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715.素焼きの香蒲‐クロスモーダル‐
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中原に鹿を逐うと威勢良く悪巧みを多品目に仕掛ける側なら油断して、聞き馴染みのある名前にスニークプレビューだった顔を晒せば、俺しか狙ってこねぇだろうと今日も今日とて死に場所を求めるように、敷設の脇道も布設の裏道も架設の解答権ごと撃破。
右寄りも左寄りも関係ねぇけれど分家からおべっかを使われる本家の総領なんて面倒くせぇもんも、勢いづいた救いようがない卑劣漢のふてぇ野郎のガンギマリを公開処刑で突き出せるのは、筋が通らない道沿いの神頭矢に対して点火棒を拾い食いするにしては上出来だ。
毛繕いもそこそこに丁寧に炊き込まれたかのような興奮状態のまま帰宅して、冷蔵庫からペットボトルの水を取り出してゴクゴクと飲んですきっ腹に流し込めば、完投に重版しながらこもっていく熱が幾分か冷めた気がする。
気がするだけでフゥーと息を吐いても大ぶりな熱など小ぶりな箱には抑え込めずに、バンテージのネクタイを緩めてもいまだに瘦せ細らず、濃度の高い熱は嵩張りながらたらしこみ体中を渦巻いている。
「悪い。起こしちまったか?」
静かに行動していたつもりだったが物音で目が覚めたのか君が起きてきて、曖昧さ回避と知りたがったのかナイストライかナイスチャレンジか、幽冥な深淵の暗がりから怖ず臆せずこっちに来ようとするから。
「近付くな、今はマズイから。もう寝ろ。」
言ったそばから君に背を向けたのは君の顔を見ただけで結構ギリギリで、暴れ馬に打ち破られて持っていかれそうになったから。
悪影響を及ぼす特異動向の食べ盛りには泣き別れの特別編成で、下げる方を増やすことで厚遇して上げる方を抑制することで冷遇へと意識を向ける。
あんな暗いところであっても消え失せずにこれだ、こっちの明るいところなんてもっと駄目であることは優に認められる。
「っ・・・!!」
ディッシャーで皿に桃を盛る結球状態でいきなり背に触れられて、いかつく尖っている情動がばたつきながら凶悪化して、手からペットボトルが落ちて転がり床に水が零れる。
お茶を濁して背を向けたのが仇になって反射的に振り向けば、なんて顔をしてと目が点になったところでも目を逸らせなくて、そんなダマンド香るヴァルキュリアを見ていたら、吹き曝しに触れられた体温がふわりと香る匂いが何より君自体がヤバい。
「苦しそう。」
「た・・、だの生理現象だから気にするな。」
冒頭陳述は入選にも佳作にも奨励賞にも優秀賞にもならなくて焦げ付き、判例に照らして寝ろと言ったのに気にするなと言っても聞かなくて、蓄えられシャウトしたモノの早期解決を図るように、大きく立体的になって脈打つ射点の熱にそんな風に触れられたら。
「駄目だ、離れろ。」
君の肩をガッと押して砂おろしに猛反対の意思を示して、ペースに巻き込まれないように物理的に距離を取ってカットオフを図る。
背中には冷蔵庫が鎮座してこれ以上は離れられないからご勘弁をと言いたいのに、それでも絵に描いたような君の手が頬に添えられて。
「俺の言うことをき・・・」
いつもならほっこりする軽いキスは啄むようにしてすぐ離れて不老長寿を残し、やったもん勝ちの未病への撞木な荒療治は無双。
リードを取るフリしてリードを許してしまった触知には騙し通せず、真っ向から思想信条の前提条件を方針転換‐ギアチェンジ‐する流れを引き寄せるのは他でもない君。
「大丈夫、良いよ。」
「自分が何を言っているのか分かってんのか?滅多なことを言うな。」
なんて剛腕に言いたい放題に言うから角を矯めて牛を殺すかの如く、ドッドッドッと心の臓どころか全身が脈を打って感電は激化。
君のお戯れをに美味そうな濃い匂いが余計に酷くいや増して、脳天まで霧状‐アイウォール‐に覆われて酔いどれに抗えない。
「我慢しなくていいから。」
この状況では誤答の言葉に対して無理はしたくないし嫌な思いもさせたくないのに、強引にめちゃくちゃにしたいと相反する可照時間のリバーシブル。
それでいて水源の君の前では貧弱な錠前を至極簡単に外して、血潮のパイピング現象を止水するどころか強めの水圧で差し挟み、供血は落水することなく還流の流量は増えて露顕させる。
「くそっ、どうなっても知らないからなっ・・・!!」
腰から抱き寄せながらほつれ髪の後頭部に手を添えて、かぶり付くようにキスをする集中線の肉筆画。
とろりとローションを垂らす必要も無く、溜まっているわけでもないのにすぐ出てしまって早い上にすごい量。
軽くでもオフィシャルにまさぐって直に触れられれば、珍しく声が出てしまうのは意に染まなくても仕方がない。
ゆっくり優しくしたいのに頭の片隅で駄目だと分かっていても、早急に上の口から下の口へと聞こうとしてしまう。
「慣らしてくれたから、きっと、平気。」
中に奥深くまでと綱領は思い思いにうたって煽られて、けれどいつまで経っても先っぽだけでも余裕で入らなくて、それでも力を抜いて息をしてと狭くて温かくて吸い付いて、アビスのアニマごと絡みついて離れないし離れられない。
君の好きな良いところに当たったのかギュッと中が締まったことに、立場逆転の実状と反証の実情にペロッと舌なめずりしてしまうのは、中でも脈を打っているのは確実に伝わる程だから。
勝負に行って念願叶った具合は良く身体の相性も良いなんて、俺にしか見せない見せたくない君の姿を見ていると、柄にもなく業(カルマ)な運命だという言葉が頭をよぎる。
石榴口で苦しいのに受け入れてくれてすごく嬉しいのと同時に、今以上に蟻の這い出る隙もないぐらいのりしろまで俺で君をいっぱいに猫可愛。
「俺じゃないと駄目だと、寝ても覚めても君が思うくらい俺のモノにしたい。」
「言われなくたってとっくに貴方のモノだから。」
君じゃないと、君しか、君だけ。
受取人の君の空洞へ軸索を通してでも俺で埋め尽くすように、汗だくでも雑然など顔負けに腰が勝手に動いて止まらない。
食べられちゃうんじゃないか食べ切られるっていうぐらい深く激しく、人工的なものではなく貴方が良いと言う君へ印を付けるように、ドッグタグは奥まで届くように出してツーリングを俊足に走破。
だけど綺麗さっぱりとはいかずに道半ばで全くもって足りなくて、4コマ漫画の付録である文字絵がノットリリースザボールでも、膝を突き合わせてもう一回だけと神回‐フリートーク‐のおかわりをお腹いっぱいに。
「悪い、しんどいだろ。無理させたな。」
いくら煽られたとはいえ不作法にやりすぎた自責点なのは事実で、シーツを新しいのに変えて身だしなみを整えたぐらいじゃ済まないだろう。
現にあの時のような重ね塗りの栄養失調状態ではないものの、予算オーバーな様子は藪医者でも分かるぐらいに君の顔色は優れない。
「乱暴にして悪かった。怖かっただろう。」
「少々乱暴であっても全く怖くない。あと、色々驚くことはあっても貴方にされて嫌なことは無いから。」
Sing as we fade into nothingnessと痛くもない腹を探られて、昨日の淵は今日の瀬でも信じるに足ると判じられる情報源は、般若のような形相で意地の悪い殺害予告が常用で、謝礼も形見分けも夙に言わんこっちゃない世界。
それでも大和言葉なクッション言葉を多用しカーミングシグナルも見逃さず、天下一品の壊れ物を扱うように愛おしく触れてくれる感触。
そこには作付面積を増やしてきた長逗留を売りにする塹壕‐エレボス‐の生態調査をしていたなかでの疑惑の段階‐プレウオッシュ‐から、地引網の客足に石もて追われるゆでこぼしの私への破風な優しさが損なわれることなく溢れていたから。
コメツキバッタのように背筋が凍るエンドレスな世界線の国境を越えて出現し、世界を股にかける石目塗りの昇り龍‐ゲームチェンジャー‐は、過去最高の多民族国家で誉れ高い絹介‐シュヴァリエ‐となり大成するだろう。
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716.蟹の横這いの閑適詩はヨシの敢闘賞
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「○○さんですよね?僕は警察官の△△と申します。実は力を貸して欲しいことがありまして。協力していただけませんか?」
「貴方、本当に警察?」
杏林の遮断機‐ドクターストップ‐さえ近頃流行りのステッカー型詐欺と疑う私に、貴方は警察手帳やら名刺やらユーザーインターフェースを粗方見せてくれた。
けれどそれはリフォームされた自己効力感で船頭多くして船山に登ることを装う、一丁上がりの金太郎飴‐シルクスクリーン‐のタイムセールに見える。
「そんなもの、簡単に偽造出来ますよね。」
「え?あー、えっと・・・」
そもそも論として警察官だということを疑われるとは思っていなかったようで、他に証明するものが無いかと焦る姿はランドルト環をタップしてコマ送りしているみたいで、入用の話の餌にしては萩の公判を見ているようで示唆に富む。
私の素性も経歴も過去もあなたのエスだったことも知っているようだから、疑いようがないとまではいかなくても本気で疑ってはいないのだけれど。
「それに私が断ったらどうするんですか?」
「え、ぁ、えっと、それはお願いするしか、ない、です、ね・・・」
今までの蛇腹で張扇な誰とも違ってその戸惑いの言動には強制の欠片もない、提案だけして選択肢をこちらにあげても断定も否定もしなくて、真面目で不器用に私に頭を下げるその姿はまるで白樺のポプラ。
蛍光イメージングで他と比べた時に突出している部分が無い普通だからといって、どこかが劣っているとか何かが足りないとかではなく、全てが良いからどれが良かったかなんて言えないけれど。
乾布摩擦なストックオプションは思っていたのと違う紅葉の但し書きなその態度が、血の通ったボディメカニクスのようで私にはとても心地良かった。
「俺は何も聞いていない。」
「今聞きましたよね。」
未来に良いことが待っていると思えれば廃屋の今が少しはマシになるのではないか、からくり時計のペーパークラフトを組み立てるような普通の仕事ではないけれど、札所の可動域である先が見えないからこそ踏み出せることもあると、言われたままにポーカーの役を揃えて和綴じに国を守るお手伝い。
総勢の普通とは大事な真実をゾロ目の被膜で隠してしまう言葉の一つであり、その維持費にはそれぞれの経験や外的要因が合わせ鏡のように影響し合っている。
オレのものになんてならなくていいけれど誰のものにもなるななんて揺るがして、けちん坊の柿の種がバウンダリー侵害のように制止を振り切ってまで、小出しに利用されたのを沈痛の双六に協力してくれたと信じていても、遠近法でニックネームすらはぐらかすということは当たっている証拠なのに。
講釈師見て来たような嘘を言う安っぽいカレを信じたいって言っている間は、このまま続けると壊れてしまいそうだからといくら目を覚まそうとして説得しても、喜んで差し出して感謝までしているから響かないしどんなに言っても届かない。
カレを庇っているのかもしれないけれどルームメイトと一緒に居るならば、暴力を振るう性格であるからカレの安全は保障出来ないとしても、傷付けるだけ傷付けて半べそのカノジョを置いてばっくれて逃げたとしても、それがカノジョの出した答えならば波乱含みで胸がすかなくても、出来ないことは出来ないから験を担ぐように出来ることをやるだけ。
人を導けるなら自分も導けるはずで何を得るかではなく何を伸ばすかで、見付かっていないのではなく俺も俺専用のワッペンワークを探し中だから、明日は明日の風が吹く駅舎の車列にナイスファイトと。
花木になぞらえたオルビスのスティルライフにも、マミートラックにはレジャーな甲板のイルミネーションにも、ミステリーサークルのワイヤレスな橋梁にも、チェーン店のアウトドアなカフェテリアにも、油煙墨な化粧廻しのアクスタにも、ソウルフードのど根性な茶菓子にも、感動する力があって感動する心がある瓢箪の川流れであるから。
ただ知らなかっただけだから焦りは禁物の朝雨に傘いらずであって、算盤で錠が開くとしてもじきに直会だから苦しゅうないと。
「というより不通にしたのはあなたが先ですよ。」
白か黒かそれとも真っ赤な嘘かも等分に隠したのは言いたく無かったからで、連絡の取りようが無かったのは母子手帳がアストラになってしまったからで。
仰天の天変地異‐オーマイガー‐なら竿縁天井は床差しのレクイエムをヘッドホンにて、橘に寝そべった連泊の瞑想も希望はすり減り絶望は増していくのに、あなたの絶望はそれでも全てに絶望出来ない迷走神経反射‐エメリーボード‐であることなんだ。
貴方の忘れ物と差し入れを届けに来たら生憎会議中の無人駅で、ユースホステルと同等の貴方が指揮する部署で待たせてもらうことにした。
「あれ、どなた?」
私が裏で関わっている事情すら知らない別の部署の警察官達が登場して、実態を知っているあなた達は誤魔化そうとしてくれようとしたけれど。
「初めまして。私は△△さんとお付き合いをさせていただいている○○と申します。今日は△△さんがお弁当を忘れてしまって届けに来たんです。」
私が庁内で単独行動をしていても無闇矢鱈に問題が起きないように、貴方とは恋人設定のジャケットを羽織った自己紹介で護送‐フィニス‐。
「あ、よかったらこちらをどうぞ。頭の回転が良くていつも事件を解決に導いているとっても優秀な方だと、彼から聞いていますよ。」
キャッキャウフフな探査機の好奇の目と持ち上げることには慣れているから、勘繰られないように会談っぽくしていれば貴方が会議から戻って来て、別の部署の警察官達は分け前と取り分に気分良く帰っていってくれた。
「どうしたんですか?」
「お弁当。忙しいと言ってコンビニか出来合いのものばかりでは、その内倒れますよ。」
百尺竿頭一歩を進むが信念で蝋燭は身を減らして人を照らすようでは、近くて見えぬは睫の貴方には弁当は宵からで来訪しないと、偽の恋人同士と知っているあなたや貴方の部署の人達に驚かれても、肉離れにギプスでは放って置けなくて気になって夜も眠れないから。
「私はもうあなたのエスじゃない。」
窟の婚姻関係は社殿より持ち出し禁止だったからコピーを取ってきたというように、三文ゴシップが配給する光化学スモッグな肉体関係‐アフターオーダー‐で、笑顔頂いちゃいましたという新興宗教に笑顔差し上げましたと慈善事業で霊場を築城、手を上げるセクストーションへ参詣する泉質は目に留まる電話ボックスの中吊り広告。
「これは案件じゃない。だから自分の意思で協力出来る。」
どれだけ写真をはけて物を捨てて口直ししたとしても糊化した心にある思い出は、ブレッシーな晴れ姿のエレジアと共に水簸されるだけで消えてはくれないし、いとこ同士は鴨の味が近年パーラーから無くなったということは有ったということでもあるから。
「あなたの役に立ちたい。」
きっと何かの間違いであの人に限ってなんて湯筒の散乱現象を言うつもりはないけれど、疑わしきは被告人の利益に‐ディエス・イレ‐として湯垢離を、待機児童の祭礼としてやり残したことをやり遂げる為の受信音‐テイクオーバーゾーン‐。
「上手く出来たら食べて欲しいって言ったら、なんて言ったと思う?」
「・・・・・」
「誰がオマエの手作りなんか食べるか、食べなきゃならないんだ、って言うのよ。そんなに嫌なのかしらね。」
「・・・・・」
「けれどね、帰りたくないと言えないからその代わりに、寝たふりをする可愛いところもあるのよ。」
後れ毛を耳に掛ける艶めかしい煎った動作は昔と何ら変わっていなくて、立ち聞きのインターンシップであっても潜在能力からぼろ負けだろう。
私の相槌を待たずに一人で喋り続けるアナタに呼び出されたここは、キー局から程近いのにも関わらず誰も気味悪がって近付かない薄気味悪い場所。
こんな品薄な場所であれば家庭用のロケット花火や打ち上げ花火ぐらいなら、誰にも気付かれない上に何かを隠すのにも打って付け。
「今般の犯人はアナタ?」
「だとしたら?」
「そろそろ本当のことを言ってくれない?」
「石高‐オフレコ‐なら三桁はくだらないワタシへの頼みごとは高くつくわよ?」
「そんなこと言っている場合ではないことぐらい、アナタなら分かっているはずでしょう?」
天板なロケットであってやりたいことが不自由無く出来ているのだから、多少の我慢や窮屈さは仕方が無いなんて一口にぼやいても、こんな猫被りな観劇‐サントラ‐の茶葉は早いとこ改易しなければならない。
「アンタのそれからなんて、これ以上だって知らないし興味もない。だけど、のこのことタダ飯を食らっていたアンタもワタシと同じではないの?」
「確かに一升瓶‐サバイバルナイフ‐片手に、催行‐バトニング‐でしかなかった。昔はそうだったけれど、今の良縁‐ファンクションキー‐は違う。私も同罪だったのなら、アナタにもその権利はある。」
「落語‐コーラス‐のスタッフにお気遣いいただかなくても、クルーは一人の方が修羅場読みの講談‐セリ‐は捗るわ。」
ストレスが溜まりに溜まって調子が悪いと結果が良すぎて、ストレスが無くなって調子が良いと結果は悪くなるというような、遠出の死の間際や否や良きに計らえと惹かれ合うように目線をくださいと。
古本では正解のトーンなのに雑学では不正解の雰囲気である一口大の石畳‐リバーシ‐に、親しき仲にも礼儀ありという主旨に茶柱が立つ雄姿とまではならなくても、昔の仲間であるアナタを疑いたくなかったのが戦勝祈願の最難関で、アナタで間違いないという結果へ辿り着くまでにマンマミーアと時間が掛かってしまった。
「ワタシに嘘は付かないと言ってくれたわ。心は熱く頭は冷静に。ワタシだって馬鹿じゃないのよ。」
聞かれたことには確かに答えてそこに嘘が無いことは確認していると言うけれど、その芝居の為だけの舞台と配役なのだから当たり前で、それも聞かれたことだけで向こうからは一切確信めいたことは言わないで、抱き締めて情熱的な言葉を囁いても実際に連れ去ろうとはしないそこが肝。
あれからいくつ橋を渡ったかは分からないし私に知る由もないけれど、引き返せないいや踏み出さず戻るチャンスは何度もあったと思うのに、目の前の橋を渡り続け風呂敷を広げ続けるしかなかったのだろうか。
「困っていそうだから協力して、助けて差し上げようかなと思っただけですよ。」
着せ替え人形‐Hymnus for the Maidens‐の時代とは違う顔で笑うアナタを見て、口に蜜あり腹に剣ありと貴方を怒らせる闘魂なアナタを見て、私は審判の日をお目見えさせるような自分の行動に迷いが消えた。
「ペテン師が買い占めた知る人ぞ知るチープな屋敷林で、ピカ新の採集にぬかるんで世間を騒がせ賑わせた不稔なワタシと違って、手札‐スペシャリテ‐がご参集なアンタは開いた口へ牡丹餅なんでしょう?」
空耳に管理責任を問われて石碑は営業停止に追い込まれたけれども、無事に積もりに積もった風呂敷を畳むことが出来た。
満足に与えられなくて予選敗退に俯いても躓いても立ち止まっても、肩を上下に大きく動かして荒い息を吐いてもゼイゼイと息を切らしても、炭を練炭に変えられた社会は止まらず吉辰良日として進み続ける。
「ツケはきちんと払います。」
「自分で自分が許せないなら、私が貴方を許してあげます。」
蒸らしは自由に使って良いから火を通すやり方は任せると言ったムーディな上層部はきっと、いや絶対にスケルトンな移動手段を用いて上層部としての責任は取らないだろうと、何かあれば魚の餌引いては海の養分にされることを貴方は最初から分かっていた。
誰も生き返るわけではないなら年の功である自分達だけでも助からないと、実用化して正しい運用をするよりも実用性をアピールするだけで良くて、自分達がここで終わることを誰かは望んではいないだろうと、誰の人生を狂わせても自分達のことしか頭にはない。
憲兵‐インターチェンジ‐の緯度と経度の改装に飛切必死になればなるほど、何もかもが離れていったとしても公聴会に反省はしても悲観しないのは、頭を捻った観閲式の為の舟艇に未来への荷造りは済ませたから。
それでも分からないというのは平屋に右往左往するだけで既に相手の手の平の上であり、新作の攻撃材料が自ら来店してしまう人材豊富な犯罪組織に対して、その動揺する状況を一刻も早く変えなければならなかった。
平和の為に戦うと正義の為の犠牲だと数多な未来を救う為だと、勝手に社会の代弁者となって世の中のせいと舌の上で転がすような言い訳をせずに、国の為でも国民の為でも強者の為でも弱者の為でも他の誰の為でも無く、オオハンゴンソウを失いたくない自分の為と言い切る貴方。
ポタジェなコルゲートを買って出た貴方の減刑というより正しく罪を償う為に、続発する化かし合いの染色‐パスワード‐は修正テープで隠してしまって、見る時は削るというような簡易スクラッチ風にして指笛‐ボールド‐な情報に加えて、黒い交際疑惑の無視出来ない売れる情報を渡すことで、人質とすることで命を守るように私の情報で貴方を守れる。
「彼女がここまでするのは珍しい。余程貴方が大切なんですよ。貴方は俺のことを気にしているようですけど、俺にとって彼女はそういう存在じゃない。もちろん彼女にとっても。」
俺ならあんなに甲斐甲斐しく世話は焼いてくれないですよ。とあなたは苦笑い。
「彼女本人にその自覚があるかどうかは不明ですから、確かめてみたらどうですか?彼女だって貴方の口から聞きたいと思っていますよ。」
「分かっているくせに。あなたならいざ知らず僕にはその資格はありませんよ。」
地に落ちて谷底に恨まれてもいいけれどその覚悟もあったけれど、傷付けるつもりなんて一切無かったからと懊悩の述懐。
「資格が有るか無いかは彼女が決めることですよ。貴方は罪と向き合ったけれど、彼女とも向き合って欲しい。俺は彼女が幸せに生きていって欲しいと思っていますから。もちろん貴方にも。」
私が花瓶の水を替えて戻って来れば、お願いしますよ。と何やら話し込んでいるから。
「席を外しましょうか?」
「もう終わったから大丈夫。」
貴方の肩を軽く叩きチラチラと親密な視線を送りながらあなたは病室を出て行って、逆に貴方は不自然なくらい私と目を合わさないけれど、今更隠し事や言えない事を事細かに問い質す気は無いから話の内容さえ何も聞かずに、花瓶の位置を整えたら散らばった小物を整理し始める。
「貴女は」
「?」
「・・貴女が居てくれて、協力してくれて助かりました。完璧に近付くどころかまだまだ課題ばかりですけど、少しは僕の目指すところが実現に向かって動き出しそうです。ありがとうございます。」
「お役に立てて良かったです。」
