◆
671.カレイドスコープ
◆
夢を見た
なんてことない昔の夢だ
優秀だと言って連れて来られて白衣を着た奴等が俺に実験をさせる
誰もやったことがないことは失敗のしようがないんだとか
失敗かどうかも分からないから繰り返すんだとか
君の全てを知っているのは世界に僕等だけなんだとか
僕等の中の君を永遠にする為に殺したくなるんだとか
気色悪い戯言を聞きながら天狗になる暇もなく
ただムシャクシャする時があったから毎日毎日喧嘩をしていたけれど
もう今はしなくなったのは全て諦めたから
そんでもって何の実験かももう忘れた
どんな理由でもどんな実験でも
俺がやらされるのだから考えるだけ無駄だ
夢を見る
何度も何度も同じ夢
研究所だか研究者だかを壊滅させたのは
モルモットにされていた実験対象の大元の誰かさんらしい
その大元の誰かさんは俺にも怒りを向けて今ここで絶賛入院生活というわけだが
別に罪悪感も謝罪も必要ない
ただ無になっただけだ
なのに
夢を見てしまう
何度も何度も白衣を着た奴等との実験風景
息が苦しくてぼんやり目を開ける
空気が澄んでいてまた夢かと視線を彷徨わせたら
目の端に白衣が居て
驚いて反射的に能力で吹き飛ばしたら壁に何かが打ちつける音がした
胸を抑えて荒く呼吸していると
物音を聞いたのかドタバタと駆け込んで来たのは
見舞いに来たらしい実験対象の最終個体と保護者を自称する警察官
落ち着けと言われても取り乱してはいない
ここまでになるまでに何で何も言ってくれなかったとか
自分達には言う必要が無いからかとか
怒鳴り声がやけに遠くに聞こえる
最終個体は俺を見てオロオロとしているが
警察官は壁に吹っ飛ばした何かに声をかけている
「ああ、大丈夫ですよ。大きな物音でびっくりさせて申し訳ありませんね。」
立ち上がったのは俺の主治医
点滴台と一緒に吹っ飛ばしてしまったのは白衣を着た俺の主治医だったらしい
「脈を測りたいのだけれど、いい?」
なんともなさそうに近付いて来てしゃがんで俺の脈を測る
「まだ落ち着かないか。嫌な夢でも見た?」
淡々としているけれど目線を合わせてゆっくり問いかける声に
答えることは出来ないけれど次第に呼吸が落ち着いてくる
騒ぎを聞きつけて他の看護師達もやって来た
「イルリガードル台の交換と診察の予定変更をお願いできますか。流石に利き腕が骨折していたら外来の診察は出来ないので。」
至極問題無さそうに軽めのトーンで言う俺の主治医
確かに利き腕はダランとしていて力が入っていないように見える
脈を測る時も点滴台を動かそうとしている今も
利き腕とは逆の方しか動かしていない
俺が吹っ飛ばしてしまった時に腕が壁と点滴台に挟まれてしまったようだ
「ごめん。」
「ん?ああ、予備ならあるから気にしなくていいよ。」
「そ、それもそうだけど、それだけじゃなくて・・・」
「ん?」
「腕、ごめん、俺・・・」
悪いことをしたと思った
点滴台を壊したことも骨折させてしまったことも
けれどどうすればいいのか分からない
目が見れなくて俯いて握った手の震えが全身に伝わって
ごめんと繰り返すことしか出来ない
「何を怖がっているのか分からないけれど、ここは安全な場所だよ。」
しゃがんで言い聞かせるように
「治療して元気になる場所だから。」
優しく頭を撫でる
「怖いことはない。」
いつも無表情で小さいガキに対してしか笑わない
俺の主治医の優しく笑った顔を初めて見た
「医者って自分で自分を治せないのが難点ですね。
でも大先生はとても凄い先生なので大丈夫ですよ。
医者の不養生ですね、気を付けます。」
外来の診察に来たガキ連中にそう言って笑いかける主治医は
師匠的な先輩である大先生を得意気に自慢する主治医は
俺の主治医だ
どこまでドライブしてもブレーキ痕を付けてもベイエリアをレーシング
焼き入れで奥行きのある合金にならされた俺の性質は変わらないだろう
最終個体を守ろうとは決めたけれどそのやり方に違いはあまりない
最強の最恐じゃなくなっても俺の主治医は俺の主治医だ
いや最強の最恐じゃなくなったからこそ俺の主治医になったんだけど
夢は見る
同じ夢だ
けれどこれはもう夢だと夢の中で思える
この夢は過去だ
消せない過去だけれど
夢‐ここ‐には俺の主治医が居ないから
捕らわれて囚われる必要はない
取られたくない大事なものが出来て初めて命というものに執着が生まれた
行ってらっしゃいとまた戻って来るよなと見送るだけだったのに
行ってきますと待っているからと見送られるのも何だか良いもので
俺の主治医から俺だけの主治医になって欲しいと言ったら
どんな顔をするのだろうか受け入れてくれるのだろうか
そんなことを考えられるようになれたのは現実‐ここ‐に俺の主治医が居るから
◆
672.終わりにしたいのなら忘れてあげる
◆
捜査のために近付いて仲良くなった少し気弱い彼女がクロであると判明
彼女に自分の本当の身分と近付いた理由の起源が知られてしまうことに
仕事とはいえ世の中のためとはいえ感じてしまう活性化したこの悲しさ
ターンテーブルがスクランブルされて煮え切らない心持ちのせいなのか
特殊簡易公衆電話やルーレット式おみくじ器なんかの小物が置いてある
レトロ調を売りとしている店にガサ入れしても悪びれる様子もない奴等
レコードがかかった店内で御当地の書付を入れ込んだプチパースを探す
ふと視線を感じそちらに向けば彼女と目が合ったけれど逸らしてしまう
この期に及んで後悔先に立たずであるならこの仕事に向いていないのか
答えの出ている自問自答に落ち着きなさいと言う捜査員の声が重なって
その方向へと振り向けば彼女がカッターナイフの刃先を捜査員の一人に
向けながら持っているその手は大きく震えていて私が全部やったのだと
奴等の罪を全て被るようなことを言ってちんちくりんな注目を集めれば
だってさ刑事さん俺達は全く悪くないさあいつが全部悪いんだからさと
奴等はニヤニヤと笑いながら自供した彼女に全てを押し付けようとする
そんな逃げ得などはさせないと思っているのは自分だけではないけれど
しかし彼女の興奮は収まらないからとりあえず彼女の言葉を肯定すれば
彼女はホッとした様子を見せて手の震えも止まり緊迫した空気も和らぎ
カッターナイフをこちらへと渡してもらえるように手を伸ばそうとした
その瞬間に彼女の手が動いた先には会心の一撃でも痛恨の一撃でもない
今まで負った上に付けた傷は隠し通し隠し通したかった言葉のすべてか
彼女はなんの躊躇いもなく自分の白い首をカッターナイフで切り裂いた
ディフューザー薫り慌ただしい中で彼女が流した涙の意味はもう闇の現
◆
673.ヒートショックは誰のせい?
