この状況を一般的な良識がある人ならばすぐさま警察……は居ないので法を整備し法に背く人間を捕まえる『否定審判』に通報するだろう。
狭く人目のつかない路地裏を歩く一人の少女を二人の少年がコソコソと後をつけているのだ。誰がどう見ても犯罪の予感しかしない。
しかし残念ながらこれを咎める者は誰一人としてこの場には居ないのであった。
少年Nことナナキがポテチをバリバリ音を立てて食べている。それを少年Rもといレイヴが一言物申した。
「ナナキ、食べるのストップ。今すぐしまって、音でバレる」
「む、この味にも慣れて好きになってきたのに」
そう言ってナナキは荷物の入ったバッグにポテチの袋をしまおうとする。するとポテチの袋がくちゃくちゃくちゃと悲鳴でもあげるような音を立てた。
レイヴとナナキは人間が近づいてきた際の野良猫みたいにすぐ側の換気扇やらビールの積まれた箱の傍らに隠れた。
そして二人揃ってひっそりと顔を出し尾行対象のメントに視線を向ける。が、そのメントが居ない。二人は顔を見合わせて言葉を交わした。
「あれ!?気付かれたのか!?」
「いや、あそこに曲がり角あるよ。きっとそこを曲がったんだろう」
いざその曲がり角を曲がったのはいいがメントの姿は見えない。代わりにあるのは開けた立ち入り禁止のロープで仕切られた空き地と相変わらず狭い通り道だけだった。
「あれ?やっぱりバレたのかな」
ナナキは首を傾げて言った。
「やっちまったな。素直に明日聞かれたら謝るか。すごい怒られそうだけど。それとあわよくばあんな所で何してたのかって聞こう」
「今日の所は解散?」
「そうするか、もうちっと調べてみたいけどメントに気づかれてたらヤバイしな」
こうしてレイヴとナナキはここで解散する事にした。
二人はある事を見落としている事に気づかないまま。
レイヴは帰り道これと言って何かトラブルに巻き込まれる事もなく無事に家まで帰宅した。ただ今日の一件でどうもモヤモヤした気持ちが残る。その為に本題である筈の望力の扱いを教えてくれる人を探していた事もどこかに飛んでいってしまった。
―――――――――――――
レイヴが学校に登校すると校門が騒がしい雰囲気に包まれていた。
「ざっけんなゴラァ!!」
「それはテメェの方だボケィ!!」
二人の男がどつきあっていた。片方はガタイが良く、赤い肌に二対の角を生やしている。もう片方は細身長身で額から角が一本生えている。両方とも体が大きく威圧感があった。そんな二人が暴れているので校門を通る他の人達はおっかなそうに、あるいは迷惑そうに通っていた。一部面白がってガヤを飛ばしている者も居たが例外ということにしておこう。
「おい、落ち着け」
レイヴは声を掛けた。出来ることなら会話で平和的に解決したい所だが。
「んだぁ、テメェ!?」
「こちとら取り込み中だァ!」
「二人で面白おかしくハッスルしあうのはいいけど場所を考えた方がいいぞ。せめて校庭でやるとか」
「うるせぇ、オレァ今すぐここでムカつく気持ちを晴らすんだォ!!」
「部外者が出しゃばるんじゃねェよ!!引っ込まねえとオメエから潰すぞ!!」
青赤男がレイヴに圧をかける。自分たちの前から消えろと全身で語ってくる。
普通なら尻尾を巻いて逃げる所だがレイヴは一歩も引かなかった。
「そうはいかない、皆の邪魔になってんだ。とにかくここから退いてくれ」
「ようし、まずコイツから潰そうぜ青いの」
「乗った、その次はおめえだ赤いの」
鬼達がレイヴに対して臨戦態勢に入る。
レイヴは楔剣に手を掛け、こう言った。
「お前ら本当は仲良いだろ!?」
「「ンなわけあるか!!」」
鬼共が飛び掛ってくる。レイヴでは二人を相手取るのはキツいがやるしかないようだ。楔剣を抜こうとしたその時だった。
「暴力厳禁!!」
どこからともなく巨大な手がレイヴたちを押し倒した。
「いってて……」
「そこに直りなさい!お説教です!」
青いチュニックに金髪の少女、メントが背中から手のようなモノを出してレイヴたちを見下ろしていた。
レイヴ達は校門の横で正座して、メントのお説教を聞いていた。三人揃ってある種の晒し者になっていた。
赤い男と青い男は居なかった。代わりにいるのはぽっちゃりした体型の男とヒョロヒョロの男だった。
