世界が、変わった。
魔寄いの森と打って変わって、周囲は白い壁や天井に仕切られた場所に変わった。どこかの廊下らしい。掃除の行き届いた床の真ん中でレイヴは座り込んでいた。
「―――――ヴ…ん……」
「――――イヴさん……!」
「―――レイヴさん!!」
「はっ!!」
ようやく、肩を揺らされて金髪に青いチュニックを着たメントの声がレイヴに届く。
あまりの出来事に圧倒されて状況を理解するのに時間が掛かった。
レイヴは狼たちのクオリアで倒される直前だったが、メントがそこに乱入し望力を喰らう口腕《エンゲラー》のクオリアとなんらかの望術を使ってレイヴは助けられたのだ。
そこまでは把握した。
そのメントは泥まみれになってたり、なんの望術を使ったのか、ここはどこなのかなど、分からないことがたくさんあった。
「一体どうなってんだ!?」
レイヴがメントに問いを投げる。
そのメントは、傷だらけだが学校で見かけるのと変わりないレイヴを見て顔を綻ばせ、目元に涙を浮かべていた。
「ああ、良かった、本当に良かった……。あれから二時間も経っていたからもう駄目だと思いました。レイヴさんだけでも助けられてよかった」
「なんかよく分からねえけど助けてもらったんだな俺」
「そうです。ここなら魔寄いの森の獣やイグニットたちに追われることもありませんから安心していいですよ。このまま表のファースタ街まで案内します。詳しい話は歩きながらしましょう」
メントは涙を拭って立ち上がるとこっちです、とレイヴの案内を始めようとした。
だがレイヴはかぶりを振った。
「助けてもらったことはありがたいんだけどそうはいかねえ。俺は魔寄いの森に用があるんだ。ナナキを助けないと」
「え!?ナナキさんは……その、心臓を貫かれたんじゃ……」
「ん?何で知ってるんだ?」
「えっと、その瞬間をビルから見てましたから。イグニットにナナキさんが貫かれるところまで。盗み見してごめんなさい」
「気にすんな。俺達もお前を尾行してここに辿り着いたんだ。
しかしそっかそっか!ここが魔寄いの森のビルの中なのか!今となっちゃそれどころじゃねえけど!メント、今すぐ俺を魔寄いの森に戻してくれ!」
立ち上がったレイヴがメントの両肩に手をやって言う。あわあわとメントは首と両手を降った。
「だ、駄目ですよ!そんな傷だらけの体で魔寄いの森に行くなんて今度こそ死んじゃいます!」
言葉の途中でメントはハッとした顔になる。
「……まさかナナキさんを助けると言うのに関係が……!?」
「おう、ナナキの奴は今、ギリギリの所でなんとか死なずに踏みとどまってる。
けど、一時間もしない内に死んじまう。
その前に魔寄いの森で一番デカいペルテモントっていう樹に成る実でナナキを助けられるんだ!モタモタしてらんねえ!」
「何が起きてるか分からないですけど、とにかくペルテモントの実を手に入れればナナキが助かるんですね?」
「そういう事。そういやここって蟻の巣みたく他のビルに繋がってるのか?そしたら素早くペルテモントの樹まで行けそうなんだけど」
「繋がってるには繋がってますけど、速く行くとなると問題が……あ!レイヴさん隠れて!」
「おお!?」
メントに押され、何事か分からないままレイヴは廊下の曲がり角に追いやられた。
曲がり角からこっそり顔を出して様子を見ると、メントの元へ恰幅の良い眼鏡を掛け、スーツの上から白衣を羽織った男が現れた。
その辺りからメントの様子がおかしいような……?
「む、随分と泥まみれじゃないか。どこに行っていたのかね、メント」
「はいお父さん。魔寄いの森に行ったらこうなってしまいまして」
視線を逸らして、メントが言った。
どうやらあの男がメントの父親らしい。その割にメントがやけに緊張しているように見える。
「クラスメイトの事か」
「は、はい。居ても経っても居られずについ……」
メントの声が震えている?
