窓から入る風は秋を感じさせる。
けれど、九月末とはいえまだまだ昼間は暑い。
放課後の校舎からは吹奏楽部の楽器の音が聞こえている。また体育館やグラウンドからは運動部の掛け声が飛び交っていて、活気に満ちていた。
そんな中、私、内村 歩美は、日直の仕事を任されて、クラス全員分の課題のノートを職員室に運んでいた。
放課後に特別用事があったわけではないから、別にそのこと自体は構わない。
この春、高校に入学したばかりなのにもう秋だなんて、時の流れは早い。
入学した頃ショートだった髪は、すっかり肩までのびている。
「失礼します」
職員室に入り、私にこの業務を指示してきた国語教師の机の上に、集めてきたクラス全員分のノートをどさりと置く。
ノート一冊分の重さは大したことないのに、クラスメイト三十八人分三十八冊となると、かなりの重さだ。
国語教師は席を外している。他の教師は私が課題を届けに来ただけの生徒だということがわかると、各々自分の仕事に戻ったようで、私のことなんて全く気に留めていないようだ。
やることも終わったし、帰ろうかな。
そう思いながら職員室の出入り口へ向かったとき、私は朗らかな男性の声に呼び止められた。
「内村じゃないか!」
聞き覚えのあるこの声は、体育の門田先生のものだ。
いつもは体育館に隣接された体育教官室にいることが多いのに、珍しい。
白いラインの入った黒のジャージを着た門田先生は、私が振り向くと、大股でこちらに向かって歩いてくる。
「どうだ? 最近は元気にしてるか?」
「はい、ぼちぼちです」
「脚の怪我はどうだ? 授業の感じだともう治ってるように見えるが、まだみんなと走る気にはならないのか?」
門田先生は、陸上部の顧問だ。私は高校入学と同時に陸上部に入部して門田先生にもお世話になったが、入部してわずか二ヶ月もしないうちに負傷により辞めてしまった。
職員室の窓から見えるグラウンドに視線をやると、陸上部が練習に励む様子が小さく見える。
眩しいあの場所が、大好きだった。
「そうですね……。でもまだ万全じゃなくて……」
言葉を濁した私に、門田先生は少しまゆを寄せる。
それもそうだろう。
門田先生の言うとおり、私の怪我自体はすでに治っているのだから。
「そうか。見た感じは大丈夫そうに見えてたから、それならごめんな。でも、治ったらいつでも戻ってこい」
戻ってこいと言われても、今の私にはもうあの場所に戻る資格なんてない。
一度退部したというのに、それでもこうして声をかけてくれる門田先生に申し訳なく思う気持ちはある。
だけど私はその言葉に対して何もこたえることはできなかった。
「そうだ、来月の体育祭に先立っての連絡事項を書いたプリントを、内村のクラスの体育委員に渡すのを忘れてたんだ。悪いが、教室の見えるところに貼っておいてくれ」
「……はい」
門田先生から渡されたそれを手に取ると、軽く一礼して職員室をあとにした。
門田先生は悪くない。けれど、私の気分はすっかり憂鬱になってしまった。
廊下の窓からグラウンドは見えない構造になっているが、運動部の喝采は遠くから聞こえている。さっきまで聞き流せていたそれらの音も、特に陸上部の練習の音──スタートをきる笛の音が鮮明に聞こえて苦しい。
そのとき窓から一際強い風が舞い込んだ。
それにより私の手元からプリントが離れ、風にさらわれてしまう。
「あ……っ!」
ひらりと宙を舞った紙に手を伸ばすも、すぐにそれはかわされてしまう。
まるで紙切れ一枚に遊ばれているようだ。
何とかプリントに手が届いたときには、私はすぐそばの教室の中に入ってしまっていた。
けれど、九月末とはいえまだまだ昼間は暑い。
放課後の校舎からは吹奏楽部の楽器の音が聞こえている。また体育館やグラウンドからは運動部の掛け声が飛び交っていて、活気に満ちていた。
そんな中、私、内村 歩美は、日直の仕事を任されて、クラス全員分の課題のノートを職員室に運んでいた。
放課後に特別用事があったわけではないから、別にそのこと自体は構わない。
この春、高校に入学したばかりなのにもう秋だなんて、時の流れは早い。
入学した頃ショートだった髪は、すっかり肩までのびている。
「失礼します」
職員室に入り、私にこの業務を指示してきた国語教師の机の上に、集めてきたクラス全員分のノートをどさりと置く。
ノート一冊分の重さは大したことないのに、クラスメイト三十八人分三十八冊となると、かなりの重さだ。
国語教師は席を外している。他の教師は私が課題を届けに来ただけの生徒だということがわかると、各々自分の仕事に戻ったようで、私のことなんて全く気に留めていないようだ。
やることも終わったし、帰ろうかな。
そう思いながら職員室の出入り口へ向かったとき、私は朗らかな男性の声に呼び止められた。
「内村じゃないか!」
聞き覚えのあるこの声は、体育の門田先生のものだ。
いつもは体育館に隣接された体育教官室にいることが多いのに、珍しい。
白いラインの入った黒のジャージを着た門田先生は、私が振り向くと、大股でこちらに向かって歩いてくる。
「どうだ? 最近は元気にしてるか?」
「はい、ぼちぼちです」
「脚の怪我はどうだ? 授業の感じだともう治ってるように見えるが、まだみんなと走る気にはならないのか?」
門田先生は、陸上部の顧問だ。私は高校入学と同時に陸上部に入部して門田先生にもお世話になったが、入部してわずか二ヶ月もしないうちに負傷により辞めてしまった。
職員室の窓から見えるグラウンドに視線をやると、陸上部が練習に励む様子が小さく見える。
眩しいあの場所が、大好きだった。
「そうですね……。でもまだ万全じゃなくて……」
言葉を濁した私に、門田先生は少しまゆを寄せる。
それもそうだろう。
門田先生の言うとおり、私の怪我自体はすでに治っているのだから。
「そうか。見た感じは大丈夫そうに見えてたから、それならごめんな。でも、治ったらいつでも戻ってこい」
戻ってこいと言われても、今の私にはもうあの場所に戻る資格なんてない。
一度退部したというのに、それでもこうして声をかけてくれる門田先生に申し訳なく思う気持ちはある。
だけど私はその言葉に対して何もこたえることはできなかった。
「そうだ、来月の体育祭に先立っての連絡事項を書いたプリントを、内村のクラスの体育委員に渡すのを忘れてたんだ。悪いが、教室の見えるところに貼っておいてくれ」
「……はい」
門田先生から渡されたそれを手に取ると、軽く一礼して職員室をあとにした。
門田先生は悪くない。けれど、私の気分はすっかり憂鬱になってしまった。
廊下の窓からグラウンドは見えない構造になっているが、運動部の喝采は遠くから聞こえている。さっきまで聞き流せていたそれらの音も、特に陸上部の練習の音──スタートをきる笛の音が鮮明に聞こえて苦しい。
そのとき窓から一際強い風が舞い込んだ。
それにより私の手元からプリントが離れ、風にさらわれてしまう。
「あ……っ!」
ひらりと宙を舞った紙に手を伸ばすも、すぐにそれはかわされてしまう。
まるで紙切れ一枚に遊ばれているようだ。
何とかプリントに手が届いたときには、私はすぐそばの教室の中に入ってしまっていた。