午前最後にして午後最初の授業は体育。先週より続く望力測定試験の時間。
レイヴの日常は学校に着いてここまでいつも通りだった。

ウィッカが試験用の岩を裂いて90点台を叩きだし、メントやナナキなどが程々の点数を出す。
これまでと違う事と言えば、メントと今まで以上に親しくなった事だろう。魔寄いの森でナナキを救うために背中を預け合い、絆が深まったのだ。


「おつかれ、ナイスプレイ!」


「うん!」


測定を終えて戻ってきたメントとハイタッチをするレイヴ。続いてナナキもメントとハイタッチした。


「流石だぜ、魔寄いの森の時もそうだったけど、メントの口腕《エンゲラー》のクオリアは頼りになる」


「望力で出来ているならなんでも食べるクオリア。食べた望力は自分のものに出来るなんて便利なものだね」


「かっこいいし、本当に言うことないクオリアだ」


口々にメントを褒めちぎる二人に、彼女は自分の背中から生えるクオリアを擦りながら首を振った。


「そうかもしれませんけど、私はあまり自分のクオリアは好きじゃないです……」


「ええっ!?なんで!?」


「だって見た目がイカつくて怖いし。確かに風紀委員として暴れん坊を止める分には役に立ってますけど、どうせ背中から生えるならフワッフワの翼が良かったなーって」


「あっはは、フカフカしてたら寝る時とか良さげだね。布団要らずだ」


「女の子向きじゃないのは言えてるかもな」


レイヴが優しくメントのクオリアに手を置いた。
彼女が望まなかったクオリア。なんでか、気持ちが曇る。


「けどこのクオリアは風紀委員としても役に立てたし、二人を助ける事ができたし、お父さんの力になれる。ちゃんと誰かの役に立ててるから、悔いる事はもう無いです」


メントは聖母のような柔らかい笑みを浮かべた。
それがどこか悲しげに見えた事にレイヴは気付いた。


「っ!二人とも気を付けて!」


ナナキがある一点を見ながら叫んだ。
レイヴたちがナナキの視線の先を見ると、底なしの穴みたいに黒い髪に気だるげな目の少年が、試験用に用意された岩に対峙していた。

この学校で最も強い男、されど他人を一切顧みない暴虐武人、正体不明のクオリア。コイツは誰にも止められない。

ソロが脚を曲げ、落ちるハヤブサのように飛び上がり、腕を構える。
落下の勢いと共に重いパンチを大岩を殴った。

岩石は粉微塵に砕け散り、破片が飛び散る。
それだけでは終わらない。地面にまで到達した衝撃は、岩だったものを中心にして蜘蛛の巣を思わせるひびを描き始めた。
ひびはあっと言う間に広がり、近くで待機していたレイヴら生徒達すらも巻き込まんとしていた。


「まーたこれかよ!危ないって!」


「今度は落ちないようにしてください!」


ソロという男は圧倒的な力を持ち、他人の事を全く考えない。誰にも止められない。
その在り方はもはや災害のようなものだった。
止められるとすれば同じく災害が意志を持って歩いているような存在、都市神ニアルパイオくらいのものだろう。


先週の授業に引き続きまたも迫る地を這う蛇。
意外にもこれが、前より大人しかった。

ひびは、生徒たちの手前で止まったのだ。


「あれ?」


身構えていたレイヴたちは以前との違いにキョトンとしていた。
先生も思っていたより小さな被害に拍子抜けした様だった。
ソロはと言うと満足いっていない、と言う様子だった。


「おい先公、とっとと点数を言いやがれ。聞いても無駄だが聞かなきゃ先に進まねえ」


「ああすまん、……百点だ」


「やっぱりな。張り合いねえ、この程度で百点とかもちっと精度上げろよな」


悪態を着きながらソロは他の生徒たちよりやや距離のある所に座った。
先生が次の番の生徒を呼ぶのをよそに、レイヴがソロに近づいた。
ソロは露骨に不愉快そうな顔をして『来るな』と意志表示をしたがレイヴは構わなかった。


「手加減してくれたんだな、ちゃんと俺たちの事まで考えているなんて思わなかった」


旧来の友人に語り掛けるようにレイヴが言う。


「んなわけねえだろ節穴野郎。あれは効率良く攻撃したかったんだよ。
衝撃を分散させることなく、一点に無駄なくダメージを叩き込む。
本来なら地面に傷一つ入れず、岩だけを粉砕する予定だったんだがあのザマだ」


