和人はやるせない気持ちで歩いていた。
足は自然と桜下マンションへ向かっていた。
大塚紗香が偽名ではないとは言い切れない。
しかし、彼女があの大塚夫婦の娘さんだとしたら、偽装を深く憎んでいる彼女が偽名を使えなかったと言われれば納得がいく。
「両親を早くに亡くしているので……」
寂しそうに告げた彼女の横顔が頭から離れない。
慣れ親しんだ通勤経路はもはや存在しなかった。
カバーで覆われ外観はすっかり様変わりしてしまったマンション。
カバーの奥に『keep out』の黄色いテープが揺れている。
思い起こせば穴を見つけたのは彼女と初めて会った日だった。
穴が大きくなっていた日も側には彼女がいた。
石蹴りをしていた小学生を焚きつけたのも彼女だ。
シロアリについては……。
そこまで考えて、もしかして公園で少年へシロアリのことを教えたのは……。
そんなことまで考えて頭を振った。