木々を緑の異様な色をした炎が包む。そこから異臭を放つ紫の煙がもくもくと立ち上る。
毒に冒され倒れる者がいた。剣のような爪に身体を抉られる者がいた。炎に焼かれる者がいた。
もはや取り付く島もなかった。魔寄いの森の主たる巨竜は意思疎通が出来るにも関わらず暴力だけを振うのみだった。抵抗した所で応える様子は皆無。逃亡も叶わず。
それは蹂躙。展開されるは無双。意地悪な悪夢を見せられているようだ。
「くそっ、なんなんだ畜生!こっちの攻撃は効かないし、あっちの攻撃は範囲広いし、逃げようにもご丁寧に炎なりなんなりで回り込んでくれやがるし!こんなんどうしろってんだ!」
スキンヘッドの男を抱えたロン毛の男が狼狽える。
「オレのせいだ。無理言ってレイヴを守ろうとしたからこうなったんだ。柄にもなく誰かを助けようって欲張ったからこうなっちまったんだ!」
コモノが頭を抱え、膝を崩して言った。
半端な実力ではコイツには通用しない。
数が力を成さない最悪の敵だ。
「なーにへこたれてんだ。レイヴを連れてここを出たいって言ったのはお前だぜ。言い出しっぺが折れてんじゃねえ」
振り返ると髭面の男が笑っていた。顔が引きつっているので無理してると分かったが、彼は諦めていないようだった。
「けど、オレのために沢山の同胞が……」
「だったら尚更だ!ここで諦めたらアイツらが浮かばれねえ!
それにオレはな、嬉しいんだよ。今まで自分の事ばかりだったお前が誰かを命を賭して助けようとしてんのがよ。
だからレイヴを助けたいお前に全力で応えてえんだ。だからオレの、オレたちのこの思いを裏切るなんて許さねえからな」
髭面の男の隣に居た低身長、丸み帯びた男が続けた。
「その通りだコモノ。正直、オレは戻る気なんて無かったのにお前を助けに行くって空気になっちまったんだ、ここで諦められたら一生恨むからな」
「し、しかしどうすんだ、奴には全然攻撃が効かねえぞ」
「そんなの、まだ戦えるヤツ全員で攻撃をぶち込んで、その間に逃げるしかないだろう」
上手くいくかは賭けだが、と低身長の男は付け足した。
「けどさっき皆で奴にぶちかました時は通用しなかった」
「その時は誰もが焦って適当に攻撃したのがいけなかったんだよ。全員で奴の面を狙えばいい!目を潰せばこっちのもんなんだから」
「つうわけだ。ようしお前ら!全員でデカトカゲの頭を狙うぜ!!オレのスリーカウントでぶっぱなせ!!」
髭面の男がまだ戦えるものに呼び掛かる。
オオオオオ!!と未だ戦えるイグニット勢力が力強く返事の雄叫びを上げる。
「くそっ、やってやる!」
コモノも立ち上がり同じように望力を練る。
その間にも炎や重機のような攻撃がイグニット勢力を蹴散らしていく。衝撃で吹っ飛んだ岩がコモノを掠めた。
恐ろしさに身がすくむが恐怖をふり払い、持てる全ての望力を溜めた。そうだ、これはオレが始めた事だ。せめて最後まで―――!
