魔寄いの森の主が尻尾を鞭のようにしならせサヴァイヴを打った。
それをサヴァイヴは片脚を上げ、受け止めた。
巨竜はそれを見ると太腕で殴りにかかる。巨竜の腕は大木のように太く、潰しにかかったと言った方が良いかもしれない。
サヴァイヴは脚で受け流した。勢い余って巨竜が腕から地面に埋まる。その衝撃で大地が揺れる。
強引に体を引き抜いて一緒に付いてきた岩をサヴァイヴに投げ飛ばした。
サヴァイヴは飛んできた岩を転がるサッカーボールを止めるように足で上からタイミング良く押さえ込んだ。


「貴様、何故攻撃しない」


魔寄いの森の主はギラリと、サヴァイヴを縦長の瞳孔で睨めつけた。


「アンタを攻撃したくないだけだ」


「儂をコケにしているのか?」


「違う。余所者の俺がこの星の原住民たるアンタと戦ったらそれは侵略だろう。そんなことはしたくない。生かすにせよ殺すにせよ、この星に生きる者の事はこの星に生きる人間が決めるべきだ」


もっとも、アンタの領域に踏み込んだ以上、アンタに殺されても文句は言えないが、と付け足した。


「人間風情がそれを語るだと?儂をこんなちっぽけな場所に、家族や同胞と離れ離れにして閉じ込めたのは貴様ら人間の仕業であろうが!!」


「そうか……それは心中察しする。だがそう言う抗議はこの星に住む人間に言ってくれ。余所者の俺に出来る事はそう言うささやかなアドバイスくらいなものなんだ」


ここに来て両者共に一度たりともダメージを負っていない。
魔寄いの森の主への攻撃をサヴァイヴは死に体のレイヴを抱えたまま全て避けている。
あの魔寄いの森の主がイグニット含むイグニット勢力ですら殲滅しうる広範囲のブレス攻撃。
それを駆使しているにも関わらず一撃も当てられない。

決して魔寄いの森の主が弱いわけではない。
この巨竜は間違いなくファースタ街の三大勢力と打ち合える実力を持つ。
それが霞んで見えるほどにこの男が規格外なのだ。
あまりに自然な在り方は卓越した戦闘技術からなるもの。
呼吸や姿勢まで全て自然そのものとする事で余すことなく力を引き出し、最小限の動作で戦闘を行う。
これは彼が天人として数億年という歳月を生きて知らず知らずの内に身につけたものだ。

巨竜から逃げるのではなく、あくまでも防ぎ続ける。
イグニット勢力が魔寄いの森を離脱するまでの時間稼ぎは成り行きでしかない。ここに来たもう一人の仲間がレイヴの毒の血清を作るレシピを手に入れるのが目的だ。



(そろそろ解析は終わる頃のはずだ。フィレアの『状態変化』のクオリアによって)


「くああ!!」


巨竜の腕がサヴァイヴを狙う。サヴァイヴは脚を軽く当て、受け流す。巨竜の巨体が魔寄いの森の地面を抉り、ひびが入る。
衝撃だけでだけで木々が倒れ、他の獣達が吹っ飛ぶ威力。


「おい、落ち着け」


サヴァイヴが荒れ狂う魔寄いの森の主に呼びかけた。
地面に突っ込んだ巨竜が空気を揺さぶるおぞましい唸り声をあげ、体制を立て直す。


「落ち着け、だと?今荒れ狂わずしていつ怒れと言うのか。人間が目の前に居るのであれば根絶やしにせねばならんのだ!!それこそが我が憎悪を晴らすための手段よ!!」


巨竜の羽ばたき。台風など目にならないような暴風が吹き荒れる。天井から突き出たビルすらも揺さぶる。それを生む巨体がサヴァイヴを轢かんと突撃する。


「大雑把が過ぎ―――」


迎撃の準備をしつつ吐いたサヴァイヴの言葉は途切れた。

空から飛来した何かが二人の間に落ちた。
もくもくと広がる煙が辺りを覆う。
迷寄いの森の主が正面から煙に突っ込み、顔を出した瞬間だった。

煙が、固まった。極寒の中で振り回したタオルのように形が固定された。結果、魔寄いの森の主の頭だけが煙から出ていた。


「なんだ、これはァ!?」


巨竜の図抜けた巨体が煙から抜け出さんと全身の筋肉を使って暴れようとする。だが煙の形の固体はうんともすんとも言わなかった。
サヴァイヴはこれが誰の仕業か知っていた。
固まった煙の上に立っている女性を知っていた。