「常識外れだ」
その言葉でビクリと、メントの肩が跳ねた。
メントが震えている。彼女は実の父親に怯えているのだとレイヴは気が付いた。
「既に死んだ人間のために魔寄いの森へ赴くなど愚かの極みだ。あまりにも無益だ。無益な事は常識外れだと、以前言ったはずだな、メント」
「そ、それは」
震える脚でメントが一歩、二歩と下がる。
「次があればその時は仕置きが必要になる。分かっているね」
メントの父はそう言うと、歩を進め、廊下の先を通り過ぎた。分かれ道に潜んでいたレイヴには気づかなかったようだ。
メントの父が居なくなり、メントは緊張した肩を下ろすと、レイヴにもう出てきていい、と合図をした。
「とまあ、この通りただ廊下を渡るにしても職員さんとすれ違うなんてザラなんです」
メントのさっきまでの怯えが霧みたいに無くなった。しかしよく見ると冷や汗をかいているし手も震えている。
彼女はいつもの調子を装って説明を再開する。
鈍感なレイヴでも彼女と父親の間に何かあると気が付いたが、それはメントと父の問題、何より優先すべきはナナキの命を救う事だ。だから今は頭の片隅に置いておく事にした。
「さっきみたいにやり過ごせばいいんじゃないか?なんなら天井にへばりついてでも移動するぞ、俺」
真剣な表情で素っ頓狂な事を口にするレイヴにメントはくすりと笑った。
「それは面白い案ですけど、そもそも廊下は土に埋まって窓が無いのでどういう風に動けばペルテモントの樹に近付けるか分かりにくくいんです」
「しかも、ここは都会の駅の地下みたいに入り組んでるので正確にペルテモントの樹へ行くのは難しかったりします」
「気は進みませんが魔寄いの森を経由した方が早いのは確かですね」
「そっか。結局ペルテモントの樹へは魔寄いの森から直接行くしかないってことか。じゃあメント、俺を魔寄いの森に戻してくれ」
「いえ、レイヴさんはボロボロだから代わりに私がペルテモントの実を取りますよ。だからレイヴさんは私にナナキさんが居る所を教えてくれたらあとはファースタ街で待っててください」
「ダメだ。訳あって俺が実を取らなきゃなんねえ」
メントから授かった転送術式はレイヴが持っている。
それをメントにコピーする事は出来ない事はないがレイヴでは転送に三十分はかかる。
そんな長い時間じっとしてはいられない。
それに、この一件はレイヴの判断が招いた事態だ。無関係のメントを巻き込みたくなかった。
「それに、そういうメントだってボロボロじゃねえか」
メントもまた二時間レイヴを探し回ったため、疲弊している様子が伝わってくる。
「で、ですが」
「ああもう、こうしてる時間がもったいねえ!俺とメントで行く!これでいいな!?」
痺れを切らしたレイヴが妥協案を上げる。
正直に言うとメントも一緒に来てくれた方が頼もしかった。
メントを巻き込みたくない思いもあったがこのままでは状況は進展しない。
こだわっている場合ではなかった。
「は、はい!それで行きましょう!」
メントもこのままじゃ埒が明かない事が分かっていたので半ばやけくそ気味に同意した。
ナナキを助けるためにレイヴとメントが手を組む。
「よし、今度こそ魔寄いの森に行く。メント、頼んだぞ」
「ええ、行きます!通路置換《リバーグラウン》!」
またも視界が揺れる。先程までと同じ、狼たちに倒されかけた場所に出た。ここは狼の縄張りの外なのか、狼たちは侵入者を縄張りから排除したと満足し、去ったようだ。
廊下に居たのはたった数分の間の事だったがその間に外はすっかり暗くなっていた。
「あれがペルテモントの樹だ」
レイヴは横に大きい大樹を指差して言った。
「あれが一番大きな樹だって分かってましたけど、名前までは知りませんでした」
二人はペルテモントの樹を目指して走り出した。二人はレイヴが編み出した木から木へ移る移動方も駆使して最速でペルテモントの樹を目指す。
「なあメント、あの瞬間移動の望術ってどうやってるんだ?」
「軽く望力を込めて通路置換って唱えるだけです。この術式はすごく複雑で大規模なんですけど、術式そのものは上のビル群の中に組んでありますから詠唱さえ分かれば誰でも簡単に出来ますよ」