厳つい姿に変わるのが二人のクオリアで、メントのあらゆる望力を食らうクオリアにより強制的に元の姿に戻されたのだった。
「校門前で暴力沙汰とは何事ですか!!爽やかな朝なのに校庭前の雰囲気がとても険悪になってましたよ!お互いに意見がすれ違うのならちゃんと話し合いをして―――」
「俺は止めようとしたんですけど、メントさん」
「知ってます!貴方がよく喧嘩を止めに入る事も、そして何故かその過程で自分も殴り合いに参加してる事も!常習犯ですよ!」
「さっきメントさんの口腕で張り倒された気が……」
レイヴが言いかけると両サイドから肘で脇腹をつつかれた。
「おい、余計な事言うんじゃねえよ」
「あの人の望力喰らいには抗えないって」
レイヴは男二人に促されて口を閉じることにした。
風紀員メントはそのクオリアでこの学校の曲者達をまとめてきた。その過程で積み重ねた実力は生半可ではなく、抗える者は少ない。
メントのお説教が終わり、レイヴはさっきまでありがたい説教を下さったメントの隣で廊下を歩いていた。彼女に用事があったのだ。
レイヴは昨日の事について元風紀員に質問をした。
「昨日の帰りですか?特に変わった事はありませんが。でもいきなり何でですか?」
穏やかな雰囲気でメントが言葉を返した。
こっちがいつものメントなのだが問題行動に出くわすと人が変わるのだ。風紀委員モードと陰で呼ばれて恐れられていたりする。
「ああいや、昨日の帰りに変な連中に絡まれたからメントも大丈夫かなーって。絡まれた場所にお前の帰り道が近いから」
レイヴは何でもないように装いながら言葉を返す。
「?私の家ってどこにあるか教えました?」
演技なんて慣れない事をするとすぐこうだ。簡単に墓穴を掘っちまう。のらりくらりと都合の悪い事はかわしていくナナキが聞きに行った方が良かっただろ絶対。
と、ジャンケンで決めた事に内心ケチを付けるレイヴだった。
「い、いや間違えた、それ他の知り合いだったわ!じゃあお前の家どこにあるんだ?」
「リンラゲル5丁目のあたりですよ」
「へ、へー、俺の知り合いの家の近くだー、すげー偶然。また今度メントの家に遊びに行ってもいいか?」
下手な誤魔化し方でしれっと家の場所を知ろうとするレイヴ。こういうのは疑問を持たせないまま勢いで畳み掛けるのが大事だ。
そしてビンゴ。リンラゲル5丁目とは正に昨日、彼女を見失った辺りの地域だった。
「あー……ちょっとウチは常識外れなのは分かってるんですけどあんまり誰かを家に入れる事は無いんです。ごめんなさい」
さっきまでの風紀委員モードはどこへやら。ウィッカは困った顔で丁寧に答えた。
「そっか。無理言って悪かったな」
そう言ってレイヴは会話を打ち切った。
もっと詮索しても良かったのだがさっきみたいに墓穴を掘ったら嫌なので止めておくことにした。場所は絞れている。考察するならこれくらいで充分だ。
その後、昼休みの事だった。レイヴは柄にもなく図書室で窓際の本を読んでいた。
ガラスを通して浴びる陽の光が暖かい。
その本は都市伝説とか芸能人のスキャンダルだとかコンビニによく置いてある散臭い事ばかり書いてある本だった。もっとマシな本はいくらでもあるのだろうが生憎と図書室など滅多に行かないレイヴにはどの本が良いのか分からなかった。大体、隠された場所とかそういうのって都市伝説の類いだし。なんて安直な理由で。実際に書いてあるのは秘密結社だの得体の知れない病気だのみたいな的外れな話ばかりでそれらしき情報は全然無いのだが。
目的は昨日のメントの一件だ。
どうにも引っかかると言うか何か見落としているような気がする。というか怪しい。年頃の女の子なのに家に誰も入れる事が許されないなんてあるのだろうか。
彼女は誰かを家に入れる事はない、そう言った。親が娘に変な男を近づけたくないって事で異性の男を入れられないなら分かる。しかしあの口ぶりだと同性の友達すらも入れていないように見える。そこに違和感があるのだ。
「家に誰も入れられないのは自宅が誰にも知られたくない特別な場所にあるから」
