「だからボクが知っているのは今話したのが全てです」
目の前にはうだつの上がらない情けない男。
伸びっぱなしの髪はいつ整えられたのか定かじゃない。
表情を読み取られるのを阻むように伸び放題の髪は顔へかかり、陰険な雰囲気を一層増していた。
「そんなわけないだろう。
そもそもお前と付き合うって言い出したこと自体が眉唾ものだったんだ」
高橋和人は心の声を漏らして一人頷いた。
自分の意見は正しいのだと自身に言い聞かせるかのように。
反して意見された矢代拓真はやれやれと嘆息する。
「どう言われようとボクはいいです。
だから……もう帰っていいですか?」
矢代は臆面もなく帰宅したい旨を訴えて腰を浮かせた。
和人としても熱心にいくら説いても矢代の心に響くとは思えなかった。
「あぁ。分かったよ」
去っていく矢代の猫背の後ろ姿を見ながら和人は思いを巡らせていた。