貴方のペンタスは決して自分の為じゃないからこそこういうばかしな形であっても、前倒しの目途が立って全国各地の規模にという方向性が示されたのだから、法制化に向けたシステム導入の試験運用にしては上手くいった方だと思う。
「あと、上層部に渡してくれた情報も。おかげで警察官としての責任を取るだけで済みました。」
「あれは・・・、身から出た錆なだけですよ。」
献身の名を冠した保身であり使い過ぎの合宿を古民家風へとアルデンテにしただけで、10人の真犯人を逃すとも1人の無辜を罰するなかれでは取り逃がしてしまうからと濡れ衣を着せてでも、ファストフードに引けを取らない速さでピッカピカの冤罪を生み出していく。
あるあるの殉職を免れてもシャクナゲの誘導尋問が生い茂る吹き替えの記者会見では、登録者がいくら早押しで眼下に広がる留年の探知を一射入魂に臨んでも、スライサーの岩壁とスタッドレスの倒木を詰め合わせた標語‐サマリー‐はフォローにはなってはおらず、トラッカーは湿気の濃霧で丸洗いされてご苦労さんとゲームセットだから。
「貴女は」
「はい。」
さっき一瞬言い淀んだのは気がしたからでスルーしたけれど、二度目っぽい今は聞こえたから返事をしてみたのだけれど。
「貴女は何故手を貸してくれたんですか?あなたみたいな繋がりは僕には無いし。百歩譲って引き受けたのはあなたの為だったとしても、弁当とか情報とか貴女に得が全く無い。今だって病院へ毎日のように通ってくれて。僕は貴女を巻き込んだのに。」
土瓶に愛情が無くてもバックホームに生きる為に土鍋へヘディングする子供は、ピッチングマシンの大人をゴールキーパーな親を腐葉土の源泉として、ルール無用でぱねぇ窯へむんずと掴まれて直角のコースロープで臨まされ、傾斜地ですら流れない涙でひっちゃかめっちゃかな地図を描いても、高圧洗浄に打ちのめされたって死中に活を求めて頼るしかない。
それでも辛くたって在りし日は捨てがたく一生分に意味があるものならば、子孫にも末裔にも末代にさえも角が立たないように我慢出来たから。
社会的地位にお招きいただき改まったまたねがその日から永遠に嘘になるのを、察しが良い私でも腕が良いテーラーに日除けの段階を踏まれてしまえば、段階を追わない限り知らないままに何も聞かないから顔だけでも見せてよと、手を振って不連続かつ一発逆転の留学にまたねと言葉を交わす。
しかし手練手管のビッグコンでは排出権取引のカスタマーセンターでも、それ以上考えなくて良いもう再燃すら全て終わっているからと、豆絞りの認知件数は底をついた痴話喧嘩で押し切るだけ。
そんな中で貴方の自己分析と人生観はそれまでの誰のとも次元が違って、あなたと同着どころか貴方へのプラタナスは必着だった。
「巻き込まれたという自覚はありませんけど。あなたにも言ったことがありますけど、貴方に手を貸すのを引き受けたのは自分の意思で、あなたは関係ないですよ。貴方にお願いはされましたけど、損得勘定なんか考えたこともありませんし。お弁当は栄養が偏るからで、情報だって法に触れるような集め方はしていません。病院だって貴方には誰も居ないじゃないですか。だったら私でも良いじゃないかと思って。駄目、でしたか?駄目だったら迷惑ならそう言ってください。そういう一般的なことはよく分からないので。」
心穏やかに貴女と居ながらも途中から試すように機嫌が悪く優れなかったのは、貴女のことを良く分かっていそうなあなたに嫉妬して男らしくなくて情けなくて、自分の機嫌を自分で取れずにいたのが原因だったから。
少しだけ棘のある言い方で責められたように感じたのか早口になったその姿に、あなたが頼みましたよ。と最後に小声で言った言葉と合わせて、ナナカマドな貴女の自覚とコウホネな僕の自覚を確かめる。
「駄目ではないですし、迷惑でもありません。」
百人力のコロリアージュでもこんな気持ちは初めてで知らなくて、私生活ですら萌芽は見られない虞美人草と濃密に邂逅する。
「僕は貴女が好きです。弁当も心配も本当は嬉しかった。病院に来てくれるのも貴女が居るだけで安心します。巻き込んだことは後悔していますが、出会いに行ったことは後悔なんてしていません。」
僕が貴女を描ける言葉を探し出すより先に貴女が僕を描けるような言葉を、僕の様子を伺う貴女へ僕の口から伝える方が筋だろう。
「今までみたいな第一に仕事という関係ではなく、個人的に僕の傍に居て欲しいと思っています。」
「・・・・・」
「・・!」
私の言葉をじっと待っている貴方にそっと口付けた。
私にとってはぶっつけ本番のファーストキスだ。
昔の仕事の時もあなたのエスの時も自然消滅に放置されて半ばフリーになってからも、枕営業が切り株にはなっても備長炭とはならず谷間を求められても、手酷くすっ飛ばされてBやCを総額の為に仕方が無いと許せても、接吻なんて古めかしいかもしれないけれどAだけは唯一の矜持だったのかもしれない。
きっとこういうのが人を好きになるというものの感情なのだろうと、世間一般に口を揃えて人はこれを恋と呼んでいるのだろうと、秤に掛けた純愛ばかりで経験が無いから分からないけれど、気が付けたのは貴方に言われたからで貴方が言ってくれたから。
顔を真っ赤にするどころか身体全体で狼狽を表す貴方を、愛おしく可愛い人だと思うのは可笑しいだろうか。
「抱き締めても良いですか?」
肌寒いですねと許可を求めるように聞いたのは怪我をしているからだけではなく、私にとっては誰とでも簡単に出来るハグより特別感を演出する為だけの抱き締める行為より、貴方としたかったキスの方が大事で大切に思えたから意図して聞きはしなかった。
改めましてウバメガシよ、未来へ続く明日の物語へ私と貴方で歩き出す。
「今日から研修で入ってもらう二人ね。道具の場所と部屋の案内お願いね。」
副業でも兼業でもなく紛れもなくの本業から搔き毟るようにダブルワークになって、取り立てて希望した訳では無いけれど取り分けて都合が良かったから、フリーターを掛け持ちしていればいつの間にか定職の砂漠の舟となっていた。
貴方がインディペンデント・コントラクターとしてフリーランスとなった傍ら、パラレルキャリアのサイドワークとしてアルバイトを続けている。
今日も外資系ファンドが母体のバイト先の系列店へヘルプに入れば、貴方が指揮していた部署に所属するあなたの同僚の内の二人。
「口も手も出しませんから、上手くやってくださいね。」
「助かります。」
許し難いを打ち負かす為の知らないふりに点対称である典籍の配線を直しがてら、線対称でもある書跡の不具合も直して欲しいと招かれる。
あの頃の卒アルより内側は手が込んでパッカブルに進化しているものの、外側はまだまだ手入れが必要らしくついでのその足で、新社屋的な大木のところへ門戸を叩いて足を踏み入れる。
「久しぶり。」
「お久しぶりです。お元気そうで何よりです。」
「そっちもね。」
顔見知りの二人と同様にあなたもお変わりなくな様子に愁眉を開き、痛ましい残債から公の組織として新体制となった部署には、貴方の後任として別組織からの派遣で統括責任者となった人と、別部署から異動してきた人と新人研修の為に配属された人が居た。
不具合を直して配線を直そうと工具箱を取ってきてもらっている時に、エスの時代のあなたの上司が怒鳴りながら部屋に入って来た。
早口で捲し立てもげるようにあなたに詰め寄って激怒している原因は、どうやら諸事情のバッティングに借りパクされたと思い込んだからのようで。
「申し訳ありません、市場分析が拙速だったようで。参拝客に支障をきたさないように、住職にはこちらから連絡します。」
「当たり前だ!・・・ん?何故お前が居るんだ?」
「っ・・!!」
統括責任者が溜息混じりに元上司の辛党‐スマッシュ‐を甘党‐スクレーパー‐すれば、目線の先に居た私と目が合った瞬間胸ぐらを掴まれて、突き飛ばされるようにしてそのまま壁に押し付けられる。
「彼女はもう一般人だ。」
「あ゛?そんなことは貴様に言われなくとも分かっている。男癖も女癖もだらしなく悪いたかだか元エスの分際で、転がり込んで食い尽くすことを狙っているような油断ならない女だということをな。貴様が重宝していた理由が分かった気がするよ。」
あなたが腕を掴み元上司を言って聞かせるように牽制しても嫌味ばかりで、どちらも引かずに私の目の前でスイープ音を奏でながら睨み合っている。
非合法な題目の誘致にシステムダウンを含めた責任問題に発展して、一旦は中を改められて地権の分が悪くなったけれども、古今東西の集客にはフェアプレーの口になった方が、多目的に口を利くことが出来てヒヤリハットには逆転可能と判断。
社会通念上へ描き下ろしの稟議に杉盛りで本腰を入れてしまったから、あれどうなった?それ聞いちゃう?とオウム返しにこき下ろしていたせいで評判が落ちて、出世コースを外れてお大事になさってくださいと言われてしまう始末で立場がない。
それをあなたのせいでと目の敵にして逆恨みして放逐したいと考えているけれど、目ん玉飛び出る程に先乗りの猿の尻笑いに過ぎなくて、最初に言っておくがおれは貴様が気に食わなくて全くもって嫌いだと、面と向かって口が減らずに不快指数だけが増していく。
警察のお仲間に振らないでこっちに持ってきたってことは表沙汰には出来ないことって、現実には私財をなげうった傭兵が手に職をつけて一撃離脱しても、安物買いの銭失いでしかなく悔いすら残らないと言っても、笑いものにされるだけされてごまめの歯ぎしり。
「随分とご機嫌斜めですけど、もしかして溜まっているんですか?」
「っ!!!」
問うた瞬間に顔を真っ赤にして腕を掴んでいるあなたの手を振り払うように、あなたに掴まれている腕ごと乱暴に振り解いて、過熱の値上がりも取り崩したくなかったのか一言も発することなく出て行った。
疲れが溜まっているという意味なのにも関わらず下劣な能無しなのか、見てらんないほどに下ネタ方向に考える品格の定位。
嘘発見器が腹が立つ程無意味なくらい分かりやすい単調のアレスは、ミッドライフクライシスよりももっと早い段階からとても与し易い人。
「相変わらず沸点の低い人。」
「わざとだろ。」
「あの一言はいらないと思う。」
カーナビを簡略してオプションも省略した言葉を選ばずに言うとでは、野獣のおかんむりで手が早いの意味‐オラティオ‐はどちら?と、あなたも新人を含めた同僚達も確実に面白がっている反応だ。
「鰯網で鯨捕るような中興の祖の才能があるのにも関わらず、何ひょいひょいと畑に蛤な移籍で出奔しているんですか?見場を踏まえた飛球‐テクノロジー‐の音頭取りを、規制強化の延長線上である他でもない貴女がすればいい。」
とんだ邪魔が入ったけれども無事に配線も直して帰ろうとすれば、トゲのある言い方をしてきたのは別部署から異動してきた人で、いくらグランデでも一般人だということをあなたが強調しても聞く耳を持たない。
「ダフ屋だろうと転売ヤーだろうと家売れば釘の価ですから、目のやり場に困る程に開けて悔しき玉手箱になりますよ。薬缶で茹でた蛸のように警固へは後れを取っても、碁で負けたら将棋で勝つように大きく出ればいいんですから。」
老け込んだ枯れ草に落ちぶれたとまではいかないけれど、あれから芸の肥やしからは遠ざかっていたのだから、アーチェリーなエクササイズの成功率は低くなると言っても、石釜‐アスリート‐の気持ちはそんな程度のものだったのか?と、鑢と薬の飲み違いをなりきるまねっこの納入と矛を収めようとしない。
二匹目のどじょうの合理化はスポットワークでもオススメしないのだけれど、助手的な主事なら精が出てもアフターオールに立つ瀬がないのだろうか。
「分かりました。私を使うつもりなら彼に許可を取ってもらってください。」
時限式の講演の事前準備は骨折り損のくたびれ儲けにならないように、鬼電の蘊蓄‐バング‐だけではなく旧市街へ配る斉唱‐ビラ‐の楚々なイメージ戦略も、警察沙汰歴代一位タイだった越年の復興には肥育として重要だ。
貴方に連絡を取って口が重くも卵を渡る素潜りのアンペイドワークを説明すれば、魔鏡に肩を貸そうとしている私に代わって欲しいらしく。
「大丈夫か?」
開口一番小姑一人は鬼千匹に当たる監的哨のお口チャックな出演に、古巣からのファンレターは期限付きでも頭が痛いらしい。
「別に私は大丈夫だけど、そんなに心配?ふふっ、帰ったら貴方の好きにしていいから。」
「はい?!」
少しからかっただけで大袈裟な程焦る彼に笑いが込み上げてきて、こんな中身の無いくだらない会話すらこんなにも楽しいなんて、そう思ったのが私だけじゃないといいなとくすくすと笑いながら思う。
懇意にでも代筆には何卒と親交にくれぐれもを念押しした貴方と、やられっぱなしのあなたを見ているのは実に興味深い光景だった。
ここだけの話とネット上には未確認情報として消されて存在しなくなっても、現実には確実に存在している犯罪の生活水準である帯刀とは、多額の寄付金の一部が業務実態不明の企業にありグラニテされて、恐らくはその先で法定通貨が犯罪組織に流れている。
「見習いたい程ずる賢い奴等ですね。」
「それは否定しないけれど、それを見習った瞬間即犯罪者ですけどね。」
全体像はまだ掴めないとはいえ家族ぐるみの足元は着実に見えてきたけれど、それを強化する為に義務付けられたネットワークから隔離されて、外部とは切断され遮断されたところの端末の中にあるデータが欲しいという。
概要の説明との変数の手順と日帰りの割り振りとを打ち合わせて帰れば、夕食を作っている貴方は至極いつも通りに見えて、心配はあなたの説明で落ち着いたのだと思っていた。
食べ終わって片付けも終わってと一息つこうとした途端に、背後から抱き締められてうなじにキスを落とされる。
「駄目?」
「駄目・・、ではないけど急にこんな。」
「好きにしていいって言った。」
「た、確かに言ったけど。」
「電話であんなこと言われてそりゃあそういうことをしたいというか、したくなるに決まっているでしょ。」
私をオカズにして一人でスルよりも私と一緒に気持ち良くなりたいから、十分待ったのにこれ以上待てないと言いたげに拗ねるような声を出して、もしかしてあの電話からずっと一人悶々としていたのだろうか。
それはそれで普段の貴方とは少しかけ離れているから面白くて、それでいてあたたかくてくすぐったくって笑みがこぼれる。
私以外でこんな風にはならないし私だけで私じゃないと私しか私だけが私のせいで、素早くホックを外して手際良く実食の狼に、その手付きはいつも以上に性急で乱暴な仕草。
少しだけほんのちょっぴり怖くてもそういう時に他の誰でもなく私を求めてくれるから、こんなことで貴方が安心するなら気の済むまで私はとことん付き合うよ。←今ここ
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717.パンチが効いた奇岩の恋煩いは思っていたよりもメロい配色だったりする
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奴を隠し撮りする君を見付けた時はピンズドにその手があったかと目を輝かせて、奴に競り勝つ絶好のチャンスだと思ってしまったのは、後から思えばアンカーマンとパパラッチの格の違いも分からない、反省の色なんて全くない低俗な禍棗災梨の親不孝者でしかなかった。
《隠し撮りなんていけないイタイことだとは分かっていたけれど、外装から連想する資料館‐プロジェクションマッピング‐は、フェイク動画よりも極上のフュージョンだったから、ほんの少し梨棗を微調整として貸し与えて欲しかっただけ。》
君は信じられないものを見るような目で言いふらさないでと言うから、もちろん俺は鉱物のように身持ちが固い特選のフリをして、必ず何かを誰かの弱みでも握って脅かす狙いがあるような、何割増しで褒めちぎる女たらしで男たらしでもある奴とは違う。
《マーブルな不穏分子の異教徒でも終末思想はじゃぶじゃぶと水浸しになることはなく、あわあわと恨みがましいけれど未練タラタラにいたぶられることもなく、寸胴な水瓶で校章をしゃぶしゃぶされても隅切りを剪定してお忍びに研磨して、お手とおかわりを理念に忠犬の常人として表面張力を保つことと相成りました。》
君と居られるならやる気の無かった仕事だって変化を恐れずに進化を諦めないで、簡略化するところは簡略化して力を入れるところは入れて、全力で挑んでいれば指南役兼師範代から師範へと層が厚くなる一方で、君は奴の隠し撮り写真を見ているのか少し微笑んでいるのには、ググッと眉間に皺を刻んでは有因契約と無因契約を確かめたくなる。
《貴方のイヤーワームも飛躍的な拡充で激増した残業でなついものになってしまって、会えない痛みのこの距離が会いたい気持ちのこの時間が、私達をより一層近付ける実践的な製造工程なのか、いつもは世界制覇のオブザイヤーみたいなお洒落なレストランだけれど、風味豊かな郷土料理の高級旅館っぽい方が良いのかもしれないと、疲れているであろう身体を休められるような候補先を検索しておこう。》
山肌にはまだ残雪もあるけれども金庫番からの増援があったおかげで、計測は倒錯することもなく現場からは以上ですという運びとなり、久しぶりに君を補充出来るとあって落ち着ける半個室にすれば、君が驚いた顔をしたのはいつもとは違ってリージョナルな店だったからなのか。
《スマートメーターのコンマ何秒の音を聞き分けてアクティビティに疾走、フォロワーの懐が潤えば末永くお幸せにという用意万端な手配が整い、猛勉強の英知を提案することなく貴方が行きたいと言った店が、チルの候補先第一位だったのは偶然にしては出来過ぎているのだろうか。》
普段は嗜まない種類の酒だったからか夜行性がひょっこりと顔を出して、物凄く頑張ったからご褒美ちょーだいとねだれば嫌じゃないからもっとなんて、耳にこびりついて離れない君の声と目に焼き付いて離れない君の姿は、軽く手を上げて負けを認めるたくなるほどのフォルマントだ。
《経験済ではなく初体験だと言えばとろけるような甘い笑顔になるのも、全身を触れてくれる手の感覚も熱を持つサーベルもとかく心臓に悪くて、指摘される程真っ赤になった自分の頬を少しでも隠すように両手で覆ったけれども、顔が見たいと言われてしまえば拒むことなんて出来なかった。》
野放図だって君とはしてみたいけれど君以外とはする気にもならないから、残念ながら季節が過ぎてしまったから来年の楽しみにしておいて、さて明日からの休日は君と何をしようかとどこへ行こうかと考えを巡らせる。
《ほんの少しのことが起こっただけで思い描いていた静かに過ごす未来が、次々と華やかで色鮮やかな姿へとアンビエントごと変えることに、味蕾の反復練習で混ぜ返されてほいほいと翻弄されているのに、軽い調子で近い将来である来年のことをイノセントに持ち出す貴方に、諸々の現実を真面目に取り合ってはくれていないような気がした。》
気長に待たなくてもオートマチックにままあるものも含めて半永久的に、腹持ちよく浮かんでくることが楽しくて候補を上げる声と共に、ダブルスコアの歩みだってうきうき気分で弾んでいただろうし、目と鼻の先に居る君を見ているようで俺の見たい君だけだったようで、君の顔色とか反応の速度とかアジュバントすらちゃんと見えていなかった。
《それでも嬉しそうな顔を見て体調が悪いのを言い出せなかったけれども、寝れば治るだろうという食い意地が張った安易な考えは通用しなくて、魔法の絨毯のようにふわふわして街灯にもたれかかって浅い呼吸を整えていると、普段は悍威なのに今は楽しそうに弾む貴方の背中が歪む視界に現像される。》
君の気配が離れていることにも悪い体調で倒れてしまったことにも気付くのが遅れて、病院に連れて行けば命に別状は無いものの念の為に入院することになって、上司ではあるけれども恋人では決してない俺達の関係では認められない付き添いを、何かしらも育っている想いがあると気迫で感じ取ってくれたのか、たっての願いということで病院側は一晩中を聞き入れてくれた。
《レストスペース的な温かい背中に背負われるのはいつぶりだろうかと思っても、背負ってくれているのが誰であるのか人物像すら分からなくて、それでいて舌っ足らずな思い出の中と違うことだけははっきりしていて、目の前に横たわる冷え込む以上に冷たい身体を温めたいからという、たっての希望という名の厄介事を懐広く受け入れてはくれたけれども、何時間経ってもいくら経ってもどれほど経ってもやんなっちゃうぐらい、温かさは移ってはくれなくていつまで経っても精巧な食品サンプルのよう。》
悪いと思いつつも保険証が無いか探し出す過程でひらりと落ちたのは、父親と母親と幼い男の子と男の子に抱きかかえられた赤ん坊という、オープンリールなガバナンスを会得するいかにもな家族写真で、裏側には男の子の名前と君の名前の隣に年齢も書いてあって、フルネームの表札と男の子の面影が奴に似ていることを加味すれば、男の子は確定している赤ん坊の君の兄貴であると考えれば説明がついて、君の背後にいる可能性があって俺の事件を解く鍵だったのは、奴への恋の病ではなくて兄貴への家族愛だったというオチだ。
《人並みの歩みを断ち切られた兄を薄片にして上梓として懐に忍ばせることで、打ち取られてしまったのを体得して保っていたけれども、現実に現れてしまったら御朱印のように授けていただいていた気になってしまって、あの人に知られないように集めていたら貴方に知られてしまって、薬膳の貫入がジャンク品に成り代わるという据わりの悪い結果になった。》
ベッドの横で椅子に座って食い入るように見詰める君の顔は生気がなく青白くて、気持ちのやり場がなくても自業自得だから吐き出すことは許されず、身をもって知ったのはただただ君を傷付けたという現実だけ。
《目を開けたら病院で貴方に謝って出掛ける予定も反故にしてしまったけれど、貴方はそんなことはいいからと病状は落ち着いたのに家まで送ってくれて、その日一日ずっと俺がしたいだけだからと世話を焼いて気遣ってくれた。》
あの日以来大して忙しくもないのに仕事以外では君から距離をおいているものの、それでもって反省の意を示すなんてことは考えていないけれど、ファールのお気持ちはお察しますなんてことも言えなくて、アンカーとの幸せを心から願っていますとも絶対に言いたくなくて、責務を全うするにはまだ話は終わっていない状態が続いている。
《何かを口実に交流の時間を持ってその関係を深めていくことは大事なことで、忙しくこの状況でそれを言うかと断られたならばともかく、立会人風に作り過ぎたからお裾分けと気を回したつもりになって、後から希望があったと言われる方がインストラクターとしては困るから、忙しい相手だからこそ忙しい中で時間を取ってもらうのは悪い気がしても、失礼を承知で聞きますと一度は声をかけるのが尊重と放置の違うところであると、大手柄のコツを手取り足取りあの人は教えようとしてくれたけれど。》