◆
彼が奴を人質にし再現をして
駆け込み寺の貴女に撃たれた
復讐を果たした彼は満足気で
助け出された奴は被害者面で
追われる事後処理ランウェイ
私は貴女へと銃を突き付けて
訪れる静寂の中暴露するのは
彼とあの人は昔からの親友で
私と二人はと古い知り合いで
私とあの人とは公認の恋人で
奴を守る為にあの人を貴女が
私の眼の前で射殺してしまう
彼はあの人の復讐の炎を灯し
貴女に近付いて誓った計画を
惜しみなく全て実行し続けて
あの時と同じ結末を選ぶ貴女
彼はあの人と同じ最期を迎え
今現在に至るわけだけれども
あの人は乱暴された私の為に
単純に奴を殺そうとしただけ
貴女は人質の生命を最優先し
安全を守った仕事をしただけ
彼は殺されたあの人の復讐を
死を持ち果たそうとしただけ
あの人も彼も貴女も何もかも
原因の私に巻き込まれただけ
◆
674.ナンデというハッキリクッキリしたリユウなんてナイこともある
◆
いつから付き合っていたかなんて言う必要性が全く見付からない
報告は必要でしたかと質問すれば必要ないと返答をもらったので
無視を決め込もうと興味津々に聞かれても冷めた目線を送るけど
あんな朴訥な人を何で好きになったんだとか散々纏わり付かれて
デレデレベタベタとボディタッチを繰り返され鬱陶しかったから
そっちの恋愛遍歴を産まれてから今日までを語ってくれるのなら
こっちも包み隠さず言ってもいいと言ったらサッと表情が変わり
途端に湯冷めしたように狼狽えてどこかへ消えて行ってしまった
◆
675.意外性の無いくだりで登壇するドアノッカー
◆
受話口からはコマ撮りの衝撃音
途端に通話が途切れるクランプ
緊急連絡が入ったと騒いで主流
状況はニアリーイコールで派生
松竹梅の千成瓢箪で押し掛けて
フカして執り成した僻地の垣内
選出されダシに使われた居留地
穴の開くほど見るFossil
押し掛け女房でも打ち解ければ
その気にさせて身重に狂喜乱舞
入知恵の灌漑にディスペンサー
かさ増しの替え玉は打って付け
試練かもしれんファイトマネー
書生に免許皆伝はミドルネーム
色々な出来事を元手に因数分解
都合の良い部分だけを継ぎ接ぎ
繋げて貼り付けペレストロイカ
小町算のストーリーを作り上げ
獅子舞に幸せになればなるほど
消えない罪の重さを実感すれば
バタフライクラッチ並の苦しさ
罰になってもバイオメカニクス
変わっていく誰かを置き去りに
思い残すことはないとばかりに
ジュークボックスに詰め込んで
皆どんどん先へホワイトアウト
誰かは皆とずっと一緒に居たい
前までみたいに今までみたいに
楽しい事をして過ごしたいのに
涙を堪えて歯を食いしばっても
名付けて頭を垂れる希死念慮で
誰かだけはこの先もここに居る
ヘコむ誰かのせいにしたいのか
誰かさんならやりかねないのか
誰かなら何とかしてくれるから
ウトウトとしてそう思ったのか
それやこれやどれでもないのか
地上波などレイク・エフェクト
旅籠は最早ペーパーカンパニー
遊覧船は廃線と化すペンネーム
パンフレットかリーフレットか
公訴時効のテイストで締め括り
秘密裏に任務を実行部隊が遂行
でっち上げたモノに審判が下る
実るほど頭を垂れる稲穂かなと
震撼した続報で万事休すなのか
漁火さえ天使のささやきの花弁
硝煙の臭いか起爆装置の雑音か
オリジナルのフォトグラメトリ
続きは不通になった向こう側で
◆
676.家主が去っても草木は生き続けるから。
◆
事件の捜査で関係者として元カノに会った。
背が高くてイケメンだったから付き合ったけれども、真面目過ぎてつまらないと一方的に捨てられた。
仲間に囃し立てられても彼女は素知らぬ顔で。
傷付けたいわけではないけれど嫉妬の片鱗も可愛いヤキモチも見せてくれないから、少々意地悪もしたくなる。
当て付けに元カノの言動に付き合ったけれど、ワガママな買い物に振り回されただけで。
結局ストーカーはでっち上げらしく、嘘を付かれたからと喧嘩を切り上げて元カノから離れた。
それから少し経って彼女が非番の日、身を潜めていたストーカーに元カノが襲われているところにたまたま居合わせて、持っていた鞄で振り回された刃物から庇ってくれた。
幸い彼女にも元カノにも大した怪我は無く、ストーカーも無事逮捕出来た。
ストーカーは本物で本当だったのに信じてもらえなかったと、ぶつくさ切れ切れにふてぶてしい態度で鞄ぐらいと言った元カノに、この鞄は彼女の母親の形見だと反射的に怒鳴ってしまう。
廊下まで響いていた大声にどうしたの?と、不思議そうな彼女に説明を兼ねて謝れば。
父親が母親に結婚記念日のプレゼントとして贈った鞄だから、母親の形見か父親の形見か難しいところだけれど、どちらにしても守ってくれたみたいで良かった、と。
◆
677.ししおどしの雨宿り
◆
猫なで声で俺しかいないとか甘い声で助かるとか、あの手この手の熱狂的な密命の千三つ、良き頃合いに事あるごとの手拍子、有り余る王道パターンのよくできた話。
いつでも相談してとニュートラルな立場で出向き、やっかみも流線型で優雅に、洒落臭く声を掛けて、勇ましく自腹を切って就任、いそいそと引き受けてしまうグレートな雑務。
大漁旗で落ち合い、建て付けを通り過ぎ、ひと煮立ちで渡り歩き、集大成もお目通しも鎹、連結した話の流れで、無造作に渡り合う、トンネル微気圧波の空気鉄砲は、兵(つわもの)の士気。
ゴッドハンド並に頼られているっていうよりは、いいように利用されて使われていることは、ショボい俺の頭であっても手に取るように、負けが込んだ見込み違いであると、いくらなんでも分かりきっている。
けれども、男たるもの女の子のお願いならば何事も謹んで受けて、鉢巻巻いて稼働を躍動して、約束を果たすのが鉄則であり、表彰ものの名場面のスピーチが出鱈目でも、きゃあきゃあ言われて悪い気はしない。
