きみに駆ける

「そういえば、月島くんって芸術科だったんだね。私、てっきりずっと同じ普通科だと思ってたから。言ってくれたら良かったのに」
「俺のこと、何か聞いたの?」

 月島くんは、困ったようにまゆを寄せる。
 やっぱり月島くんは、芸術科の月島律くん本人に間違いないということだ。

「……うん。陸上部の同級生に、芸術科に友達のいる子がいて」
「他には?」

 まるで先を急ぐように言葉を紡ぐ月島くんに、いつものような穏やかな空気は感じられない。
 知らないところで自分のことを詮索されて良い気はしないから、無理ないのかもしれない。
 けれど、さっきの今だからか、そんな月島くんの態度にまた不安が押し寄せる。

「入学して一ヶ月くらい経った頃に事故に遭ったって……」

 月島くんの瞳が辛そうに揺れる。
 そして、観念したようにひとつ息を吐き出した。

「……そんなところまで知られちゃったのか」
「ごめんね。大きな事故だったって聞いて心配になったけど、ここまで回復できたってことなんだよね……?」

 そのとき、月島くんの手が私の方へ伸びてくる。

「……え?」

 私の肩に触れると思われた手は、私に触れることなく、私の肩を通り抜けた。

「月島、くん……?」
「驚かせてごめん……。むしろ、今まで黙っててごめん……」
「どういうこと……?」

 今見せられた現実があまりに非現実的過ぎて、すぐには頭がついていかなかった。
 だって、月島くんは私に触れられない、なんて……。
 試しに私も月島くんの身体に手を伸ばすが、私の手も月島くんの身体をすり抜けてしまった。
 いつからそうだったのだろう。
 その意味することは、つまり──。


「俺の実体は、ここには存在していないってこと」

 すんなりと信じられる事柄ではないのに、非現実的な光景を見てしまったせいで納得せざるを得ない。
 こうして今意図的に触れようとするまで、私が月島くんに触れられないことに気づかなかったのは、これまで月島くんは意図的に私と距離を取っていたということなのだろうか。

「……じゃあ本当の月島くんは事故で亡くなっていて、今私が見ているのは、月島くんの幽霊っていうことなの?」

 信じたくないけれど、月島くんが幽霊であるなら、月島くんはもうこの世に生きてはいないのだろう。
 そんなことって……。
 けれど、月島くんは困ったように笑った。

「勝手に殺さないでよ」
「え? だって、月島くんが言ったんじゃん。幽霊なんでしょ?」 
「まぁ、かなり幽霊に近しい存在だけどさ、俺はまだ死んでないよ」

 ほら、足もあるでしょ。なんて月島くんは少しおどけた風に言う。
 死んでしまった人の幽霊に足が本当にないのかなんて、私自身これまで幽霊に会ったことがないからわからない。けれど、月島くんの話が本当なら、彼はまだ死んではいないらしい。

「じゃあ、本物の月島くんはどこにいるの?」
「何かその言い方、今ここにいる俺が偽物みたいじゃん」
「あ、ごめん……。そういう意味じゃなくて……」

 じゃあ何て言えばいいのだろう、と考えていたところで、月島くんはやっぱり何でもないように口を開く。

「あながち間違ってないか。俺の本体は、病院で寝てるよ。今の状態は、多分、幽体離脱って言うのが一番合っているんじゃないかな」

 幽体離脱。聞いたことがあるような気がする。
 確か、死んではいないけど、身体から自分の意識だけが抜け出して浮遊している状態のことだ。

「……どこの病院なの?」