「3・2・1、ぶちかませ!!」
髭面の男の号令を皮切りに。
再び二百人に及ぶクオリアが全く同時に放たれた。
今度は頭への一点攻撃。それぞれの魂の象徴が束なり、一つの帯となって魔寄いの森の主へ迫る。
これで倒れてくれれば御の字。目や鼻、耳を潰せればそれでも構わない。
だが、魔寄いの森の主は数の暴力を前にして顔色一つ変えず、佇んでいた。
「温い」
巨竜は確かに言った。
そして。
戦える者がありったけの力を込めて放った最大の一撃が巨竜の放った緑の炎に焼き尽くされて灰に還る。
文字通りの魂の一撃がこうも容易く。
塵も積もれば山となる、とは言うが超えるべき壁は山よりも高かった。
勝ち目の無い戦いとはこの事だ。
「たわけ。これしきの願望で儂を仕留められると思うたか。貴様らに為せることと言えば灰塵と帰すのみと知れ」
「ウソだろ……?」
「悪夢だ……」
低身長の男は膝から崩れ落ち、髭面の男は目を見開いていた。コモノはガタガタと震えていた。その場に居る誰もが青ざめた。
「く、くそ、オレたちの全力をこうもあっさりと……!」
「オレたちの思いみんな踏みにじりやがって」
「ちくしょうふざけやがって、化け物め」
まざまざと見せつけられた壁がイグニット勢力の希望を翳らせる。あるのは絶望。死への最短経路。それを意識するほかなかった。
まさかこんな形で街三天≪アントラグル≫の一角が壊滅する事になるなんてここに居る誰もが思いもしなかった。
それでも、コモノは退かなかった。
魔寄いの森の主はあまりにも恐ろしい存在だ。
今すぐにでも一目散に逃げ出してしまいたい。どこでもいい。あの巨竜の居ない場所に飛びたい。そんな思いが身体の全てを染める。
逃げたい思いに必死にブレーキをかけ、コモノは誰もよりも巨竜の近くに立っていた。
「何やってんだコモノ!距離を取れ!」
髭面の男が震える声で叫ぶ。
「オレが一秒でも時間を稼ぐ!みんなは逃げてくれ!」
「出来るかよ!みんなで逃げるんじゃあなかったのか!?」
「そうも言ってられる状況じゃないだろ。誰かが囮にならなきゃ逃げられねえよ。一人でも多く逃げるならこれしかねえ。今までクソ野郎だったこのオレの面倒を見てくれたイグニットさんと仲間たち。そしてオレの目を覚まさせてくれたレイヴ。返礼はこの命で返したい……!」
あの巨竜を止める手段も策もない。だが、一人だけだとしても陣を張れ。一秒にも満たない無駄な時間稼ぎだったとしても。それで仲間が助かるのなら賭けるほかない。
「コモノ……!」
コモノの仲間たちはコモノの中に気高い望みを見た。だから彼らは逃げると決めた。コモノを見捨てる訳では無い。コモノの誇りを守るために彼らは走ると決めた。
しかし。
「一人たりとも逃がしはせんと言ったはずだ」
コモノの決意を嘲笑うような言葉。
魔寄いの森の主が天井近くにまで飛び上がった。
そして口の中に望力を込める。先の一撃のお礼と言わんばかりに。
緑の炎が渦を巻いて太陽を織り成す。
標的はコモノ。ただし放たれた緑の火炎旋風は着弾点を起点に周囲の空気を汚染しながら焦がし、コモノはもちろん、その場に居る全てをあっという間に死に至らしめるであろう。逃げ道はない。
残されたイグニット勢力の人間は理解した。あの火球が地面に落ちた時が自分たちの終わりなのだと。
イグニットが健在なら全てを貫くクオリアで毒の煙も命を焼く炎も頑強な鱗も貫いて、あの巨竜を倒しえたかもしれない。それなのに、イグニットは街でも指で数えられる程の強さを持ちながら、よりにもよってこのタイミングで意識を失っていた。とある少年が奇跡的に彼を倒した事によって。
あまりにも間が悪い。
レイヴが奇跡的にイグニットを倒した事も、コモノが必死にレイヴを助けようと呼びかけた事も全てが無駄だったのだ。
結局はこうなるのが運命だったのだ。
そして、絶望が放たれた。地面へ今、落とされた。
着弾、カッと一点より光が広がった。
コモノはその光の中に無念と悲しみと絶望を抱いて消えた。
