574.防災の意識とは、非日常ではなく日常である。

非常食は非常の時に食べるものではない。
パンやおにぎりなどのそのまま食べられるもの、水やお湯を注げば完成する加工品、糖分が取れるお菓子や飴。
簡易ガスコンロや固形燃料があれば、温かいものも食べることが出来る。
アルミホイルやポリ容器があれば多少保存しておけるし、万能ナイフがあれば様々に重宝する。
保存食もローリングストックして食べておけば、非日常の時間が流れていても日常に戻れる。
水分は飲み水だけではなく食器や体を洗うのにも必要になるから、溜めて置けるタンクは何個あっても困らない。
更に、ラップを敷けば紙皿であっても何回でも使える。紙コップならば保管に場所も取らないし、軽くて割れないから安全だ。

懐中電灯やランタンと電池がたくさんあればいいが、蝋燭にマッチ、ライターもあると尚良い。
ヘッドライトは両手が空くから、手に持たなければならない懐中電灯より便利だ。
昔なら手回しの携帯ラジオが必須だったけれど、今は携帯電話の方が遥かにスピーディーに情報を得られる。
その為充電器は必須であるけれど、太陽で蓄電出来たり発電機があれば結構賄えるはずだ。

衛生用品は、非日常を送る上でも大切になってくる。
ティッシュにハンカチやタオル、除菌グッズやウエットティッシュにハンドソープ、洗面用具である歯磨き粉と歯ブラシ、体拭きシートにドライシャンプーは清潔さを保つのに欠かせない。
携帯トイレとビニール袋に消臭ポリ袋、女性以外でも役立つ生理用品、絆創膏などの救急セットがあればちょっとした怪我でも安心だ。

感染症対策にマスクをして、エアー枕と耳栓とアイマスクをすれば、ぐっすり寝られる確率が上がる。
常備薬や眼鏡は他の人に譲ってもらう訳にはいかないから、予備の準備は怠らない。
着替えの衣類にアルミブランケットのような防寒具や安全に動き回る為のヘルメットや履き物、多少の日差しや雨具を使う程でもない雨を凌げる帽子もあればいい。
筆記用具とメモ帳、千円札や小銭があれば、電気が使えなくても伝えられるし手に入る。
ブルーシートがあれば荷物を置けたり、手袋や軍手なら多少の汚れは気にならない。
非日常だって娯楽は必要だから、トランプなど電気が必要無いものならいつまででも遊べる。

色々な用途に使える風呂敷も入れて、リュックに詰め込む。
普段仕舞い込んでいるキャリーケースの中に詰め込むのも良いけれど、持ち運びには不向きかもしれない。
家や家具、小物だってお洒落に飾るのは素敵なことだけれど、壊れたり飛んできたりしないように考えるのも大事だ。

外出先で被災してしまうことだってある。
笛やホイッスルは体力温存に役立つし、ミニ防災セットを常に持ち歩いていれば時間稼ぎが出来る。

避難所には避難物資があるけれど、出来れば自分の好きなもので囲まれたい。
備えあれば患いなしではあるが、出来ることなら普段使いのまま終わって欲しいものである。

575.青雲之志は珠玉ではあるけれどもめでたくかしく

私は仲間に守られ私の為に仲間の命が消費される
村長(むらおさ)に価値が有ると判断されたから
私が犠牲になるだけで済むのならばお安い御用で
計画に命が必要ならば喜んで差し出し捧げるのに
最終兵器のはずの私は戦いの場所にすら立てない
善戦に出会い苦戦に別れを戦場で繰り返している
所詮最後尾に付け加えられるだけの付け足し要員
取捨選択させられ与えられた命を消費された命を
守りたい者の為に理不尽を飲み込んで失いながら
己の罪として背負い自分自身を生贄に生きている
恨みなんて無いと言っても優しさなんかでは無い
恨んだところで途中経過に出来ることは何も無い
走者一掃の最終局面まで何を置いても温存される
理解出来ても納得出来なくても仕方無くて必要で
だから全てにおいて視座する立場では諦めただけ
仲間が次々と居なくなり一人になって目が覚める
仲間が居てその変化が無いことを重々確認をして
先程までの光景が私の作り出した夢だと認識する
決して望みのままに生きていられるわけでは無い
眉唾物でも験担ぎは大事だと親衛隊は善処をする
けれど私を繋ぎ止めてくれているのは仲間である
負担になっても近くで成長を見守りたかったから
止せば好いのに出た欲に勝て無くて乗ってしまう
安易に縛られずに生きて欲しいなんて言われたら
一筆啓上致しますなどときっと死を選んでしまう
拘束する鎖か繋ぐ絆かさえ相談も無しの事後報告
願われている私が幸せかどうかなんて分からない
対比する不幸が分からなければ判断すら出来ない
それ程までに奔流されて平和な世界になったのに
途切れ途切れの遠い記憶に埋もれず古ですら昨日
時を越え何時まででも会いに来る空恐ろしい世界
痛いでもまだ居たい脆く儚く傷だけを負ったまま
未だに私の中の世界は噎せ返るように残酷なまま

576.ボイスチェンジャーのロビー活動

未来を託されたから見てみたかった
託された未来を見てみたいと思った
守ってきた歴史を伝えたいと思った

悲しいことは無くならないかもしれない
それでも今から生きていくということは
荒涼に重なる過去から変化していくこと
背負ってしまった歴史を繰り返さない為

私にしか出来ない役目で別の形にしてでも託せたなら
託されたその先の未来はより一層変わるかもしれない

577.スワッティングをアセテートで包んでビネガーにすれば「 」などトーキーにしなくてもミザンセーヌ

もういい
お前はもう戦わなくていい
生きていて欲しい
俺の娘だ
必ずお前の生きられる道を探してやる

そういつも悲しそうに言う
避けられない運命ならば尚更一緒に戦いたかったけれど
育ての親であっても娘と思ってくれていたからこそ気付いてしまったのかもしれない

私が最終的に死を選ぶことを
戦場で散ろうとしていることを
兵器でも守れるならば良かった
その為に皆が必死に守ってお膳立てしてくれている

だからあんなに性急に事を無理矢理進めてしまったのかもしれない
他人を軽視している訳じゃないけれどそれより私を重視してしまっただけ
だけど親が決意したのならば娘がそれを引き留めてしまうのは
身勝手な我儘でただの迷惑にしかならない

荒魂も和魂も幸魂も奇魂も願われているのが生ならば
喉元まで出かかった言えるわけがない言葉を呑み込む
出来るのならば迷惑ではなくて役に立ちたいから

日常の骸の上に有るささやかな非日常を続ける為の「I wish」

578.陰になり日向になり。陰に陽に。

私はいつまで可哀想で小さな女の子なのだろうか?