レイヴに説明すると言うよりは、自分に言い聞かせるように、ソロは言った。


「それでも結果的に俺たちは助かった。だから礼は言うぜ」


「気に食わねえな、テメエの頭で練習していいか?一点集中攻撃のよ」


ソロが膝に手を置いて立ち上がろうとする。


「何でだよ!?ありがとうって言っただけじゃねえか!!」


レイヴは慌てた様子で手を横に振った。


「なあ、お前はさ―――」


レイヴが言いかけた時だった。
外と学校の敷地を隔てる壁が。
壊された。
壁に出来た大穴からゾロゾロとタバコやらド派手に染めらあげられた髪のガラの悪そうな連中が入ってくる。人数は500人は居るだろうか。
イグニット勢力ほどでは無いにせよ十分大きな勢力と言える。ここで望力計測をしているクラスメイト全員で戦うとしても勘弁願いたいところだ。


「なんだ!?」


両肩に掛けた学ランをたなびかせた角刈りの男が前に出た。


「テメエがどデカい衝撃出したおかげで見つけたぜ、ソロ」


組の代表だろうか。このソロ、何処ぞの抗争に首を突っ込んで目を付けられたのだろう、とレイヴは勝手に予想した。


「あぁ?テメエみてえな一度見たら忘れらんねえようなブ男なんぞに覚えはねえぞ」


怪訝な様子でソロが答える。
ナチュラルに罵られた角刈りの男は青筋を立てつつ言葉を返した。


「ああそうだろうな!貴様と直接会うのはこれが初めてなんだからな!!

オレはラオヒゼン!テメエが昨日ぶちのめしたウチの者の頭だ!!」


「知らねえな。俺に突っかかってくるバカはいくらでも居るんで目星は付かねえ」


ただ、と続けつつ、立膝に手を置いて立ち上がるソロ。


「経験値が経験値を引き連れて戻ってきたってのは、得した感じで良いことだな」


「……っ!弁明も釈明も、最後の言葉も言う気はないって事だな!ここで袋叩きにされて『死ぬ』のが望みなんだな!」


ピリピリとした、今にも爆発しそうな空気を察し、レイヴが口を開いた。


「何かよく分からないけど、お前一人じゃこの数は流石にキツいんじゃねえのか!?」


多勢に無勢。前のイグニット勢力との抗争で数の暴力の恐ろしさを知っているレイヴは仮にも同じクラスメイトのソロを放っておけなかった。

しかし、ラオヒゼンと名乗った男やその舎弟から飛んでくる罵詈雑言、挙句は加勢すると言ってくれているレイヴすらも無視してソロは人差し指を立てて言った。


「ただ、このままお前らを嬲った所で大した足しにもならねえんで、『ルール』を決めておく事にするぜ。俺だけの『ルール』って奴だ。

俺の後ろには一歩も行かせねえ。単純だがその数なら俺にとってそれなりにキツい『条件』になるだろう。

下手にこの先の有象無象《クラスメイト》を巻き込んで、俺の戦い《経験値確保》の邪魔をされたんじゃ溜まったもんじゃねえんでな。
そら俺を追い詰めてみな。俺のために」


ソロの口元は吊り上がっていた。本人はそのつもりではなかったが口上も相まってラオヒゼンの神経を逆撫でする結果となった。
ラオヒゼンの頭からプツンと、何かが切れる音がした。それを皮切りに指を天高く掲げ、号令の合図。


「テメエら!!やるぜ!!あのスカした野郎をシバキ倒す!!」


五百人の軍勢が一つの巨大な暴力そのものとなって迫り来る。
雄叫び、舞い上がる砂埃、チリチリした殺気。
レイヴの脳裏には先週戦った千人のイグニット勢力がフラッシュバックする。
恐らくこの軍勢は街三天に次ぐ勢力だ。
いくら学校最強と言ってもこの人数を相手にすればただでは済まない。


「俺も加勢するぜソロ!」


楔剣に手を掛けソロに呼び掛ける。
しかしソロからの返事は無かった。そもそもソロの目はレイヴを見ていなかった。ならばラオヒゼオ勢力か?違う。

ソロの双眸は何か、もっと遠くを見ていた。ここには無い何か。
いつもの気だるさなど一切感じさせない、強い意志を含んだ目だ。気高さとドス黒さを含んだ目だ。

その目は最後までレイヴを見なかった。代わりに裏拳が「邪魔」という言葉と共に顔面目掛けて飛んできた。
不意の一撃をノーガードで受けたレイヴは大きく吹っ飛び、5m先のクラスメイトたちがオドオドしている所に突っ込んで止まった。