紫の空の元、異邦の惑星のジャングルで、戦いがあった。片や数十万もの数で波のように遅い来る巨大な軍隊蟻の軍勢。片やたった数十人程度の人間。この数の人間達では戦力の圧倒的な差に押しつぶされ、蟻の餌になる他ない。
しかしそうはなっていなかった。
人間の一人一人が圧倒的な力でアリの群れを蹂躙している。まるで水面に大質量の大岩が投げ入れられたように、広範囲に広がる衝撃波がアリの群れを蹴散らしていく。数の優位を容易くひっり返す強者どもは開拓者と呼ばれている。
「ねえ、サヴァイヴ、レイヴはもしかしたら魔寄いの森に居るかもしれない」
紺色のショートパンツから伸びる長い脚で複数の蟻をあしらい、茶色のベストと見る角度によって蒼や紅色に色を変える明るい髪をたなびかせ、快活な眼を仲間の一人に向けてフィレアは言った。
「なに!?どういう事だフィレア!?」
サヴゥイヴと呼ばれた男がアリに回し蹴りをかますついでに振り返る。
灰色の髪と瞳にフィレアと同じく茶色のジャケットに黒いアンダーシャツ、紺色の厚手のズボンを身に纏っている。
「ペルテモントの樹をレイヴの視界を通して探して分かった。レイヴの居たあの場所、地下の森だった。私の知る限りファースタ星の地下の森で天井からビルが生えている場所はひとつしか知らない」
今は戦闘中であるため、フィレアは表面上は淡々と、冷静に言うが彼女の仕草には焦りと動揺が見え隠れしている事をサヴァイヴは長い付き合いから来る経験で見逃さなかった。
「信じられんが、お前が言うのなら本当らしいな……」
サヴァイヴの脳裏には何故、レイヴがあの隠された地下の森に居るのかという疑問が浮かんでいたが、そんなものはすぐ様振り払った。今やるべき事は既に見えている。
「あんな危険な場所でたった一人、木の実探しか……。理由はなんであれ、放っておく訳にはいかない、仕方がないが―――――――」
――――――――――――――――――
レイヴは森の中を駆ける。不安定な地面や沼は跳び越え、低い木の枝は姿勢を低くして避ける。レイヴは今の自分が出しえる最短最速を目指す。目線の先には大樹ペルテモントがある。
ペルテモントの樹に向かうにあたって最も避けたいのはイグニット、もしくはペルテモントの樹を根城にする謎の生物に出会す事だ。
前者は一度は倒す目前までいったがそれはナナキが居たからだ。彼の意識加速望術《エゴアクセラーション》がなければイグニットの全てを貫く白線のクオリア、絶対貫通《ハーバード》には対応出来ない。つまり今の所、素のまま一人で戦わねばならないレイヴの勝ち目はないに等しい。
後者の未確認生物は実力も未確認だがこちらも恐ろしい敵だと言うことだけは分かる。
間違いなく強く、しかも能力未知数《クオリア不明》の敵を相手取るのは自殺行為も同然だ。
にも関わらずヤツはペルテモントの樹を根城にしているため、ペルテモントの樹に辿り着いたとしてもこの生き物の姿があるのなら、またどこかに行くのを待たねばならない。また、大樹を登り実の回収をしている間にヤツが帰ってきてもアウトだ。
道中の戦闘は時間の事を考えても出来るだけ避けたいので獣を発見した場合、迂回するか地形を利用してやり過ごすしかない。戦闘になる可能性も十分ありえる。
つまり時間がない。
友を救いたければノンストップでこの森を駆け抜けろ。息が止まっても脚だけは止めるな。敵は速やかに対処しろ。
声が、聞こえた。
レイヴの聴覚が明らかにこちらへ向けられた声を捉えた。
視線を声の方に向ける。
「やっぱりそうだ、アイツがイグニットさんの言っていたレイヴとかいうヤツだ!!」
