一つ頷き、再度カウンター内に引き返す。


 となると、やはり渉が聞き逃したのかもしれない。ベルは新しいものではないけれど、そう古いものでもない。


 さっきはこの湿気で音の響きが悪くなったのだろうかと思ったが、よく思い返してみれば、このベルはつい最近降った雨のときでも普通に鳴っていた。


 見たところ埃が詰まっているわけでもなさそうだし、そもそも、ベルの構造上、そうそう大量の埃が溜まるわけでもないだろう。


「静かでいいところですね」


 すると、男性がこちらに顔を向けて微笑んだ。


「コーヒーも美味いし、雨でお客さんもいないし、店長さんには失礼を承知で言っちゃいますけど、一人でゆっくり過ごすには今日はいい日です」


「恐れ入ります。確かにここは静かでいいところですよね。僕も気に入っているんです。店から海も見られますし、店に来てくださるお客様も、みんないい人たちばかりで」


「ああ、なんかわかります。でもそれって、店長さんが癒し系だからですよ。店長さんにならなんでも話せる、みたいな空気がもう出来上がっちゃってるって感じがします」


「そうですか? 意識したことはなかったんですけど……」