そんな下心見え見えの場面を彼女に確と見られているとも知らず、同僚がデレデレ鼻の下を伸ばしてと怒り心頭の鬼の形相で、ぐうの音も出ないコテンパンな苦情を言っても、頼られているのは良いことだと、人間関係を円滑にするのは大事なことだと、本人が楽しそうなのだからいいのだと、俺の経歴に傷を付けないように、彼女が宥めていたことも知らないまま。
五十日(ごとうび)に踏ん切りをしようとするのっけから、いっちょかみのタスクシェアを起点として、破局することなく伐採してもすぐに投入されて復縁の門出、ちょっぴりどころか壮大に膨れ上がる、体感的にも広範囲なムーブメントで、行きがかり上もサービスも含めた、世も末な残業。
そんな時に限って部署の都合上いつも俺より残業が多い彼女が早上がり、送られてきたメールに気付かないまま、彼女は待っていてくれたのかうたた寝をして、真心を込め腕に縒りを掛けてくれた、俺の好物ばかりの料理は冷めきっていて。
風邪を引くといけないからと起こして謝れば、そんなことは構わないから食事か風呂かと聞いてくれて、優しくスローインしてくれる彼女に、それ以上言えなくなって、無下に出来なくて、食べるとしか言えなかった。
家宅捜索の応援とか、在宅起訴の裏取りとか、違法水商売の摘発とか、デジタルタトゥーの保全とか、有識者風情の仲裁とか、オンエアのリハーサルとか、虐待サバイバーのすり合わせとか、経済効果の試みとか、世紀の大発見の汚染とか、反乱分子の身の潔白とか、射掛けたルーキーへのご祝儀とか、閻魔帳の深堀りとか、けちょんけちょんなトップニュースの倹約とか、企業秘密の遮蔽措置とか、御霊信仰の史料探しとか、悪どい拠点の内偵とか、廃墟化した別荘の封鎖とか、チェックインの延期とか、不届き者を削ぎ落とすとか、コテージを彷徨く奴の阻止とか、仇討ちする間取りのベッドメイキングとか、討ち入りの解任とか、ブランドの名刀が怨霊になってしまったという相談とか、秘境の警備とか、駐在の赴任とか、プレ体験の滞在とか、武力行使の無力化とか、抵当の清算とか、トライアルの訪問とか、邸宅への案内とか、古文書の抜粋とか、特需の図面を描くとか、経費精算の下地とか、スタジアムの忘れ物をフロントに届けるとか、天下分け目の戦いの両成敗とか、縁起を担ぐテーマを決めるとか、里帰りする要人の警護とか、ハプニングの応急処置とか、押収品の整理とか。
彼女と付き合う前からの八方美人ぶりは相変わらずで、俺のネイティブな日課みたいなもので、彼女を待たせてしまっても何も言わないから、言われないから、あるがままのナチュラルな俺の肩を持ってくれていると、勝手に思い込んで毒されていた。
そんなことが三度(みたび)続けば、こまめな連絡を取り合っていたのに、メールのやり取りは徐々に続かなくなって、それでも彼女は拗らせずに、俺の帰りを待っていてくれた。
ある日、帰れば食事の支度がしてあって、仕事が入ったからと置き手紙がおいてあって、夜郎自大に染み渡る冷たい静寂と温かい食事、その挟み撃ちは堪ったもんじゃない。
有難味に浸っていれば、そこからはお互いに忙しくなって、俺の方が落ち着いても彼女の方は忙しいままで、仕事柄こんなスムーズに経過が順調なのは珍しいのに、今まで以上にすれ違って法雨の刃紋が毟り取られていく。
そのせいでただでさえ短い彼女との時間が、めっきりくっきり減っていることに、部屋に明かりの付いている回数が負け越していることに、彼女と会えない寂しさに今更ながら気付いて。
加速度的に後味の悪い、成れの果てに成り果てたくはないから。
気が早いかもしれないけれど、いつもの河岸に誘うよりはリフレッシュとリラックスを兼ねて、二人三脚の一石二鳥に出掛けようと、彼女の非番に合わせて休みを取って、寝坊しないようにと準備を整える。
そして待ち焦がれた非番の日、久々に会えた彼女とのデートに俺は浮かれていて、ランキング上位の名物を食べ、ギャラリーを回り、出店で目利きを楽しみ、逸材のライブペインティングを鑑賞、湖畔からの眺望を堪能、鉦でバラードを奏で、逸品のティータイムと、立て続けのアウトプットは左手法の多彩な爆走。
煽りを受けさせてしまった彼女との時間の空白を埋めるかのように、熾烈な還元‐カムバック‐を滑り込ませても、特殊な生業だから丈夫だと、サドンデスの警報‐タイムアウト‐を感知しても、オールインした最終コーナーさえ、通例としてシカトしてしまったようで。
要は彼女が疲れていることに、具合が悪いことに、すってんてんと倒れるまで、気付かなかった、気付けなかった、服毒させてしまった過労の輪郭に、気付きたくなかったのかもしれない。
何で言ってくれなかったのと言えば、頼られるのはいいけれど残業はセーブしないととか、俺がデートを楽しみにしているからとか、裸一貫さえ爪弾きにして全体像をクリアにしたところで、その配合は俺のことばかり。
戦斧でのっこみのあの子達にとっては、俺なんて満場一致で逆転サヨナラを狙える、大勢の中の一人でしかないけれども、腹心の片腕のように圧勝で、俺にとっては代わりがいない、誰の代わりでもない彼女だから。
危殆に瀕する彼女の譜面のコンプライアンスは、俺が然る可き可変をして自決すればいいから、ここが天王山と発奮してトライ、ロータス効果のミックスを狙った、彼女の加湿器‐スタイリスト‐になろう。
今度からはちゃんと彼女のことを見るよと言えば、特に変わり映えしないし今更見るところなんてないと、なんて可愛いことを言ってくれるけれど、俺がしっかりと丹念に見なければならないのは、容姿でも体面でもなくて、ハザードに敬礼してしまうような体調だ。
どこにもいかせないから、彼女を死に追いやるスベテノモノを取り除き、郭清する為に闘い続ける。