レイヴにはそう思えて仕方がなかった。昨日メントを見失ったあの空き地に何かがある。そんな確信があった。レイヴの加速した思考は学校が早く終わらないかうずうずさせた。
その疼きはすぐに収まった。自らの思考に没頭していたレイヴは現実に引き戻されたのだ。
手元の本をひったくられたために。
ひったくったそいつはぱらぱらーっと本をめくるとこう言った。
「あっ、いやらしい写真載ってる。もしかしてこれ目当てで読んでたとか?」
鈴みたいな声で意地悪を言うのはラピスラズリの髪色を結い、ラフなシャツにホットパンツ、こめかみ付近に一枚、腰周りにスカートのように沢山透明の板を付けた少女がいた。壁のクオリアを持つ学校随一の成績上位者ウィッカだ。
「ちっげえよ!本返せ!」
「図書室なんだから静かにしなきゃ」
ニヤニヤしながらウィッカは言った。
コイツ、俺の反応を見て楽しもうって魂胆だ。クールダウンだ。コイツのペースに呑まれるな。レイヴは自分に言い聞かせる。
「ちょっと調べ物してただけだ」
「あっそう、珍しいお客さんが居たからついね。で、何の調べ物?」
ウィッカは俗っぽい本をレイヴに投げるとレイヴの隣にヒョイと腰掛け、レイヴの読んでいる本を見るためにずいっと、体を寄せてきた。女子ってなんでか距離感短いよな。と、現実逃避したくなるレイヴだった。
今回の事をこの毒が強い女にホイホイ言ったら後々厄介な事になる気がする。しかし手掛かりが欲しくて仕方がないレイヴは猫の手も借りたい思いだ。だから駄目で元々、昨日の経緯を説明した。
「ふーん、モロにストーカーじゃん。先生に言っちゃうか」
「やめんか。俺達は知的好奇心に従って探索してるのであって決してやましい気持ちがある訳じゃないんですぅ」
「でもやってる事はストーカーだよね」
確かに客観的に見ると確かにストーカーだ。ちょっと考えたら分かる事にようやく気が付いたレイヴであった。駄目だ、勝てない。言い返せない。
だから。
一つ沈黙を置いて。
「銀河に名だたる偉大なウィッカ様お願いします。この事は誰にも言わないで下さい!哀れな子羊たる俺達の社会的地位を守ると思って!!」
みっともなくウィッカに頼み込んだ。さっきから墓穴を掘りっぱなしじゃねえか俺。やっぱ言わなきゃよかったと後悔するレイヴだった。
「構う事ないじゃない。私にはあっさり言ったんだからさ」
「それは本当にやましい心が無かったって証明!俺とナナキは純粋な知的好奇心から尾行してたっていうな!」
「そう、でもアンタらがストーカーしたっていうのは事実。重要なのは実行犯の心情より第三者の客観的な視点よ」
「滅相もございません!」
あまりにも必死なレイヴを見てウィッカはもう我慢できないと吹き出した。満足気な顔で彼女はこう言った。
「それなりに楽しめたし言わないであげる。それに面白そうだから私なりに考えてみよっか。
情報をまとめるとメントはアンタらに気付いていないまま意図せず撒くことが出来た、誰であろうとも人を家に上げた事はない、って所から考えると彼女の家は隠されている、でしょうね。
何か知られたらいけない理由があるのか知らないけど。その隠れた家の場所は案外見失った場所のすぐ近くにあるんじゃない?」
「例えば望術で隠されているとか」
「そんな望術もあるのか!?」
「望術の事知らなすぎでしょ。望術はしっかり望力を練り込んだ上で術式さえ組めれば大体の事は出来る万能な代物よ。だからこそどの学校、どの学科、どの学部でも必修科目になってる訳だし」
「流石望術博士。今日もその場所まで行くんだけど一緒に来て隠された入口とやらを探してくれないか?」
「嫌。わざわざ隠されている人の家を探してたなんてバレたら厄介な事になるでしょうよ、そんなの真っ平御免。大体、アンタらと一緒に外をほっつき歩いてそこを見られたら学校中騒ぎになりそうだし。後で事後報告だけしてくれれば私は満足よ」
「そう言うなよ。バレなきゃいいんだぜ。それにワクワクしないか?こういうのって」
「しない訳じゃないけどそれ以上に嫌な予感がするから却下」
「ワクワクもドキドキもお互いに共有した方が」
言いかけた言葉は昼休みの終わりを告げるチャイムの音にかき消された。
ウィッカが逃げるように足早と図書館の出入口に向かってレイヴに向き直る。
