けれど、こういうところは昔と変わらず、野乃は優しい。


 自分のほうにどんな理由があっても他人《ひと》のことをまず一番に気遣うところは、渉も幼い野乃と遊んでいたとき、何度も感じていたことだ。


 あくびを噛み殺すと『おにいちゃん、ねんねする?』と可愛らしく首をかしげて聞かれたり、誤って柱や戸の角に足の小指をぶつけて悶絶していると『いたいの、いたいの、とんでいけー』なんて言って、小さな手で一生懸命さすってくれたり。


 自分だって眠かったり、テーブルの角におでこをぶつけて大泣きしたあとだったりしていたのに、野乃は小さい頃から人の様子や痛みに敏感な子だった。今も同じだ。


 そんなことを連鎖的に思い出しながら、渉は、大丈夫だよと野乃に笑いかける。


 野乃との思い出は数える程度しかないと思っていたが、案外、忘れていただけだったようだ。


「お客様のプライバシーに関わることだから、詳しいことは言えないんだけど、俺のところには、失恋をした人がよくふらっと来るんだ。そういうことだよ」


「……そう、ですか」


「うん。でも、心配なら追いかけていってもいいんじゃないかな。一人で抱え込んでいてもどうにもならないこともあるし、赤の他人に話すことで気が楽になることもあるから」