったし、迷惑も掛けてしまったようで申し訳なかった。》

《とんでもございません。ご子息がお元気なことは、大変結構なことですよ。》

悪いのは息子なのだから父親が謝る必要は無いと言えば嘘になるけれど、あれでも手心を加えて譲歩したつもりではあるし、尻拭い‐アフターケア‐は結構楽しませて貰いましたからね。私の本年度最有力候補ですよ。

《君のお灸‐デナトニウム‐が、とても効いたようだ。》

《それはそれは何よりです。》

黙っていた現実を優しく叩きつけて、ふわふわとした憧れを、警句に乗せて粉々に壊しただけだ。ご機嫌取りに笑っているのでは無くて、嘲笑で笑われているだけ、正鵠を射た真実は、時に人をより深く傷付けることもある。いつもならば知らせないことも考えていたけれど、今回は事が事である以上、自らが置かれた状況を把握しておいた方が良いと私が判断した。おけらな放蕩息子には過ぎた玩具だ。

《お前は馬鹿なの?それとも俺が馬鹿にされてるの?大人を揶揄うもんじゃない。汚名を晴らしてやったのに、また泥を塗る気なのか?そうだ、指を付け根から切り落とそうか。それで第二関節から先を切り落としてそれを残して行方不明になれば、生きながら死を装うことが出来るぞ。科学捜査研究所なんかが指の持ち主の生死を判断する場合、切断面を検査するしかなくなるからさ。それともこれ以上の人生を知らない方が、お前の身の為かもしれないな。》

大岡裁きも真っ青の淡々とした口調で私から出てくる言葉は、目の前で腰を抜かしているドラ息子の排除‐エリミネーター‐を望んだもの。
五車の術を手玉に取って、長年に渡って味方の振りをし続け、計画的に周りを騙し続け、人聞きが悪くなるような邪魔者を駆逐してきた。どんな説得も言い訳も受け付けない明白に語る笑み、そこに潜む背筋がゾッとする明確な狂気。私の表情が変わらないのが、逆に怒りの深さを感じさせているのかもしれない。普段は暴走させないようにと言い聞かせるようにして気を付けているから、余程のことがない限り感情が振り切れることなんて無い。
責めて脅して遠回しな非難も込めて、静かだけれど逃れようのない恐怖がゆっくりと纏わりつき、捕らえられて縛られて息が詰まって足が震えて、縫い留められたように動くことが出来ない。しかしジッとしているだけでは危険な状況を脱せないし、かといって闇雲に動き回るのは体力の消耗を招くだけだと、本能で危機を察知して嗅ぎ取ったのだろうか。平常時なら大人げない大人に言われたくないだの軽口を叩くくせに、ただの動作である土下座を上がり框の下で表面だけ綺麗な三和土で意味があるものにしてしまった。あれほど嫌だと言って嫌っていたのに。額ずくとは似て非なるもの。

《お忙しいところお呼び立てして申し訳ございません。この度の私の軽率な行動で起きた騒動、私の不徳の致すところでございます。貴方のお手を煩わせることになりましたこと、ここに深くお詫び申し上げます。大変不躾なお願いで誠に恐縮ですが、私のこれからをご検討いただく余地は、まだありますでしょうか?》

なんて泣いて縋って、出羽守の頼みの綱になるのはとても心地良い。

《寛大な処分‐ココロ‐、痛み入ります。》

心を潰された人間は何をしでかすか分からない。自ら死を選ぶ清い者も居るけれど、自暴自棄になって他の者を傷付ける時もある。ただ完全に潰す前に、慙愧という逃げ道さえ用意してインプレストを与えてやれば、これから先側に居ても拒絶されはしない。

《少々言い合いになってしまったが、儂からもきつく言い聞かせておいたから。もう心配はいらない。》

《お気遣いありがとうございます。しかしながら、親子喧嘩が出来るというのは、親子である良い証拠ですよ。》

ドラ息子の為にここまでお金を掛けられるなんて、お大尽様はご商売繁盛でなによりの相当な権力者なのは間違いないけれど、まともな性格をしていないことも間違いない。しかし、私にはそんな分かりやすい些細なことは問題ではない。どれだけ信用出来るのか、どんな裏があるのか、一体何を企んでいるのか、我が身を守る為に少しでも優勢な方に付こうと駆使する処世術の生き方を、非難するつもりは毛頭無いけれど、その分信用も置くことが出来ないから、その表裏を常に考えていなければならない。こちらに付けば利があることを悟れば、自然と有象無象が集まって来てしまうから。

《突然申し訳ございません。実は折り入ってお話したいことがございます。お時間をいただけないでしょうか。》

《今日はどういったご用件で?》

《ご足労いただきありがとうございます。こちらとしては動画も音声も記録しているのです。》

《もしかしてもうご存じなのですか?さすが、お早いですね。》

《そちらが遅いだけでしょう。口止め料・・・いや、機密保持料と言った方が聞こえは良いか。お支払い頂きたくお願いに参った次第ですよ。》

《ゆする気ですか?良いんですか?こんな脅すような真似をして。》

《まさか。逆に良いんですか?正式な手続きを踏んで。それはお互いの為にならないでしょう。脅迫なんて物騒なことではなく、そちらの為を思った警告ですかな。勿論誰にも言わないつもりだが、それはそちら次第ですね。これからも良い付き合いをしていきたいと思っていますから、良いお返事を心待ちにしておりますよ。》

《お話は大体分かりました、良いでしょう。これ位でいかがですか?》

《物分かりの良い人で助かった。一生面倒を見てもらう人に実力行使はしたくはありませんからね。》

高く付いたとお思いですか?永遠に金を払い続けるか口を永遠に塞ぐか程度の含みのある言い方‐デジタル・フォレンジック‐など、奸知‐チェンジブラインドネス‐の初歩の初歩‐ネイティブスピーカー‐で、何も差し支えございません、ただの必要経費ですよ。しかしながら、私が何もせずただ言いなりになってあっさりと逃がすとでも?多少の優秀さは認めますけれど、なにせ従順さに欠けます。いつ手を噛まれるか分かったもんじゃないから、私の飼い犬には不適合です。ただ捕まえは決してしないけれど、逃がしもしませんけれどね。
謝罪で過去は変わらないから分かりやすい誠意を見せろとか、脱税した金だから盗まれても警察に言えないだろうとか。頭の回転が早い相手に神経削って心理戦やら野生の勘を発揮した疑り深い相手と体力勝負の肉弾戦やら、カランビットナイフやらプッシュダガーやらジャンビーヤやらを使ったシラットは、並行輸入品であっても玉‐ギョク‐付きのチャカと同じく御免被りたいたいからね。利用するなら操れる上の立場で、讒言を操りやすくメートルを上げる馬鹿な相手を選ぶし、当たり屋もどきなど金で解決出来るならばそれに越したことは無い。そしてそれを突き付けて存在の必要性を認めさせれば、敵なら煩わしいことこの上ないけれど、コントロール下において支配下におけば、それは兵站なる自分自身を守ってくれる権力や強力な武器になり得る影響力にも勝る力になる。命と権力を天秤にかけたくせに、そのどちらも失って逝く羽目になるなど愚の骨頂。

《こちらはまだゲラです。いかが致しますか?どのように追い詰め・・・いや、どのような形に収めたいのかお聞かせ願えますか。》

地方紙がすっぱ抜くなんて全国紙にとってはあり得ないことで認められないこと、って言っていたな。しかし、記者の名誉の為に言っておくと、このスクープは記者の能力の賜物だ。しかしこんな眠くなるような甘っちょろい理想論‐アウフタクト‐のやり方では、信義にもとるわ結束力を失うわ、いつか不調法に大惨事を生むことを理解していないようだ。

《外に出さない方法がございますが、お聞きになりますか?》

《いや、話は全て無かったことにしてくれればそれでいい。》

危害を加えられるかも知れないから、危険な目に合わせないように、嘘の情報を流して意図的に閉じ込めながら遠ざける為の、少しでいいから時間をくれなどとは言わずx日あればお釣りがくる、ほんのちょっと本打ちした小細工‐タリー‐。所詮国家権力‐キャバル‐であったとしても、頑丈な一枚岩では無いから、崩すことなどいとも容易く出来る。都合の悪い人物だったから、噂ごと造作も無く消されただけの話だ。誰にも知られることなく完璧に遂行する見敵必殺の完全犯罪は、もはや表沙汰になって懸賞金を懸けることもなく事件にすらならない。

《処理はお任せください。》

《よしんば、それが必要だと思ったら表情一つ変えずにやる人だからね、君は。》

得意か不得意かと聞かれれば得意だけれど、やりすぎる可能性は否めないが、それでも構わないと言うから存分にするつもりだ。固定観念を越えた美意識に、理由など特に無い。

《お気を煩わせるようなことも、お時間を取らるようなこともありません。》

《何も心配はしていないさ。手練れの君を信用しているからね。》

父親は私に向かって、笑いながら軽く言った。その貫禄たるやまさに権力者の顔の呼び名に相応しく、どこからどう見ても世間で言われるような有力者では無い。しかしながらスナックもパブもキャバクラも、利用されながら利用して適度に距離を置く。それが裏の歴史を見て来てこれからも見続けるであろう、海千山千の隠者のような私からのちょっとした訓示‐アドバイス‐だ。かの有名なあの方もああ言っているからさ。あの方は何と言ったかって?天は二物を与えることはないが、地獄の沙汰も金次第ってやつだ。
どこの組織‐オーガニゼイション‐にも属さず諜報員すら雇わず、現金な元気で全ては金次第。私の見せ場だ邪魔をするなと言わんばかりに入会地さえ独占してしまえば、他の者が何も出来ず手も出せない状態でお株を奪えずに、周りから肝が小さいから大きな危険を冒す度量はないと無能扱いされて、自ずとこちらに御鉢‐リファラル‐が回ってくる。オジキにも、あにさんにも、あねさんにも、エージェントにも、老板であっても、幾多の欽定された方針に振り回されて悩む必要は無いし、上納せずに着服したと疑われることも無い。確かに、後ろ盾は必要だ。だがしかし、精鋭部隊とか少数精鋭とかといえば聞こえはいいけれど、その節ただの寄せ集めともいえる。誰のことも信じなければ敵味方を考えずに済むから、生き甲斐には幾分かの金を払い、遣り甲斐には幾多の金を頂き、組織より個人の方が小回りがきくから、最小資源を最大活用すればいい。
世間一般の普通はこの世界に入った日から身分証と共に処分してしまったけれど、勝手に付けられたコードネームは意外とお気に入りだったりする。

《人生は探し物の連続だというが、隠居の身になったら余生を静かに暮らして、清遊に過ごしたいものだね。不粋は承知しているけれど、またお願いがあったら叶えてくれるかい?》

《貴方が望むなら何でも。と言いたいところですが、お手柔らかに頼みますよ。》

台風手形、お産手形、七夕手形、ましてや融通手形でもない。御抱えの冠者に、上限無しの必要経費と上乗せされる成功報酬の先日付小切手を渡しながら、御用達の折り上げ天井がお洒落な御休所で、そんな催告じみた会話が交わされ、揉み消されて明るみにはならない裏取引が、なしつけられているとも知らずに。
犯人だと決め付けられた僕が死んだ後に再び犯行があったとしても、僕が犯人じゃなかったと真犯人がいたんだと真に信じてくれる人など、誤認逮捕であり濡衣を着せられたと訴える人など、証拠隠滅の証拠を探してくれる人など、一手間も二手間も掛けて証明してくれる人など居るはずが無いだろう。今思えば、罠に嵌められたのは誰かの不都合があるって証拠であり、こんな強硬な手段に出ることが出来たのは、僕に罪を擦り付けられると思ったからだろう。
時が止まってしまったかと錯覚してしまうような永遠にも思える時間の中で、起こされるまで寝ていられる鉄格子の中で、自ら死ぬ勇気が無くなって、生きていく覚悟も無くなるなんて、夢にも思わなかったな。

捧げる献花は、カタバミとスノードロップ‐喜んで貴方の死を望みます‐。

彼女は優しい人間だ。真面目で責任感が強くて何でも完璧にしようとする反面、失敗を極端に恐れているところがある。しかし、優しい人間だ。僕に知られたくないという怯えからか下手に隠すことばかりで、ピノキオ効果ばりにヤマアラシのジレンマが目に付いて、一体何を考えているか分からなく見えてしまう。

《勝手に調べてごめん。知られたくないことだったよね。》

好きだから悩みながらも必死に信じようとしたけれど、蓋然的な思い過ごしなら良かった。センチメンタルジャーニーにはならなかったけれど、浮気‐ラマン‐の方が幾分か救われて良かったのかもしれない。

《ううん、隠すつもりは無かったの。》

そう笑った彼女が《心配で。》と奴が電話を掛けてきた。《彼女は今寝ているけれど、何か用なら僕が伝えておくよ。》と言ったのにも関わらず《また電話する。》と言って切ろうとしたから、どうしてという疑問と嘘を付かれたという分かりやすい動揺を隠し切れずに疑いを深めて、《十分な収穫だと至極冷静に涼しい顔をするなよ。潔白を証明する為にもっと必死になれよ。お前の疑いが晴れなければ、彼女はこれから先も苦しむことになるんだぞ。痛いのは全部私が我慢すればいいから、その分お前が笑ってくれたら良いじゃない。なんて言ったんだ。早く彼女を安心させてやってくれよ。》許せないのは、清貧な彼女か、あぶく銭を貪る奴か、それとも気付いてしまった僕か。

《悩んでいるなら一緒に考えたいの、彼にどんな事情があるにせよ力になれるならなりたい。利用されていてもフリであったとしても構わないわ。一人で背負って誰にも助けを求められないで、遠く離れた地で路頭に迷わすことは出来ない。よろしければ私がお手伝いをさせていただくことを許していただきたいです。》と、寧ろ彼女の方から切り出していたみたいで、優しい優しい彼女は、あっという間にヘドロの泥沼借金まみれ。

《約束を守らないのではなくて、約束をするのが下手なだけなのよ。向こうの言葉を信用するところから始めないと話にならないし、疑うより信じたいものを信じられない方が辛いじゃない。》

エモーショナルイーティングをしてしまうような、そんなやわではないのでご心配には及びませんよ。なんて戯けて笑って庇って、ダイナミックプライシングは常にアイドル状態。

《そんなことを言うなんて、貴方はとってもキザな人ね。》

《嫌だな。ロマンチックと言ってよ。》

メールの最後には必ずXXXを忘れずに、ビデオ通話で笑い合う姿を横目で見ながら思う。言って欲しい言葉をさらっと言える人は、他の人にも同じようにさらっと言えることに気付かない。俺に言われて喜んで嬉しがっているのだから、Win-Winでしょ。なんて、はにかむはHoneycomb。目を狂わすことに抵抗はなく寧ろ乗り気で、女を食い物にする為だけのキャッチーな記号‐コトバ‐。
海外からでもなりすませるディープフェイクは、お金の受け取りだけを国内で済ませる組織的犯罪‐ロマンス詐欺‐だって言っているのに、《様々な情報があるからこそ本物であっても本当かどうか、貴方が信じ切れないだけでしょ。私は信じるわ。彼は本人よ。》だなんて、家族と生き別れてしまって有名になることで見付けて欲しいんだ。と奴の口車に彼女は絆されているけれど、山師なのは確実だ。何故なら、お礼として彼女が彼から受け取ったプレゼントは全て、贋物、偽物、模造品と言われる物。パープルダイヤなんか紫外線を当てると青や黄色に光るのに、合成石の特徴であるオレンジ色に光っていて、合成ダイヤであるとその存在を主張している。

一握りの存在‐インターハイ‐で凄いと言われた経験がある奴は、過去の栄光を忘れられず、人生を長いスパンで考えられず、今の自分と過去の自分とのギャップを埋められず、目の前の現実を受け入れようとはしない。埋没したくないとか、有名になりたいとか、記録にも残りたいけれど記憶にも残りたいとか、確かにその時だけはなれるかもしれない。しかしながら、報道されるのも特集されるのも最初の一時だけに過ぎない。その後は他のニュースと同じにされ一緒くたにされ、挙句に忘れられ話題になることすらない。生い立ちなんて振り返ることなく気にもならない過去の人。
お金が無いと言えないから見栄を張り、お金に困っている姿を見られたくないから自分を誇示して、無理にでも無理をしてでも派手に振る舞ってしまう。相変わらずとぼけた発言‐インプロビゼーション‐で他人に迷惑を掛けることへ一切の躊躇がないし、他人に迷惑を掛けることそのものが大事なコミュニケーションであると言わんばかりの潔さを持ち合わせている。
その反面、彼女には思い詰めた顔を張り付けるくせに、いくらか都合してくれと軽くそれも貸せと命令口調で言えるらしく、一気に増やして返そうとギャンブルに注ぎ込んで、ここまで賭けたのだから次こそは当たって取り返せるとサンクコスト効果が倍増、安全牌より倍率の高い大穴の方が燃えるとか偉そうに、そういう時に限って勝てないから、イカサマだとコンコルド効果‐ツイテナイ‐奴ほど喚く。粗暴で業突張な性格なのにも関わらず、知能が高く冷静な判断力と動物的直感力を兼ね備えているから、《ちょっと借用しただけで返せば済む話だ。やる気はあるけれど出来ないだけ。返さないとは言っていない。》なんて、出来るけれど面倒だからやらないだけじゃないかとか、雪だるま式に増えるだけで、返済に当てるお金だという思考にならず検討する能力が著しく劣っている。しかし、彼女は優しい。《同じ行為を繰り返して、あの時の行為が正しかったかどうかの確認をしたいってだけだよ。そんな彼の考えを認めて、彼の過ちを許して、彼を応援して、多少不便になってもお互いを尊重し譲り合う。それが自分以外の他人と暮らして生きていくってことでしょう。》とか、《彼のせいで私が変わった訳じゃない。彼と出会ったせいじゃない。そんな悲しいことを言わないで。彼と出会った私の生き方を否定しないで。》とか、《貴方が私を助けてくれたように、私も全力で彼を助けたいと思っているの。辛い時は寄りかかってと言いたいの。》とか、対話ではなく共話のコードスイッチングで、セカンダリの彼女がご笑納くださいと言っている側で、ガッテムと片腹痛くなっている僕だけが悪い人みたい。外に見せる顔がどんなのでも周りの評判がどんなのでも、僕に見せる顔が彼女のままなら、僕の彼女は僕の前での彼女でいいのに。これが嫌な現実だと認めてしまったら、大切な思い出すら残らず壊れてしまう気がした。

ある日彼女は、死ぬ元気が出たからと一言置き手紙を残して、止める暇も無く御目文字と出掛けて行った。愛を確かめ合う幼い計画であっても彼女本人だけは真剣なのだろう。
許可を取ったら共犯になってしまって奴に迷惑かけるからと言って、あえて勝手に空売りして利殖して何処からかお金を持ち出し、逃げる途中で幾らか抜いたお金を振り込ませたり隠させたりして、残りを何処からか散撒かせる。そうすれば、見ず知らずの通行人が拾ったり何処かに入り込んで紛失したりして、正確な被害額が分からなくなる。関係者達が右往左往している隙に、変造カードを使いATMで下ろしたり隠し場所から移動させたりして、センチ波の通信を傍受しながら奴は易々ととんずらしてふける。

《俺はもっと評価されて認められて、その分の報酬を貰ってもいいはずだ。汗水垂らして毎日毎日働いたって、はした金でもろくに感謝もされない。このくらいの妥当な報酬を得ようとしたってだけ。》

一方彼女は、仏滅の三隣亡に木立の中に建てられた安普請で一人息絶えていた。窓が開いていたので、助けを呼ぼうとしたのだと言われたが、捜査を撹乱させる為に奴へ凶器を預け、奴が空き巣に入った時に見付けた汚部屋へ永久に隠してしまう為に開けただけだった。お金は裏切らないけれど愛してもくれないのに、奴は彼女を裏切った上に愛など毛頭ない。

《彼女は俺の役に立てて嬉しいと言ったんだ。遠慮する気持ちはあれど反対する要素が無いだろ。あはっ。そんな大声を出してさ、余程悔しかったんだな。彼女のことをなぁ~んにも知らなかったことが。》

僕に対して反射的に出た無意識かつ人を食ったような本音は、すぐに空気を読んで表情を作る理性に変わる。アリバイは無いけれど証拠も無い、犯人蔵匿及び証拠隠滅の罪‐ガルウィングドア‐を見せびらかす奴は、永遠の完全犯罪‐ディフェンディングチャンピオン‐。

《逃げ切れないと思っても、誰も彼女自身を殺してくれないから彼女自身で殺してしまったんだろう。強くて優しい人だったから、死ぬところを見られたくなかったし見せたくなかった。彼女なりのプライドと思いやりを持った意思だったんじゃないですかね。》

占いみたく当たれば言った通りと外れればこちらを信じていないと‐マジシャンズセレクト‐で犯罪に手を染めても、騙す奴が悪いのではなくて騙される自分の方が馬鹿だっただけと、奴の為に笑う彼女を思い出す。奴が彼女を裏切ったのではなく、最初から奴は彼女を籠絡しトップオフとして利用していただけ。捜査協力費を目当てに奴が垂涎していたのは、自分に尽くしてくれる金づるの単なる野伏‐コマ‐だったから。

捧げる献花は、紫陽花とキスツス‐移り気に私は明日死ぬだろう‐。

彼女のインクルーシブ並みの苦悩する者の為に戦う優しさは、バリトンボイスで囁く彼奴‐マニュピレーター‐だけに留まらない。

その場を明るくしながら思い付いたアイデアで、学びやすい環境や働きやすい仕組みを一早く実行に移して整え、そう簡単に真似出来ない新しい世界の創始者であり、その扉を開けることが出来るカリスマリーダー。

様々な情報にアンテナを張り、自分なりの解釈で噛み砕き纏めて、周りの人に常に新しい情報を教えながら勢い良く広げ、健啖家の如く色々な手段を駆使して伝えて導いていく、影響力が絶大なインフルエンサー。

自分が前に出ていくよりも、適材適所に人を配置したり公正で対等な視点で解決方法を示したり、人と人を繋いで間をバランスよく取り持ち、無理なく円滑に関係を構築出来るように心を砕き、手腕を発揮するアジャスター。

目立たず多くを語る訳ではないけれど、ごく自然に醸し出される癒やしを与える穏やかなムードは、オアシスでありパワースポットにもなれる、魂が浄化されるように心を軽くすることが出来る本質的なヒーラー。

能天気で中身が空っぽで生意気な軽い奴と見せ掛けて、広い視野で色々考えながら誰よりも努力家で、細やかな気を利かせつつ相手を思いやりフラットな関係性を築いて、より良い面を引き出すことの出来るアドバイザー。

臆病者だからこそ周囲の傾聴力に長け、困っている話し手の気持ちに寄り添い、内面の奥の奥までしっかりと掬い上げ、聞き手なってそっと優しく受け入れてくれる、愛情深くて頼りがいと根性のあるカウンセラー。

ご意見番として人を使うだけではなく、女房役として安心させ番頭として精神面を支えられる陰の実力者であり、無くてはならない縁の下の力持ちである人の為の人、リーダーの世話役兼右腕かつ懐刀のダークヒーロー。

