こうして空を直視するのはいつぶりだろう。
 陸上をやってた頃は、青空の下を駆けるのが大好きだったのに、今は青空にさえ私自身を責め立てられているように感じて苦しくなる。

「綺麗でしょ」

 だけど、私のそんな複雑な心境なんて知る由もない月島くんは、穏やかな笑顔で言う。

「そうだね。私には綺麗すぎて……」

 先の言葉を濁してしまった私にも嫌な顔をせずに、月島くんは口を開く。

「元々は人物を描いてたんだけどね、最近はめっきり空ばかりだよ」
「どうして?」
「どうしてだと思う?」

 そんなことを聞かれても、今知り合ったばかりの月島くんがどうして以前は人物を描いていたのに今は空を描いているのかわかるはずがない。
 私が反応に困っていると、月島くんはクスクスと柔らかい笑みを浮かべる。

「わからないよね。ごめんね」
「あ、うん……」 
「以前はモデルになる子がいたんだけど、その子がやめちゃったんだ」
「そうだったんだ」

 美術室の窓からは青い空とグラウンドが見えている。
 描こうと思えば放課後の運動部の人たちであふれているグラウンドにはモデルとなる人物はたくさんいそうなものの、どうやら月島くんは誰でもいいから人物を描きたいわけではないらしい。
 少し寂しげな月島くんの横顔に、あまり深く追求するのは悪い気がして私からはこれ以上何も聞けない。
 けれど、月島くんはその表情から一変して楽しそうに笑う。

「でも、今、見つけたよ。描きたい子」
「……え?」
「内村さん、俺のモデルになってよ」
「えぇえっ!?」
「もしかして何か部活とか入ってた?」
「いや、入ってないけど……」
「なら、明日からね。よろしく」

 何て強引な人なんだ。見た目の穏やかさからは想像つかない、強引な事の運びに思わず呆気に取られる。
 まさか月島くんの中で部活をしていない私って、暇人にでも見えているのだろうか。
 陸上部をやめてからは放課後の時間をもて余すことの増えた私にとって、あながち間違いではないのだけれど、複雑だ。

「……私なんてとてもモデルに向いてないよ。モデルならもっと可愛い人に頼めばいいのに」
「内村さんがいいと思ったから頼んだんだよ」

 何だ、こいつは……。
 そう思うのに、月島くんのモデルをやるのも別にいいかなと思う自分がいたのも確かだ。
 私は結局月島くんの申し出を断ることができなかった。
 そうすることで、自分の存在意義を見出だしたいと思う気持ちが、少なからず私の中にあったのかもしれない。