きみに駆ける

「あら、歩美。起きたの? 朝ごはん、食べる?」
「ううん、食欲ない。ノート切らしてたこと忘れてたから、買いに行って来るね」
「それはいいけど、食欲がないって大丈夫なの? それならお母さんが買いに行こうか?」

 心配そうに玄関までついてくる母親を見て、食欲がないという言い方は良くなかったと今更ながらに思う。
 それに以前、母親にノートを買ってきてもらったところ、シンプルなノートでいいところをゴテゴテしたデザインのノートを買ってこられて買い直すはめになったことがある。
 そんな経緯からも私と母の好みが合わないことは痛いくらいにわかっているから、いくら面倒とはいえ、私は母の申し出を受ける気はなかった。

「寝起きで食べたくないだけだから、そこまでしてくれなくて大丈夫。じゃあ行ってくるね」
「そう? それなら気をつけてね」

 秋晴れの空の下は、部屋の中から感じていた以上に目が眩みそうになる。
 一刻も早くノートを買って家に戻りたい。 
 そんな思いから、自然と早足になる。

 自宅から徒歩十分弱のところにあるスーパーでノートを買って、来た道を引き返す。
 けれど、スーパーから出てすぐの電柱のところに見知った人影が立っていることに気がついた。
 休日だというのに学校の制服を着ていたから、すぐにそこに立っているのが月島くんだとわかった。
 月島くんも私に気づいたようで、私に向かって片手をあげる。だからこそ、無視できなかった。

「内村さんも買い物?」
「……うん。月島くんも?」
「そんなところ。内村さんはもう買い終わったの?」

 月島くんは私の手に下げられたポリ袋に視線を落とした。ポリ袋からは透けて先ほど買ったノートが見えている。

「課題をしようと思ったら、ノートを切らしてることに気づいて……」
「そっか。じゃあこれから帰るところだったんだね」
「あ、月島くんはこれから?」
「そんなところかな。画材とか見に行きたいなって」
「そうなんだ」

 この前変な態度をとってしまったというのに、さらには、ここ数日美術室に行ってなかったというのに、まるで何もなかったかのように月島くんは今まで通りで、内心ホッとする。

「よかったら、内村さんも一緒に来る?」
「……え?」
「少し遠いけど、いい気分転換になるよ」

 実際のところ、私には画材のことはよくわからない。
 だけど、こうして月島くんのそばにいると、やっぱり何とも言えないトゲトゲした気持ちも緩和されるような気がした。
 何よりそういった理屈は抜きにしても、私は月島くんのそばにいたいと感じた。

「……うん」

 だからこそ、私は自分でも驚くくらいにすんなりと月島くんのお誘いを受け入れることができたんだと思う。
 月島くんも、誘っておきながら私の返事が意外だったとばかりに、少し驚いたような反応を見せた。

「じゃあ、お母さんに友達と会ったから出かけるって連絡するね」

 私はそう月島くんに断ると、スマホでお母さんにこれから出かけてくると送信する。

「ごめんね」

 私がスマホをカバンにしまい直したとき、月島くんは私に向かって申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
 そんな風に月島くんが謝る理由なんて、何もないというのに。

「ううん。私も、月島くんって素敵な絵を描くから、画材とかどんな風に選んでるのかなとか気になるし……」

 だんだんと熱くなる頬には気づかないフリをして、月島くんの隣に並んだ。