マンションへ向かう道で鼻をくすぐる香りに振り返る。
 思った通りの人物を視界にとらえて笑みをこぼした。

 さっきまでのささくれた気持ちのところへオアシスを発見したような気分だった。

「やぁ。どこかへ出掛けるの?」

 紗香は一瞬、驚いた様子を見せたものの微笑んで頷いた。

「久しぶりに友達とショッピングへ」

「そう。
 最近、ここら辺は物騒らしいよ。
 気をつけて」

「そうなんですか……。
 はい。気をつけます」

 彼女は朗らかな表情で応えた。

 そういえば……と思い立って、そのままよく考えもせずに疑問を口にした。
 少しは考えてから発言すれば良かったと後悔しても遅かった。

「あのマンションって賃貸じゃないでしょ?
 女の子がすごいな。
 それともやっぱりご両親と住んでるの?」

 たわいない会話のつもりだった。
 けれど彼女は顔を曇らせた。

「いいえ。一人暮らしです。
 私、両親を早くに亡くしているので……」

 寂しそうに呟いた彼女は髪に手を入れて俯いてしまった。
 こちらからは表情を窺い知れない。

「ごめ……。余計なこと、聞いて」

「いいえ。大丈夫です。
 もうずっと前のことですから」

 気丈に振る舞う彼女に胸が痛んだ。

「では、私。約束があるので」

「あ、あぁ」

 気の利いたことも言えず彼女が歩いていくのをただただ見送った。