レイヴとプルトーはプルトーの工房の出入口の階段に居る。
中の工房同様、木で出来た場所だった。樹の独特の香りが心を落ち着かせてくれる。
「ここが出口だ、最後に言っておく。お前は、クオリアすらも使えんのだろう?」
「ああ、そうだ」
プルトーが唐突に言う。それに対して特に驚くことも恥ずることもなくレイヴはあっさり答えた。
素人以下のレイヴから見ても凄腕の望術師である彼女なら何の意外性もないし自分がクオリアすらも使えない事はとっくに受け入れていたから恥ずることはなかった。
「お節介かもしれんがクオリアを使うコツについて教えておく。クオリアの燃料たる望力が冴え渡るタイミングは感情が高ぶる時だ。喜怒哀楽どれでも構わん。そして迷いは抱くな、迷いこそが望力を錆びさせる最悪の行為と覚えておけ。今日はお前にとって重要な一日になるだろう。心して臨むがいい」
レイヴは静かに、力強く頷いた。
「大丈夫、実を取ってここに戻る。たったそれだけの簡単な事だ」
「無事に戻ってこい、私の研究のために」
「最後の一言で台無しだぞ」
プルトーの余計な一言にレイヴは苦笑いを零した。
レイヴは足を踏み出して外に出た。
まず目に飛び込んで来たのはゴツゴツとした崖だった。そびえ立つ崖がすぐ目の前にある。崖と言うより急勾配な坂と言った方が正しいかもしれない。目の前の登るには向かない坂の岩肌には血の跡が上の方から一直線に引き伸ばしたようにべったりと付いている。
「これは……」
この坂にはなんとなく見覚えがある。後ろを振り返る。さっきまで自分が居たプルトーの工房は無かった。代わりにあるのは紫色の毒を帯びた樹だった。
もしやと思い恐る恐る禍々しい色の樹の幹に手を伸ばす。伸ばした手はホログラムみたいに樹を突き抜けた。
「ああ、そういう事か。めちゃくちゃ運が良かったんだな、俺たち」
レイヴは全てを悟った。
今レイヴが居るここは間違いなく魔寄いの森だ。プルトーから教わったのだが魔寄いの森とはこの地下の森の名前らしい。
しかもレイヴが出てきたこの場所はイグニットたちに追いかけ回されて坂を転がり落ちた場所だ。この坂に残る血の跡はレイヴとナナキが仲良くたくさん血をぶちまけた物だ。
レイヴはてっきり、転がり落ちた先にあった樹にぶつかって気を失い、そこをプルトーが見つけ、毒抜きもしてくれたのだと思っていたが、違っていた。
この樹の幹こそがプルトーの工房への入口だったのだ。つまり二時間前に転がり落ちたレイヴたちはそのまま毒の樹の下にあるプルトーの工房へ飛び込んで行ったという事なのだ。そして、プルトーの工房への入口はこの森への入口同様、偽装望術が掛かっていた。だからすぐ後ろから来ていたイグニットたちに気付かれなかったのだ。
しかし、こんな分かりにくい場所でなんで望術店なんて開いているのだろう。疑問には思ったが聞かなかった。またここに来る事があればその時に聞こう。聞きたい事が山ほどある。
そんなささやかな思いを心の隅にしまってレイヴは動き出した。
プルトーは視覚偽装望術ごしに小さくなるレイヴの姿を眺めていた。
「あのレイヴこそが今代最後の楔剣の担い手、か。此度こそ、我が宿願が完成すれば良いのだが」
プルトーの囁きは誰に届く事もなく木々のざわめきと虫のさざめきに消えた。
外は暗くなってきていた。この森の光源は天井から伸びるビルの照明が三割、ビルの無い土の天井を覆い尽くす光苔が七割のようだった。光苔の光の源は太陽で、日が沈めばこの森も連動して暗くなるらしい。どうやってこんな地下深くまで光を調達しているのかは分からない。天井から伸びているビルが関係しているのだろうか。
うっすらと輝く光苔は何とも幻想的で、星雲が目の前の空に浮いているようだ。
「さあて、巨木はどこだ?」
レイヴが汎用機能望術を起動する。彼の淡い光からなる画面もある程度暗くなった今なら見づらさは無かった。
プルトーから送られたデータを確認する。ペルテモントの木の位置や画像はどこに……。見つからない。ペルテモントの実やプルトーの工房の位置情報もちゃんとあるのに肝心のペルテモントの木が見当たらない。
レイヴは自分の顔に思わず手をやった。
