レイヴが体勢を崩し、何百メートルもの高さから落ちる。
空中のレイヴの姿が薄くなったと思った次にはフッと消えてしまった。
木の上からレイヴを狙い撃ったイグニットは怪訝な表情になった。
「おいお前ら!今、レイヴのヤツはどうなったか分かるやつはいねえか!?」
イグニットが他に潜んでいた自分の舎弟達に問い掛ける。
よく見えなかった、何が起こったか分からなかった言う声の中、的を得た答えがあった。
「よく分からない移動望術じゃないですか?さっきの女もやってたアレ」
「やっぱそう思うか、オレもそう思いたいんだがそうも行かねえんだよ。なんたってあの野郎は背中からオレの絶対貫通を浴びた。その直後に例の望術を使える余裕なんざありゃしねえと思うんだよ、このオレは」
イグニットは釈然としない様子で虚空を眺めるばかりだった。
レイヴは逆しまのビルの廊下で大の字で倒れていた。動悸が酷い。生きている実感が無かった。
自分の胸や腹に穴が空いてないか確認するために手を置く。穴は無かった。
「俺はイグニットのクオリアに撃ち抜かれたはず……。あの白い線はイグニットのクオリアだよな……?外した、のか?」
レイヴは体を起こすと背中に掛けたボディバッグと一体化した鞘を外し、どうなっているか確認した。
「鞘やバッグに穴が空いてるのに楔剣は全くの無傷……」
偶然、絶対貫通の射程範囲のギリギリ外に居たのかもしれない。
けれど、かつてこの楔剣を譲り受けた際にサヴァイヴが言っていた言葉を思い出す。
楔剣は絶対に傷つかない。
当時子供だったレイヴは剣と言うからにはよく斬れるのだろうと思ったが楔剣には刃が無く不満をサヴァイヴにぶつけた。その抗議にサヴァイヴが絶対に傷つかない硬さの剣なのだと諭した記憶がある。
流石に絶対に傷つかない、なんてのは大袈裟だと思っていたが……。
「まさか、な」
今一度、通路置換を使えばイグニットたちの前に出るだろう。
それは恐い。イグニットとまた戦うなんて考えるだけで息が乱れて脚がガクガク震えだしそうだ。何よりこの身は魔寄いの森の探索と戦闘でズタボロで疲労困憊だ。万全には程遠い。
それでも楔剣の可能性を信じて今一度戦いに赴き楔剣の性能を試してみても良いはずだ。
レイヴ本人の意思はイグニットと初めて戦った時と変わらない。
ここで逆しまのビルと魔寄いの森を行き来して逃げる事は出来るだろうがそれでは明日から絶対貫通に怯える日々が始まるだろう。そんなのは真っ平ゴメンだ。今この身体がズタボロだとしてもここでイグニットとはケリを付ける。
これまではナナキを救う事が優先だった戦いだったが目的は達成された。ここからはレイヴだけの戦いだ。ならばもう迷いはいらない。背負うものはない。守るは明日の安泰、一方的でも付けられた因縁はここで片付ける。覚悟は決まった。レイヴの目には既に恐れなどない。
「こりゃ今日中にナナキの所には行けそうもねえな」
レイヴは苦笑いを零し、通路置換を詠唱した。
視界が真っ白な廊下から青々とした森の中へ変わる。
周囲の木の陰などにイグニットの舎弟がちらほらと見られる。
イグニット本人は木の上からレイヴを見下していた。
「さっきまで散々逃げ回った割に堂々としてやがるな。必勝法でも見つけたか?」
「まあな。自分からこっちが勝ったら伝々言っといて逃げ回って悪かったな、ダチの命が掛かってたもんだからよ。けどもう大丈夫、改めて泣いても笑ってもこの戦いで因縁は綺麗さっぱり終わらせようぜ」
レイヴは力強くイグニット一人に宣戦布告した。イグニットの舎弟など全く眼中に無い。イグニットと戦っている最中に乱入するとは考えにくいからだ。不用意に動けば絶対貫通の巻き添えを喰らう。仲間の数を生かせない点はイグニットのクオリアの弱点と呼べるだろう。それ抜きにしても連中が乱入しない確信があった。