「じゃ、二人で頑張ってきてね」
ウィッカはそう言って教室に戻って行った。
狭く人目のつかない路地裏を歩く一人の少女を二人の少年がコソコソと後をつけているのだ。誰がどう見ても犯罪の予感しかしない。
しかし残念ながらこれを咎める者は誰一人としてこの場には居ないのであった。
少年Nことナナキがポテチをバリバリ音を立てて食べている。それを少年Rもといレイヴが一言物申した。
「ナナキ、食べるのストップ。今すぐしまって、音でバレる」
「む、この味にも慣れて好きになってきたのに」
そう言ってナナキは荷物の入ったバッグにポテチの袋をしまおうとする。するとポテチの袋がくちゃくちゃくちゃと悲鳴でもあげるような音を立てた。
レイヴとナナキは人間が近づいてきた際の野良猫みたいにすぐ側の換気扇やらビールの積まれた箱の傍らに隠れた。
そして二人揃ってひっそりと顔を出し尾行対象のメントに視線を向ける。が、そのメントが居ない。二人は顔を見合わせて言葉を交わした。
「あれ!?気付かれたのか!?」
「いや、あそこに曲がり角あるよ。きっとそこを曲がったんだろう」
いざその曲がり角を曲がったのはいいがメントの姿は見えない。代わりにあるのは開けた立ち入り禁止のロープで仕切られた空き地と相変わらず狭い通り道だけだった。
「あれ?やっぱりバレたのかな」
ナナキは首を傾げて言った。
「やっちまったな。素直に明日聞かれたら謝るか。すごい怒られそうだけど。それとあわよくばあんな所で何してたのかって聞こう」
「今日の所は解散?」
「そうするか、もうちっと調べてみたいけどメントに気づかれてたらヤバイしな」
こうしてレイヴとナナキはここで解散する事にした。
二人はある事を見落としている事に気づかないまま。
レイヴは帰り道これと言って何かトラブルに巻き込まれる事もなく無事に家まで帰宅した。ただ今日の一件でどうもモヤモヤした気持ちが残る。その為に本題である筈の望力の扱いを教えてくれる人を探していた事もどこかに飛んでいってしまった。
―――――――――――――
レイヴが学校に登校すると校門が騒がしい雰囲気に包まれていた。
「ざっけんなゴラァ!!」
「それはテメェの方だボケィ!!」
二人の男がどつきあっていた。片方はガタイが良く、赤い肌に二対の角を生やしている。もう片方は細身長身で額から角が一本生えている。両方とも体が大きく威圧感があった。そんな二人が暴れているので校門を通る他の人達はおっかなそうに、あるいは迷惑そうに通っていた。一部面白がってガヤを飛ばしている者も居たが例外ということにしておこう。
「おい、落ち着け」
レイヴは声を掛けた。出来ることなら会話で平和的に解決したい所だが。
「んだぁ、テメェ!?」
「こちとら取り込み中だァ!」
「二人で面白おかしくハッスルしあうのはいいけど場所を考えた方がいいぞ。せめて校庭でやるとか」
「うるせぇ、オレァ今すぐここでムカつく気持ちを晴らすんだォ!!」
「部外者が出しゃばるんじゃねェよ!!引っ込まねえとオメエから潰すぞ!!」
青赤男がレイヴに圧をかける。自分たちの前から消えろと全身で語ってくる。
普通なら尻尾を巻いて逃げる所だがレイヴは一歩も引かなかった。
「そうはいかない、皆の邪魔になってんだ。とにかくここから退いてくれ」
「ようし、まずコイツから潰そうぜ青いの」
「乗った、その次はおめえだ赤いの」
鬼達がレイヴに対して臨戦態勢に入る。
レイヴは楔剣に手を掛け、こう言った。
「お前ら本当は仲良いだろ!?」
「「ンなわけあるか!!」」
鬼共が飛び掛ってくる。レイヴでは二人を相手取るのはキツいがやるしかないようだ。楔剣を抜こうとしたその時だった。
「暴力厳禁!!」
どこからともなく巨大な手がレイヴたちを押し倒した。
「いってて……」
「そこに直りなさい!お説教です!」
青いチュニックに金髪の少女、メントが背中から手のようなモノを出してレイヴたちを見下ろしていた。
レイヴ達は校門の横で正座して、メントのお説教を聞いていた。三人揃ってある種の晒し者になっていた。
赤い男と青い男は居なかった。代わりにいるのはぽっちゃりした体型の男とヒョロヒョロの男だった。
