偽装が発覚し、しばらくしても紗香の居場所はつかめなかった。
 苦心の末、心配と多少の下心で『大塚紗香』がどうしたのか管理組合へ問い合わせた。

 管理組合は「個人情報ですので」と、教えてくれなかったが、電話応対した人の呟いた声が耳から離れたかった。

「大塚紗香なんて住んでないよなぁ」

 その時は偽名を使われたのだと理解してひどくショックを受けた。
 だから矢代の「ボクと同じ」にも反応してしまった。
 偽名を使われるような間柄だったのだ、と。

「だから住んでるところも解約したのかなぁ」

 矢代のまどろっこしい喋り方に苛立ちを募らせながらも言葉尻に引っかかった。

「解約……売却じゃなく?」

 あのマンションは賃貸ではない。
 渦中のマンションが売れるとは思えないが、解約ではどうにもおかしい。
 購入した誰かから借りていたというのか。

 そうであるのなら、全ての辻褄が合う。
 管理組合が言う「住んでいない」も、矢代の「解約」も。
 管理組合は購入者の名前しか知らないということは十分ありそうだ。

 一縷の希望を持った和人へ矢代は非情な言葉をかけた。

「前から解約する予定だったみたいですよ。
 よほど嫌がられていたんですね、お兄さん」

 確かにすぐ退去できないだろう。
 そうだとしても聞きたいのはそんなことじゃない。