お詫びにといってはなんだが何でも言ってと言ったら、視線を彷徨わせ少しの間の後、手を繋ぎたいと言われて、繋いではみたけれどもなんだか違う気がして、本当に何でも言ってともう一度言えば、今度はそのまま動かないでと言われて。
ソファーに座ったまま固まって成り行きを見守っていたら、膝に跨るようにして座ってそのまま抱き締められた。
顔が近すぎて照れくさい上に、この体勢はそうでなくとも理性が揺らいで、か細い糸がプツンと切れてしまいそうになるから、ラストストローを腐敗させないように、ガッチリと団結させてバッチリと化粧直し。
抱き締め返していいものか分からなかったけれど、取り敢えず包み込むようにすれば、あったかいと言って暫くしたらそのまま寝てしまった。
手は冷たくなかったけれども寒かったのかとか、そりゃ生きているのだから温かいだろうとか、思ったところで気付く、というかこんな簡単なことにも気付かなかった。
直々に身につまされる動きを止めた心電計は、御神木を以ってしてもはみ出してしまって、ストレッチャーさえ時差無く差し強る。
彼女の周りを経由する巡り合せは、寸分違わず冷たいだらけだったことに、成仏出来なくてももう体温さえ持ち去られて無いから、寄る辺無く命拾いして生長らえてきた、ヌードな心の筥にお悔やみだけが残って逝く。
押っ被さる殺伐は次元を超えて、粋がる発狂は未公開のラベリングで、厳正に一線を画してきた彼女が欲しいモノは、金でも物でも地位でも名誉でもない。
ギョッとするような、魂消るような、度肝を抜くような、鳥肌が立つような、バチバチとしてドスの効いた、そんな硬質なモノではない。
彼女の望みが命だったことに、生きていて欲しかったことに、風通しの良い吹き抜けで、泣く泣く手元に残るのは、天邪鬼に屈曲した存生。
彼女自らインストにした彼女の本望は、傍らに共存共栄する人のぬくもりだけ。
◆
678.果報は寝て待てなど程なく死に至らしめることだろう
◆
よそはよそうちはうちの習わしの掟の後遺症
そう言うなら高低差ありまくりの周りと比べんなや
好都合な隣接した近況報告だけ死ぬ気で取り出して
マブダチと絶好調で選抜したオンオフの話を広げ
部外者を入札して終売の告知は屯する集中豪雨
趣旨は言ったもん勝ちのイヤらしいオーディション
大台に乗った売れ筋の配列はハイテクな品揃え
リストアップしたコレクションはこの場を借りて
エッジの効いた屈指の最先端な社交場で即時披露
別条の僅差な差異をあーだこーだあきまへんと
下戸の晩酌は噛み応えのあるお品書きで角打ちの分布は
不適格に極度の落ちこぼれとシバくカットイン
歯ごたえのあるダメ出しの付箋をペタペタ貼りまくり
取り柄はアイデンティティの書き直し‐リニューアル‐
歴とした国際原子時にうるう秒で協定世界時の
肉眼の本編ではトップバッターになれないから
直訳し考案した自分達のみの基準の天文時で
凝ったパラレルワールドを妄想するしかない
つかこっちを比べる前にお前らはどうなんだよ
周りと比べれば赤点にすらならない内申の引責
自分達に都合の良いことは当てはめて前半戦に着陸
自分達に都合の悪いことは受け流して後半戦に離陸
結局自分達の思い通りの道楽にしているってだけ
こっちのことなんかこれっぽっちも考えていない
リスキリングのパシリで残留する老朽化に合掌
在るのはその手が有ると間口の広いお手軽な僭称の体現
自分達が受ける世間体自分達の変えない常識自分達が得る幸せ
◆
679.昨日の敵は今日の友
◆
貴方はくん付けであの人はちゃん付けで
貴方があの人の代わりを演じていて
あの人だと思っている貴方をちゃん付けで私が呼んでいて
貴方の存在は奉安して無かったことになっていて
一瞬で激変したのに一夜漬けにもならない貴方の役作りは
銀幕のスターよりもナイスショットと完璧で脱帽するよ
気付かないまま終わらせられたらどんなに楽だっただろうか
深刻で緊密なデブリを弱腰にもたもた風化させることなく
なんのなんのと舌の根の乾かぬうちに引っ括めて寸断させた悪路
手を取り合い執り行った死に目すら全部思い出したから
舗装されていない山道を杣人の居ない獣道をぼちぼちと進む
しくしくと梢が渡りはためく露払いのバリア
尾根を一望出来る憩いの場の御敷地に灯る龕灯
私を襲ったあの人と私を助けた貴方のダイアリー
あの人が眠る山頂で白いあの人を抱いて胸を詰まらせ
降りしきる雪を羽織って円やかな眠りに就こう
◆
680.オペラグラスにぐい呑みを双眼鏡にお猪口を
◆
奥が深い御料地の道の奥は陸奥で未知の苦(みちのく)の記紀であるかもしれない
燃え尽き症候群でも我慢してきたからこの日を迎えることが出来たのかもしれない
幸せの虎の巻が売っているとしても売っている物ではスカッと満足などしないから
幸せを取り込むのではなく幸せに取り込まれるある種の闇取引なのかもしれなくて
今この瞬間とても幸せでこのままこの幸せのまま終われたら良いなと思ってしまう
◆
671.カレイドスコープ
◆
夢を見た
なんてことない昔の夢だ
優秀だと言って連れて来られて白衣を着た奴等が俺に実験をさせる
誰もやったことがないことは失敗のしようがないんだとか
失敗かどうかも分からないから繰り返すんだとか
君の全てを知っているのは世界に僕等だけなんだとか
僕等の中の君を永遠にする為に殺したくなるんだとか
気色悪い戯言を聞きながら天狗になる暇もなく
ただムシャクシャする時があったから毎日毎日喧嘩をしていたけれど
もう今はしなくなったのは全て諦めたから
そんでもって何の実験かももう忘れた
どんな理由でもどんな実験でも
俺がやらされるのだから考えるだけ無駄だ
夢を見る
何度も何度も同じ夢
研究所だか研究者だかを壊滅させたのは
モルモットにされていた実験対象の大元の誰かさんらしい