「逃がすな、追え!!」
いかにもガラの悪い十人組がレイヴの方へ向かってきている。
歓迎や協力してくれる雰囲気ではないようだ。
「イグニットのやつ、仲間を呼びやがったな!」
レイヴがめいいっぱい飛ばす。既に全速力だったがせめて気持ちだけはもっと速く。
あんな連中に構っている暇はない。
飛び道具の類がレイヴを追い越す。
得体の知れない緑の肉片のようなものや、やかん、それにビールの空き瓶など、よく分からない物がビュンビュン飛んでくる。
「また飛び道具か、訳わかんねぇ物ばっかり飛ばしやがって」
レイヴは追っ手を翻弄するためにジグザグに走り、周囲の木を盾にする。
後ろを振り返ると連中は諦めるつもりはないようでひつこく追いすがって来ている。
イグニットは理不尽な理由で人を追い回すヤクザみたいなヤツだが身内にはよっぽど優しいようだ。
レイヴの走る先にまた自己主張の激しい格好の連中が6人居た。連中もこちらに気付くと数人、飛び道具のクオリア持ちがこちらを狙って金メッキの石やら無数のガラスの破片、小型の爆弾を放り投げてくる。挟み撃ちの形だ。
レイヴは躊躇い無く踏み込んだ。
ここで止まれば両方向からの攻撃を浴びる事になる。
金メッキの石や爆弾など飛来物は出来るだけ避けるが細かいガラスの破片がレイヴの頬や腕など皮膚を掻っ切っていく。
だが、それがなんだと言う。そんな事を気にする段階などとうの昔に過ぎた。
後ろで何かが爆発する。レイヴを追いかけていた連中の悲鳴が聞こえた。爆発の余波を推進力としてレイヴは前に跳び、楔剣を構えた。
「そこをどけ、俺はあの大樹に行かなきゃなんねえんだ!!」
楔剣を振るいイグニットの部下が織り成す壁を蹴散らす。
そして勢いそのままに突き進んだ。
先の爆発やレイヴが蹴散らしたため、イグニットの部下は減ったが、全員を倒した訳では無い。残った五人の連中が追い掛けてくる。
その五人に何かが飛び掛った。
目をこらして見る。
狼だ。紫がかった明度の低い毛皮の狼四頭がイグニットの部下を襲っている。
恐らくここに住まう獣だろう。
ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、周囲の木の影からぞろぞろと臨戦態勢の狼の群れが現れる。数にして三十頭は居る。恐らくレイヴは狼の縄張りへ知らず知らずのうちに侵入してしまったらしい。
完全に囲まれた。
それでも、焦る時間などないとレイヴは迷いを振り切り、ペルテモントの樹の方へ駆ける。当然その先には狼が居る。
興奮した狼がレイヴに飛び掛る。レイヴは楔剣を抜き、狼の飛びかかりを受け流し、的確に頭を殴り飛ばした。そのまま狼の包囲網を抜けに走る。
しかし狼達も一筋縄ではいかない。足の速さと連携でレイヴへの包囲網を保つ。
今度は狼が二頭で襲い掛かる。いなしていくうちに一頭一頭数が増えていく。
反撃はおろか、いなす事すらままならなくなる。
レイヴはその場に倒される。こうなると狼にされるがままだった。腕を噛まれた。脚を噛まれた。腹を噛まれた。噛まれる度にレイヴの絶叫が森に轟いた。
レイヴは激痛の中、霞み始めた目でペルテモントの樹を見た。
こんな所で。
寝てる場合じゃない……!!
両足を力任せに閉じる。両足に食らいついていた二頭の狼同士の頭をぶつけ合わせた。
そのままはね起き、腕に食らいついていた狼をハンマー代わりにして他の狼を薙ぎ払った。自由になったレイヴは大きく後方に跳び、狼達と距離をとる。
仕切り直し。
ここからどうやってこの狼共の襲撃を抜けてペルテモントの樹まで走る……?