「望力下手な俺でも?」
「大丈夫ですよ。危なくなったら使ってください。私もこれで魔寄いの森の獣達をやりすごしましたから」
「サンキュー、助かるぜ。リバーグラウン、だっt」
「あっ」
レイヴは詠唱を覚えるため、噛み締めるようにリバーグラウンと口にした。
瞬間、レイヴの姿が消えた。
次にはレイヴは真っ白な廊下に居た。たまたま通りかかった職員と思われる女性がその場で悲鳴をあげて腰を抜かした。
「失礼しました」
レイヴはぺこりと一礼した後に再び詠唱した。
レイヴは改めてペルテモントの樹へ向かいながら並走するメントに頭を掻きながら言った。
「悪い悪い、まさかあんな簡単に飛べるとは思わなかったからさ」
「初めてならこんなものですよ。さっきのは私も焦りましたけど……」
「ところで、リバーグラウンの移動先ってどう決まってるだ?」
「それぞれ術者に一番近い所です。ビル群から唱えたなら真下の地面に、魔寄いの森からなら真上の廊下に出ます」
「そっか。俺、こんな簡単に望術使えた事なかったから癖になりそうだ!すんごい楽しいぞ!」
レイヴがにこやかに笑う。
「レイヴさんを非難する訳じゃなくて純粋に思った事なんですけど、こんな時によく楽しめますね」
「楽しまないと損だからさ。いつ死ぬかも分かんねえし、極論だけど。って、今はそうでもないか」
「レイヴさんは前向きなんですね。前からそんな印象でしたけどこうして話してみて想像以上に前向きだったからびっくりです」
「そういうメントも思ってたよりずっと優しいぞ。特に絡みもなかったクラスメイト二人のためにわざわざ二時間もこんな危ない森の中探してくれてよ。マジでありがとな」
「私もそこは自分で驚いてます。もっと自分は冷たい人間だと思ってたんです。
けど、レイヴさんたちがピンチになってる時すごく気持ちが焦って、ついにナナキさんがやられた時は何も考えずに飛び出しちゃいました。
二時間も魔寄いの森に居たのは正直な所、
お父さんが怖かったからって所があるのは否めませんけど……」
「親父さんが怖いのか」
「少しだけ。お父さんは厳しい人なんです。たくさん常識を叩き込まれました。その過程でたくさん叩かれたりしましたけど、私の事を思ってやってくれてる事だからなんて事ありません」
「そうは言うが手あげるのは酷くないか。実の娘なんか普通ぶったりしないぞ」
レイヴの批判にメントは首を横に振った。
「確かにやりすぎかもしれないけど、気難しい所があるだけでお父さんは悪い人なんかじゃないんです」
「そうか……」
今のレイヴには曖昧に言葉を返す事しか出来ない。目の前の少女に憐憫の目を向けずにはいられなかった。
――――――――
「俺の舎弟に手ぇあげてんじゃねえぞ畜生風情が」
イグニットは狼だった肉塊の山に唾を吐いた。
彼の後ろには爪痕やら歯型のついたイグニットの舎弟達が地面に座り込んでいる。
「見た所、みんな無事そうでなによりだ。もう戦えないやつは帰っていいぞ。ここに来てくれたヤツはまだたくさん居るからお前らが居なくても大丈夫だ。くれぐれも無茶はすんな。ここの獣はやべえ奴ばっかだからな」
イグニットにそう言われ、負傷したイグニットの舎弟達が立ち上がり、お疲れっすと言ってすぐ近くの出口に向かい始める。
イグニットの傍らに居たコモノが口を開いた。
「みんな、レイヴは見なかったのか!?」
「見たっすよ。ここに居る全員見つけたから追いかけたんすよ。その途中で狼共がいきなり飛び出してきて、俺達このザマっす」
負傷した一人が言う。
それを聞いたイグニットが言葉を返す。
「レイヴたちがどこに行ったか分からないか?」
「分かんないっすね」
「どうだったっけ」
「俺達も必死だったからな」
口々に言う負傷したイグニットの舎弟達だったが、一人がこの森でも一際大きな樹を指差して言った。
「多分なんすけどあのデカい樹に行ったんじゃないすかね。レイヴのヤツよく考えたらずっとあの樹を目指してましたし、それにあの樹に行かなきゃならないんだーみたいな事言ってましたから」
