「そして、君たちには礼を言わなくちゃならない。君たちが体を張ってくれたお陰で、身内を、レイヴを救う事が出来そうだ」


銀眼のサヴァイヴはホッと安心した様子で言った。

原点にして頂点。宇宙開拓の黎明。至高の開拓者。いずれもサヴァイヴと言う男を形容している。
彼は数十億年にわたり幾度の星々を繋いできた。人類全体の文明を拓く謎を見つけたし、これを解いてきた。宇宙を脅かす堕族の王を倒したこともあった。そんな彼は人類の道を照らす曙光そのものと言ってもよい。


(そしてレイヴ、とうとうやったんだな。クオリアが覚醒したんだな。お陰でお前を見つけられた)


レイヴが覚醒した所で結局は死ぬ運命。すなわち無駄だと言ったが、訂正する。
レイヴが覚醒したためにサヴァイヴたちはレイヴの望力を感知する事でファースタ街の地下に隠された魔寄いの森を見つける事ができ、コモノが、イグニット勢力が粘ったおかげで間に合うことが出来たのだ。


「レイヴ?なんでレイヴの名前が至高の開拓者から出てくるんだ?」


「レイヴのなんて言ったらいいか……そうだな、隣の家の面倒見のいい素敵なおじさんってところかな。レイヴがこのヤバい所まで来てるって分かったもんだからすっ飛んできたのさ」


そう言うとサヴァイヴと名乗った男はレイヴを抱えている男の元へ行き相手から受け取った。

レイヴはすっかり冷たくなっていたが、望力は微かに残っている。
サヴァイヴがレイヴを手の中に抱えたまま望力を練る。プラチナの輝きがレイヴを包んだ。するとみるみるレイヴの顔色が良くなっていった。肉体と魂を結びつけておくだけの望力をレイヴに注いだのだ。これでレイヴに忍び寄る死とひとまず距離を取れた。


「さて、次はと」


サヴァイヴの全身からプラチナの電気が放たれ、周囲で燃え盛る緑の炎に直撃した。
すると炎は緑から元の朱色に戻ったかと思った次には幻のように消えてしまった。


「電気で分解したと言うのか、この魔寄いの森の毒を!?」


「何も難しい事じゃない。俺はイメージしただけだ。毒が分解されるイメージをな。この森の毒はいずれも自然のものではなく、望力によるもので幸いだった」


(もっとも、レイヴを冒している毒までは分解できないが……。フィレア、急いでくれよ)


「す、すげえ」


イグニット勢力の自分たちをあれほど苦しめた毒炎をこうも簡単に処理した目の前の男にただただ目を剥く事しか出来なかった。


「おい、聞いているか!!ボヤボヤしている暇はないぞ!早くここを出て負傷者を病院に連れて行ってやれ!」


サヴァイヴが呆然とするコモノらイグニット勢力に喝を入れた。コモノたちはピシャリと我に帰る。


「出口は分かるな?安心しろ、ここは俺が食い止める。煙の一つも届かせはしない」


サヴァイヴの心強い言葉に誰もが心の底から安心を感じた。まるで外敵はなく、心置き無く寛げる家に帰ってきたようだ。


「ありがとう」


コモノはそう言うと踵を返し、他の同胞と共に魔寄いの森の出口へ走りだした。


「逃がしはしないといったはずだ」


魔寄いの森の主は緑の火炎旋風を逃げるイグニット勢力に放った。


「いいや、逃がさせてもらう」


サヴァイヴがレイヴを抱えたままで火炎旋風の前に飛び出し、プラチナの電気で火炎旋風を霧散した。サヴァイヴは不敵に笑っていた。


「貴様……!」


魔寄いの森の主の眼光を真正面から受けながらも無防備にサヴァイヴは魔寄いの森の主へゆっくり近づいた。その距離は段々と狭まり、気づけば巨竜が腕を伸ばせば届くほどになっていた。


「こっちの都合でアンタの領域に無断で踏み込んだ事は詫びる。しかし恩人達を傷つけさせる訳にもいかないんだ」


巨竜は言葉を返さなかった。だが、退かぬなら死ね、そんな意志を含んだ巨竜の体躯がレイヴを抱えたままのサヴァイヴに向かって突撃した。

――――――――――――――


「くっ……っ……あぁっ……!」


薄暗い独房みたいな部屋の一室で木に縛り付けられた少女、メントが身を捩らせ、苦悶の声を漏らしていた。
彼女は誰の許可もなく無断で大規模な望術を使用した。よってその罰を父親から受けているのだ。
罰はこの木に染み込んだ毒が失われるまで。


父に対する怒りや憎しみはなかった。
あるのは罪悪感だけだ。

父の会社の望力のリソースを大量に使ってしまった。
レイヴやナナキを救うには仕方のない事だったが会社の人間に迷惑がかかったのも事実。
何より父の言いつけを破った。それだけで万死に値する罪だ。だから父は慈悲深い。この程度の罰で済ませてくれているのだから。

父は間違いなく私を大切に思ってくれている。私が子供の頃、大病を患った時に酷く焦った様子で私の傍に居てくれた。
だからこれだって私を思っての罰なのだから苦しいけど辛くない。
そう、辛くなんかない。


「……?」


今、チラリと部屋の隅に何か、動くものを見た気がする。
虫だろうか?いやありえない。この部屋は罰を行う以上、病原菌が入らないよう徹底的に消毒、虫の締め出しがされているのだ。メントの身に想定外の事が起こらないよう、メントの父がしっかりと考え、設計されたのがこの部屋だ。
今日は色々な事があったから疲れているのだ。彼女はそう結論づけた。


