「かしこまりました」と一礼し、空調を切ってタオルをお持ちする。


 ありがとうございます、と小さく頭を下げる男性に「いえ」と微笑みかけ、渉はカウンターに入りさっそくエスプレッソを淹れる準備をはじめた。


 グラインダーで豆を挽くところからだ。


 まだ冷房は必要ないが、こんなふうに雨が降る日はコーヒー豆のためにも空調は欠かせない。


 しかし、豆ならまた新しいものを買えばいいけれど、もしかしたらここに訪れてくれるのはこの一回きりかもしれないことを考えると、自分にできる精一杯のおもてなしで出迎えることこそ大事だと渉は考える。


 リピートなんてしてくれなくてもいいのだ。ここで過ごす時間がそのお客様にとっていいものになってくれれば、それで渉は満足である。


「お待たせいたしました、エスプレッソでございます」


「あ、ありがとうございます。タオルもありがとうございました」


「いえ」


 タオルを受け取り、また渉はカウンター内に戻る。読みかけの単行本を開いて、しかしあっと思い立ってまたカンターを抜けた。ドアベルの様子を見に行こうと思ったのだ。


 ベルを下から覗き込み、何度か軽く鳴らしてみる。


 ――鳴った。