「絶対そうですって。店に入った瞬間のマイナスイオン、半端ないっすよ」


「はは。そう思っていただけて光栄です」


 渉はにっかり笑う男性に照れ笑いを浮かべる。


 面と向かってお客様からこんなことを言ってもらったのは初めてだ。しかも、初見のお客様である。


 初めて入る店だからこそ、お客様のほうは店内の雰囲気を敏感に感じ取れるのかもしれない。素直に嬉しい。


「どうぞごゆっくりなさってください」


「はい。じゃあ、遠慮なく」


 それからしばらく会話は途切れ、男性は静かに降る雨を眺めながら、ゆっくりとエスプレッソを口に運んだ。


 ときどき渋そうに口元を引き締める様は、そういえば昨日、珠希さんが冷めかけのエスプレッソを飲んだときにした表情に少し似ているような気がする。


 昨日に続いて今日もエスプレッソが出たのは、偶然なんだろうか。珠希さんが選んだ席に、まるで向かい合うようにして彼が座っていることも。


 でも、彼女が語ってくれた恋の話は、胸が抉られるように切ないものだった。


 渉は、偶然にしては出来すぎていると緩く頭を振り、その思考を頭の隅へ追いやる。