マンションへ入りエレベーターホールへ足を向けると彼女は会釈した。

「日頃から運動不足なので階段を使うようにしてるんです。
 失礼します」

「そうなんだ。偉いね。おやすみ」

「おやすみなさい」

 肩の上で揺れる髪に目を細め、後ろ姿を見送っていると彼女が立ち止まって振り返った。

「あの、せっかくなんで、お名前伺ってもよろしいですか?
 お近付きになりたいだなんて図々しいかな」

 頬を微かに染める彼女を見て胸が高鳴った。

「いや、そんなことないよ。
 俺、高橋和人って言います。
 ここファミリーが多いから……って君を勝手にファミリーじゃないって決めつけてるな」

 願望が口を出た気恥ずかしさから頭をかく。

 彼女は目を丸くしてそれから頬を緩めた。
 その姿が得も言われぬ美しさで惚けて見つめた。

「私、彼氏さえいないですよ。
 大塚紗香です。
 仲良くしてくださいね。
 えっと、高橋さん」

「いや、和人でいいよ。
 俺も紗香さんって呼ばせてもらうから」

「じゃ、和人さん」

「うん」

 はにかんだ彼女は手を小さく振って階段の方へと姿を消した。

 和人はしばらくその残像を見つめた後「ッシャ」と一人ガッツポーズを決めた。