「そうですね。そうなる、かな。母の顔をまともに見たのって、病院のベッドの上で腕に点滴の針を刺して眠っていたときだったんですけど。いつの間にこんなにやつれちゃったんだろうって思うほど、本当に疲れきった顔をしてたんです。母一人、子一人でずっとやってきたから、ほかに頼れる人もいなくて、どうしようって途方に暮れてしまって。駆けつけてくれた担任の顔を見たとたん、私、うぉんうぉん泣いちゃったんですよ」


 そのときのことを思い出しているのだろう、珠希さんがわずかに頬を赤くして恥ずかしそうに髪の毛をいじる。耳に掛けてあるほうの右側の髪の毛だった。


 でも、その気持ちは大いにわかる。


 渉は「はい」とほんのり笑って頷くと、珠希さんが話しはじめる際に自分用にも淹れたエスプレッソをそっと口元に運んだ。


 少し冷めてきてはいるが、酸味と苦みのバランスがちょうどいい。


 偶然にも今朝、エスプレッソを飲みたいなと思っていたので、珠希さんの話にかこつけて飲めてタイミング的にもよかった。