「お前のせいで、全てが台無しだよ! ちゃんと落とし前付けてくれるんだろーなぁ!!」

 瞳孔を開かせ凄まじい剣幕で、殴り掛かった。怒り任せの拳はスピードを増し、ゼクスに迫る。
 が、ゼクスはいとも簡単に拳を掴み止めると、腕を捻り上げた。凌は背中を押さえ付けられ、地面に膝を付ける。動くことも出来ずに、痛みの声を上げた。

「お前は美礼を傷付け、泣かせた」

 捻る力を込めると、苦痛は更に大きくなる。

「――腕の1本くらい、安いものだろう?」

 ゼクスはふっと、不敵に片方の口端を持ち上げる。刹那、ボキッと鈍い音が鳴り、直後、凌の絶叫が響いた。


 少し離れた場所で、事の成り行きを見守っていた美礼は、両目から涙を流していた。
 恐怖によるものではなく、それは感謝から流れるもの。
 凌を見返すだけでなく、愛梨の存在は劣等感しかなかったが、それすら払拭してくれた。
 ゼクスが言ってくれた言葉が嬉しくて、全てから救われた気がした。


 ゼクスが地面をのたうち回る凌から視線を外すと、いつの間にか戻っていたエリーに気付く。目が合いエリーは微笑むが、その口元は赤い液体に濡れている。

「腹は満たされたか?」
「はい。ゼクス様のお陰で」

 そう言ってエリーは、赤色をぺろりと舐めた。

 ゼクスは体の向きを変え、美礼の元に近付く。泣いているのを見て一瞬驚いたが、穏やかな顔に返すような笑みを浮かべた。

「これで、あなたの願いは叶えられましたか?」
「はい。ありがとうございました」
「それならよかった」

 すっと長い指が伸び、涙を優しく拭う。その優しさにドキッとしながらも、敬語に戻ってしまったことに、美礼は寂しさを覚えた。


「では帰りましょう」
「はい」