きみに駆ける

「歩美? 何、どういうこと?」

 私たちが言い合うそばで、加奈が戸惑ったような声をあげる。
 ほら、月島くんが余計なことを言うから、加奈だって困っているじゃないか。

「本当に、往生際が悪いなぁ。行ってきなよ。わだかまりがあるから、いつまで経っても辛いんでしょ? 続けるにしてもやめるにしても、ちゃんと一度向き合った方がいいよ」

 そんな風に簡単に言わないでよ……。
 でも、月島くんの言っていることは決して間違ってない。
 あの日から私は、陸上からも加奈からも陸上部の人たちからも逃げているのだから。
 だからといって、素直に加奈についていく勇気を持てずにいると、遠くから「加奈」と呼ぶ声が聞こえた。
 加奈が振り返った先を見ると、陸上部の二年生の女子三人がこちらに走ってくる。

「加奈、もう、どこに行ってたのよ。探したんだから」
「すみません……」

 加奈は、そんな先輩三人に向かって気まずそうに頭を下げる。
 けれど、先輩三人が私に気づくと、まるで信じられないものを見たとばかりに息を呑む様子を見せた。
 それも無理ない。入部してわずか数ヶ月で辞めた部員が、こんなところに来ているのだから。 

「内村さん……」

 前回、私が走ったときにアンカーを担当した幸村(ゆきむら)先輩が私の前まで歩いてくると、私の足元に視線を落とす。
 三年生が引退したあと、幸村先輩が部長になったと聞いている。

「脚、どうなの?」

 有無を言わせない物言いは、まるで私の脚がすでに治っていると確信しているように聞こえる。
 だからこそ、再び幸村先輩に向けられた視線も、まるで私を責め立てているように見えた。
 やっぱり幸村先輩は、春の大会のことで私を怒っているのだろうか。

「……すみません。春の大会ではあんなことになってしまって……。私、皆さんにどう顔向けしていいか……」
「そういうことを聞いてるんじゃない。春の大会のことなんて、今更もうどうでもいいのよ。なんであんたは逃げるのよ」
「……え?」
「私は、内村さんには期待してた。内村さんの実力を買って、前の部長があなたを春の大会のリレーの選手に推したときからずっと」
「……すみません」

 それなのに私は、肝心なタイミングで負傷した。
 今更どうでもいいのと言いながらそんなことを言ってくるということは、やっぱり幸村先輩の中で、あの日の出来事が尾を引いているのは間違いない。

「内村さん。私が怒っているのは、春の大会の結果じゃない。そのあとの内村さんの姿勢よ」
「……え?」
「え、って何。選手としてやっていく以上怪我はつきものだと思ってるし、そんなことで責めないから。ただ、内村さんの中で走ることって、その程度だったのかって。結果はどうであれ、高校最初の大会に出ることは内村さん自身の成長に繋がると私も前の部長も信じていたのに」