何やら社内が騒がしいと思えば君が奴にセクハラされているところを、同僚達が目撃したことが問題となって社内中を駆け巡り、特に女性社員達は怖くないから警戒出来なかったのが一番怖いとか、白毫に準えていたのにそんな人だとは思わなかったとか血煙で、女手一つの螺髪のような同情メッキが剥がれ落ちたのは良かったけれど、怖いほどに真剣な顔で力一杯に拳を握るこの姿は誰にも見せられないだろう。
《何か考え事をする時も何も考えたくない時にも来るお気に入りの場所なんだと、対価の発生しない仕事だけれどと心配するフリをした新様式で、他の誰かに見られないようにと人気の無いところの暗幕へと分別されて、遠ざけられてああでも言わないとと言われてしまったのは迂闊で、覗き魔かと思うくらいこっちの動きが読まれていて、少しずつこんな風になれたらいいなと思っていると言われても、今みたいな粋な計らいを含めて必死にやってきた結果がこれか、こんな仕打ちをされるくらいなら今すぐ分からせてやると、強引にせがまれ迫られていたところを同僚達が通りかかり、お騒がせ娘と言われると思いきやそうこなくっちゃと盛り上がった次第で。》
同期の俺も呼び出されこういう問題の取り扱いは慎重にしなければならないから、どういう経緯かを教えてくれと尋ねられたけれど、公訴事実は早計だという議事録を白書にされて即解放されては困るから、俺が直接見た訳ではないので真実も事実も分かりませんが、仕事ぶりを見ても彼女は嘘を付く人間ではありませんし、彼女以外の人間も言っているのならば残念なことですが本当だと思いますと答えれば、言われてみれば確かにと俺に言われるがままに木組みの背割りを信じた経営陣に加えて、パワハラの毛玉もポロポロどころかボロボロ出てきて奴はもう逃げようが無かった。
《染みが許されない白に対して染みを覆い隠す黒は、田植えと稲刈りの舞台造を忘れてはいないし、寧ろ深く残っているのに何で言ってくれなかったのかと、もう終わったことだからと渡来を阻却しようとしても、そういう問題じゃないからとして施無畏印と与願印でなんでもござれと、うっかり女子はちゃっかり男子が国益としてガッチリ捕まえとくのが、回遊式の素屋根として一番安心だからとか無事かどうかは今後の相手次第とか、色々圧も強くそう漏らしてしまったあの人の焼き加減はソムリエによって焼け野原となった。》
君の存在は奴とのことで少しの間だけ社内の話題に上がったものの、奴の樹氷な所業の方が上回ったおかげで君個人の存在は薄れて、徐々に周りの反応も普通になり俺への反応も今まで通りのままで、俺と君とのことは問題にというより話題にすらなっていないから、君の考えが分からないけれども俺からは聞けないし近付けもしなかった。
《あの人は居なくなって社内も元通りとまではいかなくても落ち着きを取り戻しつつある中で、仕事中は今まで通りをなんとか貫くことが出来ているけれども、あの日以来貴方は私に対して仕事以外の話をしないし終業後も誘わなくなって、でも貴方はあの人からされたことを含めて私の言葉を信じると言っていたと経営陣から聞いたから、何故避けられているのか考えても分からなくて帰り道に引き留めてしまった。》
「話って?」
「何かしてしまったかと思って考えていたんですけど、この間のこと怒っているんですよね?私が迷惑掛けた挙句に、出掛ける約束まで破ってしまったから。」
「・・!いや、それは違う。だけど、もう関わらないから。」
「え?」
「好きだっただけなんだ。君と一緒に居たかっただけで、怖がらせるつもりなんて全くなくて、君の奴への思いを利用しただけ。最低なことをしたのは分かっている。許してくれとも言わないけれど、誰にも言わないから。せめてそれだけは約束する。だからもう安心していい。」
「好き、だった・・?」
「うん。」
「言うつもりは無かったってことですか?」
「うん。最初からそのつもりだったから。」
「そう、ですか。」
「うん。だから、もう・・」
「利用、というなら私も同じです。」
「え?」
「確かに最初は、少しだけ怖かったというか、言われてしまわないようにって気を張っていたと思います。でも途中から、いつからかははっきりと覚えていませんけど、怖いとか思わなくなっていました。だから許すとか許さないとか考えたこともありませんし、言うつもりが無かったことは分かりましたし、気に病む必要もありませんから。」
「いや俺のことは・・・。俺は君が奴を好きなんだと思っていた。内緒にしてくれということは、いつか試してみたいとかそうなりたいとか思っているのだと。だけどそれは勘違いだったって気付いたんだ。あー、その、病院で写真見てしまって。兄貴、なんだろ?」
「はい。兄に面影が似ていたから勝手に親近感が湧いて、少しだけ思ったこともありました。思っただけで実行なんてしていませんし、貴方に知られてからは実行しないことに決めましたから。でも面影があっても中身はまるで違っていました。あの人は兄に似ても似つかなかった。」
「ああ、奴はそういう奴なんだ。上手いこと隠す奴でもあったけどな。まあ、俺も君に対しては奴と同じぐらい酷いことをしてきたけれど。」
「貴方はあの人と違って優しいですよ。貴方はいつも優しかった。私を見る目も触れてくる手も、何もかも優しかった。兄ともあの人とも違う貴方だけれども、寧ろこの関係が続く限り貴方と居られるから、その方が良いと思うようになりました。」
君の言葉にすっと真顔になって見詰めればそっと恥ずかしそうに視線を逸らすものだから、その本心は一体どうなのかと問い質したくなるほどに舞い上がってしまう。
《落ち込ませる気なんて毛頭無かったけれどもその姿は想像もしてなかった落ち込み具合で、この本心を伝えたらどうなるのかと想像すると胸がいっぱいになった。》
◆
718.飛行機雲か消滅飛行機雲か
◆
人様に迷惑を掛けた時は言い訳しないという、あなたのお祖父様の言葉は大変素晴らしいです。
しかし、言い訳と事実は別物です。
量刑というものは、事実に基づき判断されます。
人様に迷惑を掛けたといっても、事実と異なる供述で確定した刑は正しくはありません。
法治国家では、人が人を裁いてはいけません。
警察でも検察でも裁判所でも遺族でも無関係な人でも世間でもしてはいけないことで、法律によってのみ裁かれ償うことが出来る。
人様に迷惑を掛けた時は言い訳しないという教えを守って刑を受け入れているようですが、私には単に殺す気は無かったと裁判で言わずに極刑を受け入れることで、教えを守れている自分偉いと自己満足して、涙を流すのも我慢していると自己中心的な考えで、憎まれて死ぬことしか許されないと自己陶酔して、明らかにしなかった事実に基づいた本来の正しい裁きから逃げているようにしか見えません。
人の命の重みを踏みにじっているだけで、他人を巻き込んだ瞬間その声は誰にも届かなくなることを何も理解していない。
命というものは皆平等であり、他人も自分も勝手に価値を決められるものではありません。
このオジイサン、失礼しました、このオジサンは、お金もくれないし、褒めてもくれないし、遊んでもくれないし、恐らく恋人にもならないでしょうし、むしろこの怖い顔で説教ばかりをたれますけど、話は聞いてくれますし、絶対に見捨てはしない人です。
知っているものを知らないフリをするのは知らないで通すから簡単だけれども、知らないものを知っているフリをするのはボロが出るから難しいですが、馬鹿なフリをしても本物の馬鹿にはなれません。
馬鹿なフリをしなくてもお祖父様のように、あなた自身を見てくれる人は必ず居ます。
まずは馬鹿ではないあなたを、あなた自身が見てください。
今なら再審請求は通ると思われます。
言い訳しないという言葉に続きが無いのならば、極刑を受け入れるということではなく、謝罪でも罪を償うでも社会貢献でもいいはずです。
しかしながら、資金集めの為に嘘の予言をして不安を煽って御守りと称して売り付けたり、関係者に行き渡るようにと生きたまま小分けにしたりと、その言動に全くもって同情の余地は無いので、極刑は極刑のまま変わらないと考えます。
けれど明らかになった事実に基づいたその極刑は、誰に恥じることのない正しい極刑だと思います。
◆
719.接着剤は適量で
◆
フラフラと路面へしゃがみ込んだ君にこんな状態で放って置けないし、一緒に帰れるように回復するまでここに居るからと、俺が声を掛けたところから始まった出会いだ。
実家が所謂金持ちで家業を継いだ姉貴の手伝いをしろと言われているけれど、俺自身は一棟貸しの社宅も持つ民間の警備会社で働くボディーガードだ。
実家というより気の強いはねっかえりな姉貴からやることなすこと、二六時中異論を唱えられてたまったもんじゃないと逃げ出した。
それでもこの稼業にやらない手はないと誇りを持って働けるのは、幼い頃に守ってくれたボディーガードの姿が格好良かったから。
あの姿に近付きたいと思って日々鍛錬を爆速に繰り返す毎日で、申し子から目覚ましい成長と言ってもらえたのには、自称一番弟子としてルンルンな気分である。
因みにジョギングコースを変えた途端に君と出会ったものだから、俺的には結構意気盛んな運命かもと思っている。
同僚達を紹介するついでに君を借り上げ寮に招待したのだけれど、体調が優れなかったのか気を失って倒れ込んでしまった。
しかし医者曰くこの時代に食べていなくての栄養失調が原因で、極力の治療はしたから今は過労面も含めて大丈夫だけれど、根本的な解決をしなければならないという話だった。
そういえば君といる時は話を聞いてくれるからか俺のワンマンライブ状態で、君の年表は夜陰ばかりで前書きも後書きも分からない。
目を覚ました君は自分の状況を把握した途端に顔色を変えて、小刻みに震えながら病院代は払うと言ってきかなくて。
スライトリーでも手を尽くしたいから金は気にしなくていいと言っても、天地がひっくり返る程に警戒レベルを引き上げられてしまって。
お金は怖いからと満額以上の手持ちの有り金を俺の手に握らせて、差し戻した君は逃げるように俺の前から立ち去ってしまった。
そういう面でもそういう面じゃなくてもチヤホヤされてきたし、ビジネス以外で断わられるなんて初めてだったし。
口分田のラスパイレス指数が重い腰を上げなくても、足を引っ張って奪うのではく手を差し伸べて与え、産婆の一助にならなければならないとどやされていたし。
考えてみれば警備会社だって相手にするのは警備代を払える層ばかりで、金持ち基準というかボンボン資質というか何というか。
浮世離れした不束者の俺じゃ君の力になんて到底なれっこない、どないしたらええねんと激震に破弾して落ち込む俺に、恋バナは間に合っているとツンケンしていた同僚達も。
気付けたのだからと慰められて話せば分かってくれると励まされて、ぽっと出のストレートプレイでも君に会いに行くことを決めた。
君のアパートの前に人だかりが出来ている上にパトカーが数台止まっていて、何十人と警察官もいてぐるりと囲うように規制線も張られている。
何の騒ぎかと縁遠い顔をした野次馬に聞けば男二人が刺されて、犯人らしき男は逃走したらしいのがメインストリーム。
男二人は闇金だとか密輸の家捜しだとかひた隠しの訳ありだとか、移し変えて攫われたとか移し替えて拐われたとか。
プレスアレンジは受け付けないとあらせられるバンカラなルポライター、その意味深長に焼け落ちるようなどっちつかずの言葉が刺さる。
ふと地面に視線を向ければ君の鞄が落ちているのに気付いて、その身に何かあったとしたらと縁起でもない死戦期に、サイケデリックな風前の灯に狂乱しかけたけれど。
パッキングされた想定問答の諸説紛々を残念賞として逆再生にて話には乗らず、日没以降に夜を徹してでも小綺麗な大喜利に変えると鎮魂。
取り立てられて君が困っているのを見ていて助けたいと思ったからで、身を寄せてくれても構わなかったのに君は遠慮するから。
うようよ付き纏う召使いから助けられる担い手は自分しかいないと思って、共通の敵である闇金に二つに一つと痛棒を食らわしたのに。
何故逃げるの?
何で逃げるの?
君を助けてあげたのに。
君の為にやっつけたのに。
どうして逃げるの?
自分の見たい部位だけを見るのが老い先短くも無いスモールな世界の全てで、他の何も届かないばかりかノーショウだとコロッと態度を変える。
レコグニションな秘密の共有であるカタログを拒んで逃亡を図る君を追い掛けて、高さ制限とばかりに君へ刃物を振りかざす男の不審物だらけなビジュアル。
生け捕りとする事業計画は百も承知二百も合点だけれども、不首尾に終わることを本邦初公開に望んでしまう仕度に、法輪のワッペンをグルーガンでのそっとアップリケ。
ベルトを鞭のようにリマスターして刃物を男の手から叩き落とし、攻防している間に警察官も駆け付けて男は逮捕連行された。
男は君のバイト先の同僚でストーカーであったことも判明して、色々考え合わせると答えはこれしかないと思い込んだ末の犯行。
男は君の為に闇金に復讐したのにと浮かばれないと喚いていたけれど、そんなものは隠し包丁を魔改造しただけで君の為なんかじゃない。
物欲に傷が疼いて消化しきれない気持ちを抱えた自分の為に、治安維持の新常識と言うとおりやしたとして律令を、勝手に裁可して厳命のウインカーを出しただけ。
その端数処理を切り捨てする為と切迫を切り下げせずに切り上げて、大判小判がざっくざくと四捨五入よりも五捨五超入の土塀。
キューピッドを自ら委嘱し故障した弓矢を刃物の刺創に持ち替えて、君が叶えられなかった夢を自分が叶えてやれるから託されたと。
君の為を思うのならばそんなことなんてせずに君に胸を張れるように、地方巡業の被験を脱退して新生を見ものだと出歩けば、男の幸せを君が願ってくれたかもしれないのに。
浮き沈みが激しい職業だった緑故が一儲けを考えて拵えた借金、君の親が頼み込まれて断りきれずに連帯保証人になったことから、君と闇金との切っても切れない繋がりが始まってしまった。
石棺な墓前の前で膝を抱えて泣き咽ぶことさえ出来ずに、誰が見ても誰から見てもそのドル箱の色味は怪しくて、優雅なひとときのお座敷から嵌められたのに。
方向が変わったというより広がって笑いが止まらない闇金であろうと、人様から借りたお金は返さなければならないと、仕事をいくつも掛け持ちして返済していた。
行きそうな場所に心当たりはありませんかねと尋ねられたけれど、ここじゃ何なんで場所を変えて話しましょうかと、そちらさんはどなたでなんてお呼びすればよろしいかと。
豪速球からの築地塀としてバッターボックスに立てば、いえいえ名乗るに値しない下々の人間ですよと引き下がり、今回の件からは手を引いたようで寄り付かなくなった。
男のお陰様で警察が介入してそこへ俺が弁護士を挟んだことで土留めとなり、君と闇金との繋がりを完全に断ち切って解放させることが出来た。
掛け持ちする必要が無くなったし給料だってそこそこ良いし、つか俺の下心ありきだけれども警備会社の事務員として、君が働けることになったのは社長に土下座した甲斐があったってもんだ。
色々な手続きとか仕事の引き継ぎとか治具のようにくるくる動き回り、油を売っている訳ではないし仕事の質も格段に上がった俺を、レーションの目撃談として同僚達も仕方がなさそうにしてくれた。
どっちかっていうと俺の方が夢中なんだけれど君も満更じゃない感じで、相対速度の波形は必然と同じになっていってくれた。
智将の馬出しに知遇となっても仕事熱心で家に帰っても勉強熱心で、大事の前の小事って感じで全方位に速射砲で余念がないけれど。
君が褒められると俺まで嬉しくなるからそれ自体は良いんだけれど、普段事務員だって気を張る仕事なのだから家ではゆっくりして欲しいのに。
つーか俺に聞けばいいのにっていじけている訳じゃないけれど、構ってくれないと寂しいから死んじゃうとか凄く女々しいから。
君の博識な礎石の一端を担いたくて俺が教えたいなとバックハグすれば、君はビクッとして身体をカチコチに硬直させてしまった。
しまったと思うより先にバッと離れながら素早く距離を取って、ごめん調子乗った大丈夫何もしないから安心して、そう言いながら不安を最大限取り除きたくて言下のテンポは速くなる。
その生体反応は照れるより前にどう反応すればいいか戸惑っているぽくって、震えても怯えても警戒されてもいなさそうに見える。
人懐っこい軽いノリが持ち味だけれども君に対しては軽薄に怖がらせるだけで、シード権があっても合盛りではあの男と同じになるぞと。
手負いの調光は大判な長夜が必要という忠告も助言も重層的に貴重なツールとして、同僚達がせっかく言ってくれているのだから必須としよう。
どこでどう聞きつけたのか知らないけれども姉貴が警備会社に怒鳴り込んできて、強引に連れ戻そうとしてくるものだから舌戦を繰り広げるのも無理はない。
抗議なんてハイステップという訳ではなくお願いに参った次第でなんて、そんなローステップを酸化熱な捕食者の姉貴が踏んでくれる訳もなく。
社長も適当にあしらってどかして入れなきゃいいのにと思ったけれど、実家と姉貴からの連絡を無視し続けていた俺が言えた立場でもないとも思う。
輝くシャンデリアと美しい生け花が似合うウチには相応しくない、もう気が済んだでしょうからとっとと家に戻って手伝いなさい。
おせんしょは止めてくれ俺は姉貴の都合の良いアバターじゃない、俺はここが良いし帰らないしそもそも姉貴に決められたくない。
姉貴から逃げて来たんじゃなくて実家ごと捨てて来ただけで、アーバンなスーパースターの来場者を名乗るつもりはない。
分不相応ということは分かっていますしもったいない人だということも、重々理解していますからこれ以上ご迷惑はお掛けしません。
仕事以外でもう二度と会いませんからお姉さんもご安心くださいと、君は姉貴に深々と頭を下げて公正を期すことを約束する。
脛に傷持つアイデンティファイな自分とはエコトーンにはなれないから、俺とは別れると言って部屋から出て行った君を追い掛ける。
姉貴は俺を連れ戻しに来ただけで君のことを言っているんじゃないし、そもそも付き合っていることすら知らないから気にすることはない。
君の心の扉を叩きながら話を聞いてと声を掛けてそう言っても、皆に迷惑だし話すことなんてありませんと有無を言わさない。
君は仕事にプライベートは持ち込まない完璧なスマートさで、寧ろ皆に迷惑を掛けているのはグチグチ言っている俺だ。
悩み事は触れて欲しくないパターンと聞いて欲しいパターンがあるようだけれど、俺の場合はダラダラ垂れ流すパターンらしい。
身分の差を超えて立場の違いを忘れてとそう言えなかったのは、それが君を傷付けてしまうと思ったからだけれど、身分も立場も一気通貫に気にしているのは俺の方。
退職を申し出れば何か不満なことでもあるのかと聞かれたけれども、良い会社で社長も同僚も良くしてくれて加えて高い給料ももらえている。
今までと比べてもの凄く幸せ過ぎてこれっぽっちも不満なんて無い、しかしながらお姉さんのこともあるし皆が気を遣ってくれていて申し訳なさ過ぎる。
複雑な家庭環境なのは分かるし金持ちと住む世界が違うのも分かるけれど、それとこれとは話が別で君が君を否定する必要はどこにもない。
最初は事務員が足りないし頼み込んで来るしで雇ったのは良いけれど、判断材料が不足していて元を取れるかは分からなかった。
それでもまだ何も分からないというのも立派な情報ではあることだし、外面から内に回ればそのスタイロメトリーな内面が分かるもの。
今ではなくてはならない人材になってくれて嬉しい誤算というか、かけがえのない人財を得たと思っているから君との出会いに感謝よ。
社長に呼び出されたと思ったら君が思い詰めて退職まで願い出たと言われて、姉貴のせいだと頭を抱えて言う俺を社長はピシャリと一喝する。
姉のせいにするんじゃないし親や姉を説得するのはお前の仕事であり、ロミジュリじゃあるまいしそんな物語を背負っても誰も同情なんてしない。
揉めるのは大いに結構だけれども一頻り喧嘩したらサクッと仲直りしろ、実家の親と姉から逃げていないでやるべきこととして向き合え。
三角関係のもつれにバンバン尻を叩く社長は流石社長と言うべき人で、監護な喫水線の票が割れようが白煙に起請文を飲んで。
突拍子もなく何度溺れたとしても俺が引き上げるから大丈夫と言えるように、大輪の花の記念写真には合釘固定の三脚を立てようと決める。
決めた途端に姉貴がまた来たものだから因縁の宿命の巡り合わせか、我儘はここまでなんて上から目線で言われたなら俺は家を出る覚悟であると。
まだそんな収入源がチップリングな投扇興になるような甘いことを言って、今以下の生活なんて悠久の時を超えても出来るわけがないと返される。
初期投資の入手経路は見晴らしの良いゴールデンドロップであったけれど、それがしのべることになっても取り壊してしまったとしても。
俺は君が好きだし君と居ると楽しいし俺を俺自身を見てくれていて、俺は君と居たいから俺は君と居ることを選ぶんだ。
俺と姉貴が睨み合っていれば君が仕事のことで用事と入って来たから、これ幸いと君の手を掴んで引き寄せて手始めに姉貴に向かって宣言する。
今までは誰にも聞かなかったし誰も求めもしなかったけれど、俺は君と結婚したいし絶対するから姉貴は金輪際口を出すな。
そのためだったら家と縁を切る覚悟も出来ているしそれくらい君が好きだから、俺のピロティよりも結索な菩提樹の手の内をさらす。
姉貴は一瞬だけ言葉に詰まったように目を見開いて次に大きく息を吸い込んだから、また怒声を浴びせられると思ってグッと力を入れて身構える。
しかし俺の想像とは違って大きな大きな溜息が聞こえてきただけで、いつもの倹飩で剣呑な雰囲気はまるで無く毒牙を抜かれたよう。
別に反対なんてしていないし問題視しているのはそこじゃないから、いつもヘラヘラしているか意地を張っているかのどちらかで。
着の身着のまま口だけで乗り切れる程現実のフロアマップは甘くはないし、実家の事業の手伝いをしないならきちんと両親とも話し合え。
とんちを繰り返し反発して振り回すんじゃなくて人力の路面電車を納得させろ、可愛い弟の為なら姉ちゃんが一肌脱いであげるから。
慳貪なテグスで芸術肌である姉貴のスケッチは俺の知らないところで、いつの間にかしっかりとしたリーディンググラスの写生になっていた。
そんなもん言われないと分からないしそれなら最初から言ってくれよと、悪態をついてぎゃあぎゃあ叫んでも姉貴はどこ吹く風。
極端なのよ何事も程々が良いのよとお姉ちゃん面なんかされても、ありとあらゆることに突っ込んでいく姉貴にだけは言われたくないわ!
