このまま降り続くのかはわからないが、傘立ても出しておいたほうがいいだろう。雨の日は客足が鈍るけれど、もしかしたらまた珠希さんが店を訪れてくれるかもしれない。


 しかし、渉の期待に反して、珠希さんは午後になっても現れなかった。


 今朝、野乃と二人で食パンを美味しく食べきったので、今日の昼食は適当にあり合わせで済ませる。


 期待というよりは願いに近いかもしれない。


 渉が勝手に案じているだけなので、仕事もあるだろうしこればっかりは仕方がないのだけれど、もう一度、彼女の顔を見ておかないことには、どうにも渉の気持ちがすっきりしないのだ。


 何かの前触れとは思いたくないが、雨はまるで珠希さんの静かな悲しみを表しているかのように、あれからずっと降り続いている。


 しとしとと、弱い雨に変わっていた。


 そんなとき、ふと顔を上げると、いつの間にか店の中にお客様が入っていた。


 ドアベルの音を聞き逃してしまったのだろうか、二十歳そこそこの若い男性だった。


 初見のお客様だ。渉は慌ててカウンター内の椅子から立つと、


「いらっしゃいませ。ここは恋し浜珈琲店です。お好きな席へどうぞ」


 雨の湿気でベルの鳴りが悪くなったのかもしれないと思いながら、いつものようにお出迎えの台詞を口にした。