木々を薙ぎ倒し段差に足を引っ掛け、地面を転がり続けた巨竜の巨体がようやく止まった。
緩慢な動きでベノム・ディーゴは四足で起き上がると、平らになった道を歩き元いた場所に向かった。丸太のような首を左右に曲げ、周囲を見渡す。
「小賢しい連中め。なまじ私に攻撃が通じないと知ってこのような真似をしおって。やはり人間は不快極まる」
忌々しそうに喉を鳴らす巨竜を離れたところから見つめる目があった。
朽ち果てて倒れた巨木の傍らに身を寄せ、息を潜めているレイヴら四人だ。
木に空いた穴から巨竜を覗き込むメントが言った。
「ベノム・ディーゴ、確実にこちらへ近づいています。今が一番危ない状況ですね、気を張ってください」
「オッケー、私が作ったチャンス、無駄にしないでよ。特にアンタ」
ウィッカがレイヴを指差す。
「俺?」
「この中で一番騒がしくてじっとしてられないのはアンタでしょ」
「流石にこの状況じゃ我慢する。……やべ。なんか鼻がムズムズしてきた」
小さく抗議するレイヴだったが口が自然と半開きになり始めた。この男、溜めている、この状況における最悪の生理現象を。
「ちょ、言ってる傍から何不穏な間抜け面晒し始めてんの!?あ、待って止めて死ぬ気で止めろそのくしゃみいっそ死んで耐えろ私が死に物狂いで作ったチャンスを水の泡にする気かこのバカァ!」
必死の形相でレイヴの肩をブンブンと揺らすウィッカだが、悲しいかな。レイヴ本人も止めたくても止められない。ここまで大口を開けてしまったが最後、派手な音を立てて唾を正面に居るウィッカの端正な顔にぶちまける他ないのだ。
だが、傍らで戦慄していたメントは見た。
レイヴとウィッカの間に割り込んでくしゃみ砲発射一秒前のレイヴの鼻と上唇の間へ鮮やかに指を滑り込ませるナナキの姿を。
「は、は、は……はうぅ……?」
盛大に息を溜め、開かれたレイヴの口からは何も出なかった。まるでうっかり安全ピンを外してしまった手榴弾をこれまたうっかり遠くに投げ損なって死を覚悟したが不発だったような拍子抜け。
皆が唖然としている中、ナナキは一人ホッと息を付いた。
「なんとか止められたね」
「ちょ、今どうやったの!?」
小声のまま身を乗り出してナナキに顔を近づけたのはウィッカだった。
事も無げにナナキは答える。
「ああ、くしゃみを誤魔化したんだよ。と言っても鼻の下を押しただけ。望力は欠片も使わないし誰にでも簡単に出来ることだから、覚えておいて損は無いはずだよ」
深く息を吐いて安堵した様子のメントが言った。
「ウィッカさんのおかげでベノム・ディーゴ、ここから離れていきますよ」
見当違いな所を探しながら歩くベノム・ディーゴに誰もが緊張の糸が切れたように背を丸くした。危機が去った訳では無いが峠は越した。後はベノム・ディーゴがこのまま遠ざかってもらうのを待つだけだ。
レイヴはナナキの背中を叩いて無邪気に笑った。
「ははっ、サンキュー、ナナキ。今のはマジ助かった。
それとウィッカ、思ってたより良い奴みたいだな。ここに残って俺たちを助けてくれた。ありがとな。お前が居てくれるなら心強い」
ウィッカへ握手の手を伸ばすレイヴ。
しかしウィッカはその手を握らなかった。
「付け上がらないでよ。私は私の誇りを守るためにやったの。アンタらヘッポコが戦ってるのを背に逃げるのは私のエリートとしての矜恃が許さなかっただけの事」
冷たくキッパリとそう言い放った。彼女の目にはあるのは冷たく孤高なる光だ。
だが、
「あ、でもそれとして褒めてくれるのは良いよ、すごく良い。後でもっと褒めて」