レイヴが思案している時の事だった。
恐らく群れを率いるボスであろう狼の一頭が口を開く。この感じ、どこかで見覚えが……。
次には、狼の口からは木製の玉が回転しながら射出され、レイヴの足元に地面に直撃した。今のが狼のクオリアらしい。
「また飛び道具かよ、畜生め!」
いい加減うんざりして、つい口走る。
そこでレイヴはクオリアを使った狼の息が上がっている事に気が付いた。
(あの狼の種族はクオリアを使うと一気にバテるのか……。さっきまで使わなかったのはそういう事だったってわけだ)
種族と一括りで考えたのはクオリアをしっかり使えるのなら群れを率いるボスが一回クオリアを使った程度で息切れなど起こすはずがないからだ。
あの狼達はクオリアの扱いが下手なのを補うために集団で行動していた。
ボス狼に続いて他の狼達が木の玉のクオリアの装填を始める。
これをやり過ごせし、狼達がバテてくれればなんとかなるかもしれない。レイヴにはここに勝機があるように思えた。
レイヴが狼たちへ真正面に、正確に言えばペルテモントの樹の方向へ走り出す。狼達がクオリアを放ち始める。
レイヴはジグザクに走り周囲の樹などを盾にしながら進む。ここまではさっきのチーターやイグニットの部下との戦いと同じだ。
狼達との距離が丁度よく縮まってきた辺りでレイヴは大きく跳んだ。
跳んだ先には木の枝がある。レイヴはそれに掴まるとそのままの勢いで他の木に飛び移る。ターザンや猿のように木から木へ、時として地面に戻る。
狼たちはレイヴを追いかけながらクオリアを放つが激しく立体移動するレイヴには中々当たらない。
一発レイヴの背中に直撃したが、レイヴは手を離さなかった。
木から木へ飛び移るのは地面を走るより速く、狼たちの姿が遠ざかっていく。狼を振り切った後もこの移動方法を使おうとレイヴは思った。
このまま順調に逃げ切れると思った。
その次には
レイヴの体が地面を転がっていた。
レイヴ自身、何が起こったか分からなかったが、左手に握った木の枝を見て理解した。
「アイツらのクオリアが俺の握っていた枝を折ったのか……!」
狙ったのか偶然だったのか定かではないがそんなものはどっちでもいい。
素早く立ち上がり再び走り出そうする、が、狼たちは既にいつでも木の玉をレイヴに撃ち込める状況だった。
レイヴは急ぎすぎた。多少冷静に動けばこんな事にはならなかったかもしれないというのに。
「こんな、所で……!」
ボス狼の一頭がクオリアを放った。他の狼達もそれに習いクオリアを放つ。
レイヴがせめてもの抵抗に楔剣を木の玉の弾道に合わせようとした時だった。
なんの走馬灯だろうか。大きく広げた右の手の甲が目の前に広がった。人の手にしては巨大で、鈍い赤色をしていた。ペアとなる左手は無い。手首から先は青いチュニックを着た長いウェーブが掛かった金髪の少女に繋がっていた。
――――――メント?
「通路置換」
少女の一言で視界が揺れた。
しかしそうはなっていなかった。
人間の一人一人が圧倒的な力でアリの群れを蹂躙している。まるで水面に大質量の大岩が投げ入れられたように、広範囲に広がる衝撃波がアリの群れを蹴散らしていく。数の優位を容易くひっり返す強者どもは開拓者と呼ばれている。
「ねえ、サヴァイヴ、レイヴはもしかしたら魔寄いの森に居るかもしれない」
紺色のショートパンツから伸びる長い脚で複数の蟻をあしらい、茶色のベストと見る角度によって蒼や紅色に色を変える明るい髪をたなびかせ、快活な眼を仲間の一人に向けてフィレアは言った。
「なに!?どういう事だフィレア!?」
サヴゥイヴと呼ばれた男がアリに回し蹴りをかますついでに振り返る。
灰色の髪と瞳にフィレアと同じく茶色のジャケットに黒いアンダーシャツ、紺色の厚手のズボンを身に纏っている。
「ペルテモントの樹をレイヴの視界を通して探して分かった。レイヴの居たあの場所、地下の森だった。私の知る限りファースタ星の地下の森で天井からビルが生えている場所はひとつしか知らない」
今は戦闘中であるため、フィレアは表面上は淡々と、冷静に言うが彼女の仕草には焦りと動揺が見え隠れしている事をサヴァイヴは長い付き合いから来る経験で見逃さなかった。
「信じられんが、お前が言うのなら本当らしいな……」
サヴァイヴの脳裏には何故、レイヴがあの隠された地下の森に居るのかという疑問が浮かんでいたが、そんなものはすぐ様振り払った。今やるべき事は既に見えている。
「あんな危険な場所でたった一人、木の実探しか……。理由はなんであれ、放っておく訳にはいかない、仕方がないが―――――――」
――――――――――――――――――
レイヴは森の中を駆ける。不安定な地面や沼は跳び越え、低い木の枝は姿勢を低くして避ける。レイヴは今の自分が出しえる最短最速を目指す。目線の先には大樹ペルテモントがある。