「ねえ」


そんなメントの結論は、ゴミ箱に放り投げるようにあっさり否定された。
若い女性の声が後ろから聞こえたのだ。振り返ろうにも木に縛られているため叶わない。
一体誰が何故どのようにここへ?
理解できないが故の恐怖が身動きの取れない状況に増幅されメントを襲う。


「そんなに怖がらなくてもいいよ」


自分の体を縛っていた拘束が消えたと思った次には体がフワリと浮いたような感覚があった。実際に浮いていた。自分を縛っていた装甲は失われ、木が霧状になり、跡形もなく消えていた。

メントは重力に引かれ、床に倒れ込む途中にあった。
それを誰かが支えてくれた。先程から聞こえる声の主だ。


「楽にしていい」


川のせせらぎみたいな声で包み込むように彼女は言った。
すごく綺麗な人だと思った。
螺鈿色に反射する白い髪、透き通るような肌。蒼や紅に反射する瞳。
アウトドアな茶色いジャケットに黒いアンダーシャツ。
絵の中から飛び出してきた女神か天使のようだった。


「あなたは?」


「私はフィレア。知り合いがピンチっていうんで助けに来たんだけど、途中で辛そうな貴女を見つけてつい。貴女、名前は?」


「メントです。助けてくれてありがとう、ございます」


ありがとう、とは言ったが罰を受け続けなくてはならないのにそれから逃れられたという事に罪悪感を覚えていた。


「メントちゃんかあ。ミントみたいでかわいい名前ね。だからって食べちゃったりはしませんけど。
ところで酷い傷ね。治療してあげましょうか」


確かにメントの体には至る所に傷があった。ほとんどがイグニット勢力との抗争によるものだ。
けれどフィレアと名乗った女性は拷問によるものだと思っているのだろう。


「いえ、そんな、いいです。」


それはメントの本心だった。
この傷は私が受けるべき罰の象徴。父はイグニット勢力との戦いの傷を引っ括めて今回の私の罰にしたのだ。ならば父の判断で治療してもらうまでこの傷はそのままにしなくてはならない。


「遠慮なんかしないしない!見るからに痛そうだもん。バイ菌が入ったり痕が残ったら大変でしょう?」


そう言ってフィレアは手をかざし、治癒望術でメントを治し始めた。


「っ、やめてください!」


咄嗟にフィレアの手を振り払った。
フィレアはきょとんとした顔をしている。


「えっと……」


「ご、ごめんなさい。治療を拒否するなんてどうかしてますよね」


「ううん、気にしないで。貴女に何か事情があるのに治療しようとして。余所者、部外者である内は傍観者に徹しなくちゃいけないのに、つい深入りしてしまう。私の悪い癖だ」



しっかりしなきゃ、とフィレアは自分の頬を叩いた。


メントは困っていた。
これからどうしよう。毒を帯びた木は失われてしまった。罰は確実に受けなくてはならないのに。何より父にどう説明すればいいのか。


「も、もしかして毒の木を消したのまずかった!?」


困った態度が出ていたのか、フィレアがハッとした様子で言った。


「え、ええまあ。でも仕方ないです。初見じゃ分かりませんよ、客観的に見たら拷問に見えても仕方ないですから。またお父さんに頼んで作ってもらえばいいです」



フィレアは何か言いたそうにしていたがグッと堪えたようだ。


「木だったら私が作り直すわ。そして私が来る前の状態を再現する」


代わりに、そんな突拍子のない事を言った。


「え?」


「私のクオリアは状態変化。あらゆる物質を液体、固体、気体、電離体に変えて操る事ができる」


彼女はそう言って、木の生えていた所に手をやった。
するとどこからともなく霧が現れ木の形を作った。


「さっき私が気体にした木を元の形に戻したの。毒の代わりに傷が癒える成分にしたけどね。あとは最初の体勢に戻って縛れば元通りよ」


「毒を抜いた!?そんな、困ります!私はここの人に迷惑を掛けたから罰を受けなくてはならないのに!」


「大丈夫、貴方が演技すればバレないはずよ」


「そういう問題じゃなくて、私は罰を受けなくてはならない義務がある!これは私たちの常識として決まっていることなんです!」


「メントちゃんは真面目だね。
けど、貴女の言う『常識』というものは貴女のためになってる?」


「勿論です。父は私を愛してくれている。ならそれが間違いなはずがない」


「確かにお父さんの言うことに従うのは安心すると思う。それでやってこれたなら尚更でしょう。けれど貴女のお父さんも人間だから時として間違える事もある。だから一度考えてほしい。父のやる事が、『常識』が本当に正しいのかを。自分や周りの人のためになっているのかを」


フィレアはメントを縛っていた縄を復元すると踵を返した。


「毒のデータは取れたし私はもう行くね。ここに私が居た事は誰かに言っても構わないわ」


フィレアは瞼を閉じて望力を練った。すると彼女の足元の床が液体と化し、滑り落ちるように地下へと潜って行った。
しばらくすると空いた穴に霧が集まり、何事もなかったかのように元通りになった。フィレアは最初からここに居なかったと錯覚すら覚える。されど、彼女の言葉だけはメントの心に残っていた。


「私は、どうすればいいのだろう」


一人残された彼女の声は誰に届くわけでもなく、狭い部屋の中に消えるだけだった