「手荒になってごめんなさい、逞しいドラゴンさん。十分間だけこのままで居てもらうわ」


開拓者フィレア。
悠久の時をサヴァイヴと行動してきた同胞。サヴァイヴと肩を並べる至高の開拓者の一人。

圧倒的な影響力。絶対的な存在感。戦闘力にせよ知名度にせよ図抜けた者達。
一度号令を上げれば、彼らの力にあやかろうと万人が従う。一度拳を握れば誰もが戦意を失う。そして握った拳を振るったなら星ごと塵に還る。
このファースタにおいて至高の開拓者と謳われる彼らの介入は反則《チート》に等しい事だ。彼らが介入するだけでどんな問題も流れも彼らの思うがままになってしまう。
これがレイヴの超えんとしている壁なのだ。


「本当は腰を据えて君とお喋りがしたいけど、残念。時間がないみたい。私たちはただ大切な人を救いに来ただけで、君の縄張りを荒そうって気はなかったってだけなの。いつか機会があったら会えるといいな」


フィレアは煙から降りると暴れる魔寄いの森の主の鼻を器用に撫でた。


「おのれ下衆な人間が!この儂に向かって!!ただで済まされんぞこの屈辱はァッ!!」


「アンタは……いや、止めておこう」


怒り狂う巨竜に、サヴァイヴは声を掛けようと思ったが止めた。
至高の開拓者たるもの影響力は計り知れない。ちょっとした事でも不用意に介入すれば星々の勢力が揺らぎ、下手をすれば文明が消える羽目になる。よって彼らは訪れた星に極力影響を及ぼさないように立ち回るのだ。あくまでも観光客Aを演じるのだ。
なにより、星の問題はその星に住む者が解決する方が道理は通っている。彼らが本腰を入れて動く時は興味、関心をくすぐられたか、星、あるいは宇宙の危機にのみだ。


「じゃあね、その煙は10分後、元の硬さに戻るわ。もう私たちがここに来ることはないから安心していいからね」


「おのれこの屈辱、決して忘れられると思うな!!」


「ああ、どうか忘れないでほしい。俺の言ったことを」


サヴァイヴとフィレアは踵を返し、魔寄いの森を出た。
レイヴとイグニットの決戦から一連の流れを、上から観測する者が居た。
彼は震えていた。至高の開拓者たちに圧倒された訳ではない。顔は紅潮し、口は上に釣り上がっていた。


「おお、なんという事だ!グッド!素晴らしい!!実に素晴らしい!!あのレイヴとかいう小僧が生きていて、イグニットを倒した事に驚いたが……何より!!
わざわざ二人の至高の開拓者共がレイヴを救いにくるとは!!
であれば!あのレイヴを手中に収められたなら、サヴァイヴとフィレアへの強力な交渉材料になるという訳だ!!
ははは良いぞ!ここに来てツキがこのベーロムに回ってきている!!
レイヴ、貴様を必ず手に入れてやるぞ!」


メントの父親は鼻歌と共にメントへの罰を終わらせに向かった。


――――――――――――――


ファースタの街はすっかり夜の帳が下りて、街灯や店の灯り、それに空にある■■■■■が主な光源になっていた。
サヴァイヴに抱えられたままのレイヴ。彼の首筋には札が貼られていた。フィレアの解析した解毒望術だ。