「あの時点でなんでプルトーが巨木を送ってない事に気付かないんだ、俺のバカ……!。どうしよ、連絡先も今回限りの関係って事で交換してねえぞ」
レイヴはため息をついた。わざわざ工房に戻っての画像データを貰いに行くなんてやってる時間など無いというのに。そもそもペルテモントの木がこの魔寄いの森にあるのかすら怪しい。
とりあえずペルテモントの木を探すために目の前の樹に大きくジャンプし頂点に飛び乗る。上の方の枝はナナキの見込み通り毒は薄く手が触れても少しピリピリする程度で済んだ。
レイヴは周囲を見渡す。
いくつか背の高い樹はあった。が、どれも位置がバラけている。一時間以内にこれら全ての樹へ赴いて実を回収してくるのは到底無理な話だった。
となると明確にペルテモントの樹を特定し、実を回収する必要がある。
このご時世、汎用機能望術を使いインターネットで調べる手もあるがレイヴは望力の扱いが下手なためにインターネットに繋げる事すらままならなかった。
知り合いに実とか樹に詳しそうな人は居るが、今は仕事中で気が引ける……のだがこっちもそうも言っていられない状況だったので連絡する事にした。
レイヴは樹のてっぺんの枝に器用に脚を回して安定する姿勢を取った。電話をするように左手の手の平を耳元に当て連絡したい相手の事を、声でも顔でも性格でもいいので思い浮かべる。
しばらくすると、もしもし、とこちらを呼び掛ける声があった。
『レイヴ?どうした?』
「ようサヴァイヴ、いきなりですまん、協力してほしい事あるんだけど今いいか?」
レイヴの投げた言葉とサヴァイヴの反応までの間に耳を裂くような衝撃音が聞こえ、反射的にレイヴは耳から左手を遠ざけた。
『セイッ!!ああ、構わんぞ。フッ!!遠慮なく言ってくれ』
「今もしかしなくても戦闘中だよな!?大丈夫なのか!?」
『なーに心配してやがる!!俺はお前の憧れにして最強の開拓者、サヴァイヴさんだぞ?今更気にすんな!』
電話越しにサヴァイヴの脳天気な笑い声が聞こえてきてレイヴも声には出さなかったが顔から笑みがこぼれた。今みたいに焦る状況だと気分を和ませくれて助かる。
「自分で憧れとか最強とか言うな!じゃあ、こっちの望力が切れる前に手っ取り早く言う!俺は森の中に今いるんだけどとある実の成る樹を探してるんだ。実の画像と森の中を視界共有するから一緒に探してくれ」
「ああ、見るだけは見よう」
レイヴは速やかに連絡望術を視界共有モードに切り替える準備を始める。他の人からしたらなんて事の無い行為だがレイヴにはこれだけでも負担が掛かるため手っ取り早く済ませたい。
その間にも耳に当てた手からは今も攻防の激しい音が聞こえてくる。それに混じってサヴァイヴの声で“昔は兄ちゃん兄ちゃん言ってかわいかったのになー”とか聞こえた気がしたが気のせいと言うことにしておいた。
サヴァイヴは見た目こそ20~30代の青年だが極めて長命な悟人という種族で、レイヴの遠い先祖の頃からの付き合いらしい。レイヴも母が死に、父も否定審判≪ガイダンス≫の仕事で忙しいのでちょくちょくサヴァイヴの世話になった。
サヴァイヴは開拓者をやっており、彼の持ち帰る開拓の副産物や土産話がレイヴの開拓者への憧れの引き金で、いわばレイヴの原点となる人物である。レイヴの持つひたすら硬いだけの棒こと楔剣はサヴァイヴから贈られた物だったりもする。
レイヴが共有した視界で右手の汎用機能望術に写るペルテモントの樹を見た。
即座にサヴァイヴからの返事が返ってきた。
『俺には分からん。フィレアの方が詳しいから替わる。ちょいと待っててくれ』
しばらくすると望力のパスが入れ替わり左手から相変わらずの激しい戦いの音とハイテンションな女性の声が飛び込んできた。
『もしもしやっほー、久しぶりレイヴ!やっ!!元気してた?はぁっ!!』
「ああ!フィレアさんも元気そうでなによりだ」
フィレアと言う女性もたまにレイヴの家にやって来ては親の代わりにレイヴの面倒を見てくれる。見た目は20~30歳程でサヴァイヴと同じ悟人である。悟人は皆20~30代らしい。子供の悟人はどんな姿をしているのだろうか。