「おお!でかした!ようし、俺は早速あのデカい樹の辺りに行ってくるぜ!お前らは早く帰ってじっくり休め!」
イグニットとコモノがデカい樹ことペルテモントの樹を目指して動き出す。
魔寄いの森と打って変わって、周囲は白い壁や天井に仕切られた場所に変わった。どこかの廊下らしい。掃除の行き届いた床の真ん中でレイヴは座り込んでいた。
「―――――ヴ…ん……」
「――――イヴさん……!」
「―――レイヴさん!!」
「はっ!!」
ようやく、肩を揺らされて金髪に青いチュニックを着たメントの声がレイヴに届く。
あまりの出来事に圧倒されて状況を理解するのに時間が掛かった。
レイヴは狼たちのクオリアで倒される直前だったが、メントがそこに乱入し望力を喰らう口腕《エンゲラー》のクオリアとなんらかの望術を使ってレイヴは助けられたのだ。
そこまでは把握した。
そのメントは泥まみれになってたり、なんの望術を使ったのか、ここはどこなのかなど、分からないことがたくさんあった。
「一体どうなってんだ!?」
レイヴがメントに問いを投げる。
そのメントは、傷だらけだが学校で見かけるのと変わりないレイヴを見て顔を綻ばせ、目元に涙を浮かべていた。
「ああ、良かった、本当に良かった……。あれから二時間も経っていたからもう駄目だと思いました。レイヴさんだけでも助けられてよかった」
「なんかよく分からねえけど助けてもらったんだな俺」
「そうです。ここなら魔寄いの森の獣やイグニットたちに追われることもありませんから安心していいですよ。このまま表のファースタ街まで案内します。詳しい話は歩きながらしましょう」
メントは涙を拭って立ち上がるとこっちです、とレイヴの案内を始めようとした。
だがレイヴはかぶりを振った。
「助けてもらったことはありがたいんだけどそうはいかねえ。俺は魔寄いの森に用があるんだ。ナナキを助けないと」
「え!?ナナキさんは……その、心臓を貫かれたんじゃ……」
「ん?何で知ってるんだ?」
「えっと、その瞬間をビルから見てましたから。イグニットにナナキさんが貫かれるところまで。盗み見してごめんなさい」
「気にすんな。俺達もお前を尾行してここに辿り着いたんだ。
しかしそっかそっか!ここが魔寄いの森のビルの中なのか!今となっちゃそれどころじゃねえけど!メント、今すぐ俺を魔寄いの森に戻してくれ!」
立ち上がったレイヴがメントの両肩に手をやって言う。あわあわとメントは首と両手を降った。
「だ、駄目ですよ!そんな傷だらけの体で魔寄いの森に行くなんて今度こそ死んじゃいます!」
言葉の途中でメントはハッとした顔になる。
「……まさかナナキさんを助けると言うのに関係が……!?」
「おう、ナナキの奴は今、ギリギリの所でなんとか死なずに踏みとどまってる。
けど、一時間もしない内に死んじまう。
その前に魔寄いの森で一番デカいペルテモントっていう樹に成る実でナナキを助けられるんだ!モタモタしてらんねえ!」
「何が起きてるか分からないですけど、とにかくペルテモントの実を手に入れればナナキが助かるんですね?」
「そういう事。そういやここって蟻の巣みたく他のビルに繋がってるのか?そしたら素早くペルテモントの樹まで行けそうなんだけど」
「繋がってるには繋がってますけど、速く行くとなると問題が……あ!レイヴさん隠れて!」
「おお!?」
メントに押され、何事か分からないままレイヴは廊下の曲がり角に追いやられた。
曲がり角からこっそり顔を出して様子を見ると、メントの元へ恰幅の良い眼鏡を掛け、スーツの上から白衣を羽織った男が現れた。
その辺りからメントの様子がおかしいような……?
「む、随分と泥まみれじゃないか。どこに行っていたのかね、メント」
「はいお父さん。魔寄いの森に行ったらこうなってしまいまして」
視線を逸らして、メントが言った。
どうやらあの男がメントの父親らしい。その割にメントがやけに緊張しているように見える。
「クラスメイトの事か」
「は、はい。居ても経っても居られずについ……」
メントの声が震えている?