《大丈夫ですか?なんて言いません。どうかしましたか?困っていませんか?頑張れとは言いませんが負けないでと言いたいんです。皆さんの役に立てることなんて無いかもしれませんが、私に出来ることは精一杯やらせていただきますので、どうか参加させて下さい。》

自分を信用して欲しいのならば先に相手を信用しようとする彼女が、優しくなればなる程にトラストは囚人のジレンマで、隙が出来てしまった言葉を逃げ戻る言い訳として曲解する。

《答えのない果てを探し続けていたとしても、笑えないと思ったのならばもう忘れてしまえばいい。壊れるいつかを待つのが怖いのならば、今すぐに壊してしまえばいい。苦しいのは生きているから。限界を感じていたから、辞める理由が欲しかったのでしょう。》

何故なら裏がありそうで怖かったから。全てを知られてしまっていたとしたら。そう考えてしまったら、自分を陥れ追い詰めた人を呪うのではなく許せる内に死のうと。他の誰かを救うことで自分も救われる‐コーディングルール‐をシェアする人が居れば、アンダードッグ効果で一人で居るよりも自由になれるさ。

《到底信じられないことだけれど、否定しようにも合点のいく事象が多すぎて、全てに納得がいってしまうから、信じるしかなくなる。》

どんなに言われたとしても有りもしなかったことを有るとは言うことは出来ないと。時に反論の余地が無い正論は、よんどころない事情であっても卑怯でしかない。

《詳しいことについては、捜査上の機密扱いだから、話せないんですよ。》

《彼女はこれからのことについて考えていたんです。自殺なんてする訳がないんですよ。》

苦労しても証拠を見付けられずに御宮入り。何故なら犯人さえも見付けられなかったから。

《貴方の言い分は一応報告しましたけれどね、無関係だと判断された訳ですよ。自殺。それが上の決定です。》

地蔵背負いで皆を道連れにした無理心中という悲劇的なストーリーが成り立ってしまって、他の可能性を考えるなんて喜劇的で、気持ちが彷徨ったエニグマを調べてなどくれない。現実に起こった1つだけの事実が何であろうと、1人なら勘違いかもしれないけれど、幾人もいるならば、それは疑惑になってしまう。いくつかが食い違っても、提示されたモノが間違っていても、それらによって根底が覆されても、真実となるのは勝者が語る複数のこと。

《そんな怖い顔をなさらないでください。》

《それだけ真剣なんです。》

うっかり話してしまったことを、重要な情報を漏らしてしまったことを、足を引っ張ってしまったことを、だまし討ちだったとしても仕損じたことを一生悔やむから。なかなか尻尾が掴めなくて疑われている誰かのアリバイを、居ない筈の人を居ると偽証して、万が一疑われた時の為に自分のアリバイも成立させて、敵を庇うのではなく仲間を守りたいだけだと、足並みを揃えたスクエアで押し通る。

《僕が、何処の誰だか、分かっているんだろうな。》

《はい、覚える価値の無い奴だと。》

死ぬ方法を知ったから今生きていられるのだから人生を切り開けるだけの常識を変えろと、ニッコリ笑って困難の分割‐リフレーミング‐。

《私達に命をくれてありがとう。私の命を使ってくれてありがとう。そう彼女は言ってくれているさ。危機感がゼロに見えたかもしれませんが、余程の勇気と覚悟があったんですよ。どうかこれからも彼女が大好きな貴方のままでいてください。》

見ず知らずの全員が彼女を通じて繋がってアインザッツが揃っていたから。チームプレーが秀でた犯人‐レベニューシェア‐だったから。ジャッキを上げて上げて上げ過ぎて、仕舞いには空中分解してしまったから。

捧げる献花は、フリージアと桑‐親愛の情でともに死のう‐。

彼女は優しいだけじゃない。政治資金パーティーや誰々君を励ます会、前衛的で話題のeコマースのパーティーにも彼女が行きたいと言って興味を持っている。

《ご清聴ありがとうございました。是非ともお力添えをいただきたいのです。皆様の大きなご支援をよろしくお願い致します。》

彼女は綺羅星の如くのイデオロギーに拍手喝采で満足気だったけれど、僕は一席ぶった人とお知り会いになりたいとは全く思わなかった上に、大勢の高弟からも出来るだけ距離を取りたいと心から思ってしまった。
寄付で成り立つ学校の生徒はお客様であるように、叩けば埃が出てくる古畳みたいな奴が強くあり続けた権力で、強くなった癒着に肖りたいと愛想が振り撒かれる部屋へ、貯水タンクに仕込まれた毒を自由降下傘‐スプリンクラー‐が撒き散らす。

《お前らが下した評価がいかに非論理的で的外れで無知かを丁寧に教えてやる為に抗議文を送っただけだ。それなのに無視しやがった。パーティーで犯行をすれば、嫌でも注目してくれるだろ。》

《それは抗議とは言わない。いくら納得出来ないからと言ってもそれは脅迫だ。》

部屋の鍵をロックした奴が判明した途端に、止めようと手を伸ばした捜査員の腕を振り払って、忠告だと振り切り凶器を振り上げて、一般人を傷付ける失態と実行犯の失踪を許してしまった。
警察官失格だと責める暇も無く、話を聞こうとした途端にとんと行方知れずになって自殺した重要参考人に、実行犯が殺害されていたことも判明した。

《弁明も弁解も言い訳も、何も言わずに逃げたということは、何か関わりがあって何か知っていることを、認めて吐露したことと同じだ。》

《君に裏切られるなんて思わなかったよ。》

《裏切ってはいない。》

《ほう。元から向こう側の人間だったってことか?》

《向こう側って、あんたはどの側なんだよ。》

どっち側でも転がせて都合が良いと、疑われるだけの野心があったものだから。

《何でも俺に決めてもらって、楽に生きてきたくせに俺のせいにするのか。》

俺と世界を動かしてみないか、俺の力を当てにしているのならもう一働きしてもらおうか、時代が要請しているんだ、せめて命くらいは賭けてもらわないとな。なんて、腹案‐フラッグシップ‐よろしく思いのままの思い付き‐デフォルトモードネットワーク‐で言うだけ言って、行動は隠したままの秘密主義‐セイリエンスネットワーク‐で、プロスペクト理論を振りかざす。意味を聞いたり反論したりしようものなら、リバップ気味に何倍にもなって返ってくるから、とりあえず頷いてBGMのように聞き流して右から左へ処理をする。アジタートに慣れはしたけれどディープステートに振り回されているのだから、軽く睨みながらちょっとぐらい心の中で文句を言ったところで、ちっとも罰は当たらないと思っている。

《それは撤回されるということでしょうか?》

《何か不都合でもあるのか?》

《いえ、都合も不都合もありません。ただ、少々驚いてしまっただけです。》

賭博場開帳図利罪を犯し多角経営を装った裏金を、頼まれもしないのに恩に着せる為に密かにプールする。トップにいる時ほどトップの座を失いたくなくて、埋め尽くされた不安のせいで満足出来なくて、投機‐アドバタイジング‐を確保することに躍起になっていくことは経験上よく知っている。

《我々に何故嘘を付いたんだ?》

別々の人間だったとしても凶器が同じであるならば、一人の人間の連続犯だと思わせられていたのに。

《もしかして奴の指示なのか?》

《一旗揚げるにはこうするしかないと思った。》

微塵も疑っていなかったのに、疑心暗鬼になってジングルに一芝居打って余計なことをして、疑う切っ掛けを作ってしまった。

《憎しみも恨みも全て君のものではあるけれど、それに他人を巻き込んでいい訳はない。全部一人で抱え込んでしまって、背負いきれなくなったからって、選んだ最終手段が復讐なんて馬鹿なことを。》

《人殺しに良心なんて存在しない。》

悲しみを恨みと憎しみにしか変えられなくて、残されたのは無念だけ。プルチックの感情の輪も共感覚も、無意味な盲従‐インバーター‐だと語るくせに。

《ならなんでそんなにも苦しんでいるんだ?》

やって来たというよりは戻って来たように見えて、語るに落ちてこちらに向けた顔は、苦い薬を飲まされたように深い皺を眉間に刻み込んだままに、防衛的な露出行動を取る。他人に対して嘘付いて騙すことは出来るのに、嘘付いた自分を騙すことが出来ずに生まれてしまった感情。

《君の命と引き換えにするような相手ではないだろう。》

難しい顔のままでもすぐ却下せずにじっと聞いてくれていたなら、確定事項ではなく何か意見を求められていたなら、多少なりとも希望があり他にも手段があるということなのに。転がっていた過ちで転げ落ちてしまったら、元の場所にも引き返せる場所にももう戻れはしない。

《我々に出来ることはあるか?何でも言ってくれ。》

《今更もう無い。そんなものがあれば、とっくの昔にやっているさ。分かり合えないと結論が出たところで、失礼するよ。》

手は出さなかったし汚しもしなかったけれど、止めもしなかったから同罪で。こういう形でしか責任の取りようがないと考えましたと、甘くて優しい笑顔ではなく怖くて綺麗な笑顔で。エレベーターの到着音も階段をかける足音も、追い詰められているという錯覚を起こして、逮捕という名の保護は間に合わなかった。

捧げる献花は、ムスカリと薊‐失望に触れないで‐。

満期を待たずに仮出所した奴から、爆破予告‐インビテーション‐が届いたらしい。買い物を満喫していた彼女は、人いきれのショッピングモールから追い出されたそうだ。予告時間はまだ先らしく、《どっちの服がいいかな?》と彼女が送ってきた試着した写真を見ながら、《服のことは僕にはあまり分からないけれど、君が嬉しそうに見えるからこっちが良いな。》そう僕が言って無邪気な彼女の声が電話ごしに聞こえた後、テレビドラマでしか聞いたことがないような大きな大きな音がした。

いよいよ予告日、日付を越えたらスタートだなんて。いよいよなんて言うと心待ちに期待してるみたい。爆破を予告した時間の前に爆発した。広いコンクリートと狭い空に囲まれる都会では大勢の避難が間に合わずに、巻き添えの非難を招く行動は通話コードの鼓動‐252‐。
ドライアイスを絶縁体にして爆発時間を調整出来るから、計画的に人の少ない時間帯を狙って、様々な要求を突き付けて、従わない場合は次の爆破を示唆して、人の多い時間帯を狙うことも出来るということを、今回は脅しの挨拶に過ぎないということを、お手紙には返事が付き物だということを、そちらの反応を見て確かめる為にもう一度連絡するということを。簡単に端的に脅迫状とも犯行声明とも取れる熱烈なラブレター。
条件を呑むのではなく丸飲みにしてしまえる今までにないその画期的な方法に、事件に刺激を受けた不逞の模倣犯が多発‐シークエンス‐。

《全てを無かったことにしたかったから心に蓋をして、この世界を終わりにしたかった。》

《この世界は何をしても無くならない。無くなるのは巻き込まれた人達の命と君の自由だ。》

《自由?そんなものは最初から存在し無かった。》

《不自由もあるけれど自由だってあったことを、これからの時間で思いっきり思い知ることになる。想像力が足りなかっただけの話だ。そんな君を理解する人は、君が終わりにしたかったこの世界に一定数はいるだろう。君が犯人を理解したと思い込んだようにな。しかし、そんな漠然とした曖昧な感情で事を起こしたところで、君を殺したいほど憎んでいる大勢の被害者の感情の前では、圧倒的に無力となり襲い掛かられる。多くの被害を残した事実は、君が無くしたかったこの世界で永遠に残っていくだろう。》

《終わらないなら世界を変えれば、あんたの言う罪‐コレ‐も正義になる。正義ってのは、誰かの主観でしかない。俺の主観で良いはずだ。誰かが決めた正解は俺の正解ではないし、正義の反対は悪ではなく別の正義だ。この世界を再生するには、やはりすべてをリセットするしかない。》

他人のせいと社会のせいと世界のせいと置き換え判断を維持した、一世を風靡した過去の人。

それは仮釈放をもぎ取ったのに、身元引受人の元から逃げ出した奴にも当てはまる。故買屋の前で事故を起こした車載カメラ映像から、犯罪捜査データベースより前科者データを照合したらあっさりヒット、捜査線上に浮かんだ奴をヤサに踏み込むことも無く、逃亡者であるが故に左回りの法則を意のままにして再逮捕。

《せっかく逃げてきたんなら、存分に楽しまなきゃ損でしょ。どうせ後でこうやって怒られるんだし。ブタバコに戻されるのは運が良くないけれど、愉快な思いが出来たから案外悪くもないさ。》

よこした犯行予告を素直に受け取ってくれてありがとよ。けれど犯行時間を鵜呑みに励行しちゃあ面白味に欠けるぜ。まあ火付盗賊改方を責める気はサラサラないさ。向こうの有象無象が当たりではなく、少数精鋭のこっちが外れなだけ。ただちょっとフレーミング効果を利用させてもらって、隠し場所を特定しただけだ。隠し場所を警備したそっちに落ち度はないぜ。勝ちは出来やしないけど、あがりを選べばここで終わりだからな、負けを選ばなかっただけマシってもんだ。
厳しく叱っても優しく語りかけても、刺激の有ることは価値の有ることで刺激の無いことは価値の無いことだと、明日のことばっか考えていたらせっかくの今が勿体無いと、せっかく足を洗ったのにまた罪を犯したのは何か深い事情があるなんてことは一切無く、被害者にとっては不愉快極まりなくても、犯人にとってはとても愉快な全面戦争‐センセーションシーキング‐を欲する。

捧げる献花は、甜橙の百合と金盞花‐憎悪の絶望‐。

ショッピングモールから無事に離れたと思った帰り道、彼女は自損事故を起こした。幸い怪我は軽く済んだけれど車は大破してしまって、巻き添えになったら困るような場所に置き去りには出来ないからレッカー車のお世話になった。足止めをされてもここを去らない理由は他にある。親切な人の地図通りに歩いて行ったら、不親切な人のところに迷い込んだ。それは親切な人を装った不親切な人が描いた地図通りが成立しない地図だった。

《今更どうにもならないいつかを取り乱して怖がるのが勿体無くなった。残された時間で、やるべきこととやりたいことをやるだけ。》

《単なる疲れを労わるのと長引く不調を気遣うのでは、持病の発作が起きた時の対応の仕方が全く違ってくる。》

駄目だと言ってしまいたかったけれど、初めてなのだから可哀想だという、否定と肯定の間で揺れて揺れて最終的には容認してしまった。行く途中で渋滞に嵌まったという連絡を受けた時に、《時間というものは私の思うようにならないものだね。》という愚痴に、《それはただの言い訳になってしまって遅刻の理由にはならないよ。》と言ってしまった。自分が許せないことを自分がしたなんて絶対に認められなかった。だって、取る物も取り敢えず不夜城へ馳せ参じれば良かったんだから。そうすれば凍り付き症候群すら間に合わずに、鏧子が鳴るなんてことは無かったんだ。

《金に困ってんなら良い話がある。ちょいと乗らねぇか?》

意見も意思も関係無い、正に宵越しの銭は持たぬ‐マネーイズパワー‐。
我々には現金が必要だから、それを用立ててもらうだけ。警察に連絡したところですぐに分かってしまうし、その結果如何なることになろうと我々に責任はないことを明記して。募集を投稿するハッシュタグには、即日払いとか、高額報酬とか、簡単なバイトとか、運ぶだけとか、受け取るだけとか、稼げますとか、お金困ってますとか、求人募集とか、DM下さいとか、更には堂々と裏バイトとか、厄介な人が持ち掛けるのは読経を必要とした人。世間はほんの一部で流行り出しているとしているけれど、結構大きめの一部で既に流行っていることだとは思うまい。《死ぬのは彼女だけで良かったのに、何で他の人が居たのだろうか。その人達は死ななくても良かったんだけどな。》と、《金が欲しかっただけで誰一人も傷付けるつもりなんて無かった。お互いの安全を考えた結果、恐怖心で黙ってもらってこっちの言うことを素直に聞いて従ってくれれば良かったんだ。》と、ぬけぬけと悪気無く言ったところで、《彼女もその人達も、誰も彼も死ぬ必要なんてなくて、死ななくて良かったんだと思う。》なんて、《体を傷付けなかったら良い訳じゃない。心だって傷付く。加害者であるお前の安全だけで、被害者の安全ばかりかならなくても良い被害者にしてしまっている。》なんて、平然と言う人はいない。逮捕される犯人は複数犯なのに、逃げ遂せる黒幕は一人で、俺達が貰って経済回さないと、なんてお迎えに上がりお出まし頂いても思惑は外れるだけ。
発見された遺体は損傷が激しくて、死に至った経緯さえ不明であり、黒いブロブが彼女だったことしか分からなかった。

捧げる献花は、紅花と白詰草‐特別な人の復讐‐。

とある男は出世頭で独走状態の同期の星と比べ、頭打ちな自身の実績の稼ぎが欲しい為に、無理矢理融資と回収を繰り返していた。ノルマが厳しいが故の強引なリサーチ&セールスは、疑問や懸念を無視してメリットのみを並べ立てる。彼女もプロに言われればそういう方法があるのかって、たとえ違法であっても疑うことはしなかった。デメリットが無いと謳った銀行の融資という借金を、子会社の金融ファイナンスで借り替えさせる導入詐欺。
金融ファイナンスから高金利で借りた資金を実績に協力して欲しいと、フィービジネスでは飽き足らない親会社である銀行へと、強制的なお願いのもとに一定期間預けさせる。一定期間内に銀行が堂々と融資金を回収、金融ファイナンスは知らぬ存ぜぬを貫き、更に担保まで掻っ攫っていく。被害状況が徐々に明らかになるにつれて被害者が増えてゆき、取り付け騒ぎまで起きて声をあげられた結果、親会社は子会社に、子会社は男に、男は誰かに、責任の擦り付け合い。

資金という名の不正献金の洗浄ルートに、暴力団を挟みつつ地面師グループまで巻き込む。不便は便利を知った時に生まれ、人はほんの些細なことでも面倒くさがる、とても煩わしい生き物だ。なりすまし役の手配や演技の指導をする手配師、免許証やパスポートなどの偽造書類の作成をする道具屋、架空の口座の用意する銀行屋、弁護士や司法書士など法的な手続を担う法律屋を、あの冷たい死体‐カタマリ‐の横で寝たいの?と、なんて魅力的な言葉を駆使して。
最上位は上位に上手くやれと言うのではなく、下位に命令して最下位を黙らせればいい。小さな声がどこにも届かないように大きな声で全方面を打ち消せばいい。デキるしヤレれるしスるし、とかげの尻尾の本領発揮。

黒焦げの男と一緒に発見された彼女の遺書には、ずっと一緒、と書いてあった。けれど、彼女の気管には煤が検出され無くて、火が付いた時点で呼吸をしていなかったことが判明した。だから、自殺に見せ掛けた他殺だと思われたのだけれど、第三者が火を付けたように仕向けられた他殺に見せ掛けた自殺、つまり情死だと最終的に判断されてしまった。
本当は殺人だったのに。二人ともが殺された被害者だったのに。依頼された側が依頼した側に向けた、被せて助かることが無いようにする為の伝導過熱火災‐コネクトルーム‐的に命免した保険。ハッタリでもダミーでも嘘でも中身が伴えば両輪が揃ってしまって、狙い通りの証拠と揃った駒へ警告の不作為犯‐ダブルメッセージ‐。

捧げる献花は、ダリアとアイビー‐裏切りと二枚舌で死んでも離さない‐。

彼女は高邁で水鏡みたいな正義感も持ち合わせている。常温に放置されて鮮度が著しく低下した魚を儲けの為に流通させて、諸氏に多発したヒスタミン食中毒。

《聞いていたんですか?盗み聞きとは人が悪い。》

《聞こえてきたんです。余計な詮索でしたらすぐに切り上げますから。》

《話しても信じてもらえない。》

《試しに私に話してみてはくれませんか?何か気になることがあるようでしたら、ご相談に乗れるかもしれません。貴方方の身に何が起こっているのか。知りたいんです教えてください。》

物事には出会うべきタイミングがある。今の私になら話しても大丈夫だと、彼がそう思ってくれたことが嬉しいと。偶然知り合った被害に遭った人達の話を聞いて、彼女は守りたくて放っておけなくて訴えようとしていた。

《そんなに睨まないでくださいよ。被害に遭われたとの報告は、正しくされています。しかし事件だなんて、なんと物騒な。皆さんこんなにお元気だ。何も問題ないでしょう。これ以上、悪評を流し広め我が社を侮辱することは許されませんよ。ご用向きがそれだけなら、どうぞお引き取り下さい。おい、お客様のお帰りだ。》

おとといきやがれと言わんばかり。説明会も会議も仰々しく踊る、されど進まず小田原評定‐ジェネレーションギャップ‐が生じる。警察発表さえも、現段階でこのような情報は表に出すべきではなく、無用な騒ぎを引き起こして捜査の障害になるからと、後手後手に回っていたのは事実だ。

《少しは休んで。》と僕が言っても、氷食症気味の彼女は止まらない。適度な休養をし様々に回復させなければ、何かあった時に付いていけずに取り残されて、何の役目を果たすことが出来なくて困ることになるのは彼女なのに。

《あんなことを言われて、何の収穫も無いのに休んでいられない。こんな大事件があったのに、のらりくらり当たり障りの無い話ばかりで、まるで何もなかったみたいじゃない。間違いを認めないのが一番の間違いでしょう。早急に第三者委員会を設置し原因究明と再発防止に努めて、その話し合いで何とか妥協点を見付けたかったのに、向こうが何も無かったことにしようとしたとしても、こっちは忘れることなんか出来ずに、生きていても本当には幸せになんかなれないのよ。悲しんだ数と同じだけ笑顔が必要なんだから。》

多大なる優しさに無窮の正義感がプラスされて、見咎めたじゃじゃ馬は万斛に加速する。
どうして固執するのか分からないけれど、見抜く精度を上げる為には不足している情報のサンプルがたくさん必要なのは理解出来る。説明下手な方々とその事に関してよく分かっていない彼女の間では、どうにも意志疎通が上手くいかなくて首を傾げる事態になるのは避けたい。だから欲しい情報を手に入れて機嫌が良くなるのならば、悪気がないただの本心だからその方がいいと言い聞かせる。

《後学の為にも自分なりに調べました。》

《我々の為に調べてくれたのですか。》

《盛大に空振りなんてさせたくありませんから迂闊なことは言えませんし、受け売りになってしまいますが専門家‐プロボノ‐の意見を。少しでも助役になればと思って。貴方方が見たもの聞いたものを証明したかったんです。》

過去の出来事に捕らわれて今の事象に自信が持てないからといって、国立国会図書館まで行って漁って調べた彼女に、《もういいでしょ。いちいち首を突っ込んでいては、体がもたないよ。》そう言っても、《心配して言ってくれているのは分かるけれど、私のことに気を取られていないで、貴方は貴方のことを頑張っていて欲しいの。後のことは、私がどうにかするから。》弱音も愚痴も言わないから、いつでも聞いてあげるのに、いつでも支えてあげるから、僕以外の人に甘えないでと、そんなカッコ悪いことさえも言えなかった。