稀代の兵器と言われ幼い私には荷が勝ちすぎていて
比率も比重もとても大きかったのかもしれないけれど
皆が私に出来ないことを引き受けてくれているならば
皆に出来ないことの全てを私が引き受けたかった
破壊の限りを尽くして屍を踏み越えてでもそれが最善策
味方も敵も淘汰されて残ったモノを一掃するそれが私の存在意義
守る為の兵器としてならば迷わず突っ込んでいけるから

そんな境遇は確かに可哀想なのかも知れないけれど
その中身は確かにただの子供でしかない
祝福されて産まれてきたのは嬉しかった
死を選べなかったのは悲しむと思ったから
生きてきたのは私が希望の象徴だったから
生きようと決めれたのはあの人が恨んでないと言ったから

あの人に言われたんだ

困っているのは貴女の方でしょう?
怪物として利用され続けてきた私達より兵器として守られ続けてきた貴女
私達のことまで気にして心配して配慮してこれ以上傷付かないで

私が困らせていると思っていたのに困っていたのは私の方だったみたい
私の力が皆を不幸にしていると思っていたから私はそれを背負う必要があると思っていた
私が傷付くのは兵器だから当たり前で皆が傷付かないように生きなければならないと思っていた
だけど私だって守られるべき存在なのだと教えてくれた

愛されて生まれてきて家族がいて友達がいて仲間がいて見守ってくれて
生きている内にこんなに幸せになっては向こうで顔向けが出来ないし合わせる顔がない
いやそうではないよね
たくさんの愛をもらって私は生きているのだから
やっと会えた時に幸せでなければいけないのだと気付かされた

だから今ここにいるの
力を分散させてコントロールしやすくしてかつ負担を少なくして協力してもらった
背中を預けられて隣に立って私がここにいることが出来ているのは皆のおかげ
生きることを望んだ私の我が儘を通させてもらった

守られたかったわけじゃない
私だって守りたかったから
兵器になりたかったわけじゃない
ありがとうと役に立ちたかったから
可哀想だからと言われたわけじゃない
良く出来たと褒められたかったから
託された親の願いを叶えたかったわけじゃない
嬉しそうな顔が見たかったから

無理をしたのは大それたことじゃない
私がしたくてしたことだから
心配しなくても大丈夫だから
もう謝らないで
私の行動を否定しないで
縛られているのはあなたの方

私は最初から幸せで不幸じゃなかった
あなたがいるからあなたも私の幸せの一部
皆がいるから大変になるんじゃない
皆がいたから幸せになれるんだ

幸せでも不幸でも兵器でも可哀想でも
幼くても成長しても守っても守られても
大人を喜ばせたかったただの子供だよ

どうしたら伝わりますか?
どうしたら不安は解消されますか?
どうすれば安心してくれますか?
そんなに私の愛は信用できませんか?

私は皆を守ったの
私は私を守ったの
ねぇ褒めてよ

579.私の身体に光る表象は支配者であるあなたの刻印

私があなたの思い通りにならないと手をあげられた
理由は覚えていないけれど言うことをきかなければ
暴力を振るわれ痛い思いをしたからその記憶だけは
いつまでも鮮明に覚えているただ何も知らなかった
良いことも悪いことも知らないけれど従うしかない
虐待も人身保護請求も一方は救出でも一方は誘拐で
私の証言はあなたの捜査に反映されることは無くて
知っている摂理はそれだけなのに振り回されるのは
いつも弱い立場の人間ばかり仮病を詐病に掏り替え
入院している間は一人になれる唯一であるけれども
誰かにハンドサインを送る知識も勇気も私には無い
逃げても必ず連れ戻されて匿ってくれた優しい人に
酷いことをしようとするからどこにも誰のとこにも
逃げられなくなってしまって逃れ出す術を失くして
そちらがそのつもりであるならばそれなりのやり方
こちらにもあるということだけお伝えしておきます
頼る人はあなたしかいないと思い込まされてしまう
子供が親に酷い態度を取ってしまっている場合には
子供に対して先に親が酷い態度を取っているのが常
寒空にいても炎天にいても残飯廃材を糧食としても
急所を殴られても閻魔の庁に辿り着けなかったから
その身で痛感し思い知ったから諦めるしかなかった
グレたり拗ねたり出来る人が羨ましかったけれども
私は私の気持ちを表にも裏にも出すことは出来ない
私の存在とはあなたを生かす為だけにあるのだから
私は私の為になる何かを何もかもをすることはない
あなたの幸せの為にあなたと恋仲の犯人を庇う為に
私が身代わりとなって自首をすることさえ厭わない
何もしないのがあなたの正解に思えてしまうけれど
何もしなくてもあなたは確と私を責めるのでしょう
今まで通り言う通りにして生きていれば間違いない
私一人では頓馬で何にも出来ないのだから私の為と
そう言いながら習熟出来ないのは私のせいなんだと
言われている気がするのはきっと気のせいだと思う
私は何もしなくて良くて何もかも全て決めてあげる
あなたが決して選ぶことの出来なかった理想の人生
その原因となった私が責任を取らなければならない
したことが有るとか無いとかそんなものは関係ない
どちらでも難題にぶつかっても一歩も進めなくても
あなたのやりたかった夢を私が完璧に実現するだけ
嫌いでは無かったけれど私のやりたいことではない
あなたが喜ぶから事柄全てを続けているに過ぎない
ただ単純にあなたの理想を再現しているのではない
あなたの描く理想を描いた通りに忠実に守り続ける
そうしなければ分籍なんて生温く見棄てられるから
誤魔化してなんていなくて私のすべきことを言って
何か不備があれば見付けている筈で見逃す訳が無い
あなたは私に対して無条件の愛情を求めているから
あなたのしてあげるには返報性の原理を適用させて
有償の愛情を以て尽くしその代わりの見返りとして
無償の愛情を私から数多貰わなければ気が済まない
どんなに頑張って言う通りにしても理想は尽きない
あなたは私を洗脳かつマインドコントロールしたい
あなたが私の全てを私に与えてあげるということは
あなたから私の全てを奪われるということに等しい
何時まで経っても何時になっても毒に変化する愛情
いえいえ毒をサースティーな愛情と勘違いしている
私の幸せはあなたの幸せの中にしかないのだから。

580.貴方になら何をされても良いと自覚したから私から貴方へ心からのファーストキスを

私の母親はある定食屋で働いていた
常連さんも新規さんもお客さんで賑わって繁盛して
従業員の中の一人と恋仲になった
ある日突然人望がある店長が人を殺した罪で逮捕された
恋仲の従業員である男は店長と親しかった
親を早くに亡くしまるで親子のように仲が良かった
店は当然休業状態で店や店長に対して誹謗中傷が酷く
恋仲の男は事件とは全く関係が無かったけれど
どこへ行っても付き纏う噂に仕事場を転々とせざるを得なかった
母親はその度に恋仲の男を支え付いて行っていたけれど
恋仲の男は追い詰められていき母親の励ましも届かず自らその命を絶った

母親は自暴自棄になって色々な人達と関係を持って浮き名を流した
その日々の中で私を授かり母親は母親になろうとした
父親が誰だか分からない私の母親になる努力をした
けれど良い母親となる為に私が産まれる前から根を詰めすぎた母親は
私が産まれて更に育児ノイローゼが加速してしまって自らその命を絶った
母親の顔も声も覚えていなくても部屋の中に充満していた臭いだけは今でも鮮明に覚えている
父親に棄てられて母親に置いて逝かれた私は行方不明の落とし物と同じだろう

近所から通報されて保護された私はとある施設で過ごしていた
その施設は資金繰りに四苦八苦していた
何故なら可哀想な子供を放っておけなかった施設長が自らの自己満足の為に増やし続けた結果だ
自転車操業の金作が二進も三進もいかなくなってついに首が回らなくなって施設長は考えた
自分の手元においておくことが出来ないのならば子供達は必ず不幸になる
自分の施設にいる子供達は血が繋がっていなくても家族なのだから
家族ならば何時如何なる時も一緒にいなくてはならない
自分が心中する覚悟が出来たのだから逝くべき時も家族全員一緒だ
私の誕生日に決行された職員も巻き込んだ挙句の施設長の無理心中は結果から言えば失敗だった
一目で手の施しようがないと分かる光景を目にした私が唯一生き残ってしまったから
いや施設長の理論で言えば成功と言えると思う
私には誰かを好きだと思う気持ちも言葉の重みも分からないから
施設長の家族だから一蓮托生だという連帯責任も信じることはない

