――3講目が始まった時、美礼はひとりベンチに座っていた。ここは凌との思い出が残る、あの裏庭である。

『――さっきの様子からして、原田凌はあなたに会いに来ると思う。だから裏庭で彼を待ってて。大丈夫。傍にいるから、何かあったらすぐ行くよ』

 ゼクスに言われ、美礼は凌を待っていた。誰もいない裏庭はひっそりしていて、はぁと息を吐く。先程のゼクスの行動に当てられ、まだ顔が熱い。

「……あんなことされるとは思わなかったなぁ」

 頬を両手で挟み、思い返す。ゼクスが本当に彼氏だったら、ずっと大事にしてもらえるんだろう。優しくてかっこよくて……。でもあんなことが日常的に起これば、心臓が持たないだろうなと、ひとり苦笑した。

 上空を舞っていた、1羽のカラスが傍にある木の枝に止まる。
 そよそよ吹く風が冷たくて、火照った顔にはちょうどいいなと目を閉じていると、「いた」と声がした。


「……凌君」

 そこには凌がいて、咄嗟に身構える。だが表情も強ばらせたのは、凌が来ただけではなかった。
 もうひとり、男がいた。

「やっぱりここにいた。探したんだぞ」

 にこっと笑って、こちらに近付いてくる。見慣れた大好きだったはずの笑顔は、今や不快でしかない。

「私……凌君に探される覚えはないよ」
「何言ってるんだよ。休学届けも勝手に出して、連絡も返してくれなくて、俺がどれだけ心配したか」
「心配なんかしてないでしょ? こっちに来ないで!」

 しかし美礼の前に立つと、凌の表情は一変した。

「あの男、誰だよ?」
「……私の彼氏」

 思い切ってそう告げれば、凌は怒りに顔を歪める。

「へー……。じゃあ何か? 浮気してることを教えてくれた訳だ。あんな目立つとこで、堂々とイチャつきやがって」
「浮気? 違うでしょ? 私達は最初から恋人通しじゃなかった。だって、凌君には本命の彼女がいるでしょ!」

 辛くて悔しかった思いが爆発する。美礼が大声で言い返すと、くくくと笑い声が聞こえてきた。


「あー何だ、バレてたんだ。じゃあ彼氏ぶる必要もないか。そうだよ、お前と付き合ったのは、都合良くヤレる女が欲しかったからだよ」

 面と向き合って言われれば、心は酷く傷付いた。知ってはいたが、悲しくて泣きそうになる。

「じゃなきゃお前みたいなブス、誰が付き合うかよ。そうとは知らず何でも言うこと聞いて、ホント、バカだったよなぁ」

 そこにもうひとりの男がやって来て、凌はにやりと笑った。

「こいつさ、すっげードSなんだよ。ちょうどやりたいプレイがあるみたいだからさ、お前聞いてやれよ」

 凌より前に出て、チャラい男がにんまりと笑む。それにただならぬ恐怖を感じ、美礼は逃げようと思うものの、慄いてしまい動けない。

「美礼ちゃんて、何でも聞いてくれるんだって? 凌から聞いていたよ。じゃあ俺の言うことも聞いてよ」
「優輝ぃ、程々にしとけよ?」
「分かってるよ。じゃ行こっか」

 優輝(ゆうき)と呼ばれた男が、乱暴に美礼の腕を引っ張る。

「……やっ!」

 掴まれた痛みと恐怖が襲った時、強風が走り抜けた。