ペルテモントの樹に向かうにあたって最も避けたいのはイグニット、もしくはペルテモントの樹を根城にする謎の生物に出会す事だ。
前者は一度は倒す目前までいったがそれはナナキが居たからだ。彼の意識加速望術《エゴアクセラーション》がなければイグニットの全てを貫く白線のクオリア、絶対貫通《ハーバード》には対応出来ない。つまり今の所、素のまま一人で戦わねばならないレイヴの勝ち目はないに等しい。
後者の未確認生物は実力も未確認だがこちらも恐ろしい敵だと言うことだけは分かる。
間違いなく強く、しかも能力未知数《クオリア不明》の敵を相手取るのは自殺行為も同然だ。
にも関わらずヤツはペルテモントの樹を根城にしているため、ペルテモントの樹に辿り着いたとしてもこの生き物の姿があるのなら、またどこかに行くのを待たねばならない。また、大樹を登り実の回収をしている間にヤツが帰ってきてもアウトだ。
道中の戦闘は時間の事を考えても出来るだけ避けたいので獣を発見した場合、迂回するか地形を利用してやり過ごすしかない。戦闘になる可能性も十分ありえる。
つまり時間がない。
友を救いたければノンストップでこの森を駆け抜けろ。息が止まっても脚だけは止めるな。敵は速やかに対処しろ。
声が、聞こえた。
レイヴの聴覚が明らかにこちらへ向けられた声を捉えた。
視線を声の方に向ける。
「やっぱりそうだ、アイツがイグニットさんの言っていたレイヴとかいうヤツだ!!」
「逃がすな、追え!!」
いかにもガラの悪い十人組がレイヴの方へ向かってきている。
歓迎や協力してくれる雰囲気ではないようだ。
「イグニットのやつ、仲間を呼びやがったな!」
レイヴがめいいっぱい飛ばす。既に全速力だったがせめて気持ちだけはもっと速く。
あんな連中に構っている暇はない。
飛び道具の類がレイヴを追い越す。
得体の知れない緑の肉片のようなものや、やかん、それにビールの空き瓶など、よく分からない物がビュンビュン飛んでくる。
「また飛び道具か、訳わかんねぇ物ばっかり飛ばしやがって」
レイヴは追っ手を翻弄するためにジグザグに走り、周囲の木を盾にする。
後ろを振り返ると連中は諦めるつもりはないようでひつこく追いすがって来ている。
イグニットは理不尽な理由で人を追い回すヤクザみたいなヤツだが身内にはよっぽど優しいようだ。
レイヴの走る先にまた自己主張の激しい格好の連中が6人居た。連中もこちらに気付くと数人、飛び道具のクオリア持ちがこちらを狙って金メッキの石やら無数のガラスの破片、小型の爆弾を放り投げてくる。挟み撃ちの形だ。
レイヴは躊躇い無く踏み込んだ。
ここで止まれば両方向からの攻撃を浴びる事になる。
金メッキの石や爆弾など飛来物は出来るだけ避けるが細かいガラスの破片がレイヴの頬や腕など皮膚を掻っ切っていく。
だが、それがなんだと言う。そんな事を気にする段階などとうの昔に過ぎた。
後ろで何かが爆発する。レイヴを追いかけていた連中の悲鳴が聞こえた。爆発の余波を推進力としてレイヴは前に跳び、楔剣を構えた。
「そこをどけ、俺はあの大樹に行かなきゃなんねえんだ!!」
楔剣を振るいイグニットの部下が織り成す壁を蹴散らす。
そして勢いそのままに突き進んだ。
先の爆発やレイヴが蹴散らしたため、イグニットの部下は減ったが、全員を倒した訳では無い。残った五人の連中が追い掛けてくる。
その五人に何かが飛び掛った。
目をこらして見る。
狼だ。紫がかった明度の低い毛皮の狼四頭がイグニットの部下を襲っている。
恐らくここに住まう獣だろう。
ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、周囲の木の影からぞろぞろと臨戦態勢の狼の群れが現れる。数にして三十頭は居る。恐らくレイヴは狼の縄張りへ知らず知らずのうちに侵入してしまったらしい。
完全に囲まれた。
それでも、焦る時間などないとレイヴは迷いを振り切り、ペルテモントの樹の方へ駆ける。当然その先には狼が居る。
興奮した狼がレイヴに飛び掛る。レイヴは楔剣を抜き、狼の飛びかかりを受け流し、的確に頭を殴り飛ばした。そのまま狼の包囲網を抜けに走る。
しかし狼達も一筋縄ではいかない。足の速さと連携でレイヴへの包囲網を保つ。
今度は狼が二頭で襲い掛かる。いなしていくうちに一頭一頭数が増えていく。
反撃はおろか、いなす事すらままならなくなる。
レイヴはその場に倒される。こうなると狼にされるがままだった。腕を噛まれた。脚を噛まれた。腹を噛まれた。噛まれる度にレイヴの絶叫が森に轟いた。
レイヴは激痛の中、霞み始めた目でペルテモントの樹を見た。
こんな所で。
寝てる場合じゃない……!!