彼女もまた開拓者であり、サヴァイヴの開拓者仲間兼、相棒で、レイヴの血族とも長い付き合いである。
「協力してほしい事があるんだ。今戦闘中みたいだけど大丈夫だったか?」
『全然気にしないで!かわいいレイヴのためならどんな時でもどんな事にも付き合いますから!!実の事はサヴァイヴから聞いたから早速始めましょう!』
「オッケー、流石フィレアさん!理解が早くて助かるぞ!」
改めてフィレアと視界を繋げて左手の上に映るペルテモントの実を見た。
『探したいのはペルテモントの実だったのね。まっかせて!』
「じゃあ次、周りの樹を見渡すぞ。ちょっと暗いけど大丈夫か?」
『オールオッケー!私は問題ないよ!』
レイヴはくるくると器用に樹へ回した脚を使って身体の向きを変え、辺りを見渡した。
視界に恐らく最も大きな樹が入った瞬間だった。
『ストップ、そのまま。今、視界の真ん中より左側にある大きな木。それがペルテモントの木よ』
それは恐らくこの森で最も巨大な樹だった。
縦に伸びては天井やビルにぶつかるため、横に大きく葉を伸ばしている。あれほどの巨木ならわざわざ画像など送らなくとも巨木というワードを聞いた上であの樹を見れば一目で分かるとプルトーは思ったのだろう。要はプルトーのコミュニケーション能力の不足が招いた余計な手間というわけだ。
ここからペルテモントの樹までの距離は3km程と見える。街の中なら30分で走って行ける距離だが森の中となると話は変わってくる。足場が悪いため、早くても40分、獣達をやり過ごす必要や地形の都合上、迂回する必要も考えられる。レイヴに残された時間は思っていたよりも残されていないらしい。
「サンキュー!!マジで早くて助かった!!ありがとう!!いや本当にすげえわ、二人とも。……俺、絶対アンタらを超える開拓者になる、いつか待っててくれ!」
戦闘中に通話してなお余りある余裕、迅速かつ正確な状況判断、圧倒的知識量。サヴァイヴもフィレアも開拓者として一流なんて言葉には収まらないと世間で言われている。太古の昔からあらゆる開拓を成功させ続けてきた二人の開拓者は至高だと言っても過言ではない。レイヴが目指すのはこの二人すら超える開拓者。ほんの僅かなやり取りでその壁の高さをまじまじと見せつけられた。それでもレイヴは怯みなどしなかった。絶対にあの二人すらも超えてみせると改めて覚悟を決める。レイヴの啖呵にフィレアも明るく応えた。
『ところでレイヴ、なんでペルテモントの木なんか探してるの?そもそもそこって……』
「ゴメンフィレアさん、今急いでるんだ、ワケは後で話す!本当にありがとう!!」
レイヴはえ?ちょっと!?と言う声を無視して連絡のための望力のパスを切った。
あの二人に面倒を見てもらうのはあくまでも必要最低限、どうしようもない時だけ。
これ以上世話になるのはダメだ。
俺が目指すのはサヴァイヴもフィレアも超える至高の開拓者なんだから。
レイヴの視界に映るペルテモントの樹。魔寄いの森で最も大きな樹。
あれこそがナナキを救うための希望がある場所で、今のレイヴの直近にして絶対に外せない目的。ナナキは命を捨てる気でレイヴを助けた。その理由はさっぱり分からなかったがそれがどうした。レイヴにはその借りを返す使命があった。借りを作りっぱなしなのは嫌だし、何より昔からの親友が自分のために死なれるのはもっと嫌だった。
レイヴが近くの枝に飛び移り、ペルテモントの樹を見据える。
その時、レイヴの息が止まった。
大きな影が、ペルテモントの樹から飛び出し、飛んで行った。
暗さゆえに詳しい姿は分からなかったがひたすら大きい事は分かった。
相手はこちらなど気づいてすらいないだろうがその曖昧なシルエットを見ているだけで自分の心臓を鷲掴みにされるような威圧感を放っていた。
あれこそがこの森における生態系カーストの頂点に立つ生物だとレイヴは直感で理解した。そしてあの生物の住処こそがこの森で最も巨大なペルテモントの樹だと言うことも識った。
レイヴはその巨体が遠くへ飛んでいくのを見届けると息を呑み、額を這う脂汗を拭いた。怯えなどない。あるのは腹を括った男の面構えだ。
ここが再出発。最初のような知的好奇心を満たすためではない。友を救うための重要な探索が始まる。る。