病院で意識を取り戻した私は新しい施設で順調に育った
その施設の近所には警察の偉い人が住んでいる御殿があった
そこの次男は養子で養父は人格者であり養母は優しく実子の長男は将来有望
次男は実の父親が殺人犯だから自分は父親のようになってはいけないと
養子先の家の恥になるような体たらくな人間にはなってはいけないと
自分の一挙手一投足を見られているからと言っていた
周りの大人は懐疑的で殺人犯の子供の言うことなど推して知るべしと言っていた
だから必死に言い聞かせていたのかもしれない自分と父親は違う人間であると
養家の人達はそんなに頑張らなくていいと言っていた
傍から見れば何時まで経っても他人行儀で不器用な次男が無理をしているのに気付いていたのだろう
私は次男に努力の人だねと言ったら次男は円らな瞳を更に丸くして面映ゆく顔を背けた
愛されたことがないから愛が分からないし愛を知らないから寂しくもないし特段欲しいとも思わない
私には情緒面が無いに等しいし家族や親子は分からないけれど行動原理は分かるから
ベースとなることを知らなくて空っぽだから環境がどうであれ判断するには本人を見るしかない

次男と一緒の時間を過ごす内に養家の人達とも仲良くなって
養父が退官して養母が病気で亡くなって長男が結婚して次男が警察官になって
学費を援助するという有難い話を固辞し奨学金とバイトを駆使して私は所謂三級職になった
親ガチャなんて言葉があるけれど当たったか外れたかは私自身には分からない
環境の外身だけ豪華であっても中身がまるで伴っていなかったとしたら
回しただけでコロコロと軽く出てくる親なんてきっと願い下げだろう
金色に光る空のカプセルよりも透明なカプセルに愛情とか絆とか思いやりとか思い出とか時間とか
思いっきり詰め込んで親子になってくものだと私は次男一家を見ていて思う
光もせず鈍りもせず向こうが透けたままの私は他人から見ればガチャも人生も失敗なんだろう
けれど一応警察の警察で作業を任されていて公僕であり公儀隠密とも留守居役とも呼ばれる
特殊ではあるけれども偉い地位にいるから成功なのだろうかとも思う
産まれてこなければこの地位にいなかったのだから親ガチャ冥利に尽きるのだろうか

職務上言えないこともたくさんあるし言えないようなこともたくさんしてきている
それどこの情報なんですか?と聞かれても大抵お話出来る段階ではありませんと口にするしかない
他部署とぶつかるしかない私に色々口を出してくる次男に心配してくれているの?と言ったら
面倒をかけられたくないだけだと憎まれ口を叩く素直ではない次男とは言い合いをしても屁理屈を捏ねても喧嘩にはならない
敢えて養父や長男と同じ警察組織に身を置いた次男はこれまた口数が少なく不愛想であり
揶揄されない為に強引な手段を用いて手柄を搔っ攫っていくから評価がありながら評判は最悪
しかし二人で話している場面を見ると意外とお喋りなのだと言われることがしばしば
それは私が次男を信用しているからでそして次男が私を信頼しているからだろうか

そんな穏やかとはいえないけれど比較的日常と呼べる日々を過ごしていたら
私の母親が働いていた定食屋の店長と次男の実の父親は同一人物であることが発覚する
正確に言うと養父と長男は知っていたけれど私と次男の仲を考慮して黙認していた
次男は実の父親の事件を知ろうともしなかったし警察官になっても調べようとはしなかった
私は私で私の人生を人伝に聞いていただけだったから関連性を見付けられなかった
親についてのあれこれを次男は気を付けていたようだけれど私は気にしたことが無かったから
更に衝撃だったのは店長である次男の実の父親に殺された人には一人息子がいてフリージャーナリストになり
事件を調査し続けていて私達の前に現れ次男の実の父親は冤罪であったという証拠を突き付けたのだ
次男の実の父親は逮捕された当初犯行を否認していたのにある日を境に罪を認め自白したことに違和感を抱いたらしい
次男は実の父親が犯人でないならと過去に向き合う決意を固めて罪を被せた奴を捕まえると意気込む
誰かの為に葬られた闇から誰かにとっての不都合な真実を誰も彼もが呼び起こす
事件を解明し明るみに出す為に辿り着いた真相は真犯人が養父ということだった
事実は小説よりも奇なりとは正にこのこと
養家の名に傷を付け迷惑をかけたとそう思うなら全部話せと詰め寄る次男
名誉に関わると養父の口から聞くまではと無実を信じている長男
どんなことをしてでも事件の真相を伏せる気はさらさらない息子
もう引き返せないからなと秘中之秘を守ってきた養父が語る

当時事件の指揮を執って捜査に携わっていた
殺された人である被害者は悪事を働いていて秘密裏に関係があった養父
次男の実の父親も店長として定食屋を続けていく上で片棒を担がされていて関係を断てなかった
養父が名家であることを利用して被害者からの要求がどんどんエスカレートする
要求に応えることがだんだん難しくなり更には家族をも巻き込む脅しに変わり
悪事が露見することを恐れた養父は事故に見せ掛けて悪事ごと被害者を葬り去った
しかし被害者と揉めていた次男の実の父親が容疑者に浮上してしまったことで
事件性が出てきてしまい殺人事件として捜査せざるを得なくなった
だから否認を続ける次男の実の父親に対し子供である次男の将来を盾にして取引をした
対外的には殺人犯の子供を引き取った奇特な人という批評に株は上がったけれど実際は自分の保身の為だった
けれど人一人育て上げるのは仁義を切ったとしても並大抵では出来ない
次男を育てることこそ次男を守っていくことと同じことだったから
育てられたことが幸せだったのにこんな立派になって親孝行までしてくれたと言えたのは
違うなら違うと否定出来なかったのは間違いを間違いであると言えたのは
レストランの料理にはなれなくて毎日食べる隠し味が隠しきれていない家庭料理にしかなれなくても
真相を隠し続けてきた養父も心配性で常に家族の身を案じ続けてきた長男も努力を続けてきた次男も
被害者であったのに悪事を働いていた加害者でもあった自身の親と真正面から向き合い続けた息子も
ちぐはぐで歪でも私から見れば親子の絆がちゃんと存在する家族だった
私の家族観は次男の家族だ
切れた糸を結び直せる家族だ

事後処理も終わり余命僅かだった次男の実の父親の危篤にも間に合い事件すべてが落ち着いた
そう思っていたら次男に呼び出されて言いにくそうに視線を彷徨わせて言葉を探すように口を開け閉めして
逡巡して出てきたのは私のことが好きという言葉だった
自分の言うことを否定せずやろうとすることを止めようとせず
努力の人だと言われたことで救われて自分のまま見失わずにいられたと
私がいるから安心出来るのではなく私がいないと安心出来なくなっていると
しかし家族や親子が分からない私にとって愛という感情なんて更に分からない
けれど次男はそんなことは分かりきっていることだと言った
今まで通り言い合いをして仕事をしてプライベートは軽く出掛けてそこに少し恋人感を足す
愛が分からずに分かち合えないのならば自分からの分を目一杯あげるから一緒にいる間だけでも愛されてくれないか
知ろうとして欲しいから少しずつでいいから愛を知って欲しいから
そして一緒に生きていって欲しいから
私が真顔で黙ったままだったからか言い終わって気恥ずかしくなったからか
最後の晩餐で重要なのは何を食べるかより誰と食べるかだから一生のお供にどうかって聞いていると捲し立てる
お酒のお供にみたいに軽く言わないでくれると返して次男の案を了承した
次男に言われて思った
進む方向さえ放棄する人ではなく進めない経路を勧める人ではなく進むべき道を与えてくれる人ではなく
進むかも戻るかも立ち止まるかも共に人生を模索し自分自身の足で歩いていくということ
私の中でふわふわしていたモノが居場所を見付けて塡って落ち着いた感じ
ああ私は生きていて良いのだと

