森に倒れた敵同士の二人の男。


「イグニットさんが倒されるなんて信じられねえ……」


「レイヴの奴も力尽きたみてえだけど」


「相討ちか」


「そんな奴の事はどうでもいい、早くイグニットさんを連れてここから出るんだよ!この辺りを根城にしているアレが戻ってくる前に!」


片や舎弟たちに囲まれ、片やたった一人。
仲間に囲まれた方は仲間に助けられるだろう。片方は誰にも救われず、一人死にゆくだけだろう。

結局の所、レイヴの覚醒は無意味だった。
死体になった身体を突き動かしていた望力はイグニットへの一撃でおよそ尽きた。
望力は肉の塊でしかないはずの身体を動かす力の事でもあり、それを失う事は死ぬ事だ。
レイヴにも全ての望力が失われる、本当の意味での絶望の時が来ていた。


「待ってくれ!」


イグニットの舎弟の中で一人だけ、異議を唱える者が居た。昨日クラスメイトのレイヴに自信を砕かれて惨めに負け、今日もまた返り討ちにあった男、コモノだった。


「何言ってんだコモノ、イグニットさんやオマエを殴ったアホの事なんてほっとけよ。どの道ソイツは助からねえって」


コモノは少し言い淀んでから、仲間たちを見据えて言った。


「そ、それはそうだがよ、レイヴはその、認めたくねえが……イグニットさんに、勝った。このまま死なせたらコイツの一人勝ちだぜ?それじゃあ悔しくねえか?

イグニットさんは自分が最強でなくてはオレたちが安心しないって思ってる。もちろんオレたちはこの人の強さじゃなくて人柄に惚れて着いてきたからこの人が負けたってくらいでこの人の元から去るなんて事はしねえ。

だがよ、あの人はきっとまたちゃんと戦って勝ちたいって思うんじゃねえか?だったらそれに応えるのがオレたち舎弟の役割だろ?だから、レイヴにはしっかり生きてもらわなくちゃならねえ」


舎弟達が怪訝な顔でコモノを見ている。
哀れみや、コモノを心配するような視線もあった。


「コモノよう、頭でも打ったか?ソイツを助ける義理は無いぜ」


「オマエは自分をぶん殴った野郎を助けるってのかよ」


「イグニットさんはオマエを初めとする三人が殴られたからレイヴをぶっ殺しに来たんだぜ。コイツを助けるのはそれこそイグニットさんの意志に背く事じゃね?」


「……っ」


コモノは俯いた。
なんとなく分かっていた。
嘘で塗り固められた言葉では仲間と言えど彼らには届かないなんて事。
本心を言えば皆呆れてオレを置いて帰っていくかもしれない。勢力内での立場も悪くなるかもしれない。下手すれば居場所すら無くなるかもしれない。
けれど。
言わなくてはならない。この気持ちを皆に伝えなくてはならない。


「正直に言うと、オレはレイヴを死なせたくねえって思ってる。
このレイヴは、狡い事したオレを助けてくれたんだ。時間もねえのにオレの意地に付き合ってくれたんだ。
そんな男を置いて帰るなんて出来ねえ!
オレはコイツを助けてえ!身勝手なのは分かる!みっともねえ事も分かってる!頼む皆、こんなオレを手伝ってくれ!」


コモノはその場で土下座して仲間たちに頼み込んだ。
コモノに言葉をかける者は一人として居なかった。その場にいる誰もが踵を返して魔寄いの森の出口へ向かっていった。
その場に残ったのは地面に這いつくばる絶望直前のレイヴの死体とうずくまるコモノだけだった。

コモノは一つ、イグニット勢力という居場所を失った。そんな事実がコモノの心を締め付ける。
けれど、ショックを受けている場合じゃない。
コモノの居場所はまだある。学校という居場所が。コモノは自分と同じクラスメイトのレイヴに向き直る。