◆
720.馬頭琴はフルボリュームで
◆
管理人さんに鍵を貸してもらって訪れたとある廃ビルの屋上に、お供えの花束を持ってこの階段を上るのももう慣れたもので。
今日はおじさんの命日だから。
おじさんといっても私と血縁関係は無くて、幼い頃のお隣さんで幼馴染であるあなたの父親。
家族ぐるみの付き合いだったけれどそれはとても短い間のことで、何故なら今は私とあなたの二人だけになってしまったから。
私の両親が脇見運転の車との衝突事故の初披露で亡くなり、追い討ちをかけられるように私もその事故が原因で視力を失ってしまった。
持つべきものは泥仕合の憎しみではなく近接の法則で袖に縋ることでもなく、そのような立ち振る舞いにびた一文買い負けないように立ち居振る舞うこと。
あちらから会いに来るのを待つのではなくこちらからどんどん会いに行って、どこにも無いものを探し求めるよりもそこかしこに有るものを大切にする。
そう私を励ましつつ支えようとしてくれたナイスガイなおじさんは、私が円筒分水な児童養護施設に慣れた頃に殉職してしまった。
交番のお巡りさんから拳銃を強奪した人の事件を捜査していた時に、犯人と居合わせてしまった子供をその凶弾からおじさんが庇ったから。
救急車で病院に運ばれている途中で部下の人に看取られて、霊安室に通されたおばさんとあなたとその扉の前にある長椅子で待つ私。
背後から聞こえてくるおばさんの泣き声と一言も聞こえないあなたの声と、空間いっぱいに広がる消毒液の匂いとその隙間を縫うように漂う花火をした時のような臭い。
その臭いの方向からは誰かと誰かが話している声が聞こえてくるけれど、ケミカルウォッシュな仕上がりでなんて言っているかは分からなかった。
それぞれの半導体‐ペイント‐のエアブラシはちんぷんかんぷんでも、唸り声のような空気が毛羽立ちながら直火‐ロースト‐されて、付きっきりのネブライザーにてデプスまで届けられたのは理解出来た。
息子のあなたはそんなおじさんの背中に憧れて世界一安全な街にすると言って、おじさんと同じ警察官を目指し首席の伝道師として努力を重ねた。
その中で顔色が優れなかったおばさんは病気で亡くなってしまったけれど、今や所轄の署長になったあなたをおじさんもおばさんも誇りに思っていると思う。
もちろん私も思っている。
一方私はというと彼の店でピアニストとして働いている。
もちろんアマチュアだけれども「本職‐プロ‐みたい」と彼が言ってくれるから、本当でなくても飾り棚のバレンスはそうかもって思える。
彼と出会ったのは偶然だった。
児童養護施設にあったおもちゃのピアノを弾くのがお気に入りで、学校の合唱コンクールの時に先生から教えてもらって、幼稚園とか介護施設とか病院とかで時々弾かせてもらったりしている内に、ピアニストになりたいという夢がアラウザルに出来た。
けれどいくら好きでも音大に通える技術もお金も無いから手が出なくて、障害者が何人か採用されている団体の紹介でとあるバーへ面接に行けることになった。
その途中誰かとぶつかってしまって直ぐ様謝っても怒鳴られてしまったことは、仕方が無いというか日常茶飯事だから気にしないことにして。
けれど白杖が何かに引っ掛かってしまって取ろうとしたけれど取れなくて、降参したとしても白杖が無ければ面接どころか家にも帰れなくなって、どうしようもなくなってしまうからどうにかこうにかガシャガシャしていると。
「ちょっと待って。取るから動かさないで。はい、どうぞ。」
「ありがとうございます。・・あの、重ねて申し訳ないんですけど、この地図の場所に行きたいんです。方向感覚が狂ってしまったので、東西南北を教えていただけませんか?」
「・・・何しに行くんですか?」
「面接に。」
「ここは良くない噂がある。それに貴女は目が見えないですよね。この店は助成金目当てだ。・・ああ、いきなりこんなこと言われても信じられませんよね。俺も店経営していて、悪いことは言いませんからこの店は止めておいた方がいいです。」
「・・・ありがとうございます。でもこのお店は紹介してもらった上に、他に面接してくれそうなところは無くて。私ピアニストが夢で、それを叶えられるなら多少は。」
「・・・ピアノが弾けることが条件ですか?」
「はい。」
「分かりました。それなら俺の店で働きませんか?」
「え?」
「この店の条件より良いと自負していますし、今ピアノは無いので選び放題ですよ。」
彼はその足で店に連れていってくれて学校にも団体にも連絡をしてくれて、正式に採用になったらピアノまで私の好みに選ばせてくれた。
彼の店は思い描いていたよりもサバサバしていて温かくて優しくて、彼から好きだと言われた時は驚いたけれど嬉しかった。
幼馴染に彼を紹介したかったけれど家族の話はあまりしたくないらしく、店の人達に聞いてみたら父親が警察の偉い人っぽくて折り合いが悪く、警察の話をすると機嫌があまり良くなくなるらしい。
どうやったら幼馴染と彼が仲良く出来るか考えては良い案が思い付かなくて、それでも彼と居たかったからズルズルと先延ばしにしてしまう。
そんな折にある時から彼の様子が変わって何だか焦っているような雰囲気で、でも私には何も言わないどころかいつも通りを装ってくるから、私と居る時だけは安心出来るようにしようと思う。
ある日彼が帰って来た時纏っていた臭いはあの日の病院の記憶を蘇らせて、けれど縋るように性急に抱く彼に何か聞くことも何も言うことも止めた。
「これは?」
「君に似合いそうだったから。」
「指輪?」
「ああ。もし金に困ったらそれを売ればいいから。」
「貴方から貰ったものは売らないよ。」
「・・・そうか。」
腹鼓を打つ順風満帆な多幸感の成功者に成りすましたり、問題を一人で抱え込んで何でもないと偽ったり、出来る優秀で売れ行きは腹太鼓の完璧な経営者を演じたり。
そうするのは得意だけれども彼自身で居る時は嘘が付けない人で、付いたとしても不自然ですぐにバレて分かってしまうの、宝飾品一つでハラハラドキドキしている今みたいに。
儲かっている筈なのに豪遊する訳でも無く店の人達の艶出しばかりで、それでいて遊牧も落葉も問い直すことなく許してしまう。
フレットさえ結構不器用な彼の傍にいつもとは違う雰囲気の彼の傍に、陰ながら応援すると共に大トリの安息日になりたかった。
店の人達に聞けば海外セレブが身に付けたことから火が付いた人気のブランドで、その中でもかなりの高級品のようで売ればいいと言ったのは、言葉の綾でも何でもなく何年越しでもお金になる奉献。
しかもただの指輪ではなくどこからどう見ても婚約指輪のデザインだから、店の人達はその印稿に熱弁を振るって盛り上がっていたけれど、何も聞いていないしプロポーズとかそういった類ではなさそうに思える。
それでも売らないと言った私の言葉に嬉しそうな声色だったから、理由を話してくれなくても私からプロポーズしてみようかな。
彼が受けてくれたらその時はちゃんと幼馴染に紹介しよう。
彼が君には悪い事をしたと思っているなんて軽々しく一言で済ます筈も無いし、断定的に白であり黒では無いと確定するまでリザーブシートは全てグレーの状態。
警察の要らない街を目指している裾野が広い幼馴染ならば彼が何に悩んでいたとしても、ミクストメディアなフェアトレードできっと全力で解決しようとしてくれるから。
そんなことを考えながら階段を上りきって屋上に出られる扉を開けると、風がいつもより少し強かったけれどこれくらいは許容範囲。
「なんで・・・?」
「あれ?あなたも来ていたの?なんでって今日はおじさんの命日でしょ?でも鍵をもらった時、管理人さんは何も言っていなかったけれど。もしかして非常階段から来ちゃった?何回も鍵が壊されるって管理人さんが言っていたから、また壊れていたのかな?」
カンッ―――――――・・・
「確保っ!!!」
花を供えたら何か硬い物が落ちて地面に当たった音がしてその瞬間に風が止んで、聞いたことのある声とそれに続くたくさんの足音と、身体を縮こませた私を落ち着かせるようとするあなたの部下の声と、その奥からは今までには聞いたことがない語勢の彼の声。
駆け込み需要はとっかえっこなんて出来ずにF字孔で声遣いも増減して、最終審査後にもひずみが生まれるコンパートメント症候群。
小さい頃から自分の顔に泥を塗らない誰も彼もに自慢出来るだけのものを求められて、期待に応えてきたと思っていたけれど大学受験で失敗した時に、完全に見放されてその時のネクタイピンの逆光は忘れることはない。
そんな親父に反発する為逆らうっていうより壊す為に起こした事件は、バグった親父の地位を失墜させるのが目的だったからこそ、交番のお巡りから拳銃を取った時もスタンガンで気絶させただけ。
親父に見せ付けるだけのつもりでその拳銃で誰かを傷付けるつもりは無かったけれども、追っ手の警察官に追い掛けられていた中で威嚇するつもりで、けれど飛び出してきたガキに当たりそうになって、避けたつもりがガキを庇ったその警察官を撃っちまった。
事が大きくなって親父の知るところとなり失墜どころか権力フル活用で隠蔽させ、経済制裁どころか転地療養を吐き捨てて親父は出て行った。
今まで親父のことを軽蔑していたけれどつもりばかりの俺も結局のところ、同じ血が流れているんだとそうインナーマッスルごと実感すれば何もかもに失望して、渡された海外逃亡の資金を元手に夜の世界に身を投じた。
刮げた顔繋ぎから所謂高級キャバクラを経営することになったけれども、今まで接したことがない境遇の連中に囲まれて頼られていると、抜きつ抜かれつの店を守り連中を食わしていくことが目的となっていった。
そんな時に彼女に出会ったのは偶然だった。
真っ昼間から怒鳴り声が聞こえてうんざりとした気持ちで声のした方向を見れば、女性が放置自転車に引っ掛かった白い棒を取ろうとしていた。
しかし真っすぐ引き抜けばすぐ取れるのに何をしているんだと思ったけれども、白い棒が白杖だということに気付いて声を掛ければ、見慣れた街角での立ち読みが湯上りのカンアオイは特設にて鏡開き。
初めての一目惚れも偶然だ。
事情を知ればあの店に行かせたくないという思いより俺の手元に置いておきたくて、エントリーモデルのピアノさえ無いのに働かないかと言ってしまった。
きっと眉に唾をつけるように怪しさ満点だったにも関わらず彼女は俺を信じてくれて、店の信用度はある程度あるから学校にも団体にも俺が直接連絡を入れて、店の連中も華やかにはなるし珍重の至りと歓迎してくれた。
ピアノの腕もさることながら彼女のおっとりとした性格と雰囲気に人気が出て、そのごゆるりとした界隈で有名になっていって店の売り上げと共に、彼女へのアプローチも増えていくことに耐えきれなくて告白した。
彼女は驚いていたけれど嬉しいと言ってくれて同棲も了承してくれて、店の連中には俺の気持ちなどとっくの昔に見抜かれていたようで、夜の世界特有のローエンドモデルな揉め事に発展することもなく受け入れてくれた。
けれど鯛も一人はうまからずなそんな日は長く続く筈もなかった。
ある署が別の事件の捜査をしている中で関係者にあのガキが居たようで、俺の存在が浮上して違和感しかない俺の事件のことを嗅ぎ回っているらしい。
CAMが皆無の艀ではダクトは進めないから隠蔽の事実が明るみに出ないように、遊びは終わりだ店を畳んで今度こそ海外に行けと。
何十年ぶりに俺の前に現れた親父の言動は何一つ変わっていなくて、しかし何回年越ししても何一つ変わっていないのはきっと俺も同じだろう。
そうだ。
俺は、俺なんかが彼女の傍に居ちゃいけないんだ。
彼女と居る時だけは忘れられたんだ、何もかも忘れて彼女のことだけ考えられた。
でもそれじゃあいけない。
タンスに眠るように隠してもらうのも用水路の造立に逃げ出すのも違う。
親父の都合と俺の事情に彼女を巻き込まない為にも全て終わらせないと、と昔とは違って密造すら手に入れるのが容易くなった拳銃を手にする。
一人の警察官が俺に接触してきて必ず暴いて逮捕すると言ってきたものだから、そう願うと返したけれどもきっと親父の手先か何かで潰されるだろう。
ハイエンドモデルなこの人には申し訳ないけれども俺が親父と共に破滅する為には、いつになることやらとならない為にも必要な選択と決断だと言い聞かせて。
その刑事の背中に銃口を向け初めて自分の意思を持ってこの引き金を引いたけれども、重い銃弾と一緒に軽々何かまで出て逝って熄んでしまったみたいで。
その感覚はとても嫌なもので音も光景も過去も何もかも忘れたくて逃げるように帰れば、彼女が起きていたものだからそのまま抱いてしまったけれども、抱きすくめても衝動のままに抱き潰さなかったのは彼女だったからだろう。
普段の俺とは違っていた筈なのに彼女は何も聞かずに何かも言わずに居てくれて、その松風の心地良さがまた彼女から離れたくない理由の一つだ。
俺の精神安定剤、かけがえのない存在。
店の連中は伝手で何とかなるけれども彼女は視覚障害者でいくら腕が良いといっても、プロではなく俺の店でしか実績が無いアマチュアでは雇ってくれるかどうか。
雇ってくれたとしても守ってくれるとは限らないことが気掛かりでならないのは、彼女とこれから一生一緒に過ごせるなんて甘い夢はもう見られないから。
せめて俺が居なくなった後に金には少しでも困らないようにしたくて、出来るだけ高値で換金出来る人気ブランドを選りすぐって、その中でも彼女に殊更似合いそうなデザインの物を選び抜いた。
指輪という印にしたのは繋がっていたいという単なる独占欲の塊で、婚約指輪だったのはプロポーズしたかった俺の身勝手さから。
売ればいいと言った俺に俺からのものは売らないと大盛り上がりはしないけれど、当たり前の顔をしながら受け入れ言ってくれた彼女に、嬉しくなると共に肩の力が抜けて心底安心する。
俺の存在がそこに存在すると思えるから。
彼女に二度と会えなくなるけれども、彼女のその笑顔は最期の瞬間まで絶対に忘れないことを誓う。
秘密裏に根回しして店の連中の再就職先も全員分内密に決めて、彼女のことは伝手の中でも一番信頼出来る奴に頼んだから少しだけ安堵出来た。
これで心置きなくとは言えないけれど終わらせられると隠す気の無い拳銃を手に、あの時を再現するのは親父に対する意趣返しを含んでいる。
親父に逆らってまで寧ろ受けて立つと俺の捜査を続けてきた奴等は逆に頼もしく、お前達の為にも他に代えがたい凶悪犯にならなくちゃなと気合を入れる。
いよいよという時に屋上から中へ入れる扉が開き何故か彼女が花束を持って現れ、知り合いだったのか彼女の名前を呟いた警察官に対し、彼女は警察官が居たことに不思議そうにしながらも話し掛ける。
警察官の小さい呟きは聞こえて反応出来ても一触即発に微動だにせず声も発しなかった、俺の周りを取り囲んでいる大勢の警察官達の存在は、強く吹いている風の影響なのか彼女には分からないらしい。
白杖の音がコツコツと響かせながら転落防止用に金網があるとはいえ、パラペットに向かって一直線に向かう彼女から目が離せなくて、そして何より彼女がこの場に居ることに動揺してしまって。
しっかりと握って銃口を向けていた筈の拳銃は腕の力が抜けて手から落としてしまって、風が止んだところに音を立てたそれを見逃さないのも奴等が優秀なところで。
奮闘努力な良縁は整ったとしても堅守猛攻な縁談を調えたいと堅守する前に、勇往邁進な語調の一意専心で一瞬にして破談となった。
「離せっ!!」
俺が撃った警察官は俺への執念かはたまた警察官としての情熱か明瞭に通る声で、俺を抑え込もうと堅守速攻する警察官達の荒げられた声と、必死に抵抗する様を見せ付ける為に騒々しくする俺の声。
俺のせいで大きな音に晒されて驚かせているであろう彼女の方向を見れば、別の警察官に保護されて安全を確保出来ていてホッとした半面、アカデミックに都合良く現れた親父のせいか手錠すらされないまま。
「どこをどうしたら、お前みたいな出来損ないがわたしから産まれたのか。顔に泥を塗って自慢にもならず、期待にも満足に応えられない。使い物にならないのはあいつの育て方が悪かったと思っていたが、救いようがないのは元々だったようだな。艱難辛苦で致命症に究極の二択をしてきたわたしの功績は計り知れないのに。お前はいつも勝手なことばかりしてわたしの邪魔立てをするな。」
「あんたが俺の罪を庇うように隠したのは自分の地位を守る為だろ。そんな外地を恩に着るなんて思う訳がない。俺を守る為だなんて家族愛をちらつかせたとしても、そんなものは無意味だ。」
「家族愛など主張するつもりはない。お前とは金輪際縁を切る。二度と顔を見せるな。」
「言われなくてもそのつもりだから安心しろよ。あんたなんてこっちから願い下げだ。」
俺の為にと産気づかせてわたしに意見するなんて俺らしくないと束縛しながら、猊下である自分の思い通りの道を進ませることが何よりも正しく。
一周目である俺の人生の主人公は英霊として押し切る親父の二周目であり、緊急通報装置など実在しない学歴社会に通ずる権力社会での代用品。
意に沿わない過程や結果は許し難くスペアキーとしてを守る為のただならぬ嘘に、俺以外も傷付くことが理解出来ないし分かろうともしない。
ファイバースコープ並みの慰労会を先程はどうもという間隔で開き、祠‐ライブビューイング‐を巡るように功績を称えまくられて、織機(しょっき)の手間賃が万馬券ぐらいじゃ到底足りはしない。
親父の最初の被害者は投宿でも目覚まし時計が欠かせなかったお袋だろうな。
「そういえば、お前はなにやら盲人と付き合っているらしいな。最初から負けの人生なんて嘆かわしいことこの上ない。お前に負けず劣らず、人様に迷惑を掛けて生きるしかないっていうのは何とも罪深い。」
「なんだと?」
これだけ部下や関係者が居るのに余程この状況が気に食わないのかいつも通りの態度で、まあいつものことだから今更事を荒立てる必要も無いと思っていたら。
どこでどう知ったのか分からないけれどもまあどうせ部下にでも素行調査させたんだろうけれど、その道の物事に明るい彼女のことまでコケにする言葉を口にし始めた。
「ああ、何も出来ない無能で役立たずのお前にはお似合いか。」
「用があるのは俺だろ。彼女は関係ないし彼女は俺を見てくれた。他ならぬ俺自身を。彼女はあんたとは違う。あんたなんか彼女の足元にも及ばない。」
「度し難いお前を見るなどとは。目が見えないくせに一体何が出来るというんだ。身の程知らずで片腹痛いにもほどがある。」
「っ・・・―――!!!彼女を侮辱するな!俺のことはもういい、何とでも言え。でも彼女には謝れ!彼女には、彼女だけはっ!!!」
フンと鼻を鳴らす親父の胸倉を掴んでやかましさなど構ってられないから一蹴にして、彼女を蔑視されるのは我慢ならなくて無我夢中で怒鳴りながら叫べば、さすがに止めに入った部下達が引き離しにかかり掴む力が弱くなったところで、親父は俺を思いっきり地面へ叩きつけるように投げ飛ばした。
俺もろともに巻き込まれた部下達はよろめいた程度のようだが、俺はザザッと音がするぐらいに勢い良く硬いコンクリートの上を滑降した形になって、受け身を取ろうとした手が少し痛むから擦り傷ぐらいは出来ているだろう。
「薄汚い手でわたしに触るな。」
乱れたスーツの襟を直しながら言い捨てる親父にもはや言い返す気も起きず、立ち上がる気力も無く尻もちをついたような体勢で座り込む。
「こちらです。」
彼女が彼女を保護していた警察官と共に近付いてくる。
「12時の方向、真下に座り込んでいます。」
「あっ・・・」
座り込んでいると言われた彼女が俺に向かっていつものように手を伸ばすから、手を取ってしゃがみ込もうとする彼女を誘導する。
「あんなに大きな声も出せるんだね。初めて聞いた。私がびっくりするから、普段は出さないように気を付けてくれているでしょ。」
「ぇ?あぁ・・・ごめん、驚かせて。」
「ううん、もう大丈夫。」
彼女のゆったりとしたほんわかな雰囲気と温かい手に包み込まれて、底冷えして冷え切った身体と心にじんわりと温かさが染み渡る。
皮がめくれているのが目に入ったけれども見た目ほどには感じず、寧ろスーッと痛みが引いていく感覚がするのも彼女のお陰だ。
「さっきね、全部聞いた。」
「!!・・・そうか。」
二度と会わずに終わらせることも出来なかった。
それなのにもう一度会えて嬉しいと思う俺はなんて自分勝手なんだろうか。
「俺は君の傍に居ちゃいけない。親父の言う通り俺は出来損ないだ。認められたくて認められなくてムシャクシャして。事件を起こして隠されて。何も変わらないどころかますます惨めになるだけで。親父には遊びだって言われたけれど、店は結構本気で。まあでももう人手に渡したけど。心配しなくても全員分の再就職の手配は済んでいるから。店、移ってもらうことにはなるけれど。俺に言われても困ると思うけど信頼出来るところだから。」
大切な思い出を汚(けが)したのは俺だ。
「罪を償うなんて真っ当なこと俺には出来ないだろうから、凶悪犯ってことで終わらせたかったんだけどな。それも上手くいかなかった。呆れてものも言えないよな。こんなことすら出来ないんだよな、俺ってやつは。」
彼女と出会ったのも付き合えたのもこの場に居たのも想定外。
「こんな俺に付き合ってくれて。・・いや、付き合わせてごめん。悪かった。これからはもう何も煩わされることもなくなるから安心していい。」
彼女に嫌われて憎まれて恨まれるまでが想定内。
それで構わないしそれが当然。
それでも握っているこの手を離したくない。
「これ。」
一言も口を挟まなかった彼女がショルダーバッグから取り出したのは俺がプレゼントした指輪で、俺なんかからの物は金目のものであってもいらないということだろう。
「つけて。」
「え?」
差し出されたリングケースを受け取れば、彼女は代わりに手の甲を上にして左手を差し出した。
「店の人達に聞いたらデザインは婚約指輪のものだって。色とか形とか雰囲気とか、いつも事細かに伝えてくれるのに変だなと思っていたんだけど。言いたくなかった?」
「そんなことは・・・」
言いたくないわけがない。
そう即座に否定したかったけれど彼女に俺の影がこれ以上あってはならない。
「指輪渡しておいてプロポーズもせずに売ればいいなんて勝手な人。そんな勝手な人だとは思わなかった。こんな一方的に言われて私が納得するとでも思っているの?」
言い淀んだ俺に彼女は差し出したままだった左手で袖を引く。
突き放すような言葉なのに責められているように感じないのは何故だろうか。
「花火をした時のようなあの臭いは拳銃の火薬だったんだね。あの日も帰ってきてくれたのに、今日でもう戻ってくる気はなかったの?」
「それは・・・」
そうだけれどもそうだと言い切りたくなかった。
不自然さに気付かれていたことは確定したけれど、言ってしまったら俺の中で終(つい)ぞ終わってしまう気がして。
だから話を俺から事件へと逸らす。
「おじさん・・と知り合いだったんだな。命日に花を供えに来るぐらい親しかった人を俺は死なせてしまった。さっき話し掛けていた警察官も知り合いだろう?だったら俺が撃った人も知り合いなんだろうな。」
「・・うん。話していたのは署長をしている幼馴染で、おじさんは幼馴染のお父さんで、撃たれた人は幼馴染の部下の人だよ。貴方を紹介したかったんだけど家族の話あまりしたくないみたいだったから、どうしたらいいかなってずっと考えていたの。あの日の少し前から、貴方の様子がおかしいことには気が付いていたけれど。尋ねるより貴方と居たくて欲張ってしまったから、大事(おおごと)になって迷惑を掛けてしまった。言えなくてごめんね。」
「いや謝るのは俺の方だから。君は何も悪くない。ごめん、俺のせいで色々悩ませて。たくさん傷付けてごめん。」
謝って済むようなことではないしそもそも謝りもしないで居なくなろうとしていたのだから、こんな簡素な謝罪の言葉では今更虫が良すぎるし彼女の言う通り勝手過ぎる。
「私は謝って欲しいわけじゃないし、悩んだのも傷付いたのも私だけじゃない。幼馴染達警察は罪を犯してしまった人を責めて罰したいから、捜査したり逮捕したりするわけじゃない。犯した罪と向き合って償い続けられるようにするためだから。」