それから次男の案に乗っていたのだけれど流石にデートが日常の買い物に毛が生えた程度なのは如何なものか
私が初恋で言えずに私を忘れる為に恋人を作ったけれども父親の件もあって結局別れてしまった
しかし曲がりなりにも恋人がいたことがある次男が望んでいるのはきっとこんな形ではないはず
だからザ・デートをしようと考えてみた
がしかし仕事の作業ならばいくらでも策は思い浮かぶのに次男とのことになるとサッパリ思い浮かばない
恋人ごっこならば白さは七難を隠すように出来るのに本当の恋人となるとこんな私であっても話が違うらしい
だからザ・デートの王道を歩んでみることにした
普段は着ない可憐な服を着ていけば目線は逸らされるしデートスポットに行っても視線は合わないし観覧車で隣に座れば距離が遠くなる
終始気も漫ろに気のない返事で表情の変化が一層乏しい
ザ・デートの王道でこんな調子にさせてしまっては次男にとって良くないだろう
だから私は落ち着いて話が出来るように人気の無いところへ誘う
今日一日一緒に過ごしてみて分かった
勝手に死なれてしまったり一緒に死んで欲しいとか死んでは駄目とか言われたりしたけれど
一緒に生きて欲しいと言われたことは無かったから嬉しかったし生きていて良いんだと思えた
それに付き合っているのだから普段の買い物みたいなことではなく今日のようなデートをしようと考えて恋人っぽいことをしようとしたんだけれど私では上手くいかない
私と別れてちゃんとした人と付き合う方がいい
次男は捜査以外ではきちんと気遣いの出来る人だからもっと相応しく良い人がいると今日の次男の言動を含めて私は至極真面目に言った
最初は静かに私の話を聞いてくれていたのだけれど一瞬驚いた表情をした後言葉に詰まってだんだん困った顔になっていった
そんな顔をさせるつもりも無ければして欲しいとも思わないのだけれど原因はやはり私のよう
お互いに沈黙が続いているこの不毛な時間を切り上げようとするより先に次男が口を開けた

別に楽しくなかったわけじゃない
ただいつもと雰囲気が違ったしデートだって思ったら変に緊張して
言動が挙動不審でおかしかったのは認める
それにまだそっちの気持ちが追い付いていないのに手を出したくないんだよ
それって私を抱きたいってこと?
もう少しオブラートに包めよ
別に作業として仕事でもしているし初めてではないのだからそんなに気負わなくても抱きたいのなら我慢せずに抱けばいいのに
まあ上手かどうかは分からないけれど多分下手でもないと思う
あのなぁこっちの気持ちと仕事の作業と一緒にするな
背中を押したつもりだったけれどどうやら違ったらしい
けれど返事のトーンがいつもの調子に戻ったから良しとしよう

次男が私との全てを望んでくれているのならば私は次男に対して私の出来る限りをしたい

581.隠したい君の真相はキミを守りたい君からキミへの愛で消える

鉄格子‐ビル‐の間から見える空は何色だろうか?
沈黙を埋めるように雷鳴と雨音が響く中で
テトラポットの上を歩くように死にたいで繋ぐ僕と君だけの二人きりの時間
君の中の空白にひっそりと潜んで侵食していき
随分とご挨拶なことだと聞こえてくるやけに鮮明な黒影の息遣いこそ僕にとっては最重要
何も話さなくていいから私の傍にいてと君は何かを言って欲しそうに言う
かける言葉が見付からないから僕は君を抱き締めるだけ
喉仏に噛み付いてキスマークを付ける君の感情は戻らない方が苦しまないかもしれない
いや戻ったら戻ったで違う苦しみに襲われてしまうかもしれない
けれど戻らなくても方向転換してしまえば新たな苦しみを生んでしまうかもしれない
だからあの白線は越えてはいけない
私が行動することが一番だと君が判断しても相手に応えることは表面上出来たとしても
生きていく意味を考える時点で死にたくないってこと
君が不器用に笑いすぎて目尻に浮かんだ雫が零れた跡に落ちていく僕の想い
揺らぐ瞳が映し出す君の視界の中に歪んでいても僕の顔が見えていたらいいな
誰かが闇を創って君を閉じ込め僕を引きずり込んだ陰に一筋の光が指して影を作る
芙蓉‐エディション‐をくれたのは僕だと君は曼殊沙華‐テールランプ‐に飛び込む
代理受傷‐さようなら‐と別れを告げて二度と会えなくなってしまうのは君の願いが叶ったということ
君が不幸から遠ざけて幸せを願った人であるキミが良くなるということ
君の願いが叶うならばキミが君でなくなったとしても僕はそれで良い
君のいないキミであったとしても僕はそのすべてを歓迎しよう

582.この長蛇の列は関係者以外立入禁止です。

事件記録から私に辿り着いて説明を求めた貴方は、私が語る過去話を黙って聞いている。
「そうでもしないと、乗り込んで暴れてしまいそうだったから。」
「殺さないでくださいね。」
「座興にしても言葉が過ぎましたか?冗談ですよ。」
難しい顔の貴方に私は笑って返す。
貴方が接敵して十全にして四つに組んだからこそ、長年無罪推定の原則を突き通してきたあなたが完落ちした。
けれども、私は、私だけはスタックしたまま。待っていた訳じゃない、ただただ時間が過ぎていっただけ。

偽名ではなく旧姓であったものの近付いて来たからには情報を得る為であるとか、そこには何らかの目的が存在していると思う。捨て去れなかった過去の自分と無意識に重ねて、自分と同じような目をしていたから心情を理解出来るのは同じ立場の自分だけだと思い上がっていた。
守る為に命を張るか復讐の為に命を燃やすかなんて虚々実々な正否は、それらの対象が相手なのか自分なのかで違ってくる違いは雲泥の差。
「あなたに復讐することが出来て良かった、そう言えば満足ですか?」
仲が悪かったのに仲を取り持ったら仲が良くなってしまって、発展したスキャンダルに足を掬われて、空騒ぎするあいつと対峙した貴女の些細な変化に気付きたかったのに、己のシックスセンスも当てにならないとつくづく思う。

「事件の裏取りをこれからって時に。」
貴女が退職届を出したことに文句を言いながら伝えに来た貴女の先輩の脇を、押っ取り刀の全速力ですり抜ける。
「事件解決おめでとうございます。これで幸先がより良くなるんじゃないですか。」
笑っていた貴女の元へと急ぐ。どうして貴女を一人にして置いてきてしまったのか。違和感は最初からあった筈なのに。
へらっと逸らかされてもしれっと邪険にされても、不敵な笑みを黙殺して一緒にいるべきだった。貴女に何かあったら、貴女が貴女に何かしてしまっていたら、一体どうしたらいいのか。

退職届を出したら案の定引き止められたけれど、引き継ぎも荷物の整理も済ませた上だったから、無理を言った上司も最後には受け取ってくれた。
挨拶も無しにと貴方はきっと怒るだろう。けれど、上司以外に顔を合わせるつもりはない。見上げた元職場になったこの建物も二度と見ることはない。

横断歩道を身軽に渡ろうとした時、腕を掴まれて目の前を車が通りすぎる。後ろを振り返ると、私のことを走って追い掛けて来たのだろう。貴方は膝に片手をつきながら肩で息をしている。
「病院に行きましょう。まだ間に合いますから。」
「病院って・・・体調は崩していませんし、間に合うとか何の話ですか?」
「殺さないでくださいね。って俺言いましたよね?」
「私は乗り込んでもいないし、暴れてもいませんよ。」