その大元の誰かさんは俺にも怒りを向けて今ここで絶賛入院生活というわけだが
別に罪悪感も謝罪も必要ない
ただ無になっただけだ
なのに
夢を見てしまう
何度も何度も白衣を着た奴等との実験風景
息が苦しくてぼんやり目を開ける
空気が澄んでいてまた夢かと視線を彷徨わせたら
目の端に白衣が居て
驚いて反射的に能力で吹き飛ばしたら壁に何かが打ちつける音がした
胸を抑えて荒く呼吸していると
物音を聞いたのかドタバタと駆け込んで来たのは
見舞いに来たらしい実験対象の最終個体と保護者を自称する警察官
落ち着けと言われても取り乱してはいない
ここまでになるまでに何で何も言ってくれなかったとか
自分達には言う必要が無いからかとか
怒鳴り声がやけに遠くに聞こえる
最終個体は俺を見てオロオロとしているが
警察官は壁に吹っ飛ばした何かに声をかけている
「ああ、大丈夫ですよ。大きな物音でびっくりさせて申し訳ありませんね。」
立ち上がったのは俺の主治医
点滴台と一緒に吹っ飛ばしてしまったのは白衣を着た俺の主治医だったらしい
「脈を測りたいのだけれど、いい?」
なんともなさそうに近付いて来てしゃがんで俺の脈を測る
「まだ落ち着かないか。嫌な夢でも見た?」
淡々としているけれど目線を合わせてゆっくり問いかける声に
答えることは出来ないけれど次第に呼吸が落ち着いてくる
騒ぎを聞きつけて他の看護師達もやって来た
「イルリガードル台の交換と診察の予定変更をお願いできますか。流石に利き腕が骨折していたら外来の診察は出来ないので。」
至極問題無さそうに軽めのトーンで言う俺の主治医
確かに利き腕はダランとしていて力が入っていないように見える
脈を測る時も点滴台を動かそうとしている今も
利き腕とは逆の方しか動かしていない
俺が吹っ飛ばしてしまった時に腕が壁と点滴台に挟まれてしまったようだ
「ごめん。」
「ん?ああ、予備ならあるから気にしなくていいよ。」
「そ、それもそうだけど、それだけじゃなくて・・・」
「ん?」
「腕、ごめん、俺・・・」
悪いことをしたと思った
点滴台を壊したことも骨折させてしまったことも
けれどどうすればいいのか分からない
目が見れなくて俯いて握った手の震えが全身に伝わって
ごめんと繰り返すことしか出来ない
「何を怖がっているのか分からないけれど、ここは安全な場所だよ。」
しゃがんで言い聞かせるように
「治療して元気になる場所だから。」
優しく頭を撫でる
「怖いことはない。」
いつも無表情で小さいガキに対してしか笑わない
俺の主治医の優しく笑った顔を初めて見た
「医者って自分で自分を治せないのが難点ですね。
でも大先生はとても凄い先生なので大丈夫ですよ。
医者の不養生ですね、気を付けます。」
外来の診察に来たガキ連中にそう言って笑いかける主治医は
師匠的な先輩である大先生を得意気に自慢する主治医は
俺の主治医だ
どこまでドライブしてもブレーキ痕を付けてもベイエリアをレーシング
焼き入れで奥行きのある合金にならされた俺の性質は変わらないだろう
最終個体を守ろうとは決めたけれどそのやり方に違いはあまりない
最強の最恐じゃなくなっても俺の主治医は俺の主治医だ
いや最強の最恐じゃなくなったからこそ俺の主治医になったんだけど
夢は見る
同じ夢だ
けれどこれはもう夢だと夢の中で思える
この夢は過去だ
消せない過去だけれど
夢‐ここ‐には俺の主治医が居ないから
捕らわれて囚われる必要はない
取られたくない大事なものが出来て初めて命というものに執着が生まれた
行ってらっしゃいとまた戻って来るよなと見送るだけだったのに
行ってきますと待っているからと見送られるのも何だか良いもので
俺の主治医から俺だけの主治医になって欲しいと言ったら
どんな顔をするのだろうか受け入れてくれるのだろうか
そんなことを考えられるようになれたのは現実‐ここ‐に俺の主治医が居るから
◆
672.終わりにしたいのなら忘れてあげる
◆
捜査のために近付いて仲良くなった少し気弱い彼女がクロであると判明
彼女に自分の本当の身分と近付いた理由の起源が知られてしまうことに
仕事とはいえ世の中のためとはいえ感じてしまう活性化したこの悲しさ
ターンテーブルがスクランブルされて煮え切らない心持ちのせいなのか
特殊簡易公衆電話やルーレット式おみくじ器なんかの小物が置いてある
レトロ調を売りとしている店にガサ入れしても悪びれる様子もない奴等
レコードがかかった店内で御当地の書付を入れ込んだプチパースを探す
ふと視線を感じそちらに向けば彼女と目が合ったけれど逸らしてしまう
この期に及んで後悔先に立たずであるならこの仕事に向いていないのか
答えの出ている自問自答に落ち着きなさいと言う捜査員の声が重なって
その方向へと振り向けば彼女がカッターナイフの刃先を捜査員の一人に
向けながら持っているその手は大きく震えていて私が全部やったのだと
奴等の罪を全て被るようなことを言ってちんちくりんな注目を集めれば
だってさ刑事さん俺達は全く悪くないさあいつが全部悪いんだからさと
奴等はニヤニヤと笑いながら自供した彼女に全てを押し付けようとする
そんな逃げ得などはさせないと思っているのは自分だけではないけれど
しかし彼女の興奮は収まらないからとりあえず彼女の言葉を肯定すれば
彼女はホッとした様子を見せて手の震えも止まり緊迫した空気も和らぎ
カッターナイフをこちらへと渡してもらえるように手を伸ばそうとした
その瞬間に彼女の手が動いた先には会心の一撃でも痛恨の一撃でもない
今まで負った上に付けた傷は隠し通し隠し通したかった言葉のすべてか
彼女はなんの躊躇いもなく自分の白い首をカッターナイフで切り裂いた
ディフューザー薫り慌ただしい中で彼女が流した涙の意味はもう闇の現
◆
673.ヒートショックは誰のせい?