と、付け加えた。かっこよく決めた余韻が台無しである。相手が誰であれ褒められるのは大好きなようでる。やはり口を開くと残念な少女だ。
しかし実力は本物。ウィッカの手腕にはメントも関心していた。
具体的にはウィッカの左のこめかみにある菱形の髪留めにだ。
「あのベノム・ディーゴとの戦闘の最中、簡単なものとは言え望術を仕掛けるなんて器用ですね。流石です。その左目の片眼鏡みたいなのがヒントですか?」
メントの問を受けたウィッカはコツンと自分のクオリアで編まれた髪飾りを叩き、片眼鏡を展開した。
「ああこれ?私が自作した、『O.H.T.B.D《自動望術構築デバイス》』よ。普段は『オートブード』って呼んでる。
私の意思とリンクしてるから使いたい術式をイメージするだけで手を動かすようにコイツが術式を一瞬で構築してくれるの。
なんなら状況を読み取って自動的に最適な望術を提案してくれたりする優れ物よ。造主に似てね。
まあ予め術式データを“学習”させなきゃ構築出来ない。つまり私が自分自身の技量で作れない望術は使えないし、学習させておける量にも限度があるからそこは課題ってとこね。ゆくゆくは学習も自動的に出来るようにしたいわ」
「へえ、興味深いね。そんな小さなデバイスによくそれだけの事が出来るようにしたものだ」
ナナキがオートブートをしきりに覗き込んでいる。それをウィッカは顔が近いと言って片手で制していた。
その傍目でレイヴはメントへ閃いたように言葉をぶつけていた。
「そういやアレ使えば皆助かったんじゃないか?ええと、なんだっけ。ほら、さかしまのビルに飛ぶための望術」
「ソレ、ですか。確かに手ではあったのですが最後の、本当にどうしようもない時の手段にするつもりでした」
レイヴが言いたいのは『通路置換』の事だ。恐らく伝わったはずなのに、メントはその名を口にしなかった。その事にレイヴは怪訝な表情になった。
「“最後の手段”?そりゃなんで。つかなんで名前言わないの?」
「……ええっと、ド忘れしちゃって。肝心な時に忘れちゃいますよねー、こういう大事な事って」
何かを誤魔化すようにメントはあははー、と作り笑いを浮かべた。笑う、と言うより困っていると言った方がいいくらい分かりやすくて下手な笑いだった。
空気を読まないレイヴは容赦なく思った疑問をぶつけようとした時だった。ふと、空を見上げた。黒い大きな影が視界の端で飛び上がったのが見えたからだ。
「ベノム・ディーゴだっけ?アイツ諦めたっぽいぞ。飛び上がった」
「ホントだね。これで本当に一息つけそうだ」
「この私があれくらいやったんだから報われないとおかしいってもんよね」
一息つく一行。が、一人、依然として警戒したままの者がいた。
「いえ違います。口元をよく見て!まさかそういうつもりですか、ベノム・ディーゴ!!」
背筋に冷たいものを感じていたのはメントだった。ベノム・ディーゴを幼少期からずっと窓越しに見てきたから分かったのだ。ヤツの魂胆を。
口元から緑の炎を覗かせながら高く、遥か天井近くまで飛び上がった巨竜の魂胆を。
「しかし、本気ですか……?望力を込めたブレス攻撃なんて、私たち数人のためにそこまでやるというんですか!?」
魔寄いの森の事情にこの中で一番詳しいメントの焦燥は風下に燃え広がる火炎のようにレイヴたちへ燃え移ってゆく。
真っ先に口を開いたのはナナキだった。
「メント落ち着いて聞いてくれ。どういう事かな。ヤツのブレス攻撃が問題なのかそれともクオリアの方なのか、どっちだい?」
冷静さは保ちつつ、ナナキが静かに疑問をぶつける。
「両方です!