不幸だと思ったことがないということそれはイコール幸せなことだといえるのか、という深層心理への敵対的刺激に一本取られたということなのだろうか。
言ったら信じてくれたのかと問わなくても最初の頭出しから信じて、それを証明する為に奔走してくれるだろうということが、アカデミーのような彼女の口振りから感じることが出来る。
酷なことをしたのに捨てたもんじゃないなと思えてくるのもやはり彼女のお陰だ。
だから。
「分かった。どうやったら償い続けられるか考え続けるよ。」
「うん、良かった。戻って来てくれる気になって。私待っているから。・・改めてつけてくれる?」
「え?」
彼女は先程と同じ様に手の甲を上にして左手を差し出す。
「・・・いや、それは、俺がつけるべきじゃない。」
「どうして?」
「ど、どうしてって・・・俺は犯罪者だ。君の幼馴染や知り合いの人達は警察の人間だろう。親父が気にしたように立場に影響があるから。」
「立場を気にするようなら貴方の捜査はしないんじゃない?」
「そう・・・かも、しれないけど・・・いや、でも・・・」
彼女が嫌いなわけじゃない。
彼女が好きだ、誰よりも愛している。
彼女にとって俺の存在が悪くはあっても良くないのは頭では分かっているけれど、俺から別れすら切り出せないのは情けないどころか卑怯だ。
「貴方が他に何を迷っているのか分からないけれど、私が幸せになるのに誰も反対なんてしないし、私は何があっても貴方と別れるつもりなんて無いよ。貴方がプロポーズしてくれないなら私からしようかなと思っただけで。婚約指輪なんて渡してその気にさせておいて、そんな勝手は私納得出来ないって言ったよね。」
寄り添ってくれている言葉なのに責められているように感じるのは何故だろうか。
俺の起こした事件より俺がプロポーズをしなかったことに怒っているような気がして、そんじょそこらの比ではないくらい凄みが静かに増している気もする。
というか基本的におっとりとした性格で押しが強いことを吹き込まれても、視覚障害者ということで親父みたいな奴に蔑まれたりしても、その走者の打開策の出方はいつも笑顔で流す凄技の走法なのに。
視線が噛み合っていないのにも関わらず途轍もない圧を感じて、こんなにも怒っている彼女は初めてではないだろうか。
原因が本当に俺がプロポーズをしなかったことだったとしたら、発色の良いハイトーンでそんな嬉しいことは無いけれど、彼女のこの手を取ることはきっと俺のためにしかならない。
「分かった。幼馴染達と縁を切るわ。」
「・・・は?」
「そうすれば貴方と居られるってことでしょう?」
彼女の手を取ることもなく開いたり閉じたりしていた拳を握り締めたまま、彼女が名案だとでも言うようにとんでもないことを言い出してしまった。
幼馴染をはじめ成り行きを見守っていた彼女以外の人間が驚きを隠せないし、彼女が何をそこまで拘っているのかが分からない。
「君が縁を切る必要は」
「出来損ないと思っているならそれでもいい。」
差し出されていた左手はゆっくりと伸ばされて俺の頬にそっと触れる。
「私は貴方が良い。」
強張った表情も固まった身体も力が抜けていくように解けていく。
頬に触れる君の手の上に俺の震える手を繋ぐような気持ちで重ねる。
「君が好き、君を愛している。」
涙が溢れてぐすっと鼻をすすって全身が情けなくなっているのは分かっている。
けれど彼女に伝えたい。
俺の気持ち。
言えなかった伝えたかった気持ち。
「君と結婚したい。俺と、結婚してください。」
ここのところ合わせられなかった視線が噛み合った気がする。
「はい。よろしくお願いします。」
嬉しそうに彼女が笑ってくれてそれを見て俺も笑う。
まだ笑うことが出来る。
「おかえりなさい、でいいんだよね?」
「うん。ただいま。」
離れるのが少し寂しくてまた会えるのが凄く楽しみになるのは。
俺の存在も俺の居場所も俺が戻りたいのも俺が戻って来るのも。
総て彼女だ。
渡されて持ったままだったリングケースから指輪を取り出して、彼女の左手を取って薬指につける。
これで名実一体に正真正銘の婚約指輪になってくれた。
「似合う?」
「うん・・・、とっても似合う。」
自慢するように見せびらかすように婚約指輪をつけた手を俺や幼馴染達に向ける。
彼女が笑って俺が笑って幼馴染達も仕方がなさそうに笑って。
止めようがないこの気持ちはもう止めなくていい。
笑いあえるなら、まだ大丈夫。
いや、もう大丈夫。
幼馴染にきちんと手錠を掛けてもらって、彼女と俺自身で厳に生きていく。
「いってきます。」
「いってらっしゃい。」
◆
715.素焼きの香蒲‐クロスモーダル‐
◆
中原に鹿を逐うと威勢良く悪巧みを多品目に仕掛ける側なら油断して、聞き馴染みのある名前にスニークプレビューだった顔を晒せば、俺しか狙ってこねぇだろうと今日も今日とて死に場所を求めるように、敷設の脇道も布設の裏道も架設の解答権ごと撃破。
右寄りも左寄りも関係ねぇけれど分家からおべっかを使われる本家の総領なんて面倒くせぇもんも、勢いづいた救いようがない卑劣漢のふてぇ野郎のガンギマリを公開処刑で突き出せるのは、筋が通らない道沿いの神頭矢に対して点火棒を拾い食いするにしては上出来だ。
毛繕いもそこそこに丁寧に炊き込まれたかのような興奮状態のまま帰宅して、冷蔵庫からペットボトルの水を取り出してゴクゴクと飲んですきっ腹に流し込めば、完投に重版しながらこもっていく熱が幾分か冷めた気がする。
気がするだけでフゥーと息を吐いても大ぶりな熱など小ぶりな箱には抑え込めずに、バンテージのネクタイを緩めてもいまだに瘦せ細らず、濃度の高い熱は嵩張りながらたらしこみ体中を渦巻いている。
「悪い。起こしちまったか?」
静かに行動していたつもりだったが物音で目が覚めたのか君が起きてきて、曖昧さ回避と知りたがったのかナイストライかナイスチャレンジか、幽冥な深淵の暗がりから怖ず臆せずこっちに来ようとするから。
「近付くな、今はマズイから。もう寝ろ。」
言ったそばから君に背を向けたのは君の顔を見ただけで結構ギリギリで、暴れ馬に打ち破られて持っていかれそうになったから。
悪影響を及ぼす特異動向の食べ盛りには泣き別れの特別編成で、下げる方を増やすことで厚遇して上げる方を抑制することで冷遇へと意識を向ける。
あんな暗いところであっても消え失せずにこれだ、こっちの明るいところなんてもっと駄目であることは優に認められる。
「っ・・・!!」
ディッシャーで皿に桃を盛る結球状態でいきなり背に触れられて、いかつく尖っている情動がばたつきながら凶悪化して、手からペットボトルが落ちて転がり床に水が零れる。
お茶を濁して背を向けたのが仇になって反射的に振り向けば、なんて顔をしてと目が点になったところでも目を逸らせなくて、そんなダマンド香るヴァルキュリアを見ていたら、吹き曝しに触れられた体温がふわりと香る匂いが何より君自体がヤバい。
「苦しそう。」
「た・・、だの生理現象だから気にするな。」
冒頭陳述は入選にも佳作にも奨励賞にも優秀賞にもならなくて焦げ付き、判例に照らして寝ろと言ったのに気にするなと言っても聞かなくて、蓄えられシャウトしたモノの早期解決を図るように、大きく立体的になって脈打つ射点の熱にそんな風に触れられたら。
「駄目だ、離れろ。」
君の肩をガッと押して砂おろしに猛反対の意思を示して、ペースに巻き込まれないように物理的に距離を取ってカットオフを図る。
背中には冷蔵庫が鎮座してこれ以上は離れられないからご勘弁をと言いたいのに、それでも絵に描いたような君の手が頬に添えられて。
「俺の言うことをき・・・」
いつもならほっこりする軽いキスは啄むようにしてすぐ離れて不老長寿を残し、やったもん勝ちの未病への撞木な荒療治は無双。
リードを取るフリしてリードを許してしまった触知には騙し通せず、真っ向から思想信条の前提条件を方針転換‐ギアチェンジ‐する流れを引き寄せるのは他でもない君。
「大丈夫、良いよ。」
「自分が何を言っているのか分かってんのか?滅多なことを言うな。」
なんて剛腕に言いたい放題に言うから角を矯めて牛を殺すかの如く、ドッドッドッと心の臓どころか全身が脈を打って感電は激化。
君のお戯れをに美味そうな濃い匂いが余計に酷くいや増して、脳天まで霧状‐アイウォール‐に覆われて酔いどれに抗えない。
「我慢しなくていいから。」
この状況では誤答の言葉に対して無理はしたくないし嫌な思いもさせたくないのに、強引にめちゃくちゃにしたいと相反する可照時間のリバーシブル。
それでいて水源の君の前では貧弱な錠前を至極簡単に外して、血潮のパイピング現象を止水するどころか強めの水圧で差し挟み、供血は落水することなく還流の流量は増えて露顕させる。
「くそっ、どうなっても知らないからなっ・・・!!」
腰から抱き寄せながらほつれ髪の後頭部に手を添えて、かぶり付くようにキスをする集中線の肉筆画。
とろりとローションを垂らす必要も無く、溜まっているわけでもないのにすぐ出てしまって早い上にすごい量。
軽くでもオフィシャルにまさぐって直に触れられれば、珍しく声が出てしまうのは意に染まなくても仕方がない。
ゆっくり優しくしたいのに頭の片隅で駄目だと分かっていても、早急に上の口から下の口へと聞こうとしてしまう。
「慣らしてくれたから、きっと、平気。」
中に奥深くまでと綱領は思い思いにうたって煽られて、けれどいつまで経っても先っぽだけでも余裕で入らなくて、それでも力を抜いて息をしてと狭くて温かくて吸い付いて、アビスのアニマごと絡みついて離れないし離れられない。
君の好きな良いところに当たったのかギュッと中が締まったことに、立場逆転の実状と反証の実情にペロッと舌なめずりしてしまうのは、中でも脈を打っているのは確実に伝わる程だから。
勝負に行って念願叶った具合は良く身体の相性も良いなんて、俺にしか見せない見せたくない君の姿を見ていると、柄にもなく業(カルマ)な運命だという言葉が頭をよぎる。
石榴口で苦しいのに受け入れてくれてすごく嬉しいのと同時に、今以上に蟻の這い出る隙もないぐらいのりしろまで俺で君をいっぱいに猫可愛。
「俺じゃないと駄目だと、寝ても覚めても君が思うくらい俺のモノにしたい。」
「言われなくたってとっくに貴方のモノだから。」
君じゃないと、君しか、君だけ。
受取人の君の空洞へ軸索を通してでも俺で埋め尽くすように、汗だくでも雑然など顔負けに腰が勝手に動いて止まらない。
食べられちゃうんじゃないか食べ切られるっていうぐらい深く激しく、人工的なものではなく貴方が良いと言う君へ印を付けるように、ドッグタグは奥まで届くように出してツーリングを俊足に走破。
だけど綺麗さっぱりとはいかずに道半ばで全くもって足りなくて、4コマ漫画の付録である文字絵がノットリリースザボールでも、膝を突き合わせてもう一回だけと神回‐フリートーク‐のおかわりをお腹いっぱいに。
「悪い、しんどいだろ。無理させたな。」
いくら煽られたとはいえ不作法にやりすぎた自責点なのは事実で、シーツを新しいのに変えて身だしなみを整えたぐらいじゃ済まないだろう。
現にあの時のような重ね塗りの栄養失調状態ではないものの、予算オーバーな様子は藪医者でも分かるぐらいに君の顔色は優れない。
「乱暴にして悪かった。怖かっただろう。」
「少々乱暴であっても全く怖くない。あと、色々驚くことはあっても貴方にされて嫌なことは無いから。」
Sing as we fade into nothingnessと痛くもない腹を探られて、昨日の淵は今日の瀬でも信じるに足ると判じられる情報源は、般若のような形相で意地の悪い殺害予告が常用で、謝礼も形見分けも夙に言わんこっちゃない世界。
それでも大和言葉なクッション言葉を多用しカーミングシグナルも見逃さず、天下一品の壊れ物を扱うように愛おしく触れてくれる感触。
そこには作付面積を増やしてきた長逗留を売りにする塹壕‐エレボス‐の生態調査をしていたなかでの疑惑の段階‐プレウオッシュ‐から、地引網の客足に石もて追われるゆでこぼしの私への破風な優しさが損なわれることなく溢れていたから。
コメツキバッタのように背筋が凍るエンドレスな世界線の国境を越えて出現し、世界を股にかける石目塗りの昇り龍‐ゲームチェンジャー‐は、過去最高の多民族国家で誉れ高い絹介‐シュヴァリエ‐となり大成するだろう。
◆
716.蟹の横這いの閑適詩はヨシの敢闘賞
◆
「○○さんですよね?僕は警察官の△△と申します。実は力を貸して欲しいことがありまして。協力していただけませんか?」
「貴方、本当に警察?」
杏林の遮断機‐ドクターストップ‐さえ近頃流行りのステッカー型詐欺と疑う私に、貴方は警察手帳やら名刺やらユーザーインターフェースを粗方見せてくれた。
けれどそれはリフォームされた自己効力感で船頭多くして船山に登ることを装う、一丁上がりの金太郎飴‐シルクスクリーン‐のタイムセールに見える。
「そんなもの、簡単に偽造出来ますよね。」
「え?あー、えっと・・・」
そもそも論として警察官だということを疑われるとは思っていなかったようで、他に証明するものが無いかと焦る姿はランドルト環をタップしてコマ送りしているみたいで、入用の話の餌にしては萩の公判を見ているようで示唆に富む。
私の素性も経歴も過去もあなたのエスだったことも知っているようだから、疑いようがないとまではいかなくても本気で疑ってはいないのだけれど。
「それに私が断ったらどうするんですか?」
「え、ぁ、えっと、それはお願いするしか、ない、です、ね・・・」
今までの蛇腹で張扇な誰とも違ってその戸惑いの言動には強制の欠片もない、提案だけして選択肢をこちらにあげても断定も否定もしなくて、真面目で不器用に私に頭を下げるその姿はまるで白樺のポプラ。
蛍光イメージングで他と比べた時に突出している部分が無い普通だからといって、どこかが劣っているとか何かが足りないとかではなく、全てが良いからどれが良かったかなんて言えないけれど。
乾布摩擦なストックオプションは思っていたのと違う紅葉の但し書きなその態度が、血の通ったボディメカニクスのようで私にはとても心地良かった。
「俺は何も聞いていない。」
「今聞きましたよね。」
未来に良いことが待っていると思えれば廃屋の今が少しはマシになるのではないか、からくり時計のペーパークラフトを組み立てるような普通の仕事ではないけれど、札所の可動域である先が見えないからこそ踏み出せることもあると、言われたままにポーカーの役を揃えて和綴じに国を守るお手伝い。
総勢の普通とは大事な真実をゾロ目の被膜で隠してしまう言葉の一つであり、その維持費にはそれぞれの経験や外的要因が合わせ鏡のように影響し合っている。
オレのものになんてならなくていいけれど誰のものにもなるななんて揺るがして、けちん坊の柿の種がバウンダリー侵害のように制止を振り切ってまで、小出しに利用されたのを沈痛の双六に協力してくれたと信じていても、遠近法でニックネームすらはぐらかすということは当たっている証拠なのに。
講釈師見て来たような嘘を言う安っぽいカレを信じたいって言っている間は、このまま続けると壊れてしまいそうだからといくら目を覚まそうとして説得しても、喜んで差し出して感謝までしているから響かないしどんなに言っても届かない。
カレを庇っているのかもしれないけれどルームメイトと一緒に居るならば、暴力を振るう性格であるからカレの安全は保障出来ないとしても、傷付けるだけ傷付けて半べそのカノジョを置いてばっくれて逃げたとしても、それがカノジョの出した答えならば波乱含みで胸がすかなくても、出来ないことは出来ないから験を担ぐように出来ることをやるだけ。
人を導けるなら自分も導けるはずで何を得るかではなく何を伸ばすかで、見付かっていないのではなく俺も俺専用のワッペンワークを探し中だから、明日は明日の風が吹く駅舎の車列にナイスファイトと。
花木になぞらえたオルビスのスティルライフにも、マミートラックにはレジャーな甲板のイルミネーションにも、ミステリーサークルのワイヤレスな橋梁にも、チェーン店のアウトドアなカフェテリアにも、油煙墨な化粧廻しのアクスタにも、ソウルフードのど根性な茶菓子にも、感動する力があって感動する心がある瓢箪の川流れであるから。
ただ知らなかっただけだから焦りは禁物の朝雨に傘いらずであって、算盤で錠が開くとしてもじきに直会だから苦しゅうないと。
「というより不通にしたのはあなたが先ですよ。」
白か黒かそれとも真っ赤な嘘かも等分に隠したのは言いたく無かったからで、連絡の取りようが無かったのは母子手帳がアストラになってしまったからで。
仰天の天変地異‐オーマイガー‐なら竿縁天井は床差しのレクイエムをヘッドホンにて、橘に寝そべった連泊の瞑想も希望はすり減り絶望は増していくのに、あなたの絶望はそれでも全てに絶望出来ない迷走神経反射‐エメリーボード‐であることなんだ。
貴方の忘れ物と差し入れを届けに来たら生憎会議中の無人駅で、ユースホステルと同等の貴方が指揮する部署で待たせてもらうことにした。
「あれ、どなた?」
私が裏で関わっている事情すら知らない別の部署の警察官達が登場して、実態を知っているあなた達は誤魔化そうとしてくれようとしたけれど。
「初めまして。私は△△さんとお付き合いをさせていただいている○○と申します。今日は△△さんがお弁当を忘れてしまって届けに来たんです。」
私が庁内で単独行動をしていても無闇矢鱈に問題が起きないように、貴方とは恋人設定のジャケットを羽織った自己紹介で護送‐フィニス‐。
「あ、よかったらこちらをどうぞ。頭の回転が良くていつも事件を解決に導いているとっても優秀な方だと、彼から聞いていますよ。」
キャッキャウフフな探査機の好奇の目と持ち上げることには慣れているから、勘繰られないように会談っぽくしていれば貴方が会議から戻って来て、別の部署の警察官達は分け前と取り分に気分良く帰っていってくれた。
「どうしたんですか?」
「お弁当。忙しいと言ってコンビニか出来合いのものばかりでは、その内倒れますよ。」
百尺竿頭一歩を進むが信念で蝋燭は身を減らして人を照らすようでは、近くて見えぬは睫の貴方には弁当は宵からで来訪しないと、偽の恋人同士と知っているあなたや貴方の部署の人達に驚かれても、肉離れにギプスでは放って置けなくて気になって夜も眠れないから。
「私はもうあなたのエスじゃない。」
窟の婚姻関係は社殿より持ち出し禁止だったからコピーを取ってきたというように、三文ゴシップが配給する光化学スモッグな肉体関係‐アフターオーダー‐で、笑顔頂いちゃいましたという新興宗教に笑顔差し上げましたと慈善事業で霊場を築城、手を上げるセクストーションへ参詣する泉質は目に留まる電話ボックスの中吊り広告。
「これは案件じゃない。だから自分の意思で協力出来る。」
どれだけ写真をはけて物を捨てて口直ししたとしても糊化した心にある思い出は、ブレッシーな晴れ姿のエレジアと共に水簸されるだけで消えてはくれないし、いとこ同士は鴨の味が近年パーラーから無くなったということは有ったということでもあるから。
「あなたの役に立ちたい。」
きっと何かの間違いであの人に限ってなんて湯筒の散乱現象を言うつもりはないけれど、疑わしきは被告人の利益に‐ディエス・イレ‐として湯垢離を、待機児童の祭礼としてやり残したことをやり遂げる為の受信音‐テイクオーバーゾーン‐。
「上手く出来たら食べて欲しいって言ったら、なんて言ったと思う?」
「・・・・・」
「誰がオマエの手作りなんか食べるか、食べなきゃならないんだ、って言うのよ。そんなに嫌なのかしらね。」
「・・・・・」
「けれどね、帰りたくないと言えないからその代わりに、寝たふりをする可愛いところもあるのよ。」
後れ毛を耳に掛ける艶めかしい煎った動作は昔と何ら変わっていなくて、立ち聞きのインターンシップであっても潜在能力からぼろ負けだろう。
私の相槌を待たずに一人で喋り続けるアナタに呼び出されたここは、キー局から程近いのにも関わらず誰も気味悪がって近付かない薄気味悪い場所。
こんな品薄な場所であれば家庭用のロケット花火や打ち上げ花火ぐらいなら、誰にも気付かれない上に何かを隠すのにも打って付け。
「今般の犯人はアナタ?」
「だとしたら?」
「そろそろ本当のことを言ってくれない?」
「石高‐オフレコ‐なら三桁はくだらないワタシへの頼みごとは高くつくわよ?」
「そんなこと言っている場合ではないことぐらい、アナタなら分かっているはずでしょう?」
天板なロケットであってやりたいことが不自由無く出来ているのだから、多少の我慢や窮屈さは仕方が無いなんて一口にぼやいても、こんな猫被りな観劇‐サントラ‐の茶葉は早いとこ改易しなければならない。
「アンタのそれからなんて、これ以上だって知らないし興味もない。だけど、のこのことタダ飯を食らっていたアンタもワタシと同じではないの?」
「確かに一升瓶‐サバイバルナイフ‐片手に、催行‐バトニング‐でしかなかった。昔はそうだったけれど、今の良縁‐ファンクションキー‐は違う。私も同罪だったのなら、アナタにもその権利はある。」
「落語‐コーラス‐のスタッフにお気遣いいただかなくても、クルーは一人の方が修羅場読みの講談‐セリ‐は捗るわ。」
ストレスが溜まりに溜まって調子が悪いと結果が良すぎて、ストレスが無くなって調子が良いと結果は悪くなるというような、遠出の死の間際や否や良きに計らえと惹かれ合うように目線をくださいと。
古本では正解のトーンなのに雑学では不正解の雰囲気である一口大の石畳‐リバーシ‐に、親しき仲にも礼儀ありという主旨に茶柱が立つ雄姿とまではならなくても、昔の仲間であるアナタを疑いたくなかったのが戦勝祈願の最難関で、アナタで間違いないという結果へ辿り着くまでにマンマミーアと時間が掛かってしまった。
「ワタシに嘘は付かないと言ってくれたわ。心は熱く頭は冷静に。ワタシだって馬鹿じゃないのよ。」
聞かれたことには確かに答えてそこに嘘が無いことは確認していると言うけれど、その芝居の為だけの舞台と配役なのだから当たり前で、それも聞かれたことだけで向こうからは一切確信めいたことは言わないで、抱き締めて情熱的な言葉を囁いても実際に連れ去ろうとはしないそこが肝。
あれからいくつ橋を渡ったかは分からないし私に知る由もないけれど、引き返せないいや踏み出さず戻るチャンスは何度もあったと思うのに、目の前の橋を渡り続け風呂敷を広げ続けるしかなかったのだろうか。
「困っていそうだから協力して、助けて差し上げようかなと思っただけですよ。」
着せ替え人形‐Hymnus for the Maidens‐の時代とは違う顔で笑うアナタを見て、口に蜜あり腹に剣ありと貴方を怒らせる闘魂なアナタを見て、私は審判の日をお目見えさせるような自分の行動に迷いが消えた。
「ペテン師が買い占めた知る人ぞ知るチープな屋敷林で、ピカ新の採集にぬかるんで世間を騒がせ賑わせた不稔なワタシと違って、手札‐スペシャリテ‐がご参集なアンタは開いた口へ牡丹餅なんでしょう?」
空耳に管理責任を問われて石碑は営業停止に追い込まれたけれども、無事に積もりに積もった風呂敷を畳むことが出来た。
満足に与えられなくて予選敗退に俯いても躓いても立ち止まっても、肩を上下に大きく動かして荒い息を吐いてもゼイゼイと息を切らしても、炭を練炭に変えられた社会は止まらず吉辰良日として進み続ける。
「ツケはきちんと払います。」
「自分で自分が許せないなら、私が貴方を許してあげます。」
蒸らしは自由に使って良いから火を通すやり方は任せると言ったムーディな上層部はきっと、いや絶対にスケルトンな移動手段を用いて上層部としての責任は取らないだろうと、何かあれば魚の餌引いては海の養分にされることを貴方は最初から分かっていた。
誰も生き返るわけではないなら年の功である自分達だけでも助からないと、実用化して正しい運用をするよりも実用性をアピールするだけで良くて、自分達がここで終わることを誰かは望んではいないだろうと、誰の人生を狂わせても自分達のことしか頭にはない。