「やってやる、オレ一人でもやってやるぞ!オレだって何か成し得るって、証明してやる!」


手をレイヴの胸に置く。意識を集中させる。
コモノの望力がレイヴに注がれる。

魂が肉体と結びつくだけの望力さえあれば肉体がどんな酷い状態だろうと生きていられる。

だが、コモノがどれだけ望力を注いでもレイヴに満たされる事はなかった。
まるで穴の空いた容器に水を注ぎ込むよう。レイヴの肉体は何度も限界を超えて行使された結果、死体も同然だった。
それに加えてあらゆる望力を半分に減衰する体質。
ただの小市民でしかないコモノ一人では望力の供給は間に合うはずもなかった。


「くそっ、ここまでやったんだ!!死ぬなよレイヴ!!絶望なんかするんじゃねえ!」


胸に置いた手に力が入る。途端にボキ、と嫌な音がした。肋骨の骨が砕けた。


「な……」


限界を超えた肉体は骨すらも脆い。
その事実がコモノを焦らせた。
焦った所でコモノ一人ではどうにもならない。


「くそ、くそくそくそくそ!結局、オレじゃ何も成し得ないのかよ!誰も救えないってのかよ!ふざけるな!ふざけるな!ちくしょう!!」


くらり、とコモノの身体が揺れる。
いきなり叫んだからではない。
コモノの望力も尽き初めていたのだ。



レイヴの胸に、見知らぬ手が四本添えられた。見上げると昨日、一緒に行動を共にしたスキンヘッドの男とモヒカンの男が笑っていた。


「ようコモノ。オマエ一人で帰って来れるか心配だったから戻って来てやったぜ」


「せ、先輩たち……なんで……コイツは先輩を殴った奴なんすよ?」


「コイツの事は気に入らねえが、治さねえとコモノが戻って来れねえんだろう?治したとして、ちゃんとオマエが戻って来れるか心配だったんでな」


「しっかしコイツ、すんごい望力持ってくなあ、まあ皆の分があれば十分足りるだろ」


「皆?」


コモノが遠くを見る。馬面の髭を生やした男、ふっくらした低身長の男。ガタイの良い男。

馴染みある顔が続々とこちらへ向かってきていた。その数およそ千人。


「皆……」


思わず顔が綻んだ。視線が滲み始めた。自分一人の為に皆戻ってきてくれた。コモノは目を擦り、改めてレイヴに望力を注ごうとする。それを、スキンヘッドの男が制し、モヒカンの男が突き飛ばした


「ほれ、おめえは休んでろ」


「望力、沢山使ったんだろ?オレたちに任せろって」


お言葉に甘えて足を投げ出し、レイヴの治療を見守る。
皆が必死で仇だったはずの男に望力を注いでいる。自分が訴えなければとどめすら刺されていてもおかしくない男を、皆が助けている。
思っていたより自分という人間は皆に愛されていて、幸運だったようだ。


「さあて、このまま注いでてもジリ貧でしかねえし、とっとと病院にコイツをぶち込んでやるか。オレが運ぶから皆交代しながらコイツに望力を注いでくれ。」


スキンヘッドの男がレイヴを抱える。抱えられたレイヴに他の舎弟たちが望力を注いでいく。


「さあて、ここから脱出して……」


突然。

轟、と風の津波がイグニット勢力を凪いだ。
煽られて沢山の男達がボーリングのピンみたいにぶっ倒れる。

コモノは見た。
闇夜に紛れてなお、はっきり視認できる夜より深い巨大な影を。
そして聞いた。
地の底から響くような重低音の声を。


「我が縄張りへこうも大量に踏み入るとは……やはり人間、図々しさだけは突き抜けている」


そこに立つのは死の象徴そのもの。
降り立った影に誰もが視線を寄せた。

鈍い紫のシルエットに鮮やかな緑のラインが走っている。ゴツゴツとした大岩のような表皮から蛍光色の棘や角が伸びる。
二足歩行の立ち姿から骨格はペンギンを思わせるがペンギンのような愛らしさは欠けらも無い。むしろドラゴンの圧倒感の方が近い。背中からは蝙蝠のような無骨な二枚の翼が伸びており、ただでさえ巨大な体躯をより大きく見せていた。