厳つい姿に変わるのが二人のクオリアで、メントのあらゆる望力を食らうクオリアにより強制的に元の姿に戻されたのだった。
「校門前で暴力沙汰とは何事ですか!!爽やかな朝なのに校庭前の雰囲気がとても険悪になってましたよ!お互いに意見がすれ違うのならちゃんと話し合いをして―――」
「俺は止めようとしたんですけど、メントさん」
「知ってます!貴方がよく喧嘩を止めに入る事も、そして何故かその過程で自分も殴り合いに参加してる事も!常習犯ですよ!」
「さっきメントさんの口腕で張り倒された気が……」
レイヴが言いかけると両サイドから肘で脇腹をつつかれた。
「おい、余計な事言うんじゃねえよ」
「あの人の望力喰らいには抗えないって」
レイヴは男二人に促されて口を閉じることにした。
風紀員メントはそのクオリアでこの学校の曲者達をまとめてきた。その過程で積み重ねた実力は生半可ではなく、抗える者は少ない。
メントのお説教が終わり、レイヴはさっきまでありがたい説教を下さったメントの隣で廊下を歩いていた。彼女に用事があったのだ。
レイヴは昨日の事について元風紀員に質問をした。
「昨日の帰りですか?特に変わった事はありませんが。でもいきなり何でですか?」
穏やかな雰囲気でメントが言葉を返した。
こっちがいつものメントなのだが問題行動に出くわすと人が変わるのだ。風紀委員モードと陰で呼ばれて恐れられていたりする。
「ああいや、昨日の帰りに変な連中に絡まれたからメントも大丈夫かなーって。絡まれた場所にお前の帰り道が近いから」
レイヴは何でもないように装いながら言葉を返す。
「?私の家ってどこにあるか教えました?」
演技なんて慣れない事をするとすぐこうだ。簡単に墓穴を掘っちまう。のらりくらりと都合の悪い事はかわしていくナナキが聞きに行った方が良かっただろ絶対。
と、ジャンケンで決めた事に内心ケチを付けるレイヴだった。
「い、いや間違えた、それ他の知り合いだったわ!じゃあお前の家どこにあるんだ?」
「リンラゲル5丁目のあたりですよ」
「へ、へー、俺の知り合いの家の近くだー、すげー偶然。また今度メントの家に遊びに行ってもいいか?」
下手な誤魔化し方でしれっと家の場所を知ろうとするレイヴ。こういうのは疑問を持たせないまま勢いで畳み掛けるのが大事だ。
そしてビンゴ。リンラゲル5丁目とは正に昨日、彼女を見失った辺りの地域だった。
「あー……ちょっとウチは常識外れなのは分かってるんですけどあんまり誰かを家に入れる事は無いんです。ごめんなさい」
さっきまでの風紀委員モードはどこへやら。ウィッカは困った顔で丁寧に答えた。
「そっか。無理言って悪かったな」
そう言ってレイヴは会話を打ち切った。
もっと詮索しても良かったのだがさっきみたいに墓穴を掘ったら嫌なので止めておくことにした。場所は絞れている。考察するならこれくらいで充分だ。
その後、昼休みの事だった。レイヴは柄にもなく図書室で窓際の本を読んでいた。
ガラスを通して浴びる陽の光が暖かい。
その本は都市伝説とか芸能人のスキャンダルだとかコンビニによく置いてある散臭い事ばかり書いてある本だった。もっとマシな本はいくらでもあるのだろうが生憎と図書室など滅多に行かないレイヴにはどの本が良いのか分からなかった。大体、隠された場所とかそういうのって都市伝説の類いだし。なんて安直な理由で。実際に書いてあるのは秘密結社だの得体の知れない病気だのみたいな的外れな話ばかりでそれらしき情報は全然無いのだが。
目的は昨日のメントの一件だ。
どうにも引っかかると言うか何か見落としているような気がする。というか怪しい。年頃の女の子なのに家に誰も入れる事が許されないなんてあるのだろうか。
彼女は誰かを家に入れる事はない、そう言った。親が娘に変な男を近づけたくないって事で異性の男を入れられないなら分かる。しかしあの口ぶりだと同性の友達すらも入れていないように見える。そこに違和感があるのだ。
「家に誰も入れられないのは自宅が誰にも知られたくない特別な場所にあるから」
レイヴにはそう思えて仕方がなかった。昨日メントを見失ったあの空き地に何かがある。そんな確信があった。レイヴの加速した思考は学校が早く終わらないかうずうずさせた。