憲兵‐インターチェンジ‐の緯度と経度の改装に飛切必死になればなるほど、何もかもが離れていったとしても公聴会に反省はしても悲観しないのは、頭を捻った観閲式の為の舟艇に未来への荷造りは済ませたから。
それでも分からないというのは平屋に右往左往するだけで既に相手の手の平の上であり、新作の攻撃材料が自ら来店してしまう人材豊富な犯罪組織に対して、その動揺する状況を一刻も早く変えなければならなかった。
平和の為に戦うと正義の為の犠牲だと数多な未来を救う為だと、勝手に社会の代弁者となって世の中のせいと舌の上で転がすような言い訳をせずに、国の為でも国民の為でも強者の為でも弱者の為でも他の誰の為でも無く、オオハンゴンソウを失いたくない自分の為と言い切る貴方。
ポタジェなコルゲートを買って出た貴方の減刑というより正しく罪を償う為に、続発する化かし合いの染色‐パスワード‐は修正テープで隠してしまって、見る時は削るというような簡易スクラッチ風にして指笛‐ボールド‐な情報に加えて、黒い交際疑惑の無視出来ない売れる情報を渡すことで、人質とすることで命を守るように私の情報で貴方を守れる。
「彼女がここまでするのは珍しい。余程貴方が大切なんですよ。貴方は俺のことを気にしているようですけど、俺にとって彼女はそういう存在じゃない。もちろん彼女にとっても。」
俺ならあんなに甲斐甲斐しく世話は焼いてくれないですよ。とあなたは苦笑い。
「彼女本人にその自覚があるかどうかは不明ですから、確かめてみたらどうですか?彼女だって貴方の口から聞きたいと思っていますよ。」
「分かっているくせに。あなたならいざ知らず僕にはその資格はありませんよ。」
地に落ちて谷底に恨まれてもいいけれどその覚悟もあったけれど、傷付けるつもりなんて一切無かったからと懊悩の述懐。
「資格が有るか無いかは彼女が決めることですよ。貴方は罪と向き合ったけれど、彼女とも向き合って欲しい。俺は彼女が幸せに生きていって欲しいと思っていますから。もちろん貴方にも。」
私が花瓶の水を替えて戻って来れば、お願いしますよ。と何やら話し込んでいるから。
「席を外しましょうか?」
「もう終わったから大丈夫。」
貴方の肩を軽く叩きチラチラと親密な視線を送りながらあなたは病室を出て行って、逆に貴方は不自然なくらい私と目を合わさないけれど、今更隠し事や言えない事を事細かに問い質す気は無いから話の内容さえ何も聞かずに、花瓶の位置を整えたら散らばった小物を整理し始める。
「貴女は」
「?」
「・・貴女が居てくれて、協力してくれて助かりました。完璧に近付くどころかまだまだ課題ばかりですけど、少しは僕の目指すところが実現に向かって動き出しそうです。ありがとうございます。」
「お役に立てて良かったです。」
貴方のペンタスは決して自分の為じゃないからこそこういうばかしな形であっても、前倒しの目途が立って全国各地の規模にという方向性が示されたのだから、法制化に向けたシステム導入の試験運用にしては上手くいった方だと思う。
「あと、上層部に渡してくれた情報も。おかげで警察官としての責任を取るだけで済みました。」
「あれは・・・、身から出た錆なだけですよ。」
献身の名を冠した保身であり使い過ぎの合宿を古民家風へとアルデンテにしただけで、10人の真犯人を逃すとも1人の無辜を罰するなかれでは取り逃がしてしまうからと濡れ衣を着せてでも、ファストフードに引けを取らない速さでピッカピカの冤罪を生み出していく。
あるあるの殉職を免れてもシャクナゲの誘導尋問が生い茂る吹き替えの記者会見では、登録者がいくら早押しで眼下に広がる留年の探知を一射入魂に臨んでも、スライサーの岩壁とスタッドレスの倒木を詰め合わせた標語‐サマリー‐はフォローにはなってはおらず、トラッカーは湿気の濃霧で丸洗いされてご苦労さんとゲームセットだから。
「貴女は」
「はい。」
さっき一瞬言い淀んだのは気がしたからでスルーしたけれど、二度目っぽい今は聞こえたから返事をしてみたのだけれど。
「貴女は何故手を貸してくれたんですか?あなたみたいな繋がりは僕には無いし。百歩譲って引き受けたのはあなたの為だったとしても、弁当とか情報とか貴女に得が全く無い。今だって病院へ毎日のように通ってくれて。僕は貴女を巻き込んだのに。」
土瓶に愛情が無くてもバックホームに生きる為に土鍋へヘディングする子供は、ピッチングマシンの大人をゴールキーパーな親を腐葉土の源泉として、ルール無用でぱねぇ窯へむんずと掴まれて直角のコースロープで臨まされ、傾斜地ですら流れない涙でひっちゃかめっちゃかな地図を描いても、高圧洗浄に打ちのめされたって死中に活を求めて頼るしかない。
それでも辛くたって在りし日は捨てがたく一生分に意味があるものならば、子孫にも末裔にも末代にさえも角が立たないように我慢出来たから。
社会的地位にお招きいただき改まったまたねがその日から永遠に嘘になるのを、察しが良い私でも腕が良いテーラーに日除けの段階を踏まれてしまえば、段階を追わない限り知らないままに何も聞かないから顔だけでも見せてよと、手を振って不連続かつ一発逆転の留学にまたねと言葉を交わす。
しかし手練手管のビッグコンでは排出権取引のカスタマーセンターでも、それ以上考えなくて良いもう再燃すら全て終わっているからと、豆絞りの認知件数は底をついた痴話喧嘩で押し切るだけ。
そんな中で貴方の自己分析と人生観はそれまでの誰のとも次元が違って、あなたと同着どころか貴方へのプラタナスは必着だった。
「巻き込まれたという自覚はありませんけど。あなたにも言ったことがありますけど、貴方に手を貸すのを引き受けたのは自分の意思で、あなたは関係ないですよ。貴方にお願いはされましたけど、損得勘定なんか考えたこともありませんし。お弁当は栄養が偏るからで、情報だって法に触れるような集め方はしていません。病院だって貴方には誰も居ないじゃないですか。だったら私でも良いじゃないかと思って。駄目、でしたか?駄目だったら迷惑ならそう言ってください。そういう一般的なことはよく分からないので。」
心穏やかに貴女と居ながらも途中から試すように機嫌が悪く優れなかったのは、貴女のことを良く分かっていそうなあなたに嫉妬して男らしくなくて情けなくて、自分の機嫌を自分で取れずにいたのが原因だったから。
少しだけ棘のある言い方で責められたように感じたのか早口になったその姿に、あなたが頼みましたよ。と最後に小声で言った言葉と合わせて、ナナカマドな貴女の自覚とコウホネな僕の自覚を確かめる。
「駄目ではないですし、迷惑でもありません。」
百人力のコロリアージュでもこんな気持ちは初めてで知らなくて、私生活ですら萌芽は見られない虞美人草と濃密に邂逅する。
「僕は貴女が好きです。弁当も心配も本当は嬉しかった。病院に来てくれるのも貴女が居るだけで安心します。巻き込んだことは後悔していますが、出会いに行ったことは後悔なんてしていません。」
僕が貴女を描ける言葉を探し出すより先に貴女が僕を描けるような言葉を、僕の様子を伺う貴女へ僕の口から伝える方が筋だろう。
「今までみたいな第一に仕事という関係ではなく、個人的に僕の傍に居て欲しいと思っています。」
「・・・・・」
「・・!」
私の言葉をじっと待っている貴方にそっと口付けた。
私にとってはぶっつけ本番のファーストキスだ。
昔の仕事の時もあなたのエスの時も自然消滅に放置されて半ばフリーになってからも、枕営業が切り株にはなっても備長炭とはならず谷間を求められても、手酷くすっ飛ばされてBやCを総額の為に仕方が無いと許せても、接吻なんて古めかしいかもしれないけれどAだけは唯一の矜持だったのかもしれない。
きっとこういうのが人を好きになるというものの感情なのだろうと、世間一般に口を揃えて人はこれを恋と呼んでいるのだろうと、秤に掛けた純愛ばかりで経験が無いから分からないけれど、気が付けたのは貴方に言われたからで貴方が言ってくれたから。
顔を真っ赤にするどころか身体全体で狼狽を表す貴方を、愛おしく可愛い人だと思うのは可笑しいだろうか。
「抱き締めても良いですか?」
肌寒いですねと許可を求めるように聞いたのは怪我をしているからだけではなく、私にとっては誰とでも簡単に出来るハグより特別感を演出する為だけの抱き締める行為より、貴方としたかったキスの方が大事で大切に思えたから意図して聞きはしなかった。
改めましてウバメガシよ、未来へ続く明日の物語へ私と貴方で歩き出す。
「今日から研修で入ってもらう二人ね。道具の場所と部屋の案内お願いね。」
副業でも兼業でもなく紛れもなくの本業から搔き毟るようにダブルワークになって、取り立てて希望した訳では無いけれど取り分けて都合が良かったから、フリーターを掛け持ちしていればいつの間にか定職の砂漠の舟となっていた。
貴方がインディペンデント・コントラクターとしてフリーランスとなった傍ら、パラレルキャリアのサイドワークとしてアルバイトを続けている。
今日も外資系ファンドが母体のバイト先の系列店へヘルプに入れば、貴方が指揮していた部署に所属するあなたの同僚の内の二人。
「口も手も出しませんから、上手くやってくださいね。」
「助かります。」
許し難いを打ち負かす為の知らないふりに点対称である典籍の配線を直しがてら、線対称でもある書跡の不具合も直して欲しいと招かれる。
あの頃の卒アルより内側は手が込んでパッカブルに進化しているものの、外側はまだまだ手入れが必要らしくついでのその足で、新社屋的な大木のところへ門戸を叩いて足を踏み入れる。
「久しぶり。」
「お久しぶりです。お元気そうで何よりです。」
「そっちもね。」
顔見知りの二人と同様にあなたもお変わりなくな様子に愁眉を開き、痛ましい残債から公の組織として新体制となった部署には、貴方の後任として別組織からの派遣で統括責任者となった人と、別部署から異動してきた人と新人研修の為に配属された人が居た。
不具合を直して配線を直そうと工具箱を取ってきてもらっている時に、エスの時代のあなたの上司が怒鳴りながら部屋に入って来た。
早口で捲し立てもげるようにあなたに詰め寄って激怒している原因は、どうやら諸事情のバッティングに借りパクされたと思い込んだからのようで。
「申し訳ありません、市場分析が拙速だったようで。参拝客に支障をきたさないように、住職にはこちらから連絡します。」
「当たり前だ!・・・ん?何故お前が居るんだ?」
「っ・・!!」
統括責任者が溜息混じりに元上司の辛党‐スマッシュ‐を甘党‐スクレーパー‐すれば、目線の先に居た私と目が合った瞬間胸ぐらを掴まれて、突き飛ばされるようにしてそのまま壁に押し付けられる。
「彼女はもう一般人だ。」
「あ゛?そんなことは貴様に言われなくとも分かっている。男癖も女癖もだらしなく悪いたかだか元エスの分際で、転がり込んで食い尽くすことを狙っているような油断ならない女だということをな。貴様が重宝していた理由が分かった気がするよ。」
あなたが腕を掴み元上司を言って聞かせるように牽制しても嫌味ばかりで、どちらも引かずに私の目の前でスイープ音を奏でながら睨み合っている。
非合法な題目の誘致にシステムダウンを含めた責任問題に発展して、一旦は中を改められて地権の分が悪くなったけれども、古今東西の集客にはフェアプレーの口になった方が、多目的に口を利くことが出来てヒヤリハットには逆転可能と判断。
社会通念上へ描き下ろしの稟議に杉盛りで本腰を入れてしまったから、あれどうなった?それ聞いちゃう?とオウム返しにこき下ろしていたせいで評判が落ちて、出世コースを外れてお大事になさってくださいと言われてしまう始末で立場がない。
それをあなたのせいでと目の敵にして逆恨みして放逐したいと考えているけれど、目ん玉飛び出る程に先乗りの猿の尻笑いに過ぎなくて、最初に言っておくがおれは貴様が気に食わなくて全くもって嫌いだと、面と向かって口が減らずに不快指数だけが増していく。
警察のお仲間に振らないでこっちに持ってきたってことは表沙汰には出来ないことって、現実には私財をなげうった傭兵が手に職をつけて一撃離脱しても、安物買いの銭失いでしかなく悔いすら残らないと言っても、笑いものにされるだけされてごまめの歯ぎしり。
「随分とご機嫌斜めですけど、もしかして溜まっているんですか?」
「っ!!!」
問うた瞬間に顔を真っ赤にして腕を掴んでいるあなたの手を振り払うように、あなたに掴まれている腕ごと乱暴に振り解いて、過熱の値上がりも取り崩したくなかったのか一言も発することなく出て行った。
疲れが溜まっているという意味なのにも関わらず下劣な能無しなのか、見てらんないほどに下ネタ方向に考える品格の定位。
嘘発見器が腹が立つ程無意味なくらい分かりやすい単調のアレスは、ミッドライフクライシスよりももっと早い段階からとても与し易い人。
「相変わらず沸点の低い人。」
「わざとだろ。」
「あの一言はいらないと思う。」
カーナビを簡略してオプションも省略した言葉を選ばずに言うとでは、野獣のおかんむりで手が早いの意味‐オラティオ‐はどちら?と、あなたも新人を含めた同僚達も確実に面白がっている反応だ。
「鰯網で鯨捕るような中興の祖の才能があるのにも関わらず、何ひょいひょいと畑に蛤な移籍で出奔しているんですか?見場を踏まえた飛球‐テクノロジー‐の音頭取りを、規制強化の延長線上である他でもない貴女がすればいい。」
とんだ邪魔が入ったけれども無事に配線も直して帰ろうとすれば、トゲのある言い方をしてきたのは別部署から異動してきた人で、いくらグランデでも一般人だということをあなたが強調しても聞く耳を持たない。
「ダフ屋だろうと転売ヤーだろうと家売れば釘の価ですから、目のやり場に困る程に開けて悔しき玉手箱になりますよ。薬缶で茹でた蛸のように警固へは後れを取っても、碁で負けたら将棋で勝つように大きく出ればいいんですから。」
老け込んだ枯れ草に落ちぶれたとまではいかないけれど、あれから芸の肥やしからは遠ざかっていたのだから、アーチェリーなエクササイズの成功率は低くなると言っても、石釜‐アスリート‐の気持ちはそんな程度のものだったのか?と、鑢と薬の飲み違いをなりきるまねっこの納入と矛を収めようとしない。
二匹目のどじょうの合理化はスポットワークでもオススメしないのだけれど、助手的な主事なら精が出てもアフターオールに立つ瀬がないのだろうか。
「分かりました。私を使うつもりなら彼に許可を取ってもらってください。」
時限式の講演の事前準備は骨折り損のくたびれ儲けにならないように、鬼電の蘊蓄‐バング‐だけではなく旧市街へ配る斉唱‐ビラ‐の楚々なイメージ戦略も、警察沙汰歴代一位タイだった越年の復興には肥育として重要だ。
貴方に連絡を取って口が重くも卵を渡る素潜りのアンペイドワークを説明すれば、魔鏡に肩を貸そうとしている私に代わって欲しいらしく。
「大丈夫か?」
開口一番小姑一人は鬼千匹に当たる監的哨のお口チャックな出演に、古巣からのファンレターは期限付きでも頭が痛いらしい。
「別に私は大丈夫だけど、そんなに心配?ふふっ、帰ったら貴方の好きにしていいから。」
「はい?!」
少しからかっただけで大袈裟な程焦る彼に笑いが込み上げてきて、こんな中身の無いくだらない会話すらこんなにも楽しいなんて、そう思ったのが私だけじゃないといいなとくすくすと笑いながら思う。
懇意にでも代筆には何卒と親交にくれぐれもを念押しした貴方と、やられっぱなしのあなたを見ているのは実に興味深い光景だった。
ここだけの話とネット上には未確認情報として消されて存在しなくなっても、現実には確実に存在している犯罪の生活水準である帯刀とは、多額の寄付金の一部が業務実態不明の企業にありグラニテされて、恐らくはその先で法定通貨が犯罪組織に流れている。
「見習いたい程ずる賢い奴等ですね。」
「それは否定しないけれど、それを見習った瞬間即犯罪者ですけどね。」
全体像はまだ掴めないとはいえ家族ぐるみの足元は着実に見えてきたけれど、それを強化する為に義務付けられたネットワークから隔離されて、外部とは切断され遮断されたところの端末の中にあるデータが欲しいという。
概要の説明との変数の手順と日帰りの割り振りとを打ち合わせて帰れば、夕食を作っている貴方は至極いつも通りに見えて、心配はあなたの説明で落ち着いたのだと思っていた。
食べ終わって片付けも終わってと一息つこうとした途端に、背後から抱き締められてうなじにキスを落とされる。
「駄目?」
「駄目・・、ではないけど急にこんな。」
「好きにしていいって言った。」
「た、確かに言ったけど。」
「電話であんなこと言われてそりゃあそういうことをしたいというか、したくなるに決まっているでしょ。」
私をオカズにして一人でスルよりも私と一緒に気持ち良くなりたいから、十分待ったのにこれ以上待てないと言いたげに拗ねるような声を出して、もしかしてあの電話からずっと一人悶々としていたのだろうか。
それはそれで普段の貴方とは少しかけ離れているから面白くて、それでいてあたたかくてくすぐったくって笑みがこぼれる。
私以外でこんな風にはならないし私だけで私じゃないと私しか私だけが私のせいで、素早くホックを外して手際良く実食の狼に、その手付きはいつも以上に性急で乱暴な仕草。
少しだけほんのちょっぴり怖くてもそういう時に他の誰でもなく私を求めてくれるから、こんなことで貴方が安心するなら気の済むまで私はとことん付き合うよ。←今ここ
◆
717.パンチが効いた奇岩の恋煩いは思っていたよりもメロい配色だったりする
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奴を隠し撮りする君を見付けた時はピンズドにその手があったかと目を輝かせて、奴に競り勝つ絶好のチャンスだと思ってしまったのは、後から思えばアンカーマンとパパラッチの格の違いも分からない、反省の色なんて全くない低俗な禍棗災梨の親不孝者でしかなかった。
《隠し撮りなんていけないイタイことだとは分かっていたけれど、外装から連想する資料館‐プロジェクションマッピング‐は、フェイク動画よりも極上のフュージョンだったから、ほんの少し梨棗を微調整として貸し与えて欲しかっただけ。》
君は信じられないものを見るような目で言いふらさないでと言うから、もちろん俺は鉱物のように身持ちが固い特選のフリをして、必ず何かを誰かの弱みでも握って脅かす狙いがあるような、何割増しで褒めちぎる女たらしで男たらしでもある奴とは違う。
《マーブルな不穏分子の異教徒でも終末思想はじゃぶじゃぶと水浸しになることはなく、あわあわと恨みがましいけれど未練タラタラにいたぶられることもなく、寸胴な水瓶で校章をしゃぶしゃぶされても隅切りを剪定してお忍びに研磨して、お手とおかわりを理念に忠犬の常人として表面張力を保つことと相成りました。》
君と居られるならやる気の無かった仕事だって変化を恐れずに進化を諦めないで、簡略化するところは簡略化して力を入れるところは入れて、全力で挑んでいれば指南役兼師範代から師範へと層が厚くなる一方で、君は奴の隠し撮り写真を見ているのか少し微笑んでいるのには、ググッと眉間に皺を刻んでは有因契約と無因契約を確かめたくなる。
《貴方のイヤーワームも飛躍的な拡充で激増した残業でなついものになってしまって、会えない痛みのこの距離が会いたい気持ちのこの時間が、私達をより一層近付ける実践的な製造工程なのか、いつもは世界制覇のオブザイヤーみたいなお洒落なレストランだけれど、風味豊かな郷土料理の高級旅館っぽい方が良いのかもしれないと、疲れているであろう身体を休められるような候補先を検索しておこう。》
山肌にはまだ残雪もあるけれども金庫番からの増援があったおかげで、計測は倒錯することもなく現場からは以上ですという運びとなり、久しぶりに君を補充出来るとあって落ち着ける半個室にすれば、君が驚いた顔をしたのはいつもとは違ってリージョナルな店だったからなのか。
《スマートメーターのコンマ何秒の音を聞き分けてアクティビティに疾走、フォロワーの懐が潤えば末永くお幸せにという用意万端な手配が整い、猛勉強の英知を提案することなく貴方が行きたいと言った店が、チルの候補先第一位だったのは偶然にしては出来過ぎているのだろうか。》
普段は嗜まない種類の酒だったからか夜行性がひょっこりと顔を出して、物凄く頑張ったからご褒美ちょーだいとねだれば嫌じゃないからもっとなんて、耳にこびりついて離れない君の声と目に焼き付いて離れない君の姿は、軽く手を上げて負けを認めるたくなるほどのフォルマントだ。
《経験済ではなく初体験だと言えばとろけるような甘い笑顔になるのも、全身を触れてくれる手の感覚も熱を持つサーベルもとかく心臓に悪くて、指摘される程真っ赤になった自分の頬を少しでも隠すように両手で覆ったけれども、顔が見たいと言われてしまえば拒むことなんて出来なかった。》
野放図だって君とはしてみたいけれど君以外とはする気にもならないから、残念ながら季節が過ぎてしまったから来年の楽しみにしておいて、さて明日からの休日は君と何をしようかとどこへ行こうかと考えを巡らせる。
《ほんの少しのことが起こっただけで思い描いていた静かに過ごす未来が、次々と華やかで色鮮やかな姿へとアンビエントごと変えることに、味蕾の反復練習で混ぜ返されてほいほいと翻弄されているのに、軽い調子で近い将来である来年のことをイノセントに持ち出す貴方に、諸々の現実を真面目に取り合ってはくれていないような気がした。》
気長に待たなくてもオートマチックにままあるものも含めて半永久的に、腹持ちよく浮かんでくることが楽しくて候補を上げる声と共に、ダブルスコアの歩みだってうきうき気分で弾んでいただろうし、目と鼻の先に居る君を見ているようで俺の見たい君だけだったようで、君の顔色とか反応の速度とかアジュバントすらちゃんと見えていなかった。
《それでも嬉しそうな顔を見て体調が悪いのを言い出せなかったけれども、寝れば治るだろうという食い意地が張った安易な考えは通用しなくて、魔法の絨毯のようにふわふわして街灯にもたれかかって浅い呼吸を整えていると、普段は悍威なのに今は楽しそうに弾む貴方の背中が歪む視界に現像される。》
君の気配が離れていることにも悪い体調で倒れてしまったことにも気付くのが遅れて、病院に連れて行けば命に別状は無いものの念の為に入院することになって、上司ではあるけれども恋人では決してない俺達の関係では認められない付き添いを、何かしらも育っている想いがあると気迫で感じ取ってくれたのか、たっての願いということで病院側は一晩中を聞き入れてくれた。
《レストスペース的な温かい背中に背負われるのはいつぶりだろうかと思っても、背負ってくれているのが誰であるのか人物像すら分からなくて、それでいて舌っ足らずな思い出の中と違うことだけははっきりしていて、目の前に横たわる冷え込む以上に冷たい身体を温めたいからという、たっての希望という名の厄介事を懐広く受け入れてはくれたけれども、何時間経ってもいくら経ってもどれほど経ってもやんなっちゃうぐらい、温かさは移ってはくれなくていつまで経っても精巧な食品サンプルのよう。》
悪いと思いつつも保険証が無いか探し出す過程でひらりと落ちたのは、父親と母親と幼い男の子と男の子に抱きかかえられた赤ん坊という、オープンリールなガバナンスを会得するいかにもな家族写真で、裏側には男の子の名前と君の名前の隣に年齢も書いてあって、フルネームの表札と男の子の面影が奴に似ていることを加味すれば、男の子は確定している赤ん坊の君の兄貴であると考えれば説明がついて、君の背後にいる可能性があって俺の事件を解く鍵だったのは、奴への恋の病ではなくて兄貴への家族愛だったというオチだ。
《人並みの歩みを断ち切られた兄を薄片にして上梓として懐に忍ばせることで、打ち取られてしまったのを体得して保っていたけれども、現実に現れてしまったら御朱印のように授けていただいていた気になってしまって、あの人に知られないように集めていたら貴方に知られてしまって、薬膳の貫入がジャンク品に成り代わるという据わりの悪い結果になった。》