「自分勝手な野郎だな。たが良いぜ、ここはイグニット勢力を統べる長としてお前の顔を立ててやる。どの道どんな必勝法だろうがテメエはオレの絶対貫通でぶち抜かれるオチなのは目に見えているんだからな。おいお前ら!コイツはオレが始末する!手を出すな!!」
イグニットは自らの舎弟に呼び掛けた。
ファースタで最強の一角と数えられるクオリアを有するのがイグニットだ。それがクオリアもろくに使えない雑魚一匹に舎弟総出で殴りかかるなどイグニットのプライドが許さない。そんな事態になった時点でイグニットの中では敗北したも同然だ。
舎弟の前で己の力を示し信用を作り維持する。頂点に立つ者として重要な事なのだ。
「レイヴよ、今のオレの号令でこの戦いは俺達二人の熱い決戦だとか思ってんだろうがそいつはとんだ思い上がりってヤツだぜ。
オレにとっては家に潜り込んだネズミを駆除して死体をゴミの日に捨てるのとなんら変わらねえ。それくらいは一人でやる。オマエはその程度のちっぽけな存在なんだよ」
「なら俺にとっては下克上って事になるな」
レイヴは不敵に笑い、楔剣を改めて抜く。ふらりとズタボロの身体が揺れるが堪えた。気合い入れろよレイヴ、お前はここを切り抜け明日を生きるんだ。ナナキやメントと笑い合いそして開拓者になるんだろう。
自分に喝を入れ、力強く足に力を込めた。
「窮鼠猫を噛むってか?精々噛み付いてみろよ欠陥生物よォ!!」
イグニットは木の上からその手に望力を練り、絶対貫通を放った。
この一撃が戦いの合図となった。
レイヴがこれを避け、駆ける。
木の上から白い線が矢継ぎ早に降り注ぐがレイヴは悠々と避ける。
今までの飛び道具使いと立ち回りは同じだ。
イグニットのクオリアは一見すると手から伸びる矛だが恐らく振り回す事は出来ない。
それが出来るのなら初戦の時点でとっくにレイヴは下半身とお別れしていただろう。
だから避ける程度なら今日だけで何度も飛び道具使いに襲われた今のレイヴには朝飯前だ。
ナナキの意識加速の経験やメントの通路置換などの補助の甲斐あっての慣れだ。
彼らの助けあってレイヴは今も大地に足を踏み締められている。
それでもイグニットの覇者としての威圧感と余裕は揺らがない。
(レイヴめ、ちょっと前に戦った時より随分と動きのキレが増してやがるな。死線を潜った方が成長は早いって事かよ。しかしどうする?テメエの攻撃はこの木を登ってこねえとオレには届かないぜ。こっちまで登ってくるテメエはさぞ良い的になってくれるんだろうな!)
望力量も充分。イグニットはただ木の上からシューティングゲームをする気分でレイヴを狙うだけでいい。
木の麓でレイヴが緊張した面持ちで立ち止まる。そこに白線が飛び込んできた。心臓が強く脈を打ち始めた。ドッ、ドッ、と警告音みたいにレイヴにその場から逃げるよう急き立てる。しかしレイヴは避ける素振りすら見せない。代わりに楔剣を振りかざして、白線を殴った。
「……は?」
イグニットの舎弟たちが皆ありえない物を見て驚愕に目を見開いている。
イグニットに至っては理解が追いついていない。
楔剣は、レイヴは健在だ。絶対貫通と拮抗している。
「ぐぬぬぬぬ……!!」
レイヴがこめかみに青筋を立てて必死に楔剣を支えている。
なんという重さ。全てを貫く白線は密度が恐ろしく濃い。ちょっとでも気を抜いたら楔剣は弾かれて身体を持っていかれそうだ。
「うおおああああ!!」
レイヴが更に根を入れて全体重を楔剣に込めた。
せめぎ合う白線と楔剣の境目から黒い稲妻のようなものが飛ぶ。辺り一帯にバリバリと空間が悲鳴を上げるような音が鳴り響いた。
「うりゃあぁ!!」
レイヴが楔剣を振り抜いた。
白線が、全てを貫くが故に決して曲がるはずのない絶対貫通がぐにゃりと歪み、イグニットの足場の木の枝をへし折った。
「な、なにぃッ!!?」
今度はイグニットが落ちる番だった。
まともな受身も取れず身体を地面に打ち付けた。
「がはっ!!」
そこに追い打ちを掛けるようにレイヴが横たわるイグニットの身体を蹴りあげ楔剣のスイングをかました。
ようやく、レイヴはイグニットに攻撃を打ち込む事が出来た。
