ちょっと! 話が違うじゃないのよ! そう言いながらナオミは、笑い声の元に歩いて行った。
 さっさと自分の教室に戻れよ! 俺はナオミの背中にそう言った。するとナオミは、足を止めて振り返り、ばぁか! なんて言いながら舌を出し、右手の人差し指で右目のくぼみを引っ張り、その大きな目玉を飛び出させた。
 俺はこのとき、ナオミのことを知らなかった。このときも、綺麗な子だとは思っていたよ。けれどまさか、同じクラスにいたなんて驚きだ。別のクラスの子だと、本気で思っていた。ナオミっていう名前も、知らなかった。
 ちょっとタケシ君、それは酷いわよ。ナオミだってこのクラスなんだから。
 ナオミの友達がそう言った。俺は思わず、苦い顔を浮かべていたはずだ。私と同じクラスだとそんなに不満なんだ。ナオミがそう言っていた。その顔が少し、寂しそうだったのが印象的で、いまだにその顔を覚えている。夢にまで出てくるんだよ。
 俺の頭の中には、兄貴の彼女の顔が浮かんでいた。
 ごめんなさい・・・・ 思わず出てしまった言葉だった。
 するとナオミが、笑顔を見せた。
 案外と素直なんだね。よし! 許してやるよ。そう言って友達の輪の中に入り込んでいく。
 ナオミの友達は二人いた。三人で大いに盛り上がっていたよ。俺は聞き耳を立てたが、なにを言っているのかは分からなかった。ときおり、えぇー! とか、やだぁー! とか、悲鳴のような言葉だけが聞こえてきたよ。
 俺は後日、友達の中の一人からその日の真相を聞かされた。
 この前はごめんね。なんてその子は言った。なんのことか分からず必死に思案していると、ナオミのことだよ。なんて言った。ノートで叩かれたでしょ?
 あれは痛かったよ。それに、いまだに意味がわからない。
 だよねー。だからさ、どういうわけか教えてあげるよ。
 そいつはありがたいな。そう言った俺だけど、正直どうでもよかった。ナオミのことは好きだが、それは顔だけだったし、俺がナオミの存在を無意識にシカトしていた理由にも気づいていた。その時の俺はもう、ナオミについては完全に興味を失っていたんだ。
 ナオミはいつでも自分のことしか話さない。友達といても、先生といても、自分を中心にしか言葉を発しない。自分が世界の中心だって、高校生にもなって思っているんだよな。まぁ、そんな思いを捨てていない大人は大勢いるんだが、俺はそんな人間に興味がないんだ。だから俺には、ナオミが見えていなかった。
 けれど今となってはだが、ナオミを好きな気持ちには変化をしている。見た目だけじゃなく、ちょっとはその中身も好きになっているんだ。当然、恋人としてではなく、一人の人間としてだけれどな。
 ナオミが好きなのはね、残念だけど、タケシ君じゃなかったみたい。私は二人がお似合いだって思うんだけどな。
 ナオミの友達は、笑顔でそんなことを言う。なにが楽しいんだろうな? 女子はいつでも、恋の話ばかりで盛り上がるんだ。