きみに駆ける

「それだけ俺は、内村さんのことを想ってたってことだよ」

 月島くんの口からさらりとこぼれた言葉は、私の胸を異様にドキドキとさせた。
 そんなにまで月島くんが私のことを想ってくれていたなんて、知らなかった。

「……だから、今、すごく安心してる。内村さんが、また走ることにしてくれて。また内村さんが走る姿が見られるんだって」
「……月島くんっ!」

 そのとき、さらに月島くんの身体が一層透けて、向こう側が完全に透けて見えるようになった。

「やだ、消えないで。私が走る姿、見てくれるんじゃないの?」

 また私が走る姿が見られるなんてと喜んでおきながら、ここで消えてしまったら、月島くんは私が走る姿を見られないじゃないか。

「うん、見るよ。見たい。だから、ここで走って見せてよ」
「……え?」
「俺、一度、内村さんが正面から走ってくる姿を描いてみたかったんだよね」

 ほとんど消えかけているというのに、月島くんは呑気にカバンからスケッチブックを取り出して、鉛筆を握る。
 月島くんに付属しているカバンやスケッチブックも、彼と同様に透けてしまっている。

「ちょうどここから百メートル先って、あそこにある手洗い場の前くらいじゃない?」
「……そうかも」

 月島くんが指した先を見ると、競技場から手や顔を洗いに来る選手の姿が数名見える。
 女子リレーの決勝は終わってしまったが、競技場の方ではまだ他の競技が行われているようだ。
 遠くの方から、競技に盛り上がる声が聞こえる。
 それにより今は競技場の外には人はほとんどいないから、月島くんのためにここで走れなくはない。

「ねぇ、走ってよ」

 でも、走ったら……、月島くんの願いを叶えてしまったら、きっと月島くんは消えてしまうんだよね? 

「最後に、もう一度内村さんのことを描きたいんだ」
「最後になんて言わないでよ、バカ……」

 ごめんね、と申し訳なさそうに笑う月島くんを見ていると、冗談じゃなくこれが本当に最後なのだろうと感じて、鼻がツンと痛んだ。

 これで最後なのは嫌だ。
 月島くんが消えてしまうのはもっと嫌だ。
 けれど、これまで寄り添ってくれた月島くんのことを想えば、走らないという選択はなかった。