「どうか、されましたか?」

 声をかけられて我に返る。

 爽やかでほのかに甘いフローラルの香りが鼻をくすぐった。
 和人が顔を上げた先にはサラサラとこぼれる髪を耳にかける女性。
 二十代前半の小柄で可愛らしい子だった。

「あ、いやぁ。
 外壁が欠けているのを見つけてしまってね」

「そうなんですか。嫌ですね。
 外壁ってマンションの構造上、大事な部分ですよね?」

 眉をひそめた彼女に慌てて取り繕った。

「小さな穴だよ。すごく小さいんだ」

 つい外壁と言ったが本当は外壁のガラス部分だ。

 まさか彼女がこんなたわいもない話に付き合ってくれると思わなかった。
 それなのに覗き込もうとまでする彼女から穴の部分が見えないように体を盾に隠すように立ちはだかった。

 こんな穴を気にかけるだなんて、どれほど小さな男なのだと思われたくなくて大したことはないと強調した。