《引用も出典も板書もこんなにたくさん。あまり無理をしないでください。でも、ありがとう。》

《専門家の恐らく無いは、無いに等しいんです。勝手なことを言わないでと言われてしまったんですけれど、話してもらえないのだから勝手に解釈するしかないんです。下手な隠蔽も加工も補正も誇張も、嘘を付いたなんて可愛いものではなく、改竄や捏造なのに。それどころか最早、虚構の世界になっているのに。それを嫌がっているようです。どうしたら本当の話を、気持ちを言って教えてくれるかなって、それが私の悩みになってしまいました。》

調べ終わっても尚、彼女はほとぼりが冷めずに台頭する。

《納得してくれたはずでしょ。貴方が言うほどのことではないのよ。》

《言うほどのことだと思うけれど。意図を理解することと納得することは全く別の話だよ。》

《真意を分かってくれていると思っていたからこそ、余計なことは言わなかっただけよ。関連性とかを調べていただけなの。正式な調査で好奇心や興味本位で嗅ぎ回っている訳じゃないわ。自分が大事でこの先も逃げ続れば、あの人のツケを他の人が払うことになってしまうの。過去は変わらないし変えられないけれど、人は変われるの。変わっても良いって誰かが言ってあげなければならないのよ。》

《頑なだな。結局自分が満足したいだけじゃないのか。》

《貴方がしつこいだけよ。他の人を自分ごとのように考えることが出来るからに決まっているでしょう。》

《その優しさに足を掬われた時に、とばっちりを食うのはこっちなんだよ。》

《事件の教訓を生かさないといけないでしょう。》

何を言ったところで無駄‐オーラ‐凄かったから、そろそろ大丈夫かと思っていたのに、途中で逃げ出すような真似をしない格好付けで頑固者の彼女の言うほどのハードルが高過ぎる。頑張っていることは本当に凄くて、本人は心を満たされているかもしれないけれど、それを見ている僕は頑張りすぎを心配していることに気付いて。一発の平手打ちは痛くて構わない。しかし二発目の平手打ちは予想していなかった。僕が気にしている彼女が気に掛けているのは、絶対的に討ち死にしてしまうような、彼女が疎外した訳じゃなく勝手に離脱した僕以外。

《いつも何かに追われて、むしろ何かを追いかけて、目の前のことしか見えなくなって、精一杯他人のことばかりで。諦めなければなんて無責任な精神論は、気を配り過ぎるのも却って失礼だ。気が付いた時には大切な何かを無くしているかもしれないから、あまり夢中になり過ぎない方がいい。退くも勇気だよ。》

被害者を悼む気持ちと被疑者を憎む気持ちとで、板挟みになってどうすることも出来なくて、受け入れられなくて居辛くなって、出ていかなければならないと選択を迫られて、それで何も言えなくなって、忠告じみた捨て台詞しか吐けなかった。好きだから信じて欲しいと言われたけれど、好きだからヤキモチを焼いて、焼け切ったら殺意になるのだろうか。それともその殺意はいつかヤキモチに替わることはあるのだろうか。
しかしながら、決して悪意は無いけれど悪いことをしたのだからと、形だけの謝罪をもぎ取った。しかし、それが合図となったかのように、在庫一掃セールで一気に晒そうとする強火の配信者を筆頭に、様々な媒体でまるで犯人かのような見出しで炎上したけれど、悪いことには変わりないのだから批判は至極当然、酷いことを言われてもそれは貴重な意見、酷いことをされてもそれは身から出た錆、事が公になることで上に立つ人間だからと責任を取る必要があると考えるのは自然、目を逸らさず真正面から真摯に受け止めなければならない。しかし、責任を取ってという理由で勝手に辞める事なんて許さない。だって、いつだって燃やせるように種火が必要不可欠だから。
けれど、吾唯足知とは無縁の匿名という名の悪意ある批判‐スピーカー‐は、自分の発言に責任を持たないことを持ちたくないことを同時に発信しながらも、剝き出しに大音量で曝け出して、完膚なきまでに傷付けて、いつまで経っても収まることを知らない。それどころかどこからともなく燃料は投下され続け、何でもかんでも面白可笑しく暴いて書き立てて、万が一もあり得ても沈静化なんてせずに、消し炭になっても胡散臭くても情報をくれる方が正義だとして、焦げ臭さはいつまででも付き纏う。
挑発に乗ってはいけないけれど、調子に乗らせてもいけない。個人的な良心を満足させる為に告発するなんて、この俺を危険に晒すことを許してはならなかった。

当事者でもないのにも関わらず、身を投じた彼女は目立ち過ぎた。
暴いて会社を告発しようとしたら会社によって逆に偶像を守る為に消される判断され、ワクチンではなく坑ウイルス薬が必要と分析され、未然に食い止める為に自ら口を閉ざすことを実行された。何故なら、誰も彼もの目の矛先を逸らすその場しのぎで浅はかだけれど、隠蔽に奔走したところで隠し通せることでもないけれど、連日の報道などで大っぴらに広げることでもないからだ。
出来ない理由を考えるより出来る方法を考えた方が建設的で、突かれてしまう弱点があっても見ようと目を向けなければ見当たらないのは当たり前で、嘘では無く誇張しているだけで騙すつもりのない文言を加えて、台本という指示文書を削除して、アドバイスという演出を作り出す。永遠に手遅れになるように二度と誰も読めないように。それは、正解でもないけれど決して不正解でもない。

《抗議に来た女がいるんですよ。今更蒸し返してどうなるというのか。代表商品からロングセラー商品へしていかなければならない時に。私に火の粉が飛ばないようにして欲しいのですが、何か方法はありますでしょうか。》

《君の邪魔者を消してあげても構いませんよ。その代わりといってはなんですが、私の邪魔者を消していただいてよろしいですか。》

肩書きは重くなったのに小さな不正をネタにもっと大きな不正を強いられて、誰かの風下に立つ気はない人に対しての立場は軽くなる一方で、一度きりの約束で引き受け請け負ったけれど、共犯であることをバラすと脅されて後戻りさえも出来なくなった。儲けさせるか世界から抹殺されるか、どちらか選べだなんて。選べる訳が無い。何故なら最初から選べる立場ではないのだから。

《交換殺人なんて、そんな怖そうな条件じゃありませんよ。これでお互いに欲しいものが手に入るだけですよ。安心してください、気付かれそうになったんですから、誰だって口封じしますよ。十分過ぎる理由です。良かった、君が共犯者で助かりました。》

派手な格好をしている買い物好きという雑貨屋が、犯罪の道具を仕入れてにわかに犯罪の計画を立てる。先行する正義を掻い潜る訳だから、後攻の方が何かと有利だろう。自分の思い通りに進むのだろうかと心配してしまったけれど、思い通りに進める為にするのだと思い直すことにした。追ってがかかった時の為に、証拠は消したと嘘を付いて保険をかけておくことも忘れない。嘘は身を守る為の最大の手段でもあると教わったのは、専門的で高度な知識を悪用して事故を装うことを提案した交換先の人間である。

彼女が毎週のように通っている市井のワークショップへ、この間は悪かった。言い方がキツかったから。と言えないままの送り出したある日の帰り道。突き落とされたにみえたが指紋も掌紋も発見されなかったから、第三者が介在した可能性は否定されて、情況証拠による事実認定が出来ると判断され、高エネルギー外傷による事故死‐コリジョン‐と目されて、最終的に警察もそう結論付けた。

《何となく彼女が無理をしていたのは気付いてたけれど、彼女の厚意に頼りっぱなしになっていた。いつかこんな風になってしまうのではないかと思っていたけれど、彼女の行動力が無いと裁判へなんてとてもじゃないけど辿り着けないから。見て見ぬふりをしてしまった。切りのいい所でもう帰っていいと言えなかった。君が恨むのも無理はないね。》

しかし、僕は違うと確信がある。何故なら足を滑らせただけで落ちる高さではないからだ。人が居れば必ず痕跡は残るのに、それが無いのは誰かが意図的に消したということに他ならない。抵抗の痕だって発見されなかったから、不意をつかれてしまったんだと思わざるを得ない。

捧げる献花は、紫陽花と睡蓮‐貴方は冷たいと言う彼女と彼女に冷淡な態度の僕‐。

彼女は君子の九思を実行しながら、信仰深い一面もある。他人を救いたい気持ちが事欠かないからだ。
しかし彼女自身の磁針が揺らぎ、自信は地震で時針は定まらなくて、僕は止めようとしたのに彼女はその呼称に頼ってしまう。最初の内は、《貴方が寂しくならないうちに帰ってくるから。》なんて言っていたくせに。《離れていた方が優しくいられるの。安易に近付けば言わなくていいことまで言ってしまって喧嘩が増えてしまうから、たまに連絡するぐらいの距離感が丁度いいわ。》なんて別居みたいな言い訳をしていたくせに。《何かあったら相談して欲しい。と言った覚えはある。覚えているかい?》《まるで頼りがいがある人みたいな言い方ね。》なんて笑っていたくせに。彼女の為ならば何でも出来ると思っていたのに、僕に相談するまでもなく、パンと手を打ち言い合い睨み合っている僕と彼女の間に割って入って、彼女の悩みに答えを出して応えてくれたのは教団だけ。《教祖様がいらっしゃれば心強いの。》と、《僕だけじゃ心細いのか。》と、《甘えたいと思った時にどんなに甘えたとしても、振り払われることはないと分かったから、教祖様には素直に甘えられるの。》と、《教祖様とお会いして初めて分かったの。私が孤独だったことに。》と、《私の人生が幸せだと証明出来るのは私しかいないのよ。》と、そんな風に言われれば僕はもう何も出来なかった。彼女が残した教団から特別に授けられたという彼女が心酔していた教祖様の写真は、視覚では写真そのものなのに、感覚では生々しく見詰めてくるような気がしている。
彼女はもういないのに、苦手だけれど彼女の為に一生懸命手作りする料理がやっと二人分を目分量で出来るようになったのに、その帰りを待ちわびて玄関の方を見てしまう癖は抜けなくて、ドアの開閉音を聞く度におかえりが聞こえないのもただいまを聞けないのもとても不思議な気分だ。彼女との楽しい旅行だって帰りたくないなと思ったとしても、帰っても彼女がいるから帰るのもいいものだと思えていたのに、一緒に帰れないところへ一人で旅に出てしまうなんて。
もう二度と会えないから、会えるその日を待つことなんてもう出来ないから、もう一度だけでも会いたいと救いを求める。けれど僕が救われたら、その代償を払うことになるから、彼女はもう来ないのだろうか。

カルト教団には三つ揃いスーツで決めた専属の顧問弁護士もいて、経済界とか政界とかのそうそうたる重鎮に顔が利くと吹聴して、公正証書遺言で善意の神聖な寄付‐モスク‐と偽り、フィンテックも取り入れていとも容易く、巨万の富を活動資金として調達しまくる。自分達が使う為に他人が稼ぐことは当然で、救われるという先入観と自らの仮説を証明する為に、ちょっとした違和感に眼を瞑り自分に都合の良い情報だけを集めてしまうことを利用して、寂しさにもつけ込んで、優しい人であり孤独からの救済だと思い込ませて、情報を隠蔽しまくって考えても考えても正しい正解が出せないようにして、それでは当然のように選択肢を誤り失敗する。そうなれば、失敗しない為にもこちらに委ねて任せなさいと、二度と失敗なんてさせないと、意思を誘導して思考を操作して決定権を依存させれば、容易に心なんて絡め取れる。余殃など誰かが信じるのを待つのではない、誰も彼もを信じさせればよくて、静かに侵食していき根本から瓦解して、棄教させたり改宗させてまで入信させたら最後、年季が明けることはなく退化するという進化をさせて、手を切らせることを出来なくさせる。

それでもごくたまに、いや結構な確率で、肝に銘じたはずの教えに背き異を唱える者が出てきてしまう。だから、降臨された教祖様を崇拝する思いを踏みにじり、教団の調和を乱す敵に回った邪悪な存在とみなし、想像してください、文句や批判ではなくて良くなる為の意見だからと、憎んでもいいと恨んでもいいと、敵意や憎悪‐ルサンチマン‐を抱かせる。周到に計画して囲んだ書割へそれが浸透した時に、衆人環視下に置いて心の底から疑わせず、鉄槌を下すという崇高な使命を暴力沙汰の悪事と思ってはならないと正当化し、正々堂々として募らせた思いを隠す必要はないと、孤独を恐れていた者を誰かと語り合いたいと思わせるほどに孤立させる。芽を摘むという行為そのものが命を救い、同時に数奇な運命に別れをも齎す。
そして、神格化した教祖様のお言葉として、《教祖様が殺せと仰る時は、そいつはその時期に来てしまっている。そいつにとっては一番良い時期であり、君は人助けをして得を積むことが出来る。教祖様の為に死ぬことが出来るなんて、とても光栄なことだからね。ただし、教祖様が殺せと仰るまでは勝手に殺してはなりませんよ。》と、《他人の幸せな姿を見てそれを祝福出来るかどうかで自分が幸せかどうか分かる。祝福出来ないのは、まだまだ得が積み上がっていないということだ。積み上げれば積み上げるだけ、未来の自分が過去の自分を守ってくれてありがとうと褒めてくれるでしょう。》と、《もしカルト教団だと見られているならば、あらゆる理不尽に対して逆に利用してしまいましょう。表向きは嫌な奴だと恐怖を植え付けることが出来れば、教祖様に盾突く輩を排除出来ますからね。それも巡り廻って、得を積むということですよ。》と、《人間が快適な暮らしばかりを求めた結果の文明には、人間が生き残る為に進化するよりも早く、地球の歴史は崩壊して破滅の道を歩くことになってしまう。自然に対して人間が致命傷を与えてはいけないのですよ。》と、《教祖様は何があっても君達に尽くされる。しかし、君達にそれに応えるだけの覚悟はありますか?》と、《指示に従えない上に周囲との連携が取れない者など、何を起こすのか分からなくて危険で、考えを悔い改めなければ、教祖様は大事なところでは使ってくださらなくなりますよ。》と、《持って生まれたものは決して平等ではありません。持っている人は更に多くを持ちチャンスに恵まれ、持たざる人は更に奪われ続けピンチに陥る。追い風というものは、そのまま勢いをつけてくれはしますけれど、それ以上には上がらず平行を保つだけです。しかしながら落ちないようにだけ気を付けて、向い風や逆風ならばもっと上がるチャンスです。ただ待つだけか自ら赴くかは決められますから。進歩していくか停滞しているか。さて、君はどちらになれますかね。》と、《不安でも迷わないで望めばいい。教祖様がどのようにでもいかようにもして、救いの道を示してくださる。》と、《自分が自分を見失いそうでも、いつだって教祖様が思い出させてくれるのです。》と、《教祖様は、その御姿さえ別次元ではありますが、完璧な人間がいるとしたならば、それは失敗から学んで得を積み上げてきた人であるのです。》と、何事も言い切ってくれる明確さに救われ当たり前のことを改めて教えられたと、伝統と格式があるものだと、法則性も合理性も欠けていたとしても、素人が作った学芸員ばりの教義を信じ込ませる。宗教法人という調印式ばりに手に入れた紙切れでも御国の許可証というのは、案外役に立って存外に効き目がある必罰信賞だ。

初めからグイグイと追い詰めれば信頼を築くことなく失い拒絶されて迂闊に手が出せなくなってしまうけれど、たとえば狭い田舎であっても、最初は邪見にされてもにこやかな笑顔で、不便を解消してあげて、話の相手をしてあげて、ちょこっと仕事を手伝ってあげて、何度も通えば、ほらもう顔見知り。余所者はすぐに分かると自信満々であっても、入念な下見の上で殺人の間隔が短くなっていても、営業で回っている営業車ならば、嘘が炸裂してもそれはもう不審な車ではなくなる。お番菜で囲まれたのどかな集落は真綿で首を絞められ、陰謀論を唱えても八百万の大多数が取り込まれた後。占拠され乗っ取られて相容れなくても、もう遅く大きな渦の中で沈んでいって、殉死‐オーバーツーリズム‐で手遅れ。

《本当の姿も知らないまま、騙された状態で健気に仕えさせられているとは、なんて可哀想なのでしょうか。》

売れっ子のジャーナリストは事件で飯を食って、使い捨てのライターは事件を食って生きていると評される。それは、皮肉としか言いようがない。もしかしたらくるかもしれないクレームの為に、まだ何も起きていない内から自主規制‐バイナリデータ‐として記事を差し替えることが横行して、クレームさえ対処したくないから揺るぎない信念を持って追及すらしない。敵が大きければ大きいほどマスコミは真実や主張を規制する方向に働いてはいけないのに、正義という気持ちに蓋をして視聴者に気取られないようにすれば、約束された将来を棒に振るような馬鹿な真似をせずとも取り入るのは簡単。顔色をうかがって真実をねじ曲げ、ジャーナリズムの欠片もない忖度という名の嘘の海に真実は沈められ、起きることがない世界が起きるまで待とうキャンペーンを実施する。
組織の保身を優先しないことを問題にする部署ではないとか、止めても無駄と分かっているから逐一報告だけしろとか、ビギナーズラックでも手柄は手柄とか、いくら貢いでもその他大勢のファンであるあんな思い上がった奴等と一緒にしないでいただきたい、特別なのは私だけと調子の良い事を言って、今からお見せするものに関してはどうかご内密にと送り狼をスクープとして出しても、同業他社は、今回の熱愛報道について双方の事務所は、プライベートに関しては本人達に任せていますが、今回のこの一件については本人達が否定しておりますので、本人達の発言を信用し慎重に対応致します。とコメントしており、今後それぞれが公の場でどのような発言をするのか注目が集まっている。と何とも無難かつ他人事。この件は任せて頂けるのではなかったのですか?と丁寧にお伺いを立てても、取材の申請は自由だが許可は出さないとか、何も見てない以上口外は出来ないとか、事実だけれど思ったことを口にしてはいけないとか、担当を差し置いて謝罪には行けないとか、昔の誼で値引きしてあげてもいいけれどこっちに協力してくれることが条件とか、こっちだって頼まれてんだから頼むよとか。無責任にそう言われたことは記憶に新しい。広がる波紋に対して、誤解だからとやりたくない仕事を引き受けるより、今のは視覚情報百パーセントだから間違うことはないと今の何倍も働いて、今更いくつか増えたところで誤差という手をつかう。

《始めまして。》

《初めまして。》

評判は決して悪くはないが良くもない。それとなく探りを入れてみようか。法律の網を掻い潜り演じる為には、知識が必要不可欠で法律を良く知らなければならない。隠すより現わるスクープの火元には私がなりたい。火のない所には煙が立たないのだから。

《これだけ門構えが大きいと立派ですね。》

《小さい草廬ならば立派ではないということでしょうか。》

《何ですか、その言い方は。》

《すみませんね。貴女のように可愛く言えずに。》

存在感の無い記者の端くれだから大きさしか褒めれなかったという皮肉か、存在感が騒がしく本当に褒めるところが大きさしかなかったという謙遜なのか。格下の私が気にしなくていいように、負けて悔しい演技をする為か小さく苦笑いを浮かべていたから、それに応えて格上の私は気にしていませんよと思わせる為に大きく笑みを浮かべる。

《噂が飛び交っていますよ。》

《それは光栄なことですね。やっと噂話をされるぐらいになりましたか。注目度というのは賭けられたチップのようなものです。我々の信念が認知されることによって、救われる人々が増えていくのです。》

顧問弁護士の男は女が一度は好きになるようなイケメンだ。けれど顧問弁護士は女には興味がない、というか、男女問わず恋愛とか家庭とかそういうものは所詮、共同生活という檻の中での個の集合体に過ぎないから興味がないようだ。けれど、教団は教祖様がいることで一体となれるらしい。やんごとなき方々の考えや持論は、分からないしきっと分からない方がいい。

《ネタは結構あがっているんですよ。この教本も教団にとって都合の良いものでしかない。嘘も虚栄も虚偽も見栄も、真実を隠し称賛を得る手段として使われますからね。海鮮丼のように一発かませ一石と投じられる新奇なネタは多い方がいいのですが、私達記者にとって情報とは飯の文案‐タネ‐であり、スクープは世に出すタイミングが命なんですよ。》

《勇猛果敢な三流雑誌に観測気球的な記事を、自信満々かつ鼻高々にスクープと言われましても。一体何がおっしゃりたいのでしょうか。》

人の裏なんて分からないから自分の信じたいものを信じればいいけれど、ゴシップは新聞と違って作られてしまうもので、正確な情報を適切な形で報道しなければならないのはこちらだと。明らかに敵意を持たれていて、それが理不尽なものか謂れのあるものなのか事情を知らなければ庇うことも言い返すことも上手く出来ないし、目の敵にされる理由が分かれば近付かない方が良いし避けやすくなる。
と、普通の人間、というかまともな会社‐トコ‐ならそういう考えで手を引かせるだろう。指示待ち人間と揶揄するのは、指示されるまでもなく動いたら指示に従わずに勝手に動くなと言われ、追って連絡する事後報告ではなく事前報告だとして一報を入れたら指示を待てと言われる。ミステリー小説の読みすぎだと言われたところで、否定など出来はしない。ミステリー小説の編集者でありそういう仕事であるから、それが通常営業。揶揄するのは前途洋々、揶揄されるのは前途多難。

《善意な寄付と偽り全財産を絞り取られるとか、退団される方が続出しているとか、故郷を乗っ取られるとか、殺人を強要されるとか。弱さにつけ込んで一族丸ごと。親まで逃げたら子供に何をしでかすか分からないから、子供だけでも逃がす為に通り掛かりの見ず知らずの人に託す親だって現れているんですよ。》

《残念ながら退団される方もいらっしゃいますが、信者の方がどんな決断をしたとしても教団は味方ですよ。こちらも残念ながら亡くなられた方もいらっしゃいます。ご家族の方は、信者の決断も優しさも迷いも何も気付いてあげられなかった、話そうとしていたことを聞いてやれなかったと、巻き込みたくなかったとしても話して欲しかったと、後悔の念が絶えません。信者は気付かれたくなかっただけなのですがね。死ぬほど苦しんだ方は途轍もない痛みを知っています。それを他の方に強要なんてしません。寧ろ、痛みを知らせないように気遣ってしまって更に苦しむんです。しかも順調であればあるほど破滅への入口なのではないかと怯えてしまう。自己犠牲でしか価値を見出だせなくなっている方に、他の方を大切にするのと同じようにご自身も大切にしてもらって自己犠牲は諦めてもらうのです。》

遠くで話を聞いていても近くで見ていても、真正面からぶつかりはしなけれどどこからも交わらずに、のらりくらりと躱わすその秘密主義は、至極ミステリアスに映って、知りたいという気持ちがカリスマ性に繋がるのだろう。モテ男が広告塔ならば切り替えより上書き出来そうだ。組織に馴染まず牙を剥く一匹狼でも無く、教祖様が寄り添ってくれると信じられる。いや個人的感情の先入観で擁護しているんじゃない。経験則として理解しているだけだ。

《では、得を積む修行‐ニンム‐という犯罪は否定されると。》

《その言葉の響きは好きではありませんね。我々はそんなことはしませんよ。》

《私もそう思いたいですよ。全面的に疑っているわけではありませんが、まだ全てを信じられてもいません。ですから、真実を記事に出来るように、真実として確信が持てるように、真相の究明として洗いざらい話をうかがいたいんです。真実は変わることはありません。事実を無かったことにもしません。》