中の工房同様、木で出来た場所だった。樹の独特の香りが心を落ち着かせてくれる。
「ここが出口だ、最後に言っておく。お前は、クオリアすらも使えんのだろう?」
「ああ、そうだ」
プルトーが唐突に言う。それに対して特に驚くことも恥ずることもなくレイヴはあっさり答えた。
素人以下のレイヴから見ても凄腕の望術師である彼女なら何の意外性もないし自分がクオリアすらも使えない事はとっくに受け入れていたから恥ずることはなかった。
「お節介かもしれんがクオリアを使うコツについて教えておく。クオリアの燃料たる望力が冴え渡るタイミングは感情が高ぶる時だ。喜怒哀楽どれでも構わん。そして迷いは抱くな、迷いこそが望力を錆びさせる最悪の行為と覚えておけ。今日はお前にとって重要な一日になるだろう。心して臨むがいい」
レイヴは静かに、力強く頷いた。
「大丈夫、実を取ってここに戻る。たったそれだけの簡単な事だ」
「無事に戻ってこい、私の研究のために」
「最後の一言で台無しだぞ」
プルトーの余計な一言にレイヴは苦笑いを零した。
レイヴは足を踏み出して外に出た。
まず目に飛び込んで来たのはゴツゴツとした崖だった。そびえ立つ崖がすぐ目の前にある。崖と言うより急勾配な坂と言った方が正しいかもしれない。目の前の登るには向かない坂の岩肌には血の跡が上の方から一直線に引き伸ばしたようにべったりと付いている。
「これは……」
この坂にはなんとなく見覚えがある。後ろを振り返る。さっきまで自分が居たプルトーの工房は無かった。代わりにあるのは紫色の毒を帯びた樹だった。
もしやと思い恐る恐る禍々しい色の樹の幹に手を伸ばす。伸ばした手はホログラムみたいに樹を突き抜けた。
「ああ、そういう事か。めちゃくちゃ運が良かったんだな、俺たち」
レイヴは全てを悟った。
今レイヴが居るここは間違いなく魔寄いの森だ。プルトーから教わったのだが魔寄いの森とはこの地下の森の名前らしい。
しかもレイヴが出てきたこの場所はイグニットたちに追いかけ回されて坂を転がり落ちた場所だ。この坂に残る血の跡はレイヴとナナキが仲良くたくさん血をぶちまけた物だ。
レイヴはてっきり、転がり落ちた先にあった樹にぶつかって気を失い、そこをプルトーが見つけ、毒抜きもしてくれたのだと思っていたが、違っていた。
この樹の幹こそがプルトーの工房への入口だったのだ。つまり二時間前に転がり落ちたレイヴたちはそのまま毒の樹の下にあるプルトーの工房へ飛び込んで行ったという事なのだ。そして、プルトーの工房への入口はこの森への入口同様、偽装望術が掛かっていた。だからすぐ後ろから来ていたイグニットたちに気付かれなかったのだ。
しかし、こんな分かりにくい場所でなんで望術店なんて開いているのだろう。疑問には思ったが聞かなかった。またここに来る事があればその時に聞こう。聞きたい事が山ほどある。
そんなささやかな思いを心の隅にしまってレイヴは動き出した。
プルトーは視覚偽装望術ごしに小さくなるレイヴの姿を眺めていた。
「あのレイヴこそが今代最後の楔剣の担い手、か。此度こそ、我が宿願が完成すれば良いのだが」
プルトーの囁きは誰に届く事もなく木々のざわめきと虫のさざめきに消えた。
外は暗くなってきていた。この森の光源は天井から伸びるビルの照明が三割、ビルの無い土の天井を覆い尽くす光苔が七割のようだった。光苔の光の源は太陽で、日が沈めばこの森も連動して暗くなるらしい。どうやってこんな地下深くまで光を調達しているのかは分からない。天井から伸びているビルが関係しているのだろうか。
うっすらと輝く光苔は何とも幻想的で、星雲が目の前の空に浮いているようだ。
「さあて、巨木はどこだ?」
レイヴが汎用機能望術を起動する。彼の淡い光からなる画面もある程度暗くなった今なら見づらさは無かった。
プルトーから送られたデータを確認する。ペルテモントの木の位置や画像はどこに……。見つからない。ペルテモントの実やプルトーの工房の位置情報もちゃんとあるのに肝心のペルテモントの木が見当たらない。
レイヴは自分の顔に思わず手をやった。