それはあまりにもあっさりしていて、今までの戦いで近付くことすらままならなかった事が嘘のようだった。
地面に転がったイグニットが身を起こし、戸惑いの表情でレイヴに口を開いた。
「何をした、オレの絶対貫通を弾くなんてありえねえんだ!!ましてやテメエみたいなクオリアすらも使えない雑魚が……!!はっ、その右手の得物か!!」
「そうだ。コイツは楔剣。刃が無い堅いだけの棒さ。ブラックホールに落としても傷一つ付かない程度にな」
「なんだそりゃ……」
「いわゆる絶対に傷つかない棒ってやつ。絶対に貫くアンタのクオリアと絶対に傷つかない俺の剣、この矛盾対決は楔剣の勝ちだったって訳だな」
レイヴは大きなアドバンテージを得た。絶対貫通の強さは前提としてあらゆる物を貫く絶対性にあった。
しかしその絶対性はレイヴの振るってきた例外には通用しない。直撃すればタダでは済まない恐ろしさは変わりないがそれも防ぐことが出来るのならうんとマシになる。
暗闇に光が差し込むようだった。
「アンタと同じ土俵に上がる事が出来た。決着付けようぜイグニット。泣いても笑ってもこれで最後だ」
「同じ土俵?違うな。テメエでクオリアを使えない事を忘れちまったのか?クオリアの有無はクソデケえアドバンテージだって分かってんのか?」
「それならここで補う」
レイヴは自分自身の身体を指さした。
クオリアが使えないから己の肉体を鍛え抜き、クオリア使いとも渡り合えるようになった。何度も喧嘩をふっかけられ積み重ねた経験、そして最大の盾である楔剣。ファースタでも五本の指に入る実力者へと挑戦資格は充分にある。
空中のレイヴの姿が薄くなったと思った次にはフッと消えてしまった。
木の上からレイヴを狙い撃ったイグニットは怪訝な表情になった。
「おいお前ら!今、レイヴのヤツはどうなったか分かるやつはいねえか!?」
イグニットが他に潜んでいた自分の舎弟達に問い掛ける。
よく見えなかった、何が起こったか分からなかった言う声の中、的を得た答えがあった。
「よく分からない移動望術じゃないですか?さっきの女もやってたアレ」
「やっぱそう思うか、オレもそう思いたいんだがそうも行かねえんだよ。なんたってあの野郎は背中からオレの絶対貫通を浴びた。その直後に例の望術を使える余裕なんざありゃしねえと思うんだよ、このオレは」
イグニットは釈然としない様子で虚空を眺めるばかりだった。
レイヴは逆しまのビルの廊下で大の字で倒れていた。動悸が酷い。生きている実感が無かった。
自分の胸や腹に穴が空いてないか確認するために手を置く。穴は無かった。
「俺はイグニットのクオリアに撃ち抜かれたはず……。あの白い線はイグニットのクオリアだよな……?外した、のか?」
レイヴは体を起こすと背中に掛けたボディバッグと一体化した鞘を外し、どうなっているか確認した。
「鞘やバッグに穴が空いてるのに楔剣は全くの無傷……」
偶然、絶対貫通の射程範囲のギリギリ外に居たのかもしれない。
けれど、かつてこの楔剣を譲り受けた際にサヴァイヴが言っていた言葉を思い出す。
楔剣は絶対に傷つかない。
当時子供だったレイヴは剣と言うからにはよく斬れるのだろうと思ったが楔剣には刃が無く不満をサヴァイヴにぶつけた。その抗議にサヴァイヴが絶対に傷つかない硬さの剣なのだと諭した記憶がある。
流石に絶対に傷つかない、なんてのは大袈裟だと思っていたが……。
「まさか、な」
今一度、通路置換を使えばイグニットたちの前に出るだろう。
それは恐い。イグニットとまた戦うなんて考えるだけで息が乱れて脚がガクガク震えだしそうだ。何よりこの身は魔寄いの森の探索と戦闘でズタボロで疲労困憊だ。万全には程遠い。
それでも楔剣の可能性を信じて今一度戦いに赴き楔剣の性能を試してみても良いはずだ。
レイヴ本人の意思はイグニットと初めて戦った時と変わらない。