魔寄いの森の主はその太腕でレイヴを抱えていたスキンヘッドの男を巨大な腕ではじき飛ばした。
男はペルテモントの樹に強く叩きつけられて呻き声を上げて蹲った。
レイヴも地面に放り出されてしまった。


「なんだコイツは!!」


「コイツは、魔寄いの森の主だ!!」


「くそ、こんな時に!」


「イグニットさんでも喧嘩を売らない化け物だ!まずい、絶対にまずい!」


圧倒的な威圧感を放つ魔寄いの森の主にイグニット勢力の誰もが怯えを見せる。


「まとめて我が住処ペルテモントの樹の肥やしになる他ないな、痴れ者共!」


次に吹き荒れるのは蛍光色の炎だった。
炎に呑まれる者は呆気なく死に絶え、上手く避けた者もタダでは済まない。
だが、本当に恐ろしいのは炎ではなかった。
炎から膨れ上がる紫の煙があった。吸った者は皆膝を着いた。

それは魔寄いの森の樹と同じ毒だった。
地上の生命は未確認の毒の抗体は持ちえない。故に無抵抗の身体を細胞から念入りに破壊する。
血をゼリーように固め、細胞壁を砕き、組織をズタズタにする。対望力である防ぐ事はできるが半端な実力では気休めでしかない。


「うわああああ!!」


コモノは手の中に火球を作り、聳え立つドラゴンにぶつけた。

成長したコモノの火球を受けたにも関わらず、魔寄いの森の主は当然のように無傷だった。晴れてゆく煙すらも紫に染め上げられていく。


この生物にはイグニットですら近寄ろうとしなかった。
イグニットのクオリアならばこの生物を仕留める事は不可能ではないだろう。だが広範囲に及ぶ毒の炎と煙から逃れる事は難しい。自分と自分の舎弟が巻き込まれる危険性を考慮していたのだ。

恐らくは。

この森において最強を謳う生物。
魔寄いの森の食物連鎖の頂点に在る強者。魔寄いの森の獣を統べる絶対王者。

有象無象では数を揃えた所で無駄な事。その身を焼かれ、念入りに崩されるのが定め。
それに立ち向かう事はすなわち死への最短ルートを意味する。
よって、今すぐにここから立ち去らねばならない。


コモノを初めとするまだ戦えるイグニット勢力の面々が顔を見合わせると、タイミングを合わせてクオリアを撃ちはなった。
コモノの火球のガトリング、空き瓶の嵐、カラフルなグラフティの兵隊、釘バットのような岩、メリケンサック状の鉄クズ、色々なものが魔寄いの森の主を襲う。攻撃が最大の防御とも言う。この隙に逃走する。


巻き上がる土煙。轟く轟音。やはり紫に染まる煙。暖簾のように煙を振り払い、魔寄いの森の主が現れる。
その時には既にコモノたちはレイヴやイグニットを初めとする負傷者を抱え、走り去り、魔寄いの森の主の縄張りから抜け出していた。縄張りの外に出れば大抵の生き物は見逃してくれる。


「逃れられると思うな、人間」


魔寄いの森の主は、大抵の生き物に含まれなかった。
翼をはためかせ、木々を薙ぎ払いその巨体からは想像出来ない速度でコモノたちに迫る。
脳ごと耳が揺さぶられるような轟音と巨大な壁のような風圧にコモノたちは煽られ、足を止められた。
目の前には既に巨体が立ちはだかっていた。


「な、何でだ…!?縄張りからは抜け出したってのに!!わざわざ追いかけて来るなんて!!」


「貴様らがそこらの獣ならば見逃していた。しかし貴様らは人間、見つけ次第滅ぼすに限る」


「なんで人間ってだけで執念深くなるんだよ!オレ達が何したってんだ!?」


叫ぶコモノに巨竜は眉を顰めた。


「己の為した業すらも忘れるとはやはり人間、滅ぶべし」