最初からだった。衝動的でもなければ計画が変更された訳でも選び直された訳でもなかった。次善策などない。匕首を自らに突き付けて、誰にも何も告げないまま、黙って初めからこの結末を見据えていた。
憶測だけの仮説だとしてもこの辻褄の合う主張は、証拠をもって否定するまでもなく。何の躊躇も無かったから本気で思っているのが分かる。自分の胸に聞いても本気でそう思う人間は、他人に対して頭がいかれているか、自分に対して狂ってしまったかのどちらかだ。潔いと褒めるべきなのか迷えと叱るべきなのか。
「心配しなくても粗相の無いように、邪魔されないところでしますから。気付かなかったふりだけしてもらえると有難いです。」
何を言っているのか理解したくもないけれど、俺の言っている意味を理解して、それでいて何も隠す気がなくて、今から行うことの事実をただ述べているだけだから余計に理解出来ない。
だけど、言ってくれればよかったのになんて言わない。言えないくらいあいつに傷付けられてきたのは分かっているから。説明を求めた俺に話してくれただけでも御の字だったから。
心の風邪をどうしてくれようか、この心を病んでしまった大馬鹿者を。あの時と同じく冗談だと笑って言ってくれたなら、ある程度は軽く返せるのに。
「是非そうしてください。と、言うとでも思いましたか?俺を甘く見ないでください。悪いですが、いえ微塵も悪いと思いたくはありませんし、そうはさせません。」

掴まれた腕を一向に離してくれないどころか、貴方の宣言のような言葉の意味を理解しようとする前に、焦りを含んだ言葉と共に引き寄せられた。
「殺さないでください。貴女を殺さないでください。死なないでください。」
十字架を背負えず肩代わりも出来ず、大切な思い出までも憎しみで消してしまうなんてこともなく。あの瞬間に私の世界は正確に歪んでオンブレ。渡ろうとした信号機と同じ赤色を基調として、カラフルなモノトーンにBGMはレイドバックなブルースだ。
「復讐するべき未練も恨みある相手も、解決してくれたのは貴方ですよ。」
「貴女、あいつのこと恨んでませんよね。未練なんてこれっぽっちもありませんよね。」
真っ直ぐな太刀筋を見逃して欲しかったのか、湾曲的な手旗信号を見咎めて欲しかったのか。死ねる可能性があるからこそ生きられる。いつでも死ぬことが出来るという思いは、ある意味救いになっていたのかもしれない。私をこの世界に結びつけていたモノが役目を終えたら、裏返って引き裂くことになるのだから。
「これ以上、私が居る理由が分からない。」
何にも束縛されなくなった自由さは、どこへ行ってしまうのかどこへ向かえばいいのか、不自由さが分からなくなった不安を纏う。

「苦しいことなら俺が背負いますし、楽しい時には貴女と一緒に居たいです。」
「そんなことは、もうどうでもいいんですけど。」
「・・・そんなこと?俺にとってはそんなことじゃないんだよ!」
貴方が私の名前を優しく呼ぶから、私の存在を許してしまいそうになる。境壊線を越えているのに死にたいなんて贅沢と、呪わずとも助けを求めていたのか。苦しいなら跡形もなく壊したい私と、大切だから丸ごと全部守りたい貴方。壊れたら壊れたそのまま放置の私と、元の形に戻せなくても直そうとする貴方。今のは聞かなかったことにしてと私が言ったところで、聞いてしまった以上それは出来ないと今の様子の貴方なら言い張るだろう。

「貴女が好きですから。」
「それだけの理由ですか?」
「それだけで俺にとっては十分な理由です。」
固い意思を否定しても、意に沿わなくても、意に背いてでも、貴女から貴女を守り、貴女を助けたいと思う。賢しらなのは分かっているけれど。

「俺が奪っていいですか?ってか奪います。貴女から貴女を奪います。」
貴方はそう言って並べ立てた言葉で、私が死ぬ理由を潰し私に生きる理由を与えて私を私から奪う。
「貴方は随分と強引な人だったんですね。」
「貴女のガードが固すぎるからですよ。」
生きることを認めて縋ったんじゃない、死ぬことを諦めて振り切っただけだ。
けれど、呼吸はもう乱れていないのに鼓動がとても速いから。
抱き締めるからハグぐらいに緩んだ貴方の背中に手を回しトントンと軽く叩く。
私の計画は貴方によって頓挫した。

退職届は受理されることなく撤回すらすることなく、人手が減らなくて良かったと言われて裏取りに加わる。
「付き合っているという認識でいいんですよね。」
私にそう問い掛けられた貴方が飲んでいた珈琲で咽てしまうのは、もう少しだけ先の話。

583.うちの者を可愛がってもらったみたいでと悪たれを統廃合すれば後光は差すのか

あの子の様な被害者を出さない為?
悲劇を二度と生み出してはならない?
命を玩具の様に弄ぶ犯罪者を抹殺する為には仕方がない?
地位の為ならば隠蔽や冤罪も躊躇わず己の保身を優先する上層部を壊滅し再生する為?
あの子の事件をトレースしてあの子と同じような傷を増やしたとしてもそれは正義の為?

乱暴されて父親が誰か分からなくてお腹はどんどん大きくなるのに誰にも言えなくて
跨線橋脇で蹲っているところを連れて来られた先は立錐の地も無い産婦人科
お金はいいからと入院させられて囲炉裏を囲んで仲良くなったのは同じ週数のあの人
産むしか出来なかったあの人に取りかえを提案したのは第三セクターも頼れない私
あの子の為の効率重視は時を進めて早い成長を齎すけれど私は同じ時を刻めず経験値も積むことは出来なくなる
取違えの善意に感謝は出来ても養育を押し付けた謝罪は出来ない

あの子の為にお揃いのミサンガを作る
あの子に辿り着く唯一の手掛かりかあの子に辿り着いてしまう決定的な証拠か
母親にはなれなかったけれどあの子に恥じない生き方をしよう
そう思って心の中にトーテムポールを建てて生きてきた
二度と会うことはないと思っていたから
会わなくてもあの人と幸せに生きているのなら

けれど二度と会えないどころか生きてもいなかった
それは決してあの人のせいではない
被害者とその母親として写真と名前を参考資料として捜査会議で見るまでは知らなかった
テレビや新聞を見る暇もなくあの頃はがむしゃらだったから
遺留品のミサンガで他人の空似は否定された

あの子があの人の実の子供ではないことは事件の時に判明していたけれど
マスコミの餌食になることを恐れて公表はしなかった
補足事項としては初動捜査が遅れたことに批判が殺到することを防ぐ為
捜査を徐々に縮小していって行方不明のまま打ち切られた

確かに憎い
被疑者も上層部も懸命に捜査していたであろう捜査員もあの人でさえも
その当時の何もかも
でもだからといってあの子の事件の再現をする必要性がどこにある?
ミサンガに託した願いを滅茶苦茶したのは他でもないあなただ


あの子を道具にして自己満足でしかない復讐なんて勝手にしないで

584.交際申告書を提出しても良いと考えます

ふらふらと壁にぶつかりそうになるのを止めてくれて
その原因である高熱を解熱剤で済まそうとする私を
説明は自分がするからと言って病院へ連れて行ってくれる
治療を受けている間に買い物をして家まで世話を焼いてくれた

張り込み中に女性達に囲まれナンパされて目立っていた貴方を
上司の許可を得たとはいえ更に目立つ方法で騒ぎを収める
ヤキモチを焼いて強引にキスをした上で私のモノだからと自慢気に彼女宣言
犯人が近付いてきたので誤魔化す為に抱きついて肩越しに観察する
私の謝罪を貴方は寧ろ助かったと感謝で返してくれた