その疼きはすぐに収まった。自らの思考に没頭していたレイヴは現実に引き戻されたのだ。
手元の本をひったくられたために。
ひったくったそいつはぱらぱらーっと本をめくるとこう言った。
「あっ、いやらしい写真載ってる。もしかしてこれ目当てで読んでたとか?」
鈴みたいな声で意地悪を言うのはラピスラズリの髪色を結い、ラフなシャツにホットパンツ、こめかみ付近に一枚、腰周りにスカートのように沢山透明の板を付けた少女がいた。壁のクオリアを持つ学校随一の成績上位者ウィッカだ。
「ちっげえよ!本返せ!」
「図書室なんだから静かにしなきゃ」
ニヤニヤしながらウィッカは言った。
コイツ、俺の反応を見て楽しもうって魂胆だ。クールダウンだ。コイツのペースに呑まれるな。レイヴは自分に言い聞かせる。
「ちょっと調べ物してただけだ」
「あっそう、珍しいお客さんが居たからついね。で、何の調べ物?」
ウィッカは俗っぽい本をレイヴに投げるとレイヴの隣にヒョイと腰掛け、レイヴの読んでいる本を見るためにずいっと、体を寄せてきた。女子ってなんでか距離感短いよな。と、現実逃避したくなるレイヴだった。
今回の事をこの毒が強い女にホイホイ言ったら後々厄介な事になる気がする。しかし手掛かりが欲しくて仕方がないレイヴは猫の手も借りたい思いだ。だから駄目で元々、昨日の経緯を説明した。
「ふーん、モロにストーカーじゃん。先生に言っちゃうか」
「やめんか。俺達は知的好奇心に従って探索してるのであって決してやましい気持ちがある訳じゃないんですぅ」
「でもやってる事はストーカーだよね」
確かに客観的に見ると確かにストーカーだ。ちょっと考えたら分かる事にようやく気が付いたレイヴであった。駄目だ、勝てない。言い返せない。
だから。
一つ沈黙を置いて。
「銀河に名だたる偉大なウィッカ様お願いします。この事は誰にも言わないで下さい!哀れな子羊たる俺達の社会的地位を守ると思って!!」
みっともなくウィッカに頼み込んだ。さっきから墓穴を掘りっぱなしじゃねえか俺。やっぱ言わなきゃよかったと後悔するレイヴだった。
「構う事ないじゃない。私にはあっさり言ったんだからさ」
「それは本当にやましい心が無かったって証明!俺とナナキは純粋な知的好奇心から尾行してたっていうな!」
「そう、でもアンタらがストーカーしたっていうのは事実。重要なのは実行犯の心情より第三者の客観的な視点よ」
「滅相もございません!」
あまりにも必死なレイヴを見てウィッカはもう我慢できないと吹き出した。満足気な顔で彼女はこう言った。
「それなりに楽しめたし言わないであげる。それに面白そうだから私なりに考えてみよっか。
情報をまとめるとメントはアンタらに気付いていないまま意図せず撒くことが出来た、誰であろうとも人を家に上げた事はない、って所から考えると彼女の家は隠されている、でしょうね。
何か知られたらいけない理由があるのか知らないけど。その隠れた家の場所は案外見失った場所のすぐ近くにあるんじゃない?」
「例えば望術で隠されているとか」
「そんな望術もあるのか!?」
「望術の事知らなすぎでしょ。望術はしっかり望力を練り込んだ上で術式さえ組めれば大体の事は出来る万能な代物よ。だからこそどの学校、どの学科、どの学部でも必修科目になってる訳だし」
「流石望術博士。今日もその場所まで行くんだけど一緒に来て隠された入口とやらを探してくれないか?」
「嫌。わざわざ隠されている人の家を探してたなんてバレたら厄介な事になるでしょうよ、そんなの真っ平御免。大体、アンタらと一緒に外をほっつき歩いてそこを見られたら学校中騒ぎになりそうだし。後で事後報告だけしてくれれば私は満足よ」
「そう言うなよ。バレなきゃいいんだぜ。それにワクワクしないか?こういうのって」
「しない訳じゃないけどそれ以上に嫌な予感がするから却下」
「ワクワクもドキドキもお互いに共有した方が」
言いかけた言葉は昼休みの終わりを告げるチャイムの音にかき消された。
ウィッカが逃げるように足早と図書館の出入口に向かってレイヴに向き直る。
「じゃ、二人で頑張ってきてね」
ウィッカはそう言って教室に戻って行った。