ここで逆しまのビルと魔寄いの森を行き来して逃げる事は出来るだろうがそれでは明日から絶対貫通に怯える日々が始まるだろう。そんなのは真っ平ゴメンだ。今この身体がズタボロだとしてもここでイグニットとはケリを付ける。
これまではナナキを救う事が優先だった戦いだったが目的は達成された。ここからはレイヴだけの戦いだ。ならばもう迷いはいらない。背負うものはない。守るは明日の安泰、一方的でも付けられた因縁はここで片付ける。覚悟は決まった。レイヴの目には既に恐れなどない。
「こりゃ今日中にナナキの所には行けそうもねえな」
レイヴは苦笑いを零し、通路置換を詠唱した。
視界が真っ白な廊下から青々とした森の中へ変わる。
周囲の木の陰などにイグニットの舎弟がちらほらと見られる。
イグニット本人は木の上からレイヴを見下していた。
「さっきまで散々逃げ回った割に堂々としてやがるな。必勝法でも見つけたか?」
「まあな。自分からこっちが勝ったら伝々言っといて逃げ回って悪かったな、ダチの命が掛かってたもんだからよ。けどもう大丈夫、改めて泣いても笑ってもこの戦いで因縁は綺麗さっぱり終わらせようぜ」
レイヴは力強くイグニット一人に宣戦布告した。イグニットの舎弟など全く眼中に無い。イグニットと戦っている最中に乱入するとは考えにくいからだ。不用意に動けば絶対貫通の巻き添えを喰らう。仲間の数を生かせない点はイグニットのクオリアの弱点と呼べるだろう。それ抜きにしても連中が乱入しない確信があった。
「自分勝手な野郎だな。たが良いぜ、ここはイグニット勢力を統べる長としてお前の顔を立ててやる。どの道どんな必勝法だろうがテメエはオレの絶対貫通でぶち抜かれるオチなのは目に見えているんだからな。おいお前ら!コイツはオレが始末する!手を出すな!!」
イグニットは自らの舎弟に呼び掛けた。
ファースタで最強の一角と数えられるクオリアを有するのがイグニットだ。それがクオリアもろくに使えない雑魚一匹に舎弟総出で殴りかかるなどイグニットのプライドが許さない。そんな事態になった時点でイグニットの中では敗北したも同然だ。
舎弟の前で己の力を示し信用を作り維持する。頂点に立つ者として重要な事なのだ。
「レイヴよ、今のオレの号令でこの戦いは俺達二人の熱い決戦だとか思ってんだろうがそいつはとんだ思い上がりってヤツだぜ。
オレにとっては家に潜り込んだネズミを駆除して死体をゴミの日に捨てるのとなんら変わらねえ。それくらいは一人でやる。オマエはその程度のちっぽけな存在なんだよ」
「なら俺にとっては下克上って事になるな」
レイヴは不敵に笑い、楔剣を改めて抜く。ふらりとズタボロの身体が揺れるが堪えた。気合い入れろよレイヴ、お前はここを切り抜け明日を生きるんだ。ナナキやメントと笑い合いそして開拓者になるんだろう。
自分に喝を入れ、力強く足に力を込めた。
「窮鼠猫を噛むってか?精々噛み付いてみろよ欠陥生物よォ!!」
イグニットは木の上からその手に望力を練り、絶対貫通を放った。
この一撃が戦いの合図となった。
レイヴがこれを避け、駆ける。
木の上から白い線が矢継ぎ早に降り注ぐがレイヴは悠々と避ける。
今までの飛び道具使いと立ち回りは同じだ。
イグニットのクオリアは一見すると手から伸びる矛だが恐らく振り回す事は出来ない。
それが出来るのなら初戦の時点でとっくにレイヴは下半身とお別れしていただろう。
だから避ける程度なら今日だけで何度も飛び道具使いに襲われた今のレイヴには朝飯前だ。
ナナキの意識加速の経験やメントの通路置換などの補助の甲斐あっての慣れだ。
彼らの助けあってレイヴは今も大地に足を踏み締められている。
それでもイグニットの覇者としての威圧感と余裕は揺らがない。
(レイヴめ、ちょっと前に戦った時より随分と動きのキレが増してやがるな。死線を潜った方が成長は早いって事かよ。しかしどうする?テメエの攻撃はこの木を登ってこねえとオレには届かないぜ。こっちまで登ってくるテメエはさぞ良い的になってくれるんだろうな!)
