どうやら文香さんはカプチーノを飲んでから花幸旅館をチェックアウトしたようだ。

 そして今は、野乃とああして何かを話し込んでいる。


「野乃」


 元樹君が声をかけると、野乃と文香さんは弾かれるようにしてほぼ同時に振り向いた。

 野乃の目元にも文香さんの目元にも真新しい涙が光っており、驚いて目を見開いた瞬間、目の縁に溜まっていたそれが野乃の目元から頬へと静かに滑り落ちていった。


「ご、ごめん。帰りが遅いから、心配で……」

「ちょっと話し込んじゃっただけだから。もう戻るし」


 野乃の涙に気づいた元樹君が気まずそうに顔を背ける。野乃もまた、急いで目元の涙を拭って憎まれ口を叩く。

 お互い、不意打ちすぎて耳まで真っ赤だ。こんなときにこういうことを思うのは空気が読めないみたいで自分でも嫌だけれど、二人とも可愛い。

 渉が思わず目を細めてしまうと、そんな二人のやり取りを見ていた文香さんも同じことを思ったらしく、目尻の涙を指でそっと拭いつつ、口元をふっと緩めた。


「私があんまり大泣きしているから、心配で追いかけてきてくれたんですよ」

 ね、野乃ちゃん? と、文香さんが野乃に笑いかける。