窓際の席のレイヴは新しい椅子の足に靴を挟んで揺らしながら一枚の紙を眺めていた。3年生になって最初のテストの成績が帰ってきたのだ。
国語はまずまず、数学などの計算が絡むテストの点数は……まあうん、お察し。
望力科目もクオリア、望術共にボロボロだった。
良かったとはっきり言えるのは選択科目の開拓科、体術科くらいのものだ。


「やあレイヴ、成績はどうだった?」


レイヴの視線が上を向く。
ナナキが机のすぐ側の壁際にもたれかかってきた。


「ボロボロだった。まあ抑えておくべきところはしっかり抑えたけどな」


ナナキは俺の机の正面に向かい、レイヴの答案を一瞥すると何か納得したような様子で頷いた。


「開拓の点数が高い。やっぱり君は開拓者を目指すんだね」


「ああ、俺が目指すのは至高の開拓者だからな。で、そう言うお前はテストどうだった?」


「いつも通りだよ」


ナナキが自らの答案をレイヴの机に広げる。大方80点前後で至って平凡な答案だ。レイヴよりかはずっと良い成績だが。


「何が苦手かはっきりしない答案だな」


「大抵の事は最低限こなせるからね」


言ってナナキは広げた答案を自分の手元に回収した。
彼の言葉には嫌味を感じなかった。彼はただ客観的事実を述べているだけだからだ。


「羨ましい限りだ」


レイヴは世辞ではなく心底そう思った。
ナナキはレイヴに無いものを持っている。そこに憧れを抱くのだ。


「俺なんか不器用が災いして喧嘩と開拓と宇宙の知識くらいしか無いもんだから。
色々出来て器用な方が何かと便利そうだ」


「いやあ、特化したものが無いと何かと決めるのに困るんだけどね。器用貧乏ってやつ。君みたいに自分に何が出来るかハッキリしてる方が羨ましいよ」


ああそういう見方もあるのかとレイヴは頷いた。目の前に好物がいっぱい並んでるのに1つしか選べないような話だ。それならいっそ不味い物の中に一個好物がある方が悩まなくて楽という訳だ。


「ないものねだりか。一点特化と器用貧乏、どっちが得するってもんでもないのかもな。そういや今回のテストの成績上位者ってもう見た?」


「ああ、1位がウィッカで2位はゲイルみたいだね」


「流石の2人だな、一生掛かっても敵う気がしねえや。ま、勝てなくても開拓者になるには関係ないけど」


「レイヴはなんで開拓者になりたいんだい?」


「開拓者になりたいって言うよりは他の星に行きたいんだ。こことは違う星を見たい。」


「他の星に行って何を見たいの?」


「それを見つけるんだよ」


レイヴの眼に曇りも翳りも一切無かった。
自分が開拓者になれると本気で信じている希望と自信に満ち溢れた顔をしている。レイヴは人差し指を上げた。


「あえて具体的に言うなら、そう、誰も行った事のない星に行きたい。今でこそ黄色い昼空とか大気が水なのに平気で何の支障もなく暮らせるとか、身体が気体の生き物とか普通だけど初めてそういう変わった星を見つけた人はメチャクチャ興奮したと思うんだよ。俺もその興奮を知りてえ」


「もっと言うなら『終局の星』を見つけ出して一番にこの足で踏みしめる事だな」


「終局の星って、ありとあらゆる星に置かれた石碑に出てくる星だっけ?」


「そう、『あらゆる生命が到達するべき終着点。万象をさらなる高みへ導く天体。名は終局の星。研鑽を重ねよ。力を合わせよ。己を信じよ。それこそが終局の星に至る道である。』とかさ、好奇心くすぐられるだけじゃなくかっこよすぎんだろ!」


「わっ、暗記してたんだ。石碑の内容」


得意気にレイヴは胸を張った。


「10年前から覚えてたぞ。この石碑はなんでか人間が居ないし訪れた事のない星にすら平気で置いてある謎まみれの代物だ。そして終局の星に至っては未だに到達どころか誰一人として見つけられずにいる。これが男のロマンと言わずしてなんて言う?」


意気揚々と語るレイヴに近づく不穏な影があった。


「お前、開拓者志望なんだって?そんな望力の点数でよく言えたな。度胸だけは尊敬するわ。ましてや終局の星とかツボる、あるわけねえだろんなもん」


盛り上がる二人に水を差す無粋な声があった。
不意に聞こえてきた声の方を向くと個性的な髪型の少年がレイヴの答案を覗いていた。


「そんな事ねえさコモノ。望力が使えなくたって開拓者になれるし終局の星はきっとある」


最初は目を丸くしてたがレイヴはすぐいつもの調子に戻り親しげにレイヴは言葉を返した。


「バーカ。終局の星以前に開拓者になるなら望力は絶対まともに使えるようになれよ。他の星で生きるっていう最低限の条件を満たすには必要なんだからさ。毒の星とか、大気が液体とか、望力が使えなくちゃ絶対カバーできねえ。それに、凶暴な生き物に襲われちゃ、望力も扱えねえ雑魚じゃあっさり食われちまうんだぜ。これ常識、現実見ろよレイヴ」