ヤツは特大の火球でこの辺り一帯を焼き払おうとしている。それもありったけのクオリアを火球に練りこみながら!!」
「ヤツのクオリアは一体なに!?」
「あの緑は毒の色!一度着弾すれば猛毒を伴った炎と煙があらゆる生物を殺し尽くします!」
天井のある森において炎以上に厄介なのは煙である。燃え広がる炎が亀に見えるような速度で密室の森を包み込み地獄を作る。地獄は毒に対する抗体か相応の耐望力を持たない生物の全てを苦しめて殺す。
「そうか、だからさっきの戦いで俺がヤツの火球を喰らいそうになった時、わざわざダメージ覚悟して口腕《エンゲラー》で防いだのか!ただかわしただけじゃ着弾点から毒煙が広がるから!なるほど!」
「関心してる場合じゃないでしょうが!私の壁のクオリアじゃ炎は防げても毒はどうにもならない!なんだってたかだか人間四人のために天下の生態系トップ様がここまでやるのよ!」
「あの巨竜からは極めて強力な拒絶、嫌悪感、怒りが見られた。自分の住む空間に人間が居ること自体が我慢ならないんだろうね。部屋にゴキブリが居る事を知ったら気になって夜も眠れないように」
ナナキの言葉にメントが頷いた。
「ええ。ベノム・ディーゴを含めてこの森の生物はある一件から人間を酷く憎悪しています。決して相互理解は出来ません」
「参ったね。あれ程のエネルギーが着弾すればあっという間に毒が辺り一帯に広がる。ここから即時退去できる手段でもないと助からないだろう」
薄ら笑みを浮かべどこか他人事みたいに言うナナキだが頬には冷や汗が這っている。
「即時退去……やっぱりアレしかねえ!メント、アレなんだっけ、さかしまのビルに瞬間移動する望術の詠唱!」
レイヴはメントの肩を掴み、彼女の目を見据える。メントは真っ直ぐなレイヴの目から逃れるように視線を外した。
「あれは……あれを使うのはもう……」
「頼む!このままじゃ皆死んじまう!」
風が吹く。木々がざわめく。獣たちも危機を察し慌ただしく離れ始める。
一呼吸置いてメントは口を開いた。
「アレを使ったら最後、私はもう皆の味方でいられない……」
まるで懺悔するようだった。声は小さく、葉が擦れ合う音に掻き消えそうで、耳をすまさないと聞き逃しそうになる。
「それってどういう―――」
レイヴが言いかけた時だった。自然界に似つかわしくない火球は既に魔寄いの森の地面へ落とされた。
着弾。
緑の熱がひっくり返った茶碗の湯のように木も岩も土も飲み込んでゆく
レイヴら四人も例外なく。
草木が尽く焼かれた焦土を緑の炎が燃え、紫の煙が上がる。所々に炎に身体を焼かれ肉や骨が剥き出しになった獣の形をした灰が転がっている。あらゆる生の焼き尽くされた地獄をベノム・ディーゴの凶眼は冷ややかに見つめていた。
緩慢な動きでベノム・ディーゴは四足で起き上がると、平らになった道を歩き元いた場所に向かった。丸太のような首を左右に曲げ、周囲を見渡す。
「小賢しい連中め。なまじ私に攻撃が通じないと知ってこのような真似をしおって。やはり人間は不快極まる」
忌々しそうに喉を鳴らす巨竜を離れたところから見つめる目があった。
朽ち果てて倒れた巨木の傍らに身を寄せ、息を潜めているレイヴら四人だ。
木に空いた穴から巨竜を覗き込むメントが言った。
「ベノム・ディーゴ、確実にこちらへ近づいています。今が一番危ない状況ですね、気を張ってください」
「オッケー、私が作ったチャンス、無駄にしないでよ。特にアンタ」
ウィッカがレイヴを指差す。
「俺?」
「この中で一番騒がしくてじっとしてられないのはアンタでしょ」
「流石にこの状況じゃ我慢する。……やべ。なんか鼻がムズムズしてきた」
小さく抗議するレイヴだったが口が自然と半開きになり始めた。この男、溜めている、この状況における最悪の生理現象を。
「ちょ、言ってる傍から何不穏な間抜け面晒し始めてんの!?あ、待って止めて死ぬ気で止めろそのくしゃみいっそ死んで耐えろ私が死に物狂いで作ったチャンスを水の泡にする気かこのバカァ!」
必死の形相でレイヴの肩をブンブンと揺らすウィッカだが、悲しいかな。レイヴ本人も止めたくても止められない。ここまで大口を開けてしまったが最後、派手な音を立てて唾を正面に居るウィッカの端正な顔にぶちまける他ないのだ。
だが、傍らで戦慄していたメントは見た。
レイヴとウィッカの間に割り込んでくしゃみ砲発射一秒前のレイヴの鼻と上唇の間へ鮮やかに指を滑り込ませるナナキの姿を。
「は、は、は……はうぅ……?」
盛大に息を溜め、開かれたレイヴの口からは何も出なかった。まるでうっかり安全ピンを外してしまった手榴弾をこれまたうっかり遠くに投げ損なって死を覚悟したが不発だったような拍子抜け。
皆が唖然としている中、ナナキは一人ホッと息を付いた。
「なんとか止められたね」
「ちょ、今どうやったの!?」
小声のまま身を乗り出してナナキに顔を近づけたのはウィッカだった。