両足を力任せに閉じる。両足に食らいついていた二頭の狼同士の頭をぶつけ合わせた。
そのままはね起き、腕に食らいついていた狼をハンマー代わりにして他の狼を薙ぎ払った。自由になったレイヴは大きく後方に跳び、狼達と距離をとる。
仕切り直し。
ここからどうやってこの狼共の襲撃を抜けてペルテモントの樹まで走る……?
レイヴが思案している時の事だった。
恐らく群れを率いるボスであろう狼の一頭が口を開く。この感じ、どこかで見覚えが……。
次には、狼の口からは木製の玉が回転しながら射出され、レイヴの足元に地面に直撃した。今のが狼のクオリアらしい。
「また飛び道具かよ、畜生め!」
いい加減うんざりして、つい口走る。
そこでレイヴはクオリアを使った狼の息が上がっている事に気が付いた。
(あの狼の種族はクオリアを使うと一気にバテるのか……。さっきまで使わなかったのはそういう事だったってわけだ)
種族と一括りで考えたのはクオリアをしっかり使えるのなら群れを率いるボスが一回クオリアを使った程度で息切れなど起こすはずがないからだ。
あの狼達はクオリアの扱いが下手なのを補うために集団で行動していた。
ボス狼に続いて他の狼達が木の玉のクオリアの装填を始める。
これをやり過ごせし、狼達がバテてくれればなんとかなるかもしれない。レイヴにはここに勝機があるように思えた。
レイヴが狼たちへ真正面に、正確に言えばペルテモントの樹の方向へ走り出す。狼達がクオリアを放ち始める。
レイヴはジグザクに走り周囲の樹などを盾にしながら進む。ここまではさっきのチーターやイグニットの部下との戦いと同じだ。
狼達との距離が丁度よく縮まってきた辺りでレイヴは大きく跳んだ。
跳んだ先には木の枝がある。レイヴはそれに掴まるとそのままの勢いで他の木に飛び移る。ターザンや猿のように木から木へ、時として地面に戻る。
狼たちはレイヴを追いかけながらクオリアを放つが激しく立体移動するレイヴには中々当たらない。
一発レイヴの背中に直撃したが、レイヴは手を離さなかった。
木から木へ飛び移るのは地面を走るより速く、狼たちの姿が遠ざかっていく。狼を振り切った後もこの移動方法を使おうとレイヴは思った。
このまま順調に逃げ切れると思った。
その次には
レイヴの体が地面を転がっていた。
レイヴ自身、何が起こったか分からなかったが、左手に握った木の枝を見て理解した。
「アイツらのクオリアが俺の握っていた枝を折ったのか……!」
狙ったのか偶然だったのか定かではないがそんなものはどっちでもいい。
素早く立ち上がり再び走り出そうする、が、狼たちは既にいつでも木の玉をレイヴに撃ち込める状況だった。
レイヴは急ぎすぎた。多少冷静に動けばこんな事にはならなかったかもしれないというのに。
「こんな、所で……!」
ボス狼の一頭がクオリアを放った。他の狼達もそれに習いクオリアを放つ。
レイヴがせめてもの抵抗に楔剣を木の玉の弾道に合わせようとした時だった。
なんの走馬灯だろうか。大きく広げた右の手の甲が目の前に広がった。人の手にしては巨大で、鈍い赤色をしていた。ペアとなる左手は無い。手首から先は青いチュニックを着た長いウェーブが掛かった金髪の少女に繋がっていた。
――――――メント?
「通路置換」
少女の一言で視界が揺れた。