「いや、開拓者になってみせるし終局の星にも一番乗りするぞ俺は。まあ口で言っても仕方ねえ。俺が実際に開拓者になって証明してみせるさ」


不敵に言い切ったレイヴにコモノがあからさまに不愉快な顔を見せた。


「ああそうだな、口で言っても分からないなら現実見せてやるしかないな」


コモノは興が冷めたと言った様子で踵を返した。


「後で楽しみにしてろよ」


コモノの背中を見送ったナナキが口を開く。


「良い啖呵だ。僕はレイヴを応援してるよ」


「ありがと、俺は幸せ者だ。ナナキみたいに俺の夢を応援してくれる奴が居るんだから」


「僕の存在は関係ないよ。君は僕が居なくても開拓者を諦めないと思う」


「確かに俺は周りがどう言おうと諦める気はない。けど身近に首を縦に振ってくれる人が居ると心強いんだ。俺の場合そんな人が身近に居るんだから本当、人に恵まれてる方だよ」


「君は前向きだね」


「楽観的なだけだと思うぞ。俺はもっとずっと強くなって親父だって納得させてやる」


「レイヴ」


またもや声を掛けられた。やたら人に声を掛けられるなと思いながらレイヴが顔を上げると何かの紙を持った先生がこっちを見ていた。
それだけなのにレイヴの表情にある希望と自信は蜘蛛の子を散らすように消え去った。


「俺、何かやらかしありましたっけ……?」


「そうだな、開拓者試験の過去問くださいとか言われたくらいかな」


そう言って先生は俺に手元の紙を手渡した。


「!あ、その紙って!」


「そう、頼まれてた開拓者試験の過去問。頑張れよレイヴ、特に望力科目」


「はい!」


レイヴは過去問に一通り目を通す。
じわじわと汗が吹き出る。暑いんじゃない、冷や汗だ。
開拓科目はまだいい。これに関しては選択科目とはいえテストの点数でもクラス上位入りしている程度には成績は良い。
しかし望力の科目が難しい。
望術はもちろん、クオリアまで使えない俺には第二はともかく第一実技試験は無理難題に等しい。
それどころかどうせ望力なんて使えないって事で勉強を怠ってきたので筆記試験も良くない。
という訳で。


「……この中に望力教えられる人はいらっしゃいますでしょうか?」


「先生が居る前でそれ聞いちゃうかレイヴ」


「先生の授業を聞いてもよく分からないんでほかの二人に聞いてみようかと」


「お前なぁ……」


先生が呆れている。だがそれがどうした。居合わせたナナキに期待の視線を傾ける。見ろこの捨てられた小動物の目を!赤い血の通った人間ならこれを見て断れるヤツは居ないだろうッ!


「僕は忙しいから」


現実は非情である。小動物の命など大自然、弱肉強食の世界では容易く獰猛な肉食獣の腹に収まるか野垂れ死にする他ないのだった。


「あっ、そんな顔しないで!冗談だよ冗談!教えるよ望術!」


ナナキの言葉は焦っていたが表情はにこやかだ。さっきのレイヴの百面相が心底愉快だったらしい。





――――――――――――――――――――――


ああ、またいつもの反対だ。
親も先生も皆反対、忠告する。友達ですら苦い表情をする。どうもこの俺の価値観ってのは多くの人より外れてるらしい。
自分の能力にあった道を往く。それが多くの人の考えらしいが俺は違う。
得意か不得意かより好きか嫌いかが大事だって思う。どれくらい危険で、その果てに死んだとしてもやりたい事をやった末路なら本望ってもんだ。安定した道で細々生きるってのも否定はしない。けど危ない橋で、早死したとしても太く生きれたなら俺はそれで良い。だから俺はこの道“開拓者”を往くって決めたんだ。



―――――――――――


下校のチャイムが鳴りレイヴはいつも通り剣を納めた鞘と一体化しているボディバッグを肩にかけて学校を後にする。傍らにはナナキも居る。これから適当に公園でクオリアの出し方や望術の使い方を教わろうと言うところだ。
開拓者になるための試験は来年の2月、そして今は5月の頭。あと9ヶ月で開拓者として通用する能力、つまるところ望力を使いこなせるようになる必要がある。
無理、という選択肢は無い。絶対に開拓者になる。


「ここら辺の公園でいっか」


丁度木の影で直射日光を避けれる公園があったのでそこで望術を教わることにした。
まだ夏という訳ではないが日光を浴びて暖かいと言う時期はもう過ぎ去った。しっとりと汗が滲むしナナキまで付き合う必要も無いので、どこか施設かどっちかの家でやろうと提案したのだが、ナナキが外でやる方が風情があると言ったため結局外でやる事になった。
お互いに向かい合う形で木陰のベンチに座り合う。