酔った感覚が分からないからお酒を飲まない私に合わせて食事に誘ってもお酒を控えてくれる
その時の笑みが硬いからお酒を飲めるようになろうと思って貴方の誘いを断り練習を重ねる
家だけではなく場所を変えるのも良いと聞いて公園で飲んでいたら貴方に見付かってしまった
酔っていないという千鳥足の私に
そんなにふらついている人が酔っていないわけがないと貴方はゴミを纏めて私を家に送る

水を持ってきた貴方はお酒を飲んでいた理由を問う
けれど私には言うつもりがない
これは私の問題だから貴方に迷惑はかけられない
貴方には関係がないことで言う必要性はないと考えます
そうですねそうですよね僕には関係がないですよね僕は必要ないですもんね分かりました失礼します
早口にそう言って踵を返し出て行った貴方を傷付けてしまったのだと悟る

周りの会話や質問に対する答えで私は私の性格や表情をチューニングしてきた
今までは多少変な人でもそれで良くて周りが事情を知ったこれからはそのままでも良いと考えていた
組織に必要とされなくても今の部署には必要とされていることを認識しているけれど

定時には帰ることは少ない貴方をほとんど定時あがりの私は待っている
エントランスにいた私に貴方は驚いているけれどそれを無視して
夜分遅くにすみませんと私は謝罪する
私は私の感情が分かりません
ですから貴方を傷付けてしまったことは分かっても理由までは想像出来ません
これ以上貴方に迷惑をかけるつもりはないので安心してください
今まで私の面倒をみていただいてありがとうございました
謝罪を済ませたら用はもうない
貴方の時間をこれ以上奪うつもりもない
お時間をいただきありがとうございましたと帰ろうとしたら手を掴まれた
冷たっ一体いつからここにいたんですかとりあえずあがってください
意味を聞く前に答えを言う前に手を引かれて温かい飲み物を渡される

気付いたら目で追っていたとか
捜査なのに浮足立っていたとか
家まで送るのに偶然を装っていたとか
食事でもお酒でも一緒にいたかったとか
緊張していたから表情が硬かったとか
私に必要とされたかったとか
他の人とは違う繋がりを持ちたかったとか
同僚以外の関係性になりたかったとか
私に恋愛感情が無いからこそ渡したくなかったとか

私が素のままで気にするのは貴方だけだと言ったら貴方はどんな反応をしてくれるだろうか

585.命旦夕に迫る、括弧仮

主宰された張り込みの応援に駆り出されて、好き放題に暴れ逃げようとする被疑者を、特筆破天荒に確保してしまって、少々注目を集めてしまったショッピングモールでの逮捕劇‐ランデブー‐。国際犯罪組織による劇場型犯罪の摘発をちゃんちゃら可笑しく取り沙汰されないように、ピーチクパーチク囀ずらせることなく感服させようと、撤収作業の見せ所中の片隅。
中央にあるアーチファクトで舶来品‐モニュメント‐的な噴水の向こうに見掛けた母親とその子供。保護命令の手続きを手伝った縁があって、今現在はどうしているのかとそこはかとなく気になって声を掛けたかったから、張り込みのペアを組んでいた彼に待機場所を離れる旨を告げ、何かあったら呼んで欲しいと願い出た。

足早に親子の元へ向かう途中で、曲者の意を汲み取ったノッチ音が撃鉄を起こす。親子の左斜め前に見えているキッチンカー周辺が訝しめにざわめいた。
旋盤の看板が倒れ飲食用の椅子が旋回しながら吹っ飛んで、その原因である男が手にしている物に周囲の人々が悲鳴を上げ、それぞれが勝手に動いて騒然となる至高のリバーブチューン。
男は鈍く光る刃物をキャタピラの如く振り回しながら、親子の元へ単刀直入かつ一直線に向かう。男の正体は、地雷をおくようなテクニックで行動を制限し、鎖を架けるように親子を自分の理想に仕立て、金をふんだっくって貢がせる夫であり、活躍しろと言うくせに弁えろと言う父親だ。
悲鳴を聞いた他の捜査員もこちらへ向かっているだろうけれど、距離があってベルヌーイの定理であっても間に合うはずがない。

逮捕術が得意ではないから大部屋俳優ばりに苦戦を強いられるだろうけれど、才媛とはなれなくとも何とか膠着状態には持っていきたい。まだ間に合いますその刃物を渡してくださいと交渉を持ち掛けても、短気は損気といった思索の言葉など、興奮している男には届かないだろうから。
私が細大漏らさず迎撃しなければ、明日を待たずに早い者勝ちと襲われて、新境地でリミックス最中の親子に今日すら来ない。

腰が抜けてしまったのかその場から動かない親子を後ろへ突き飛ばすように引っ張り、振り下ろされた刃物から庇う。切られてしまった肩は知らんぷりして、背中を見て学んで技を盗む見取り稽古は上手くいったようで、殺意に満ちた視線に対して牽制を先取出来ている。
親子と男の間に入り両者を離れさすことには成功したけれど、出過ぎた真似で邪魔をするならお前から殺してやるとばかりに、振り回される刃物によって男の間合いにも近付けず体勢を崩されてしまった。
片膝すら付けないままの私の横を、すり抜けようとする刃物を掴んで何とか阻止する。

止めてと戻りたくないと一緒には居られないと、子供を守るように抱き締めて、逃げ場にしか救いが無い急迫不正の母親は、それしかないならいらないと震える声で叫ぶ。
今はこのままでいいと思っていても、この先もずっとこのままでいいと思い続けられる確証なんか、安心したくて思い込みたいだけで正当防衛を逆算したってない。飼い殺しの奉加帳に見込まれて、マルチ商法の盗作にネズミ講の名義貸し、御眼鏡に適う度に情緒不安定さ‐ランサム‐が片手間に増えていく。逃げ場のないところで平伏でも投石でも騒ぎを起こしたくはないけれど、せきばらい一つにだって怯えたくもない。
論より証拠と拒否したことが挑発を焚き付けた形となって、掴んだ私の手を真っ二つにする勢いで振り払い、男は倒れ込んだ私に見向きもせず、親子に一刀両断の照準を合わせる。

男が力任せに突き立てた先で、私のお腹から刃物へ伝った血がポタポタと滴り落ちる。力では押し負けてしまうと再考に見切りを付けても、土左衛門にとって解答‐カモフラージュ‐の持ち時間は、足跡を辿っている暇もなく、逃げられるとでも思ったのかと目減りしていくだけ。
刃物を引き抜こうとする男の背に駆けて来る捜査員が見えたから、揉み合いながらも捜査員の方へ男を蹴り飛ばした。刃物は弧を描きながら噴水へ落ち、尻餅を付き立ち上がろうとする男を、捜査員が引き倒しながら力づくで押さえ込みにかかる。悪あがきで心行くまで踠く男に、大人しくしろだの暴れるなだのといった書き起こせる程の怒号が飛ぶ。

蹴り飛ばした反動で膝から崩れ落ちる私を抱き止めたのは、張り込みのペアを組んでいた彼だった。
救急車を呼べとかタオルを持って来いとか、そういった焦りを含んだ言葉が飛び交う中で、彼に問うて親子の無事を確認する。
そして覚えている限りの、親子の名前とか男の素性とか三人の関係性とか、追々に代打‐アナライズ‐すれば事足りるだろうけれど、情報‐レーベル‐はテレグラムより素早く有り物より多い方がいい。静養が必要な程の恐怖でまともに話せないだろうから。
バックボーンが豁達豪放では不味いけれど、私自身も知らず知らずに口パクになっていくのは、生成的AIですら審議せずとも既定路線。
もう喋らないでくださいと、もう分かりましたからと、お願いですからと、すぐ隣にいる彼が自分せいだと慧眼の無さを嘆きながら私を呼ぶ。