「あの時点でなんでプルトーが巨木を送ってない事に気付かないんだ、俺のバカ……!。どうしよ、連絡先も今回限りの関係って事で交換してねえぞ」
レイヴはため息をついた。わざわざ工房に戻っての画像データを貰いに行くなんてやってる時間など無いというのに。そもそもペルテモントの木がこの魔寄いの森にあるのかすら怪しい。
とりあえずペルテモントの木を探すために目の前の樹に大きくジャンプし頂点に飛び乗る。上の方の枝はナナキの見込み通り毒は薄く手が触れても少しピリピリする程度で済んだ。
レイヴは周囲を見渡す。
いくつか背の高い樹はあった。が、どれも位置がバラけている。一時間以内にこれら全ての樹へ赴いて実を回収してくるのは到底無理な話だった。
となると明確にペルテモントの樹を特定し、実を回収する必要がある。
このご時世、汎用機能望術を使いインターネットで調べる手もあるがレイヴは望力の扱いが下手なためにインターネットに繋げる事すらままならなかった。
知り合いに実とか樹に詳しそうな人は居るが、今は仕事中で気が引ける……のだがこっちもそうも言っていられない状況だったので連絡する事にした。
レイヴは樹のてっぺんの枝に器用に脚を回して安定する姿勢を取った。電話をするように左手の手の平を耳元に当て連絡したい相手の事を、声でも顔でも性格でもいいので思い浮かべる。
しばらくすると、もしもし、とこちらを呼び掛ける声があった。
『レイヴ?どうした?』
「ようサヴァイヴ、いきなりですまん、協力してほしい事あるんだけど今いいか?」
レイヴの投げた言葉とサヴァイヴの反応までの間に耳を裂くような衝撃音が聞こえ、反射的にレイヴは耳から左手を遠ざけた。
『セイッ!!ああ、構わんぞ。フッ!!遠慮なく言ってくれ』
「今もしかしなくても戦闘中だよな!?大丈夫なのか!?」
『なーに心配してやがる!!俺はお前の憧れにして最強の開拓者、サヴァイヴさんだぞ?今更気にすんな!』
電話越しにサヴァイヴの脳天気な笑い声が聞こえてきてレイヴも声には出さなかったが顔から笑みがこぼれた。今みたいに焦る状況だと気分を和ませくれて助かる。
「自分で憧れとか最強とか言うな!じゃあ、こっちの望力が切れる前に手っ取り早く言う!俺は森の中に今いるんだけどとある実の成る樹を探してるんだ。実の画像と森の中を視界共有するから一緒に探してくれ」
「ああ、見るだけは見よう」
レイヴは速やかに連絡望術を視界共有モードに切り替える準備を始める。他の人からしたらなんて事の無い行為だがレイヴにはこれだけでも負担が掛かるため手っ取り早く済ませたい。
その間にも耳に当てた手からは今も攻防の激しい音が聞こえてくる。それに混じってサヴァイヴの声で“昔は兄ちゃん兄ちゃん言ってかわいかったのになー”とか聞こえた気がしたが気のせいと言うことにしておいた。
サヴァイヴは見た目こそ20~30代の青年だが極めて長命な悟人という種族で、レイヴの遠い先祖の頃からの付き合いらしい。レイヴも母が死に、父も否定審判≪ガイダンス≫の仕事で忙しいのでちょくちょくサヴァイヴの世話になった。
サヴァイヴは開拓者をやっており、彼の持ち帰る開拓の副産物や土産話がレイヴの開拓者への憧れの引き金で、いわばレイヴの原点となる人物である。レイヴの持つひたすら硬いだけの棒こと楔剣はサヴァイヴから贈られた物だったりもする。
レイヴが共有した視界で右手の汎用機能望術に写るペルテモントの樹を見た。
即座にサヴァイヴからの返事が返ってきた。
『俺には分からん。フィレアの方が詳しいから替わる。ちょいと待っててくれ』
しばらくすると望力のパスが入れ替わり左手から相変わらずの激しい戦いの音とハイテンションな女性の声が飛び込んできた。
『もしもしやっほー、久しぶりレイヴ!やっ!!元気してた?はぁっ!!』
「ああ!フィレアさんも元気そうでなによりだ」
フィレアと言う女性もたまにレイヴの家にやって来ては親の代わりにレイヴの面倒を見てくれる。見た目は20~30歳程でサヴァイヴと同じ悟人である。悟人は皆20~30代らしい。子供の悟人はどんな姿をしているのだろうか。
彼女もまた開拓者であり、サヴァイヴの開拓者仲間兼、相棒で、レイヴの血族とも長い付き合いである。