「よろしくお願いします、ナナキ先生」


「うん、まずはクオリアからだね。コツとしては……心の内からドッカーンってしてギューンとした所でズバーンって感じかな」



「教える気あるかナナキさん!?擬音なしで説明しよう!?」


「擬音なし……?クオリアの仕組みでも説明すればいいのかな?」


「それでも多分分からないと思うんですがっ。そうだ、なんでもいいからクオリア使ってみてくれ」


「?いいよ」



ナナキは俺の言葉に従いその場で野球部のように足踏みを始めた。ナナキはレイヴの意図が分かっていないようだ。だが問題は無い。



「速度の溜まり具合はこんなものかな」


ナナキの足踏みが止まる。一呼吸置いてナナキが一歩右足を踏み出した瞬間だった。次の左足は早送りしたような速度で地面を踏む。走る一連の動作が恐ろしく速い。3秒でそれなりに広いこの公園を一周してしまった。不思議な事に彼を追う風はあの速さにしては穏やかだった。


「やってみせたよ。どういう意味があったの?今のは」



「速度を溜めてる時、一体どんな事を考えていた?」


「えー?レイヴは僕になんで事させてるのかなって」


「そうじゃなくてクオリアを使う時にどんな事意識してたのか聞きたいんだ。使う前に言ったらかえって分からなくなるだろ?普段文字を書くってのは無意識にやってるけど意識した途端上手く書けなくなるみたいに」


「なるほど、そうだね、これくらい速度を溜めたら3秒で行けるかなって感じ。つまりクオリアを使ったら起きる事をイメージするんだ。線を引く時にペン先より線が辿り着く位置をイメージすると上手く引けるのと同じ」


「うーん、そうか……クオリアを使ったらどうなるかってイメージか。俺自身クオリアが使えないからムズい話だ。色んな人に話を聞いてみる必要がありそうだなこりゃ」


さてどうしたものか。レイヴはクオリアを使う感覚を上手いこと説明出来る人が居るか脳裏に思い浮かべる。



ところでこのファースタ街は開拓業で多くの様々な人間が行き交い他星との交流が盛んで多くの人間を受け入れる。しかしこれにも問題があって、無法者すらも簡単に受け入れてしまう。そしてレイヴは望力の扱いが極端に下手と来た。
よってレイヴという存在はあの人種にとっては最大のカモな訳で。

建物の隙間から人様を覗く無粋なハイエナの存在にレイヴたちは思案に浸っているため気付かない。
そいつらは揃いも揃って自己主張の激しい格好をしていた。
こちらを狭い道の入口からイカついモヒカンの男が個性的な髪の男へ問を投げる。


「おいコモノ、あれか?クオリアが使えねえ間抜けってヤローは」


「間違いないッス、レイヴはウチの学校のヤツっすから!」


クラスでレイヴに絡んでいたコモノが答えた。


「へっ、良いカモだ。良くやったぞ新入り。あのもう片方の真っ白頭と離れたら財布を分捕りにいくぜ」


大柄のスキンヘッドの男が意見をまとめあげた。堂々とした立ち振る舞いを見るにこの三人組を扇動しているのは彼のようだ。



視点はレイヴに戻る。
クオリアを使う時何考えてるか説明出来そうな成績優秀者は……ソロは相手にしてくれないだろう。壁のクオリアを使うウィッカはちょっと問題がある。主に性格面で。ゲイルは絡みがない。とするとメント辺りだろうか。


「喉乾いたし、小腹も空いた。というわけで近くのコンビニにでも行って飲み物買ってくるよ」


ナナキがベンチから立ち上がった。


「それじゃ、サイダー買ってきて。後で立て替えるから」


「ん、任された」


そう言ってナナキは公園を後にした。
レイヴは1人になった。周囲を見渡すが公園には人っ子一人いやしない。
アイスグリーンの空をボーッと見上げる。
退屈な時はいつもこうする。あの空の向こうにはレイヴのまだ知らない星々が、世界が広がってるのだろうかと思いを馳せて暇を潰す癖があるのだ。


ガサガサと茂みが揺れる音によってレイヴは現実に引き戻された。
茂みから三人組の男達が出てきた。
なんで入口から入ってこないんだろうとレイヴは疑問に思いながら顔の向きを空に戻しチラリと視線だけを三人組に向ける。
目が合った。いや、合っていた。彼らは明らかに餌でも見つけたハイエナみたくレイヴを見ている。もう獲物は捕まえたと余裕綽々で真っ直ぐレイヴの座るベンチに向かって歩いてくる。
三人組をまとめていると思われるスキンヘッドの男がモヒカンの男に何かを促した。
モヒカンの男が更に近づいて俺の目の前に立つとその場で姿勢を下げてレイヴの顔の側で口を開いた。


「おいお前、ちょっと面ァ貸しな」


「何の用だ?」


「いいから来いよ、現実を見せてやるレイヴ」


コモノが2人の先輩の後ろで獰猛に笑った。