《なんだか悪意のある言い方ですね。主観と客観で認識に差があることは多いのですよ。我々は強制など一切していません。周りの方がどんなことをおっしゃろうとも、教祖様の教えに共感し賛同し選択し教団を選んでいただいたのは信者の方自身ですから。貴女には関係のないお話かと思いますよ。》

《騙す人間がいなければ、騙す人間さえいなくなれば、騙される人間もいなくなるんです。貴方方の計画には関係のあることですよね。》

《それは我々の計画というものではなく、貴女の妄想ではありませんか。断片的な情報を元に想像と推理を繋ぎ合わせ導き出して、貴女が悪だとして見ているものは、実は見かけ倒しかもしれないのですよ。補足と訂正をするのならば、どんな良い聖人でもあったとしても、一部分を悪意を持って切り取れば悪人に仕立て上げられてしまうのです。嘘なら話を盛る必要もありませんし、形の無い敵というのは厄介極まりません。》

《知るべくして知る偏りの無い確かな報道で、真実を晒すことは脅迫ではありません。救われた、そう思った信者の方がいたことは嘘ではないでしょう。けれど、全部が本当でもない。掴んだ事実を暴いても世の中が良い方向に変わるわけではないし、むしろ救われたかったと不幸を増やしてしまうかもしれない。それでもそれを報道出来ない世の中ではいけない。》

《救われない方がいらっしゃるのはいけませんね。我々が命を賭ける覚悟があったからこそ、信者の方は命を賭けて我々に時間をくれたのですよ。人は自分自身の常識でしか人を測ることが出来ないようですね。貴女も貴女の常識でしか教団を見ることが出来ず、救われない貴女を教祖様は悲しまれるでしょう。》

《新聞やテレビが取り上げなくなっても事件は終わってなんかいない。誰かが真実を突き止めないといけない。それで誰か一人でも救えるかもしれない。苦しくても辞めたくても、終わらない事件が放してくれない。真意を問い質し、嘘にされた真実が叫ぶ声を文字にする。それがジャーナリストというものです。》

《ご立派な使命感をお持ちですね。》

《お褒めに預かり光栄です。では、聞きたいことがたくさんありますので、答えてください。》

《信者の個人情報を勝手に話す訳にはいきませんよ。顧問弁護士としても、教団の信者としてもね。貴女にお話しすることはもうありません。》

《私には聞くこと、いえ聞くべきことがあるんです。》

《徹底的に調べると仰るのでしたら、隠されていると思い込んで探し回るより、お互い時間の節約をして無駄を省きましょうか。貴女の質問の全てに対してお答えする義務はございません。》

《たとえ、私が死んでも貴方方の犯した真実は消えないし、償わない罪は永遠に残り続けるんですよ。》

《計画的な無鉄砲は嫌いではありませんよ。ですが、忠告には従った方がいいと思いますがね。》

何の収穫もなく追い払われただけで、結局振り出しに戻り何一つ分かっていないことに変わりはない。だけれど、真正面から圧力を吹っ掛けてくるだなんて、黒だと白状して白ではないと自白しているようなもの。何も起きないに越したことはないけれど、事が起きないことには、いやもう事が起きてしまっているかもしれないから。距離を詰めれば逃げられるのが真実とばかりに、今度は周りから攻めてみようと信者に話を聞いて回ったけれど、これといった収穫はなかった。いつ、どこに、どんな人間が集まるかぐらいは把握出来たけれど、石垣のように積み上げた信仰は崩れにくい。

《ご忠告申し上げたはずです。ですが貴女の行動力は、色々考えているようでまるで何も考えていないのでしょうか。》

《貴方方は欲が無く何も考えていないように見えて、腹の中で色々と考え過ぎなのではないですか。》

《突然カメラを向けられて驚いたと言っていましたよ。ご自分の考えを証明する為の言葉を聞き出す為に、信者を付け回すのは止めていただきたいですね。》

《私はジャーナリストです。立派な使命感を持っていると言ったのは貴方ですよ。貴方が私に言ったことです。忘れたとは言わせませんよ。》

《ジャーナリストが取材の為だと言えば、何でも許されるとでもお思いですか。》

《貴方が逃げ回っているから、仕方なく信者に聞く為にここまで来ただけですよ。》

《カメラも行動も、些か勝手が過ぎるのではありませんか。》

《証言を後で文字にしなければならないから、録画させていただいているだけですよ。他に他意はありません。》

《書いても決して世に出すことのない、貴女の為だけのファンタジー小説のことですか。》

《私は別にそんなものを書くとは言っていませんが、貴方方が読みたいと仰るのならば書いてみましょうか。》

《読みたいとは一言も言っていませんよ。》

《読めないくらい下手くそだと言いたいんですか。》

《まだ何も言っていませんが。》

《まだっていうことは、言うつもりだったんじゃないんですか。》

真似をしても二番煎じ三番煎じと薄くなるだけだし、圧倒的な題材でも盗まれることは日常茶飯事。先制攻撃で棘を忍ばせ要請の妖精を養成されれば、情報を開示して周りに見せたとしても盗んだ人のものに似ていると抗議され、自分だけのオリジナルを見付けないといけないと指摘される。題材が良ければ無名という理由だけで、当然のようにすり替えられ、本人も知らなかった才能として人物と作品がセットで、ヒットでもして話題になれば連載にこぎつけたとしても、すり替えられた執筆専属の影武者‐ゴーストライター‐を強要されて、棘の道は針の筵となりすべての権利を奪われる。もてはやされたり注目を浴びたりと無名ではあそこまでの脚光は得ることが出来ないのは当然であるけれど、無名であっても名前が世に出なければ売れない地下アイドル止まりと等しく、露骨に贔屓を受ける奴が居たからだって理解などし難く、嫉妬や妬みや憎しみの感情は湧き出続けて、近くで見さされたあげく引き立て役にすらなれず、奴が上に立つ為の踏み台されるなんて納得しない。奴が表は当然だけれど裏も完璧でなければ、私は認めないし認められる筈がない。なんて、若さ故の思い込みで過剰に意識することはない。どっちを優先するのではなく、どっちも優先すればいいだけのこと。光でも闇でも目が眩むのならば、魔王直伝といわれるような相応しい罰を与えればいい。

《この堂々巡りはさておきましょう。いくらなんでも信者の過去や思いに、貴女が立ち入る権利はないと思いますよ。》

《勝手にさておかないでください。この状況が続く限り疑い続けることになりますよ。貴方の目の届く範囲で私を利用するか、貴方の目の届かない範囲で私の好き勝手にやられるか。どちらがいいのでしょうかね?》

《情報をどこまで抑えられるのか、貴女がどこから暴走するのか分からないならば、仕方がありませんね。》

不審者の内偵は全部見えないから未完成であり、教祖様を裏切るのではない、教団の潔白を証明する為だと。

《勝手に付いて来てもいいですけれど、邪魔はしないでくださいね。》

《何故、誘ってくれたんですか?》

《何故、誘いに応じたのですか?》

ふふっ。と笑い、本当に来てくださるとは思いませんでした。と愉快そうに言った。だったら何故呼んだ?とイラつき突っ込むのを何とか抑える。

《お手伝いしましょうか。》

《結構です。》

即座プラス無下に、無理だと却下されてしまった。目の前の顔を見なくても最初からお断りされることは分かっている。手を貸す方の意見として、一応述べてみただけにすぎない。

《ならばお手並み拝見ということですね。》

《ええ、受けて立ちますよ。》

安全な所に身を置いたままで事件の真相に迫るなんて出来やしない。四方八方から邪魔が入るのは、事件の裏にある闇が深くて隠そうとする力が働いているからに違いない。道案内をしてくれているのか迷い込ませる気なのか分からないけれど、必要とされているなら行くしかないと私の執念深さに火を付けて、手の届かなそうな所でも手を伸ばし続け、地べたを這いずり回っても闇に手を突っ込んでも、オーラスの立場だからこそ掴み取った真実を命懸けで記事を書く。真実を捻り潰されることなく公にすることが、顧問弁護士‐ジョーカー‐を浄化することが。《逃げる方法は生きて教団を出るだけじゃない。一度救われたら二度と救われなくて。だから楽になりたかった。それが死ぬことならばそれでもいいと思った。》と、生涯残る悔いを最後に言い残したあの人に捧げる。こっちへ降りて来いと言われたって、そっちが登って来いと言い返す。《腐れ縁であっても一緒でないとつまらない。》と、自覚を教訓にして、受理された申告罪の告訴を取り下げるなんて真似はしないし、一緒に地獄の底になんて落ちてもやらない。むしろ地獄の底から引き摺り出して、怒気を孕んだすべてを暴いてやる。

《目の付け所が違う上に、目敏いあの頑強‐バイタリティー‐。殺すには惜しい存在ですね。潰してしまうよりも手を組む方が断然お得でしょうから、取り込みましょうか。》

まかれたのではなく敢えて泳がせただけと強気でも、精を出した尾行に夢中で尾行に気付かず、秘密に手をかけたから引き金を引かされて、誘き出される罠。開く前に音も無く、それでいて解錠音かもしれないと思っても、ノックどころかこじ開けられてもその形跡すら無く、スルリと即座にカチリと施錠音がして、気付いたら誘い出すはずが、知らず知らずのうちに一枚上手の罠に嵌まる。
チャイムが鳴ってドアスコープを覗けば、《ご在宅でしょうか。》と顧問弁護士がいた。電気も点けずにいたから居留守を使おうと思えば使えた。けれど、手に持っていたICレコーダーを落としてしまって、その音で居留守の選択肢が無くなってしまった。いや、そうじゃない。

《いらっしゃいますよね。ドアを開けていただけませんか。》

《何故ここが分かったんですか。》

ここは私の自宅だ。名刺には電話番号とメールアドレスしか連絡先は載せていない。

《お電話差し上げたのですが繋がらなくて。いつもは折り返しくださいますけど、それもなかったので心配になりまして。》

《質問の答えになっていませんが。》

今は会える状況ではない。というか、こんな時に限って最も会いたくなかった。

《開けて下さったらお話しますよ。》

自宅を知られている理由を知っておかなければならないから仕方なく玄関扉を開けると、《私から聞いたと言わないで下さいね。》と前置きして、教団から帰る私をつけてストーキングしている男がいることに気が付いて、《ただの通りすがりの者で決して怪しい者ではありませんよ。》と怪しさ満点で男に声をかけた。《俺なんてどうせ弱肉強食の世界で勝てないのだから、これくらい手に入れたっていい。》と、持っていた目線の合わない私の写真に男の理由の全てが写っていた。《ストーカーなんて、結婚と恋愛の間に横たわる悲劇でしかありません。手に入れたいなんて、それは愛でも何でもないのではありませんか。》と諭して、踏み切らせることなく踏み止まらせ、正式に私への想いを辞退させた。その時に自宅を知ったというのだ。《貴女に恩を売ろうとして助けた訳ではありませんよ。煩く騒がれるとご近所迷惑でしょう。お利口に黙って欲しかっただけですよ。》などと、そんな妙に生々しくて正に実用的な偶然あってたまるか。

《どうかされましたか。何かありましたか。》

ドアを開けたまま、閉めることもなく、追い返すこともなく、突っ立っている私。開いたドアの向こうで、それ以上開くこともなく、入り込もうともせず、心配そうな眼差しを向ける顧問弁護士。結構な至近距離だけれど、お互いに動く気配は感じられない。

《何がありましたか。》

《どうしてですか。》

《そんな顔をしているからですよ。》

どんな顔だ。と言いかけた言葉を飲み込んで。すぐに帰りますのでお茶など結構ですどうぞお構いなく。と言いつつ居座る気満々。変な見返りを求められる前に返したいから、ストーカーを追い払った貸しを返そう。

《普段は元気一杯な貴女でもお疲れのご様子。火が消えたように落ち込んでいるではありませんか。やはり来て良かった。そんな貴女を一人にしておけませんから。》

《私が熱心な理由、分かっているんですよね。貴方方を憎む私を生かして殺さない理由は何なんですか?》

《我々には貴女を憎む理由が無いからですよ。しかも殺すだなんて。気付いたと思い込んでいるのならば、知らないふりをする理由は何でしょうか。気付いていないのならば、貴女の優れた感覚を鈍らせている理由な何なのでしょうか。》

《やっぱり知っていて黙っていたんですね。》

《貴女から話してくれるのを待っていただけですよ。訴えられるような危ない橋を渡るにはよくよくの理由があると思いましたから。しかしながら、過去や思いに立ち入る権利はないですからね。》

《随分と根に持っていますね。》

《記憶力が良いのを活かして、事実に反することを訂正しているだけですよ。》

昔話でもしましょうか。と、顧問弁護士は物憂げな表情でおもむろに話し出す。

《回り続ける時計の針を見ていると、その時間は永遠にその関係は悠久に、続くものだと続いていくものだと錯覚してしまう。けれどね、消えてゆくんです。積み重ねられることなく忽然と姿を消して逝くんです。》

銀湾に掛かる月虹を見ながら、万感の思いで一献傾ける可惜夜を盗み見る。一杯だけを一杯飲みながら、誰かが来るものだと思われていたその向かい合った空白の席には最初から来るはずのない、大人びた顔をしながらもあどけなさが残っていて、最後の対面の時も変わっていない様に見えていた、扇子のセンスが抜群な待ち人が、最初からそこには居たのだ。

《何で私にそんな話を。》

《誰かに分かっていて欲しかったのかもしれません。気持ちに蓋は出来ても消えませんから。教団のみんなは誰も知りません。もちろん教祖様です。教祖様は何も言わなくても分かってくださいますから。貴女との、二人だけの秘密です。》

目が合って伸ばされた手を、思いっきり振り払ってしまったので、どのように声をかければ良いのか分からなくて、纏わりつく空気が気まずい。

《申し訳ありません。貴女を救い幸せにしてあげたいのに、我々の存在が一番貴女を傷つけて苦しめているのでしょうね。》

こんな時の手はいくらでもあるのに、頭の回転を使えなくて、合わせる顔がなさすぎて、結構居た堪れない気分。

《教団に何かあると嘘を付いたように期待させて、仕事のフリをして貴女に会っていたのを、いつか後悔してしまうのではないかと怖かったのです。けれど、いつかその時が来ても受け止める覚悟が出来たと思っていたのですが、結局こんなことしか出来なかった。やはり貴女に拒まれるのは堪えますね。》

《謝らないでください。大切な人を殺した奴を憎み復讐を果たす時を、何度も何度も思い描いて終わるような人じゃないと、私が信じきれなかっただけです。》

目の前に立っていたとしても目を向けてもらえなければ見えていないのと同じことだと、毛嫌いされて突っかかられるよりも関わらないように避けられることの方が辛いと、歪むその表情は私が見てきた印象とはまったく違って見える。たった一面を見ただけでは人を判断することは出来ないというのはこういうことか。

《断る理由が無いからといって承諾する必要も無いのですよ。》

《最初から貴方を疑うという答えは存在しなかったんですね。》

勝てる見込みが無いのならば、皆が救われる道を選ぶしかない。それが見逃し諦めて逃げることになったとしても、それは傷を抉った名誉の負傷である。死にたくないと生きたいは違うし、死にたいと生きていたくないも違う。いつも自分勝手に突き進むけれど、今回は自分の為ではない。やられたな、参ったな、あの人に騙されるなんて。サプライズ好きも考えものだ。

《違う世界でも貴女が幸せならばそれでいいのですけれど、見ている限りではそうでないことは明らかです。貴女をその世界に連れていったあの方は貴女を救えずにいる。希望が無いから絶望も無いなんてことは全く無く、貴女もあの方も救いを求めている。だからこそ、今は何も考えないでゆっくり体を休めてください。》

《何でそんなに優しいんですか?今まで散々してきたのに、正体がバレているのに。本当は二度と会うつもりもなくて、嫌われて早く忘れて欲しいと思っていたのに。今更ながら嫌われたらどうしようって。》

《貴女が思って考えている以上に貴女が大切だから、あの程度でそんな簡単に嫌いにはなりませんよ。貴女を大切に思うことで困らせているようですね。すみません。》

自分が苦労してきたから周りの人には楽な道を歩めるように、救われる人生のレールを作って引いて敷いてきたつもりだったけれど、貴女にはその道を通って貰えなかった。自分を追い詰める厳しい道でないと自分で歩いている気がしないのでしょうね。と困ったように笑う。ハードルを越える為の一歩が踏み出せずにどんどん高くなるだけ。追いかけていた背中はやがて越えられない壁となってしまう。

《そんな簡単な問題じゃないんですよ。》

《難しくしているのは貴女の方ではありませんか。》

《私に一体どうしろっていうんですか。》

突き放すような言葉の割に、含んでいる空気は途方に暮れている。知りたくても知らない内に貴方の地雷を踏んで、心の中を土足でずかずか入ってまた地雷を踏んでしまって、再び悲しい困った顔をさせてしまうかもと思ったら、簡単なことさえ怖くて何も聞けない。

《事実をどう受け止めるかは相手次第ですが、事実をどう伝えるかは貴女次第です。貴女が見聞きした教団の真実を書けばいいだけですよ。貴女が挫折して夢に幻滅して通った遠回りな道が、まだ誰も通ったことが無い救いの道ならば、救われた貴女が皆様を道案内して差し上げればいい。》

あの人の過去と私の未来の間に、彼が見付けた今が加わり、理由も無く自分のルールを破ろうと思う。そう思える程に足りないものを補って過剰なものを受け止めてくれる、信者の全ての枷よ棘よ我が身に集え。どうか君達は微笑むように咲き誇っていてと、そんな風に思わせてくれる教祖様は何よりも美しい。
闇に触れて調べているうちに闇に魅入られ取り込まれて、不浄の私が触れてしまったら教祖様は穢れてしまうだろうから、まずは私が清浄にならなければならない。夜空の月は弱々しく雲の向こうに見え隠れしながら頼りなく地上を照らしていたけれど、分厚い雲に覆われてしまっても、街灯‐スポットライト‐があれば大丈夫。最高でサイコな計画に一枚噛ませてもらいたいから、無意識の留め具を外して志願しよう。

《所轄署の者です。ちょっとお聞きしたいことがありまして。》

《あいつ、何かやったの?》

《いえ、お話を伺いに来たのですが、ご不在のようですね。行方を捜しているのですが、心当たりはありますか。》

《ちょっと前にはいたけど。》

《居た、ということはお辞めになったということでしょうか。》

《ああ、少し前に編集長に退職届出していたなぁ。》

まだここへ来ていないのではなく、もうどこかへ行ってしまったようだ。

《そうなのか。近寄りたくなかったし向こうも近寄って来なかったから、何の接点もないな。》

《所謂、ローンウルフってやつですよ。》

《最近は何か熱心にどっかの宗教を調べていたな。ブツブツ独り言を言っていて、ちょっと気味が悪かったよ。》

《ああいうのを使うのは良いし自由だけどよ、がっつりと頼っちゃいけねぇよな。》

個人的に憶測で語られるのは嫌いであるが、情報を開示してもらう場合や意見や感想を求める場合、令状もなしに聞き込みをしている立場であるから、拒まれるよりはあくまでも可能性だったとしても、するとかしないとかの話ではなく、出来るとか出来ないとかの話であっても、色々な情報が集まるのは有難い。

《お忙しいところご協力ありがとうございました。》

行方不明になっているジャーナリストの携帯の位置情報の開示請求をしてみたものの、今は電源が入っていなくて役に立たない。ただ電源が入った瞬間があったのは間違いないのだから、過去の電波記録を当たることにした。あの教団は最初からきな臭い。顧問弁護士だって、一度不貞を働いた配偶者を殺した疑惑で捕まったものの無罪を勝ち取り、悲劇の被害者なのに狂気の加害者だと警察や世間に思われた不幸な弁護士として、教団に救われたと拍付けして顧問弁護士の座に収まっている。初めはのらりくらりと曖昧な供述で意図的に疑いを持つように仕向け、裁判が始まってから1枚の写真で一遍にひっくり返す。タワーの明かりが死亡推定時刻の後で消えるのに、写真にはタワーの明かりは点いたまま。証拠の再鑑定を依頼してこの殺人が不可能だとして証拠能力を否定する。確固たるアリバイは偽装、時間のトリックで犯行時刻を誤認させて、小学校も中学校も高校も違うけれどボーイスカウトに同時期にいたという共通点を提示して、関係を暴露すると脅され隠す為に犯行を重ねたと欺いて、一事不再理を狙うのが顧問弁護士の真の目的であることは後々にも分からない。

《私の周囲を警察が嗅ぎ回って、教団が見張られているみたい。》

《そのことを誰かに話しましたか?》

《いいえ、今初めて貴方に話しましたよ。》

《でしたら、誰にも話さないように。こちらで動いてみますから。》

《私と貴方の中で水臭い。知っていることを全部話して。嗅ぎ回られている私が全て終わらせる。》

《周りは信用出来ませんし、何も知らない信者達を手伝わせるわけにはいきません。たった二人で調べることになりますよ。》

《実践躬行、私と貴方がいれば十分ですよ。》

《分かりました。確か、あの方は自宅謹慎になっていたはずです。》

《私は謹慎になんてなりませんから、いくらでも調べられますよ。》

《くれぐれも慎重にお願いします。》

《分かっていますよ。貴方のそんな顔が見たくて協力を申し出ている訳じゃないんです。》

自分にとっての自由と他人にとっての孤独を満喫して、他人にとっての安らぎと自分にとっての不自由を手放そう。

指令音が鳴って通報内容が流れる。
本部から所轄署、本庁から入電中。所轄署管内〇町〇丁目の雑木林で、殺人事件及び殺人未遂事件発生。人着及び所持品から、被害者は教団周辺に在住の信者で行方不明者届が出されていた人物と判明。一人はその場で死亡を確認、もう一人は〇病院に搬送中。犯人とみられる人物は、△町方面に逃走。捜査員は至急現場と捜索に向かわれたし。
雑木林周囲の防犯カメラに映ってはいなかったけれど、川を伝って防犯カメラを避けたつもりらしいけれど、ドライブレコーダーに逃走する姿が映っていた。車はわナンバーのレンタカーであり、車の左側から乗り込む姿があった以上、少なくとも運転手役が居たってことは判明した。殺された人と一緒に居た人の安否が気になりませんか、一番に連絡しますので連絡先を教えてください。なんて裏技は鑑取りも地取りも出来る警察が故に使えない。

