きみに駆ける

「歩美っ!」

 声だけで誰かわかる。加奈だ。だからこそ、私は自分の顔を隠すように洋服のフードを深くかぶって走ろうとする。
 だけどそれは遅かったようで、私の右肩は加奈によってつかまれてしまった。

「ちょっと、何で逃げようとするの」

 駅の出口を出たところから陸上競技場まで、それほど離れていない。恐らく百メートル程度だろう。
 月島くんを追いかけて話しているうちに陸上競技場のすぐそばまで来てしまっていたことから、今日ここに来ている加奈と出くわすのも不思議ではない。
 しぶしぶながら、私の腕をつかむ加奈と向かい合う。

「ずっと待ってたんだから。せっかく来てくれたんだから、行こう?」

 加奈は安心したように私の腕を離すと、今度は私の右手を両手で取る。
 加奈の声や表情から、私が加奈の要望通りここに来たと思われているのだろう。

「……行かない」

 だけど、私は自分の意思でここに来たわけではない。
 行きたくない。
 私に、この先に行く資格なんてないのだから。

「歩美……?」

 加奈に手を引かれても一向に動く素振りを見せず、否定的な言葉を口にした私に、加奈は戸惑うような声を出す。

「私はここに連れて来られただけだから、一緒には行けない。わかったなら、離して」

 加奈の手を振り払うと、加奈は酷く悲しそうな顔をする。

「……内村さんは、それでいいの?」


 だけどそのとき、私の背後で月島くんが口を開く。
 振り向くと、月島くんは悲しそうな顔をしてこちらを見ている。
 そんな顔をするくらいなら、最初からここに連れてこないでほしい。

「内村さんは、本当はみんなと走りたいんじゃないの?」
「そんなことない……っ!」
「だって内村さん。いつも美術室から陸上部の方見てたじゃん」
「……っ!」

 いつも月島くんに会いに美術室に訪れる度に思ってた。ちょうど美術室の窓から陸上部の練習場であるグラウンドの一角が見えるのが、唯一気に入らないと。
 でもあれは好きで見ていたわけではなくて、むしろ不可抗力だ。

「それに、内村さんは約束通りココに来たじゃん」
「それはあんたが私を騙して連れてきたからで、私は別に……っ」

 この場に及んで、よく言うものだ。
 いつもは癒されていた月島くんの穏やかな笑みでさえ、今は私を苛立たせるものにしかならない。