裂いて割いて咲いてなし崩されて、プロムナードが赤色に染まっていく様は、感極まるほど滅多にお目にはかかれないだろう。
寝られるぐらい心地よい曲という声と運転という揺れによって、目を開けていられなくなる。
聞こえてきていた音が遠く離れてゆき、トントン拍子に感覚が分からなくなって、上澄みは何バレルか。

最後の最期の見所は、慣れた彼の声と温もりが最適解。

586.ラブコール≒マジックアワー

「俺、困らせていますよね。」

直情的な彼の方がよっぽどしけて困った顔をしている。

私の過去を知っていたから言わなかったけれど、部署異動することが決まって、居てもたってもいられなかった。分かりますと言いたいけれど分からないと言われてしまうけれど分かりたいと言いたい。
オルタネートでもいいからと一年のお試し交際を申し出た彼は、バックハグをしながら食事に誘ったり寒くもないのに寒いからと言って手を繋いだり、フゴイド運動もエンジン全開だった。

二人と出会ったのは中学校の入学式。
友達はたくさん出来て学校生活も楽しいけれど、三人で居るのが一番楽しかった。あの人の夢は警察官で、親友の夢はモデルか俳優で、私の夢はまだ決まっていなかったけれど二人の語る夢を応援することだけは決めていた。
一歩踏み出してしまうのは墜落するから‐ダメ‐だけど、一歩避けてしまうのはもっと凋落してしまうから‐ダメ‐。二人の横顔を見ながら気付かないフリをする。この空気を大切にしたかったから。

けれど、親の転勤に付いて行かなくてはならなくなって、共同注視へいっぱしにケジメを付けようとしてしまった。
あの人に告白をして振られる前に失恋をする。貴方を見ていたのだから分かるよと笑って、ここはオススメのスポットだと言って紹介した。
分かれ道で別れた数秒後、背後でブレーキ音がする。振り向いても逆光に遭って、車と黒い塊が飛んでいく形しか見えなかった。
謝っても説明しても積めない賠償金も癪に障る機序にしかならなくて、親友との間にはその瞬間から隔壁が出来た。

合わない部署にスカウトされて、情報漏洩の胡麻擂りに意見をしたら命令違反だとして辞めさせられそうになって、今の部署に拾われて慣れない捜査に悪戦苦闘して、無理をしながら血を吐いて倒れても大人しく引き受けたのは、あの人の目指したかった座標を結実させたいから。
過去が羨む大切なものを、過去を羨むように汚すような真似をして、希望に溢れる眩しかったものを曇らせたのは私自身だ。
あの時のあれと問われてもどの時のどれ?と返して、あの件と問われてもどの件?と返して。
けれど、この事態を招いた自覚はあるか?と問われれば答えはハッキリと出ている。

若造と言われようと、バーターと言われようと、猿芝居と言われようと、大抜擢ではなく大冒険と言われようと、今が旬なら次の瞬間から旬が過ぎると言われようと。お湯に溶かされた塩素でロベリアが咲くような百花繚乱のご時世で、稜線をダッチロールしながらも食い気味にスタッキングしている。
そんな親友の記事をスクラップするくらいしか私には出来やしない。

親友が主演の撮影現場で起きた事件。
起き抜けのようなふわふわ感に独自の造語を多様し、インポートでデコレートされた彼女の命を奪った凶器は、お芝居用の小道具の見本として保管されていたスティレット。
かなり恣意的な性格で親友とも噂があったようだけれども、それは嘘だと相場が決まっていた。
頼るべき人を頼って必要な情報を得た捜査は、眉根を寄せた一人の女に行き着いた。

「おたくは真面目な顔をして、ふざけたことを仰いますね。」

才能を発掘してノベライズに尽力して、鍾乳洞で小石‐ケイブパール‐に躓いて埋もれさせたくないと、至れり尽くせりのルームサービス並みにタガが外れた計略は、サプライズではなく恐れ戦く嫌がらせにしかならない。
愛そうとして憎んで、信じようとして裏切って、守ろうとして壊して、失敗しないことが成功で、退屈な天国が芽生えさせ楽しい地獄が栄養となり、駄目出しが水をやって育つ純粋培養。

「捨てたんじゃないわ、乗り換えただけよ。」

死地と定めた場所‐アジト‐に呼び出し、一度目で動きを止めて二度目で彼女の息の根を止めた。

「殺人鬼と殺し屋を一緒にするような、あんな醜穢‐レベル‐の女と一緒にしないで!」

投げ付けられたリベットをジャストで躱して、剣心一如の改造銃‐ショット‐で、仕上げの心神喪失なんか賭けでも狙わせない。

「そういうとこあるよな、全部背負ってさ。あの時だって俺に言い返さなくて。八つ当たりしていた俺より、今だって強すぎだろ。」

「この状況でそんなことに感心している場合?」

心の声へ勝手にアテレコなんてしないけれど、茶化してもそう言うってことは、親友も同じことを思っているのだろうね。
親友があの人と相思相愛であると、私が気付かない筆致にも限度というものがあるのだから。

あの人の夢に誇りを持てるようになって、再会した親友と思出話が出来るようにもなったけれど、私のせいとずっと心に引っ掛かったままだった。

「困ってはいないけれど、分からないが正直なところかな。」

鼻が利く先輩に鎌を掛けられて釘を刺されたらしい。変なことを吹き込んだつもりはなくて、不器用な先輩は背中を押したつもりだろうけれど。

「私は知っていて受け取ったから、迷惑だなんて思ったことはないよ。貴方の気持ちを無駄にはしたくなかったから。けれど、貴方の優しさに漬け込む形になってしまっているのも事実ね。」

「いや、優しさというか・・・。どちらかというと、俺の我が儘で自己満足だから。」

人生は一度きりだからこそ、あの人と親友と仲間割れをしてでも手放そうとした。
人生の優先順位に自分の気持ちを入れることなんて出来なかったから。

「でもね。何を食べようかなとか、休みの日に何をしようかなとか、これは貴方が好きそうだなとか、貴方と一緒に行きたいなとか、考えられるようになったの。」

貸金庫並みに大事に仕舞われていた初恋によって、恋愛感情が愚鈍になってるかもしれない。

「我が儘でも自己満足でも、貴方のおかげよ。」

振り向かないで、過去につけられてる。

「私を好きになってくれてありがとう。」

今日という日は明日の思い出になるから、絶対に目を離さないで。

「よかったらもう少し私に・・・、私と付き合ってくれませんか?」

587.カクテル言葉を致死量‐フェイデッド‐にならないように計算しながら敢行してもハナから時間切れ

とある組織を秘密裏に追う、対外的には昼行灯‐レガシー‐な部署。私はそこの室長を拝命していて、部下が三人います。

署内見学会を押し付けられていた彼女を、借地借家法をも無視して警務部から引き抜いた。目を付けた理由としては、母親も間違える程の双子を即座に見分けられていたから。
私の調べによると彼女は舌を巻く程の第六感を持っていて、彼女の気付きでかなりの事件が解決出来たにも関わらず、奇を衒っての行動だとか偶然の直感だとかと決め付けられ、手柄を持っていかれて彼女はいつまで経っても示しのつかないお荷物扱い。
彼女自身も出世に興味が無いどころか常にオドオドしていて、事件は解決したいが目立ちたくはないらしい。
その背景に絡んでくるのは、酒好きで彼女にも彼女の母親にも暴力を振るい、急性アルコール中毒で突然この世を去った彼女の父親。組織に属していたものの末端であり、組織の情報も酔っぱらいの戯れ言として認識されていた為、情報を伏せられていて何も知らない彼女と彼女の母親は、組織から放置されることとなった。