《客のプライバシー保護の為とか言って、防犯カメラは設置されていないところが多すぎですよ。》

《セキュリティ対策かプライバシー保護か。監視社会より犯罪に巻き込まれることの方が怖いと思って欲しいものだな。》

《安心安全な世の中が一番ですもんね。》

《さっきのところなんて、防犯カメラを含むセキュリティーすべてをクラウドで一括管理しているってほざいていたな。》

《クラウドなら制御室が万が一襲われても安心ですよね。》

《馬鹿野郎。クラウドはオンラインで繋がっているということだろう。逆を言えば、遠隔でハッキングし放題だろうが。》

《あー、それはそれで考えものですね。そういえば、逃走している容疑者、動機が見当たらないんですよね。》

《んなもん、容疑者を逮捕すれば自ずと理由は分かるさ。遺留品に血痕が残っていたんだろう。》

《ええ。ただ現場が雑木林ですから、血液が動物か人間か、人間ならばDNAを調べれば被害者の血液かどうか分かりますが、解析には時間がかかると言っていましたね。》

《それまでに取っ捕まえるぞ。》

《競争じゃないんですよ。》

《競争しているのは、科捜研とじゃない。野放しにされている容疑者だ。》

《分かっていますよ、それくらい。》

《分かってんなら、その気持ちを行動に表せ。》

顧問弁護士として人格者に上に引き上げられた恩はあれど、教祖様は野心の無い人であるから、側にくっついてれば権力者になれるという予定が狂った。教団の母体が大きくなるにつれて、教祖様には自我が芽生えてしまった。野心のある顧問弁護士は、野心の無い教祖様が邪魔になってしまったけれど、今更別の教祖様を立てれないし、教団を抜ければ信者から人格を疑われるし、一から権力を築くのも面倒になり、手っ取り早く教祖様を排除することにした。自分は信者と教団の支持を得る為に動いているのに、一部の信者は内輪の意見、つまり顧問弁護士の策に惑わされている。と。そんな信頼している顧問弁護士が信者に疑いを抱かれている状況に、教祖様は日々不安を募らせていると。

《不審な指紋が発見されないのは内部犯の可能性が高いのです。》

《信者が犯人なんてそんな重要なこと、黙っておくことが出来たのに何で話してくれたんですか?》

《貴女の使命感ですかね。最初に会った時から惚れ惚れしましたから。》

残っていた僅かな皮膚片から採取されたDNAと血液、その両方と容疑者のDNAが一致したとの報告と同時に、捕まるくらいなら死ぬと残された遺書が発見された。しかし、自殺する気ならば現場である雑木林ですればいいだけだから、きっと口封じに殺されているだろう。

《余罪がバレるのを恐れてか加害者からの報復を恐れてか、元信者もなかなか口を割らないです。》

《そう落ち込むな。お前なりに頑張った成果を教団が上回っているだけで、無茶振りじゃなくハードルが高いだけと思え。》

一日之長のペンキが剥がれても、景気付けに塗り直して験担ぎに塗り潰せばいい。

《いつまで黙っておくつもりですか?》

《今まだ。一番良い時期にお話しするつもりです。》

《分かりました。けれど、教祖様は勘が良い方ですから、気を付けてください。知られたら大変ですよ。》

《知られたら、ですよ。》

《知らせるな、ってことですね。もちろんです。》

今まで長きに渡りご愛顧頂きまして誠にありがとうございましたと、今が良き時、閉店のお知らせをしよう。光に眩んで闇に慣れた目が映し出すのは、長年に渡って甘言に隠され続けた本当の栄達な姿。
祭り上げられた教祖様は顧問弁護士の正体に気付いても、もう遅い。ロボットに徹しきれずに演じきれなかったから、堅牢なヴィランズとして舞台を降ろされた。

《君はこんなことをするような奴じゃないだろう。誰なんだ、君は。》

《俺の何を知っている?これが俺だよ。お前の役目はもう終わりだ。》

自分の作った贋作‐レプリカ‐が本物と評価されることで、いつしか自分が一流だと評価されたのだと思うようになる。自分の作品では高く評価されないくせに、本物を壊すことで贋作‐レプリカ‐を本物にしようとさえする。だって、本物さえなければ贋作‐レプリカ‐である偽物を作る必要はないのだから。

縁もゆかりもあるけれど誰も訪れることのない、自分の庭ともいえる故郷の廃村に隠すように埋めるのは、下手な所に隠して掘り返されるよりは安心でマシだという犯罪者心理を利用する。息のかかった全員で口裏も合わせて、全部の事情を知って把握した上で、如何ともし難い事実の隠蔽に加担しよう。

《所轄署の者です。ちょっとお尋ねしたいことがありまして。》

《それは色眼鏡の思い過ごしではありませんか。》

《それを確認する為にも、教祖様こと〇さんにご同行願えますか。》

《私が教祖様からのお言葉を忘れる訳がないとお思いになりませんか。もしかしたら少しだけ思い出しにくいちょっと隅の方に、そのあたりの記憶がコロッと落ちているだけの話ですよ。》

オノマトペで可愛らしく言ったとしても、それを世間では忘れていることと同義である。話さなかったのではなく聞かれなかったからと言っても、睨んでくる目の前の人達は納得しないだろう。

《分かりました。因果関係は認められないと思いますが、疑われたままというのも気分が良いものではないので、どうぞお入りください。》

教団内の至る所に蝋燭が並んでいて、少し薄暗いものの見た目は神秘的だ。壁にかけられた布は異国情緒を思わせるものも含んでいる廟のようで、案内されているのに現世ではないどこかに誘われているようだ。なんて、敵地に乗り込んだ警察の観相学は呑気そのもの。ペントハウスに至るまで陣地は既に準備万端。カウントダウンの終わりはもうそこまで。

《まだ着きませんか。》

《すみません。信者の方用に開放しているところが多くて。もう少しです。》

《あの、なんか焦げ臭いような気がするのですが。》

《そうでしょうか。建物内は落ち着くように、外は開放的にと分けているので、換気がとてもされていて常に新鮮な空気が入ってくるのですが。どこかで焚き火などされているのでしょうかね。》

さあ、正義の皮を被った暴力で暴かれた教祖様の教団内での暴挙が明かされる。しかし教祖様は既に詠み人知らずの神隠し‐サイネージ‐で、開かされた扉の向こう一帯の禁足地帯に広がっているのは、ようこそと迎え入れてくれる一面の火の海‐レッドカーペット‐。

《おい、消防に連絡。》

聖域界隈を右往左往する警察を気にすることなく、顧問弁護士もジャーナリストも信者も見つめるは、前も後も右も左も、教団を包み込み、マッチもライターもガスバーナーもガストーチも必要無い、全てを奪う意思がみられる炎が画角を埋め尽くす。

《綺麗ですね。》

《証拠隠滅とはいい加減にしろよ。》

《乱暴は止めてください。そして言い掛かりも止めてください。証拠隠滅の証拠はおありですか。》

証拠隠滅は当たり前だ。その証拠が無いのも当たり前だ。不純物のある混合液では無く、時間をかけて分留し純度の高い純粋なものでも無く、給油ポンプで悪臭を放つ液体を移す必要も無い。教団中に置いた蝋燭と飾り立てた可燃物。蝋燭立てに少量の水を入れ、長さを調整しておいた蝋燭に火を灯せば、溶けた高温の蝋と入れた水が接触した瞬間に水が気化する。水が気化するということは体積が膨張するということ。膨らむ力で爆ぜさせて水蒸気爆発を至る所で起こし、霧を纏う闇夜を煌々と照らすような大規模火災を再帰性反射が演出する。

《犯行を重ね被害者の方を増やしてしまったことは言い逃れも弁解の余地もございません。如何なる処罰も受けなければなりません。君が知る必要はない報告だけくれればいいとか危ないから関わるなと言われたこともあって、顧問弁護士とはいえ単に役立たずなだけではないかと思うこともありました。問題行動はシグナルであったはずなのに暴走を許し止められず、顧問弁護士の私の手さえ負えなくなっていきました。今回、自主的な解散に至った経緯につきましては、警察発表及びマスコミ各社における過激な報道とSNSによる拡散、それに付随するデモ活動などが原因とみられる、信者個人へ直接の連絡及び信者宅への抗議や貼り紙と落書きなど、犯罪者集団と決め付けられ罪も無い信者へ様々な脅迫行為がなされているとの報告が次々と届いております。生活を守る為の抵抗を攻撃的である、罪も無い信者に罪を着せようとしている。集中砲火されたその行為から守る為に手を差し伸べ力を貸してくださった善良な方々にも類が及ぶことは避けたいと、他の方には取りとめのないたった一言でも、信者にとっては鋭利な凶器になり得ることを鑑み協議しました結果、解散を決断致しました。》

顧問弁護士は、ハッキリとそれでいて死人に口なしを突き通す。教祖様の悪行のすべては、顧問弁護士による口頭の伝聞と伝達である。顧問弁護士が裏で糸を引いている事は、絶対ではないものの限りなく確実なのに警察も世間も証拠を見付けられずにいる。教団という閉鎖的な空間での出来事ならば、すべてを無効にする決め台詞‐ワード‐である記憶にございません。を言う必要性もない。ただ、教祖様が悪で、止められなかった顧問弁護士は自分を責めて、教団と信者は被害者。ただ、それだけであると。

《教祖様は我々信者に無条件の信頼をおいてくれていました。その信頼を盾にして、我々を連れていくことはせずに、教祖様は大事なもの、つまり教団と我々を守る為に、我々はここに置いてかれたのです。生き残ったのではなく、教祖様が生かしてくださったのです。》

一部の信者が他人の幸せばかりを願って行動してきてしまったから、教祖様は自分の幸せが分からないのではないかと、教祖様に対して自分達の考える教祖様の幸せを願ってしまった。しかしながら、教祖様は信者が救われ幸せになることが一番であり、そんな自分のことは考えなくていいと思っているのに上手く伝わらず、真剣に真面目で一生懸命に頑張りすぎた結果、教祖様自身が追い込まれて自暴自棄になってしまった。信者を救いたい教祖様、教祖様を救いたい信者、教祖様を救いたい信者を救いたい教祖様。

《我々に後をお任せいただけるという気をもたせてくださったことを喜ぶべきか、顧問弁護士である私が教祖様のお役に立てなかったことを悲しむべきか。私が悩んでいたところ教祖様は最後に仰った。恨みとは愛情の裏返しであるから、私のことを考えてくれた信者の誰も恨むことはないと。》

報道されているような、警察が動くような、複数件にも及んでいる凶行、そんな事件は起きていない。信者の皮を被った者に嵌められたんだと、未だに教祖様を信仰している信者がいる。

《自らの命を犠牲にしても教団を守る教祖様、信者の皆なら分かってくれますよね。》

救われたいという夢が叶った後は、救われ続ける為に叶え続ける。細やかな願いはいつしか果てしない欲望に変わり、一度手に入れたモノを失いたくないと、縋り付きしがみ付きたい。追う救済は追い過ぎて、求めが多すぎて追い越していく。何故なら教祖様がいるのが当たり前になってしまったから、いない人生をどうやって進んで行ったらいいのか分からない。救われない人生などあってはならない。

《教祖様には永らくお世話になりました。悲惨な事件が起きたことは間違いありませんが、教祖様が仰っていた信念や信条が嘘を付いている訳ではないのです。しかしながら、それを全う出来ないならば、無理して残る意味はありません。》

教祖様は帰らぬ人となり、オーガナイザーから事実上のトップになった顧問弁護士は、信奉者を前に所信表明を声高に朗々と遊説に語る。

《決して教祖様を軽んじている訳ではなく、教祖様への忠誠心が強い故に、教祖様が教えてくださったことは後世にも伝えて、維持していかなければならないのです。その為に新しく教団を作ることを選ぶことは、教祖様を否定することにはなりません。教祖様も聞こし召されるでしょう。》

なぞるだけでは綺麗な模様が描けないから一度反古‐リセット‐してしまって、書籍暗号みたく順序を踏んで新しく作ればいい。夢を叶えるのに必要なのは、自分自身に対しての自信の確信や他人からの太鼓判ではなく、教祖様は滅びないし教団も滅びないと信じて、看板を下ろして解散‐バラしに‐する覚悟があればいい。何故なら時機など別れた途端に次への扉が開くのだから。

《誇りも魂も見えないから、見えないからこそ誰もが受け継げるのです。諦めませんよ。全世界の人々を救うという教団の我が儘‐ユメ‐は世界一ですから。》

色とりどり個性ある信者‐花‐を纏めているのは、張り巡らされた策‐葉っぱの緑‐かもしれない。葉っぱが水を抱えている姿は佩玉のように美しいかもしれないけれど、その水は染み込むことはなく弾かれている。

《まさか、自分が権力を手に入れる為の良い口実で、全部計算じゃないんですか?》

《まさか、そんな訳ありませんよ。》

《ちょっと言ってみただけですよ。》

《少なくとも八割方、もしかしたら九割方、貴女の場合本気に決まっているのではないですか。》

笑う貴方だけれど、私にだけ分かる嘘。
貴方の夢が上手くいかなかったら私が食べさせてあげるけれど、上手くいかなくて食べられなくなればいいとは思っていない。手柄は譲るから自由に動けるようにさえしてくれればいい。そして砂時計も水時計も花時計も進めるのは貴方でいい。私が最初から正解を選ぶ必要は無く、貴方が選んだものを全ての正解にして、選択肢に帯封をして解答のキャンセルも受け付けないで、ペルソナとシャドウの答え合わせは最後の最後までもしなくていい。だって、大望抱く者‐タイトルコール‐が小叶‐キャッチコピー‐に浮かれるなんて、それは素敵なことではないのだから。

《この先の展望を聞きたいですか?》

《ええ、是非聞かせてください。私はジャーナリストです。真実を書いて道案内をしましょう。》

《ふふっ。貴女はあの頃から変わっていませんね。》

《それって成長していないってことですか?》

《いえいえ、お若いってことですよ。貴女のバイタリティーを存分に発揮してください。》

薄氷の上に築き上げたのは崩れてしまう砂の城でも、ネーミングライツを全面に出したオンラインサロンで世界中にすぐに築き上げられる。私に男を見る目は無かったけれど、向こうに女を見る目が有ったのだから大丈夫。まだ振り出しには戻っていない、戻らせない。戻る場所はそこではない。さあ戻りましょう。道祖神の権現的教祖様の大切な忘れ形見である教団という救いの場所に。

《この幸せはまだ続くんですね。》

《もちろん、終わらせません。》

教団が存在し続けるという何も変わらない幸せ。教団の体制が変化するという何かが変わる幸せ。教団の姿形は固定されないという何にでも変えられる幸せ。人生に必要なのは、複雑な選択肢ではなく、選択肢の無いシンプルさ。右へ倣えを信じられている内は幸せだ。

《苦しみから逃がして救うことが出来ると言えば、貴女は私の手を取ってくださいますか?》

貴方が私に手を差し出して、私が取った貴方の手は、ずっと私の手を握り締めてくれている。その手がどんな手だろうと、どんなに汚れていたとしても、それは数多のことから守ってきたからにすぎない。それが詭弁だというのならば、汚れていていいから、どんな手だって私は離さない。貴方が私の手を握っていてくれているように、私だって貴方の手を握ったまま生きることを続けよう。

捧げる献花は、金蓮花と朝顔‐教団への忠誠心と貴方への恋の炎に私は絡みつこう‐。

説明しよう!
どんな問題?どんなもんだい!
私の辞書に不可能という文字は無い!
何故こんなことになったかというと、時間を〇時間前に戻そう!
全ては〇〇から始まった・・・
などと言ってパルクールさながらに見参したくせに、勿体ぶって順序立てながら話す、誰が呼んだか迷探偵。いやいや、名探偵はいずくにも居ない。
がしかし、謎‐トリック‐を解いて貰わないことには始まらないから、一回くらい探偵らしいことをさせて欲しいと言われれば、懲戒免職でなくとも猶予を〇日間与えれば、スカイマーシャルもイリーガルには益体も無いくらい、ワイヤージレンマを超えてケースクローズドは可能ではある。

ジャガイモの芽・キャッサバ・ナガミヒナゲシ・シキミ・スズラン・トウゴマ・レンゲツツジ・ヨウシュヤマゴボウの誤食やアカエイ・アンボイナガイ・ヒラムシ・アイゴ・オニダルマオコゼの有する毒であったり、トリカブト毒とフグ毒であるテトロドトキシンの拮抗作用によって装われ、自然毒によるリスクプロファイルを逆手に取った事故。
シアン化ナトリウム・トルエン・バトラコトキシン・パリスグリーン・ボツリヌス菌・有機リン・アミグダリンであったり、無農薬が売りなのに毒入り‐ペントバルビタール‐ワインだったり、カプセルで時間差を狙い床に塗ることで割れたグラスの中に混入されていたと錯覚させられり、モノフルオロ酢酸ナトリウムの溶液、つまりは殺鼠剤であり人間の体内に入るとフッ素と酢酸に変化し検出は困難で死因が特定出来ない厄介な代物まで使われ見せ掛けられた中毒。
リチウム電池や温度が上がり気化し膨張して体積が増えた液体ヘリウム、エチルエーテルが気化している時の静電気だったり、アルカリ金属の過酸化物・硫化りん・鉄粉・金属粉・マグネシウム・カリウム・ナトリウムが水と接触したり、キシレン・エチレン・エチルベンゼン・ベンジンが原因で発火を引き起こされたりして、液体酸素爆薬まで持ち出された粉塵爆発。
塩化カリウムによる心不全、歯原性菌血症による心筋梗塞、利尿作用による低カリウム血症で低血糖症、空気を血管に入れられたことによる空気塞栓症、頭部打撲で対側損傷による脳挫傷、脳震盪による一過性意識消失発作で急性硬膜外血腫、ペットボトル症候群による昏睡で急性硬膜下血腫、一酸化炭素中毒にドライアイスによる二酸化炭素中毒、液体窒素による窒息、食物依存性運動誘発アナフィラキシーや心タンポナーデによるショック、心臓に持病を抱えていることを嗅ぎ付けられ驚かされて発作を起こさせる、熱中症による脱水状態に陥り衰弱、今度は反対に寒冷曝露で凍死と、暖められたり冷やされたり死亡推定時刻は定まらない。
驚かそうと物陰に隠れていたら、うっかりバイヤーとブローカーの闇市場に出くわしてしまう。顔を見られているからこのまま帰すわけにはいかないと、電流斑が残るぐらいのスタンガンで気絶させられて、精神障害で恐慌状態に陥り過剰摂取‐オーバードーズ‐した麻薬中毒患者‐ジャンキー‐に仕立て上げられる。
お披露目が決まっているのだから工期は延ばせないけれど絶対に間に合わせるようにと、一方的に違法労働の指示をされた彼女に《忘れてくれ。》と言ったとしても《それは・・・》と濁されて、出来ないとも構わないともどちらであっても、違法労働の指示の事実を知っている人間が自分以外に存在しているのは同じこと。《貴方に私は撃てないわ。》《僕に撃たせないでくれ。》僕がサイレンサー無しに撃ったのは、彼女が愛用していた香水をぶちまけたのは、オートロックを氷で銃声を録音で調整を時間差で、《次は令状を持ってきます。何度も警察が出入りすると周囲の不安を煽り心配させてしまうと思ったのですが、こちらの余計なお世話でしたね。》と火薬の臭いが無いのを誤魔化したことを、何かの臭いを消して隠す為であったという手掛かりによって遠退かせる。
源氏名を貰っても方言を操っても花名刺を配っても纏わり付く寂しさを埋める為に、買い物を繰り返して物は増えたけれど同時に虚しさも増えて溢れていく。しかし、自分の欲しい物を買うよりも歩いてくる被害者‐銀行‐から引っ手繰った鞄‐福袋‐の方が何が出てくるか分からないから、ネットカフェのセーフティボックスよりもワクワク感もお得感も重ねる度に増していく。連合とか総業とかフロント企業に指南を受けて、待ちきれなくてお宝を迎えに行っても、皆で同じ格好をすれば何回だって宝箱を逃がすことなく、一人の人間の犯行と思い込んでくれる。貴方から私へ永遠の愛は当たり籤。‐FromYou2(To)MeLove4(For)EverIsWinningLottery.‐
肌身離さず持っていた鞄の中身を見せないで、携行しているものを出さないで、何をしにここへ来たか理由を悟らせないで、ここに居ることを理解出来ないままにして。急激なアルツハイマー病故に毎日変わる設定は、彼女をねじれの位置に置き去りにして、待ってくれと焦った声で制止しても、頼むから言うことを聞いてくれと懇願しても、彼女は彼女でなくなり、忘失に亡失を重ねて奪われる。タイムリミットは72時間どころではなく、同じ時間を過ごしたとしても一緒に年を取ることが、こんなにも贅沢になってしまうなんて思いもしなかった。
様々な方法をアレンジされてしまえば、バイオハザードマークだって役には立たない。

捧げる献花は、牛の舌草とタンジー‐真実への抵抗‐。

命に別状はありません、という言葉は一度も聞いたことがない。
容態は安定してます、という言葉を一度聞いた後は二度と聞けなかった。
一命は取り留めましたが意識はまだ戻っていません、という言葉を聞いたところで意識が戻ったとは聞かなかった。
今の所持ちこたえていますが予断を許さない状況です、という言葉は聞いたとしても意味がない。
○時○分、死亡を確認いたしました、という言葉を聞いたのは何度目だろうか?
御典医もその台詞で匙を投げて臨終‐フィックス‐、僕は喪主にも施主にもなれない。

プルルルルと呼出音が鳴って、プープーと不通音が鳴って、公衆電話の着信音も携帯電話の振動音も、サイレントマナーモードではバイブレーターでも気付かずに、異種鳴き交わし方式さえも音信不通。
留守番電話に接続します、と機械音声のガイダンスが流れて通話が強制的に切れてしまう時も。
おかけになった電話は電波の届かない場所にあるか電源が入っていない為かかりません、と電源を切っている時やサービスエリア外にいる時も。
おかけになった電話は都合により只今通話ができなくなっています、と通信料が未払いになっている時も。
おかけになった電話はお客様のお申し出により暫くの間止めています、と盗難に遭った時や紛失してしまった時も。
おかけになった電話からの着信はお受けできません、と前触れも無く突然着信拒否された時も。
おかけになった電話番号は現在使われておりません番号をお確かめの上おかけ直しください、と既に存在していなかった時も。

インターホンがピンポーンと鳴っても、ドアベルがカラコロと鳴っても、玄関に各家庭の情報がマーキングされていても、仲良くなった宅配便の人に予定を聞き出されて話してしまっても、《冷静になれないなら黙っとけ。何も話さず返事だけしてろ。》と、肩がぶつかったと因縁をつける舎弟にそう吐き捨てた奴が、血眼になって探しているのならば、彼女は奴等のレーザーポインタから隠れて、まだ生きているのだとすれ違う。
波に乗った仕事は忙しく、疲れ切ったこんな酷い顔を見せたくないし心配だってさせてしまうから。何より彼女だって仕事で疲れているのだから、こんな遅くに僕の都合で誘うのも悪いと思って何も声をかけずにいた。けれど、思いやるあまり逆に不安にさせてしまっていたようで。《昔の君の方が良かった。》《だったら別れるのが正解だね。》と、去る理由を与えてしまった。お互いに遠くへ行ってしまったとしても帰ってくるなら良かったのに。
《好きだと言ったの?》《好きなのと言われるまで待つ。》彼女の不文律に触れるのに勇気がいる。下手なことをして嫌われたくはないから。彼女から好かれている実感はあっても、彼女への自信がなくて。彼女の好みを密かにリサーチして、《あそこの〇が美味しいと評判らしいよ。》と然り気無く言ってみたら、《それは誘われてますか?》とお見通しだと言わんばかりだったから、《いやいや、単に情報を伝えただけさ。》と惚けてみても彼女はニンマリ笑うだけ。《皆予定とかで断られてしまって。君が空いていて良かった。助かったよ。》なんて恥ずかしさから正直に誘えなかった僕に、《消去法で誘われたとしても嫌なら行かないわ。》と答えてくれたよね。《優先してくれるのは嬉しいけれど、自分のことを我慢して本当のことを言ってくれていないと思えて寂しくなる。》と一緒に楽しんで欲しいと願ってくれたよね。彼女と知り合ってから過ごした日々の時間より、これから歩んで積み重ねていく未来の時間の方が、長くて大事な僕らの帰りたい場所であるはずだ。
《何があったとかは何も聞かないけれど、その代わり教えてくれない?どうすればいいかな?どうすれば元気になるかな?貴方は笑ってくれるかな?》なんて、何と答えたらいいのか悩んで考えているのを、答えたくないから無視していると捉えてしまったようだ。只事ではないことを、彼女が教えてくれて僕が話したせいだ。そして、だんだんと今の彼女から離れていく。

信じられていた全てが信じられなくなった。それでも信じられますか?なんて問われても、カクテルパーティー効果があっても捨て鉢になって、イエスなどと言える自信なんてない。まるで見てきたかのようにお話されていますね。と問われれば、新聞の記事とかテレビのニュースとかで詳しく報道されていたから知った気になっていただけでしょう。と返したら返したで、あの方にも聞いてみましょう。と傑作なデタラメを並べ立てる。想像力が逞しく面白いフィクション話に付き合ってあげられないし、そんなことは死人には出来やしない。と否定してあげたら、死亡したなどということは貴方の仰る新聞でもテレビでも報じられていない。しかもそれは事実ですらない。と否定返された。あの方が死んだと思い込んでいた人物がいます。とこちらに向かって、あの方の死体を遺棄したと脅迫してきた人物を殺し、捜査資料にも載っていなくて模倣なんて出来やしない真犯人しか知らないあり得ないことを、ベラベラとお話くださり未見だと主張していた貴方ですよ。大人の対応をしてくださっていた貴方に突っかかって、これ以上聞くだけ野暮かもしれませんが、捨て駒に捨て駒にされた気分はいかが?