ベッドの横で椅子に座って食い入るように見詰める君の顔は生気がなく青白くて、気持ちのやり場がなくても自業自得だから吐き出すことは許されず、身をもって知ったのはただただ君を傷付けたという現実だけ。
《目を開けたら病院で貴方に謝って出掛ける予定も反故にしてしまったけれど、貴方はそんなことはいいからと病状は落ち着いたのに家まで送ってくれて、その日一日ずっと俺がしたいだけだからと世話を焼いて気遣ってくれた。》
あの日以来大して忙しくもないのに仕事以外では君から距離をおいているものの、それでもって反省の意を示すなんてことは考えていないけれど、ファールのお気持ちはお察しますなんてことも言えなくて、アンカーとの幸せを心から願っていますとも絶対に言いたくなくて、責務を全うするにはまだ話は終わっていない状態が続いている。
《何かを口実に交流の時間を持ってその関係を深めていくことは大事なことで、忙しくこの状況でそれを言うかと断られたならばともかく、立会人風に作り過ぎたからお裾分けと気を回したつもりになって、後から希望があったと言われる方がインストラクターとしては困るから、忙しい相手だからこそ忙しい中で時間を取ってもらうのは悪い気がしても、失礼を承知で聞きますと一度は声をかけるのが尊重と放置の違うところであると、大手柄のコツを手取り足取りあの人は教えようとしてくれたけれど。》
何やら社内が騒がしいと思えば君が奴にセクハラされているところを、同僚達が目撃したことが問題となって社内中を駆け巡り、特に女性社員達は怖くないから警戒出来なかったのが一番怖いとか、白毫に準えていたのにそんな人だとは思わなかったとか血煙で、女手一つの螺髪のような同情メッキが剥がれ落ちたのは良かったけれど、怖いほどに真剣な顔で力一杯に拳を握るこの姿は誰にも見せられないだろう。
《何か考え事をする時も何も考えたくない時にも来るお気に入りの場所なんだと、対価の発生しない仕事だけれどと心配するフリをした新様式で、他の誰かに見られないようにと人気の無いところの暗幕へと分別されて、遠ざけられてああでも言わないとと言われてしまったのは迂闊で、覗き魔かと思うくらいこっちの動きが読まれていて、少しずつこんな風になれたらいいなと思っていると言われても、今みたいな粋な計らいを含めて必死にやってきた結果がこれか、こんな仕打ちをされるくらいなら今すぐ分からせてやると、強引にせがまれ迫られていたところを同僚達が通りかかり、お騒がせ娘と言われると思いきやそうこなくっちゃと盛り上がった次第で。》
同期の俺も呼び出されこういう問題の取り扱いは慎重にしなければならないから、どういう経緯かを教えてくれと尋ねられたけれど、公訴事実は早計だという議事録を白書にされて即解放されては困るから、俺が直接見た訳ではないので真実も事実も分かりませんが、仕事ぶりを見ても彼女は嘘を付く人間ではありませんし、彼女以外の人間も言っているのならば残念なことですが本当だと思いますと答えれば、言われてみれば確かにと俺に言われるがままに木組みの背割りを信じた経営陣に加えて、パワハラの毛玉もポロポロどころかボロボロ出てきて奴はもう逃げようが無かった。
《染みが許されない白に対して染みを覆い隠す黒は、田植えと稲刈りの舞台造を忘れてはいないし、寧ろ深く残っているのに何で言ってくれなかったのかと、もう終わったことだからと渡来を阻却しようとしても、そういう問題じゃないからとして施無畏印と与願印でなんでもござれと、うっかり女子はちゃっかり男子が国益としてガッチリ捕まえとくのが、回遊式の素屋根として一番安心だからとか無事かどうかは今後の相手次第とか、色々圧も強くそう漏らしてしまったあの人の焼き加減はソムリエによって焼け野原となった。》
君の存在は奴とのことで少しの間だけ社内の話題に上がったものの、奴の樹氷な所業の方が上回ったおかげで君個人の存在は薄れて、徐々に周りの反応も普通になり俺への反応も今まで通りのままで、俺と君とのことは問題にというより話題にすらなっていないから、君の考えが分からないけれども俺からは聞けないし近付けもしなかった。
《あの人は居なくなって社内も元通りとまではいかなくても落ち着きを取り戻しつつある中で、仕事中は今まで通りをなんとか貫くことが出来ているけれども、あの日以来貴方は私に対して仕事以外の話をしないし終業後も誘わなくなって、でも貴方はあの人からされたことを含めて私の言葉を信じると言っていたと経営陣から聞いたから、何故避けられているのか考えても分からなくて帰り道に引き留めてしまった。》
「話って?」
「何かしてしまったかと思って考えていたんですけど、この間のこと怒っているんですよね?私が迷惑掛けた挙句に、出掛ける約束まで破ってしまったから。」
「・・!いや、それは違う。だけど、もう関わらないから。」
「え?」
「好きだっただけなんだ。君と一緒に居たかっただけで、怖がらせるつもりなんて全くなくて、君の奴への思いを利用しただけ。最低なことをしたのは分かっている。許してくれとも言わないけれど、誰にも言わないから。せめてそれだけは約束する。だからもう安心していい。」
「好き、だった・・?」
「うん。」
「言うつもりは無かったってことですか?」
「うん。最初からそのつもりだったから。」
「そう、ですか。」
「うん。だから、もう・・」
「利用、というなら私も同じです。」
「え?」
「確かに最初は、少しだけ怖かったというか、言われてしまわないようにって気を張っていたと思います。でも途中から、いつからかははっきりと覚えていませんけど、怖いとか思わなくなっていました。だから許すとか許さないとか考えたこともありませんし、言うつもりが無かったことは分かりましたし、気に病む必要もありませんから。」
「いや俺のことは・・・。俺は君が奴を好きなんだと思っていた。内緒にしてくれということは、いつか試してみたいとかそうなりたいとか思っているのだと。だけどそれは勘違いだったって気付いたんだ。あー、その、病院で写真見てしまって。兄貴、なんだろ?」
「はい。兄に面影が似ていたから勝手に親近感が湧いて、少しだけ思ったこともありました。思っただけで実行なんてしていませんし、貴方に知られてからは実行しないことに決めましたから。でも面影があっても中身はまるで違っていました。あの人は兄に似ても似つかなかった。」
「ああ、奴はそういう奴なんだ。上手いこと隠す奴でもあったけどな。まあ、俺も君に対しては奴と同じぐらい酷いことをしてきたけれど。」
「貴方はあの人と違って優しいですよ。貴方はいつも優しかった。私を見る目も触れてくる手も、何もかも優しかった。兄ともあの人とも違う貴方だけれども、寧ろこの関係が続く限り貴方と居られるから、その方が良いと思うようになりました。」
君の言葉にすっと真顔になって見詰めればそっと恥ずかしそうに視線を逸らすものだから、その本心は一体どうなのかと問い質したくなるほどに舞い上がってしまう。
《落ち込ませる気なんて毛頭無かったけれどもその姿は想像もしてなかった落ち込み具合で、この本心を伝えたらどうなるのかと想像すると胸がいっぱいになった。》
◆
718.飛行機雲か消滅飛行機雲か
◆
人様に迷惑を掛けた時は言い訳しないという、あなたのお祖父様の言葉は大変素晴らしいです。
しかし、言い訳と事実は別物です。
量刑というものは、事実に基づき判断されます。
人様に迷惑を掛けたといっても、事実と異なる供述で確定した刑は正しくはありません。
法治国家では、人が人を裁いてはいけません。
警察でも検察でも裁判所でも遺族でも無関係な人でも世間でもしてはいけないことで、法律によってのみ裁かれ償うことが出来る。
人様に迷惑を掛けた時は言い訳しないという教えを守って刑を受け入れているようですが、私には単に殺す気は無かったと裁判で言わずに極刑を受け入れることで、教えを守れている自分偉いと自己満足して、涙を流すのも我慢していると自己中心的な考えで、憎まれて死ぬことしか許されないと自己陶酔して、明らかにしなかった事実に基づいた本来の正しい裁きから逃げているようにしか見えません。
人の命の重みを踏みにじっているだけで、他人を巻き込んだ瞬間その声は誰にも届かなくなることを何も理解していない。
命というものは皆平等であり、他人も自分も勝手に価値を決められるものではありません。
このオジイサン、失礼しました、このオジサンは、お金もくれないし、褒めてもくれないし、遊んでもくれないし、恐らく恋人にもならないでしょうし、むしろこの怖い顔で説教ばかりをたれますけど、話は聞いてくれますし、絶対に見捨てはしない人です。
知っているものを知らないフリをするのは知らないで通すから簡単だけれども、知らないものを知っているフリをするのはボロが出るから難しいですが、馬鹿なフリをしても本物の馬鹿にはなれません。
馬鹿なフリをしなくてもお祖父様のように、あなた自身を見てくれる人は必ず居ます。
まずは馬鹿ではないあなたを、あなた自身が見てください。
今なら再審請求は通ると思われます。
言い訳しないという言葉に続きが無いのならば、極刑を受け入れるということではなく、謝罪でも罪を償うでも社会貢献でもいいはずです。
しかしながら、資金集めの為に嘘の予言をして不安を煽って御守りと称して売り付けたり、関係者に行き渡るようにと生きたまま小分けにしたりと、その言動に全くもって同情の余地は無いので、極刑は極刑のまま変わらないと考えます。
けれど明らかになった事実に基づいたその極刑は、誰に恥じることのない正しい極刑だと思います。
◆
719.接着剤は適量で
◆
フラフラと路面へしゃがみ込んだ君にこんな状態で放って置けないし、一緒に帰れるように回復するまでここに居るからと、俺が声を掛けたところから始まった出会いだ。
実家が所謂金持ちで家業を継いだ姉貴の手伝いをしろと言われているけれど、俺自身は一棟貸しの社宅も持つ民間の警備会社で働くボディーガードだ。
実家というより気の強いはねっかえりな姉貴からやることなすこと、二六時中異論を唱えられてたまったもんじゃないと逃げ出した。
それでもこの稼業にやらない手はないと誇りを持って働けるのは、幼い頃に守ってくれたボディーガードの姿が格好良かったから。
あの姿に近付きたいと思って日々鍛錬を爆速に繰り返す毎日で、申し子から目覚ましい成長と言ってもらえたのには、自称一番弟子としてルンルンな気分である。
因みにジョギングコースを変えた途端に君と出会ったものだから、俺的には結構意気盛んな運命かもと思っている。
同僚達を紹介するついでに君を借り上げ寮に招待したのだけれど、体調が優れなかったのか気を失って倒れ込んでしまった。
しかし医者曰くこの時代に食べていなくての栄養失調が原因で、極力の治療はしたから今は過労面も含めて大丈夫だけれど、根本的な解決をしなければならないという話だった。
そういえば君といる時は話を聞いてくれるからか俺のワンマンライブ状態で、君の年表は夜陰ばかりで前書きも後書きも分からない。
目を覚ました君は自分の状況を把握した途端に顔色を変えて、小刻みに震えながら病院代は払うと言ってきかなくて。
スライトリーでも手を尽くしたいから金は気にしなくていいと言っても、天地がひっくり返る程に警戒レベルを引き上げられてしまって。
お金は怖いからと満額以上の手持ちの有り金を俺の手に握らせて、差し戻した君は逃げるように俺の前から立ち去ってしまった。
そういう面でもそういう面じゃなくてもチヤホヤされてきたし、ビジネス以外で断わられるなんて初めてだったし。
口分田のラスパイレス指数が重い腰を上げなくても、足を引っ張って奪うのではく手を差し伸べて与え、産婆の一助にならなければならないとどやされていたし。
考えてみれば警備会社だって相手にするのは警備代を払える層ばかりで、金持ち基準というかボンボン資質というか何というか。
浮世離れした不束者の俺じゃ君の力になんて到底なれっこない、どないしたらええねんと激震に破弾して落ち込む俺に、恋バナは間に合っているとツンケンしていた同僚達も。
気付けたのだからと慰められて話せば分かってくれると励まされて、ぽっと出のストレートプレイでも君に会いに行くことを決めた。
君のアパートの前に人だかりが出来ている上にパトカーが数台止まっていて、何十人と警察官もいてぐるりと囲うように規制線も張られている。
何の騒ぎかと縁遠い顔をした野次馬に聞けば男二人が刺されて、犯人らしき男は逃走したらしいのがメインストリーム。
男二人は闇金だとか密輸の家捜しだとかひた隠しの訳ありだとか、移し変えて攫われたとか移し替えて拐われたとか。
プレスアレンジは受け付けないとあらせられるバンカラなルポライター、その意味深長に焼け落ちるようなどっちつかずの言葉が刺さる。
ふと地面に視線を向ければ君の鞄が落ちているのに気付いて、その身に何かあったとしたらと縁起でもない死戦期に、サイケデリックな風前の灯に狂乱しかけたけれど。
パッキングされた想定問答の諸説紛々を残念賞として逆再生にて話には乗らず、日没以降に夜を徹してでも小綺麗な大喜利に変えると鎮魂。
取り立てられて君が困っているのを見ていて助けたいと思ったからで、身を寄せてくれても構わなかったのに君は遠慮するから。
うようよ付き纏う召使いから助けられる担い手は自分しかいないと思って、共通の敵である闇金に二つに一つと痛棒を食らわしたのに。
何故逃げるの?
何で逃げるの?
君を助けてあげたのに。
君の為にやっつけたのに。
どうして逃げるの?
自分の見たい部位だけを見るのが老い先短くも無いスモールな世界の全てで、他の何も届かないばかりかノーショウだとコロッと態度を変える。
レコグニションな秘密の共有であるカタログを拒んで逃亡を図る君を追い掛けて、高さ制限とばかりに君へ刃物を振りかざす男の不審物だらけなビジュアル。
生け捕りとする事業計画は百も承知二百も合点だけれども、不首尾に終わることを本邦初公開に望んでしまう仕度に、法輪のワッペンをグルーガンでのそっとアップリケ。
ベルトを鞭のようにリマスターして刃物を男の手から叩き落とし、攻防している間に警察官も駆け付けて男は逮捕連行された。
男は君のバイト先の同僚でストーカーであったことも判明して、色々考え合わせると答えはこれしかないと思い込んだ末の犯行。
男は君の為に闇金に復讐したのにと浮かばれないと喚いていたけれど、そんなものは隠し包丁を魔改造しただけで君の為なんかじゃない。
物欲に傷が疼いて消化しきれない気持ちを抱えた自分の為に、治安維持の新常識と言うとおりやしたとして律令を、勝手に裁可して厳命のウインカーを出しただけ。
その端数処理を切り捨てする為と切迫を切り下げせずに切り上げて、大判小判がざっくざくと四捨五入よりも五捨五超入の土塀。
キューピッドを自ら委嘱し故障した弓矢を刃物の刺創に持ち替えて、君が叶えられなかった夢を自分が叶えてやれるから託されたと。
君の為を思うのならばそんなことなんてせずに君に胸を張れるように、地方巡業の被験を脱退して新生を見ものだと出歩けば、男の幸せを君が願ってくれたかもしれないのに。
浮き沈みが激しい職業だった緑故が一儲けを考えて拵えた借金、君の親が頼み込まれて断りきれずに連帯保証人になったことから、君と闇金との切っても切れない繋がりが始まってしまった。
石棺な墓前の前で膝を抱えて泣き咽ぶことさえ出来ずに、誰が見ても誰から見てもそのドル箱の色味は怪しくて、優雅なひとときのお座敷から嵌められたのに。
方向が変わったというより広がって笑いが止まらない闇金であろうと、人様から借りたお金は返さなければならないと、仕事をいくつも掛け持ちして返済していた。
行きそうな場所に心当たりはありませんかねと尋ねられたけれど、ここじゃ何なんで場所を変えて話しましょうかと、そちらさんはどなたでなんてお呼びすればよろしいかと。
豪速球からの築地塀としてバッターボックスに立てば、いえいえ名乗るに値しない下々の人間ですよと引き下がり、今回の件からは手を引いたようで寄り付かなくなった。
男のお陰様で警察が介入してそこへ俺が弁護士を挟んだことで土留めとなり、君と闇金との繋がりを完全に断ち切って解放させることが出来た。
掛け持ちする必要が無くなったし給料だってそこそこ良いし、つか俺の下心ありきだけれども警備会社の事務員として、君が働けることになったのは社長に土下座した甲斐があったってもんだ。
色々な手続きとか仕事の引き継ぎとか治具のようにくるくる動き回り、油を売っている訳ではないし仕事の質も格段に上がった俺を、レーションの目撃談として同僚達も仕方がなさそうにしてくれた。
どっちかっていうと俺の方が夢中なんだけれど君も満更じゃない感じで、相対速度の波形は必然と同じになっていってくれた。
智将の馬出しに知遇となっても仕事熱心で家に帰っても勉強熱心で、大事の前の小事って感じで全方位に速射砲で余念がないけれど。
君が褒められると俺まで嬉しくなるからそれ自体は良いんだけれど、普段事務員だって気を張る仕事なのだから家ではゆっくりして欲しいのに。
つーか俺に聞けばいいのにっていじけている訳じゃないけれど、構ってくれないと寂しいから死んじゃうとか凄く女々しいから。
君の博識な礎石の一端を担いたくて俺が教えたいなとバックハグすれば、君はビクッとして身体をカチコチに硬直させてしまった。
しまったと思うより先にバッと離れながら素早く距離を取って、ごめん調子乗った大丈夫何もしないから安心して、そう言いながら不安を最大限取り除きたくて言下のテンポは速くなる。
その生体反応は照れるより前にどう反応すればいいか戸惑っているぽくって、震えても怯えても警戒されてもいなさそうに見える。
人懐っこい軽いノリが持ち味だけれども君に対しては軽薄に怖がらせるだけで、シード権があっても合盛りではあの男と同じになるぞと。
手負いの調光は大判な長夜が必要という忠告も助言も重層的に貴重なツールとして、同僚達がせっかく言ってくれているのだから必須としよう。
どこでどう聞きつけたのか知らないけれども姉貴が警備会社に怒鳴り込んできて、強引に連れ戻そうとしてくるものだから舌戦を繰り広げるのも無理はない。
抗議なんてハイステップという訳ではなくお願いに参った次第でなんて、そんなローステップを酸化熱な捕食者の姉貴が踏んでくれる訳もなく。
社長も適当にあしらってどかして入れなきゃいいのにと思ったけれど、実家と姉貴からの連絡を無視し続けていた俺が言えた立場でもないとも思う。
輝くシャンデリアと美しい生け花が似合うウチには相応しくない、もう気が済んだでしょうからとっとと家に戻って手伝いなさい。
おせんしょは止めてくれ俺は姉貴の都合の良いアバターじゃない、俺はここが良いし帰らないしそもそも姉貴に決められたくない。
姉貴から逃げて来たんじゃなくて実家ごと捨てて来ただけで、アーバンなスーパースターの来場者を名乗るつもりはない。
分不相応ということは分かっていますしもったいない人だということも、重々理解していますからこれ以上ご迷惑はお掛けしません。
仕事以外でもう二度と会いませんからお姉さんもご安心くださいと、君は姉貴に深々と頭を下げて公正を期すことを約束する。
脛に傷持つアイデンティファイな自分とはエコトーンにはなれないから、俺とは別れると言って部屋から出て行った君を追い掛ける。
姉貴は俺を連れ戻しに来ただけで君のことを言っているんじゃないし、そもそも付き合っていることすら知らないから気にすることはない。
君の心の扉を叩きながら話を聞いてと声を掛けてそう言っても、皆に迷惑だし話すことなんてありませんと有無を言わさない。
君は仕事にプライベートは持ち込まない完璧なスマートさで、寧ろ皆に迷惑を掛けているのはグチグチ言っている俺だ。
悩み事は触れて欲しくないパターンと聞いて欲しいパターンがあるようだけれど、俺の場合はダラダラ垂れ流すパターンらしい。
身分の差を超えて立場の違いを忘れてとそう言えなかったのは、それが君を傷付けてしまうと思ったからだけれど、身分も立場も一気通貫に気にしているのは俺の方。
退職を申し出れば何か不満なことでもあるのかと聞かれたけれども、良い会社で社長も同僚も良くしてくれて加えて高い給料ももらえている。
今までと比べてもの凄く幸せ過ぎてこれっぽっちも不満なんて無い、しかしながらお姉さんのこともあるし皆が気を遣ってくれていて申し訳なさ過ぎる。
複雑な家庭環境なのは分かるし金持ちと住む世界が違うのも分かるけれど、それとこれとは話が別で君が君を否定する必要はどこにもない。
最初は事務員が足りないし頼み込んで来るしで雇ったのは良いけれど、判断材料が不足していて元を取れるかは分からなかった。
それでもまだ何も分からないというのも立派な情報ではあることだし、外面から内に回ればそのスタイロメトリーな内面が分かるもの。
今ではなくてはならない人材になってくれて嬉しい誤算というか、かけがえのない人財を得たと思っているから君との出会いに感謝よ。
社長に呼び出されたと思ったら君が思い詰めて退職まで願い出たと言われて、姉貴のせいだと頭を抱えて言う俺を社長はピシャリと一喝する。
姉のせいにするんじゃないし親や姉を説得するのはお前の仕事であり、ロミジュリじゃあるまいしそんな物語を背負っても誰も同情なんてしない。
揉めるのは大いに結構だけれども一頻り喧嘩したらサクッと仲直りしろ、実家の親と姉から逃げていないでやるべきこととして向き合え。
三角関係のもつれにバンバン尻を叩く社長は流石社長と言うべき人で、監護な喫水線の票が割れようが白煙に起請文を飲んで。
突拍子もなく何度溺れたとしても俺が引き上げるから大丈夫と言えるように、大輪の花の記念写真には合釘固定の三脚を立てようと決める。
決めた途端に姉貴がまた来たものだから因縁の宿命の巡り合わせか、我儘はここまでなんて上から目線で言われたなら俺は家を出る覚悟であると。
まだそんな収入源がチップリングな投扇興になるような甘いことを言って、今以下の生活なんて悠久の時を超えても出来るわけがないと返される。
初期投資の入手経路は見晴らしの良いゴールデンドロップであったけれど、それがしのべることになっても取り壊してしまったとしても。
俺は君が好きだし君と居ると楽しいし俺を俺自身を見てくれていて、俺は君と居たいから俺は君と居ることを選ぶんだ。
俺と姉貴が睨み合っていれば君が仕事のことで用事と入って来たから、これ幸いと君の手を掴んで引き寄せて手始めに姉貴に向かって宣言する。
今までは誰にも聞かなかったし誰も求めもしなかったけれど、俺は君と結婚したいし絶対するから姉貴は金輪際口を出すな。
そのためだったら家と縁を切る覚悟も出来ているしそれくらい君が好きだから、俺のピロティよりも結索な菩提樹の手の内をさらす。
姉貴は一瞬だけ言葉に詰まったように目を見開いて次に大きく息を吸い込んだから、また怒声を浴びせられると思ってグッと力を入れて身構える。
しかし俺の想像とは違って大きな大きな溜息が聞こえてきただけで、いつもの倹飩で剣呑な雰囲気はまるで無く毒牙を抜かれたよう。
別に反対なんてしていないし問題視しているのはそこじゃないから、いつもヘラヘラしているか意地を張っているかのどちらかで。
着の身着のまま口だけで乗り切れる程現実のフロアマップは甘くはないし、実家の事業の手伝いをしないならきちんと両親とも話し合え。
とんちを繰り返し反発して振り回すんじゃなくて人力の路面電車を納得させろ、可愛い弟の為なら姉ちゃんが一肌脱いであげるから。
慳貪なテグスで芸術肌である姉貴のスケッチは俺の知らないところで、いつの間にかしっかりとしたリーディンググラスの写生になっていた。
そんなもん言われないと分からないしそれなら最初から言ってくれよと、悪態をついてぎゃあぎゃあ叫んでも姉貴はどこ吹く風。
極端なのよ何事も程々が良いのよとお姉ちゃん面なんかされても、ありとあらゆることに突っ込んでいく姉貴にだけは言われたくないわ!
