きみに駆ける

「かなり才能のある人だったらしくて、ものすごくみんなに惜しまれたみたいよ。……内村さんをここに連れてきた人って、そんなに月島くんに似た人だったの?」
「……矢倉さんは、さっきまで私と居たのは月島くん本人じゃないって言いたいの?」
「うん……。多分そんなに似てたなら、他人の空似じゃないかな。だって月島くんは──」

 何、それ。
 少なくともわかったのは、月島くんは入学して一ヶ月くらい経った頃に事故に遭っていて、今、ここに居るわけがないということだ。
 じゃあ、私がさっきまで一緒にいたのは何?
 一体、誰だったって言うの?

 矢倉さんの話を最後まで聞いてられなくて、私はとっさにこの場を駆け出した。
 月島くんは、どうして突然いなくなってしまったの?

 ──わからない。けれど、考えたくないけど考えてしまう仮定は、とても信じたくないものばかりで涙があふれそうになる。

 競技場周辺も含めて、ありとあらゆる場所を探して回った。それなのに、どこにもいない。
 偶然お手洗いに行っていたとか、人波に隠れていたとか、そういった可能性はゼロではないが、決して高くはないと思う。
 むしろ、そういった風に楽天的にとらえることができないくらいに、私の中で月島くんという存在が不確かで不安定なものになっていた。

「月島くん……、どこに行っちゃったの……」

 口を開くと弱音が飛び出してしまいそうで黙っていたけれど、足を止めた瞬間、思わず口から弱々しい声が出た。
 私はまだ冷たい態度を取ってしまったことを謝ってもなければ、お礼も言えていない。

 それに、私は月島くんのことが──……。


「……どうしたの? 内村さん」

 数十分前まで聞いていたというのに、とても久しぶりに月島くんの声を聞いたような気がした。
 その声に導かれるように左を向けば、陸上競技場の外壁にもたれるように月島くんが立っていた。
 呼んだ? と何でもないように小首をかしげて穏やかに笑っている姿は、いつもと何ら変わらないように見える。

「月島くん……っ。もう、勝手にどこに行ってたのよ。探したんだから……っ!」
「……ああ、ごめん。何か俺、お邪魔かなって思って」
「そんなこと気にしなくていいのに。でも良かった。急にいなくなっちゃうから、不安になったよ」

 月島くんに会えた。
 それは確かに月島くんがここにいるという証明になっているはずなのに、どうしてだか不安が拭いきれない。

 ──月島くんって、入学して一ヶ月くらい経った頃だったかな。結構大きな交通事故に巻き込まれたって。
 ──そんなに月島くんに似た人だったの?

 矢倉さんは事故に遭った月島くんと私が一緒にいたこと自体、まるであり得ないみたいな言い方をしていた。けれど、矢倉さんは結局その後月島くんがどうなったのかを詳しくは知らないようだった。
 つまり、今目の前の状況から見る限り、月島くんは事故から回復したってことなんだよね。
 いろいろ聞いて確認しなきゃと思うのに、何をどう聞いていいかわからない。