サイコロを降り盤上のゲームは既に始まっているのだから、引き換えにされたものを考え倦ねて嘆いても降りることは叶わない後催眠暗示‐show must go on‐で、端境期を経ることもなく竜血樹‐ゲーム‐は続いてゆき、終わらせたいならば鯨幕‐ゴール‐を目指すしかないが、解答ボタンを押しても終ることなく新しい物語の始まり‐ファイナルアゲイン‐。愛する人が愛情を注ぎ全ての時間を使って作った物は恋敵に等しいから嫌いになりたかったけれど、自分の欲しかった愛情が全て注がれた物だから憎いけれど、誰にも渡さずに誰にも見せずにそばに置いておきたい気もするから、クロートーは業病をトーキックしてネクストゲーム。
翻筋斗を打って傾いでて転がり堕ちてものまれても、拳眼抗い這い上がりそれでもゲットファイヤードされずに、終わりではないハッピーエンドを探し、傍流を繰り返す意味がなくなる時まで葬送儀礼をすることなく、僕はまた何食わぬ顔で睦言を交わして、また目を覚ました嫣然の彼女におはようを言うことに拘ってしまうのはプライミング効果か。
欲しい真実に辿り着く為の進むべき道は見えないけれど、足を動かさなければ辿り着かない空蝉を繰り返して、隠然たる運命を弄びながら廻り抗ってみせようか。望みを叶えた後そなたの褒美は何となると祈祷師に問われても、何を望んでも彼女と僕の何気ない毎日はずっと続くことさえも忘れてしまえば、映る切羽詰まった表情の痛みだって無くなるだろう。

十把一絡に彼女を壊すことを望んでいるのならば、取りも直さず一番の強敵になる。話し合いも命乞いも通じなくて、ここから先は行き止まりで彼女の命はここまでと言わんばかりに、過剰負荷環境で行旅死亡人になることはないけれど、セルモーターは回すことなく、命を消すことに何の躊躇いもなく歯牙にもかけない。陰惨した事件が口火を切った時点で静かに流れていた平和な時間を脅かし、闇に目隠しされた彼女が望む日常ではもうない。汽笛が聞こえて瞬きをすれば姿形を変えもたらされる、十重二十重の最厄が累犯加重。
笑われたくなくて彼女を笑わせたいのに、《僕が失敗して面白いか?》と問えば、《いや、つまらない。大いなる暇潰しには幾多の遊び心が必要だ。》と答えるように。《潰れてしまわんか心配やったけど、ようこの世界に来なさったな。そろそろ真面目にあやつの必死の頑張りに応えてやろうか。まあまあ源氏香図でも聞いて、恋女房と共にゆっくりしていきや。》とエンボス加工は何度でも繰り返す。余裕ぶってなぶるような攻撃だったのに何度も何度も立ち上がって向かって来るから、終わることのない繰り返しにいつからか焦りを感じて加減をする余裕がなくなった。全力で攻撃を加え続けているのに、いい加減に諦めてと言わんばかりに。敵である僕を知り尽くしていると思った瞬間から、奴の敗北が始まっている。僕の正体を見抜くのに奴は見抜かれまいと必死で、見せたい情報だけを見させて堅持したからこそ、切り結ぶ僕の真の正体を見抜けない。

ローラー作戦でもどう願ったって、得てして願うだけじゃ彼女の世界は変えられない。円か∞か、抜け出せないのは循環しているからか。笑顔で拒絶して、疲れた‐なえた‐を飲み込んで、意固地に出来ない‐ナラタージュ‐に向き合った結果、面倒なことほど避けているつもりでも手を繋いで次々と勝手に寄ってきて、避けたくてもすり抜けてしまうなら防ぎようがないし、起こってもいないことを考えたところで無駄ではあるが、変える為にがむしゃらに頑張った道のりに対して、褒賞を授与されるだけの価値は存在する。大事な人は復讐を誓う人だけじゃない、もう一人側にいることをどうか思い出して。
パトムの様に歪んだ種を蒔いてこんな状態にした神様に、ディストピアもユートピアも麻の如しな厭忌の文句を言いたい。けれどこんな状態にされた彼女の側にいて僕だけが力を貸せることを、かしこみかしこみと柏手を打ち神様に感謝しよう。神か悪魔かそれとも天使か、まさかの救世主‐ソテル‐か。庵主‐マキャベリスト‐は、神‐テミスとユースティティア‐の前で正しく悪の道‐シラバス‐を説いて、菩提寺の前で神に感謝‐チャント‐を長ずるその世捨て人‐スガタ‐は、まるで悪魔を降臨させているかのように見える。

三顧の礼を尽くしたのにクビにされたのではなくこっちから断っただけで、他に手が無かったからで信用した訳じゃない。逃れたいと願えば鳥籠は閉まり閉じ込めたいと願えば鳥籠は開くのだから、根回しや段取りの調整に時間を取られたり、誰かの言葉に心を揺らし誰かの行動に乱されたりする必要はない。何故なら、回廊する運命‐ジャグアタトゥー‐が邪魔で未来‐マエ‐が見えないなら別ルート‐ウシロ‐を向いてやればいい。いくらか不可解な点がありはするものの迂遠し遅々として辿り着いた一つの結論‐サバイバルレート‐は、ルールを無視した戦法ではあるし、同一か断定は出来ないけれど、メリットは明確に存在する鼬の最後っ屁は嘘。
客演‐出来レース‐を止めることは無理だが、発電床‐イニシエーション‐の方向性‐ディレクション‐は与えられる。大事なのは目的であって方法やその過程ではないし、噂をすれば影が射しても結果が全てであるのだから、やるべきことは罪に問うことだけではなく、土が付くまで下駄を履くまで、この面妖さに打ち勝つかどうかは分からない。
しかしながら、現状を打破しようともがいた者達によって作られるのが歴史であり、答えが無いから難度海の靄から抜け出せない訳じゃなく、危険を棄権し形勢逆転して僕なりの解釈で、ドアが開かなかったら鍵がかかってるものと錯覚するくらいに、もう辿り着いていたんだ。遠く及ばないその人サイズの色々を検討よりも改善して、僕が僕を肯定すれば僕の世界は僕を肯定してくれる。さすれば虚心坦懐、僕はもう嬉々として先駆者‐アチーバー‐になれる。

捧げる献花は、トレニア‐閃き‐。

彼女を失うことで死ななければならなくなり、溺水反応‐ランヤード‐にされた僕の望みを自覚する。
最終出発‐スキーム‐に据えるのは可能性ではなく選んだケレンな未来を確実な正解にして、出口‐サルベージ‐がないなら作るまで。そうすれば後顧の憂いなど無くなると、心胆を寒からしめる喜色満面の所得顔で思い付いて天啓に溌剌とする。
縁があるから会えなくなるのはチェーホフの銃に他ならない。然らば伏線を回収して、戦犯の縁を失くして水泡に帰せばいい。天地は不仁なり萬物を以て芻句と為す‐オールオアナッシング‐。
《運命がお呼びですが、もうお疲れでしょうから、お休みになられたと、お伝えいたします。》
事件によって彼女が巻き込まれ、彼女によって僕が巻き込まれるならば、僕をハッピーエンドにする為に彼女と幽明境を異にして、そもそも事件が起こらないようにすればいい。表面は複雑に見えていたけれど、中身は至ってシンプルだ。緊張感とも高揚感とも言えそうなこの心境。

彼女を手ずから我が手にかければ、死力を尽くした僕は同慶の至りだ。

574.防災の意識とは、非日常ではなく日常である。

非常食は非常の時に食べるものではない。
パンやおにぎりなどのそのまま食べられるもの、水やお湯を注げば完成する加工品、糖分が取れるお菓子や飴。
簡易ガスコンロや固形燃料があれば、温かいものも食べることが出来る。
アルミホイルやポリ容器があれば多少保存しておけるし、万能ナイフがあれば様々に重宝する。
保存食もローリングストックして食べておけば、非日常の時間が流れていても日常に戻れる。
水分は飲み水だけではなく食器や体を洗うのにも必要になるから、溜めて置けるタンクは何個あっても困らない。
更に、ラップを敷けば紙皿であっても何回でも使える。紙コップならば保管に場所も取らないし、軽くて割れないから安全だ。

懐中電灯やランタンと電池がたくさんあればいいが、蝋燭にマッチ、ライターもあると尚良い。
ヘッドライトは両手が空くから、手に持たなければならない懐中電灯より便利だ。
昔なら手回しの携帯ラジオが必須だったけれど、今は携帯電話の方が遥かにスピーディーに情報を得られる。
その為充電器は必須であるけれど、太陽で蓄電出来たり発電機があれば結構賄えるはずだ。

衛生用品は、非日常を送る上でも大切になってくる。
ティッシュにハンカチやタオル、除菌グッズやウエットティッシュにハンドソープ、洗面用具である歯磨き粉と歯ブラシ、体拭きシートにドライシャンプーは清潔さを保つのに欠かせない。
携帯トイレとビニール袋に消臭ポリ袋、女性以外でも役立つ生理用品、絆創膏などの救急セットがあればちょっとした怪我でも安心だ。

感染症対策にマスクをして、エアー枕と耳栓とアイマスクをすれば、ぐっすり寝られる確率が上がる。
常備薬や眼鏡は他の人に譲ってもらう訳にはいかないから、予備の準備は怠らない。
着替えの衣類にアルミブランケットのような防寒具や安全に動き回る為のヘルメットや履き物、多少の日差しや雨具を使う程でもない雨を凌げる帽子もあればいい。
筆記用具とメモ帳、千円札や小銭があれば、電気が使えなくても伝えられるし手に入る。
ブルーシートがあれば荷物を置けたり、手袋や軍手なら多少の汚れは気にならない。
非日常だって娯楽は必要だから、トランプなど電気が必要無いものならいつまででも遊べる。

色々な用途に使える風呂敷も入れて、リュックに詰め込む。
普段仕舞い込んでいるキャリーケースの中に詰め込むのも良いけれど、持ち運びには不向きかもしれない。
家や家具、小物だってお洒落に飾るのは素敵なことだけれど、壊れたり飛んできたりしないように考えるのも大事だ。

外出先で被災してしまうことだってある。
笛やホイッスルは体力温存に役立つし、ミニ防災セットを常に持ち歩いていれば時間稼ぎが出来る。

避難所には避難物資があるけれど、出来れば自分の好きなもので囲まれたい。
備えあれば患いなしではあるが、出来ることなら普段使いのまま終わって欲しいものである。

575.青雲之志は珠玉ではあるけれどもめでたくかしく

私は仲間に守られ私の為に仲間の命が消費される
村長(むらおさ)に価値が有ると判断されたから
私が犠牲になるだけで済むのならばお安い御用で
計画に命が必要ならば喜んで差し出し捧げるのに
最終兵器のはずの私は戦いの場所にすら立てない
善戦に出会い苦戦に別れを戦場で繰り返している
所詮最後尾に付け加えられるだけの付け足し要員
取捨選択させられ与えられた命を消費された命を
守りたい者の為に理不尽を飲み込んで失いながら
己の罪として背負い自分自身を生贄に生きている
恨みなんて無いと言っても優しさなんかでは無い
恨んだところで途中経過に出来ることは何も無い
走者一掃の最終局面まで何を置いても温存される
理解出来ても納得出来なくても仕方無くて必要で
だから全てにおいて視座する立場では諦めただけ
仲間が次々と居なくなり一人になって目が覚める
仲間が居てその変化が無いことを重々確認をして
先程までの光景が私の作り出した夢だと認識する
決して望みのままに生きていられるわけでは無い
眉唾物でも験担ぎは大事だと親衛隊は善処をする
けれど私を繋ぎ止めてくれているのは仲間である
負担になっても近くで成長を見守りたかったから
止せば好いのに出た欲に勝て無くて乗ってしまう
安易に縛られずに生きて欲しいなんて言われたら
一筆啓上致しますなどときっと死を選んでしまう
拘束する鎖か繋ぐ絆かさえ相談も無しの事後報告
願われている私が幸せかどうかなんて分からない
対比する不幸が分からなければ判断すら出来ない
それ程までに奔流されて平和な世界になったのに
途切れ途切れの遠い記憶に埋もれず古ですら昨日
時を越え何時まででも会いに来る空恐ろしい世界
痛いでもまだ居たい脆く儚く傷だけを負ったまま
未だに私の中の世界は噎せ返るように残酷なまま

576.ボイスチェンジャーのロビー活動

未来を託されたから見てみたかった
託された未来を見てみたいと思った
守ってきた歴史を伝えたいと思った

悲しいことは無くならないかもしれない
それでも今から生きていくということは
荒涼に重なる過去から変化していくこと
背負ってしまった歴史を繰り返さない為

私にしか出来ない役目で別の形にしてでも託せたなら
託されたその先の未来はより一層変わるかもしれない

577.スワッティングをアセテートで包んでビネガーにすれば「 」などトーキーにしなくてもミザンセーヌ

もういい
お前はもう戦わなくていい
生きていて欲しい
俺の娘だ
必ずお前の生きられる道を探してやる

そういつも悲しそうに言う
避けられない運命ならば尚更一緒に戦いたかったけれど
育ての親であっても娘と思ってくれていたからこそ気付いてしまったのかもしれない

私が最終的に死を選ぶことを
戦場で散ろうとしていることを
兵器でも守れるならば良かった
その為に皆が必死に守ってお膳立てしてくれている

だからあんなに性急に事を無理矢理進めてしまったのかもしれない
他人を軽視している訳じゃないけれどそれより私を重視してしまっただけ
だけど親が決意したのならば娘がそれを引き留めてしまうのは
身勝手な我儘でただの迷惑にしかならない

荒魂も和魂も幸魂も奇魂も願われているのが生ならば
喉元まで出かかった言えるわけがない言葉を呑み込む
出来るのならば迷惑ではなくて役に立ちたいから

日常の骸の上に有るささやかな非日常を続ける為の「I wish」

578.陰になり日向になり。陰に陽に。

私はいつまで可哀想で小さな女の子なのだろうか?

稀代の兵器と言われ幼い私には荷が勝ちすぎていて
比率も比重もとても大きかったのかもしれないけれど
皆が私に出来ないことを引き受けてくれているならば
皆に出来ないことの全てを私が引き受けたかった
破壊の限りを尽くして屍を踏み越えてでもそれが最善策
味方も敵も淘汰されて残ったモノを一掃するそれが私の存在意義
守る為の兵器としてならば迷わず突っ込んでいけるから

そんな境遇は確かに可哀想なのかも知れないけれど
その中身は確かにただの子供でしかない
祝福されて産まれてきたのは嬉しかった
死を選べなかったのは悲しむと思ったから
生きてきたのは私が希望の象徴だったから
生きようと決めれたのはあの人が恨んでないと言ったから

あの人に言われたんだ

困っているのは貴女の方でしょう?
怪物として利用され続けてきた私達より兵器として守られ続けてきた貴女
私達のことまで気にして心配して配慮してこれ以上傷付かないで

私が困らせていると思っていたのに困っていたのは私の方だったみたい
私の力が皆を不幸にしていると思っていたから私はそれを背負う必要があると思っていた
私が傷付くのは兵器だから当たり前で皆が傷付かないように生きなければならないと思っていた
だけど私だって守られるべき存在なのだと教えてくれた

愛されて生まれてきて家族がいて友達がいて仲間がいて見守ってくれて
生きている内にこんなに幸せになっては向こうで顔向けが出来ないし合わせる顔がない
いやそうではないよね
たくさんの愛をもらって私は生きているのだから
やっと会えた時に幸せでなければいけないのだと気付かされた

だから今ここにいるの
力を分散させてコントロールしやすくしてかつ負担を少なくして協力してもらった
背中を預けられて隣に立って私がここにいることが出来ているのは皆のおかげ
生きることを望んだ私の我が儘を通させてもらった

守られたかったわけじゃない
私だって守りたかったから
兵器になりたかったわけじゃない
ありがとうと役に立ちたかったから
可哀想だからと言われたわけじゃない
良く出来たと褒められたかったから
託された親の願いを叶えたかったわけじゃない
嬉しそうな顔が見たかったから

無理をしたのは大それたことじゃない
私がしたくてしたことだから
心配しなくても大丈夫だから
もう謝らないで
私の行動を否定しないで
縛られているのはあなたの方

私は最初から幸せで不幸じゃなかった
あなたがいるからあなたも私の幸せの一部
皆がいるから大変になるんじゃない
皆がいたから幸せになれるんだ

幸せでも不幸でも兵器でも可哀想でも
幼くても成長しても守っても守られても
大人を喜ばせたかったただの子供だよ

どうしたら伝わりますか?
どうしたら不安は解消されますか?
どうすれば安心してくれますか?
そんなに私の愛は信用できませんか?

私は皆を守ったの
私は私を守ったの
ねぇ褒めてよ

579.私の身体に光る表象は支配者であるあなたの刻印

私があなたの思い通りにならないと手をあげられた
理由は覚えていないけれど言うことをきかなければ
暴力を振るわれ痛い思いをしたからその記憶だけは
いつまでも鮮明に覚えているただ何も知らなかった
良いことも悪いことも知らないけれど従うしかない
虐待も人身保護請求も一方は救出でも一方は誘拐で
私の証言はあなたの捜査に反映されることは無くて
知っている摂理はそれだけなのに振り回されるのは
いつも弱い立場の人間ばかり仮病を詐病に掏り替え
入院している間は一人になれる唯一であるけれども
誰かにハンドサインを送る知識も勇気も私には無い
逃げても必ず連れ戻されて匿ってくれた優しい人に
酷いことをしようとするからどこにも誰のとこにも
逃げられなくなってしまって逃れ出す術を失くして
そちらがそのつもりであるならばそれなりのやり方
こちらにもあるということだけお伝えしておきます
頼る人はあなたしかいないと思い込まされてしまう
子供が親に酷い態度を取ってしまっている場合には
子供に対して先に親が酷い態度を取っているのが常
寒空にいても炎天にいても残飯廃材を糧食としても
急所を殴られても閻魔の庁に辿り着けなかったから
その身で痛感し思い知ったから諦めるしかなかった
グレたり拗ねたり出来る人が羨ましかったけれども
私は私の気持ちを表にも裏にも出すことは出来ない
私の存在とはあなたを生かす為だけにあるのだから
私は私の為になる何かを何もかもをすることはない
あなたの幸せの為にあなたと恋仲の犯人を庇う為に
私が身代わりとなって自首をすることさえ厭わない
何もしないのがあなたの正解に思えてしまうけれど
何もしなくてもあなたは確と私を責めるのでしょう
今まで通り言う通りにして生きていれば間違いない
私一人では頓馬で何にも出来ないのだから私の為と
そう言いながら習熟出来ないのは私のせいなんだと
言われている気がするのはきっと気のせいだと思う
私は何もしなくて良くて何もかも全て決めてあげる
あなたが決して選ぶことの出来なかった理想の人生
その原因となった私が責任を取らなければならない
したことが有るとか無いとかそんなものは関係ない
どちらでも難題にぶつかっても一歩も進めなくても
あなたのやりたかった夢を私が完璧に実現するだけ
嫌いでは無かったけれど私のやりたいことではない
あなたが喜ぶから事柄全てを続けているに過ぎない
ただ単純にあなたの理想を再現しているのではない
あなたの描く理想を描いた通りに忠実に守り続ける
そうしなければ分籍なんて生温く見棄てられるから
誤魔化してなんていなくて私のすべきことを言って
何か不備があれば見付けている筈で見逃す訳が無い
あなたは私に対して無条件の愛情を求めているから
あなたのしてあげるには返報性の原理を適用させて
有償の愛情を以て尽くしその代わりの見返りとして
無償の愛情を私から数多貰わなければ気が済まない
どんなに頑張って言う通りにしても理想は尽きない
あなたは私を洗脳かつマインドコントロールしたい
あなたが私の全てを私に与えてあげるということは
あなたから私の全てを奪われるということに等しい
何時まで経っても何時になっても毒に変化する愛情
いえいえ毒をサースティーな愛情と勘違いしている
私の幸せはあなたの幸せの中にしかないのだから。

580.貴方になら何をされても良いと自覚したから私から貴方へ心からのファーストキスを

私の母親はある定食屋で働いていた
常連さんも新規さんもお客さんで賑わって繁盛して
従業員の中の一人と恋仲になった
ある日突然人望がある店長が人を殺した罪で逮捕された
恋仲の従業員である男は店長と親しかった
親を早くに亡くしまるで親子のように仲が良かった
店は当然休業状態で店や店長に対して誹謗中傷が酷く
恋仲の男は事件とは全く関係が無かったけれど
どこへ行っても付き纏う噂に仕事場を転々とせざるを得なかった
母親はその度に恋仲の男を支え付いて行っていたけれど
恋仲の男は追い詰められていき母親の励ましも届かず自らその命を絶った