「常識外れだ」
その言葉でビクリと、メントの肩が跳ねた。
メントが震えている。彼女は実の父親に怯えているのだとレイヴは気が付いた。
「既に死んだ人間のために魔寄いの森へ赴くなど愚かの極みだ。あまりにも無益だ。無益な事は常識外れだと、以前言ったはずだな、メント」
「そ、それは」
震える脚でメントが一歩、二歩と下がる。
「次があればその時は仕置きが必要になる。分かっているね」
メントの父はそう言うと、歩を進め、廊下の先を通り過ぎた。分かれ道に潜んでいたレイヴには気づかなかったようだ。
メントの父が居なくなり、メントは緊張した肩を下ろすと、レイヴにもう出てきていい、と合図をした。
「とまあ、この通りただ廊下を渡るにしても職員さんとすれ違うなんてザラなんです」
メントのさっきまでの怯えが霧みたいに無くなった。しかしよく見ると冷や汗をかいているし手も震えている。
彼女はいつもの調子を装って説明を再開する。
鈍感なレイヴでも彼女と父親の間に何かあると気が付いたが、それはメントと父の問題、何より優先すべきはナナキの命を救う事だ。だから今は頭の片隅に置いておく事にした。
「さっきみたいにやり過ごせばいいんじゃないか?なんなら天井にへばりついてでも移動するぞ、俺」
真剣な表情で素っ頓狂な事を口にするレイヴにメントはくすりと笑った。
「それは面白い案ですけど、そもそも廊下は土に埋まって窓が無いのでどういう風に動けばペルテモントの樹に近付けるか分かりにくくいんです」
「しかも、ここは都会の駅の地下みたいに入り組んでるので正確にペルテモントの樹へ行くのは難しかったりします」
「気は進みませんが魔寄いの森を経由した方が早いのは確かですね」
「そっか。結局ペルテモントの樹へは魔寄いの森から直接行くしかないってことか。じゃあメント、俺を魔寄いの森に戻してくれ」
「いえ、レイヴさんはボロボロだから代わりに私がペルテモントの実を取りますよ。だからレイヴさんは私にナナキさんが居る所を教えてくれたらあとはファースタ街で待っててください」
「ダメだ。訳あって俺が実を取らなきゃなんねえ」
メントから授かった転送術式はレイヴが持っている。
それをメントにコピーする事は出来ない事はないがレイヴでは転送に三十分はかかる。
そんな長い時間じっとしてはいられない。
それに、この一件はレイヴの判断が招いた事態だ。無関係のメントを巻き込みたくなかった。
「それに、そういうメントだってボロボロじゃねえか」
メントもまた二時間レイヴを探し回ったため、疲弊している様子が伝わってくる。
「で、ですが」
「ああもう、こうしてる時間がもったいねえ!俺とメントで行く!これでいいな!?」
痺れを切らしたレイヴが妥協案を上げる。
正直に言うとメントも一緒に来てくれた方が頼もしかった。
メントを巻き込みたくない思いもあったがこのままでは状況は進展しない。
こだわっている場合ではなかった。
「は、はい!それで行きましょう!」
メントもこのままじゃ埒が明かない事が分かっていたので半ばやけくそ気味に同意した。
ナナキを助けるためにレイヴとメントが手を組む。
「よし、今度こそ魔寄いの森に行く。メント、頼んだぞ」
「ええ、行きます!通路置換《リバーグラウン》!」
またも視界が揺れる。先程までと同じ、狼たちに倒されかけた場所に出た。ここは狼の縄張りの外なのか、狼たちは侵入者を縄張りから排除したと満足し、去ったようだ。
廊下に居たのはたった数分の間の事だったがその間に外はすっかり暗くなっていた。
「あれがペルテモントの樹だ」
レイヴは横に大きい大樹を指差して言った。
「あれが一番大きな樹だって分かってましたけど、名前までは知りませんでした」
二人はペルテモントの樹を目指して走り出した。二人はレイヴが編み出した木から木へ移る移動方も駆使して最速でペルテモントの樹を目指す。
「なあメント、あの瞬間移動の望術ってどうやってるんだ?」
「軽く望力を込めて通路置換って唱えるだけです。この術式はすごく複雑で大規模なんですけど、術式そのものは上のビル群の中に組んでありますから詠唱さえ分かれば誰でも簡単に出来ますよ」
「望力下手な俺でも?」
「大丈夫ですよ。危なくなったら使ってください。私もこれで魔寄いの森の獣達をやりすごしましたから」
