「名前は?」
「……矢代、拓真」
「歳は? 仕事は何してる」
「二十一で、バイトしながら学生……」
さながら取り調べをする刑事の気分で男の素性を暴いていく。
嘘を言っているようにも見えない。
嘘をつくのなら弁護士をしてるだの、有名な画家だの、見栄えが良さそうなことを言いそうなものだ。
男が言うことが本当だとして、どう考えても彼女に釣り合うとは到底思えない。
こいつに言ったところでどうにもならないことは百も承知だが、何か言ってやりたかった。
しかし、それは叶わぬまま。
話はあらぬ方向へと発展していった。
「なん、ですか?
ボクは紗香さんの居場所なんて知りませんよ」
オドオドしながら言葉を発した矢代は信じられないことを抜かした。
わざとなのかと思ったが、そこまで頭が回るタイプには思えなかった。
「……付き合って、いるんだろう」
絞り出すように言った言葉が情けなくテーブルの上に転がった。
嫌な沈黙が流れてから、矢代は力なく首を横に振った。
首を振るたびにフケが舞いそうな汚い頭に閉口するが、今はそうも言ってられない。
自分のコーヒーを最大限、自分の近くへ置いて男と距離を取って訴えた。