事も無げにナナキは答える。
「ああ、くしゃみを誤魔化したんだよ。と言っても鼻の下を押しただけ。望力は欠片も使わないし誰にでも簡単に出来ることだから、覚えておいて損は無いはずだよ」
深く息を吐いて安堵した様子のメントが言った。
「ウィッカさんのおかげでベノム・ディーゴ、ここから離れていきますよ」
見当違いな所を探しながら歩くベノム・ディーゴに誰もが緊張の糸が切れたように背を丸くした。危機が去った訳では無いが峠は越した。後はベノム・ディーゴがこのまま遠ざかってもらうのを待つだけだ。
レイヴはナナキの背中を叩いて無邪気に笑った。
「ははっ、サンキュー、ナナキ。今のはマジ助かった。
それとウィッカ、思ってたより良い奴みたいだな。ここに残って俺たちを助けてくれた。ありがとな。お前が居てくれるなら心強い」
ウィッカへ握手の手を伸ばすレイヴ。
しかしウィッカはその手を握らなかった。
「付け上がらないでよ。私は私の誇りを守るためにやったの。アンタらヘッポコが戦ってるのを背に逃げるのは私のエリートとしての矜恃が許さなかっただけの事」
冷たくキッパリとそう言い放った。彼女の目にはあるのは冷たく孤高なる光だ。
だが、
「あ、でもそれとして褒めてくれるのは良いよ、すごく良い。後でもっと褒めて」
と、付け加えた。かっこよく決めた余韻が台無しである。相手が誰であれ褒められるのは大好きなようでる。やはり口を開くと残念な少女だ。
しかし実力は本物。ウィッカの手腕にはメントも関心していた。
具体的にはウィッカの左のこめかみにある菱形の髪留めにだ。
「あのベノム・ディーゴとの戦闘の最中、簡単なものとは言え望術を仕掛けるなんて器用ですね。流石です。その左目の片眼鏡みたいなのがヒントですか?」
メントの問を受けたウィッカはコツンと自分のクオリアで編まれた髪飾りを叩き、片眼鏡を展開した。
「ああこれ?私が自作した、『O.H.T.B.D《自動望術構築デバイス》』よ。普段は『オートブード』って呼んでる。
私の意思とリンクしてるから使いたい術式をイメージするだけで手を動かすようにコイツが術式を一瞬で構築してくれるの。
なんなら状況を読み取って自動的に最適な望術を提案してくれたりする優れ物よ。造主に似てね。
まあ予め術式データを“学習”させなきゃ構築出来ない。つまり私が自分自身の技量で作れない望術は使えないし、学習させておける量にも限度があるからそこは課題ってとこね。ゆくゆくは学習も自動的に出来るようにしたいわ」
「へえ、興味深いね。そんな小さなデバイスによくそれだけの事が出来るようにしたものだ」
ナナキがオートブートをしきりに覗き込んでいる。それをウィッカは顔が近いと言って片手で制していた。
その傍目でレイヴはメントへ閃いたように言葉をぶつけていた。
「そういやアレ使えば皆助かったんじゃないか?ええと、なんだっけ。ほら、さかしまのビルに飛ぶための望術」
「ソレ、ですか。確かに手ではあったのですが最後の、本当にどうしようもない時の手段にするつもりでした」
レイヴが言いたいのは『通路置換』の事だ。恐らく伝わったはずなのに、メントはその名を口にしなかった。その事にレイヴは怪訝な表情になった。
「“最後の手段”?そりゃなんで。つかなんで名前言わないの?」
「……ええっと、ド忘れしちゃって。肝心な時に忘れちゃいますよねー、こういう大事な事って」
何かを誤魔化すようにメントはあははー、と作り笑いを浮かべた。笑う、と言うより困っていると言った方がいいくらい分かりやすくて下手な笑いだった。
空気を読まないレイヴは容赦なく思った疑問をぶつけようとした時だった。ふと、空を見上げた。黒い大きな影が視界の端で飛び上がったのが見えたからだ。
「ベノム・ディーゴだっけ?アイツ諦めたっぽいぞ。飛び上がった」
「ホントだね。これで本当に一息つけそうだ」
「この私があれくらいやったんだから報われないとおかしいってもんよね」
一息つく一行。が、一人、依然として警戒したままの者がいた。
「いえ違います。口元をよく見て!まさかそういうつもりですか、ベノム・ディーゴ!!」
背筋に冷たいものを感じていたのはメントだった。ベノム・ディーゴを幼少期からずっと窓越しに見てきたから分かったのだ。ヤツの魂胆を。
口元から緑の炎を覗かせながら高く、遥か天井近くまで飛び上がった巨竜の魂胆を。
「しかし、本気ですか……?望力を込めたブレス攻撃なんて、私たち数人のためにそこまでやるというんですか!?」
魔寄いの森の事情にこの中で一番詳しいメントの焦燥は風下に燃え広がる火炎のようにレイヴたちへ燃え移ってゆく。
真っ先に口を開いたのはナナキだった。
「メント落ち着いて聞いてくれ。どういう事かな。ヤツのブレス攻撃が問題なのかそれともクオリアの方なのか、どっちだい?」
冷静さは保ちつつ、ナナキが静かに疑問をぶつける。
「両方です!