◆
彼が奴を人質にし再現をして
駆け込み寺の貴女に撃たれた
復讐を果たした彼は満足気で
助け出された奴は被害者面で
追われる事後処理ランウェイ
私は貴女へと銃を突き付けて
訪れる静寂の中暴露するのは
彼とあの人は昔からの親友で
私と二人はと古い知り合いで
私とあの人とは公認の恋人で
奴を守る為にあの人を貴女が
私の眼の前で射殺してしまう
彼はあの人の復讐の炎を灯し
貴女に近付いて誓った計画を
惜しみなく全て実行し続けて
あの時と同じ結末を選ぶ貴女
彼はあの人と同じ最期を迎え
今現在に至るわけだけれども
あの人は乱暴された私の為に
単純に奴を殺そうとしただけ
貴女は人質の生命を最優先し
安全を守った仕事をしただけ
彼は殺されたあの人の復讐を
死を持ち果たそうとしただけ
あの人も彼も貴女も何もかも
原因の私に巻き込まれただけ
◆
674.ナンデというハッキリクッキリしたリユウなんてナイこともある
◆
いつから付き合っていたかなんて言う必要性が全く見付からない
報告は必要でしたかと質問すれば必要ないと返答をもらったので
無視を決め込もうと興味津々に聞かれても冷めた目線を送るけど
あんな朴訥な人を何で好きになったんだとか散々纏わり付かれて
デレデレベタベタとボディタッチを繰り返され鬱陶しかったから
そっちの恋愛遍歴を産まれてから今日までを語ってくれるのなら
こっちも包み隠さず言ってもいいと言ったらサッと表情が変わり
途端に湯冷めしたように狼狽えてどこかへ消えて行ってしまった
◆
675.意外性の無いくだりで登壇するドアノッカー
◆
受話口からはコマ撮りの衝撃音
途端に通話が途切れるクランプ
緊急連絡が入ったと騒いで主流
状況はニアリーイコールで派生
松竹梅の千成瓢箪で押し掛けて
フカして執り成した僻地の垣内
選出されダシに使われた居留地
穴の開くほど見るFossil
押し掛け女房でも打ち解ければ
その気にさせて身重に狂喜乱舞
入知恵の灌漑にディスペンサー
かさ増しの替え玉は打って付け
試練かもしれんファイトマネー
書生に免許皆伝はミドルネーム
色々な出来事を元手に因数分解
都合の良い部分だけを継ぎ接ぎ
繋げて貼り付けペレストロイカ
小町算のストーリーを作り上げ
獅子舞に幸せになればなるほど
消えない罪の重さを実感すれば
バタフライクラッチ並の苦しさ
罰になってもバイオメカニクス
変わっていく誰かを置き去りに
思い残すことはないとばかりに
ジュークボックスに詰め込んで
皆どんどん先へホワイトアウト
誰かは皆とずっと一緒に居たい
前までみたいに今までみたいに
楽しい事をして過ごしたいのに
涙を堪えて歯を食いしばっても
名付けて頭を垂れる希死念慮で
誰かだけはこの先もここに居る
ヘコむ誰かのせいにしたいのか
誰かさんならやりかねないのか
誰かなら何とかしてくれるから
ウトウトとしてそう思ったのか
それやこれやどれでもないのか
地上波などレイク・エフェクト
旅籠は最早ペーパーカンパニー
遊覧船は廃線と化すペンネーム
パンフレットかリーフレットか
公訴時効のテイストで締め括り
秘密裏に任務を実行部隊が遂行
でっち上げたモノに審判が下る
実るほど頭を垂れる稲穂かなと
震撼した続報で万事休すなのか
漁火さえ天使のささやきの花弁
硝煙の臭いか起爆装置の雑音か
オリジナルのフォトグラメトリ
続きは不通になった向こう側で
◆
676.家主が去っても草木は生き続けるから。
◆
事件の捜査で関係者として元カノに会った。
背が高くてイケメンだったから付き合ったけれども、真面目過ぎてつまらないと一方的に捨てられた。
仲間に囃し立てられても彼女は素知らぬ顔で。
傷付けたいわけではないけれど嫉妬の片鱗も可愛いヤキモチも見せてくれないから、少々意地悪もしたくなる。
当て付けに元カノの言動に付き合ったけれど、ワガママな買い物に振り回されただけで。
結局ストーカーはでっち上げらしく、嘘を付かれたからと喧嘩を切り上げて元カノから離れた。
それから少し経って彼女が非番の日、身を潜めていたストーカーに元カノが襲われているところにたまたま居合わせて、持っていた鞄で振り回された刃物から庇ってくれた。
幸い彼女にも元カノにも大した怪我は無く、ストーカーも無事逮捕出来た。
ストーカーは本物で本当だったのに信じてもらえなかったと、ぶつくさ切れ切れにふてぶてしい態度で鞄ぐらいと言った元カノに、この鞄は彼女の母親の形見だと反射的に怒鳴ってしまう。
廊下まで響いていた大声にどうしたの?と、不思議そうな彼女に説明を兼ねて謝れば。
父親が母親に結婚記念日のプレゼントとして贈った鞄だから、母親の形見か父親の形見か難しいところだけれど、どちらにしても守ってくれたみたいで良かった、と。
◆
677.ししおどしの雨宿り
◆
猫なで声で俺しかいないとか甘い声で助かるとか、あの手この手の熱狂的な密命の千三つ、良き頃合いに事あるごとの手拍子、有り余る王道パターンのよくできた話。
いつでも相談してとニュートラルな立場で出向き、やっかみも流線型で優雅に、洒落臭く声を掛けて、勇ましく自腹を切って就任、いそいそと引き受けてしまうグレートな雑務。
大漁旗で落ち合い、建て付けを通り過ぎ、ひと煮立ちで渡り歩き、集大成もお目通しも鎹、連結した話の流れで、無造作に渡り合う、トンネル微気圧波の空気鉄砲は、兵(つわもの)の士気。
ゴッドハンド並に頼られているっていうよりは、いいように利用されて使われていることは、ショボい俺の頭であっても手に取るように、負けが込んだ見込み違いであると、いくらなんでも分かりきっている。
