きみに駆ける

「あ……っ」
「何? どうしたの?」

 そんな私に、幸村先輩が不思議そうに声を上げる。

「いえ、何でもないんです」

 一旦視線を幸村先輩に戻すが、やっぱり気になってすぐに観客席の方へ視線を戻してしまう。
 私の願望が見せた都合の良い見間違えだという想いと、もしかしてという想いがせめぎ合う。
 そこに月島くんがいるわけないと頭ではわかっているけれど、やっぱりちゃんと確認したい気持ちが勝った。

「あ、すみません。やっぱり知り合いがいたような気がするので、一旦抜けます」

 怪訝そうな顔をする幸村先輩に頭を下げて、私はその場を駆け出した。
 さっき月島くんがいたように見えた観客席にたどり着くも、当然ながら彼の姿は確認できなくて肩を落とす。
 落胆しながらみんなの元へ帰ろうとしたとき、不意に誰かにぶつかってしまった。

「わっ、す、すみません」

 月島くんのことばかり考えてたあまり、私としたことが注意を怠っていた。
 とっさに地面に転がったものに手を伸ばすと、見覚えのあるスケッチブックに胸が染みるのを感じた。
 スケッチブックと鉛筆を手に取り、ぶつかってしまった相手に差し出す。
 そのとき初めてぶつかった相手の顔をちゃんと確認して、思わず息を呑んだ。

「月島くん……?」

 ふわふわの焦げ茶色の髪、色白の肌、美少年という言葉がぴったりな風貌。
 どこからどう見ても月島くんにしか見えなかった。

「……え?」

 目の前の彼はそんな私に、驚いたような困惑したような表情を浮かべている。それも当然だろう。ぶつかられた挙げ句、初対面で違う人の名前を出されたら、誰だって戸惑う。

「す、すみません。あまりに知り合いに似ていたから……」
「俺のこと、わかるの?」

 けれど、頭を下げる私の声に被さるように聞こえたのは、そんなデジャヴのような彼の言葉だった。
 意味がわからずに目の前の彼を見上げると、彼はやっぱり月島くんとそっくりの顔で困惑したように笑った。

「内村さん、だよね」
「……はい」

 すると、目の前の彼は私から受け取ったスケッチブックを開くと、そのうちの一ページを私に向かって見せてきた。
 そこには、正面から走る私の絵が鉛筆で描かれている。

「これ、わかる?」

 その絵はあまりに月島くんの描く絵と似ていて、また私を混乱させた。

「私……?」
「そう。いつの間にか途中まで描いてた絵なんだけど、さっき完成させたんだ」
「??」
「あ、もしかして俺のことわかってたわけじゃないのか。月島って名前呼んでくれたから。美術室でのこと、何かわかる?」
「……え?」

 目の前の彼はやっぱり月島くんなのだろうか。彼の言葉を聞いて、ずっと心の中に仕舞っていた月島くんとの美術室での思い出がよみがえってくる。