きみに駆ける

 月島くんは私を見ると、静かに首を横にふった。

「教えてくれないの……?」
「見舞いに来られても困るから。俺はあそこにいないんだし」
「……もしかして、戻れないの?」
「病院には戻れるよ。けど、身体には戻れないんだ」
「え……っ?」

 身体には戻れないって、どういうことなの?

「事故に遭った俺は、瀕死に近い状態だった。そのときに負った見た目の傷とかは治ったみたいなんだけど、意識が戻らない状態なんだって」
「それって、月島くんが身体に戻ることができないことと関係あるのかな」
「恐らくね」
 そのときだった。月島くんの身体が、今まで見えていたものより一層薄くなる。

「……月島くん?」

 月島くんも、少し驚いたように自分の姿に視線を落とす。

「もしかしてタイムリミット、か……」

 だけど、自分の姿を確認した月島くんはやけに落ち着いていて、まるでこのときが来ることを覚悟していたようだ。

「いつまでもこのままでいられるとは思ってなかったけど、まさか突然消えそうになるなんてな。でも、消えてしまう前に、内村さんがまた陸上に戻ることにしてくれてよかったよ」
「……消えるって。やだよ、そんなの……っ。何で、急に……っ」

 月島くんの姿が本当に消えてしまったら……。
 そのことの示す意味は、考えたくもない。

「何で今このタイミングなのかはわからないけど、もし理由があるとしたら、俺の心残りがなくなったからかな」
「……え?」

 月島くんの心残り?
 それにこたえるように月島くんは私に向かってふわりと笑った。

「俺は、内村さんにまた走ってほしかったんだよ」
「私に……?」

 何だそれ。
 確かに月島くんは今日私をここに誘導したときに、私にまた走ってほしかったんだと言っていた。
 けど、それがどうして月島くんの心残りになるのだろう?

「俺と内村さんは、九月に美術室で会ったのが初めてじゃないんだよ」
「え、そうだったの?」
「やっぱり、覚えてないか。内村さんは、俺の憧れだったんだ」
「何それ」
「あ、信じてないでしょ」

 恥ずかしさから笑ってしまった私に、月島くんは少し怒ったように返す。
 けど、月島くんは少し懐かしそうに笑って口を開く。