予定していた講義が、その日急に休講となった。暇になってしまった美礼は、あることを思い付く。
 彼氏である凌の講義のスケジュールを把握していたので、突然行って驚かそうと思ったのだ。

 ひらりと短いスカートを揺らし、講義がある教室に向かう。中を覗いて姿を発見し、笑みを堪えながら近付いた。
 凌は友達3人と一緒で、会話に夢中で気付いていない。声を掛けようとして、美礼の足が止まった。


「そう言えば、彼女とうまくいってんの?」
「彼女ってどの彼女?」

 話を振られた凌が訊ねる。

「どのって、あの冴えなかった女だよ」
「あー、美礼? うまくやってるよ」
「やってるって、ヤッてるってことか?」

 ひとりの友達が下品な言葉を口にして、にやっと笑う。

「そっちのヤッてるもあるな」
「ホントお前、よくあんな世間知らずな女に手出せるよな」
「ん? 楽しいよ。俺が調教してるみたいな感じで。それにさあっちの方でも最初は何も出来なかったけど、今じゃ喜んで何でもするし。この前もさ――」
「マジで? それ、俺もしたいんだけど」
「俺が言ったらしてくれるかもな。何でも言うこと聞くから」

 はははと笑い声が上がる。

「美礼と付き合ったのは、身体のおもちゃが欲しかっただけだから。ひと通り楽しんだらお前にやるよ」

 凌がそう言った時、立ち尽くす美礼の横を女が通り過ぎる。ふわりと甘い香りが漂い、美礼と違い美人な女が凌に近付いて行った。


「凌君」
「おぅ、おはよう」

 背後に立った女に笑顔を見せる。どう見ても仲良さげな雰囲気に、周りにいる男達がどよめき出す。
 そんな彼らを見て、凌はこれ見よがしと女に顔を寄せた。

「ちょうどいいから紹介するわ。愛梨(あいり)、こいつが俺の本命」

 にっと笑うと、どよめきはざわめきに変わる。

「マジかよー!」
「こんな美人な彼女、うらやま~!」

 美礼は彼らが騒ぐ中、足早に立ち去る。とにかく凌にも、凌の友達にも気付かれなくて良かったと思った。


 少しでも凌達から離れたい一心で、廊下を走り続ける。だが途中で足を挫いてしまい、派手に倒れてしまった。

 赤色の高いヒール靴は、まだ履き慣れていなかった。デートの時、可愛いと言ってくれたから買った。それを履いて会いに来たのに。

 ショックだった。ただショックだった。
 初めて好きになった人は、最初から騙していた。
 その事実が残酷に、心を抉る。

 廊下には何人も生徒達がいて、転んだ美礼を見て笑いながら通り過ぎて行く。
 誰も声を掛けない。
 誰も手を差し伸ばさない。

 美礼はぼろぼろ涙を流しながら、人目をはばからずその場に泣き崩れた。