ただし光の色は緑ではなかった。
青く冴えたプラチナだ。緑の光弾が地面に着弾する直前、プラチナ色の雷光が遠くから目にも止まらぬ速さで飛来し、緑の炎を食らったのだ。
「何……?」
魔寄いの森の主も何が起こったのか分からず唖然としている。
救われたコモノやイグニット勢力は男を見て、魔寄いの森の主以上に驚愕していた。
「ア、アンタはまさか……!?」
プラチナの光が収まるとコモノの隣に一人の男が立っていた。
無造作に後ろへ流された白い髪、銀の目、赤茶色のジャケットに黒いアンダーシャツ。外見は20~30代程度と言ったところか。ただし立ち振る舞いや顔つきは落ち着いていて老人のように穏やかだ。
纏う雰囲気はこの魔寄いの森において間違いなく余所者のはずなのにまるでずっと昔からそこに居るような自然さがあった。
その男を誰もが知っていた。彼の偉業と力を知らない者は居なかった。
「至高の開拓者、サヴァイヴ!?」
「君の勇気ある行動はほんの数秒程度のものだったがそ君たちの命運を変えた」
場違いな穏やかさを含んだ言葉でサヴァイヴと呼ばれた男はコモノ、そしてイグニット勢力を讃えた。
毒に冒され倒れる者がいた。剣のような爪に身体を抉られる者がいた。炎に焼かれる者がいた。
もはや取り付く島もなかった。魔寄いの森の主たる巨竜は意思疎通が出来るにも関わらず暴力だけを振うのみだった。抵抗した所で応える様子は皆無。逃亡も叶わず。
それは蹂躙。展開されるは無双。意地悪な悪夢を見せられているようだ。
「くそっ、なんなんだ畜生!こっちの攻撃は効かないし、あっちの攻撃は範囲広いし、逃げようにもご丁寧に炎なりなんなりで回り込んでくれやがるし!こんなんどうしろってんだ!」
スキンヘッドの男を抱えたロン毛の男が狼狽える。
「オレのせいだ。無理言ってレイヴを守ろうとしたからこうなったんだ。柄にもなく誰かを助けようって欲張ったからこうなっちまったんだ!」
コモノが頭を抱え、膝を崩して言った。
半端な実力ではコイツには通用しない。
数が力を成さない最悪の敵だ。
「なーにへこたれてんだ。レイヴを連れてここを出たいって言ったのはお前だぜ。言い出しっぺが折れてんじゃねえ」
振り返ると髭面の男が笑っていた。顔が引きつっているので無理してると分かったが、彼は諦めていないようだった。
「けど、オレのために沢山の同胞が……」
「だったら尚更だ!ここで諦めたらアイツらが浮かばれねえ!
それにオレはな、嬉しいんだよ。今まで自分の事ばかりだったお前が誰かを命を賭して助けようとしてんのがよ。
だからレイヴを助けたいお前に全力で応えてえんだ。だからオレの、オレたちのこの思いを裏切るなんて許さねえからな」
髭面の男の隣に居た低身長、丸み帯びた男が続けた。
「その通りだコモノ。正直、オレは戻る気なんて無かったのにお前を助けに行くって空気になっちまったんだ、ここで諦められたら一生恨むからな」
「し、しかしどうすんだ、奴には全然攻撃が効かねえぞ」
「そんなの、まだ戦えるヤツ全員で攻撃をぶち込んで、その間に逃げるしかないだろう」
上手くいくかは賭けだが、と低身長の男は付け足した。
「けどさっき皆で奴にぶちかました時は通用しなかった」
「その時は誰もが焦って適当に攻撃したのがいけなかったんだよ。全員で奴の面を狙えばいい!目を潰せばこっちのもんなんだから」
「つうわけだ。ようしお前ら!全員でデカトカゲの頭を狙うぜ!!オレのスリーカウントでぶっぱなせ!!」
髭面の男がまだ戦えるものに呼び掛かる。
オオオオオ!!と未だ戦えるイグニット勢力が力強く返事の雄叫びを上げる。
「くそっ、やってやる!」
コモノも立ち上がり同じように望力を練る。
その間にも炎や重機のような攻撃がイグニット勢力を蹴散らしていく。衝撃で吹っ飛んだ岩がコモノを掠めた。
恐ろしさに身がすくむが恐怖をふり払い、持てる全ての望力を溜めた。そうだ、これはオレが始めた事だ。せめて最後まで―――!