「サンキュー、助かるぜ。リバーグラウン、だっt」
「あっ」
レイヴは詠唱を覚えるため、噛み締めるようにリバーグラウンと口にした。
瞬間、レイヴの姿が消えた。
次にはレイヴは真っ白な廊下に居た。たまたま通りかかった職員と思われる女性がその場で悲鳴をあげて腰を抜かした。
「失礼しました」
レイヴはぺこりと一礼した後に再び詠唱した。
レイヴは改めてペルテモントの樹へ向かいながら並走するメントに頭を掻きながら言った。
「悪い悪い、まさかあんな簡単に飛べるとは思わなかったからさ」
「初めてならこんなものですよ。さっきのは私も焦りましたけど……」
「ところで、リバーグラウンの移動先ってどう決まってるだ?」
「それぞれ術者に一番近い所です。ビル群から唱えたなら真下の地面に、魔寄いの森からなら真上の廊下に出ます」
「そっか。俺、こんな簡単に望術使えた事なかったから癖になりそうだ!すんごい楽しいぞ!」
レイヴがにこやかに笑う。
「レイヴさんを非難する訳じゃなくて純粋に思った事なんですけど、こんな時によく楽しめますね」
「楽しまないと損だからさ。いつ死ぬかも分かんねえし、極論だけど。って、今はそうでもないか」
「レイヴさんは前向きなんですね。前からそんな印象でしたけどこうして話してみて想像以上に前向きだったからびっくりです」
「そういうメントも思ってたよりずっと優しいぞ。特に絡みもなかったクラスメイト二人のためにわざわざ二時間もこんな危ない森の中探してくれてよ。マジでありがとな」
「私もそこは自分で驚いてます。もっと自分は冷たい人間だと思ってたんです。
けど、レイヴさんたちがピンチになってる時すごく気持ちが焦って、ついにナナキさんがやられた時は何も考えずに飛び出しちゃいました。
二時間も魔寄いの森に居たのは正直な所、
お父さんが怖かったからって所があるのは否めませんけど……」
「親父さんが怖いのか」
「少しだけ。お父さんは厳しい人なんです。たくさん常識を叩き込まれました。その過程でたくさん叩かれたりしましたけど、私の事を思ってやってくれてる事だからなんて事ありません」
「そうは言うが手あげるのは酷くないか。実の娘なんか普通ぶったりしないぞ」
レイヴの批判にメントは首を横に振った。
「確かにやりすぎかもしれないけど、気難しい所があるだけでお父さんは悪い人なんかじゃないんです」
「そうか……」
今のレイヴには曖昧に言葉を返す事しか出来ない。目の前の少女に憐憫の目を向けずにはいられなかった。
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「俺の舎弟に手ぇあげてんじゃねえぞ畜生風情が」
イグニットは狼だった肉塊の山に唾を吐いた。
彼の後ろには爪痕やら歯型のついたイグニットの舎弟達が地面に座り込んでいる。
「見た所、みんな無事そうでなによりだ。もう戦えないやつは帰っていいぞ。ここに来てくれたヤツはまだたくさん居るからお前らが居なくても大丈夫だ。くれぐれも無茶はすんな。ここの獣はやべえ奴ばっかだからな」
イグニットにそう言われ、負傷したイグニットの舎弟達が立ち上がり、お疲れっすと言ってすぐ近くの出口に向かい始める。
イグニットの傍らに居たコモノが口を開いた。
「みんな、レイヴは見なかったのか!?」
「見たっすよ。ここに居る全員見つけたから追いかけたんすよ。その途中で狼共がいきなり飛び出してきて、俺達このザマっす」
負傷した一人が言う。
それを聞いたイグニットが言葉を返す。
「レイヴたちがどこに行ったか分からないか?」
「分かんないっすね」
「どうだったっけ」
「俺達も必死だったからな」
口々に言う負傷したイグニットの舎弟達だったが、一人がこの森でも一際大きな樹を指差して言った。
「多分なんすけどあのデカい樹に行ったんじゃないすかね。レイヴのヤツよく考えたらずっとあの樹を目指してましたし、それにあの樹に行かなきゃならないんだーみたいな事言ってましたから」
「おお!でかした!ようし、俺は早速あのデカい樹の辺りに行ってくるぜ!お前らは早く帰ってじっくり休め!」
イグニットとコモノがデカい樹ことペルテモントの樹を目指して動き出す。