けれども、男たるもの女の子のお願いならば何事も謹んで受けて、鉢巻巻いて稼働を躍動して、約束を果たすのが鉄則であり、表彰ものの名場面のスピーチが出鱈目でも、きゃあきゃあ言われて悪い気はしない。
そんな下心見え見えの場面を彼女に確と見られているとも知らず、同僚がデレデレ鼻の下を伸ばしてと怒り心頭の鬼の形相で、ぐうの音も出ないコテンパンな苦情を言っても、頼られているのは良いことだと、人間関係を円滑にするのは大事なことだと、本人が楽しそうなのだからいいのだと、俺の経歴に傷を付けないように、彼女が宥めていたことも知らないまま。
五十日(ごとうび)に踏ん切りをしようとするのっけから、いっちょかみのタスクシェアを起点として、破局することなく伐採してもすぐに投入されて復縁の門出、ちょっぴりどころか壮大に膨れ上がる、体感的にも広範囲なムーブメントで、行きがかり上もサービスも含めた、世も末な残業。
そんな時に限って部署の都合上いつも俺より残業が多い彼女が早上がり、送られてきたメールに気付かないまま、彼女は待っていてくれたのかうたた寝をして、真心を込め腕に縒りを掛けてくれた、俺の好物ばかりの料理は冷めきっていて。
風邪を引くといけないからと起こして謝れば、そんなことは構わないから食事か風呂かと聞いてくれて、優しくスローインしてくれる彼女に、それ以上言えなくなって、無下に出来なくて、食べるとしか言えなかった。
家宅捜索の応援とか、在宅起訴の裏取りとか、違法水商売の摘発とか、デジタルタトゥーの保全とか、有識者風情の仲裁とか、オンエアのリハーサルとか、虐待サバイバーのすり合わせとか、経済効果の試みとか、世紀の大発見の汚染とか、反乱分子の身の潔白とか、射掛けたルーキーへのご祝儀とか、閻魔帳の深堀りとか、けちょんけちょんなトップニュースの倹約とか、企業秘密の遮蔽措置とか、御霊信仰の史料探しとか、悪どい拠点の内偵とか、廃墟化した別荘の封鎖とか、チェックインの延期とか、不届き者を削ぎ落とすとか、コテージを彷徨く奴の阻止とか、仇討ちする間取りのベッドメイキングとか、討ち入りの解任とか、ブランドの名刀が怨霊になってしまったという相談とか、秘境の警備とか、駐在の赴任とか、プレ体験の滞在とか、武力行使の無力化とか、抵当の清算とか、トライアルの訪問とか、邸宅への案内とか、古文書の抜粋とか、特需の図面を描くとか、経費精算の下地とか、スタジアムの忘れ物をフロントに届けるとか、天下分け目の戦いの両成敗とか、縁起を担ぐテーマを決めるとか、里帰りする要人の警護とか、ハプニングの応急処置とか、押収品の整理とか。
彼女と付き合う前からの八方美人ぶりは相変わらずで、俺のネイティブな日課みたいなもので、彼女を待たせてしまっても何も言わないから、言われないから、あるがままのナチュラルな俺の肩を持ってくれていると、勝手に思い込んで毒されていた。
そんなことが三度(みたび)続けば、こまめな連絡を取り合っていたのに、メールのやり取りは徐々に続かなくなって、それでも彼女は拗らせずに、俺の帰りを待っていてくれた。
ある日、帰れば食事の支度がしてあって、仕事が入ったからと置き手紙がおいてあって、夜郎自大に染み渡る冷たい静寂と温かい食事、その挟み撃ちは堪ったもんじゃない。
有難味に浸っていれば、そこからはお互いに忙しくなって、俺の方が落ち着いても彼女の方は忙しいままで、仕事柄こんなスムーズに経過が順調なのは珍しいのに、今まで以上にすれ違って法雨の刃紋が毟り取られていく。
そのせいでただでさえ短い彼女との時間が、めっきりくっきり減っていることに、部屋に明かりの付いている回数が負け越していることに、彼女と会えない寂しさに今更ながら気付いて。
加速度的に後味の悪い、成れの果てに成り果てたくはないから。
気が早いかもしれないけれど、いつもの河岸に誘うよりはリフレッシュとリラックスを兼ねて、二人三脚の一石二鳥に出掛けようと、彼女の非番に合わせて休みを取って、寝坊しないようにと準備を整える。
そして待ち焦がれた非番の日、久々に会えた彼女とのデートに俺は浮かれていて、ランキング上位の名物を食べ、ギャラリーを回り、出店で目利きを楽しみ、逸材のライブペインティングを鑑賞、湖畔からの眺望を堪能、鉦でバラードを奏で、逸品のティータイムと、立て続けのアウトプットは左手法の多彩な爆走。
煽りを受けさせてしまった彼女との時間の空白を埋めるかのように、熾烈な還元‐カムバック‐を滑り込ませても、特殊な生業だから丈夫だと、サドンデスの警報‐タイムアウト‐を感知しても、オールインした最終コーナーさえ、通例としてシカトしてしまったようで。
要は彼女が疲れていることに、具合が悪いことに、すってんてんと倒れるまで、気付かなかった、気付けなかった、服毒させてしまった過労の輪郭に、気付きたくなかったのかもしれない。
何で言ってくれなかったのと言えば、頼られるのはいいけれど残業はセーブしないととか、俺がデートを楽しみにしているからとか、裸一貫さえ爪弾きにして全体像をクリアにしたところで、その配合は俺のことばかり。
戦斧でのっこみのあの子達にとっては、俺なんて満場一致で逆転サヨナラを狙える、大勢の中の一人でしかないけれども、腹心の片腕のように圧勝で、俺にとっては代わりがいない、誰の代わりでもない彼女だから。
