月島くんのモデルを引き受けることになってから、私は毎日のように放課後、月島くんしかいない美術室に足を運ぶことになった。
 月島くんの絵のモデルと言っても、私はただ美術室に来て、月島くんの隣の席に座って月島くんと話すだけだ。
 もう九月なのに夏みたいだとか、先生やクラスでの出来事だとか、そんな他愛ない話ばかりしている。
 そんな私の話を聞きながら、月島くんはスケッチブックに鉛筆を走らせていく。

 月島くんが描く私は、とてもじゃないけど自分とは思えない。
 月島くんの絵が下手だというわけではない。むしろ上手すぎて、実物よりもずっと素敵に描いてくれているという意味だ。
 そして月島くんが一度鉛筆を置いたところで、私はスケッチブックを覗きこんだ。

「わぁ、相変わらず別人みたい……」
「あまり似てなかったかな」
「あ、悪い意味じゃなくて、いつも実物よりもずっと綺麗に描いてくれるから」

 まるで弁解するように口にすると、月島くんは小さく笑った。

「俺は見えたままに描いてるだけだよ。内村さんが綺麗だから、俺の描いた内村さんの絵が綺麗に見えるんだよ」
「え……っ?」

 今、綺麗だなんて、ものすごいことを言われたような気がする。
 私はこんなに恥ずかしく感じているのに、月島くんは至ってそんな様子はない。むしろ私と目があった瞬間にこりと笑う姿からは、余裕さえ感じた。
 もしかして、こういうことを言い慣れているのだろうか。
 私が綺麗だなんて買いかぶりすぎだと思う。けれど、嫌な感じはしない。
 ドキドキと鳴る胸の音を聞きながら、月島くんの描く私を見つめる。

 月島くんの絵は、いつまでも見ていたくなるような気持ちにさせてくれる。
 そこに描かれているものが、直視するのを避けていた青い空だったとしても、私自身だったとしても。
 いつもは見ないようにしているものも、月島くんが描いてくれたら、私はそれを直視する勇気をもらえるのだろうか。

「本当にすごいね、月島くんは」
「そう?」
「うん、すごいよ。どうやったら、そんな素敵な絵が描けるようになるの?」
「俺は言うほど大したことないよ。あ、そこの机の中に誰も使ってないスケッチブックと鉛筆があるから取ってもらえる?」

 月島くんに指示された机の中のスケッチブックを、私は手に取る。

「これのこと?」
「うん、適当に白いページを開けて、鉛筆を持って元の席に座って?」

 ──何だろう?
 とりあえず月島くんに言われた通りに、スケッチブックと鉛筆を持つ。
 すると月島くんは、私の隣にくるとにこりと笑った。

「絵を描くコツを知りたいんじゃなかったの? モデルばっかりも疲れるだろうから、続きはまた明日にしよう」

 言葉通り私が絵の描き方を質問したのだと、月島くんは思ったのだろう。思わず笑みがこぼれる。そんな月島くんだからこそ一緒にいると、毛羽立っていた心も穏やかになれるんだと感じた。

 だけどそのとき、ガララっと音を立てて美術室の戸が開けられた。
 ドアの方を見て、私は思わず席を立った。それと同時に、穏やかだった心は一瞬で凍りつく。