望力量も充分。イグニットはただ木の上からシューティングゲームをする気分でレイヴを狙うだけでいい。
木の麓でレイヴが緊張した面持ちで立ち止まる。そこに白線が飛び込んできた。心臓が強く脈を打ち始めた。ドッ、ドッ、と警告音みたいにレイヴにその場から逃げるよう急き立てる。しかしレイヴは避ける素振りすら見せない。代わりに楔剣を振りかざして、白線を殴った。
「……は?」
イグニットの舎弟たちが皆ありえない物を見て驚愕に目を見開いている。
イグニットに至っては理解が追いついていない。
楔剣は、レイヴは健在だ。絶対貫通と拮抗している。
「ぐぬぬぬぬ……!!」
レイヴがこめかみに青筋を立てて必死に楔剣を支えている。
なんという重さ。全てを貫く白線は密度が恐ろしく濃い。ちょっとでも気を抜いたら楔剣は弾かれて身体を持っていかれそうだ。
「うおおああああ!!」
レイヴが更に根を入れて全体重を楔剣に込めた。
せめぎ合う白線と楔剣の境目から黒い稲妻のようなものが飛ぶ。辺り一帯にバリバリと空間が悲鳴を上げるような音が鳴り響いた。
「うりゃあぁ!!」
レイヴが楔剣を振り抜いた。
白線が、全てを貫くが故に決して曲がるはずのない絶対貫通がぐにゃりと歪み、イグニットの足場の木の枝をへし折った。
「な、なにぃッ!!?」
今度はイグニットが落ちる番だった。
まともな受身も取れず身体を地面に打ち付けた。
「がはっ!!」
そこに追い打ちを掛けるようにレイヴが横たわるイグニットの身体を蹴りあげ楔剣のスイングをかました。
ようやく、レイヴはイグニットに攻撃を打ち込む事が出来た。
それはあまりにもあっさりしていて、今までの戦いで近付くことすらままならなかった事が嘘のようだった。
地面に転がったイグニットが身を起こし、戸惑いの表情でレイヴに口を開いた。
「何をした、オレの絶対貫通を弾くなんてありえねえんだ!!ましてやテメエみたいなクオリアすらも使えない雑魚が……!!はっ、その右手の得物か!!」
「そうだ。コイツは楔剣。刃が無い堅いだけの棒さ。ブラックホールに落としても傷一つ付かない程度にな」
「なんだそりゃ……」
「いわゆる絶対に傷つかない棒ってやつ。絶対に貫くアンタのクオリアと絶対に傷つかない俺の剣、この矛盾対決は楔剣の勝ちだったって訳だな」
レイヴは大きなアドバンテージを得た。絶対貫通の強さは前提としてあらゆる物を貫く絶対性にあった。
しかしその絶対性はレイヴの振るってきた例外には通用しない。直撃すればタダでは済まない恐ろしさは変わりないがそれも防ぐことが出来るのならうんとマシになる。
暗闇に光が差し込むようだった。
「アンタと同じ土俵に上がる事が出来た。決着付けようぜイグニット。泣いても笑ってもこれで最後だ」
「同じ土俵?違うな。テメエでクオリアを使えない事を忘れちまったのか?クオリアの有無はクソデケえアドバンテージだって分かってんのか?」
「それならここで補う」
レイヴは自分自身の身体を指さした。
クオリアが使えないから己の肉体を鍛え抜き、クオリア使いとも渡り合えるようになった。何度も喧嘩をふっかけられ積み重ねた経験、そして最大の盾である楔剣。ファースタでも五本の指に入る実力者へと挑戦資格は充分にある。