「協力してほしい事があるんだ。今戦闘中みたいだけど大丈夫だったか?」
『全然気にしないで!かわいいレイヴのためならどんな時でもどんな事にも付き合いますから!!実の事はサヴァイヴから聞いたから早速始めましょう!』
「オッケー、流石フィレアさん!理解が早くて助かるぞ!」
改めてフィレアと視界を繋げて左手の上に映るペルテモントの実を見た。
『探したいのはペルテモントの実だったのね。まっかせて!』
「じゃあ次、周りの樹を見渡すぞ。ちょっと暗いけど大丈夫か?」
『オールオッケー!私は問題ないよ!』
レイヴはくるくると器用に樹へ回した脚を使って身体の向きを変え、辺りを見渡した。
視界に恐らく最も大きな樹が入った瞬間だった。
『ストップ、そのまま。今、視界の真ん中より左側にある大きな木。それがペルテモントの木よ』
それは恐らくこの森で最も巨大な樹だった。
縦に伸びては天井やビルにぶつかるため、横に大きく葉を伸ばしている。あれほどの巨木ならわざわざ画像など送らなくとも巨木というワードを聞いた上であの樹を見れば一目で分かるとプルトーは思ったのだろう。要はプルトーのコミュニケーション能力の不足が招いた余計な手間というわけだ。
ここからペルテモントの樹までの距離は3km程と見える。街の中なら30分で走って行ける距離だが森の中となると話は変わってくる。足場が悪いため、早くても40分、獣達をやり過ごす必要や地形の都合上、迂回する必要も考えられる。レイヴに残された時間は思っていたよりも残されていないらしい。
「サンキュー!!マジで早くて助かった!!ありがとう!!いや本当にすげえわ、二人とも。……俺、絶対アンタらを超える開拓者になる、いつか待っててくれ!」
戦闘中に通話してなお余りある余裕、迅速かつ正確な状況判断、圧倒的知識量。サヴァイヴもフィレアも開拓者として一流なんて言葉には収まらないと世間で言われている。太古の昔からあらゆる開拓を成功させ続けてきた二人の開拓者は至高だと言っても過言ではない。レイヴが目指すのはこの二人すら超える開拓者。ほんの僅かなやり取りでその壁の高さをまじまじと見せつけられた。それでもレイヴは怯みなどしなかった。絶対にあの二人すらも超えてみせると改めて覚悟を決める。レイヴの啖呵にフィレアも明るく応えた。
『ところでレイヴ、なんでペルテモントの木なんか探してるの?そもそもそこって……』
「ゴメンフィレアさん、今急いでるんだ、ワケは後で話す!本当にありがとう!!」
レイヴはえ?ちょっと!?と言う声を無視して連絡のための望力のパスを切った。
あの二人に面倒を見てもらうのはあくまでも必要最低限、どうしようもない時だけ。
これ以上世話になるのはダメだ。
俺が目指すのはサヴァイヴもフィレアも超える至高の開拓者なんだから。
レイヴの視界に映るペルテモントの樹。魔寄いの森で最も大きな樹。
あれこそがナナキを救うための希望がある場所で、今のレイヴの直近にして絶対に外せない目的。ナナキは命を捨てる気でレイヴを助けた。その理由はさっぱり分からなかったがそれがどうした。レイヴにはその借りを返す使命があった。借りを作りっぱなしなのは嫌だし、何より昔からの親友が自分のために死なれるのはもっと嫌だった。
レイヴが近くの枝に飛び移り、ペルテモントの樹を見据える。
その時、レイヴの息が止まった。
大きな影が、ペルテモントの樹から飛び出し、飛んで行った。
暗さゆえに詳しい姿は分からなかったがひたすら大きい事は分かった。
相手はこちらなど気づいてすらいないだろうがその曖昧なシルエットを見ているだけで自分の心臓を鷲掴みにされるような威圧感を放っていた。
あれこそがこの森における生態系カーストの頂点に立つ生物だとレイヴは直感で理解した。そしてあの生物の住処こそがこの森で最も巨大なペルテモントの樹だと言うことも識った。
レイヴはその巨体が遠くへ飛んでいくのを見届けると息を呑み、額を這う脂汗を拭いた。怯えなどない。あるのは腹を括った男の面構えだ。
ここが再出発。最初のような知的好奇心を満たすためではない。友を救うための重要な探索が始まる。る。