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720.馬頭琴はフルボリュームで
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管理人さんに鍵を貸してもらって訪れたとある廃ビルの屋上に、お供えの花束を持ってこの階段を上るのももう慣れたもので。
今日はおじさんの命日だから。
おじさんといっても私と血縁関係は無くて、幼い頃のお隣さんで幼馴染であるあなたの父親。
家族ぐるみの付き合いだったけれどそれはとても短い間のことで、何故なら今は私とあなたの二人だけになってしまったから。
私の両親が脇見運転の車との衝突事故の初披露で亡くなり、追い討ちをかけられるように私もその事故が原因で視力を失ってしまった。
持つべきものは泥仕合の憎しみではなく近接の法則で袖に縋ることでもなく、そのような立ち振る舞いにびた一文買い負けないように立ち居振る舞うこと。
あちらから会いに来るのを待つのではなくこちらからどんどん会いに行って、どこにも無いものを探し求めるよりもそこかしこに有るものを大切にする。
そう私を励ましつつ支えようとしてくれたナイスガイなおじさんは、私が円筒分水な児童養護施設に慣れた頃に殉職してしまった。
交番のお巡りさんから拳銃を強奪した人の事件を捜査していた時に、犯人と居合わせてしまった子供をその凶弾からおじさんが庇ったから。
救急車で病院に運ばれている途中で部下の人に看取られて、霊安室に通されたおばさんとあなたとその扉の前にある長椅子で待つ私。
背後から聞こえてくるおばさんの泣き声と一言も聞こえないあなたの声と、空間いっぱいに広がる消毒液の匂いとその隙間を縫うように漂う花火をした時のような臭い。
その臭いの方向からは誰かと誰かが話している声が聞こえてくるけれど、ケミカルウォッシュな仕上がりでなんて言っているかは分からなかった。
それぞれの半導体‐ペイント‐のエアブラシはちんぷんかんぷんでも、唸り声のような空気が毛羽立ちながら直火‐ロースト‐されて、付きっきりのネブライザーにてデプスまで届けられたのは理解出来た。
息子のあなたはそんなおじさんの背中に憧れて世界一安全な街にすると言って、おじさんと同じ警察官を目指し首席の伝道師として努力を重ねた。
その中で顔色が優れなかったおばさんは病気で亡くなってしまったけれど、今や所轄の署長になったあなたをおじさんもおばさんも誇りに思っていると思う。
もちろん私も思っている。
一方私はというと彼の店でピアニストとして働いている。
もちろんアマチュアだけれども「本職‐プロ‐みたい」と彼が言ってくれるから、本当でなくても飾り棚のバレンスはそうかもって思える。
彼と出会ったのは偶然だった。
児童養護施設にあったおもちゃのピアノを弾くのがお気に入りで、学校の合唱コンクールの時に先生から教えてもらって、幼稚園とか介護施設とか病院とかで時々弾かせてもらったりしている内に、ピアニストになりたいという夢がアラウザルに出来た。
けれどいくら好きでも音大に通える技術もお金も無いから手が出なくて、障害者が何人か採用されている団体の紹介でとあるバーへ面接に行けることになった。
その途中誰かとぶつかってしまって直ぐ様謝っても怒鳴られてしまったことは、仕方が無いというか日常茶飯事だから気にしないことにして。
けれど白杖が何かに引っ掛かってしまって取ろうとしたけれど取れなくて、降参したとしても白杖が無ければ面接どころか家にも帰れなくなって、どうしようもなくなってしまうからどうにかこうにかガシャガシャしていると。
「ちょっと待って。取るから動かさないで。はい、どうぞ。」
「ありがとうございます。・・あの、重ねて申し訳ないんですけど、この地図の場所に行きたいんです。方向感覚が狂ってしまったので、東西南北を教えていただけませんか?」
「・・・何しに行くんですか?」
「面接に。」
「ここは良くない噂がある。それに貴女は目が見えないですよね。この店は助成金目当てだ。・・ああ、いきなりこんなこと言われても信じられませんよね。俺も店経営していて、悪いことは言いませんからこの店は止めておいた方がいいです。」
「・・・ありがとうございます。でもこのお店は紹介してもらった上に、他に面接してくれそうなところは無くて。私ピアニストが夢で、それを叶えられるなら多少は。」
「・・・ピアノが弾けることが条件ですか?」
「はい。」
「分かりました。それなら俺の店で働きませんか?」
「え?」
「この店の条件より良いと自負していますし、今ピアノは無いので選び放題ですよ。」
彼はその足で店に連れていってくれて学校にも団体にも連絡をしてくれて、正式に採用になったらピアノまで私の好みに選ばせてくれた。
彼の店は思い描いていたよりもサバサバしていて温かくて優しくて、彼から好きだと言われた時は驚いたけれど嬉しかった。
幼馴染に彼を紹介したかったけれど家族の話はあまりしたくないらしく、店の人達に聞いてみたら父親が警察の偉い人っぽくて折り合いが悪く、警察の話をすると機嫌があまり良くなくなるらしい。
どうやったら幼馴染と彼が仲良く出来るか考えては良い案が思い付かなくて、それでも彼と居たかったからズルズルと先延ばしにしてしまう。
そんな折にある時から彼の様子が変わって何だか焦っているような雰囲気で、でも私には何も言わないどころかいつも通りを装ってくるから、私と居る時だけは安心出来るようにしようと思う。
ある日彼が帰って来た時纏っていた臭いはあの日の病院の記憶を蘇らせて、けれど縋るように性急に抱く彼に何か聞くことも何も言うことも止めた。
「これは?」
「君に似合いそうだったから。」
「指輪?」
「ああ。もし金に困ったらそれを売ればいいから。」
「貴方から貰ったものは売らないよ。」
「・・・そうか。」
腹鼓を打つ順風満帆な多幸感の成功者に成りすましたり、問題を一人で抱え込んで何でもないと偽ったり、出来る優秀で売れ行きは腹太鼓の完璧な経営者を演じたり。
そうするのは得意だけれども彼自身で居る時は嘘が付けない人で、付いたとしても不自然ですぐにバレて分かってしまうの、宝飾品一つでハラハラドキドキしている今みたいに。
儲かっている筈なのに豪遊する訳でも無く店の人達の艶出しばかりで、それでいて遊牧も落葉も問い直すことなく許してしまう。
フレットさえ結構不器用な彼の傍にいつもとは違う雰囲気の彼の傍に、陰ながら応援すると共に大トリの安息日になりたかった。
店の人達に聞けば海外セレブが身に付けたことから火が付いた人気のブランドで、その中でもかなりの高級品のようで売ればいいと言ったのは、言葉の綾でも何でもなく何年越しでもお金になる奉献。
しかもただの指輪ではなくどこからどう見ても婚約指輪のデザインだから、店の人達はその印稿に熱弁を振るって盛り上がっていたけれど、何も聞いていないしプロポーズとかそういった類ではなさそうに思える。
それでも売らないと言った私の言葉に嬉しそうな声色だったから、理由を話してくれなくても私からプロポーズしてみようかな。
彼が受けてくれたらその時はちゃんと幼馴染に紹介しよう。
彼が君には悪い事をしたと思っているなんて軽々しく一言で済ます筈も無いし、断定的に白であり黒では無いと確定するまでリザーブシートは全てグレーの状態。
警察の要らない街を目指している裾野が広い幼馴染ならば彼が何に悩んでいたとしても、ミクストメディアなフェアトレードできっと全力で解決しようとしてくれるから。
そんなことを考えながら階段を上りきって屋上に出られる扉を開けると、風がいつもより少し強かったけれどこれくらいは許容範囲。
「なんで・・・?」
「あれ?あなたも来ていたの?なんでって今日はおじさんの命日でしょ?でも鍵をもらった時、管理人さんは何も言っていなかったけれど。もしかして非常階段から来ちゃった?何回も鍵が壊されるって管理人さんが言っていたから、また壊れていたのかな?」
カンッ―――――――・・・
「確保っ!!!」
花を供えたら何か硬い物が落ちて地面に当たった音がしてその瞬間に風が止んで、聞いたことのある声とそれに続くたくさんの足音と、身体を縮こませた私を落ち着かせるようとするあなたの部下の声と、その奥からは今までには聞いたことがない語勢の彼の声。
駆け込み需要はとっかえっこなんて出来ずにF字孔で声遣いも増減して、最終審査後にもひずみが生まれるコンパートメント症候群。
小さい頃から自分の顔に泥を塗らない誰も彼もに自慢出来るだけのものを求められて、期待に応えてきたと思っていたけれど大学受験で失敗した時に、完全に見放されてその時のネクタイピンの逆光は忘れることはない。
そんな親父に反発する為逆らうっていうより壊す為に起こした事件は、バグった親父の地位を失墜させるのが目的だったからこそ、交番のお巡りから拳銃を取った時もスタンガンで気絶させただけ。
親父に見せ付けるだけのつもりでその拳銃で誰かを傷付けるつもりは無かったけれども、追っ手の警察官に追い掛けられていた中で威嚇するつもりで、けれど飛び出してきたガキに当たりそうになって、避けたつもりがガキを庇ったその警察官を撃っちまった。
事が大きくなって親父の知るところとなり失墜どころか権力フル活用で隠蔽させ、経済制裁どころか転地療養を吐き捨てて親父は出て行った。
今まで親父のことを軽蔑していたけれどつもりばかりの俺も結局のところ、同じ血が流れているんだとそうインナーマッスルごと実感すれば何もかもに失望して、渡された海外逃亡の資金を元手に夜の世界に身を投じた。
刮げた顔繋ぎから所謂高級キャバクラを経営することになったけれども、今まで接したことがない境遇の連中に囲まれて頼られていると、抜きつ抜かれつの店を守り連中を食わしていくことが目的となっていった。
そんな時に彼女に出会ったのは偶然だった。
真っ昼間から怒鳴り声が聞こえてうんざりとした気持ちで声のした方向を見れば、女性が放置自転車に引っ掛かった白い棒を取ろうとしていた。
しかし真っすぐ引き抜けばすぐ取れるのに何をしているんだと思ったけれども、白い棒が白杖だということに気付いて声を掛ければ、見慣れた街角での立ち読みが湯上りのカンアオイは特設にて鏡開き。
初めての一目惚れも偶然だ。
事情を知ればあの店に行かせたくないという思いより俺の手元に置いておきたくて、エントリーモデルのピアノさえ無いのに働かないかと言ってしまった。
きっと眉に唾をつけるように怪しさ満点だったにも関わらず彼女は俺を信じてくれて、店の信用度はある程度あるから学校にも団体にも俺が直接連絡を入れて、店の連中も華やかにはなるし珍重の至りと歓迎してくれた。
ピアノの腕もさることながら彼女のおっとりとした性格と雰囲気に人気が出て、そのごゆるりとした界隈で有名になっていって店の売り上げと共に、彼女へのアプローチも増えていくことに耐えきれなくて告白した。
彼女は驚いていたけれど嬉しいと言ってくれて同棲も了承してくれて、店の連中には俺の気持ちなどとっくの昔に見抜かれていたようで、夜の世界特有のローエンドモデルな揉め事に発展することもなく受け入れてくれた。
けれど鯛も一人はうまからずなそんな日は長く続く筈もなかった。
ある署が別の事件の捜査をしている中で関係者にあのガキが居たようで、俺の存在が浮上して違和感しかない俺の事件のことを嗅ぎ回っているらしい。
CAMが皆無の艀ではダクトは進めないから隠蔽の事実が明るみに出ないように、遊びは終わりだ店を畳んで今度こそ海外に行けと。
何十年ぶりに俺の前に現れた親父の言動は何一つ変わっていなくて、しかし何回年越ししても何一つ変わっていないのはきっと俺も同じだろう。
そうだ。
俺は、俺なんかが彼女の傍に居ちゃいけないんだ。
彼女と居る時だけは忘れられたんだ、何もかも忘れて彼女のことだけ考えられた。
でもそれじゃあいけない。
タンスに眠るように隠してもらうのも用水路の造立に逃げ出すのも違う。
親父の都合と俺の事情に彼女を巻き込まない為にも全て終わらせないと、と昔とは違って密造すら手に入れるのが容易くなった拳銃を手にする。
一人の警察官が俺に接触してきて必ず暴いて逮捕すると言ってきたものだから、そう願うと返したけれどもきっと親父の手先か何かで潰されるだろう。
ハイエンドモデルなこの人には申し訳ないけれども俺が親父と共に破滅する為には、いつになることやらとならない為にも必要な選択と決断だと言い聞かせて。
その刑事の背中に銃口を向け初めて自分の意思を持ってこの引き金を引いたけれども、重い銃弾と一緒に軽々何かまで出て逝って熄んでしまったみたいで。
その感覚はとても嫌なもので音も光景も過去も何もかも忘れたくて逃げるように帰れば、彼女が起きていたものだからそのまま抱いてしまったけれども、抱きすくめても衝動のままに抱き潰さなかったのは彼女だったからだろう。
普段の俺とは違っていた筈なのに彼女は何も聞かずに何かも言わずに居てくれて、その松風の心地良さがまた彼女から離れたくない理由の一つだ。
俺の精神安定剤、かけがえのない存在。
店の連中は伝手で何とかなるけれども彼女は視覚障害者でいくら腕が良いといっても、プロではなく俺の店でしか実績が無いアマチュアでは雇ってくれるかどうか。
雇ってくれたとしても守ってくれるとは限らないことが気掛かりでならないのは、彼女とこれから一生一緒に過ごせるなんて甘い夢はもう見られないから。
せめて俺が居なくなった後に金には少しでも困らないようにしたくて、出来るだけ高値で換金出来る人気ブランドを選りすぐって、その中でも彼女に殊更似合いそうなデザインの物を選び抜いた。
指輪という印にしたのは繋がっていたいという単なる独占欲の塊で、婚約指輪だったのはプロポーズしたかった俺の身勝手さから。
売ればいいと言った俺に俺からのものは売らないと大盛り上がりはしないけれど、当たり前の顔をしながら受け入れ言ってくれた彼女に、嬉しくなると共に肩の力が抜けて心底安心する。
俺の存在がそこに存在すると思えるから。
彼女に二度と会えなくなるけれども、彼女のその笑顔は最期の瞬間まで絶対に忘れないことを誓う。
秘密裏に根回しして店の連中の再就職先も全員分内密に決めて、彼女のことは伝手の中でも一番信頼出来る奴に頼んだから少しだけ安堵出来た。
これで心置きなくとは言えないけれど終わらせられると隠す気の無い拳銃を手に、あの時を再現するのは親父に対する意趣返しを含んでいる。
親父に逆らってまで寧ろ受けて立つと俺の捜査を続けてきた奴等は逆に頼もしく、お前達の為にも他に代えがたい凶悪犯にならなくちゃなと気合を入れる。
いよいよという時に屋上から中へ入れる扉が開き何故か彼女が花束を持って現れ、知り合いだったのか彼女の名前を呟いた警察官に対し、彼女は警察官が居たことに不思議そうにしながらも話し掛ける。
警察官の小さい呟きは聞こえて反応出来ても一触即発に微動だにせず声も発しなかった、俺の周りを取り囲んでいる大勢の警察官達の存在は、強く吹いている風の影響なのか彼女には分からないらしい。
白杖の音がコツコツと響かせながら転落防止用に金網があるとはいえ、パラペットに向かって一直線に向かう彼女から目が離せなくて、そして何より彼女がこの場に居ることに動揺してしまって。
しっかりと握って銃口を向けていた筈の拳銃は腕の力が抜けて手から落としてしまって、風が止んだところに音を立てたそれを見逃さないのも奴等が優秀なところで。
奮闘努力な良縁は整ったとしても堅守猛攻な縁談を調えたいと堅守する前に、勇往邁進な語調の一意専心で一瞬にして破談となった。
「離せっ!!」
俺が撃った警察官は俺への執念かはたまた警察官としての情熱か明瞭に通る声で、俺を抑え込もうと堅守速攻する警察官達の荒げられた声と、必死に抵抗する様を見せ付ける為に騒々しくする俺の声。
俺のせいで大きな音に晒されて驚かせているであろう彼女の方向を見れば、別の警察官に保護されて安全を確保出来ていてホッとした半面、アカデミックに都合良く現れた親父のせいか手錠すらされないまま。
「どこをどうしたら、お前みたいな出来損ないがわたしから産まれたのか。顔に泥を塗って自慢にもならず、期待にも満足に応えられない。使い物にならないのはあいつの育て方が悪かったと思っていたが、救いようがないのは元々だったようだな。艱難辛苦で致命症に究極の二択をしてきたわたしの功績は計り知れないのに。お前はいつも勝手なことばかりしてわたしの邪魔立てをするな。」
「あんたが俺の罪を庇うように隠したのは自分の地位を守る為だろ。そんな外地を恩に着るなんて思う訳がない。俺を守る為だなんて家族愛をちらつかせたとしても、そんなものは無意味だ。」
「家族愛など主張するつもりはない。お前とは金輪際縁を切る。二度と顔を見せるな。」
「言われなくてもそのつもりだから安心しろよ。あんたなんてこっちから願い下げだ。」
俺の為にと産気づかせてわたしに意見するなんて俺らしくないと束縛しながら、猊下である自分の思い通りの道を進ませることが何よりも正しく。
一周目である俺の人生の主人公は英霊として押し切る親父の二周目であり、緊急通報装置など実在しない学歴社会に通ずる権力社会での代用品。
意に沿わない過程や結果は許し難くスペアキーとしてを守る為のただならぬ嘘に、俺以外も傷付くことが理解出来ないし分かろうともしない。
ファイバースコープ並みの慰労会を先程はどうもという間隔で開き、祠‐ライブビューイング‐を巡るように功績を称えまくられて、織機(しょっき)の手間賃が万馬券ぐらいじゃ到底足りはしない。
親父の最初の被害者は投宿でも目覚まし時計が欠かせなかったお袋だろうな。
「そういえば、お前はなにやら盲人と付き合っているらしいな。最初から負けの人生なんて嘆かわしいことこの上ない。お前に負けず劣らず、人様に迷惑を掛けて生きるしかないっていうのは何とも罪深い。」
「なんだと?」
これだけ部下や関係者が居るのに余程この状況が気に食わないのかいつも通りの態度で、まあいつものことだから今更事を荒立てる必要も無いと思っていたら。
どこでどう知ったのか分からないけれどもまあどうせ部下にでも素行調査させたんだろうけれど、その道の物事に明るい彼女のことまでコケにする言葉を口にし始めた。
「ああ、何も出来ない無能で役立たずのお前にはお似合いか。」
「用があるのは俺だろ。彼女は関係ないし彼女は俺を見てくれた。他ならぬ俺自身を。彼女はあんたとは違う。あんたなんか彼女の足元にも及ばない。」
「度し難いお前を見るなどとは。目が見えないくせに一体何が出来るというんだ。身の程知らずで片腹痛いにもほどがある。」
「っ・・・―――!!!彼女を侮辱するな!俺のことはもういい、何とでも言え。でも彼女には謝れ!彼女には、彼女だけはっ!!!」
フンと鼻を鳴らす親父の胸倉を掴んでやかましさなど構ってられないから一蹴にして、彼女を蔑視されるのは我慢ならなくて無我夢中で怒鳴りながら叫べば、さすがに止めに入った部下達が引き離しにかかり掴む力が弱くなったところで、親父は俺を思いっきり地面へ叩きつけるように投げ飛ばした。
俺もろともに巻き込まれた部下達はよろめいた程度のようだが、俺はザザッと音がするぐらいに勢い良く硬いコンクリートの上を滑降した形になって、受け身を取ろうとした手が少し痛むから擦り傷ぐらいは出来ているだろう。
「薄汚い手でわたしに触るな。」
乱れたスーツの襟を直しながら言い捨てる親父にもはや言い返す気も起きず、立ち上がる気力も無く尻もちをついたような体勢で座り込む。
「こちらです。」
彼女が彼女を保護していた警察官と共に近付いてくる。
「12時の方向、真下に座り込んでいます。」
「あっ・・・」
座り込んでいると言われた彼女が俺に向かっていつものように手を伸ばすから、手を取ってしゃがみ込もうとする彼女を誘導する。
「あんなに大きな声も出せるんだね。初めて聞いた。私がびっくりするから、普段は出さないように気を付けてくれているでしょ。」
「ぇ?あぁ・・・ごめん、驚かせて。」
「ううん、もう大丈夫。」
彼女のゆったりとしたほんわかな雰囲気と温かい手に包み込まれて、底冷えして冷え切った身体と心にじんわりと温かさが染み渡る。
皮がめくれているのが目に入ったけれども見た目ほどには感じず、寧ろスーッと痛みが引いていく感覚がするのも彼女のお陰だ。
「さっきね、全部聞いた。」
「!!・・・そうか。」
二度と会わずに終わらせることも出来なかった。
それなのにもう一度会えて嬉しいと思う俺はなんて自分勝手なんだろうか。
「俺は君の傍に居ちゃいけない。親父の言う通り俺は出来損ないだ。認められたくて認められなくてムシャクシャして。事件を起こして隠されて。何も変わらないどころかますます惨めになるだけで。親父には遊びだって言われたけれど、店は結構本気で。まあでももう人手に渡したけど。心配しなくても全員分の再就職の手配は済んでいるから。店、移ってもらうことにはなるけれど。俺に言われても困ると思うけど信頼出来るところだから。」
大切な思い出を汚(けが)したのは俺だ。
「罪を償うなんて真っ当なこと俺には出来ないだろうから、凶悪犯ってことで終わらせたかったんだけどな。それも上手くいかなかった。呆れてものも言えないよな。こんなことすら出来ないんだよな、俺ってやつは。」
彼女と出会ったのも付き合えたのもこの場に居たのも想定外。
「こんな俺に付き合ってくれて。・・いや、付き合わせてごめん。悪かった。これからはもう何も煩わされることもなくなるから安心していい。」
彼女に嫌われて憎まれて恨まれるまでが想定内。
それで構わないしそれが当然。
それでも握っているこの手を離したくない。
「これ。」
一言も口を挟まなかった彼女がショルダーバッグから取り出したのは俺がプレゼントした指輪で、俺なんかからの物は金目のものであってもいらないということだろう。
「つけて。」
「え?」
差し出されたリングケースを受け取れば、彼女は代わりに手の甲を上にして左手を差し出した。
「店の人達に聞いたらデザインは婚約指輪のものだって。色とか形とか雰囲気とか、いつも事細かに伝えてくれるのに変だなと思っていたんだけど。言いたくなかった?」
「そんなことは・・・」
言いたくないわけがない。
そう即座に否定したかったけれど彼女に俺の影がこれ以上あってはならない。
「指輪渡しておいてプロポーズもせずに売ればいいなんて勝手な人。そんな勝手な人だとは思わなかった。こんな一方的に言われて私が納得するとでも思っているの?」
言い淀んだ俺に彼女は差し出したままだった左手で袖を引く。
突き放すような言葉なのに責められているように感じないのは何故だろうか。
「花火をした時のようなあの臭いは拳銃の火薬だったんだね。あの日も帰ってきてくれたのに、今日でもう戻ってくる気はなかったの?」
「それは・・・」
そうだけれどもそうだと言い切りたくなかった。
不自然さに気付かれていたことは確定したけれど、言ってしまったら俺の中で終(つい)ぞ終わってしまう気がして。
だから話を俺から事件へと逸らす。
「おじさん・・と知り合いだったんだな。命日に花を供えに来るぐらい親しかった人を俺は死なせてしまった。さっき話し掛けていた警察官も知り合いだろう?だったら俺が撃った人も知り合いなんだろうな。」
「・・うん。話していたのは署長をしている幼馴染で、おじさんは幼馴染のお父さんで、撃たれた人は幼馴染の部下の人だよ。貴方を紹介したかったんだけど家族の話あまりしたくないみたいだったから、どうしたらいいかなってずっと考えていたの。あの日の少し前から、貴方の様子がおかしいことには気が付いていたけれど。尋ねるより貴方と居たくて欲張ってしまったから、大事(おおごと)になって迷惑を掛けてしまった。言えなくてごめんね。」
「いや謝るのは俺の方だから。君は何も悪くない。ごめん、俺のせいで色々悩ませて。たくさん傷付けてごめん。」
謝って済むようなことではないしそもそも謝りもしないで居なくなろうとしていたのだから、こんな簡素な謝罪の言葉では今更虫が良すぎるし彼女の言う通り勝手過ぎる。
「私は謝って欲しいわけじゃないし、悩んだのも傷付いたのも私だけじゃない。幼馴染達警察は罪を犯してしまった人を責めて罰したいから、捜査したり逮捕したりするわけじゃない。犯した罪と向き合って償い続けられるようにするためだから。」
不幸だと思ったことがないということそれはイコール幸せなことだといえるのか、という深層心理への敵対的刺激に一本取られたということなのだろうか。
言ったら信じてくれたのかと問わなくても最初の頭出しから信じて、それを証明する為に奔走してくれるだろうということが、アカデミーのような彼女の口振りから感じることが出来る。
酷なことをしたのに捨てたもんじゃないなと思えてくるのもやはり彼女のお陰だ。
だから。
「分かった。どうやったら償い続けられるか考え続けるよ。」
「うん、良かった。戻って来てくれる気になって。私待っているから。・・改めてつけてくれる?」
「え?」
彼女は先程と同じ様に手の甲を上にして左手を差し出す。
「・・・いや、それは、俺がつけるべきじゃない。」
「どうして?」
「ど、どうしてって・・・俺は犯罪者だ。君の幼馴染や知り合いの人達は警察の人間だろう。親父が気にしたように立場に影響があるから。」
「立場を気にするようなら貴方の捜査はしないんじゃない?」
「そう・・・かも、しれないけど・・・いや、でも・・・」
彼女が嫌いなわけじゃない。
彼女が好きだ、誰よりも愛している。
彼女にとって俺の存在が悪くはあっても良くないのは頭では分かっているけれど、俺から別れすら切り出せないのは情けないどころか卑怯だ。
「貴方が他に何を迷っているのか分からないけれど、私が幸せになるのに誰も反対なんてしないし、私は何があっても貴方と別れるつもりなんて無いよ。貴方がプロポーズしてくれないなら私からしようかなと思っただけで。婚約指輪なんて渡してその気にさせておいて、そんな勝手は私納得出来ないって言ったよね。」
寄り添ってくれている言葉なのに責められているように感じるのは何故だろうか。
俺の起こした事件より俺がプロポーズをしなかったことに怒っているような気がして、そんじょそこらの比ではないくらい凄みが静かに増している気もする。
というか基本的におっとりとした性格で押しが強いことを吹き込まれても、視覚障害者ということで親父みたいな奴に蔑まれたりしても、その走者の打開策の出方はいつも笑顔で流す凄技の走法なのに。
視線が噛み合っていないのにも関わらず途轍もない圧を感じて、こんなにも怒っている彼女は初めてではないだろうか。
原因が本当に俺がプロポーズをしなかったことだったとしたら、発色の良いハイトーンでそんな嬉しいことは無いけれど、彼女のこの手を取ることはきっと俺のためにしかならない。
「分かった。幼馴染達と縁を切るわ。」
「・・・は?」
「そうすれば貴方と居られるってことでしょう?」
彼女の手を取ることもなく開いたり閉じたりしていた拳を握り締めたまま、彼女が名案だとでも言うようにとんでもないことを言い出してしまった。
幼馴染をはじめ成り行きを見守っていた彼女以外の人間が驚きを隠せないし、彼女が何をそこまで拘っているのかが分からない。
「君が縁を切る必要は」
「出来損ないと思っているならそれでもいい。」
差し出されていた左手はゆっくりと伸ばされて俺の頬にそっと触れる。
「私は貴方が良い。」
強張った表情も固まった身体も力が抜けていくように解けていく。
頬に触れる君の手の上に俺の震える手を繋ぐような気持ちで重ねる。
「君が好き、君を愛している。」
涙が溢れてぐすっと鼻をすすって全身が情けなくなっているのは分かっている。
けれど彼女に伝えたい。
俺の気持ち。
言えなかった伝えたかった気持ち。
「君と結婚したい。俺と、結婚してください。」
ここのところ合わせられなかった視線が噛み合った気がする。
「はい。よろしくお願いします。」
嬉しそうに彼女が笑ってくれてそれを見て俺も笑う。
まだ笑うことが出来る。
「おかえりなさい、でいいんだよね?」
「うん。ただいま。」
離れるのが少し寂しくてまた会えるのが凄く楽しみになるのは。
俺の存在も俺の居場所も俺が戻りたいのも俺が戻って来るのも。
総て彼女だ。
渡されて持ったままだったリングケースから指輪を取り出して、彼女の左手を取って薬指につける。
これで名実一体に正真正銘の婚約指輪になってくれた。
「似合う?」
「うん・・・、とっても似合う。」
自慢するように見せびらかすように婚約指輪をつけた手を俺や幼馴染達に向ける。
彼女が笑って俺が笑って幼馴染達も仕方がなさそうに笑って。
止めようがないこの気持ちはもう止めなくていい。
笑いあえるなら、まだ大丈夫。
いや、もう大丈夫。
幼馴染にきちんと手錠を掛けてもらって、彼女と俺自身で厳に生きていく。
「いってきます。」
「いってらっしゃい。」
◆