「3・2・1、ぶちかませ!!」
髭面の男の号令を皮切りに。
再び二百人に及ぶクオリアが全く同時に放たれた。
今度は頭への一点攻撃。それぞれの魂の象徴が束なり、一つの帯となって魔寄いの森の主へ迫る。
これで倒れてくれれば御の字。目や鼻、耳を潰せればそれでも構わない。
だが、魔寄いの森の主は数の暴力を前にして顔色一つ変えず、佇んでいた。
「温い」
巨竜は確かに言った。
そして。
戦える者がありったけの力を込めて放った最大の一撃が巨竜の放った緑の炎に焼き尽くされて灰に還る。
文字通りの魂の一撃がこうも容易く。
塵も積もれば山となる、とは言うが超えるべき壁は山よりも高かった。
勝ち目の無い戦いとはこの事だ。
「たわけ。これしきの願望で儂を仕留められると思うたか。貴様らに為せることと言えば灰塵と帰すのみと知れ」
「ウソだろ……?」
「悪夢だ……」
低身長の男は膝から崩れ落ち、髭面の男は目を見開いていた。コモノはガタガタと震えていた。その場に居る誰もが青ざめた。
「く、くそ、オレたちの全力をこうもあっさりと……!」
「オレたちの思いみんな踏みにじりやがって」
「ちくしょうふざけやがって、化け物め」
まざまざと見せつけられた壁がイグニット勢力の希望を翳らせる。あるのは絶望。死への最短経路。それを意識するほかなかった。
まさかこんな形で街三天≪アントラグル≫の一角が壊滅する事になるなんてここに居る誰もが思いもしなかった。
それでも、コモノは退かなかった。
魔寄いの森の主はあまりにも恐ろしい存在だ。
今すぐにでも一目散に逃げ出してしまいたい。どこでもいい。あの巨竜の居ない場所に飛びたい。そんな思いが身体の全てを染める。
逃げたい思いに必死にブレーキをかけ、コモノは誰もよりも巨竜の近くに立っていた。
「何やってんだコモノ!距離を取れ!」
髭面の男が震える声で叫ぶ。
「オレが一秒でも時間を稼ぐ!みんなは逃げてくれ!」
「出来るかよ!みんなで逃げるんじゃあなかったのか!?」
「そうも言ってられる状況じゃないだろ。誰かが囮にならなきゃ逃げられねえよ。一人でも多く逃げるならこれしかねえ。今までクソ野郎だったこのオレの面倒を見てくれたイグニットさんと仲間たち。そしてオレの目を覚まさせてくれたレイヴ。返礼はこの命で返したい……!」
あの巨竜を止める手段も策もない。だが、一人だけだとしても陣を張れ。一秒にも満たない無駄な時間稼ぎだったとしても。それで仲間が助かるのなら賭けるほかない。
「コモノ……!」
コモノの仲間たちはコモノの中に気高い望みを見た。だから彼らは逃げると決めた。コモノを見捨てる訳では無い。コモノの誇りを守るために彼らは走ると決めた。
しかし。
「一人たりとも逃がしはせんと言ったはずだ」
コモノの決意を嘲笑うような言葉。
魔寄いの森の主が天井近くにまで飛び上がった。
そして口の中に望力を込める。先の一撃のお礼と言わんばかりに。
緑の炎が渦を巻いて太陽を織り成す。
標的はコモノ。ただし放たれた緑の火炎旋風は着弾点を起点に周囲の空気を汚染しながら焦がし、コモノはもちろん、その場に居る全てをあっという間に死に至らしめるであろう。逃げ道はない。
残されたイグニット勢力の人間は理解した。あの火球が地面に落ちた時が自分たちの終わりなのだと。
イグニットが健在なら全てを貫くクオリアで毒の煙も命を焼く炎も頑強な鱗も貫いて、あの巨竜を倒しえたかもしれない。それなのに、イグニットは街でも指で数えられる程の強さを持ちながら、よりにもよってこのタイミングで意識を失っていた。とある少年が奇跡的に彼を倒した事によって。
あまりにも間が悪い。
レイヴが奇跡的にイグニットを倒した事も、コモノが必死にレイヴを助けようと呼びかけた事も全てが無駄だったのだ。
結局はこうなるのが運命だったのだ。
そして、絶望が放たれた。地面へ今、落とされた。
着弾、カッと一点より光が広がった。
コモノはその光の中に無念と悲しみと絶望を抱いて消えた。
ただし光の色は緑ではなかった。
青く冴えたプラチナだ。緑の光弾が地面に着弾する直前、プラチナ色の雷光が遠くから目にも止まらぬ速さで飛来し、緑の炎を食らったのだ。
「何……?」
魔寄いの森の主も何が起こったのか分からず唖然としている。
救われたコモノやイグニット勢力は男を見て、魔寄いの森の主以上に驚愕していた。
「ア、アンタはまさか……!?」
プラチナの光が収まるとコモノの隣に一人の男が立っていた。
無造作に後ろへ流された白い髪、銀の目、赤茶色のジャケットに黒いアンダーシャツ。外見は20~30代程度と言ったところか。ただし立ち振る舞いや顔つきは落ち着いていて老人のように穏やかだ。
纏う雰囲気はこの魔寄いの森において間違いなく余所者のはずなのにまるでずっと昔からそこに居るような自然さがあった。
その男を誰もが知っていた。彼の偉業と力を知らない者は居なかった。
「至高の開拓者、サヴァイヴ!?」
「君の勇気ある行動はほんの数秒程度のものだったがそ君たちの命運を変えた」
場違いな穏やかさを含んだ言葉でサヴァイヴと呼ばれた男はコモノ、そしてイグニット勢力を讃えた。