彼女の過去に自分が、いや厳密に言えば自分の父親が関わっていることに、こんなに感謝したことは無い。
距離を取りながらも徐々に詰めながら、事情は追って話すなどと誑かす庁内の人間に、軽いジャブを交わすどころか立場の差を利用して、妙な動きをすれば命の保証はないとばかりにうなぎの寝床へと追い込む。スリルがあるのは歓迎だが邪魔をされたくはないし、血の気が引くような自棄を起こされたくもないから、のべつ幕無しには自らの投降を促しましょうか。

彼女にとっては手前勝手に誘われる食事でしょうが、直属の上司という響きに浸れるこの上ない優越感。
悪いようにはしませんよ、という意味を込め顔を滅茶苦茶近付けてニッコリ笑えば、彼女が小さく悲鳴を上げたり小さく飛び退いたり、キョロキョロと目を動かす姿や仕草は、小動物的でとても可愛いらしい。ドキドキとした挙動不審な態度は、凡人にとっては嫌われたと思ってしまうのも止む無しでしょうけどね。

彼女が居なくなってから検挙率が落ちたり、彼女が来てから私の部署が事件を解決したりして知名度が上がったことで、彼女に近付く輩が以前より増えてしまった。
流石に私でも全員を排除することは出来ない。しかし、彼女は強く言われれば断れないから。
ほら、また。
情報屋と会う約束の時間が迫っている時、遠目に見掛けた彼女。仲良さげな雰囲気に、ちょっとどころではない嫉妬心を抱く。

情報屋と話をしながら、視界に映るカップルらしき二人。先程の彼女の姿を思い出してしまって、押し込めたはずの嫉妬心が湧いてくる。そしてタイムリーなことに彼女からの着信。
報告があるという彼女に、今忙しいから後で聞きます。と、欺罔して一方的に電話を切った。
情報屋が意味ありげな視線を寄越してきたが、黙殺して話を続ける。

情報屋と別れた直後、部下その三から着信。
外出先から戻ったら彼女から電話があって、見掛けた不審者が今追っている事件の容疑者と似ていて尾行している、と。場所を聞く前に通話が途切れてしまったから、彼女の携帯の位置情報から部下その一が割り出した場所に、部下その二と共に向かっているという。
私に報告というのはこの事だろう。しかし、部下その三に連絡出来るなら私でなくてもいいし、彼女から電話をもらってから随分と時間が経っている。
その理由も部下その三が解明してくれた。
最初に私に電話を掛けて忙しいと切られた後、部下その一に電話を掛けたが私からの頼まれごとに追われて多忙を極めていた為に諦め、部下その二は聞き込み中だった為に不通、部下その三でやっと通じて話が出来たらしい。
律儀に階級順に電話を掛けるとは。

帰る途中で降りだした雨は、着いた時にはどしゃ降りになっていた。雨の予報では無かったはずなのに、と濡れてしまった上着を見ながら思う。
しかし部下その三から掛かってきた電話で、窓の外の雨を睨むことさえ出来なくなった。

位置情報から割り出された場所の付近を捜索すると、すぐに彼女の携帯を発見した。そしてその側で彼女本人も見付かった。
どんよりとした景色に溶け込むように壁にもたれ掛かっていて、ずぶ濡れでめった刺しで瀕死の状態で倒れている。
直ちに救急車を要請し周辺を捜索、現場検証も始めてはみたものの雨のせいで痕跡がまるで見付からない。
周辺は防犯カメラも無く、人通りも無い、報告も犯人に繋がるようなものはあがってこない。唯一の手掛かりは、不審者が容疑者と酷似していると言った彼女の報告であるが、それだけではたとえ不審者が容疑者だと断定されても、彼女を襲った犯人が容疑者だとは言い切れない。
指揮権を取られまいとした捜査本部から追い出された私は、病院に向かい手術室の前にいる救急車に同乗してきた部下その二に交代を告げる。
あの時の嫉妬心の口利きを素っ惚けたならば、思い付いた言葉を一回だけでも篩に掛けてから言えたならば、この状況の潮目を変えることは出来たのだろうか。

赤いランプが消えないまま、部下その三が濡れ鼠の状態で様子を見に来た。彼女の無念を晴らす為に一丸となっているものの、芳しくないのも変わらない。
不意に手術室の扉が開いた。
出て来たのは看護師だろうか、彼女の仲間の警察官だと確認して手渡されたのは布切れ。彼女が握り締めていたもので、雨にも晒されていないし血の様なものが付着しているから、捜査の役に立てられるのではないか。と、手術を担当している医師が渡して欲しいと持ってきてくれたようだ。なんでもその医師の知り合いに警察医がいて、捜査のことを聞き齧っていたそうだ。
直ぐ様、部下その三に持ち帰って鑑定を依頼してもらう。

赤いランプがようやく消え、集中治療室に移ることが出来たが油断は出来ない。
ガラス越しに様子を窺っていると、部下その二から着信。
マスコミ報道で彼女のことを知った一人の女子高生が母親と共に警察署を訪れた。見知らぬ男に襲われた時に彼女が助けてくれたらしい。恐怖で部屋に引き籠っていたが、ニュースの速報の通知を見て、勇気を振り絞って証言をしに来てくれた。そのお陰で彼女が見掛け尾行していた不審者は、今追っている事件の容疑者で確定した。
現場に戻った部下その三の代わりに部下その一からも連絡があり、彼女が握り締めていた布切れは、検出されたDNAを含めて鑑定した結果、容疑者と一致。
つまり、事件を起こし警察から追われていた容疑者を、不審者として彼女が見掛け尾行、その報告をしようとしていた時に女子高生が襲われる場面に出くわし、思わず携帯を投げ出して、女子高生を助ける為に格闘、女子高生が逃げる時間を稼ぐ為に容疑者の服や凶器を掴んで足止めした。
恐らく事件の内容はこんなところだろう。証拠も証言もあり、容疑者は追っていた事件も含めて逮捕されることとなった。
捜査本部も私の立場を考えたのか頼んだ覚えもないのに、面子を守る為に顔を立てるカントな様は、開いた口が塞がらないとはこのことだろう。

ガラス越しの看護師達が騒がしくなる。彼女の意識が戻ったようだ。
何か話しているとのことだったので入れてもらうと、涙を湛えた彼女と目が合う。まだ意識が朦朧としているのだろう、焦点は合っていないけれど私のことは認識したようだ。
彼女は犯人を逃がしてしまったことを謝罪する言葉しか言わなかった。私を責める言葉も女子高生の安否も握り締めていた布切れのことも、何一つ言わなかった。
私が何も言えない間に繰り返される謝罪の言葉もだんだん小さくなっていって、看護師達は私を急いで集中治療室から出した。

容態は安定したが、背に腹は代えられなかったのではなく、どうなってもいいと思っていたからこそ、彼女は今まで自ら死ぬことさえしなかったのだろう。
手に入れようと囲い込むはずが、顎足代にも逃げ切りにも逆転勝利にもならずに、手放す羽目なってしまうところに加え、血は水よりも濃く、彼女にとって私は彼女の父親と同じだった。
ごめんと言うだけなのに私が悪いのにたった一言なのに。しかしながら、たった一言で済ませてしまえるようなことでもない。

彼女が納得しようが私が納得しまいが、答えは出会う前から出ていた。
一等星の優等生が馥郁に炙り出されて身を持ち崩すのは誰の台本通りでもない。