危殆に瀕する彼女の譜面のコンプライアンスは、俺が然る可き可変をして自決すればいいから、ここが天王山と発奮してトライ、ロータス効果のミックスを狙った、彼女の加湿器‐スタイリスト‐になろう。
今度からはちゃんと彼女のことを見るよと言えば、特に変わり映えしないし今更見るところなんてないと、なんて可愛いことを言ってくれるけれど、俺がしっかりと丹念に見なければならないのは、容姿でも体面でもなくて、ハザードに敬礼してしまうような体調だ。
どこにもいかせないから、彼女を死に追いやるスベテノモノを取り除き、郭清する為に闘い続ける。
お詫びにといってはなんだが何でも言ってと言ったら、視線を彷徨わせ少しの間の後、手を繋ぎたいと言われて、繋いではみたけれどもなんだか違う気がして、本当に何でも言ってともう一度言えば、今度はそのまま動かないでと言われて。
ソファーに座ったまま固まって成り行きを見守っていたら、膝に跨るようにして座ってそのまま抱き締められた。
顔が近すぎて照れくさい上に、この体勢はそうでなくとも理性が揺らいで、か細い糸がプツンと切れてしまいそうになるから、ラストストローを腐敗させないように、ガッチリと団結させてバッチリと化粧直し。
抱き締め返していいものか分からなかったけれど、取り敢えず包み込むようにすれば、あったかいと言って暫くしたらそのまま寝てしまった。
手は冷たくなかったけれども寒かったのかとか、そりゃ生きているのだから温かいだろうとか、思ったところで気付く、というかこんな簡単なことにも気付かなかった。
直々に身につまされる動きを止めた心電計は、御神木を以ってしてもはみ出してしまって、ストレッチャーさえ時差無く差し強る。
彼女の周りを経由する巡り合せは、寸分違わず冷たいだらけだったことに、成仏出来なくてももう体温さえ持ち去られて無いから、寄る辺無く命拾いして生長らえてきた、ヌードな心の筥にお悔やみだけが残って逝く。
押っ被さる殺伐は次元を超えて、粋がる発狂は未公開のラベリングで、厳正に一線を画してきた彼女が欲しいモノは、金でも物でも地位でも名誉でもない。
ギョッとするような、魂消るような、度肝を抜くような、鳥肌が立つような、バチバチとしてドスの効いた、そんな硬質なモノではない。
彼女の望みが命だったことに、生きていて欲しかったことに、風通しの良い吹き抜けで、泣く泣く手元に残るのは、天邪鬼に屈曲した存生。
彼女自らインストにした彼女の本望は、傍らに共存共栄する人のぬくもりだけ。
◆
678.果報は寝て待てなど程なく死に至らしめることだろう
◆
よそはよそうちはうちの習わしの掟の後遺症
そう言うなら高低差ありまくりの周りと比べんなや
好都合な隣接した近況報告だけ死ぬ気で取り出して
マブダチと絶好調で選抜したオンオフの話を広げ
部外者を入札して終売の告知は屯する集中豪雨
趣旨は言ったもん勝ちのイヤらしいオーディション
大台に乗った売れ筋の配列はハイテクな品揃え
リストアップしたコレクションはこの場を借りて
エッジの効いた屈指の最先端な社交場で即時披露
別条の僅差な差異をあーだこーだあきまへんと
下戸の晩酌は噛み応えのあるお品書きで角打ちの分布は
不適格に極度の落ちこぼれとシバくカットイン
歯ごたえのあるダメ出しの付箋をペタペタ貼りまくり
取り柄はアイデンティティの書き直し‐リニューアル‐
歴とした国際原子時にうるう秒で協定世界時の
肉眼の本編ではトップバッターになれないから
直訳し考案した自分達のみの基準の天文時で
凝ったパラレルワールドを妄想するしかない
つかこっちを比べる前にお前らはどうなんだよ
周りと比べれば赤点にすらならない内申の引責
自分達に都合の良いことは当てはめて前半戦に着陸
自分達に都合の悪いことは受け流して後半戦に離陸
結局自分達の思い通りの道楽にしているってだけ
こっちのことなんかこれっぽっちも考えていない
リスキリングのパシリで残留する老朽化に合掌
在るのはその手が有ると間口の広いお手軽な僭称の体現
自分達が受ける世間体自分達の変えない常識自分達が得る幸せ
◆
679.昨日の敵は今日の友
◆
貴方はくん付けであの人はちゃん付けで
貴方があの人の代わりを演じていて
あの人だと思っている貴方をちゃん付けで私が呼んでいて
貴方の存在は奉安して無かったことになっていて
一瞬で激変したのに一夜漬けにもならない貴方の役作りは
銀幕のスターよりもナイスショットと完璧で脱帽するよ
気付かないまま終わらせられたらどんなに楽だっただろうか
深刻で緊密なデブリを弱腰にもたもた風化させることなく
なんのなんのと舌の根の乾かぬうちに引っ括めて寸断させた悪路
手を取り合い執り行った死に目すら全部思い出したから
舗装されていない山道を杣人の居ない獣道をぼちぼちと進む
しくしくと梢が渡りはためく露払いのバリア
尾根を一望出来る憩いの場の御敷地に灯る龕灯
私を襲ったあの人と私を助けた貴方のダイアリー
あの人が眠る山頂で白いあの人を抱いて胸を詰まらせ
降りしきる雪を羽織って円やかな眠りに就こう
◆
680.オペラグラスにぐい呑みを双眼鏡にお猪口を
◆
奥が深い御料地の道の奥は陸奥で未知の苦(みちのく)の記紀であるかもしれない
燃え尽き症候群でも我慢してきたからこの日を迎えることが出来たのかもしれない
幸せの虎の巻が売っているとしても売っている物ではスカッと満足などしないから
幸せを取り込むのではなく幸せに取り込まれるある種の闇取引なのかもしれなくて
今この瞬間とても幸せでこのままこの幸せのまま終われたら良いなと思ってしまう
◆