母親は自暴自棄になって色々な人達と関係を持って浮き名を流した
その日々の中で私を授かり母親は母親になろうとした
父親が誰だか分からない私の母親になる努力をした
けれど良い母親となる為に私が産まれる前から根を詰めすぎた母親は
私が産まれて更に育児ノイローゼが加速してしまって自らその命を絶った
母親の顔も声も覚えていなくても部屋の中に充満していた臭いだけは今でも鮮明に覚えている
父親に棄てられて母親に置いて逝かれた私は行方不明の落とし物と同じだろう

近所から通報されて保護された私はとある施設で過ごしていた
その施設は資金繰りに四苦八苦していた
何故なら可哀想な子供を放っておけなかった施設長が自らの自己満足の為に増やし続けた結果だ
自転車操業の金作が二進も三進もいかなくなってついに首が回らなくなって施設長は考えた
自分の手元においておくことが出来ないのならば子供達は必ず不幸になる
自分の施設にいる子供達は血が繋がっていなくても家族なのだから
家族ならば何時如何なる時も一緒にいなくてはならない
自分が心中する覚悟が出来たのだから逝くべき時も家族全員一緒だ
私の誕生日に決行された職員も巻き込んだ挙句の施設長の無理心中は結果から言えば失敗だった
一目で手の施しようがないと分かる光景を目にした私が唯一生き残ってしまったから
いや施設長の理論で言えば成功と言えると思う
私には誰かを好きだと思う気持ちも言葉の重みも分からないから
施設長の家族だから一蓮托生だという連帯責任も信じることはない

病院で意識を取り戻した私は新しい施設で順調に育った
その施設の近所には警察の偉い人が住んでいる御殿があった
そこの次男は養子で養父は人格者であり養母は優しく実子の長男は将来有望
次男は実の父親が殺人犯だから自分は父親のようになってはいけないと
養子先の家の恥になるような体たらくな人間にはなってはいけないと
自分の一挙手一投足を見られているからと言っていた
周りの大人は懐疑的で殺人犯の子供の言うことなど推して知るべしと言っていた
だから必死に言い聞かせていたのかもしれない自分と父親は違う人間であると
養家の人達はそんなに頑張らなくていいと言っていた
傍から見れば何時まで経っても他人行儀で不器用な次男が無理をしているのに気付いていたのだろう
私は次男に努力の人だねと言ったら次男は円らな瞳を更に丸くして面映ゆく顔を背けた
愛されたことがないから愛が分からないし愛を知らないから寂しくもないし特段欲しいとも思わない
私には情緒面が無いに等しいし家族や親子は分からないけれど行動原理は分かるから
ベースとなることを知らなくて空っぽだから環境がどうであれ判断するには本人を見るしかない

次男と一緒の時間を過ごす内に養家の人達とも仲良くなって
養父が退官して養母が病気で亡くなって長男が結婚して次男が警察官になって
学費を援助するという有難い話を固辞し奨学金とバイトを駆使して私は所謂三級職になった
親ガチャなんて言葉があるけれど当たったか外れたかは私自身には分からない
環境の外身だけ豪華であっても中身がまるで伴っていなかったとしたら
回しただけでコロコロと軽く出てくる親なんてきっと願い下げだろう
金色に光る空のカプセルよりも透明なカプセルに愛情とか絆とか思いやりとか思い出とか時間とか
思いっきり詰め込んで親子になってくものだと私は次男一家を見ていて思う
光もせず鈍りもせず向こうが透けたままの私は他人から見ればガチャも人生も失敗なんだろう
けれど一応警察の警察で作業を任されていて公僕であり公儀隠密とも留守居役とも呼ばれる
特殊ではあるけれども偉い地位にいるから成功なのだろうかとも思う
産まれてこなければこの地位にいなかったのだから親ガチャ冥利に尽きるのだろうか

職務上言えないこともたくさんあるし言えないようなこともたくさんしてきている
それどこの情報なんですか?と聞かれても大抵お話出来る段階ではありませんと口にするしかない
他部署とぶつかるしかない私に色々口を出してくる次男に心配してくれているの?と言ったら
面倒をかけられたくないだけだと憎まれ口を叩く素直ではない次男とは言い合いをしても屁理屈を捏ねても喧嘩にはならない
敢えて養父や長男と同じ警察組織に身を置いた次男はこれまた口数が少なく不愛想であり
揶揄されない為に強引な手段を用いて手柄を搔っ攫っていくから評価がありながら評判は最悪
しかし二人で話している場面を見ると意外とお喋りなのだと言われることがしばしば
それは私が次男を信用しているからでそして次男が私を信頼しているからだろうか

そんな穏やかとはいえないけれど比較的日常と呼べる日々を過ごしていたら
私の母親が働いていた定食屋の店長と次男の実の父親は同一人物であることが発覚する
正確に言うと養父と長男は知っていたけれど私と次男の仲を考慮して黙認していた
次男は実の父親の事件を知ろうともしなかったし警察官になっても調べようとはしなかった
私は私で私の人生を人伝に聞いていただけだったから関連性を見付けられなかった
親についてのあれこれを次男は気を付けていたようだけれど私は気にしたことが無かったから
更に衝撃だったのは店長である次男の実の父親に殺された人には一人息子がいてフリージャーナリストになり
事件を調査し続けていて私達の前に現れ次男の実の父親は冤罪であったという証拠を突き付けたのだ
次男の実の父親は逮捕された当初犯行を否認していたのにある日を境に罪を認め自白したことに違和感を抱いたらしい
次男は実の父親が犯人でないならと過去に向き合う決意を固めて罪を被せた奴を捕まえると意気込む
誰かの為に葬られた闇から誰かにとっての不都合な真実を誰も彼もが呼び起こす
事件を解明し明るみに出す為に辿り着いた真相は真犯人が養父ということだった
事実は小説よりも奇なりとは正にこのこと
養家の名に傷を付け迷惑をかけたとそう思うなら全部話せと詰め寄る次男
名誉に関わると養父の口から聞くまではと無実を信じている長男
どんなことをしてでも事件の真相を伏せる気はさらさらない息子
もう引き返せないからなと秘中之秘を守ってきた養父が語る

当時事件の指揮を執って捜査に携わっていた
殺された人である被害者は悪事を働いていて秘密裏に関係があった養父
次男の実の父親も店長として定食屋を続けていく上で片棒を担がされていて関係を断てなかった
養父が名家であることを利用して被害者からの要求がどんどんエスカレートする
要求に応えることがだんだん難しくなり更には家族をも巻き込む脅しに変わり
悪事が露見することを恐れた養父は事故に見せ掛けて悪事ごと被害者を葬り去った
しかし被害者と揉めていた次男の実の父親が容疑者に浮上してしまったことで
事件性が出てきてしまい殺人事件として捜査せざるを得なくなった
だから否認を続ける次男の実の父親に対し子供である次男の将来を盾にして取引をした
対外的には殺人犯の子供を引き取った奇特な人という批評に株は上がったけれど実際は自分の保身の為だった
けれど人一人育て上げるのは仁義を切ったとしても並大抵では出来ない
次男を育てることこそ次男を守っていくことと同じことだったから
育てられたことが幸せだったのにこんな立派になって親孝行までしてくれたと言えたのは
違うなら違うと否定出来なかったのは間違いを間違いであると言えたのは
レストランの料理にはなれなくて毎日食べる隠し味が隠しきれていない家庭料理にしかなれなくても
真相を隠し続けてきた養父も心配性で常に家族の身を案じ続けてきた長男も努力を続けてきた次男も
被害者であったのに悪事を働いていた加害者でもあった自身の親と真正面から向き合い続けた息子も
ちぐはぐで歪でも私から見れば親子の絆がちゃんと存在する家族だった
私の家族観は次男の家族だ
切れた糸を結び直せる家族だ

事後処理も終わり余命僅かだった次男の実の父親の危篤にも間に合い事件すべてが落ち着いた
そう思っていたら次男に呼び出されて言いにくそうに視線を彷徨わせて言葉を探すように口を開け閉めして
逡巡して出てきたのは私のことが好きという言葉だった
自分の言うことを否定せずやろうとすることを止めようとせず
努力の人だと言われたことで救われて自分のまま見失わずにいられたと
私がいるから安心出来るのではなく私がいないと安心出来なくなっていると
しかし家族や親子が分からない私にとって愛という感情なんて更に分からない
けれど次男はそんなことは分かりきっていることだと言った
今まで通り言い合いをして仕事をしてプライベートは軽く出掛けてそこに少し恋人感を足す
愛が分からずに分かち合えないのならば自分からの分を目一杯あげるから一緒にいる間だけでも愛されてくれないか
知ろうとして欲しいから少しずつでいいから愛を知って欲しいから
そして一緒に生きていって欲しいから
私が真顔で黙ったままだったからか言い終わって気恥ずかしくなったからか
最後の晩餐で重要なのは何を食べるかより誰と食べるかだから一生のお供にどうかって聞いていると捲し立てる
お酒のお供にみたいに軽く言わないでくれると返して次男の案を了承した
次男に言われて思った
進む方向さえ放棄する人ではなく進めない経路を勧める人ではなく進むべき道を与えてくれる人ではなく
進むかも戻るかも立ち止まるかも共に人生を模索し自分自身の足で歩いていくということ
私の中でふわふわしていたモノが居場所を見付けて塡って落ち着いた感じ
ああ私は生きていて良いのだと

それから次男の案に乗っていたのだけれど流石にデートが日常の買い物に毛が生えた程度なのは如何なものか
私が初恋で言えずに私を忘れる為に恋人を作ったけれども父親の件もあって結局別れてしまった
しかし曲がりなりにも恋人がいたことがある次男が望んでいるのはきっとこんな形ではないはず
だからザ・デートをしようと考えてみた
がしかし仕事の作業ならばいくらでも策は思い浮かぶのに次男とのことになるとサッパリ思い浮かばない
恋人ごっこならば白さは七難を隠すように出来るのに本当の恋人となるとこんな私であっても話が違うらしい
だからザ・デートの王道を歩んでみることにした
普段は着ない可憐な服を着ていけば目線は逸らされるしデートスポットに行っても視線は合わないし観覧車で隣に座れば距離が遠くなる
終始気も漫ろに気のない返事で表情の変化が一層乏しい
ザ・デートの王道でこんな調子にさせてしまっては次男にとって良くないだろう
だから私は落ち着いて話が出来るように人気の無いところへ誘う
今日一日一緒に過ごしてみて分かった
勝手に死なれてしまったり一緒に死んで欲しいとか死んでは駄目とか言われたりしたけれど
一緒に生きて欲しいと言われたことは無かったから嬉しかったし生きていて良いんだと思えた
それに付き合っているのだから普段の買い物みたいなことではなく今日のようなデートをしようと考えて恋人っぽいことをしようとしたんだけれど私では上手くいかない
私と別れてちゃんとした人と付き合う方がいい
次男は捜査以外ではきちんと気遣いの出来る人だからもっと相応しく良い人がいると今日の次男の言動を含めて私は至極真面目に言った
最初は静かに私の話を聞いてくれていたのだけれど一瞬驚いた表情をした後言葉に詰まってだんだん困った顔になっていった
そんな顔をさせるつもりも無ければして欲しいとも思わないのだけれど原因はやはり私のよう
お互いに沈黙が続いているこの不毛な時間を切り上げようとするより先に次男が口を開けた

別に楽しくなかったわけじゃない
ただいつもと雰囲気が違ったしデートだって思ったら変に緊張して
言動が挙動不審でおかしかったのは認める
それにまだそっちの気持ちが追い付いていないのに手を出したくないんだよ
それって私を抱きたいってこと?
もう少しオブラートに包めよ
別に作業として仕事でもしているし初めてではないのだからそんなに気負わなくても抱きたいのなら我慢せずに抱けばいいのに
まあ上手かどうかは分からないけれど多分下手でもないと思う
あのなぁこっちの気持ちと仕事の作業と一緒にするな
背中を押したつもりだったけれどどうやら違ったらしい
けれど返事のトーンがいつもの調子に戻ったから良しとしよう

次男が私との全てを望んでくれているのならば私は次男に対して私の出来る限りをしたい

581.隠したい君の真相はキミを守りたい君からキミへの愛で消える

鉄格子‐ビル‐の間から見える空は何色だろうか?
沈黙を埋めるように雷鳴と雨音が響く中で
テトラポットの上を歩くように死にたいで繋ぐ僕と君だけの二人きりの時間
君の中の空白にひっそりと潜んで侵食していき
随分とご挨拶なことだと聞こえてくるやけに鮮明な黒影の息遣いこそ僕にとっては最重要
何も話さなくていいから私の傍にいてと君は何かを言って欲しそうに言う
かける言葉が見付からないから僕は君を抱き締めるだけ
喉仏に噛み付いてキスマークを付ける君の感情は戻らない方が苦しまないかもしれない
いや戻ったら戻ったで違う苦しみに襲われてしまうかもしれない
けれど戻らなくても方向転換してしまえば新たな苦しみを生んでしまうかもしれない
だからあの白線は越えてはいけない
私が行動することが一番だと君が判断しても相手に応えることは表面上出来たとしても
生きていく意味を考える時点で死にたくないってこと
君が不器用に笑いすぎて目尻に浮かんだ雫が零れた跡に落ちていく僕の想い
揺らぐ瞳が映し出す君の視界の中に歪んでいても僕の顔が見えていたらいいな
誰かが闇を創って君を閉じ込め僕を引きずり込んだ陰に一筋の光が指して影を作る
芙蓉‐エディション‐をくれたのは僕だと君は曼殊沙華‐テールランプ‐に飛び込む
代理受傷‐さようなら‐と別れを告げて二度と会えなくなってしまうのは君の願いが叶ったということ
君が不幸から遠ざけて幸せを願った人であるキミが良くなるということ
君の願いが叶うならばキミが君でなくなったとしても僕はそれで良い
君のいないキミであったとしても僕はそのすべてを歓迎しよう

582.この長蛇の列は関係者以外立入禁止です。

事件記録から私に辿り着いて説明を求めた貴方は、私が語る過去話を黙って聞いている。
「そうでもしないと、乗り込んで暴れてしまいそうだったから。」
「殺さないでくださいね。」
「座興にしても言葉が過ぎましたか?冗談ですよ。」
難しい顔の貴方に私は笑って返す。
貴方が接敵して十全にして四つに組んだからこそ、長年無罪推定の原則を突き通してきたあなたが完落ちした。
けれども、私は、私だけはスタックしたまま。待っていた訳じゃない、ただただ時間が過ぎていっただけ。

偽名ではなく旧姓であったものの近付いて来たからには情報を得る為であるとか、そこには何らかの目的が存在していると思う。捨て去れなかった過去の自分と無意識に重ねて、自分と同じような目をしていたから心情を理解出来るのは同じ立場の自分だけだと思い上がっていた。
守る為に命を張るか復讐の為に命を燃やすかなんて虚々実々な正否は、それらの対象が相手なのか自分なのかで違ってくる違いは雲泥の差。
「あなたに復讐することが出来て良かった、そう言えば満足ですか?」
仲が悪かったのに仲を取り持ったら仲が良くなってしまって、発展したスキャンダルに足を掬われて、空騒ぎするあいつと対峙した貴女の些細な変化に気付きたかったのに、己のシックスセンスも当てにならないとつくづく思う。

「事件の裏取りをこれからって時に。」
貴女が退職届を出したことに文句を言いながら伝えに来た貴女の先輩の脇を、押っ取り刀の全速力ですり抜ける。
「事件解決おめでとうございます。これで幸先がより良くなるんじゃないですか。」
笑っていた貴女の元へと急ぐ。どうして貴女を一人にして置いてきてしまったのか。違和感は最初からあった筈なのに。
へらっと逸らかされてもしれっと邪険にされても、不敵な笑みを黙殺して一緒にいるべきだった。貴女に何かあったら、貴女が貴女に何かしてしまっていたら、一体どうしたらいいのか。

退職届を出したら案の定引き止められたけれど、引き継ぎも荷物の整理も済ませた上だったから、無理を言った上司も最後には受け取ってくれた。
挨拶も無しにと貴方はきっと怒るだろう。けれど、上司以外に顔を合わせるつもりはない。見上げた元職場になったこの建物も二度と見ることはない。

横断歩道を身軽に渡ろうとした時、腕を掴まれて目の前を車が通りすぎる。後ろを振り返ると、私のことを走って追い掛けて来たのだろう。貴方は膝に片手をつきながら肩で息をしている。
「病院に行きましょう。まだ間に合いますから。」
「病院って・・・体調は崩していませんし、間に合うとか何の話ですか?」
「殺さないでくださいね。って俺言いましたよね?」
「私は乗り込んでもいないし、暴れてもいませんよ。」

最初からだった。衝動的でもなければ計画が変更された訳でも選び直された訳でもなかった。次善策などない。匕首を自らに突き付けて、誰にも何も告げないまま、黙って初めからこの結末を見据えていた。
憶測だけの仮説だとしてもこの辻褄の合う主張は、証拠をもって否定するまでもなく。何の躊躇も無かったから本気で思っているのが分かる。自分の胸に聞いても本気でそう思う人間は、他人に対して頭がいかれているか、自分に対して狂ってしまったかのどちらかだ。潔いと褒めるべきなのか迷えと叱るべきなのか。
「心配しなくても粗相の無いように、邪魔されないところでしますから。気付かなかったふりだけしてもらえると有難いです。」
何を言っているのか理解したくもないけれど、俺の言っている意味を理解して、それでいて何も隠す気がなくて、今から行うことの事実をただ述べているだけだから余計に理解出来ない。
だけど、言ってくれればよかったのになんて言わない。言えないくらいあいつに傷付けられてきたのは分かっているから。説明を求めた俺に話してくれただけでも御の字だったから。
心の風邪をどうしてくれようか、この心を病んでしまった大馬鹿者を。あの時と同じく冗談だと笑って言ってくれたなら、ある程度は軽く返せるのに。
「是非そうしてください。と、言うとでも思いましたか?俺を甘く見ないでください。悪いですが、いえ微塵も悪いと思いたくはありませんし、そうはさせません。」

掴まれた腕を一向に離してくれないどころか、貴方の宣言のような言葉の意味を理解しようとする前に、焦りを含んだ言葉と共に引き寄せられた。
「殺さないでください。貴女を殺さないでください。死なないでください。」
十字架を背負えず肩代わりも出来ず、大切な思い出までも憎しみで消してしまうなんてこともなく。あの瞬間に私の世界は正確に歪んでオンブレ。渡ろうとした信号機と同じ赤色を基調として、カラフルなモノトーンにBGMはレイドバックなブルースだ。
「復讐するべき未練も恨みある相手も、解決してくれたのは貴方ですよ。」
「貴女、あいつのこと恨んでませんよね。未練なんてこれっぽっちもありませんよね。」
真っ直ぐな太刀筋を見逃して欲しかったのか、湾曲的な手旗信号を見咎めて欲しかったのか。死ねる可能性があるからこそ生きられる。いつでも死ぬことが出来るという思いは、ある意味救いになっていたのかもしれない。私をこの世界に結びつけていたモノが役目を終えたら、裏返って引き裂くことになるのだから。
「これ以上、私が居る理由が分からない。」
何にも束縛されなくなった自由さは、どこへ行ってしまうのかどこへ向かえばいいのか、不自由さが分からなくなった不安を纏う。

「苦しいことなら俺が背負いますし、楽しい時には貴女と一緒に居たいです。」
「そんなことは、もうどうでもいいんですけど。」
「・・・そんなこと?俺にとってはそんなことじゃないんだよ!」
貴方が私の名前を優しく呼ぶから、私の存在を許してしまいそうになる。境壊線を越えているのに死にたいなんて贅沢と、呪わずとも助けを求めていたのか。苦しいなら跡形もなく壊したい私と、大切だから丸ごと全部守りたい貴方。壊れたら壊れたそのまま放置の私と、元の形に戻せなくても直そうとする貴方。今のは聞かなかったことにしてと私が言ったところで、聞いてしまった以上それは出来ないと今の様子の貴方なら言い張るだろう。

「貴女が好きですから。」
「それだけの理由ですか?」
「それだけで俺にとっては十分な理由です。」
固い意思を否定しても、意に沿わなくても、意に背いてでも、貴女から貴女を守り、貴女を助けたいと思う。賢しらなのは分かっているけれど。

「俺が奪っていいですか?ってか奪います。貴女から貴女を奪います。」
貴方はそう言って並べ立てた言葉で、私が死ぬ理由を潰し私に生きる理由を与えて私を私から奪う。
「貴方は随分と強引な人だったんですね。」
「貴女のガードが固すぎるからですよ。」
生きることを認めて縋ったんじゃない、死ぬことを諦めて振り切っただけだ。
けれど、呼吸はもう乱れていないのに鼓動がとても速いから。
抱き締めるからハグぐらいに緩んだ貴方の背中に手を回しトントンと軽く叩く。
私の計画は貴方によって頓挫した。

退職届は受理されることなく撤回すらすることなく、人手が減らなくて良かったと言われて裏取りに加わる。
「付き合っているという認識でいいんですよね。」
私にそう問い掛けられた貴方が飲んでいた珈琲で咽てしまうのは、もう少しだけ先の話。

583.うちの者を可愛がってもらったみたいでと悪たれを統廃合すれば後光は差すのか

あの子の様な被害者を出さない為?
悲劇を二度と生み出してはならない?
命を玩具の様に弄ぶ犯罪者を抹殺する為には仕方がない?
地位の為ならば隠蔽や冤罪も躊躇わず己の保身を優先する上層部を壊滅し再生する為?
あの子の事件をトレースしてあの子と同じような傷を増やしたとしてもそれは正義の為?