「良かったぁぁぁぁぁ」


フィレアが大きく腕を広げて未だに意識を戻さないレイヴに抱きついた。


「おいおいフィレア離れてくれ。歩きにくいだろ」


「だって本当に心配したんだもん!生きててありがとう!」


フィレアは言いながらサヴァイヴの腕の中のレイヴに抱きついている。周囲の人間が怪訝な視線を送っているがそこは数億年生きた悟人。全く意に介さない。


「レイヴ、随分大きくなったわね」


「ああ、最後に会ったのが十年だからな。普通の人間の十年は本当に早い」


「私たちより後に生まれて、先に死ぬ、か。寿命知らずで永久的に開拓を楽しめるのは良いけど、そういう所は辛い所よね」


「だが意思なりなんなり受け継がれていくものはある。俺達がそれを正しい方に導かなくちゃな」


サヴァイヴとフィレアは空を見上げた。
星は見えなかった。文明の発展がもたらした人口と願望の光で塗りつぶされていた。


「そこの二人、少しいいかね」


女の声がした。
二人は振り返ると、白い髪の少年を抱えたとんがり帽子から黒く長い髪を垂らしたゆったりとしたローブの女が居た。顔はつばに隠れて見えなかった。


「誰だ?アンタ」


サヴァイヴが身構えながら尋ねる。


「そう警戒するな。私はプルトー。君たちからすれば取るに足らない望術師でしかない。まあ、帽子で顔を隠した女が少年を抱えていては、誰だって警戒するのは分かるがね。しかし私は君達に頼み事をしに来ただけなのだ」


とんがり帽子の女は長年の友人と話すような気軽さで言った。


「頼み事?」


「なんてことはない。私の抱えているナナキと言う少年も連れて行って欲しいのだ。その方がそこのレイヴも喜ぶだろうよ」


「ナナキって、レイヴの言ってた友達の?それにレイヴを知っているって貴女、何者!?」


「望術師プルトー、それ以外の何者でもないと言った。私は偶然会って治療しただけだよ。レイヴの連れてきた死に体のナナキをな。しかしいくら怪しいとは言っても人を助けんだ。そんなに警戒しなくてもいいじゃないか」


唇をとんがらがせて言うプルトーに対して、フィレアは何か、感じるものがあった。


(何故だろう、コイツの事をしっかり知らなくてはならない気がする。根拠はないけど何か、私の求めているモノに近いような……)


「レイヴの友達を助けてくれた事はありがとう。貴女と話をしたいのだけど良いかしら」


「ダメだ。私は忙しい中ここまでわざわざ来たというのに話なんてとんでもない」


「どうしても話がしたいの、いえ貴女の事を聞かなくてはならない。私の求めているモノの手がかりに近づける気がする」


「どうしたフィレア」


フィレアはプルトーを逃がさないように歩み寄る。サヴァイヴの問い掛けには応じない。


「そう焦るな」


プルトーは早足で歩み寄るフィレアに、手の中のナナキを投げた。
フィレアはえっ?と戸惑いの声をあげながら投げられたナナキを咄嗟にキャッチした。
その一瞬の間でプルトーはすでに望術を展開していた。


「案ずる事は無い。近いうちにまた会えるとも。さよならだ、旧時代の開拓者たちよ」



周囲の空間ごとプルトーの姿がぐにゃりと捻れ、吸い込まれるように消えた。


「あっ……!」


フィレアは手を伸ばすことすら出来ないままプルトーが消えた虚空を見つめていた。
そして“手掛かり”が居なくなった事実に脱力し、地面に膝を着いた。


「どうしたフィレア。珍しく必死な形相だったじゃないか。そんなにあの女が気になるのか」


サヴァイヴはフィレアの肩に空いていない手の代わりに膝で小突いた。


「うん。アイツ手掛かりだと思う。私の記憶の」


サヴァイヴの膝に肩をぶつけながらフィレアは言った。彼女の言葉でサヴァイヴは目を丸くした。


「え!?ここに来て記憶の!?」


「そう、証拠はないけど確信めいた感覚があったの。何か私について重要な事を知ってるって一目で分かった。それを逃がしたのは痛いわ……」


「まあまあ、そう気にするなよな。記憶失って幾億年、俺達『記憶探し《ロスト・ファウンズ》』は自分達の記憶探しがてら星を巡って楽しんできたんだから。プルトーはいずれまた会うと言った。気長にソイツを待とうぜ」


「けど……いや、うん、そうよね。今はレイヴの治療が先よね!命の危機は去ってもレイヴはまだ重症だもんね。早く治してあげないと」


フィレアは顔を振り、立ち上がった。


夜は深みを増してゆく。レイヴにとって大きな一日となった今日という日が終わりを迎えようとしている。