ヤツは特大の火球でこの辺り一帯を焼き払おうとしている。それもありったけのクオリアを火球に練りこみながら!!」
「ヤツのクオリアは一体なに!?」
「あの緑は毒の色!一度着弾すれば猛毒を伴った炎と煙があらゆる生物を殺し尽くします!」
天井のある森において炎以上に厄介なのは煙である。燃え広がる炎が亀に見えるような速度で密室の森を包み込み地獄を作る。地獄は毒に対する抗体か相応の耐望力を持たない生物の全てを苦しめて殺す。
「そうか、だからさっきの戦いで俺がヤツの火球を喰らいそうになった時、わざわざダメージ覚悟して口腕《エンゲラー》で防いだのか!ただかわしただけじゃ着弾点から毒煙が広がるから!なるほど!」
「関心してる場合じゃないでしょうが!私の壁のクオリアじゃ炎は防げても毒はどうにもならない!なんだってたかだか人間四人のために天下の生態系トップ様がここまでやるのよ!」
「あの巨竜からは極めて強力な拒絶、嫌悪感、怒りが見られた。自分の住む空間に人間が居ること自体が我慢ならないんだろうね。部屋にゴキブリが居る事を知ったら気になって夜も眠れないように」
ナナキの言葉にメントが頷いた。
「ええ。ベノム・ディーゴを含めてこの森の生物はある一件から人間を酷く憎悪しています。決して相互理解は出来ません」
「参ったね。あれ程のエネルギーが着弾すればあっという間に毒が辺り一帯に広がる。ここから即時退去できる手段でもないと助からないだろう」
薄ら笑みを浮かべどこか他人事みたいに言うナナキだが頬には冷や汗が這っている。
「即時退去……やっぱりアレしかねえ!メント、アレなんだっけ、さかしまのビルに瞬間移動する望術の詠唱!」
レイヴはメントの肩を掴み、彼女の目を見据える。メントは真っ直ぐなレイヴの目から逃れるように視線を外した。
「あれは……あれを使うのはもう……」
「頼む!このままじゃ皆死んじまう!」
風が吹く。木々がざわめく。獣たちも危機を察し慌ただしく離れ始める。
一呼吸置いてメントは口を開いた。
「アレを使ったら最後、私はもう皆の味方でいられない……」
まるで懺悔するようだった。声は小さく、葉が擦れ合う音に掻き消えそうで、耳をすまさないと聞き逃しそうになる。
「それってどういう―――」
レイヴが言いかけた時だった。自然界に似つかわしくない火球は既に魔寄いの森の地面へ落とされた。
着弾。
緑の熱がひっくり返った茶碗の湯のように木も岩も土も飲み込んでゆく
レイヴら四人も例外なく。
草木が尽く焼かれた焦土を緑の炎が燃え、紫の煙が上がる。所々に炎に身体を焼かれ肉や骨が剥き出しになった獣の形をした灰が転がっている。あらゆる生の焼き尽くされた地獄をベノム・ディーゴの凶眼は冷ややかに見つめていた。