乱暴されて父親が誰か分からなくてお腹はどんどん大きくなるのに誰にも言えなくて
跨線橋脇で蹲っているところを連れて来られた先は立錐の地も無い産婦人科
お金はいいからと入院させられて囲炉裏を囲んで仲良くなったのは同じ週数のあの人
産むしか出来なかったあの人に取りかえを提案したのは第三セクターも頼れない私
あの子の為の効率重視は時を進めて早い成長を齎すけれど私は同じ時を刻めず経験値も積むことは出来なくなる
取違えの善意に感謝は出来ても養育を押し付けた謝罪は出来ない

あの子の為にお揃いのミサンガを作る
あの子に辿り着く唯一の手掛かりかあの子に辿り着いてしまう決定的な証拠か
母親にはなれなかったけれどあの子に恥じない生き方をしよう
そう思って心の中にトーテムポールを建てて生きてきた
二度と会うことはないと思っていたから
会わなくてもあの人と幸せに生きているのなら

けれど二度と会えないどころか生きてもいなかった
それは決してあの人のせいではない
被害者とその母親として写真と名前を参考資料として捜査会議で見るまでは知らなかった
テレビや新聞を見る暇もなくあの頃はがむしゃらだったから
遺留品のミサンガで他人の空似は否定された

あの子があの人の実の子供ではないことは事件の時に判明していたけれど
マスコミの餌食になることを恐れて公表はしなかった
補足事項としては初動捜査が遅れたことに批判が殺到することを防ぐ為
捜査を徐々に縮小していって行方不明のまま打ち切られた

確かに憎い
被疑者も上層部も懸命に捜査していたであろう捜査員もあの人でさえも
その当時の何もかも
でもだからといってあの子の事件の再現をする必要性がどこにある?
ミサンガに託した願いを滅茶苦茶したのは他でもないあなただ


あの子を道具にして自己満足でしかない復讐なんて勝手にしないで

584.交際申告書を提出しても良いと考えます

ふらふらと壁にぶつかりそうになるのを止めてくれて
その原因である高熱を解熱剤で済まそうとする私を
説明は自分がするからと言って病院へ連れて行ってくれる
治療を受けている間に買い物をして家まで世話を焼いてくれた

張り込み中に女性達に囲まれナンパされて目立っていた貴方を
上司の許可を得たとはいえ更に目立つ方法で騒ぎを収める
ヤキモチを焼いて強引にキスをした上で私のモノだからと自慢気に彼女宣言
犯人が近付いてきたので誤魔化す為に抱きついて肩越しに観察する
私の謝罪を貴方は寧ろ助かったと感謝で返してくれた

酔った感覚が分からないからお酒を飲まない私に合わせて食事に誘ってもお酒を控えてくれる
その時の笑みが硬いからお酒を飲めるようになろうと思って貴方の誘いを断り練習を重ねる
家だけではなく場所を変えるのも良いと聞いて公園で飲んでいたら貴方に見付かってしまった
酔っていないという千鳥足の私に
そんなにふらついている人が酔っていないわけがないと貴方はゴミを纏めて私を家に送る

水を持ってきた貴方はお酒を飲んでいた理由を問う
けれど私には言うつもりがない
これは私の問題だから貴方に迷惑はかけられない
貴方には関係がないことで言う必要性はないと考えます
そうですねそうですよね僕には関係がないですよね僕は必要ないですもんね分かりました失礼します
早口にそう言って踵を返し出て行った貴方を傷付けてしまったのだと悟る

周りの会話や質問に対する答えで私は私の性格や表情をチューニングしてきた
今までは多少変な人でもそれで良くて周りが事情を知ったこれからはそのままでも良いと考えていた
組織に必要とされなくても今の部署には必要とされていることを認識しているけれど

定時には帰ることは少ない貴方をほとんど定時あがりの私は待っている
エントランスにいた私に貴方は驚いているけれどそれを無視して
夜分遅くにすみませんと私は謝罪する
私は私の感情が分かりません
ですから貴方を傷付けてしまったことは分かっても理由までは想像出来ません
これ以上貴方に迷惑をかけるつもりはないので安心してください
今まで私の面倒をみていただいてありがとうございました
謝罪を済ませたら用はもうない
貴方の時間をこれ以上奪うつもりもない
お時間をいただきありがとうございましたと帰ろうとしたら手を掴まれた
冷たっ一体いつからここにいたんですかとりあえずあがってください
意味を聞く前に答えを言う前に手を引かれて温かい飲み物を渡される

気付いたら目で追っていたとか
捜査なのに浮足立っていたとか
家まで送るのに偶然を装っていたとか
食事でもお酒でも一緒にいたかったとか
緊張していたから表情が硬かったとか
私に必要とされたかったとか
他の人とは違う繋がりを持ちたかったとか
同僚以外の関係性になりたかったとか
私に恋愛感情が無いからこそ渡したくなかったとか

私が素のままで気にするのは貴方だけだと言ったら貴方はどんな反応をしてくれるだろうか

585.命旦夕に迫る、括弧仮

主宰された張り込みの応援に駆り出されて、好き放題に暴れ逃げようとする被疑者を、特筆破天荒に確保してしまって、少々注目を集めてしまったショッピングモールでの逮捕劇‐ランデブー‐。国際犯罪組織による劇場型犯罪の摘発をちゃんちゃら可笑しく取り沙汰されないように、ピーチクパーチク囀ずらせることなく感服させようと、撤収作業の見せ所中の片隅。
中央にあるアーチファクトで舶来品‐モニュメント‐的な噴水の向こうに見掛けた母親とその子供。保護命令の手続きを手伝った縁があって、今現在はどうしているのかとそこはかとなく気になって声を掛けたかったから、張り込みのペアを組んでいた彼に待機場所を離れる旨を告げ、何かあったら呼んで欲しいと願い出た。

足早に親子の元へ向かう途中で、曲者の意を汲み取ったノッチ音が撃鉄を起こす。親子の左斜め前に見えているキッチンカー周辺が訝しめにざわめいた。
旋盤の看板が倒れ飲食用の椅子が旋回しながら吹っ飛んで、その原因である男が手にしている物に周囲の人々が悲鳴を上げ、それぞれが勝手に動いて騒然となる至高のリバーブチューン。
男は鈍く光る刃物をキャタピラの如く振り回しながら、親子の元へ単刀直入かつ一直線に向かう。男の正体は、地雷をおくようなテクニックで行動を制限し、鎖を架けるように親子を自分の理想に仕立て、金をふんだっくって貢がせる夫であり、活躍しろと言うくせに弁えろと言う父親だ。
悲鳴を聞いた他の捜査員もこちらへ向かっているだろうけれど、距離があってベルヌーイの定理であっても間に合うはずがない。

逮捕術が得意ではないから大部屋俳優ばりに苦戦を強いられるだろうけれど、才媛とはなれなくとも何とか膠着状態には持っていきたい。まだ間に合いますその刃物を渡してくださいと交渉を持ち掛けても、短気は損気といった思索の言葉など、興奮している男には届かないだろうから。
私が細大漏らさず迎撃しなければ、明日を待たずに早い者勝ちと襲われて、新境地でリミックス最中の親子に今日すら来ない。

腰が抜けてしまったのかその場から動かない親子を後ろへ突き飛ばすように引っ張り、振り下ろされた刃物から庇う。切られてしまった肩は知らんぷりして、背中を見て学んで技を盗む見取り稽古は上手くいったようで、殺意に満ちた視線に対して牽制を先取出来ている。
親子と男の間に入り両者を離れさすことには成功したけれど、出過ぎた真似で邪魔をするならお前から殺してやるとばかりに、振り回される刃物によって男の間合いにも近付けず体勢を崩されてしまった。
片膝すら付けないままの私の横を、すり抜けようとする刃物を掴んで何とか阻止する。

止めてと戻りたくないと一緒には居られないと、子供を守るように抱き締めて、逃げ場にしか救いが無い急迫不正の母親は、それしかないならいらないと震える声で叫ぶ。
今はこのままでいいと思っていても、この先もずっとこのままでいいと思い続けられる確証なんか、安心したくて思い込みたいだけで正当防衛を逆算したってない。飼い殺しの奉加帳に見込まれて、マルチ商法の盗作にネズミ講の名義貸し、御眼鏡に適う度に情緒不安定さ‐ランサム‐が片手間に増えていく。逃げ場のないところで平伏でも投石でも騒ぎを起こしたくはないけれど、せきばらい一つにだって怯えたくもない。
論より証拠と拒否したことが挑発を焚き付けた形となって、掴んだ私の手を真っ二つにする勢いで振り払い、男は倒れ込んだ私に見向きもせず、親子に一刀両断の照準を合わせる。

男が力任せに突き立てた先で、私のお腹から刃物へ伝った血がポタポタと滴り落ちる。力では押し負けてしまうと再考に見切りを付けても、土左衛門にとって解答‐カモフラージュ‐の持ち時間は、足跡を辿っている暇もなく、逃げられるとでも思ったのかと目減りしていくだけ。
刃物を引き抜こうとする男の背に駆けて来る捜査員が見えたから、揉み合いながらも捜査員の方へ男を蹴り飛ばした。刃物は弧を描きながら噴水へ落ち、尻餅を付き立ち上がろうとする男を、捜査員が引き倒しながら力づくで押さえ込みにかかる。悪あがきで心行くまで踠く男に、大人しくしろだの暴れるなだのといった書き起こせる程の怒号が飛ぶ。

蹴り飛ばした反動で膝から崩れ落ちる私を抱き止めたのは、張り込みのペアを組んでいた彼だった。
救急車を呼べとかタオルを持って来いとか、そういった焦りを含んだ言葉が飛び交う中で、彼に問うて親子の無事を確認する。
そして覚えている限りの、親子の名前とか男の素性とか三人の関係性とか、追々に代打‐アナライズ‐すれば事足りるだろうけれど、情報‐レーベル‐はテレグラムより素早く有り物より多い方がいい。静養が必要な程の恐怖でまともに話せないだろうから。
バックボーンが豁達豪放では不味いけれど、私自身も知らず知らずに口パクになっていくのは、生成的AIですら審議せずとも既定路線。
もう喋らないでくださいと、もう分かりましたからと、お願いですからと、すぐ隣にいる彼が自分せいだと慧眼の無さを嘆きながら私を呼ぶ。

裂いて割いて咲いてなし崩されて、プロムナードが赤色に染まっていく様は、感極まるほど滅多にお目にはかかれないだろう。
寝られるぐらい心地よい曲という声と運転という揺れによって、目を開けていられなくなる。
聞こえてきていた音が遠く離れてゆき、トントン拍子に感覚が分からなくなって、上澄みは何バレルか。

最後の最期の見所は、慣れた彼の声と温もりが最適解。

586.ラブコール≒マジックアワー

「俺、困らせていますよね。」

直情的な彼の方がよっぽどしけて困った顔をしている。

私の過去を知っていたから言わなかったけれど、部署異動することが決まって、居てもたってもいられなかった。分かりますと言いたいけれど分からないと言われてしまうけれど分かりたいと言いたい。
オルタネートでもいいからと一年のお試し交際を申し出た彼は、バックハグをしながら食事に誘ったり寒くもないのに寒いからと言って手を繋いだり、フゴイド運動もエンジン全開だった。

二人と出会ったのは中学校の入学式。
友達はたくさん出来て学校生活も楽しいけれど、三人で居るのが一番楽しかった。あの人の夢は警察官で、親友の夢はモデルか俳優で、私の夢はまだ決まっていなかったけれど二人の語る夢を応援することだけは決めていた。
一歩踏み出してしまうのは墜落するから‐ダメ‐だけど、一歩避けてしまうのはもっと凋落してしまうから‐ダメ‐。二人の横顔を見ながら気付かないフリをする。この空気を大切にしたかったから。

けれど、親の転勤に付いて行かなくてはならなくなって、共同注視へいっぱしにケジメを付けようとしてしまった。
あの人に告白をして振られる前に失恋をする。貴方を見ていたのだから分かるよと笑って、ここはオススメのスポットだと言って紹介した。
分かれ道で別れた数秒後、背後でブレーキ音がする。振り向いても逆光に遭って、車と黒い塊が飛んでいく形しか見えなかった。
謝っても説明しても積めない賠償金も癪に障る機序にしかならなくて、親友との間にはその瞬間から隔壁が出来た。

合わない部署にスカウトされて、情報漏洩の胡麻擂りに意見をしたら命令違反だとして辞めさせられそうになって、今の部署に拾われて慣れない捜査に悪戦苦闘して、無理をしながら血を吐いて倒れても大人しく引き受けたのは、あの人の目指したかった座標を結実させたいから。
過去が羨む大切なものを、過去を羨むように汚すような真似をして、希望に溢れる眩しかったものを曇らせたのは私自身だ。
あの時のあれと問われてもどの時のどれ?と返して、あの件と問われてもどの件?と返して。
けれど、この事態を招いた自覚はあるか?と問われれば答えはハッキリと出ている。

若造と言われようと、バーターと言われようと、猿芝居と言われようと、大抜擢ではなく大冒険と言われようと、今が旬なら次の瞬間から旬が過ぎると言われようと。お湯に溶かされた塩素でロベリアが咲くような百花繚乱のご時世で、稜線をダッチロールしながらも食い気味にスタッキングしている。
そんな親友の記事をスクラップするくらいしか私には出来やしない。

親友が主演の撮影現場で起きた事件。
起き抜けのようなふわふわ感に独自の造語を多様し、インポートでデコレートされた彼女の命を奪った凶器は、お芝居用の小道具の見本として保管されていたスティレット。
かなり恣意的な性格で親友とも噂があったようだけれども、それは嘘だと相場が決まっていた。
頼るべき人を頼って必要な情報を得た捜査は、眉根を寄せた一人の女に行き着いた。

「おたくは真面目な顔をして、ふざけたことを仰いますね。」

才能を発掘してノベライズに尽力して、鍾乳洞で小石‐ケイブパール‐に躓いて埋もれさせたくないと、至れり尽くせりのルームサービス並みにタガが外れた計略は、サプライズではなく恐れ戦く嫌がらせにしかならない。
愛そうとして憎んで、信じようとして裏切って、守ろうとして壊して、失敗しないことが成功で、退屈な天国が芽生えさせ楽しい地獄が栄養となり、駄目出しが水をやって育つ純粋培養。

「捨てたんじゃないわ、乗り換えただけよ。」

死地と定めた場所‐アジト‐に呼び出し、一度目で動きを止めて二度目で彼女の息の根を止めた。

「殺人鬼と殺し屋を一緒にするような、あんな醜穢‐レベル‐の女と一緒にしないで!」

投げ付けられたリベットをジャストで躱して、剣心一如の改造銃‐ショット‐で、仕上げの心神喪失なんか賭けでも狙わせない。

「そういうとこあるよな、全部背負ってさ。あの時だって俺に言い返さなくて。八つ当たりしていた俺より、今だって強すぎだろ。」

「この状況でそんなことに感心している場合?」

心の声へ勝手にアテレコなんてしないけれど、茶化してもそう言うってことは、親友も同じことを思っているのだろうね。
親友があの人と相思相愛であると、私が気付かない筆致にも限度というものがあるのだから。

あの人の夢に誇りを持てるようになって、再会した親友と思出話が出来るようにもなったけれど、私のせいとずっと心に引っ掛かったままだった。

「困ってはいないけれど、分からないが正直なところかな。」

鼻が利く先輩に鎌を掛けられて釘を刺されたらしい。変なことを吹き込んだつもりはなくて、不器用な先輩は背中を押したつもりだろうけれど。

「私は知っていて受け取ったから、迷惑だなんて思ったことはないよ。貴方の気持ちを無駄にはしたくなかったから。けれど、貴方の優しさに漬け込む形になってしまっているのも事実ね。」

「いや、優しさというか・・・。どちらかというと、俺の我が儘で自己満足だから。」

人生は一度きりだからこそ、あの人と親友と仲間割れをしてでも手放そうとした。
人生の優先順位に自分の気持ちを入れることなんて出来なかったから。

「でもね。何を食べようかなとか、休みの日に何をしようかなとか、これは貴方が好きそうだなとか、貴方と一緒に行きたいなとか、考えられるようになったの。」

貸金庫並みに大事に仕舞われていた初恋によって、恋愛感情が愚鈍になってるかもしれない。

「我が儘でも自己満足でも、貴方のおかげよ。」

振り向かないで、過去につけられてる。

「私を好きになってくれてありがとう。」

今日という日は明日の思い出になるから、絶対に目を離さないで。

「よかったらもう少し私に・・・、私と付き合ってくれませんか?」

587.カクテル言葉を致死量‐フェイデッド‐にならないように計算しながら敢行してもハナから時間切れ

とある組織を秘密裏に追う、対外的には昼行灯‐レガシー‐な部署。私はそこの室長を拝命していて、部下が三人います。

署内見学会を押し付けられていた彼女を、借地借家法をも無視して警務部から引き抜いた。目を付けた理由としては、母親も間違える程の双子を即座に見分けられていたから。
私の調べによると彼女は舌を巻く程の第六感を持っていて、彼女の気付きでかなりの事件が解決出来たにも関わらず、奇を衒っての行動だとか偶然の直感だとかと決め付けられ、手柄を持っていかれて彼女はいつまで経っても示しのつかないお荷物扱い。
彼女自身も出世に興味が無いどころか常にオドオドしていて、事件は解決したいが目立ちたくはないらしい。
その背景に絡んでくるのは、酒好きで彼女にも彼女の母親にも暴力を振るい、急性アルコール中毒で突然この世を去った彼女の父親。組織に属していたものの末端であり、組織の情報も酔っぱらいの戯れ言として認識されていた為、情報を伏せられていて何も知らない彼女と彼女の母親は、組織から放置されることとなった。

彼女の過去に自分が、いや厳密に言えば自分の父親が関わっていることに、こんなに感謝したことは無い。
距離を取りながらも徐々に詰めながら、事情は追って話すなどと誑かす庁内の人間に、軽いジャブを交わすどころか立場の差を利用して、妙な動きをすれば命の保証はないとばかりにうなぎの寝床へと追い込む。スリルがあるのは歓迎だが邪魔をされたくはないし、血の気が引くような自棄を起こされたくもないから、のべつ幕無しには自らの投降を促しましょうか。

彼女にとっては手前勝手に誘われる食事でしょうが、直属の上司という響きに浸れるこの上ない優越感。
悪いようにはしませんよ、という意味を込め顔を滅茶苦茶近付けてニッコリ笑えば、彼女が小さく悲鳴を上げたり小さく飛び退いたり、キョロキョロと目を動かす姿や仕草は、小動物的でとても可愛いらしい。ドキドキとした挙動不審な態度は、凡人にとっては嫌われたと思ってしまうのも止む無しでしょうけどね。

彼女が居なくなってから検挙率が落ちたり、彼女が来てから私の部署が事件を解決したりして知名度が上がったことで、彼女に近付く輩が以前より増えてしまった。
流石に私でも全員を排除することは出来ない。しかし、彼女は強く言われれば断れないから。
ほら、また。
情報屋と会う約束の時間が迫っている時、遠目に見掛けた彼女。仲良さげな雰囲気に、ちょっとどころではない嫉妬心を抱く。

情報屋と話をしながら、視界に映るカップルらしき二人。先程の彼女の姿を思い出してしまって、押し込めたはずの嫉妬心が湧いてくる。そしてタイムリーなことに彼女からの着信。
報告があるという彼女に、今忙しいから後で聞きます。と、欺罔して一方的に電話を切った。
情報屋が意味ありげな視線を寄越してきたが、黙殺して話を続ける。

情報屋と別れた直後、部下その三から着信。
外出先から戻ったら彼女から電話があって、見掛けた不審者が今追っている事件の容疑者と似ていて尾行している、と。場所を聞く前に通話が途切れてしまったから、彼女の携帯の位置情報から部下その一が割り出した場所に、部下その二と共に向かっているという。
私に報告というのはこの事だろう。しかし、部下その三に連絡出来るなら私でなくてもいいし、彼女から電話をもらってから随分と時間が経っている。
その理由も部下その三が解明してくれた。
最初に私に電話を掛けて忙しいと切られた後、部下その一に電話を掛けたが私からの頼まれごとに追われて多忙を極めていた為に諦め、部下その二は聞き込み中だった為に不通、部下その三でやっと通じて話が出来たらしい。
律儀に階級順に電話を掛けるとは。

帰る途中で降りだした雨は、着いた時にはどしゃ降りになっていた。雨の予報では無かったはずなのに、と濡れてしまった上着を見ながら思う。
しかし部下その三から掛かってきた電話で、窓の外の雨を睨むことさえ出来なくなった。

位置情報から割り出された場所の付近を捜索すると、すぐに彼女の携帯を発見した。そしてその側で彼女本人も見付かった。
どんよりとした景色に溶け込むように壁にもたれ掛かっていて、ずぶ濡れでめった刺しで瀕死の状態で倒れている。
直ちに救急車を要請し周辺を捜索、現場検証も始めてはみたものの雨のせいで痕跡がまるで見付からない。
周辺は防犯カメラも無く、人通りも無い、報告も犯人に繋がるようなものはあがってこない。唯一の手掛かりは、不審者が容疑者と酷似していると言った彼女の報告であるが、それだけではたとえ不審者が容疑者だと断定されても、彼女を襲った犯人が容疑者だとは言い切れない。
指揮権を取られまいとした捜査本部から追い出された私は、病院に向かい手術室の前にいる救急車に同乗してきた部下その二に交代を告げる。
あの時の嫉妬心の口利きを素っ惚けたならば、思い付いた言葉を一回だけでも篩に掛けてから言えたならば、この状況の潮目を変えることは出来たのだろうか。

赤いランプが消えないまま、部下その三が濡れ鼠の状態で様子を見に来た。彼女の無念を晴らす為に一丸となっているものの、芳しくないのも変わらない。
不意に手術室の扉が開いた。
出て来たのは看護師だろうか、彼女の仲間の警察官だと確認して手渡されたのは布切れ。彼女が握り締めていたもので、雨にも晒されていないし血の様なものが付着しているから、捜査の役に立てられるのではないか。と、手術を担当している医師が渡して欲しいと持ってきてくれたようだ。なんでもその医師の知り合いに警察医がいて、捜査のことを聞き齧っていたそうだ。
直ぐ様、部下その三に持ち帰って鑑定を依頼してもらう。

赤いランプがようやく消え、集中治療室に移ることが出来たが油断は出来ない。
ガラス越しに様子を窺っていると、部下その二から着信。
マスコミ報道で彼女のことを知った一人の女子高生が母親と共に警察署を訪れた。見知らぬ男に襲われた時に彼女が助けてくれたらしい。恐怖で部屋に引き籠っていたが、ニュースの速報の通知を見て、勇気を振り絞って証言をしに来てくれた。そのお陰で彼女が見掛け尾行していた不審者は、今追っている事件の容疑者で確定した。
現場に戻った部下その三の代わりに部下その一からも連絡があり、彼女が握り締めていた布切れは、検出されたDNAを含めて鑑定した結果、容疑者と一致。
つまり、事件を起こし警察から追われていた容疑者を、不審者として彼女が見掛け尾行、その報告をしようとしていた時に女子高生が襲われる場面に出くわし、思わず携帯を投げ出して、女子高生を助ける為に格闘、女子高生が逃げる時間を稼ぐ為に容疑者の服や凶器を掴んで足止めした。
恐らく事件の内容はこんなところだろう。証拠も証言もあり、容疑者は追っていた事件も含めて逮捕されることとなった。
捜査本部も私の立場を考えたのか頼んだ覚えもないのに、面子を守る為に顔を立てるカントな様は、開いた口が塞がらないとはこのことだろう。

ガラス越しの看護師達が騒がしくなる。彼女の意識が戻ったようだ。
何か話しているとのことだったので入れてもらうと、涙を湛えた彼女と目が合う。まだ意識が朦朧としているのだろう、焦点は合っていないけれど私のことは認識したようだ。
彼女は犯人を逃がしてしまったことを謝罪する言葉しか言わなかった。私を責める言葉も女子高生の安否も握り締めていた布切れのことも、何一つ言わなかった。
私が何も言えない間に繰り返される謝罪の言葉もだんだん小さくなっていって、看護師達は私を急いで集中治療室から出した。

容態は安定したが、背に腹は代えられなかったのではなく、どうなってもいいと思っていたからこそ、彼女は今まで自ら死ぬことさえしなかったのだろう。
手に入れようと囲い込むはずが、顎足代にも逃げ切りにも逆転勝利にもならずに、手放す羽目なってしまうところに加え、血は水よりも濃く、彼女にとって私は彼女の父親と同じだった。
ごめんと言うだけなのに私が悪いのにたった一言なのに。しかしながら、たった一言で済ませてしまえるようなことでもない。

彼女が納得しようが私が納得しまいが、答えは出会う前から出ていた。
一等星の優等生が馥郁に炙り出されて身を持ち崩すのは誰の台本通りでもない。